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あなたと私がコミュニケーションをとる言葉、目、耳、動作で私とあなたはコミュニケーションをとるでも 言葉を発することの出来ない方や目で見ることの出来ない方や耳で聞くことの出来ない方や手・足など体が動かなくなった方はどのようにコミュニケーションをとっているのでしょうパソコンや意思伝達装置を使用してコミュニケーションをとっている方それすらも出来ない方は脳波や血流センサーによってYes,Noのコミュニケーションをとっているこんにちの最新福祉機器の発展は凄いです1982年、今から25年前の時代幼少の時に高熱で首から下がまったく動かなくなった水野源三さんというクリスチャンの方がいました。このブログにも再三その方の詩を掲載していますから、皆さんもご存知と思います。その時代は福祉機器などまったくと言っていいほど開発されていませんでした。むしろ、障害者は生きていることさえ迷惑がられていた時代と聞きます。まばたきの詩人というキャッチネームが一躍社会に脚光を浴び、水野源三さんはテレビや新聞にとそれは目まぐるしい毎日だったと聞きます。今、生きておられたらマスコミはホッテはおかないでしょうね その水野源三さんの詩に「しゃべれない書けない」というのがありますので、今日はその詩を紹介したいと思います。皆さんもこの詩を読まれて、コミュニケーションが私たち人間にとっていかに大切なことであるかを痛感してくださいね私の まばたきを見て一字一字拾って詩を書いてもらう一つの詩を書くのに十分 二十分 三十分義妹の愛と忍耐によって一つ二つ三つの詩が生まれる神さまに愛されて生かされている喜びと感謝を詩に歌い続ける=水野源三第四詩集より=福寿草の花「日のあたる 窓の硝子や 福寿草」 永井荷風
2007.01.31
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愛するご主人を天に送り女手一つで育ててきた愛児は入学した小学校に一週間行っただけ腎臓病で入院して半年その深い深い悩みと悲しみ神さまへの信仰の動揺がわが胸にも伝わってきますてんかんの子供の父親が叫んだようにくりかえし叫ぶ主よ信じます不信仰な私をお助けください=水野源三第四詩集より=春は、すぐそこまで来ています今日は県難病団体連絡協議会(九つの難病加盟団体で組織)の皆さんと、一年に一回の県との話し合いがあります。午前10時から午後4時まで各課の担当の方と分刻みで難病対策について激論?してきます。宮崎県の新知事にはすでに皆さんもご存知のとおり「そのまんま東」こと『東国原英夫』(ひがしこくばるひでお)さんが就任されました。一躍、宮崎県の地名が全国の皆さんに広まり、「ピンチをチャンスに!」と、今日の地元紙には大きく掲載されています。『ピンチをチャンスに!』まさにその通りだと思います。今こそ福祉の改善の時です!!。障害者自立支援法、介護保険制度、医療の診療報酬の見直し等など、小泉流の構造改悪論から安部総理の「美しい日本」いわゆる「誰もが安心して生活できる日本国」を造るチャンスだと思います。今日のmakiboは難病ALS患者の代表として『県政に訴えてきます!!』
2007.01.30
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奥深い森の中の小さな家に明かりが射している枯葉の舞い散る影色のように今 私の心はむなしいあの人の真意は何処にあるのだろう真っ暗な森の中にうずまって私には見えない奥深い森の中の小さな家に明かりが射している木枯らしの吹く寒い夜今 私の心にもすきま風が吹き抜けるあの人の心は何処へ行くのだろう真っ暗な森の中で何処かに飛んで行きそう雪国の精よ お願い今の私の大切な大切な宝(身体)を持ってゆかないでね何故って? それはね今の私を大事に大事に抱きしめていたいから奥深い森の中の小さな我が家に今日も明かりが射し込んでいます
2007.01.29
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お元気ですか久しぶりに5年前の年賀ハガキの中にあなたの名前を見つけましたずいぶん遠い昔の話ですねどうしていますか懐かしい 思い出となりました憶えていますかいつの日か あなたに会えるのを楽しみに私はALSと一緒に過ごしています待っていて下さいねラナンキュラスの花花言葉は「あなたは魅力に満ちている」 病に苦しむ子供を看護する母は心で叫ぶ主よ主よ信じます不信仰な私をお助けくださいすぐ解ける氷嚢(のう)を取り換えつつ母は心で叫ぶ 主よ主よ信じます不信仰な私をお助けください夜どおし熱にうなされる顔見ながら母は心で叫ぶ主よ主よ信じます不信仰な私をお助けください=水野源三第四詩集より=
2007.01.29
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私のまだ知らなかった方が私の知らない所で私の知らない時に私のために祈っていて下さったから神のみもとへ帰れました私のまだ知らなかった方が私の知らない涙を私の知らない汗を私のために流していて下さったから神のみもとへ帰れました私のまだ知らなかった方が私の知らない言葉を私の知らない愛を私のために伝えていて下さったから神のみもとへ帰れました=水野源三 第四詩集より=ヒマラヤ雪ノ下の花名前の由来は、ヒマラヤ シベリア地方に多く、寒さに強く冬でも常緑の葉を雪の下から のぞかせていることから付いたそうです。厳寒の中、美しい顔をのそがせているヒマラヤ雪ノ下の花を見ているとなぜか心に躍動感、勇気、忍耐力を得るのは makibo だけでしょうか
2007.01.28
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可憐なチューリップの花私の尊愛する一人にWさんという障害者の方がいます。Wさんは大学の時ラグビーの試合で事故を起こし、その後首から下の機能を失い、いろんな経過をたどりながら身体障害者療護施設の生活となり、2年前から市内のバリアフリーのアパートで一人暮らしを始められました。私は一年に3~5回は自宅を訪問し、いろんな話をしています。話を聞いているうちに、私とは比べものにならないほどの苦労があり、その中で自分の可能性に向かって、こつこつと努力を重ねているWさん 口に筆をくわえて絵を描き、光センサーのパソコンで文をつづり、生きる証を作っているさまは素晴らしいと思うし、それ以前のさまざまのご苦労を知るにつけて、自分自身の甘えが浮き彫りにされます。トイレ一つにしても、自然にはできず浣腸などして排便とか尿意も思うにまかせなくて、工夫しているとのこと。ほとんどが寝たきりで視界も限られているし、その中でじっと自分を抑えて、理性を押しころして日々をおくる現実に『生きることの険しさと素晴らしさ』を垣間見る思いがします。こんにちの福祉のあり方が問われてならないのは私だけでしょうか 海外に支援するお金があれば、何故、障害者や難病患者、高齢者を支援するために使ってくれないのでしょうか どんな立派な道路や建物を造っても、人間の尊厳の命を全うするために医療・福祉に使わなければ何の役にも立たないことを役人はご存知なのでしょうか 今何ができるでしょうかこの世に生を受け息づいているからには何らかの使命があるはずです時には命がけでささやかでも行動を起こす意欲を持たなければと秘かに胸をはずませる makibo ですフローランテみやざき
2007.01.27
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ほんの少し歩けたならちゃんと足があるのに 歩けないみんなと同じに 嬉しいときは嬉しいのに悲しいときは悲しいのにほんの少し歩けたなら二人でお散歩できるのに花咲く公園をそぞろ歩きができるのにあの人が好きな野の花摘みに摘んでくるから 待っててねほんの少し歩けたなら一度でいいから 入れてあげたい温泉に海辺を一緒に歩きたいお願い ALS君たった一日だけでいいからお休み取って下さいねフローランテ宮崎(宮崎市)2006年フラワーフェスタみやざき
2007.01.27
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大きなことを成しとげるために力を与えてほしいと神に求めたのに謙遜を学ぶようにと弱さを授かりましたより偉大なことができるように健康を求めたのにより良きことができるようにと病弱を与えられました幸せになろうとして富を求めたのに賢明であるようにと貧困を授かりました世の人々の賞賛を得ようとして成功を求めたのに得意にならないようにと失敗を授かりました人生を享楽しようとあらゆるものを求めたのにあらゆることを喜べるようにと生命を授かりましたああ神様のくださった生命の限り私という個性を輝かせて今できることを悔いなく果たさねばと神に誓う makibo ですプリムラの花花言葉は「無言の愛」「青春の美しさ」
2007.01.26
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ある長期入院されているALS患者が私にこう言いました。外の空気が吸いたい・・・一人の人間として社会に触れたい・・・健康な人には、この方の言った人間としての恩恵はさほど理解できないかも知れません。毎日、朝から晩まで四角いジャングルの中で体験している長期入院(療養)されている方の思いは、計り知れないことなのかも知れませんね。当たり前と、普通(一般)的に常識と思っている方には、無感動となり、無関心になる。医師や看護師も例外ではないのかも知れませんね。『患者の切実な願いがピンとこない』患者は一様に外の空気を吸いたいと願い、社会との触れ合いを求めている。病が重ければ重いほど、その願いは痛切なのです。昨年、最愛の夫を亡くされた女性からこんな便りが届きました。『夫の死後、何もする気力もなく、幼い子供を道連れに、夫の後を追うことばかり考える毎日です。夫の生前は本当に温かい励ましを受けて、本当にありがとうございました・・・・・』懸命に介護に当たって来られた御家族の悲痛の叫びを聞くたびに、私はまた、難病ALSが憎きものとなり、一日も早い治療法の確立を願って止まないのです。また、この女性の幼い子供さんを思う時、『どんな悲しみや苦しみにも、一日も早く耐えてほしいと願う』ものです。外の空気が吸いたい・・・一人の人間として社会に触れたい・・・難病患者や障害者(児)らの悲痛な叫びを『無感動』に『無意識』にならないで下さい。たとえ、どんな身体だって、私たちには『一人の人間として社会の一員として生きる責務』があるのですから・・・あなたのまわりに難病患者や障害者(児)が居たなら、普通の人間として接して下さい。そして車イスを押して、一緒に『外の空気を目一杯吸わせて上げて下さい』 宜しくお願いいたします菜の花に優しくくちづけする小さなみつ蜂
2007.01.26
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これから紹介する詩は、日本ALS協会初代会長の川口武久氏がキリストの洗礼を受けて、その証の中で詠われたものです。私はあなたに頼ります 私の力では何もできませんあの人この人と 見比べてばかりいる私をお許し下さいあそこにこちらにと いい顔ばかり見せてあなたを顧みない時もあります今さら この道は通りづらいと言って立ち止まり別な道を探そうとするのですやはりまだ 私を棄てきれず 私が可愛いのです私自身をとらえ 顧みて どうコントロールするかがあなたに見捨てられない条件なのにどんな些細なことでも 身近な問題でもあなたに依らなければ解決できないのにそれがわかっていながら 私の思いや 私の力を過信するのですそれは あなたを信じ仰ぐことではなく私を信じ念じることに他なりませんものの良し悪しを見てから信じるのではなく見ない先から あなたを信じていきたいのです石ころぐらいの気持ちで あなたを信じ仰ぐところからは石ころぐらいのものしか生まれないのです飴玉ぐらいの気持ちで あなたを信じ仰ぐところからはいつか甘味が消え なくなるのですダイヤモンドぐらいの気持ちで あなたを信じ仰ぐところからは誰からも愛され 光り輝くのですあなたを慕い求めれば求めるほど清く へりくだっていかなければ あなたに出会った意義がないのですあなたとの絆は信頼です心からあなたに信頼できなければ その関係はご破算になるのですあなたに近ずくには勇気がいるのです勇敢に踏み出さなければ あなたから遠ざかるばかりですあなたを捜すには忍耐がともなうのですどんな試練にも耐えなければ あなたを見失うのですあなたに喜ばれるには愛が必要なのです隣人を愛さなければ あなたを悲しませるのですあなたを畏(おそ)れるには僕(しもべ)にならなければならないのですどんな時にも従わなければ あなたの子ではないのですあなたを尊ぶには謙遜にならなければならないのですへりくだらなければ あなたの栄光を現せないのですあなたを崇めるには犠牲がいるのです痛みを分かちあうのでなければ あなたの贖いがわからないのですあなたに触れるには奉仕がいるのです惜しみなく施すのでなければ あなたの救いがないのですくどくど申し上げましたが、私の気持ちはまだ言いつくすことができないのですただ これだけは言えるのですあなたなしでは生きていかれない 一日たりとも生きていけないのです故 初代会長の川口さんのこの証にふれ、私は「教会へ行こう!」と決めました。そして、ALSの患者会(日本ALS協会)を九州で初の支部を1994年10月9日に設立したのです。今の私には「信頼・希望・愛情」が、いつも心の中に深く刻まれています。
2007.01.25
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この短き人生の一瞬一瞬がそのまま永遠の命へ続くと言いますこの短き人生の一こま一こまの映像が消し難い足跡(そくせき)となって影を落としていくと言います楽しみの足跡(あしあと)はのびのびしているでしょうか悲しみの足跡は濡れているでしょうか喜びの足跡は跳びはねているでしょうかこの短き人生の過ぎ行く一瞬一瞬が新しい命へのステップならばどうして 果かなく空しい踏み台にできるでしょうかこの短き人生の一刻一刻が父なる神への門にいたるならば小刻みな煩いにまどわずに大きなジャンプで乗り越えてゆきたいと思いますこの短き人生その時 この一瞬一瞬の持つ意義が新たに刻まれ 不滅の光となることだろう春を呼ぶ草原四季のある日本に住んでいると人間わがままになるものです秋には桜が恋しくなり春には落ち葉が見たくなります夏には雪景色が恋しくなり真冬には夏の草原が恋しくなりますこの短き人生をあなたはどのように生きますか
2007.01.25
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ブルーな風景同じ病の御家族の方からこんな便りが届きました。『先日は母を訪問していただき心から感謝いたします。いつも母に元気を与えていただき、この上ない感謝の気持ちで一杯です・・・・・・・』ありがたい 私の訪問をそんなに喜んでもらえるとは こちらこそ感謝の気持ちで一杯です皆、悩み、苦しんでいる 孤独になることを 誰からも相手にされないことを恐れているんだ 私はこの会(日本ALS協会宮崎県支部)を結成した理由はただ一つ 『私よりはるかに重症でありながら、足に絵筆を縛って、桜島の絵を描いている同じ病の先輩に出会って、私は今までの自分の未熟さに気づかされました。そして、ALSの会「日本ALS協会」のある事を知り、「受けるより与えなさい。隣人を自分を愛するように、愛せよ」このみことばをモットーに、難病ALSで苦しんでいるのは自分だけではないんだ!。私よりもっと大変な患者がいるんだ!。共に支え合い、共に難病ALSと闘い、共に歩んで行こう!と決心したのだ生きていたい 生き延びたい その願いは誰も一緒なのだ 皆、懸命に治療に励んでいるんだ 命燃え尽きる日まで・・・・・・
2007.01.24
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ある夜、わたしは夢を見た。わたしは、主とともに、なぎさを歩いていた暗い夜空に、これまでのわたしの人生が映し出された。どの光景にも、砂の上にふたりのあしあとが残されていた一つはわたしのあしあと もう一つは主のあしあとが残されていたわたしは、砂の上のあしあとに目を留めたそこには一つのあしあとしかなかったわたしの人生でいちばんつらく、悲しい時だったこのことがいつもわたしの心を乱していたのでわたしはその悩みについて主にお尋ねした「主よ わたしがあなたに従うと決心したときあなたは、すべての道において、わたしとともに歩みわたしと語り合ってくださると約束されましたそれなのに、わたしの人生のいちばんつらい時ひとりのあしあとしかなかったのですいちばんあなたを必要としたときにあなたが、なぜ、わたしを捨てられたのかわたしにはわかりません」主は ささやかれた「わたしの大切な子よ。わたしは、あなたを愛しているあなたを決して捨てたりはしないましてや、苦しみや試みの時にあしあとが一つだったときわたしはあなたを背負って歩いていた」=マーガレット・F・パワーズ著「あしあと」=訳:松代恵美
2007.01.23
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あなたがたは なぜ すぐ側で孤独に苦しみ愛に飢えている人を救おうとしないのですか?人間にとって 本当の貧しさは社会に見捨てられ 自分は誰からも必要とされないと感じる事ですこの言葉は、日頃からパンを与えるのみでなく、愛を与えてほしいと叫び続けてきた私に一じょうの光となって差し込んできたマザー・テレサの言った言葉です。何が彼女をこうまで言わせたのでしょうか それはイエス・キリストのみ知ることであり、私たち凡人には解り得ないものなのかも知れません・・・論理を探ってみよう 人間、同じ死ぬのなら色々経験するのも悪くないものです。高ぶった気持ちとは反対に、ひょっとすると別の世界が開けるのかも知れない 何かが得られるのではないか という期待と希望を持って生かされたい その想いから私は教会の門を叩いたのです。丈夫な者には医者は要らない。要るのは病人である。私が来たのは義人を招くのためではなく罪人を招くためであるイエス・キリストはこのように言っています。凄くキリストが身近に感じられ、今まで得ることの出来なかった「神の愛」を知ることが出来たのです 正直に言って、私はキリスト教は単なる一宗教ではなく、人間としての自覚を教えるものであり、私に与えられた最初で最後の「信仰と希望と愛」であると思っています 可笑しい 狂っている と思う方はご自由に思って下さい 求めよ 探せよ 門を叩けそうすれば 全て求めるものは得 探すものは見いだし門を叩くものは 開けてもらえる自分が望むことを人に施すこと『受けるより与えなさい』 このみことばを日毎の目標として恵みに満ちた福音を、これからも私なりにこのブログ上で述べ伝えて行きたいと思っています 人を裁くな 罪に定めるな 許してやれそうすれば自分も救われるだろう
2007.01.23
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昨日、障害者(当事者)エンパワメントシンポジウムが宮崎市で開催された。県知事選と重なり、さらに雨と重なり 来場者を心配したけど約100名のさまざまなハンディキャップを負った人や一般の方が参加をされました今回のシンポジウムには、日本ALS協会 会長の橋本操さんと娘さん、茨城県支部事務局長の海野幸太郎さん3名による基調講演が成され、みさおさんパワーを宮崎県の障害者に与えて頂きました 人工呼吸器を装着され大変な闘病生活を送られている操さんの講演には笑いあり、時にはジョークを交えたとても参考になるお話で、会場からは重いハンディキャップを負っている皆さんから質問が相次いで出され、有意義な講演となりました。 makiboが宮崎県支部を設立して今年で13年目になります。makiboは難病患者です。今回のシンポジウムには難病患者だけでなく様々なハンディを負った障害者の方も参加をする初めての試みでした。基調講演の後に行なわれたシンポジウムでは、沖縄県のOさん(先天性てんかん症)、カンボジアから日本に福祉の勉強に来られているJさん(ポリオ)、精神障害者のNさん、筋ジストロフィーのIさん、それにALS患者のmakiboがシンポジストとなり、各々の障害の説明、日常生活の過ごし方、これからの福祉のあり方、障害者自立支援法に対する個々の思い、そしてこれからの夢 などを語り、それに日本ALS協会の橋本操会長から助言を頂くという形式で行ないました。makiboの夢であった障害者と難病患者が一緒になって『これからの日本の福祉を考えて行く』そのことが13年係ってようやく実現へと漕ぎ着けたのも、すべて一人ひとりの重いハンディにもめげずに『明日に夢を託す』障害者自立応援センターYAH!DOみやざきの永山さん(脳性マヒ)をはじめスタッフ(障害者)の絶大なる支援があったから出来たのです これからの日本の福祉を難病、障害を問わずに『共に闘い、歩んで行こう』と、ほんの小さな力ではありますが、これを軸として『小さな輪を大きな輪』にしていかなければならないと、心に固く誓うmakiboでした。「あなたがたはなぜ、すぐ側で孤独に苦しみ、愛に飢えている人を救おうとしないのですか。人間にとって本当の貧しさは、社会に見捨てられ、自分は誰からも必要とされないと感じることです。心が寂しい人は、あなたの家庭の中にいるかもしれません。貧しい人を見つけて下さい。見つけることは知ることであり、知ることは愛することです。そして貧しい人のために何かをすることが、神を愛することなのです。・・・・・・」 -マザー・テレサの言葉より-
2007.01.22
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自分がして欲しいと思うことを、相手にしてあげなさい受けるより与えなさい自分を愛するように隣人を愛しなさい -聖書のみことば-白 梅聖書のみことばは、私たち日本ALS協会宮崎県支部のモットーとしている言葉です どれをとっても、安易に出来るものではありませんが、私たち難病ALS患者には「祈る」ことが出来ます 「祈りに勝る力なし」と聖書にありますが、私たちのような重いハンディキャップを背負った者にとって「唯一できる力」なのです。さらに、神さまと話すことが残されています。さらに、願うことが出来ます。病の進行とともに人は、とかく落ち込みやすく、投げやりの人生を送るものです。が私たち難病ALS患者の一部分の者はそうではありません 政府に陳情し「難病患者や障害者(児)が暮らしやすい社会」を築こうと、日々奮闘しています。もしもあなたが難病ALSにあったらどうされますか?以前、私はある国会議員の方にこんな質問をした事がありました。その議員は少し間をおいて、次のように言ったのです。「もちろん早く治療法の確立を目指している医療に多額の研究資金を注ぎますとも」そうなんです、そのためにたとえどんなにハンディがあっても私たち難病ALS患者は共に闘い 歩んでいるんです そこに寝ているハンディのある皆さんに申し上げます『それでも地域社会で生きて行きたいと思うなら、願うなら、さあ!眠ってないで、さっさと起き上がって、私たちと共に手をつなぎ合って政府に陳情しよう』思い出して下さい 『自分がして欲しいと思うことを、相手にしてあげなさい』『受けるより与えなさい』『自分を愛するように隣人を愛しなさい』あなた一人が苦しみや悲しみにあっているのではありません。あなたの横の人を見て下さい。よ~く見ると 疲れていませんかもうすぐ美しく可憐な花の季節ですよかえるや虫たちもさあ 起き上がって来るよさあ ! 起きて 起きて
2007.01.20
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苦しみと片付けるには あまりにも苛酷です哀しみと片付けるには あまりにも残酷です試練と片付けるには あまりにも深刻です表現の術をはるかに超えた極限の世界それは避けては通れぬ暗黒のトンネルですそれは光り輝く来世への道のり神は 私に試験を与えられたのだろうか合格か 不合格か私の「心」ができるまで解らない事なのです東京の夕暮れ
2007.01.19
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杉林に積もる雪私を情けない奴だと 笑わないで下さい私を冷たい奴だと さげすまないで下さい私の胸には たくさんの愛も悩みもあるのですから私をふがいない奴だと 思わないで下さい私を哀れな奴だと 言わないで下さい私の胸には たくさんの喜びも苦しみもあるのですから私には 私を動かす力はもうないのです愚痴や文句や不満は もう言いませんこれが与えられた 運命なのだからこれが与えられた ご計画なのですから・・・・・・・宮崎はこんな春の陽気なんですよもうすぐするとポピーの花たちが可憐に咲き始めます
2007.01.19
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治るものであれば、なにもせずとも治るのではないでしょうか人の定めは決まっているのではないでしょうかいくら努力しても、報われない人もいるいくら養生しても、反省の色すら見せない人もいるこの世に生を受け、人それぞれ僅かばかりの差でその人の運命は決まっているのではないでしょうか人の力では何ほどのことも変えることは不可能ではないでしょうかこの世に生まれてくることから、死ぬことさえも解らないではないかすべて神のみぞ知るその神にすべてを委ね、御心のままに導いてもらうことが一番摂理に叶うものではないでしょうか死の不安や恐怖を人は思いますが死に至るまでの過程は苦痛になり、ああ、このまま延命を望まず楽になりたいそう思うのが、人の定めではないでしょうかこの世に生まれ、生活していくにはどれほどの困難に耐え忍ばなければならないのでしょうかあなたの御国はいつ来るのでしょうかみんなが待ち望んでいることではないでしょうか栄光の光を見せてください喜びに満ちた証を示してくださいあなたのもとに帰依する日までその栄光の光は見えないのでしょうかこれ以上、生きていて何の益があるのでしょうか迷惑をかけ、邪魔もの扱いにされるだけではないかさりとて、自分の命を自らとることも罪です死ぬことも、生きることも、すべて神の導きに委ねようこの試練にどこまで耐えていけばよいのでしょうか・・・・・・モンテの15世紀末に建てられた聖母教会モンテは、フンシャル市内の小高い山で(モンテとは山の意味)ここから美しいフンシャルの街を一望することができるそうです。
2007.01.19
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春を待ち望む空と海には夢が立ち込めている視界に広がる雄大な海と朝空のもとに私の瞼には 重なる想いがある十代の頃は 憧れの人を想い二十代の頃は 愛しい人を想い三十代は 愛する人を想いそして今五十代は天国を愛おしく想う恵みの一日は 今日も暮れ行く
2007.01.18
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私は聖書を読んでいます。聖書は「神の言葉」です。神から得た知識を吸収すればするほど奥行きが深く難しくなります。神の御言葉は無限に広がります。罪もさらに大きくなり、悔い改め、聖なる者として仕えることの難しさを思い知らされます。しかしながら「神の愛」は、哀れで愚かな罪人をも許して下さり、自分の十字架を背負い神の「みもと」に休まる時、限りない歓びが湧いて来ます。今の私は、神の御手にすがるより道はありません。恩窮に与かる道しかないのです。私には「祈り」「願う」ことしか残された道はないのですあなたのみことばは私の足のともしび私の道の光です詩篇119篇105節もうすぐですね
2007.01.18
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失ったものを数えるより、残されたものを生かそう。私には聞こえる耳があり、見える目がある。そして、残された運動機能がある。汚れを罪を許される心がある。この生命がいつまで続くかわからないが、与えられた期間に私は使命を全うしたい。それが神に応える道だから・・・・・・小雪の舞い散るプラットホーム
2007.01.17
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次第に不自由さの増す中で、自分で出来ることが少なくなり、一つの事を成就するのに要する時間も徐々に長くなり、一日の目まぐるしさは日々に増してきました。そんな時、周りのさりげない援助は、この上なく有り難く、ときには涙する時もあります。闘病生活17年目を迎えた今、どれほどの方々に支えられ、励まされて生かされてきたことだろうか・・・・・まさに「おかげさまで」の感謝の気持ちでいっぱいの私です。加齢とともに、介助する方も、受ける方も、しんどさもさることながら、身体的故障が続発し、精神的にも疲労が出てくるけれど、お互いをいたわり合い、ほめ合い、残命をしなやかに、したたかに、さわやかに生きたいと思います。そして今年は、「自分がされて嫌な事は決して他人にはすまい」と、自分に誓いを立てたいと思います。今年、この誓いが何パーセント果たせるか、日記に失敗の度数を書き入れることにしようと思います10万人に2~4人の確率ALSに選ばれた私は生きるという命の大切さを社会の人たちに教えることを神さまが与えてくださった使命だと思いたい障害者は社会が忘れていることを思い出させるために神さまが派遣されたのだと思い今日も明日も明後日も明々後日も・・・・・「おかげさまで」の謙遜さを忘れずにQOL(生活の質)向上に頑張り続けたい冠雪の浅間山
2007.01.17
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セピア色の晩秋から霧島連山に冠雪を見る木枯らしの季節コスモスの季節から、つわぶきの花、冬いちご、野菊、イチョウ、もみじなどの野の花たちどんぐり、むべ、あけび、ふるさとの季節と人々がしのばれる冬の季節冠雪の霧島連山今日は宮崎市田野町に行って来ました。畑では農家の皆さんが大根干しに精を出していました心やさしい方々に囲まれ、支えられて今を生かされている幸せ。病状の方は老いも手伝って重きにある私ですが、失われていく身体の機能と矛盾するようですが、身体が不自由だからこそ垣間見られる健康の有り難さを今一度知ることが出来て、感謝の一日でしたお金では買えない心のぬくもり見えないものの豊かさは身体の機能を失うことに反比例して増えてきました今も天国で励まし続けていてくれる父と母ふるさとの野の花や山の自然は今も変わりなく私を支えてくれます。おとうさん、おかあさん、野の花たち、山の自然よ「ありがとう」今年の冬も心を燃やして一所懸命頑張りますから見守っていて下さいね宮崎県えびの市「生駒高原の野に咲く花たち」
2007.01.16
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山茶花満開の公園で出会ったご老人が言った。『わしは目が悪くてのう あんたは足が悪いけど 目が見えるからいいのう』私はハッ とした。このご老人は、この美しい山茶花もよく見れないのだ次第に不自由さが増す進行性の難病なんて嘆かずに今 可能な身体の機能に感謝しながらこの山茶花のように力いっぱい生きようと自分に言い聞かせることでした人生の教科書ともいうべきお年寄りの言葉は生きる栄養剤 だなあ~とつくづく思い知る makibo でした
2007.01.15
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国道一号線思えば今から25年前、この国道一号線を南下し、ふるさと宮崎県日南市に延々30時間あまりかけて帰省したことがあります 途中、兄の住んでいる宝塚に寄って、一緒にラーメンを食べた思い出があります。あの頃は元気なmakiboでした東海道といえば、江戸時代から日本で最も重要な道路ですよね。皆さんも何度も通られたことかあると思います。名誉ある「国道1号線」の称号が付されています。この国道一号線といえば、あのお正月名物の箱根駅伝ですよね。選手もこの絵の場所を通過しました makibo にとっても忘れる事の出来ない思い出深き道の一つとなっています。この道は いつか来た道この道は なんども走った道この道は 思い出深い道思えば遠き故郷へ帰るには通過しなければ帰ることのできないこの道難病ALSに遭ってまだ一度も通っていない この道いつの日か また通ることができるのだろうかいや きっと通ることができると思うこの道ALSは治る日は遠いかも知れないがひたすらに夢と希望をもってこの道をきっと通ることができるよう明日に向かって歩を進めよう それぞれの熱い思いも又 大切な人間としての原点であることを自覚しながら・・・
2007.01.15
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苦しいことが多いほど、喜びも大きくなります嬉しくて 嬉しくて 感動の涙が頬を伝う時不自由な身体も なんとなく軽くなってきます悲しいことが多いほど 人にも優しくなれます悲しくて 悲しくて 悲しみの涙が頬を伝う時まわりの景色もかすんで見えます辛いことが多いほど 感動も大きくなります込み上げてくる感動に 喜びの涙が頬を伝う時不自由な身体をも忘れ 生かされている感動も大きくなります難病ALSに出会って 辛く 嘆き 悲しみの涙が頬を伝ったあの時もう悔しさの涙は流したくありません今度は感動の涙を みんなで一緒に流したいです真っ白な富士の山
2007.01.14
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両親を亡くし、このところ故郷へも帰ることがない私は、この紅梅の花をみると郷愁の念に湧いてきます。幼き日、兄と海で泳いでいて溺れそうになった時、兄がしっかりと両手を握って岸辺まで辿り着いた思い出の数々・・・父や母、兄・姉の顔、友達と山や川の視線の惠の中ではしゃぎ回って遊んだ日・・・もう二度と帰ることない歳月をたどりながら、紅梅の花を見るたびに懐かしさが込み上げてきます・・・・・・紅梅の花を見るたびに想い出が込みあがってくる。歩行もままならぬ私だけど、車椅子に乗って行こうとしても砂利道では無理。今度、電動車イスを申請し認可が下りました。思い出の場所までは電動車イスだと約2日半はかかります。車だと1時間ちょっとでゆけるのですが、自分のペースを維持して、マイペースでチャレンジしてみようと思います。歳を重ねるごとに病状は進行し、身体の不自由さは日々年々不自由さを増してはきたけれど、今の私の唯一の足となっている電動車イスで、懐かしい故郷の紅梅の花や『人生の海の嵐(波)』を、この目ではっきりと見たいと思います。今年のチャレンジの一つですがんばるぞ ファイト一発 makibo
2007.01.13
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人間はとかく自分とまわりの人や物と比較してよろこび、嘆きます。私たち身体にハンディのある者は、健康な人から見るととても身体が不自由で日々年々重症化するのを嘆きがちです。しかしまわりの方々が温かく接してくれるので心は癒されます。去年よりは今年、今年よりは来年とお互いを比べて一喜一憂しながら色々なことにチャレンジするのもまた格別ですがいたずらに差別感を招くのは慎まなければならないと思います。人と比べて自分にハッパをかけて前進するのはいいことですがいたずらに優越感に浸って慢心を起こしてはいただけない面が多くあります。人にはそれぞれ個性があって、何をもってその尺度とするか疑問なことも多くあります。今や個性の時代といわれマイペースでベストを尽くしていく姿も、また美しいものです歩けない 寝返りができない普通の人と比べて大きなハンディを背負って生きている私たちだからこそ五体満足の有り難さを伝えてゆかなければならない使命があるのだと思います差別をなくし、区別を受け入れ、人間性豊かに堂々と生きたいですネフランス南西部、ピレネー山脈の渓流ガーヴ・ド・ポー川中流域に位置する都市 ポー。人口は約7万8千人、都市圏人口は約22万人。風光明媚な観光地としても人気が高いです。ブルボン朝の初代フランス王、アンリ4世(16~17世紀)の生地。アンリ4世は、現代に至るまでフランス国民の間で人気のある王の一人として知られています。
2007.01.13
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都井岬の夜明け元気になってと四季折々にそっと花に心を託してやさしさを届けてくれた人もいました花の想い出は尽きないけれど咲いては散りゆく短い一生に精一杯の輝きが光ります花をこよなく愛し又、今年もタンポポの花の咲く日まで生きたいとぽつりと言ったNさんの棺には色とりどりの花が埋めつくされていましたタンポポの花の咲く頃はNさんのあのつぶらな瞳が私の心によみがえり涙が頬を伝います昨年8月、闘病生活21年間に終止符を打たれた同病のNさんを偲び、こんな詩ができました。今私はNさんの追悼集を作成中なんです。私がNさんと初めてお会いしたのが今から13年前。H病院に長期入院されていたNさんのベッドの周りには、お正月で子供さんやお孫さんが帰省し笑い声が飛び交っていました。お正月の休暇を終え子供さんもお孫さんも帰省し静かになったNさんの部屋には水仙の香りが漂っていました。すがすがしい気持ちで初日を拝むことが出来たNさんは私にこう言いました。いつの日かALSが治って再び歩ける時がきてほしいと小さな花びらに祈りをささげているんですよmakibo はその言葉を聞いた時、涙が頬を伝いました。そして、Nさんにこう言ったのです。Nさん、きっとそんな日が来ますよ来年も、再来年も元気に生きよう 蒲公英(タンポポ)の花 [別名]「鼓草(つづみぐさ)」 「たんぽぽ」の名は、この鼓をたたいたときの音の「たん、ぽんぽん」の略からきている、とも言われています。
2007.01.12
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「ああ、字が書けることがこんなに素晴らしい事とは・・・」私はまだ字が書ける学生の時、書道を学んでいたから当時に比べるとヘナヘナ文字になってはいるけれど私はまだ字が書ける人は何かを失った時その大切さを知る私たちALS患者は病状の進行とともに色々と機能が失われます私は、筆圧の少なくてすむペンならまだ字が書ける着替えも一時間もかかるけれど自力でできますでも仲間の中には食事介助の要る人も着替え、ベッドへの乗り降り、トイレ、入浴、寝返りも一人ではできず全面介助の人もいる時間をかけてでも何とかやれる私同じALS仲間の全面介助の人もいることを考えたらまだまだ幸せだなあ~と、自分に言い聞かせています年末に年賀状を出す時期になってなんとか一文字でも自分の字で書きたいと思いました発病して7年が経った頃のことある人からこう言われました『ワープロだけの文字の中に、makibo さんの一文字があって温もりを感じました』私はその時から出来るだけ短くてもいいから自分の字で書こうと思いました色々と人間の知恵は働きますが字が書けなくなった仲間たちはパソコンで自分の心を文字にしたり笑ったり 泣いたり 怒ったりすることも出来ますそれにこうして息づいていられることもまた平安だなあ~と、しみじみと思い知らされています私たち難病ALS患者は一つ一つ失いながらも一つ一つのありがたさを素晴らしさをかみしめて生かされているのです水仙の花厳寒の季節にこんなに可憐に花開く水仙の花に私は、2007年(平成19年)も「生きる勇気」を得ました
2007.01.11
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人の一生は「長短ではなく、その人が如何に生きたか」であると言われています。しかし、この世には250以上もの難病、いわゆる原因も、治療法もない病気、不治の病いに遭っている人が世界中にいる。私の遭っているALS(筋萎縮性側索硬化症)は、40代から70代に発症し、発病から3~5年の命と言われている。例外もある。でも、生まれた時から難病に侵されて、十年、二十年の人生しか生きられない人もいることを私は決して忘れることはないであろう。何の為に生き、何の為に死ぬかは、その人の価値観もさることながら「使命感」をもって力の限り努力しているように思われる。おぎゃ~と、そのような難病、不治の病いに遭ってこの世に生まれてきた本人には何の罪もないのに、何故、神様はそんな悲しい運命を与えるのだろうか?。親が悪いのか?、家庭の中に悪い事をした者がいるのか?、身内の中に同じような病いの者がいたからか?、先祖にそのような病いに侵された者がいたからか・・・・・そんな因果応報的な考え方はするまいぞ・・・人は皆な「五体満足」に生まれるとは限らないのだから・・・・・人は幸福を求めて家庭をもち、友を得て仕事に精出し、出逢いを大切にして、老いても悔いのない生き方をしようと日々精進している。ある本にこんなことが書かれていました。一日だけ幸せでいたいと思ったら床屋に行くがいい一週間だけ幸福でいたいと思ったら結婚するがいい一ヶ月だけ幸福にいたいと思ったら新しい馬を買いたまえ一年だけ幸福に暮らしたいと思ったら家を建てなさい一生涯幸せでいたいと思ったら正直な人間でいなさい健康を害し、心のよいどころを追い求める難病の私たち。生まれた時は五体満足で、身体の不自由さなどぜんぜん感じなかったのに、30代後半より足に違和感を覚え、歩行が頭で思っているように動いてくれない・・・次第に文章を書くスピードまでも遅くなる・・・言葉を話そうとすると鼻から空気が抜けていき思うように言葉を発することが出来なくなる・・・一日一日病状が進行して不自由さが増してくる。「なぜだ!」「なぜ俺がこんな病気に・・・」次第にイライラがつのり、家族に、同僚に、部下に「不満」を言うようになる。そして「生きているのがイヤになる・・・」死を真剣に考えるようになる。「うつ病」の典型的な症状「自殺」を考えるようになる。そして、いつの間にか「開き直って今を生きている」そして「人の一生とは?」を真剣に考えるようになった。人の一生とは、如何にしてより豊かな人生を送ることが出来るかと「心の翼」を常に躍動し、一日一日の幸せの積み重ねが一生涯悔いのないよう大事に生きることなんだ。確かに明日は見えないけれど、小さな目標を自分に正直にかかげてみることもまた、大事なことではないでしょうか。人生はその人なりにいろんな展望がある。個性を重んじて決して押し付けではなく、相手のことを思いやって自分らしく生きることがまた、社会を平和にする一つになると思う。歩くことも働くこともできない私たちALS患者だけど、まだまだ限りない幸せは満ちていると思う。「人生はいいものだ」と心底言えるようになりたいものだ。生きることの素晴らしさをかみしめなければ「人生の勝利」はないと思う。常に自分にきびしく、人には春風のようにやさしく、感謝をもって生きたいと思う。いたずらに人をうらやむことなく、人の喜びも素直に喜べるゆとりをもちたい。自分の人生は自分自身のものであり、自分で切り開くことによってキラキラと輝き決して人と人とを対比したりすることなく、自分なりに、自分らしく生きればいい人の一生を終える時、心底から『生きていて良かった!』といえる人生にしたいものです
2007.01.10
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ぼくはうまれていちども走ったことがないだから先生やかんごふさんのおっしゃることをきいて走ってみるでも走れないぼくは 思いきり走ってびょうきをふり落したいそして元気なからだをつくってみたい[写真は人物とは関係ありません]この詩は、今から43年前、鹿児島県の南九州病院に筋ジス病棟が出来て、Nくんが入院してきてNくんがはじめてつくった詩です。私はNくんとはお会いできなかったのですが、この詩をSさんから教えていただきまして、是非ブログを通して皆さんに紹介したいと思いました。Sさんのお話によるとNくんは、とても素直な子どもで、ユーモアあふれる明るい少年だったとお聞きしています。Nくんは四年間、筋ジス病棟で訓練したり、勉強したり、遊んだりして過ごしましたが、同じ筋ジスのお兄さんやお母さんと暮らしたくて、その後はA島の自宅で生活していました。それから3年が経ったある日、SさんにNくんのお母さんから「Nくんが亡くなった!」と便りがありました。SさんはNくんと一緒に過ごした入院生活の四年間、一緒に算数をしたり、詩をつくったりした想い出が消えることはない!とおっしゃっています。生まれた時から難病に侵されている子どもさん。その子どもさんを産んだご両親の思いはいかばかりでしょう・・・・・・計り知れない想いがあることでしょう・・・・・・Nくん 安らかに・・・・・・二十歳そこそこで天寿といわれる病気なんて絶対にあってはならない君の叫び お母さんの叫び、同病の友の叫びきっと同じだと信じますNくん 今は自由の身になって天国ではしゃぎまわっていることでしょう・・・思うぞんぶん走って 思うぞんぶん飛んでみてNくんが夢にまでみていた快感を思いぞんぶん味わってね
2007.01.09
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今年は暖冬気味でとてもしのぎやすいと思っていたら急に寒波がやってきた。こんな寒い中でも、四季折々の花は厳しい寒さに耐えて花を開いている 蝋梅の花長い闘病の日々の私には“人生の花”は望み薄いけれど、与えられた場で自分のありのままをさらけ出し、お互いの心の痛みを感じながら、素直に思いやりの心を抱きしめていたら、きっと生きることの素晴らしさと人間性あふれる友情の花が咲き誇るに違いないと思います厳寒の中でじっと春を待つ梅のように、木枯らしの中でこぼれるように咲きほこる山茶花たちのように、厳しさに耐えて花開くことの歓びは、私たち人間に生きる姿勢を示しているようで尊くさえみえてきます私たちALS患者も、四季折々の花たちのように自然の中で太陽をいっぱいあびて、風雪や嵐にも負けないで、季節を告げてくれる花のようにその美しさをいつまでも耀かせていたいものです難病ALSと共に闘い、歩む『友情の花』を咲かせようよ青木の花
2007.01.09
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なんで俺がこんな病気に遭わなければいけないんだなにか悪い事をしたから神さま、仏さまは罰を与えたのだろうか今まで真面目に働いて働いて、家族のために一生懸命働いてきたのになんで俺がこんな病気に遭わなければいけないんだ人生の中途で難病に遭った人たちは皆そのように思うものです。でも、いつまでも嘆いているより現在のおかれている環境に逆に感謝の心を持ったら、人はどのように変わることができるのでしょうか今、難病に遭って、苦しみ悲しみに遭っている方々へエールを贈ります現在の障害に負けないで可能性にチャレンジしていこうたとえ耐えることの出来ない嵐がきても、あなたの心の太陽は受けとめてくるさかけがえのない家族や友や、あなたを必要としている人たちと明日を信じて生きていこう 力の限り生きていこうよ生き甲斐は自分で作るものさ 悩み、苦しみ、悔しさ辛さの中から喜びや優しさを知り、勇気や希望が生まれるのだ明日に向かってくじけずに、大きな心を持とう一度きりのこのいのちを精一杯、生きていこうよ難病ALS患者の夜明けは、そこまで来てるじゃないか
2007.01.08
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今日は「成人の日」ですね 成人とは「人と成る」という意味です『人と成る』歩けない 寝返りができない 普通の人と比べて大きなハンディを負っている人たちハンディキャップのあるMくんが今日「成人の日」を迎える 彼の身体障害者手帳には次のように記載してある。筋萎縮性側索硬化症による両上肢機能障害 1級 1-1筋萎縮性側索硬化症による両下肢機能障害 1級 1-1筋萎縮性側索硬化症による音声機能障害 3級Mくんは通所授産施設に入所している。彼は今日の成人の日の式典に車イスで参加するそうだ。彼は16歳の時にALSと診断を受けた。ALSでは希な若年での発症である。Mくんは訪問するたびに私にこう言います。「人にはそれぞれもって生まれた輝きがあります。その人にしか出来ない使命もあります。笑うときには大いに笑い 泣きたい時には思いきり涙を流し自分らしくあるがままの生き方に徹しきれたら劣等感もなく日々を意義ある思いで歩めるのではと思うのです」Mくんは今日「成人式」を迎えます。いわゆる「人と成る」わけです。たとえハンディを負っているからといってMくんを差別することなく人間性豊かに堂々と成人式に挑んでほしいと思います健常者と障害者を比べることを大いに活かし比べることをチャレンジとハングリー精神に結びつけ自らの成長をバネにして、お互いが助け合い、補い合い、譲り合って共に生きている素晴らしさを伝える『人と成ってほしい』と願い、お祈りしていますMくん 成人の日 おめでとう中国原産の『黄梅』別名「迎春花(げいしゅんか)」とも呼ばれるそうです。
2007.01.08
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難病を背負って生かされている中でもう一度生まれ変われることが出来たらとと同時に健康の素晴らしさを誰よりも知ることができた私たちALS患者いつの日かこれらの運命にしばられる日々から許される時が訪れることを祈っています人生は一度きり、憎む心より許す心を得たいと祈る私許す心の素晴らしさを人として知ることができるように不足だらけの私だけど日々の指針として生かされていたいと思います人は心の転換によって幸せにも不幸せにもなります許すという大きな心を目標に日々の不自由さを常と思い今 自分の可能な生きがいに向かって精一杯はばたいていたら今日という日が明るく輝いているに違いないと信じます治療法のみつかる日までALSを友としてあるがままの自分が納得のいくように最大の努力を忘れまいと思います人として恨むことも憎むこともせずにこの病気のおかげで出会えた沢山の心の財産を抱きしめて一日一日をいとおしみながら生きていけたらありのままの自分を受け入れて明日に向かって生きていけたらどんなに幸せな人生であったことだろうと思います力まずにふんわりとした気持ちで生きていけたらそうなったら心の底から歓びが湧いてくるはずですそれが平和という心につらなっていくと信じます国東半島(大分県)の夜明け
2007.01.07
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「おぼえているかなぁミッチ、テッド・コッペルに言ったこと。もうじき誰かに尻を拭いてもらわなければならなくなるって・・・」1月4日、5日の二日間に亘って「モリー先生との火曜日」がNHK-FMで放送されました。標記のセリフを敢えて書いた理由は『人間の性(さが)』について、私は放送を聴いて改めて思い知らされたからです。私はALSに遭って6年目に妻と別れた。『子どもが二十歳になったら別れよう』と、ALSと宣告されて2年目に決めていたのだ。車イス生活の私だが、モリー先生の時代と今の時代ではずいぶん進化したものだなぁ~と、つくづく思い知らされる。今、私は市営住宅に一人暮らしをしています。3年前からつたい歩きが困難になり、車イス生活になりました。玄関には車イスのまま昇り降りできる昇降機(リフト)を設置し、トイレの便座は、自動的にふたが開き閉めでき、お尻もウォシュレットでチリ紙を使う必要もない。家の中の段差を無くし、畳じきの部屋も洋間にし、まるで外国の家に来たかのように日本的な部屋はない。そうまでしないとALS患者は生活できないからだモリー先生の言った言葉「もうじき誰かに尻を拭いてもらわなければならなくなるって・・・」の意味を考えてみたい。私は最愛の妻と別れている。子どもも独立している。身内の者は誰もいない。私の家に来るのは、訪問ヘルパーと訪問看護師、訪問リハビリのPT、訪問医師、それに教会の牧師先生ほか会員の皆さん。食事を作ったり、お皿を洗ったり、部屋の掃除や衣類の洗濯干しやたたみ方ができない、またゴミを出すこともできないからヘルパーにお願いしている。お風呂は一人では入浴できないので訪問看護師に手伝ってもらっている。運動も一人では出来ないからPTに来てもらっている。こんにちの医療・福祉の恩恵に、ただただ感謝の一念です。でも、もしかしたら今の生活が出来なくなるもう一人暮らしは無理だと言われるかも知れないそうなったら何処へ行こうかぁ病院や施設に入所できるのかなぁもし、トイレに一人で行くことが出来なくなって、ベッドに寝たきり状態になって、誰かに尻を拭いてもらわなければならなくなったら・・・ いや、これは何も私だけでなく今健康なあなたでも人間歳を取ったら誰しもが体験することなのだ。モリー先生の言葉に、私は『人間の性(さが)』を垣間見た愛する者もいない共に痛みを分ち合う人もいない そんな環境の中で愛も無い人に己の性をそう容易く見せる事が出来るだろうか 私は放送を聴いていてそのように思った・・・・・・・。♪あなたのことを思うだけでするのを忘れてしまうの誰もがせねばならないよしなしごと・・・どの花にも見えるのはあなたの顔空の星にはあなたの目あなたのことを思うだけ思うだけ いとしい人・・・・・・・・・・♪うたい終わると、モリーの開いた目から涙がほほを伝って落ちた「ミッチ・アルボム著」-モリー先生との火曜日-より幻想の夜明け
2007.01.06
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ALS患者を受け入れてくれる病院は少ない行き場のない患者は途方に暮れ、絶望し、諦めるそこまでに至る心の葛藤はこの病気にかかった者でなければわからない忌まわしい病気を呪い、医療機関を呪い、世間を呪う見捨てられた者の悲哀を、いやというほど味わされてきたこのままではいけない なんとかALS患者を受け入れる病院を探さなければいけない現在は自宅療養と入院生活の繰り返し(レスパイト入院と言い2~3週間の短期間)状態だ患者が家族が安心して任せられる長期療養型の病院を廃止せず残すべきだもはや避けられぬ運命であっても、虚しく死を迎えてはならない最後の最後まで闘い抜かねばならない。それが私たちの人生なのだALSの存在をもっと多くの世間の人に知ってもらい一日も早く医療の光 があてられることを願いながら難病ALSと闘う以外に、私たちの人生はない宮崎県日南市の『梅ヶ浜』makibo の通っていた中学校の前にあり、部活でよく練習していました。ちなみに makibo は剣道部に入部し、この浜で試合をした事もあります。
2007.01.05
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「必ず治ると信じ、自分に言い聞かせることによって一日一日を過ごさなければ、とても耐えられないと思っています。日が経つにつれ、いろいろ人生感も変わってくるとは思いますが、正直言って、それが現在の私の心境です。」S県にお住まいのSさん、手足が不自由で、歩行はもちろん、食事もままならない状態だという。お嬢さんに口述筆記をしてもらって、メールを下さる。この方は病院に長期間おいてもらえず、入退院を繰り返しているという。私より先輩で、その人柄がしのばれる。「夜中などに目が覚めて、この病気の行く末等を考えると、たまらなく気持ちが沈んできますが、10年ほど前から信じるようになったキリスト教のおかげで、だいぶ心の平安を得ることができたと思っています。」T都にお住まいのTさんは64歳。郊外のF市でコンビニを経営している。車イスの生活だが、私より進行が遅く、発症して今年で20年という。今でも介助を受ければ20歩くらいは歩けると言われる。Tさんは「心の平安を勝ち取ることが出来た」から、切迫感がないのだろう。「一般に“闘病生活”という言葉がつかわれますが、私の場合はちょっと異なっていて、なんとか“病気”をなだめながら、怒らせないように、病気の進行を遅くしてくれるように頼みながら、しかもできるだけ努力するといった態度で、“ALS”と共存していこうと思っています。」K県にお住まいのSさんは「ALSと共存」とおっしゃっている。他の同病者に是非教訓としてもらいたいものだ。Sさんは“ALS”と共存しながら、一キロほど離れたギャラリーに僅かに動く左手の親指と人差し指を上手に使って、電動車イスで毎日通い、油絵の講習を受けている。手の筋力は全廃。右足の親指に絵筆を縛ってもらって野の花など四季の花々を描いています。Sさんの生き方に比べれば、私などはさしずめ「線香花火」のようで、小さな火花を散らすだけで、いつの間にか音もなく消えてしまいそうだが、それはそれなりに“一つの使命”を果たしていきたいものだと思います。患者さんからのメールを通して、私は三つの誓いを立てました一つ、『必ず治ると信じること』二つ、『病気を怒らせないこと』三つ、『心に平安を得ること』この三つを、今年のALSと共同体で頑張ろう と誓った makibo です春遠からじ
2007.01.05
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教会は私にとって唯一の憩いの場となっています元旦は教会で、3日は牧師先生のお宅で過ごしました私が教会に通い始めて今年で13年になりますと同時に日本ALS協会宮崎県支部を設立して13年目に入りましたということは「私」と「ALS患者会」と「教会」は まさに「三位一体」の関係なんですね苦しみのうめきの中になお生きる歓びうたう闘病の記闘病の十字架背負いて行く友と共に歩まん残る道のり主に、あなたは若い時に何をしたかと問われたら何と答えればいいのだろうか疲れ果てた言葉で、言い訳をかざろうとするのだろうか血の中の汚濁 涙の中の懺悔ただ頭を垂れ 嗚咽して恥じるばかりだろうか残された日々の生き方が示される唯一の「憩いの場」それが「教会」なのです2007年1月1日宮崎北聖書キリスト教会の海老原直宏牧師 と makibo です
2007.01.04
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もし、「生きるための闘い」を「延命」と言うのなら私はむしろ、積極的に延命をはかりたいたとえ意志を伝える手段が奪われ、丸太ん棒のようになっても私は「人間としての意識」を持っている限り生きていたい、生かされ続けたいそれは私が想像するよりも、もっと苦しい煉獄の日々であるかもしれないしかし、その中で生きることが神が私に課された使命であるのなら、私は生きたい生きて生き抜いて、神がお召しになる日を待ちたいいたずらに延命をはかるよりも「安楽死」を、と人は言うホスピスの精神も、不治の患者が安らかに死を迎えられるよう死への準備をしてあげることにある、と言う「安楽死」とは何か当人以外の誰に「安らかに」死なせる権利があるというのかそれが不治の患者への思いやりというのならそのいたわり、思いやりをなぜ、患者の「安楽生」のために用いてくれないのか誰しも死は忌まわしく、この世を去るのは寂しいその思いは、死を受容した者とて同じである死を受け容れたからといって、早く死なせてほしいと思う者はいない一日でも長く、生きていたいのだその願いに医療の手が差しのべられ、あたたかい介護に恵まれる時死にゆく者にもはじめて安らぎが生まれるのだ元旦礼拝後の makibo です今年も「難病ALS患者に愛の手を!」ブログを宜しく今日(4日)と明日(5日)、NHK-FMで「音楽朗読劇」『モリー先生との火曜日』が18:00~18:50まであります是非お聴きになってくださいね
2007.01.04
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求めてはならない 私のブログから何かを感じてもらえればそれで十分だ明日のことは誰にも分からない 明日の心配など無用だあせらず じっくり腰を落ちつけて見守っていこうある家族の方から今朝メールが届いた。その内容に身につまされる想いになりました。自宅療養を続けていたが、気管切開をし、人工呼吸器を着けないと危ない状態となり、あちこちの病院にあたってみたが相手にもされず、やっとの思いで独立行政法人 国立病院機構H病院に引き受けてもらったという。これがALS患者の現実なのだ 今の医療制度では、民間の病院は採算があわないから、どこも敬遠してしまう こうした現状は20年前と比べると悪化の一途を辿っているのだ病院の使命 医師のモラルはいったい、どこへ行ってしまったのかただ、弱く、もろい人間であるが故に、この病いに倒れた人たちの嘆き、悲しみが私には聞こえてくる。その声に惹かれて、私は頑張る 先を行く人たちのために、私のために、そして、後から来るであろうALSに罹患した人たちのために、ただそれだけのために支部長としての使命を果たしているだけなのだ。すべては、弱さの成せる業(わざ)なのだ2007年 オーロラの彼方にあなたは何を求めるのか
2007.01.03
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明るいニュースは、気持ちを豊かにしてくれますできるだけ明るいニュースを、良い情報をALSと闘っている病友に知らせてあげたいと思います体調がすぐれない時、人は「落ち込みやすい」たしかに気分的に「心にゆとり」ができないと思いますでも、そんな時に友人や恋人、家族や恩師、主治医から「最近、明るくなったね」と言われたらどう変わるでしょうか今まで気分的にゆとりが持てなかったのに一転して「心にゆとり」が持てるのではないでしょうか今まで変に意地を張っていたのが、スッと取れた感じになってあれほど拒んでいた食事介助も、排便介助も素直に受けられるようになるはずです今までの頭痛、苦痛がとれれば、自然と顔もほころぶやはり、「気持ちの持ち方」だと強く知らされました今が一番大切な時期のあなた今を乗り越えれば、桜の花 の満開の春を迎えられるではないかいや、必ず迎えられると信じて頑張ろうmakiboん家から歩いて10分の所にある宝塔山の桜
2007.01.02
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明けまして おめでとうございます本年も『難病ALS患者に愛の手を』ブログをご愛顧頂きますよう宜しくお願いいたします神経難病ALSをテーマにした初のミュージカル形式のラジオドラマ『モリー先生との火曜日』が放送 1月4日 18:00 (第一夜) 1月5日 18:00 (第二夜)NHK-FMで「新春特別番組」としてあります。主役のモリー・シュワルツ教授に浜畑賢吉、その生徒役に今拓哉(レ・ミゼラブルでジャベール役)、その妻役・語り部に土居裕子(マリー・アントワネットでアニエス・デュシャン訳)と現在のミュージカル界の実力派が集まり、“人生の意味”について実力派ピアニスト・小原 孝の美しい旋律に歌を交えて台詞劇で表現していきます。原作の『モリー先生との火曜日』(ミッチ・アルボム著)は1997年に発売されて以来、全米で500万部を売り上げたノンフィクションの小説です。アメリカではジャック・レモン主演(遺作)でTVドラマ化した作品がエミー賞を受賞。そして今年1月、日本で初めてラジオドラマとしてNHK-FMで放送されます。主役の浜畑賢吉さん演じるモリー・シュワルツ教授が冒された病気は筋萎縮性側索硬化症。神経中枢が麻痺して身体中の筋肉が動かなくなる難病です。この難病に侵された老教授の下へかつての教え子、締め切りに追われるスポーツライターのミッチが15年ぶりに再会。毎週火曜日に死の床で行われる授業のテーマは『人生の意味について』、、ミッチの人生は大きく変化することに。。明日も命があると思うな。 今すぐ他人を許せ そして自分自身も子どもの自殺やいじめ、親子の問題が多発する今だからこそ聴いて欲しい。そして誰も教えてくれなかった『生きることの意味』をモリー先生から学びとって欲しい。難病の患者さんだけでなく人生に勇気がほしい全ての方々に聴いてほしいと、演出家の井料拓也氏(ご遺族)は言っています。
2007.01.01
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