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今日は”残金は120元・・・”です。大板郊外即墨日記 今日もちょっとばっか内モンゴル日 記北京はほぼ30分遅れのフライトとなり青島から即墨の宿舎へ帰ったのは10時近くになっていた。青島を出た時5000元と少し有ったお金はこの時僅か120元。考えて見れば、アノ方面でお金を使わなければ(~‘~)・・・もっと安くでいけたはず。健全な旅行を楽しめば2週間と4000キロ以上の旅をしても3000元も要らないかも知れない。ではもう少しモンゴルの名残・・・無料のインターネットテレビGYAOALA中国さんよりリンクの申し入れがありましたので快くお受けいたしました。ご覧になってください。「某国ハマリ度解析機」
2006年05月31日
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今日は”いよいよ北京・・・”です。大板郊外即墨日記 今日もちょっとばっか内モンゴル日 記定員に満たない客を乗せて赤峰を出発したのが午前10時。この旅の中で一番天気の良かった日かも・・・チケット上では1番が指定の席だったが念のため座席指定かどうか確認した。すると・・・・数年前までは飛行機ですら自由席だった事もあるのに変われば変わったものだ。バスが本当に座席指定である。よって私の席は左の一番前運転手の真後ろである。しかし、この席は心臓の弱い人には向かないだろうと・・河北省に入ってまもなく綺麗な流れの川伝いに走った。道路状況のいいところを走っている時は本当に快適なのだが、一般道を走るとコレが公共交通機関のバスの運転かと驚かされる。私も若い頃はかなりの暴走運転をしていたこともあるがその比ではない。対向車がかなり接近していても一度追い越しをかけたら本線に帰らないで相手を端に寄せるように堂々と反対車線を走る。左が越せない場合は右の路肩を利用して・・・承徳を経て途中2度だけの休憩で北京のバス駅に到着したのは午後4時だった。バスを降りると白タクの運転手がさっと寄ってきて「どこへ行く・・・」「空港・・いくらだ・・」「高速なら120元、下道なら100元」「じゃ高速で120元」「OK」と案内されたのが10mも離れていないところに止めてあった「紅旗」。この旅は「紅旗」に始まって「紅旗」に終わるというなんとも目出度い旅だった。残念なのは祈念にと思った写真を消してしまった・・・・・無料のインターネットテレビGYAOALA中国さんよりリンクの申し入れがありましたので快くお受けいたしました。ご覧になってください。「某国ハマリ度解析機」
2006年05月30日
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今日は”赤峰の友は・・・・・”です。大板郊外即墨日記 今日もちょっとばっか内モンゴル日記連荘の酒が二日酔いに拍車をかけ朝が起きづらかったが取り敢えず朝食へ。朝から生バンドの演奏が有るこのホテルは何時来ても人が多い。食事のあと早々にホテル前の通りに出て道端にバッグを置き、バスが来るのを待つ。大よそ10分遅れの豪華バスがやってくるとまた、永の別れで有る。赤峰の友とは連絡が取れないままバスに乗ったが、彼らも着いてからのことを心配してくれている。しかし「何とかなる大丈夫」と云って車上の人となる。次に来られるのは何時か・・・・・この移動日に限って晴天なのは腹が立つが・・・・・快適な4車線道路を大板まで走りこれまた拡幅修復された一般道を赤峰へ・・今回の旅の中で一番快適なバス移動である赤峰と大板のちょうど中間辺りである。この先は次第に山の景色になっていく。赤峰には2時半頃に到着した。友人に連絡を取ろうとするが全くだめ・・・職場にかけてもなんだか要領を得ず「日本に留学したかも知れない・・・」などという回答で有る。電話の向こうで泣きながら話していた子が何の連絡もなしに日本へ・・・・いまだに行方知れずである。タクシーの運転手の紹介でホテルに入ったが農業開発銀行の招待所も兼ねるこのホテル星なしにしてはちょっと高く120元もした。「シリンホトの二つ星でも 120元程だったのに・・・・」と思ったが、そこはそれやはりコネクションの国か・・・荷物を部屋に入れるとチケットの確保に出かけた。北京までのバス便は夜行も含めて1日5便。早朝のバスを確保をしたがなんと席が1番前とは大当たり・・・さすがに北京から青島は時間の都合で飛行機にしたがコレは夜の便しかなく、仕方なく午後8時の北京・青島便を押さえた。明日は、ほぼ2週間ぶりの青島である。無料のインターネットテレビGYAOALA中国さんよりリンクの申し入れがありましたので快くお受けいたしました。ご覧になってください。「某国ハマリ度解析機」
2006年05月29日
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今日は”ハンミャオのつづき・・・・・”です。大板郊外即墨日記 今日もちょっとばっか内モンゴル日記昨日のハンミャオの続きである。改革開放以来かなり、国内での表向きの自由は,その許容範囲が広がって来ているようだが宗教も同様のようだ。今回の旅の中でもソコソコでキリスト教会、或いはその教会が経営する老人ホームのような施設が大規模に設置されているのをみた。この許可証が示すようにこういう田舎ではわずか8年前に活動の許可がおりたということなのだろう。実際本格的修復が始まったのは4年ほど前のことなのだがその進度は中々で有る。やっと1年はんほど前に本堂は修復された。前回2年半前に来た時には講堂の中に仮安置されていたが、やっと落ち着かれたようだ。文革中辛うじて破壊を免れた講堂が建築当時の姿のまま現存する。この中では毎朝4時から読経や仏教教義の講釈が行われる。勿論指導者はグルン現在この寺での修行僧は22人。昨年60~80歳の修行僧3人が相次いでなくなったそうだ。その修行僧たちの命の糧にもなるのだろう今年生まれた子豚が境内をあちこちチョロチョロと動き回っていた。ご神木まで案内を頂いて寺を辞することにしたが住職の執務室の隣にあるパオは招待所になっているそうだ。夏場には般若湯もしっかり用意して客を迎えるという。今回の旅で実は放牧の羊を一度も見なかった。季節が早いというだけでは余りにも説明がつかないので訊ねて見ると「1月1日から6月末まで」羊の放牧はまかりならぬとの法律による規制が今年から始まったそうだ。砂漠化対策ということらしいが・・・・草原を農地にしている現状は・・・・・まだナニが本質かを解っていないように思う。帰りに立ち寄った昆都の食堂の隣にあった派出所である。食堂の客もこの奥のトイレを使う。云えば公共トイレ。しかし、中は・・・・・・・やはり間仕切りなしのドボン・・・・やはりここは中国の田舎。内モンゴルも更にド田舎の町である。疲れも少々あったので4時ごろには一度ホテルへ帰りシャワーを浴びて遅い昼寝を・・・・(~‘~)夜は明日のお別れの前の宴会。ただ、シリンホト以来連日の飲み続けでかなり肝臓にも負担が来ているようなので、この日は少々遠慮気味に・・・・そんなわけないか・・・当然翌日も二日酔いである。この日は、出張で昨日はいなかった友も加わり、男共の大宴会こういうときはほとんど食べないがこの羊が今回の旅の中ではとても柔らかく美味かったので珍しく腹いっぱい食べてしまった。勿論穿いているズボンのホックをはずしていた。明日は赤峰へ・・・・・勿論バスであるただ、赤峰の友とはまだ連絡が取れていない・・無料のインターネットテレビGYAOALA中国さんよりリンクの申し入れがありましたので快くお受けいたしました。ご覧になってください。「某国ハマリ度解析機」
2006年05月28日
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今日は”ハンスム・ハンミャオは・・・”です。大板郊外即墨日記 今日もちょっとばっか内モンゴル日記内モンゴルに入って久しぶりの晴れ間が見えたアルコルチン。今の日は昆都の先ハンスムまで足を伸ばした。寺参りのときのしきたりらしく寺への献上品というか(日本語の適当な言葉が浮かんでこないが)所謂お土産を買い求めるため昆都で、店に立ち寄った。総額で60元程だったがかなりの量である。モンゴル語の「ハン」には皇帝の意味があるそうだがモンゴル帝国最後の都となった所云えばモンゴルの国教であるチベット仏教の権威有る寺のある所ハンスム・ハンミャオはそういう地である。ハンスム出身のモンゴル族はやはり王家に近かった人が多いらしく会話の中にもジンギスカンの末裔20代とか30代という話も出てくる。事実何がしか品の有る人が多い。今回はハンミャオの住職(その地位をグルンというそうだ)と2時間余り話をさせて貰った。彼は現代の生き仏と言われダライラマの後継の1人とされているそうだ。また、このグルンという地位にある僧はなんだか不思議な気もするが・・・一般の修行僧とは違い結婚も許されるそうだ。かつてはこの寺と日本の仏教会の交流も多くこの寺より日本に修行に行きおそらく終戦を機に日本に帰化したであろう人もかなりの人数になるように聞いた。勿論こちらで修行をしていた日本人僧もいる。現在その辺りの詳細を調査中との事である。寺も一部は修復したが文革の時にほとんど破壊され往事の姿は、礎石のあとなどに垣間見る程度で有る。無料のインターネットテレビGYAOALA中国さんよりリンクの申し入れがありましたので快くお受けいたしました。ご覧になってください。「某国ハマリ度解析機」
2006年05月27日
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今日は”いよいよアルコルチン・・・”です。大板郊外即墨日記 今日もちょっとばっか内モンゴル日記迎えに来た友に起こされ二日酔いの目をこすりながら食事へ。今日の昼はないかも知れないと思い、何時になく糖質を多く取った。食事を済ませバス駅へ行くと出発5分前。水を用意して彼等に別れを告げバスにのる。このバスは珍しく指定席。今までにはないサービスで係員が席に案内してくれた。すばらしい変化で有る。シリンホトからバス移動でカシュカト・大板経由アルコルチン。途中の昼食休憩30分を含んで概ね8時間。道路工事のため100キロほどの砂利道があったため時間が大幅に掛ってしまった。しかし、料金は安く57元。余り贅沢はいえない。シリンホトからカシュカト(克旗)間ではほとんど砂利道。しかし、十年前はこの辺り河の底を走っていた。カシュカトからは新設された4車線の内モンゴル縦貫道を走り大板へ以前のように乗れるだけ乗せるということはなく補助席も含めた定員以内で有る。補助席を使うのは近距離の客になっているらしく。係りのお兄ちゃんが客を誘導していた。ただ、近距離といっても100キロ200キロの尺度で有る。シリンホトを8時に出発したバスはアルコルチンには午後4時に到着。ところがバス駅前の道路が大改修中のため。少し外れたところに停車した。出迎えるといっていた彼らもどこに停車するのか解らず電話をすると事務所で待機していた。「じゃこれからホテルへ行くよ」と電話を切り工事中のバス駅付近の商店街を眺めながらホテルへ向かう。この辺りは何度か来ているので方向さえわかれば問題ない。歩いて10分ほどのホテルに着くとちょうどタイミングよく彼らの車がやってきた。1人の友が車の中から手を振り我がアルコルチンの主がおぼつかないハンドルを握っている。道端に止めると「安いホテルが出来ました そちらへ行きましょう。」バス駅のひとつ東側の通りにある旧招待所風の建物に入った。なんと安い。70元。ツインでバストイレシャワー付勿論エアコン完備コレで70元。またもや中国の物価の安さを認識した。アルコルチンも現在大改革中である。新中心部として現在の中心部から五キロほど離れた場所に政府関係の建物を建てている。工事が始まって2年余り。様相が随分変わってきた。明日は100キロ程の道を昆都・ハンスムへいく。無料のインターネットテレビGYAOALA中国さんよりリンクの申し入れがありましたので快くお受けいたしました。ご覧になってください。「某国ハマリ度解析機」
2006年05月26日
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今日は”シリンホトの夜は更けて・・・・”です。大板郊外即墨日記 今日もちょっとばっか内モンゴル日記昼酒に少々疲れ気味の体をホテルで休め夕方7時ごろからいよいよ最後の夜の宴席が始まった。また酒。もう要らないと思うのだが進められるとついつい・・・・・断れない。結局飲み始めると調子が出て2次会は生バンドのいる「モンゴル酒バー」へ・・ここは若者は勿論結構な歳の人も集う云えば昔の「文化サロン」のような雰囲気。生バンドの演奏にあわせ何曲か歌わせてもらった。唄はなぜか「金子ゆかり」。適当なコード進行とテンポを指定しバックをつけて貰ッたが・・・出来はまぁまぁか(~‘~)飲んで唄って騒いでいるうち1人の30ソコソコの男が入ってきた。いかにも芸術家風のその男は数人の仲間と飲んでいたが私の友に挨拶するとステージへたち一篇の詩を語りだした。偉大なるジンギスカンそしてモンゴルこのすばらしい民族をたたえる詩である。傍にいる友が翻訳してくれるが詩の内容は今まで聞いた唄を総括しているいるような内容である。彼は現在内モンゴルで特に人気の高い詩人だそうだが言葉のわからない私には・・・余り伝わらなかった。さて夜も更けていよいよ明日はアルコルチン。8時の通遼行きバスで行くことにした。無料のインターネットテレビを発見した。中国ドラマがありますぞ。今まで全く気づかなかったが、勉強にはなるかも・・GYAOALA中国さんよりリンクの申し入れがありましたので快くお受けいたしました。ご覧になってください。「某国ハマリ度解析機」
2006年05月25日
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今日は”シリンホトダムから九曲湾・・・”です。大板郊外即墨日記 今日もちょっとばっか内モンゴル日記シリンホト二日目。町の姿は変わってもちょっと郊外に出るとやはりそこはシリンホト。見晴るかす草原が広がっている。しかし、今年はまだ春が遅いようだ。例の3人娘のやっている食堂で朝の食事を済ませると一度ホテルに帰りちょっと休憩をしてシリンホトダムから九曲湾を経て平頂山へと観光してみた。10年ぶりに訪れる場所だが道路がかなり整備されているが周辺の景色はほとんど代わりがない。鉄道が出来てはいるが周囲の景色を邪魔していない。 この平頂山にはいろんな逸話があるのでちょっと紹介しておこう。その昔ジンギスカンがこの地へ到着した時彼が乗っていた馬が突如倒れ、命を終えた。そこへ折よく白馬が現れ、ジンギスカンが乗ろうとすると「私は貴方を乗せるのはいや」と云ったとか・・するとジンギスカンは怒り心頭「俺の力を見せてくれる」とばかり周辺の山々を真平に切ってしまったそうだ。その姿を見た白馬は「貴方こそ真の王様 これからしっかりと仕えましょう」とジンギスカンの共をするようになったとか・・・平頂山にまつわる言い伝えで有る。さて、昼過ぎには出先から町のレストランに行き友人たちの友達と紹介を受けたシラムレンの副旗長という方とやけに気が合い、昼にしてはちょっと深酒になってしまった。毎度反省の要件には事欠かない。しかし、この後もまたまた酒が続く・・・・無料のインターネットテレビを発見した。中国ドラマがありますぞ。今まで全く気づかなかったが、勉強にはなるかも・・GYAOALA中国さんよりリンクの申し入れがありましたので快くお受けいたしました。ご覧になってください。「某国ハマリ度解析機」
2006年05月24日
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急遽決まった日本行きは間に合わない荷物を持参するだけの仕事です。なんとも勿体ない話ですがどうしても昨日中に日本へ到着する必要があるということでやむを得ず郵便屋さんをやることに・・・・まぁ私はついでに自宅のある鳥取へ足を伸ばすことができ大変結構なんですが・・・・青島の出発が1時間遅れ大阪からのバス便や列車が都合3便遅いものになり結局鳥取に到着が午後11時ごろになってしまいました。モンゴル日記は23日に青島へ帰るため24日からの再会になるかと思います。では、では、
2006年05月22日
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今日、急遽日本へ行くことにになりました。3日程で帰りますモンゴル日記は暫時休憩
2006年05月21日
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今日は”シリンホトは昼から夜まで・・・・・”です。大板郊外即墨日記 今日もちょっとばっか内モンゴル日記レストランに着いたのはお昼前双方の友人たちも綺麗どころもついて宴会が始まった。このときは本格的なモンゴル火鍋。写真に撮っていたのに残念。最初に2センチ角ほどにきった肉を温まっている鍋に投入。続いて薬味になるニンニク、ねぎなどを投入。更に水をひたひたになるまで入れてただ沸騰するのを待ち、アクを取り塩を適量入れて更に3分ほど。コレでモンゴル火鍋の出来上がりである。煮立ったころほのかにハーブの香りも・・・・去年の肉だと言っていたが、かなりいける。油がしっかり乗った頃の羊だろうか若い羊の肉だったのだろう。柔らかく筋などどこにもない。噛まなくても歯茎だけで噛んでも充分咽を越す。味は薄い塩味がついているが適当にタレを使ってもそのままでもいい。どちらで食べても素材の味を壊すことはなくかなりいける。冷凍技術の進化だろうか。並んだ綺麗どころには当然伏線が有ったがコレはご想像に難くないところかと・・・・・・宴会は延々と続き、気がつけば午後4時。「先生そろそろ行きますか」「どこに・・・」「このまま牧民のうちへ行きます。 一時間ほど掛りますからちょうど いい時間になります。」「じゃ休みなしで・・・・」というわけで車に乗り込み60キロ離れたパオへ・・・しかし、この頃にはかなり出来上がっており記憶がほとんど定かではない。取った写真もピンボケがほとんど。その中から使えるものを少々ご覧頂こう。コレが草原の中のパオである。表のパラボラはテレビ受信用。電源は小型の風力発電機で発電しバッテリーに蓄電したものを昇圧して使っている。到着すると主が家族と共に出迎えてくれた。何時もの酒のと唄の洗礼をうけて中に入らせていただいた。本当にこの頃になると酔っ払っていて随分と失礼があったと思うが友たちのカバーがあり、多分10時ごろまではしつこく飲んでいたと思う。本当に記憶が定かではない・・・・モンゴルの唄を聞きモンゴルの酒を飲みモンゴルのお茶に助けられモンゴルの草原の夜は更けていった。この日残念ながら星は見えなかった。その夜は多分11時すぎだったと思うが気がつけばホテルのベッドに・・・・友の1人はが付き添い、隣のベッドでまたビールを飲みながら「どうしますか・・・・」「取り合えずシャワー・・・・」以前のようにバスタブで冷水を浴びるほどの状態ではない。比較的正常にシャワーを浴びると「連絡しました。私もシャワーを浴びます」「連絡って・・・」「昼の・・・・・です」「そう。じゃ・・・」(~‘~)と、夜は更けていった。無料のインターネットテレビを発見した。中国ドラマがありますぞ。今まで全く気づかなかったが、勉強にはなるかも・・GYAOALA中国さんよりリンクの申し入れがありましたので快くお受けいたしました。ご覧になってください。「某国ハマリ度解析機」
2006年05月20日
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今日は”シリンホトの肉は溶ける・・・・”です。大板郊外即墨日記 今日もちょっとばっか内モンゴル日記シリンホトの駅から朝食を取る為、まず町の中の食堂へ。コレも新設なった4車線道路を10キロほど走ると繁華街のはずれにこちらでよく見かける長屋の一角にその店はあった。モンゴル族の姉妹3人がやっているこの店は大よそ20畳ほどの広さがある。店の奥のへ通されると早速「NAI茶」が出された。一口飲んで「ちょっと薄いねぇ」というと「ほんとにモンゴル人になりましたねぇ コレより濃いのはモンゴル人の牧民以外 あまり飲みません。」と云われてしまった。それを受けてもう1人の友が「日本にいるときからそういう味に なっていたねぇ。僕たちは濃いと思っても 先生は薄いと言っていたから」「実はねぇ、僕も最初はここまで濃いのは 飲めなかったんだけど、アルコルチンの 牧民の家で飲んだお茶の味が 忘れられなくなってしまってねぇ・・・」「ヤッパリほんとに変な日本人ですねぇ・」程なく新しく入れたほんとに濃く少し苦味のする「NAI茶」が出された。「う~~ん。美味い。コレだよ。この味だよ」「ほんとに変な日本人ですねぇ・・・」と2人。夕べは余り食べてないでしょうからとチーズ、クリーム、バター、稗、粟は当然朝から、羊の骨付き煮込み鍋が出てきた。その肉たるや薄い塩が羊の骨髄エキスと調和し絶妙の丸さを出し、肉の持つ羊の淡いミルク味とこれまた絶妙に絡み柔らかい羊の肉をより柔らかくし口に入れればマッシュルームのようにとろけてしまう程の肉だった。「極楽・極楽」とつぶやくと同時に目頭が熱くなってきた。それをみた友たちは笑いながらも目頭を押さえていた。(写真に撮ってはいたのだが別のカメラの 操作ミスで残念ながら消えてしまった)食事も終わり取敢えずホテルへ。友人の交渉で建値の大よそ半額で宿泊することが出来、まずは一安心。しかし、この後天候が崩れ「砂塵暴」がくるという。部屋に入ると「今後の計画はどうしますか ここはシリンホトやりたいことは 何でも云ってください。何でも出来ます。 勿論アチラも大丈夫です。・・・」(~‘~)「じゃちょっとシャワー浴びて寛いで それからまず、ヤッパリ草原だなぁ~ 牧民のパオだなぁ」「分りました。じゃこれからその手配を してきます。先生は少し 寛いでいてください・・・」といって出て行った彼らが部屋へ帰ってきたのは11時過ぎだった。部屋に帰って来ると「もう少ししたら昼の食事に行きましょう 牧民のところへは連絡しました。 しかし、ここから大体60キロほど 離れたところですから夜がいいと思います。」「さすが、60キロ。モンゴルだなぁ・・・」と言うことで食事へ街中のレストランへ・・ホテルの外に出ると空が薄暗かった。無料のインターネットテレビを発見した。中国ドラマがありますぞ。今まで全く気づかなかったが、勉強にはなるかも・・GYAOALA中国さんよりリンクの申し入れがありましたので快くお受けいたしました。ご覧になってください。「某国ハマリ度解析機」
2006年05月19日
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今日は”清々しいシリンホトの風が・・・・・・”です。大板郊外即墨日記 今日もちょっとばっか内モンゴル日記フフホト駅でシリンホト行のチケットを購入した。代金は2等寝台の下で88元。が、しかし、チケットには「呼和浩特ーサングンダライ(桑根達来)」とあった。改めて「行く先が違うがこれで錫林浩特」へ行けるかと尋ねると「大丈夫」との答え・・・一抹の不安を抱えながらもその晩、列車に乗った日付は5月5日。時刻は午後7字55分乗った車両は7号車、寝台車の18番上なんだか目出度いような数字が並んだチケットで有った。 出発の20分前には早々に乗り込んだが一旦自分の指定席に荷物を置き外に出て係りの車掌にチケットを見せて寝台の下のベッドは空きがないか尋ねると「メイヨウ」と・・しかし、プラットフォームを散歩して発車5分前に今一度尋ねてみた。「私の席の隣の下は誰もいないが・・ 本当に何とかならないか・・」すると「解った。じゃ隣の寝台の下を 使ってください。ただ座席のカードは 有りません。でも、大丈夫。」「じゃ、隣の席の左か右か・・」「左です。」 「有難う」と座席変更が決定。早速移動した。席替え直後から買い込んだビールを飲み始めるとまもなく対面に1人の客が来た。明らかにモンゴル族である。寡黙な彼にビールを勧めると飲みながらもボツボツと話をただ、私の中国語も充分ではないので話も通り一遍の話で終わりひたすら飲んで一眠りすると、列車は「商都」に到着。時刻は午前0時ごろだったか。何時も乗る通遼行きの夜行列車はここまで大体5時間掛るのに随分と早い。 5分ほどの停車時間の後出発。この辺りはもう草原の中かと思いながらまた一眠り。次のサングンダライでは目を覚まそうと思っていたが残念なことに寝過ごしてしまった。目が覚めたのは夜明け前、砂漠の中を長々と走っている途中だった。後で聞くとこの砂漠はサングンダライを出てまもなく始まりおよそ100キロの距離があるそうだ。そして止まったのがこの駅。「烏日図(ウリト)」聞いたこともない地名だがダライヌールからそう遠くないという。 ここも5分ほどの停車時間で出発最終目的地シリンホトに到着した。シリンホトが近づくにつれ、車窓からはなだらかな平原が見えるがまだ季節が早いのか、草原は赤い。今年は2~3週間春が遅いという。羊の姿も見えず、時々馬や牛が放牧されている姿が見える。定刻の7時45分を少し遅れてちょうど12時間の旅になった。フォームに降りると肌寒くも清々しい風が眠気を覚ましてくれた。10年ぶりのシリンホトである。バスタブでシャワーに打たれ続けたシリンホトである。星空を眺めながら涙したシリンホトで有る。 新築された駅舎をでると大勢客の中から私を見つけ出した我が友たちが手を振りながらやってきた。無料のインターネットテレビを発見した。中国ドラマがありますぞ。今まで全く気づかなかったが、勉強にはなるかも・・GYAOALA中国さんよりリンクの申し入れがありましたので快くお受けいたしました。ご覧になってください。「某国ハマリ度解析機」
2006年05月18日
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今日は”フフホトでは一休み・・・・・・”です。大板郊外即墨日記 今日もちょっとばっか内モンゴル日記タクシーで少し早めに東勝へ向かった。出発時間の一時間半前には到着。近くを散歩していて偶然見つけたバス駅のはす向かいの喫茶店「意林」に入る。この店当然2年半前にはなかった。朝昼兼用の食事を取り、酔いも落ち着き少し寛いで11時30分のバスへ乗った。途中の道路改良工事もあり結局包頭まではほとんど地道を走る。フフホトへの到着は当初2時半の予定がやはり遅れて3時半になった。タクシーで農業大学へ向かうと入り口で出迎えてくれ早速宿へ案内して貰う。当初は大学の宿舎に泊まる予定にしていたがゴールデンウイークを利用して卒業20周年の記念同窓会をやっているためそちらが取れずやむなく外にしたが大学から50Mほどしかはなれていない上なんとこの宿一泊100元でエアコン、テレビ、トイレ水もOK24時間シャワーつきである。室内も清潔でかつての招待所のイメージとは全く違う。でも100元。泊まり得かと思うこの裏が農業大学。左のビルをまがると大学まで30mくらいだろうか・・・夕方の食事まで少し時間があるので二日酔いを調整するためシャワーを浴びて横になって一休み。気がつくと5時半。本当はシリンホト行きのチケットを手配しようと思っていたがしっかりと寝込んでいた。6時には迎えが来た。またまたの酒席。さすがに疲れが出たのか体調は不良。この日はさすがに飲めなかった。エジンホロの酒がまだ・・・・翌日はシリンホト行きの列車の切符の手配から両替とあちこちをブラブラと散歩してみた。 画面左手方向が内蒙古大学右手奥方向が農業大学(旧農牧学院)方向です。そして、農業大学の傍にこんなものが出来ていましたタクシー用ガス充填ステーション中国語では「加油站」ではなく「加汽站」と成っています。コレも2年前には記憶がありません 両替に行くためタクシーに乗ると金融ビルのほうが料率がいいと云われそちらへ行くとビルの入り口に男たちが何人か客を待っていた。1人の男が早速寄って来て「両替か。幾ら」「今日はどれくらい」「790。」「790?????OK」(~‘~)「間違えた690」「そうだろうなぁ・・・」(^@^)と云い間違えた彼にくっついて銀行の中に入ると彼は通帳から換算したお金を引き出しその場で私と現金を交換した。最近こういう光景に慣れたためあまり違和感を感じなくなったが銀行の店内での話である。やはり何か違うような・・・・・駅でシリンホト行き夜行列車のチケットを申し込むと上段しかなく、それしかないということでまぁ仕方なく・・・後は乗ってからの交渉とした。しかし、何時もの事ながら10数人以上は必ず並んでいる。それには割り込みもありチケットの購入には何時も時間が掛る。さて明日はこの旅のハイライトシリンホトである。無料のインターネットテレビを発見した。中国ドラマがありますぞ。今まで全く気づかなかったが、勉強にはなるかも・・GYAOALA中国さんよりリンクの申し入れがありましたので快くお受けいたしました。ご覧になってください。「某国ハマリ度解析機」
2006年05月17日
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今日は”東勝からは新設の4車線道路・・・・”です。大板郊外即墨日記 今日からちょっとばっか内モンゴル日記臨河を出発したのは10時。高速道路を行くものとばかり思っていたらこちらも包頭までは地道。国道110号を包頭の郊外で右折し包東高速に乗った。しかし、この道まだ改良中らしく入り口から10キロほどは一般道を一方通行にし、高速に準用したものだった。反対車線は遥か彼方を走っている。東勝へは3時半ごろ到着したがここもまたまた様変わりかつてのゆったりした時間は流れていなかった。早速乗り換えのバスを探すが楡林方向へのバスが出た後だったため時間が勿体無いと大奮発してタクシーを拾う。「伊旗」というと「好」と景気のいい返事。しかし、走り出すと見覚えのない広い道に入った。運転手に「伊旗だよ」というと「前に来たことがあるか」「二年半前に来た時はこの道じゃなかった コレは最近出来た道か・・・」「まだ工事は続いているが走れる・・」ということで少々不安になりながらも周りの景色を確認していると、やがて6年前に開通した道が右手に見えてきた。今は旧道となったその道に安心し新しく造られた4車線道路のドライブを楽しんだ。この直線がかなり続く。砂塵暴の影響でスッキリしない天候のためちと残念30分ほどでエジンホロの町に着くとここもまたまた様変わり。ふるい建物は残るものの町に華やぎがある。商店の看板もにぎやかになっている。目的地の「伊旗賓館」に着くと入り口で身長190近いドデカイ男が眉の下がった顔に満面の笑みを浮かべて待っていた。以前は有料道路15元と車代80元で大よそ100元かかっていた費用が今回はタクシー代のみの70元だった。道路は快適。費用は安い。コレはとても好ましいことである。ホテルは「成陵」の前にある安宿をと思っていたので早速そちらへ向かった。しかし行って愕然。大規模改修が行われ全く観光地化してしまい以前あった土産屋・ホテルなどがきれいになくなり味気ない風景になってしまっている「おいどうしたんだよ。何にもないよ。」自慢げに「先生よくなったでしょう。 きれいになりました。」「ホテルはどうなったんだ」「あれもみんな潰しました。」「じゃこの荷物はどうするんだよ」「伊旗賓館でもいいですよ。まだ日は高い」「馬鹿かお前は。こっちに宿があると思うから 荷物を持ってきたんじゃないか それなら先にチェックインしとくべきだろう 全くお前は・・・何時もこうだねぇ 何かが抜けているんだよ。」「先生いいです。荷物は私が持ちます」「馬鹿。そういう問題かよ・・・・」これ以上云うと寂しそうな顔をするのでここまででやめておいたが・・・・全く・・・800メーターほどある石段のアプローチを上がり「じゃ、まぁ行くか」と陵の中に入り祭壇の前に進み2人が額づくとお祈りが始まった。ここに来るたび何時もお祈りをして貰うがなぜか不思議に気持ちが落ち着く特別な感覚がある。周辺の観光開発区を車で巡回したがボロ屋は全くなくなり屋根が青い色に統一された建物の続く町並みが出来ていたりといかにも「新街」を感じさせたが私は全く興味がわかなかった。新しく造られた町を後にし近くの観光パオで食事をし待ち望んでいた「羊肉」・・・・しかし、・・・・固かった・・・・あごがだるくなるような硬さ・・・一変に気持ちの高ぶりが収まり早々にホテルへ。時間がないのでこちらの滞在は1日しか取れなかったため少々慌しいが明日の11時半のバスでフフホトへ行くことにした。よってその晩は歓送迎会・・・・当然記憶が・・・・・・さて明日はフフホト・・・・・無料のインターネットテレビを発見した。中国ドラマがありますぞ。今まで全く気づかなかったが、勉強にはなるかも・・GYAOALA中国さんよりリンクの申し入れがありましたので快くお受けいたしました。ご覧になってください。「某国ハマリ度解析機」
2006年05月16日
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今日は”カローラが23万元・・・”です。大板郊外即墨日記今日からちょっとばっか内モンゴル日記実はこの旅には予備のデジカメを用意していたのだが撮りためたすべてを操作誤りですべて消してしまった。よって写真はカシオのバカチョンで撮ったものだけ・・非常に残念・・・いよいよ内モンゴルに入った。臨河に到着したのは午後4時少し前。2年半前に行ったパブの若旦那がマイカーを買ったということで我が友と一緒に出迎えてくれた。臨河も様変わり。都会的になったその風景に2年半前の様子は全くない。今年から開発区に指定された場所へも行ってみたが、防砂林が機能しやっと土が出来始めたところを潰し政府関係のビルや4星級ホテルの建設が始まっていた。ナニを考えているのか・・・・・さて夜はまたもや宴会・・・・まだ25から30歳位までの若い子たちは飲み盛り槍盛り。38歳ぐらいの若さに見えるとおだてられ調子に乗って飲んだのが命取りだった。宴会の前に結婚が決まり、挙式を5月にする予定だったが諸般の事情で10月になったという彼が未来の妻を紹介しますとつれてきた。モンゴル族の気品の有る娘さんだった。宴会にも同席しモンゴルの唄でもてなしたくれ返礼のつもりで唄った「ロンジア」の私の涙に彼女も貰い泣き・・・宴席がちょっと静かになってしまった。そしてその後の記憶が・・・・・さて翌日公園前の広場でモーターショーをやっていたので覗いてみるとなんとカローラに23万元の符丁がついていた。これが売れているという。他にも奇瑞QQという軽クラスの車がヒットしているようだが、こちらは3万元大きな違いで有る。こんな喫茶店が出来ていました。味はまぁまぁか・・・このホテル。関係者用だが、一泊50元で泊めて貰った。勿論24時間シャワーOKである。さて明日はいよいよエジンホロ・・・・♪♪♪♪♪♪ジンジンジンギスカン ♪♪♪♪♪無料のインターネットテレビを発見した。中国ドラマがありますぞ。今まで全く気づかなかったが、勉強にはなるかも・・GYAOALA中国さんよりリンクの申し入れがありましたので快くお受けいたしました。ご覧になってください。「某国ハマリ度解析機」
2006年05月15日
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今日は”銀川~臨河は45元・・・”です。大板郊外即墨日記今日からちょっとばっか内モンゴル日記二日目の銀川は鐘楼近くの商店街をぶらつき夏用のズボンとTシャツ三枚を別々の店で買い求めたが、なんとTシャツ一枚25元純綿のズボンは本来170元のところ120元に値引してもらった。Tシャツの25元は確かに安いがズボンの120元はちょっと高いように思う。しかし、まぁ旅用衣装の購入費用としてはこんなもんか・・・・さてその夜は彼の上司に当たる人も参加しての酒席ではこんなことをしてまたまた酔いつぶれた。下の写真はビンゾロがでて何回か振りに私が勝ったときの記念すべき写真で有る。この後記憶が消えた・・・・さてさて翌日はまたまた彼の「紅旗」に乗ってイザイザ臨河へと行きたいところだが実はバス移動。バスの駅に「紅旗」で乗り着けるとやはり視線が集まる。「紅旗からバスに乗換えとは・・・(^@^)」「先生ピッタリですよ・・・・(ベヘ)」「馬鹿、何云ってんだ・・・(^@^)」出発間際のバスに飛び乗り定員50人の乗りの最後尾に陣取り銀川を後にした。振り返ると何時までも手を振る姿が有った。10時に出発したバスが石嘴山を過ぎ黄河沿いに内モンゴルに入ったのは午後1時。因みに前回「東勝」へ直接云ったときはここで黄河を超えて内モンゴルだった。途中、砂漠の中の高速を70キロほど走った以外すべて下道である。臨河へ到着したのは4時少し前。およそ6時間のバスの旅。この金額がなんと45元。いかにも安い。今回の旅では、区間移動の費用はほとんどこの程度の金額である。ただ、時間は・・・・・・無料のインターネットテレビを発見した。中国ドラマがありますぞ。今まで全く気づかなかったが、勉強にはなるかも・・GYAOALA中国さんよりリンクの申し入れがありましたので快くお受けいたしました。ご覧になってください。「某国ハマリ度解析機」
2006年05月14日
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今日は”初日の銀川は「紅旗」がお迎え・・・・”です。大板郊外即墨日記今日からちょっとばっか内モンゴル日記4月30日の北京経由銀川行きのチケットを予約していたが幸か不幸かダブルブッキング。この機会を逃してなるものかと急遽1日早く4月29日午後4時10分発の大原経由銀川行きに変更。会社の運転手に見送られながら肌寒い午後の青島を後にした。大原にて機内では愛想の悪いスッチーが事務的に飲み物をサービス。ブラックコーヒーは有るかと聞くと「有」と事務的な答えが・・・・・あるだけましか・・・・高度が高いうちはそう大したことはなかったが黄土高原上空に入ると小型機の宿命か天候の性か揺れるゆれる乗客から悲鳴が上がるほどの上下動と斜め下方にスライドしていく様はまるでジェットコースターである。しかし、とにかく無事に1時間40分後の6時前、定刻どおりに経由地の大原に到着。タラップにでると「モァ~~・・・」このとき大原の気温は30度だった。タラップを降りるとターミナルへ徒歩で・・・いまどき珍しい光景だが、30人乗りの飛行機はターミナルから20メートルほどのところへとまったため苦になろうはずがない。階段を上り、指示された待合室に入ろうとするが入り口がない。係員に聞くと別便の客が出てくるゲートから入れという。全くどういう管理なんだと思ったがコレも中国、ここは中国・・・・。20分後、再搭乗のアナウンスを聞いて搭乗ゲートに向かうが、ゲートは開いて係員はいるものの仕切りの衝立は通路を塞いでいる。仕方なく自分で開けてゲートへ行くが係員は何にも言わない。「銀川」という「走走」非常に珍しいチェックインだった。さて定刻より15分遅れの出発となったが日の高い銀川へはほぼ定刻の7時半に到着すると出口には見慣れた顔が手を振りながら迎えてくれた。「先生、久しぶり。ようこそ・・・」「太ったねぇ・・・」「少し・・、へへ・・・」2年半ぶりの再開で有る。四十を超えて少々腹が出てきた我が友は私の荷物を持ち「車が待っている」と出口間近の駐車場へ案内してくれた。そこでも見慣れた運転手が「歓迎歓迎」と笑顔と握手で迎えてくれる。しかし、車が・・・・なんと「紅旗」である。「何時ものシャレードはどうしたの」「今日はこの車が空いていたから・・」「この車がつかえるの・・・」「はい、まぁ・・へへ・・・」「そういえば運転手さんも一緒だよなぁ・・」「今は彼がこの車の運転をしている・・」「そう・・・じゃ・・・昇進か・・・」「はい、まぁ・・へへ・・・」30分ほどして彼の自宅へ着くと小学校4年になる子が「伯伯」と少しはにかみながら母親の影で笑顔を向ける奥さんが満面の笑みで「歓迎歓迎」と手作りの料理で出迎えてくれた。友人たちも一緒の食事に酒が進み銀川初日の夜は気がつくと日付が変わっていた。無料のインターネットテレビを発見した。中国ドラマがありますぞ。今まで全く気づかなかったが、勉強にはなるかも・・GYAOALA中国さんよりリンクの申し入れがありましたので快くお受けいたしました。ご覧になってください。「某国ハマリ度解析機」
2006年05月13日
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今日は”ちょっとだけ内モンゴルの景色から・・・・”です。即墨日記今日はまずちょっとだけ内モンゴルの景色からただいま帰りました。またまた、5キロほど太って。昨日、残金122元5角とちょっと冷や冷やしながら青島にたどり着いた。今回の旅行は銀川と臨河では天候にも恵まれ、Tシャツ一枚で過ごせる程の熱さだったのだが、エジンホロに移動してから「砂塵暴」に付きまとわれた。そんな訳でいい写真が取れなかったのだがおいおいに載せて見ようと思う。シリンホトもアルコルチンも今年は春が遅く、草原の緑もまだ水辺にチラッと見える程度だった。友人たちの元気な顔に心和ませモンゴルの唄に酔いしれ酒と羊と・・・の日々この上ない贅沢をしてきた。当初この行程を3000元程でやってみる予定だったがやはりそこはそれ日程がきつかった為もあるが生来の助平心も災いし結局倍のお金を使ってしまった。ただ青島~銀川、北京~青島の航空運賃を除けば4000元ほどであろうか。しかし、まじめな人ならもっと安くなることだろう。なんたって・・・が・・・・・・無料のインターネットテレビを発見した。中国ドラマがありますぞ。今まで全く気づかなかったが、勉強にはなるかも・・GYAOALA中国さんよりリンクの申し入れがありましたので快くお受けいたしました。ご覧になってください。「某国ハマリ度解析機」
2006年05月12日
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