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10日程前に、我が家に長期逗留していた両親が帰って行った。夢のような一ヶ月だった。新居で、両親が来たらしよう、と思っていた事、殆ど全て出来た。抱き癖なんてお構いなしで、この際無礼講の孫抱っこ・甘やかし放題。沢山日本の物を取り寄せて食べて、クリスマスにはアメリカ流も体験してもらって、小旅行にも出掛けたし、色んなレストランやお買い物、ボーリングまで行った。ブル恵はその間に寝返りを覚えたり、大きな声で笑うようになり、みんな手を叩いて大喜びだった。本当に、夢のように過ぎて行った。過ぎてみると、一月だからか、一寸本当はもっと色っぽい意味なのであろうけれども、「あひみての のちのこころにくらぶれば 昔はものをおもわざりけり」と言う歌が、その後良く頭に浮かんでは消える。帰ってしまったら寂しいのだろうな、と思いつつも楽しみにしていた両親の渡米、実は終わってしまうと想像なんて及ばない程悲しい物で、また、両親への感謝と愛情も、落ち着くばかりか膨らむばかりで切ない程である。空港では、姿が小さくしか見えなくなってから、恥ずかしい程号泣して、無言で帰宅した後、また泣いた。よせば良いのに両親が寝ていた寝具に包まって匂いを嗅いでみたり、思い直してフライトの無事をネットで追ったり、結局二日泣いて暮らした。シーツの洗濯だけが、どうしても出来ず置いていたのだけれど、ついに今日自分でもアホらしくなって、次に会う時にこんなんじゃ恥ずかしいわ、と思い直しベッドを片付けた。わたしの住む場所は、ここなんだから。アメリカに来ちゃったのは、わたしなんだから。当たり前の念じながら、月日だけが経ち、どこかを無断欠席しているような気ではありながら、この日記を放ったらかしにしていた。まず、海外・旅行のカテゴリーになんてしているから余計書きにくいのかもしれない。地域情報なんて全く書いてないし、大体この地域にご興味をお持ちの方がいらっしゃるとは思えない。「日記」としているのに、いつからこんなに書きにくくなってしまったのだろう。このブログを始めたのは、楽天がきっかけだ。ノースキャロライナのシャーロットでブルルがレイオフに遭い、畑違いでは有るけれどやっと仕事が見つかったのでミシガンへ引っ越す事になった。先にミシガンの家を買い彼はそちら、わたしは仕事を続けながら家が売れるまで残った。その時に初めてネットでミシガンの新しい町の事を調べたりしている内に楽天ブログに出会った。在米に限らず、大和撫子が世界でぴちっと背筋を伸ばして生きてらっしゃるのを拝見し、知らない国に行くんじゃないんだし、しっかりしなきゃ!と自分を励ましたりもしたものだ。幸い家はすぐに売れたのだが、その冬の最中ミシガンへ引越し、主婦になったは良いけれど忙しいブルルに精神的に寄り掛かるのも嫌で、それでも急に社会との繋がりを失ったわたしは、「わたしはここで生きています」と言う証拠が欲しかったのかもしれない。雪で出来たアリ地獄に沈みながらも、せめて壁に自分の爪跡を残す気持ちで、ブログを始めた。それから、沢山素敵な出会いが有ったし、出会いが可能ならば別れも有り得るなんて思いにも寄らなかった為、楽天を止めてしまった人とはご縁もそれっきりになって、のほほんとしていた自分が今でも悔しい。昔ここでお世話になった方達、今頃お元気かしらん。ブル恵が大きくなるにつれ、ブル乃助はどうだったかな、と、昔の日記を良く参考にする。その時のコメント欄を見ては、懐かしく皆様を思い出す。新しいブログを教えて頂いていても、楽天からワンクリックで飛べないとどうもご無沙汰してしまい、その内PCを買い換えたりでアドレスも分からなくなってしまった。過去の日記を見て一人で重宝がってため息をついているなんて、なんておめでたいんだと自分でも思うけれど、それが日記の良い所なのかもと思うと、やっぱり止めずに続けて書いて行こうかな、ブル恵の記録も無かったら可哀相だしな、と、結局そこに落ち着く。落ち着くのだけれど、何故か前のようにじゃんじゃん書けない。それ程忙しい訳では無いのに、なんでだろう?
January 25, 2012
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