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部屋が片付かない。片付けないのが悪いのは充分理解してるつもりだけど、片付けようという意欲が湧かない。家の周りに咲いたタンポポの葉は、直径1メートルを超えてなお、縦横無尽に繁茂している。北向きにもかかわらず、よほど栄養がいいらしい。あああ、部屋が片付かない。いつ片付ける?かましょーくん。そのうちね。だから片付かないんだよ。まったくもう(憤怒)
2005年04月11日
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昨日の夜は嘔吐下痢がとまらなかった。夜中に起きて便器に語りかけては胃の中の悪魔が飛び出してきた。今朝も頭痛と吐き気とおなかの調子がおかしくて、それでもなんとか仕事に行った。途中でトイレに駆け込んでは下痢と戦い、緩やかに上昇する体温計に抗ってみたものの、昼前に体力が限界点を突破。T先生からH先生に掛け合ってくださったおかげで、早退を許可された。12時過ぎに早退し、帰宅後、うつ伏せのまま布団の上で意識を失う。気がついたときには夕方6時半を回っていた。だいぶ楽になった。大根の葉っぱを軽く湯通しして、マヨネーズベースに醤油とレモン汁を混ぜて和えたサラダを作って食べた。と言うわけでまだおなかがぐるぐるするので休みます。おやすみなさい。皆さんも風邪にはお気をつけ下さい。2日酔いくらいキツイ(号泣)
2005年03月30日
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事務局長にメールしたら、アドレスが変わってた。アドレスを変えたことを連絡してくれなかったということは、つまり「僕に教える必要がない」「教えたくない」そういうことだろう。僕は「ダメ人間」である。すべてにおいてと言うわけではないが、少なくとも今回の「ふるさとキャラバン」に関して言えば、ダメな実行委員長だと自他共に認めるところである。ネットで公開すべき日記じゃないけれど、せっかくだったら自分の恥もなにもかも、ネットで僕を知る皆さんに公開します。大看板を作り始めたとき、僕はみんなの輪の中に入っていくのが恐かった。自分以外の人間が一丸となって看板制作にとりかかっている中にいるとき、恐ろしく居心地の悪い思いをしていました。だから顔を見せた時に「手土産くらい買ってきてよ」と製作スタッフに冗談で言われて落ち込み、その場から逃げるように帰ったのです。定例会を開いたとき、話し合いの時間まで、誰一人として話し合いの会場作りを手伝ってくれた若いメンバーはいませんでした。開始30分前から僕はいつもひとりで椅子を片付け、机を並べました。声をかけたけど、だれも手を貸してくれなかった。話し合いが始まっても別の作業をしていて、場の空気が統一されなかった。僕も同じように三役会の場で別なことをしていたから強くは言えないけれど「やることだけやれば、あとは好き勝手にしていい」みたいな態度で席に着かれるたびに悩みました。いろいろ独りで考えて、答えの出ない迷路にとりつかれ、どうすることもできなくなって、打ち合わせをすっぽかしてしまいました。言い訳ですが、さぼったわけではなくて参加するのが恐かったんです。職場でも「役立たず」扱いされてましたから、人から冷たい目で評価されるのに限界でした。公演自体はなんとか成功しました。たくさんの皆さんが観に来てくださって、両手では抱えきれないくらいの「ありがとう」をいただきました。「がんばったね」と言われるたび、自分が何もできなかったことを恥じて「はい!」と素直に言えませんでした。年が明けて回収したアンケートを見ながらの打ち合わせの日より少し前、事務局長とメールを介して大喧嘩をしました。会計報告についてどうしても理解できない僕と、それを理解させようとする事務局長の間に亀裂が起きたのです。自分なりに考えて何度か質問もしたけど、返ってきた答えが僕の理解を超えていて、素直にわからないと話しても理解してもらえませんでした。それで僕は「あとは適当にやって」と言ってしまいました。自分の理解できないもの、納得できないものをつたえるより、解っている人がみんなに理解を求めたほうが効率的だと思ったからです。結果、以後の連絡の一切が途絶えました。それでも先輩方は僕を心配してくださって、僕と事務局長が元の鞘に納まることができるよう協力してくださるとおっしゃってくださいました。今日、ある先輩からメールがあって、事務局長たちと話す機会があったこと。そこで僕とは「やっていけない」と彼らが先輩に話したと伝えられました。終わった。そんな感じです。全部、僕の恐がりから生まれた結果だから、仕方のないことかもしれません。「負けるな」とか「話してみればなんとかなるよ」なんて励まされても僕に「話していく勇気」があれば、きっと今のような状況に陥ることはありませんでした。そして今の僕は、このことについて「元のように戻りたい」とは考えていません。晴れて開放されたわけじゃないけど、また「中途半端で逃げるの」と言われるだろうけど、これはこれでけじめがついたと、本を閉じたいと思います。そう。ダメ人間なんです。
2005年03月12日
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正直言うと苦手なT先輩。職場のボスみたいな人だが、主任でもなければそういうポストにいる人でもない。自分は平気で遅刻する。そのくせ他の職員(特に僕?)が少しでも遅れたときは手ひどくアドバイスを下さる。仕事上のミスを指摘してくださるのは有り難いが、子どもたちが見ている前で仮にも同じ「先生」と子どもたちから呼ばれている人間を「最低」みたいに注意する(気って捨てる)のは同じ保育者としてやっていいことなのだろうかと考えたりもする。注意の仕方もいつも頭ごなし。上から権力でもって押し付けるような言い方で、注意内容は的を得ていても「ありがたく」聞き入れようとする自分を、止める自分がいる。ある日の仕事中に内線が入ってきた。僕の部署のアルバイト学生に、T先輩の教室まで来て欲しいと言うのである。僕の部署も先輩の部署も仕事中である。しばらくしてT先輩のところから戻った学生いわく「T先輩、私(学生)の携帯アドレスをもう一度教えて欲しいって。しかも、自分で登録するとまた間違えるかもしれないからってことで、今度は私が先輩の携帯に自分のアドレスを登録した」とのこと。それって、思い切り私用で内線と他の職員(アルバイト)を使ってないか?T先輩は給料を払っているわけでも、学生の所属する部署の主任に許可をとったわけでもない。いったいT先輩は何様のつもりなんだろう。仕事中に他の部署の主任や、他の教室へ会話を楽しみに行ったり、自分の担当の子どもたちを放っておいて、赤ちゃんクラスで赤ちゃんをだっこしてたり、先日は僕の部署の保護者に渡さなければならない書類を1ヶ月近く僕らに「渡し忘れて」いた。僕はこれらの不満を、きちんと整理して本人に文書で伝え、改善をお願いしようと思っている。不満を持っているのは僕だけではない。園内の職員の中で、多くの人間が似たような不満を持っているはずだ。もちろん悪い面だけではない。T先輩の音楽に対する情熱と努力は並大抵ではない。それに事務的な書類に関して機械的に処理するときのスピードは驚異的である。自分にないそれらの面については尊敬している。僕が職場に入ってすぐの頃は先輩を本当に尊敬していた。いわゆるキャリアウーマン系の先輩をよいお手本にしたいとさえ思ったものである。先輩を中傷し、不満をぶちまけるためではなく、少なくとも僕から見て先輩が今、持っている短所を、長所に昇華させ、よりすばらしい人としてふたたび全ての職員に尊敬される先輩になって欲しいのだ。
2005年03月10日
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DooMをご存知だろうか。プレステなどで昔発売された3Dシューティングである。まるで自分がその世界を歩いているかのようにリアルな操作感で、外国のゲームの通称である「洋ゲー」と「気持ち悪くなる」意味をかけて「酔うゲー」と言われていた。このエイリアンXは、その系統のゲームです。フラッシュですが、とてもよく作られてます。結構楽しいです。とにかくやってみて。注意としては、回復アイテムの使いどころとセーブをこまめにすることです。ぜひやってみて!Alien X
2005年03月08日
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インターネットで見つけた日記です。以下前文引用True Love Story私の行っているスポーツジムのラウンジには朝オープンと同時にやってきて1日中世間話ししたり、トランプしたり、若い女の子をからかったりしているお年寄り軍団がいます。そのうちの一人、87歳のおじいさんがある朝、私の所へやってきました。彼は一週間前に親指を切ってしまって、7針縫ったそうです。お医者さんに行って抜糸した指を見せてくれると言うのです。あんまり見たくはなかったけれど、まぁせっかく見せたいんだから見てあげるかなと思いソファーに二人で座り見せてもらいました。指を見ながら、だんだんと色々な話しになっていきました。おじいさんは毎日なかなか忙しく、9時半までにはジムを出なければいけないというので、何か大事な用なのか聞いてみると・・・少し照れながら大事な用というほどのことではないけれど、老人ホームにいる奥さんと朝ご飯を食べるんだと教えてくれました。私は奥さんはなぜホームにいるのかと思い大丈夫かと尋ねると、すこし悲しそうに彼女はアルツハイマー病(老人性痴呆症の一種)にかかってしまっている事を話してくれました。指の包帯を巻き直してあげるとすでに9時半になっていたので、早く行ってあげないと奥さんが心配するからと言うと彼は首を大きく横にふって、彼女は彼の事は誰だか解らないから心配しないんだと、彼女はもう5年間彼が誰なのかまったく思い出してくれないと言うのです。少し驚いた私は「彼女は全然あなたが誰なのかもわからないけど、それでも毎日朝ご飯を食べにホームに行ってるの?」と聞くとおじいさんはにっこり笑って私の頭をポンポンっと軽くたたきながら、「彼女は僕の事はまったくわからないけど、僕はまだ彼女が誰なのか知っているから」そう言って立ち上がり玄関に向かって行きました。鳥肌が立ちました。涙をこらえるのが大変でした。私もそんな愛が欲しいと思いました。本当の愛っていうのはロマンティックなだけじゃない、本当の愛って言うのは相手の全て、自分の全てを受け入れる事なんだ。幸せな人達っていうのはいつもベストな状態だと思っていたけれど、今いる状態の中からベストを作り上げていくことなんだなと思いました。
2005年03月01日
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自分が「男らしくない」のはずっと分かってた。みんなの中心にいようと努力してきたのは、気を抜くと「わ」の外へ弾かれる事を知っていたから。人の輪の中へ飛び込んでいくときに、僕はいつも決死の覚悟をしなくてはならない。大げさに聞こえるかもしれないけど、本当。誰かの舌打ちやヒソヒソ話が聞こえるたび、自分じゃないかと、いつも心臓が硬直していた。それまでは「どんな世界でも自分の夢のために頑張ればこわくなんかない!」と思っていた。努力が酷評され、失敗だけがやり玉に挙げられ、落ち込みが激しくてまた失敗して…。そんな悪循環が3年目に入ろうとしている。遣り残してきたことは多く、やり遂げてきたことはあまりに少ない。責任と言うプレッシャーに弱い人間です。僕。どうしたら、僕は強く生きられるんだろう。自分の中に答えがある。でも、その答えを見るだけの勇気がない。ひとつだけ、今、しようと思っていることがある。先輩に口答えをすること。自分の居場所がなくなることも考えられる。その人は最高責任者のお気に入り。自分が最高責任者に泣きつけばすべて思い通りになると思っているらしい。経験年数では僕の何倍もあるけれど、人間としては自他共に「もんだいあり」な先輩である。ネタはそろえた。あとは、勇気とチャンスだ。そして、僕は自分にできることをまず、すべきだろう。口答えを返せるだけのことを。3年前に期待を膨らませて働き始めた自分を取り戻すために、僕が今、やらなきゃならないことは、こんなことじゃないと分かってる。本当にすべきことが何なのか。やっぱり、そっちが先決かも。それからあと、全てを考えよう。ある独身男性の半生
2005年02月28日
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macromediaのサイトだと思うけど、とにかくこんなショートフィルムを見つけました。早めに見てください。たぶん3月からは別な映画になるから。舞台は東京の下北沢。夢を諦めた女の子が自分の部屋をカフェ(喫茶店)に変え、身の回りの品を展示販売します。そっからが面白い。いいたいけど、言えない。ま、みてみてください。ちょっといい話絶対感動すると思います。
2005年02月26日
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最近、このゲームをやりこんでいる。戦艦を操縦して敵をやっつけていくという内容で、昔あったDEEPなんとかというゲーム(frash)に似ている気がします。影絵のような白黒の画面と、雰囲気抜群のBGM。着弾時の効果音や自分の戦艦をカスタマイズできる楽しさなど、やりこむ要素はたくさんあります。ただ、ミッション終了後、次のミッションがどういうものかわかる前に自分の戦艦を強化しなければならないのは、ちょっとキツい…。その1点を差し引いても、このゲームの面白さは最高です。完成度はかなり高いと思います。ぜひ1度、挑戦してみて下さい。艦砲射撃!このスタイリッシュなゲームのとりこになりますって☆
2005年02月24日
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いつも大切にしているパソコンを、たまには思い切り壊してみませんか?自分のは絶対駄目と言う人でも、他人のならどうです?かなりスッキリすることウケアイです。このサイトにあるパソコンはいくら壊しても無料だそうです。あとから請求が来ることはないから心配しないで下さい☆海外のサイトですが、ま、見てみて。パソコンを壊そうイライラが筋肉に変わりそうで楽しいです♪
2005年02月23日
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日記を書いてる。昨日、おととい、夜10時過ぎには夢の世界で遊んでた。ここ最近、ずっと不規則に起きてたから、寝不足でちょっとおかしくなりそうだった。でもまあ、ラーメンズのおかげでぐっすり眠れた。「鯨」ほかの作品は1本通してみることができるのにこの作品だけはなぜかいつも途中で寝てしまった。不思議で仕方ない。面白くないわけではない。というわけで、今日は2時過ぎに起きた。これからどうしようかなー?あ、どうしようもない動画を世界中から集めてるどうしようもないサイトを海外で見つけたので皆さんに公開。http://www.lamermelculo.com/video.php?id=905/感想よろしく。
2005年02月18日
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白雪姫のフィギュアです。写真も紹介文も一見すると普通ですが、よく読んでください!絶対なにかに気づくはず!!!http://www.dengeki.jp/~kouyaman/p/e-Shopping!%20Toys.htm/
2005年01月25日
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ネットで見つけました。みなさんにもおすそわけ。
2005年01月17日
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windowsの音ネタでこんなことができるんですね。かなりびっくり☆
2005年01月08日
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台風が思っていたより早く通過したので、きょうは午前10時よりお仕事となった。出かける前に(なぜかハイテンション気味で)支度をしていたら勢いあまって捻挫した。(ドジってゆーなぁ!!!!!!!!!)話は前後するが、どうやらうちのパソコンはHDDにキズを抱えているらしい。起動してからxpの画面が出る前に、必ず、左から右へ白い棒グラフが伸びる。たまにマウスにポインタが追いつかなかったり、文字を入力してから変換するとタイムラグがあったりする。知らないうちに、何かがパソコンの中で起きていたらしい。それだけといえばそれだけだが、パソコンに詳しいNさんいわく「ちょっとづつ起動に時間がかかるようになって、そのうち動かなくなるよ」いや、それは困る。今現在、パソコンが仕事の大半を手伝ってくれている。右腕というべきツールが入院してしまうということは、つまり・・・考えるだけでも お そ ろ し い 。というわけで、早めに治療してもらいましょ☆ああおそろしい。そして、足首が痛い。だれか湿布のあまってる人、僕にください(拝)
2004年10月20日
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けだるい。おやすみなさい。
2004年09月26日
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中学のときに生徒会長だった。高校のとき、副生徒会長だった。大学では広報部員を少しと能楽研究会の最後の部員。そうして今また、地域活性化のプロジェクト、「ふるさとキャラバンをよぼう」(仮)実行委員会の実行委員長をさせていただく機会に恵まれた。これまでの活動と大きく異なるのは、活動期限があること。大きなお金が伴うということ。この2点だろう。つまり、軽い気持ちで取り組むと、自分だけでなく協力してくれたみなさんをはじめ、劇団の皆さん、観客の皆さん、スポンサーの皆さんなど、多くの方々に多大な迷惑をかけてしまうということである。正直、ちょっと腹をくくった。このプロジェクトを成功させるためにも、僕は今の仕事を続ける必要がある。仕事をやめてしまっては、プロジェクトに参加する礎(いしずえ)がなくなってしまうからだ。とはいえ、その仕事が、ともすれば足枷(あしかせ)になってしまわないとも限らない。ふらふらしてきた僕に与えられた、人生最大のプロジェクト。成功した暁には、みなさんで飲みまくりましょう☆追って告知いたします。ではまた。
2004年09月21日
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おかしい。ウィルスバスターの設定が毎日変更されている。昨日は「迷惑メール保護」が無効にされていた。今日は「個人情報保護」が無効になっていた。パソコンを起動したときにウィルスバスターから「パソコンが危険にさらされています」との警告が表示されて気づいた。ちなみに僕はいつもすべての設定を「無効」にしている。誰かが僕のパソコンに侵入しているのではないか。どなたかパソコンに詳しい方、外部からのハッキングを防止する方法を伝授くださいませんでしょうか。
2004年09月13日
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夜7時ごろからとりかかったCM編集、編集室の鍵を開けてくださった警備員さんに「私がいますから、一晩でも大丈夫ですよ」と力強い声援(?)をいただく。作業開始!まず、カラーの写真をセピアにした。写真の中に、ある企業の看板があったので企業名を消去。しばらくして昨年同じCMフェスティバルに出品経験のある先輩が応援に来てくださった。さっそくソフトの使い方とコツを教えていただき、本格的に編集開始!はじめに。BGMを短く編集。2分40秒くらいの音楽を31秒27に短縮!これにおよそ1時間くらいを費やした。吹奏楽をやっててよかったと思った(関係ないかも。笑)次に。写真を並べ、軽く場面転換のエフェクトを追加。動画を並べつつ、不要なシーンをハサミで(笑)ちょっきん。続いて。BGMの最初を小さく(フェード イン) 最後を小さく(フェード アウト)フェードアウトしたところで最後の1秒27をカットしちょうど30秒にそろえる。最後に。写真や動画の配置を確認し、若干入れ替えて完了。まだ、ナレーションや文字などを入れていないので完成というわけではないけれど、それでも一応、カタチはできた。午後11時ごろに終了。やっぱ、映像を作るって、楽しい。もっと時間がかかると思っていただけに、早く終わったことがうれしかった。先輩にダメダシ・・・もとい、アドバイスをいただいて完成させるぞーーーーー!ゴールが見えてくると楽しいね。この世界でご飯を食べられたら、もっと楽しいかもしれないな☆はい、とりあえずお疲れさまでした。追伸。今日はアメリカの世界貿易センタービルに旅客機が体当たりをした日。華氏911・・・・・・それは 自由が燃える温度。
2004年09月11日
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さてここで問題です。私はいったい、何をしたいのでしょうか?今言えることは「映画を作りたい」 「絵本を出したい」これら二つは、きっと僕の一生の夢なのかもしれない。映画を「撮る」のではなく「作る」。けれども、メイクアップアーティストとしての技術をもっていると、きっと自分自身、幸せだと思う。メイクアップするのはその対象となる人の外見だけでなく内面もだから。映画監督になるためには、リーダーの素質も必要だと思う。僕の作った映画を観てくださった人が、少しでも「何か」を持ち帰ってくれるなら、僕は手を合わせるだろう。高校時代、僕は自分に誓った。今この時に救えない100人に涙するよりこれから救うことのできるだろう100万人のために生きると。そのための手段として、僕は「映画」を選んだ。今は幼児教育(学童保育が主だけれど)の現場にいるが、そう遠くない未来、僕は映画を学問として再勉強する。自分を知るという意味でも、メイクアップアーティストを目指すのは好いこと(よいこと)かもしれない。幼児教育の現場で培った経験は、きっと何かの形で役立つ。子どもたちに接すること、子どもたちの親と関わることは大学時代に抱いた僕の夢だった。僕が子どものころに受け取った感動を、子どもたちに還元したい。そう願い、今の職場に拾っていただいた。本当に幸運だったと思う。本当なら、きちんと恩返しをするべきなのだろう。いただいた目には見えないものを、自分なりのカタチで。直接職場へ恩返しできない自分がいる。それはわかっている。でも、今は少しでも若いうちに、早いうちに、自分の本当に好きな映画に、裏側から携わってみたいのだ。自分の企画力を試す、すばらしい機会をいただいた。今住んでいる町に劇団が来る。その公演を町内外の人たちに少しでもたくさん観ていただくため、僕らの青年団が動くことになったのだ。今まで知らなかった、知る機会の無かった町の人たちに出会える。それらの人々と協力し合い、公演を成功させる!乗り越えなければならない課題は山ほどある。リミットまで約3ヶ月。人生を、自分を賭けることのできる機会をくださったすべての人々、先輩方に感謝します。やりとげて、その先に待っている「感動」を見てみたいです。自分のセンスを具体的に確認するため、まずは自分がどのような作品を作ることができるのか、CMフェスティバルに出品することで確かめてみる。さまざまな矛盾を抱えながら、それでも僕は生きていく。あ、昔は死にたいとずっと思っていたけど、今はむしろ「映画を作りたい」と思ってみたり、 「仕事をかわりたい」と思ってみたり。いつまでも、馬鹿な子どもなのかな。僕。
2004年09月09日
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今日、手芸店へ行った。鹿児島の天文館にある、老舗の手芸店だ。1件目。無かった。2件目。本当に希望していたものはなかったけれど、それに次ぐものがいろいろと手に入った。何か。針金である。久しぶりに針金を買った。以前、福岡から職場の先輩(同僚だけど経験値は僕よりずっと上の人)がお土産に買ってきてくださったのと同じメーカーのものである。6色セットのカラー版とモノトーン版を1組ずつ。マロン色を1組。白を1組。その他いろいろ。それと、針金を傷つけずに曲げるペンチも手に入れた。かなり高かった(泣)ま、それはそれとして。さっそく友達に天使、写真立て、祈りを贈った。その同僚さんにも写真立てを進呈した。ハートはみんなに喜ばれる。作ったほうとしてもかなりうれしい。もっともっと修行して、ウサギなんかも作りたいな。
2004年09月05日
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職場での出来事。夕方、お迎えにこられたお母さんが僕の着ていたTシャツを見て「かましょー先生のシャツ、(ロゴが)ヘン!」とそのお母さんの子どもさんがいる前で言い放った。その場では適当にリアクションを返していたが、少しばかり憤(いきどお)りをおぼえた。数ヶ月前、職場の先輩から子どもたちのいる前で「かましょー先生の教え方は(中略)時間の無駄」と侮辱的ともいえるアドバイスをいただいており、申し訳ないが今回、そのお母さんと先輩がオーバーラップしてしまったのだ。保育者(指導者)も保護者も、子どもにとって見れば絶対的な存在であり、極端に言えば世界のすべてであると思う。子どもの限られた社会の中に存在する憧れの対象として、尊敬の対象としての大人、その存在が、他の大人を公然と批判している場面をまのあたりにしたとき、子どもには、どう影響するのだろう。大人が子どもを呼び捨てにすれば、力の強い子が弱い子を呼び捨てにする。自分の部下のように利用する。大人が常に怒りを面(おもて)に出していれば、こどもはいつも大人の顔色をうかがって過ごさなければならない。じゃあ、大人が大人を批判すればどうなるか・・・。その子が大人になるまでまってみるといい。きっと、やさしくて気配りのできる子に育ってはくれないのではないだろうか。他者を思いやり、やさしい言葉かけやユーモアあふれる言葉のキャッチボールができる大人になりたい。お母さんやお父さん、子どもをしかるときやお互いをののしるときは、くれぐれもご注意を。
2004年08月26日
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ウチにも来てました。(株)テレポイントさんからの請求ハガキ☆うわさには聞いていたのですが、まさか来るとは思ってなかったので、とても感動しています。料金請求を再生紙のハガキにシールで宛名するところからして料金回収代行業者らしからぬ無礼さですよね。ハガキの最下段に【ご注意】弊社は最近多発している悪質な架空請求の業者ではありません。貴殿が実際にご利用になった有料番組サイトの世紀の回収委託事務所です。中には心当たりが無くても一度でもサイトにアクセスすると、登録がなくても自動的に料金が加算されるシステムが多発していますので、今後ともご注意ください。とありました。ご丁寧にありがとうございました。ちなみに、ご請求コードの頭5ケタがB2265お客様コードの頭5ケタがD5237でした。みなさんもですか?
2004年08月11日
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1.手ブレを補正してくれるもの2.光学10倍以上のズームを持つもの3.手動・自動の両方でピントあわせができるもの4.露出補正を手軽に行えるもの5.写真サイズ・画質を手軽に切り替えられるもの6.フラッシュのタイミング、光量を変更できるもの7.フラッシュ時の露出補正を通常と別に設定できるもの8.電池が単3のアルカリ電池を使用できるもの9.レンズ、フラッシュ、レリーズなどをオプションできるもの10.できれば生活防水くらいは欲しいとまあ、こんな具合です。
2004年07月10日
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親愛なる みなさまお久しぶりでございます。HP復活でございます。ホント、ここ最近忙しかった。いや、今もそれは変わらないんだけどさ。みなさん、たくさん沢山の激励メッセージをくださって、本当にありがとうございます。こんなにあったかい気持ちになったの、ホント何年ぶりだろう。ネットでも現実でも、知り合った人たちはみんな友達ですもんね☆本当に ありがとうございます。吉田拓郎の「今日までそして明日から」という歌に、こんな一節があります わたしは今日まで生きてみました(3回 くりかえし) そして 今 わたしは 思っています 明日からも こうして 生きていくだろうとまずは、自分の足元にあるものから、きちんと片付けて行こうと思います。だよね。千里の道も一歩から。ボレロの最後を味わうためには、指揮者がタクトを振り上げるところから聴くことが尤もである。そんな風に感じさせていただいたのでした。ちなみに「尤も」と「最も」は意味が違うのでご注意。僕、今はできることからやれるだけやってみようと思います。よくよく考えると、自分は今までほとんどすべて「完成」させたことがなかったようにおもいます。何に対しても妥協点を見つけ、突き詰めたことがなかった。だから、今から、「完成」させられるようなものをまずはひとつ、作ってみます。大きな目標は、「8月の試験に受かって保育士になる」ことだけど、その前に学科もきちんと習得しなくちゃ。それにピアノも。やることは山ほど待ってる。子どもたちも、そのお父さんやお母さんたちも。みなさん、ちょっと更新が遅れがちになるかもしれません。ピアノの実技までこじつけられたら、きっと僕は何かをつかめると、自分自身、信じています。しばらくの間、ごめんなさい。どうか、忘れないで。こんな僕だけど、よろしくお願いします。忘れないよ!と思ってくださるかた、差し支えなければ、僕の日記をリンクしていただけないでしょうか。僕の更新状況をあなたに直接メールでお届けできるため、サイト巡回の手間が省けるのではと思います。かさねがさね、ごめんなさい。かましょーこと、かま○しょー○より。
2004年06月24日
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1週間前と今週で何も変化なし僕はこの1週間、いったい何をしてきたんだろう。僕は今の職場に、何をしたかったから飛び込んだんだろう。いま、ここを辞めても、きっと何も変わらないだろう。きっと、次の場所でも同じことを繰り返すだろう。僕は今、何をしている?僕が生きる目的はなに?こたえをみつけなきゃ、時間がどんどん過ぎていく。無駄に一日が費やされて、僕は醜くなっていく。悪い連鎖から足を洗おう。でも、どうやって?できることをやらないのに、どうやって?やれることは山ほどある。やれることを適当にやってるから、自分は汚れてくんだろう。無駄ばかりの今を、変わるんだ。一流の保育士になる前に、いっぱしの社会人になろう。誰からも認められる存在になるんだ。
2004年06月02日
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僕は電器屋さんが好きだ。特にパソコンのコーナーが好きだ。パソコンの性能の違いや異なる会社のパソコンにインストールされている同じような趣旨のソフト(アプリケーション)のできることとできないことを浮き彫りにしては楽しんでいる。以前はどうしても好きだった懐中電灯を手に入れるため、ウチの近所から大手電器店をすべて回って探した。注文もできないか聞いたりした。鉄製の懐中電灯で「マグライト(MAG-LITE)」という。アメリカの警察が正式に採用している懐中電灯で、アメリカの映画に出てくる懐中電灯はほとんどといっていいくらい、このマグライトである。E.T.やTHE MATRIXでも使用されていることで有名(?)重くて冷たい。でも、明るいしまっすぐな光の筋が見えたときは感動する。星空に向けると正座の説明に使えるくらいまっすぐに光が伸びる。それはいいとして。なんとなくだけど、大手電器店のもつ独特な雰囲気が好きだ。機会に埋もれるのが好きなだけかもしれない。とりわけ、最新型のパソコンに囲まれるとワクワクしてしまう。だれか、アドビのプレミアを、僕にください。ついでにペンティアム4の3GHzを搭載した最新型のパソコンと。そしたら遠慮なくパソコンの専門学校へ進学します。あぁあ、パソコンでデザインの勉強をしたいなぁ。まずは保育士だ。それからカラーコーディネーターの4級と初級のシステムアドミニストレータとえっとえっと・・・。
2004年05月11日
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今朝は3時に覚醒。がっちゃんや板ちゃんの置き土産(?)である両棒(じゃんぼ)餅としんこ団子をいただく。そして・・・ラーメンズ第11回公演のビデオを見た。・・・絶句・・・恐ろしく完成されたコントがそこにあった。いい意味で予想を裏切られた。というか、お笑いのジャンルにしておくには勿体なさすぎゃしませんか?お笑いと位置づけること自体がおかしいくらい、しっかり作りこまれ、計算されたショートストーリーは、「深い」と素直に拍手したくなる。二人で劇団を立ち上げて、全国を公演して回っても、お笑いでなくても、絶対においしいと思う。どうして「お笑い」を選んだんだろう。感動。ほんと、いろウーさん、ありがとうございました。そりゃ、応援したくなるわけだ。うんうん。
2004年05月10日
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鹿児島市へ行き、職場で使うパソコンの見積もりを依頼して来た。その後、ショールームでいっぱい還元水をいただいて、いろウーさんからラーメンズのビデオとDVDもお借りしました。(いろいろウーマンさん、ありがとうございますっ)ウチへ帰りついたのがちょうど6時。運転してくれたのは青年団のがっちゃんだったんだけど、なぜか疲れ果て、そのまま爆睡。
2004年05月09日
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注意:詩ってみた(うたってみた)―――――――――――――――――――子どものころ、父が言った「両手を合わせるとね、かならず、 親指は自分を ほかの指は天を向いている」仏壇の前で手を合わせる職場の朝礼で手を合わせる食前・食後に手を合わせるありがとうと手を合わせる手の指は、天と私をつないでいるけれど私の心は、手を合わせているのだろうか―――――――――――――――――――
2004年05月06日
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高校時代の同級生が、本日、鹿児島で式を挙げた。ひとつお断りしておくと、僕には高校時代の記憶がほとんどない。というのも、高校1年秋、つき合っていた先輩に別れを宣告され、失恋の傷口を埋めるかのごとく生徒会活動で鹿児島県内を奔走していたからである。そのあいだ教室にいて友人と話すよりも生徒会室で仕事に没頭していた。高校3年。進学するか否かで悩んでいた僕は世界中で理不尽に死んでいく人々のニュースが流れるたびに「幸せな国」で平穏無事な生活をしている自分に死にたいくらいの嫌悪感を抱いていた。自分が今、生きているこの瞬間にも、誰かがどこかで自分の意思とは無関係に絶命している。現地に赴けば、僕にできることがあるかもしれないと担任に相談した。結果、粉砕。「親のスネをかじっている身でありながら、誰かのことを救いたいなんて甘いことを抜かすな。誰かを救いたいなら、自立してから言いなさい」その当時の僕は担任の言葉が受け入れられず、教室で悔しくて泣いていた。そこへ来た彼女(本日の結婚式の花嫁。僕の同級生です)は、僕に「今、かましょーが、どこかで死んでいく100人をなげくよりも、これから助けてあげられる100万人のためにがんばる方が、ずっと大切なんじゃない?」といった内容のことを教えてくれた。彼女がいなければ、今、僕はここに存在していないかもしれない。教室で笑顔でくれたこの一言、僕の人生の羅針盤として今も、胸に生きています。そんな彼女が今日、素敵な旦那さんとスタートラインを踏み出した。本当に幸せそうな笑顔。人前結婚式を挙げ、純白のドレスに包まれた同級生を見ながら、雲ひとつない雨上がりの朝の空みたいにすっきりと気持ちが良かった。月並みのコトバでしか表現できないけれど、しあわせになってください。追伸ご祝儀袋に、ご祝儀とメッセージを添えました。そのメッセージはご祝儀の金額と深い関係があります。反応がたのしみ♪
2004年05月05日
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青年団の仲間で大学の後輩が鹿児島で行われるコミケに出品すると言うので、ナビがてら鹿児島へ金魚のフンになることになった。とちゅう、コンビニで大学時代の同級生に会い近況を交換する。彼はもうすぐ神奈川へ帰るという。コミケの会場へスタッフとして同行する。後輩の出展する場所へ着き、改めて周囲を見回す。アニメの好きな皆さんのもつ「力と熱気」に圧倒された。それでもみなさん、とても楽しそうで、僕は自分の居場所を見つけられず、たまたま近所にあったいきつけのフリースペースへ顔を出してみた。ほとんど誰もいないショールーム。オフのときはいつも常備している針金を出し、なんとなく悪魔を製作する。ほぼ出来上がった頃、いろいろウーマンさんが出社。久々に再会。同時に、ショールームに来られた女性を紹介される。その名も「ちゃモンキー」さん。いつもかましょーのサイトへ来てくださる常連さんだ。せっかくだったので、二人の前で悪魔に金のアルミ線を使って三椏の矛(みつまたのほこ)を持たせ、銀色のアルミ線を使い天使を作った。平行してちゃモンキーさんはハンガーを、いろいろウーマンさんは人を、それぞれ実体化することになり、そのお手伝いをさせていただいた。その後、ちゃモンキーさんは「カツオを持つ人(仮)」を、いろいろウーマンさんは「サックスを吹く人(仮)」をそれぞれ完成させた。一段落したところで、カーク船長似の専務から還元活性水素水について詳解される。水道水では流すことの不可能なくらいの農薬を、いとも簡単に浮き出させる「人造軌跡の水」お土産にいただいて早速、体質改善を行いたいと思う。コミケも終わったので、二人と合流し、そのメンバーで手作りハンバーグをお昼にいただくことになった。お昼をいただきながら、さまざまな話をした。いろいろウーマンさん、ご馳走様でした。メッチャおいしかったです。次はいろいろウーマンさんの手作りをいただけることを期待しつつ。帰りに一番街のおすすめ「むつごろう焼」と「彦一だんご」を紹介し、帰途に着く。本当に充実した一日でした。大学の後輩二人も、それからいろいろウーマンさんや、ちゃモンキーさんなど、多くの人たちにお世話になりっぱなしでした。これからもよろしくお願いするデス。
2004年05月02日
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誕生日を迎えた。23歳界から24歳界に配置換え(笑)29日、職場で上司の祝賀会があった。3時から始まり、8時半終了。2次会に参加し、10時半くらい?終了。その後、兄貴のような人と2人で隣の県のよく行く飲み屋街へ。今日は「フィリピンパブ」を紹介してくれるという。ナニをするところなんだよー(/>_<)/かなりドキドキしつつ、ヤバそうなビルへ入る。お店に入る。狭い入り口に女の人が待機。喫茶店のような低いテーブルに向かい合ってソファがあるような場所がいつくか。僕と兄貴は向かい合って座る。男性店員が来て「指名なし」を確認すると、女の人が僕らにそれぞれ一人ずつ、恐ろしく近い位置に座る。(おいおい汗。太ももがあたってるよぉ)お酒を勧められるけど、緊張して飲めない。向かいの兄貴は思いきり談笑中。しかもコロコロと女の子をかえる。兄いわく「あわない」そうだ。そんなのわかんねーよ(大汗)僕の横に座ったのは中国から来ている「蘭」ちゃん(21)。年齢よりもずっと大人びて見えた。とりあえず話をする。蘭ちゃんは中国に家族の部屋と自分だけの部屋を持ちたくて働きに来てるらしい。彼女の夢は中国の幼稚園の先生。なんとなく、一生懸命がんばっている蘭ちゃんを応援したくて、かましょー18番を作って贈った。赤い羽根を持つ緑の天使。それとハート型のフォトスタンド。とっても喜んでくれた。って、そんなにくっつくな(滝汗)頭までもたせかけてくるなよぅ(半べそ)コイビトみたい???ドキドキですよ。結局、作り終えるのに時間がかかり、30分だけ延長した(←お馬鹿?)帰りのタクシーのなかで、汗だくのTシャツが恐ろしく冷たかったのを覚えている。そうそう。お店に入ったのが11時ごろで、蘭ちゃんと向かい側に座っていた女の子が二人でHappy Birthday Songを歌ってくれて、嬉しかったけど、なんか、照れくさかった。それにしても、緊張で酔いが一気に覚めたっちゅー話ですよ。まったく。
2004年04月30日
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ウチの近所のスーパーが、先月閉店した。24時間営業のその店には、本当にお世話になった。一人で深夜にぶらっと寄って、翌日の準備の不足をおぎない、遊びに来てくれるだれかのために…。そのほかにも、公私ともどもいろいろとお世話になった。とつぜんの閉店。明かりが消えてから、となりの衣料品店も淋しそうに見えた。駐車スペースのほとんどが、空白のまま、およそひと月がすぎた。そこへ、新しいスーパーが入ることになった。以前のスーパーで働いていた従業員の約半数が、新しいスーパーに勤めるという。新しいスーパーに勤める人たちは、別のフランチャイズ店で研修を受けたと聞いた。そうして先週金曜日、いよいよ開店した。初日、レジは1時間待ちだったそうだ。売り出しの効果もあるだろうが、盛況でよかったと思う。僕はそれから本日まで3日間、一度も訪れていない。ま、いろいろあってね。あたらしいそのスーパーは午後10時閉店だ。ようやくだだっぴろい駐車場に車たちが帰ってきた。24時間でなくてもいい。そこに「なんでもある」という安心感があれば。
2004年04月24日
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久しぶりに、一人だ。ここ数日、青年団のみんなが泊り込んでいた。みんなで飯を作って、わいわい語って、ごちゃごちゃと眠った。「いってきます」「いってらっしゃい」実家では当たり前だったこのやりとりが、一人暮らしをするようになって初めて「ありがたいもの」であったことを僕に教えてくれた。団のみんなが僕のうちにいて、職場、学校、帰宅する誰かに対して「いってらっしゃい」と笑顔を投げる。「いってきます」と笑顔で返すものの、なんだか照れくさい。そうして今日、本当に久しぶりに、自分のうちに一人でいる。1年前は当たり前だったその日常は、今、僕にとって少しだけ変化した気がする。誰かがいてくれることが、こんなにもあたたかいものであることに、いまさらながら気づかせられた。一人のときの時間はもちろん大切だ。しかし、誰かがいて、気を使わないように気を遣い合えることの気持ちよさ。家族とは違う、まったくの他人同士だからこその、心の距離感。あいまいな表現を連発しているので、読みにくいかもしれませんね。ごめんなさい。とにかく、信じてくれる仲間、同じ目的を持って練磨しあえる仲間が身近にできたことを、感謝させていただきたいと思う。つらいことも和らぐ気がする。
2004年04月21日
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いろいろウーマンさんの日記に感化され、筆を執りました。中学の頃、僕は生徒会長だった。その頃、鹿児島市では市内にある中学校生徒会が集まって姉妹都市と1年交代で研修視察しあうと言う企画があった。(僕は参勤交代と呼んでいた)その年、僕らは姉妹都市である山形県鶴岡市へと電車を乗り継いで向かった。往復4泊5日ぐらいだったと思う。いろんな感動があった。今でも覚えている。それはまた、別のおはなし。僕の住む町の隣の中学校の生徒会長とは、その企画で知り合った。ビートルズや吉田拓郎の好きな彼と僕は意気投合した。便宜上、彼を吉田君としておきます。それからしばらくして、僕らは二人でヒッチハイクをしようということになった。理由は簡単。寿退職した僕の恩師に会いたい(僕が)。1人ではどんな危険に巻き込まれるかわからない。3人だと車に乗せてもらえない確立が高くなる。よって、ふたり旅。スケッチブックとサインペンと着替えを持って、中学生2人組が向かった先は高速道路入り口。一般道だといつ着くか見当もつかない。どうせ行くなら、方向の同じ人に乗せていただこうという算段である。予感的中。鹿児島から福岡まで、およそ半日で到着。福岡では一緒に行った吉田君の友達の家に泊まらせていただいた。そこで10メートルはある竹ざおをたくさんの人が振り回す祭りを見たり、金印を見たりした。3日ほど居座った後、再び高速道路で一路、鳥取へ。ここでもサラリーマンのおじちゃんや若いカップルの車に乗せていただいて、おまけにいろいろご馳走になったりして、18時間ほどで鳥取駅に着いた。それから恩師のうちへ滞在し、鳥取砂丘を見に連れて行っていただいた。帰り道、ふとしたことで「厳島を見に行こう」となった。というのも、疲れがたまっていた僕らは青春18切符の力を借りることにしたのだ。どこからだったか覚えていないが、とにかく広島について早速、お好み焼きを食べた。感動。鹿児島のそれとはまったく異質なご馳走。上品な薄焼き卵の中に細いながらもきちんと自己主張する焼きそばが、いまにも飛び出さんとするかのようにそのときを待っていた。鹿児島で食べる広島風とはまた異なる、地元の味。それから18切符のもうひとつの顔。厳島へのフェリーに乗った。18切符はJR以外にもいくつか利用可能な交通手段があるのでした。厳島について驚いたのは、鹿が普通に生活してること。松林も宮島の鳥居も感動したが、それ以上に鹿のフンにおどろいた。コロコロしてるじゃん。チョコ?みたいな。とりあえずレンタル自転車で宮島を見て回り、おっきなしゃもじに肝を抜かれ、帰途に着いたのでした。そうそう。福岡で道に迷ったとき、吉田君と口論(議論?)した。ポイ捨ては「悪」なのか。お菓子のくずを投げ捨てた吉田君に注意したことがきっかけ。僕は地域美化のためにも、マナーの点からも、ポイ捨てはよくないことだと思っていた。吉田君もそのことに賛成しつつ、それでも、紙を漂白するために使われた薬品の行方、道路をつくるために使われたさまざまな薬品類はポイ捨てよりも有害ではないか、大きな目的に到達するために、小さなことを気にしても始まらないのでは、と彼なりの持論を聞かせてくれた。今考えると、子どもだったなと思えるが、ポイ捨てが絶対悪だと思っていた僕に、吉田君は考え方の視点を変えてみることを教えてくれた。旅行を通して、僕の一番の収穫だった気がする。それからもうひとつ。鳥取砂丘にいたラクダについて。記念撮影が1枚500円でラクダに乗って散歩すると1回2000円(15分くらい?)。当時のお値段です。
2004年04月15日
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このまま 歩こう あの空の果てに続く道は いつか見える広がる景色に心を映して微笑みながら ただ あしたへ日が沈んで 霧が立ち込めて雨が降れば ずぶ濡れだけれど朝は来ると 信じてるこの歌 旭化成のCMに使われていました。歌の題名も、歌手も知らないけれど、僕が高校の頃から今まで10年近くも歌い続けている歌です。落ち込んだとき、元気なとき、夜空がきらめいているとき、朝もやの中で…自分の道を足元からずっと遠くまで見渡すことができるこの歌、ある意味で僕のバイブルです。
2004年04月13日
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自分の年齢をかえりみてみる。裸同然で渡米するにはいささか年をとりすぎたようだ。かといって、安定した人生を歩みたくもない。
2004年04月12日
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自分の町で生まれたばかりの青年団。その子たちの話し合いの場として自分の家を貸した。土曜に連絡が入ったけれど、僕は実家に帰るところだったのでウチの使い方を説明して鍵を渡した。日曜日。僕が帰りついたのは午後10時をまわっていた。部屋へ入って驚嘆。散らかし放題に散らかしていたことすらわからないくらい、きれいに片付けられていた。床に掃除機があてられ、洗濯物はたたまれ、ワイシャツにアイロンまでかかってた。みんなにありがとうメールを送ったら、しばらくして副会長と会計がウチへきた。それからみっちり2時間半。翌日、つまり月曜に話し合うことをまとめた。ホント、部屋が恐ろしく汚れていたから、きっとみんな大変だったんじゃないだろうか。みんなには言わなかったけれど、この子たちは「きたときよりも美しく」をきちんと実践できる子たちだ。一緒に活動できることが、本当にうれしい。ありがとう。
2004年04月11日
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トモダチがどうしようもなく落ち込んでる。感情の波が激しい。彼氏と話す、彼氏に触れるのを死ぬほど嫌がるのに、僕とは話したがる。僕と話すと元気が出ると言う。その昔、僕らはつきあっていた。でも、僕がこの先5年を目安に動いていることを、彼女はひきとめようと努力した。気持ちはわかる。僕が逆の立場なら、きっと僕も留めようとするから。ずっとそばにいてほしいその気持ちが痛いくらいわかって、でも、僕とともに歩んでくれるわけではなくて、そのあたりからかな。僕の中の冷たいトビラが開き始めたの。ある日、彼氏から電話があってた「君と話がしたい」僕にはどうしても片付けなければならない仕事があったから「1日だけ待ってほしい」と言った。次の日、彼氏は電話でうちへ来る時間帯を律儀にも確認して、ウチへ来た。彼氏が来る前、僕は彼女に付き合えないと告げたつもりだった。あやふやだったらしい彼氏が帰ってしばらくして、今度は電話できちんと告げた。「つきあえない」と。それからすぐに、彼女がウチへ来た。考え直してほしい自分勝手うそつきいろいろいわれたけど、言い返せなかった。・・・続きはまた。
2004年04月09日
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最近、トモダチから「針金でジャックをつくってよ」と頼まれた。ジャックとは映画Nightmare Before Christmasの主人公で、サンタクロースに憧れるハロウィン村の青年である。手足が長く口が耳まで裂けていて一見すると怖そうなイメージだが、とてもやさしいハートを持っている。そのジャックをつくってほしいと言うのだ。個人的にもつくってみたい。ちょこっと資料集めをして、イメージが固まったら製作に入ろう。日常に楽しみがあるって、いいですね。そうそう。HPの針金アートを追加しました。よかったらお立ち寄りの上、筆をいただけたらとおもいます。
2004年04月05日
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本日15時よりここより75キロ離れた伯父の寺にて祖母の四十九日に参加する。その後、ここへ戻り、翌日(日曜)朝10時より行われるピアノとエレクトーンの発表会に出演する。それから帰宅し、仕事を整理しつつ部屋を整理しつつ、いろいろ行う。まじでいそがしい。かましょーは運転がもっとも苦手。ハンドルを持って30分で睡魔が憑依する。高速でもめったに制限を越えない。後ろから車が来たら道を譲らないと落ち着かない。隣に誰か乗っていてくれると助かるが、それでも眠くなるものは仕方がない。さて、法事だ。
2004年04月03日
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僕がアルバイトで今の職場に飛び込んだばかりの頃、月に1度来られる元保育士の先生に、こんなことを教わった。「子どもを叱るとき、キンキン響く高い声でわめいたり、子ども相手にまくし立てたりする人がいる。これはただ自分の感情を子どもたちにぶつけてるだけで、子どもの将来を常に見据えた導き方とはいえないのではないか。それよりも、その子ども(たち)のあやまちの原因と、次に似たような状況におかれたらどうしたらよいかを簡潔に伝えられる、感情を表に出しながら、かつ、その感情を意識的にコントロールできる人こそが、子どもたちによりよい影響を与えられる保育士ではないだろうか」怒ることはだれにでもできる。自分のなかに湧き上がってきた怒りの感情を、それこそ怒髪天を突く勢いで放散させればよいのだから。もちろん怒りをおもてに出すことも必要だ。けれど、それを発達途上の子どもたちにぶつけても、負にこそなれ、プラスには絶対ならない。子どもたちには、怒りの感情と「善悪の判断のきちんとできる大人になってほしい」という愛情とを織り交ぜながら叱ることができれば、その子も自分も、きっともっと成長できるはずだ。僕自身、まだまだだけど。それと、叱ったあと、ほうっておくのではなく、抱きしめるなり手をつなぐなり、言葉かけでもかまわない。きちんと「私はあなたを愛してます」と子どもへの思いを伝えることが大切だ。抱きしめることはもっともシンプルでもっとも深い愛情表現だと思う。親子でも、教師と生徒でも。あ、誤解しないでね。これは低学年だからできるものかもしれない。大きくなったら、それなりのコミュニケーションの仕方があるから。いつでも抱きしめていたら、日本ではお縄を頂戴する羽目になるかもしれないので。
2004年04月02日
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かましょーは最近、パソコンの前か冷たいホットカーペットの上で眠っている。職場へ行っても、恐ろしく眠い。仕事の合間にトイレへ行った。用が済んで、手を洗おうと洗面台に立って一瞬、世界がゆがんだ。グラッときた。ひざから落ちるかと思った。仕事のペース配分がどうも苦手。がんばってるつもりでも、トロいと言われる。仕方がないといえば、仕方がないが。要領が悪いのだろう。何とかせねば。そういえば最近、針金を触ってもいないな。何か作ろうかな。
2004年03月31日
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かましょーは現在、次の習い事へ通っている。ピアノ(主として保育士試験対策)エレクトーンピアノ&声楽演劇(生涯学習講座・表現教室)本日、ピアノ&声楽の教室で発表会が行われた。僕はピアノで「summer」を声楽で「セレナーデ(シューベルト)」をさせていただいた。ピアノは間違えまくりの止まりまくりで汗だく。練習のときにもうまくできなかったが、本番では文字通り「玉砕」だった。正直言います。クヤシイ。できなかった自分が、練習を甘く見ていた自分が。歌のほうは、先生からも「今までで一番よかったね」とお褒めの言葉をいただいた。それくらい、自分でも伸びやかでハリのある声で歌うことができた。ただ、音程が下がってしまうのと、発音がいまひとつ不明瞭な点を指摘された。今回の反省を踏まえ、4月4日に行われるピアノとエレクトーンの発表会を成功させたい。ピアノは同じ曲だが本日の演奏よりもテンポが速くフルバージョンで演奏しなくてはならない。エレクトーンは「Let It Be」を演奏する。来週の1週間が勝負だ。今でも緊張がとれない。体がすこし固まっている様な感じ。演劇も、今度の火曜日で15年度が終了する。次は約半年先だ。最後を大切にしたい。
2004年03月28日
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日曜日、100円ショップで針金を購入してきました。アルミの針金が7種類と真鍮、銅の細い針金。それと先細ラジオペンチと先曲がりラジオペンチ。ついでを言わせていただくと、金属製品補修用のパテも買ってきました。さっそく針金アートを更新しておきますね。色や太さにバリエーションがあるって、素敵なことですな。
2004年03月15日
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--xxx-xxx-xxxxx1xxx-xxx-xxxxx=:95857Content-Type: text/plain; charset=iso-2022-jp ねむい。どうしようもなく、ねむい。睡魔に勝てないきょうこのごろ。
2004年03月12日
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今までいろんな宗教に触れてきた。実家は仏教。伯父が禅宗の住職をしていることもあり、年末年始は座禅を組んで過ごすことが日常となっている。そんな伯父は宗教の枠組みを超えた考えを持っており、伯父と一緒にクリスマスに教会でキリストの誕生を祝ったこともある。父は仏教を礎としつつも彼独自に宗教について研究していた。父について「大霊界」や「神との対話」に没頭した時期もあった。学生時代、新興宗教に興味を持ち、入信したこともあった(オウム真理教ではない)。現在の職場は他力本願を根本にすえる仏教の一派である。先日、祖母が他界した。それまでの数年で、驚くほど祖母が衰弱しているのを感じていた。足腰が弱り、歩くことをやめ、むくんだ足が痛み、記憶や呂律も不安定になっていった。そうして意識も薄れていき、病床を見舞った1度の接触が最後となった。テレビで先日、長渕剛がガンジス川を訪れたときのことなどを語っていた。彼は「死のうとしていた人間が生きる道を選択したとき、本当に強くなる」と言っていた。人が生きていくうえで変わったり揺らいだりすることのない「よりどころ」すなわち「宗教」だと考える。家族や家庭、彼氏彼女、車やぬいぐるみ、ブランド物のバッグなど、目に見えるものを信じる人にとって、それらのものが「よりどころ」であると言えなくもない。しかし、それらのものはいつか消える。人智を超えたところで働いている力、時代や教祖が変わっても変わらずに受け継がれていくであろう教義、そういったものに「すがる」ことで、人々は心の平安を得ようと考えたのではないだろうか。一人で立っているよりも大樹に寄り添っているほうがはるかに安寧できるのが人間である。独りで拳を振り上げるより、集団でリンチをおこなったほうが心強いという心理に通じるのかもしれない。「すがる」以外にも宗教とのかかわり方はある。「探求」である。世界の仕組み、死後の世界観、宇宙の法則など、科学だけでは解明に時間のかかる物事を、神秘的な方法で知りたいと思う欲求が昇華したとき、人は「神」について思い巡らせる。宗教についてはいろいろな考え方があるが、僕は父同様「神との対話」に書かれていることがもっとも真実に近いのではないかと考える。この駄文にふれた方、あなたの意見を聞かせてほしい。
2004年03月11日
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財部町民のみなさま、これから僕はひどいことを書きます。これ以後の文章は読まないでください。財部町長選挙が終わり、僕はちょっぴりがっかりしている。どうして財部町の未来を左右する重要なステージを使って前町長に対しての個人的な恨みを晴らそうとするのだろうか。今回の選挙の結果で、財部町が現状維持、活性化か衰退の一途をたどると言うのは他の市町村の合併などを見ても予測はできる。合併後、数年という時間をかけて財部町が朽ちていくのは目に見えている。流されるのが好きなら、水源になれないだろうか。せめて何かできることは・・・。
2004年03月09日
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財部町の未来を左右する重要な投票が、そして開票が、終わりました。財部町は今後、末吉町、大隅町との合併へむけて始動します。有権者8千人分の開票作業は午後8時半ごろに始まりました。それから1時間ほどで終了。結果が出ました。僕は教育機関に勤めている以上、どちらの立候補者にもエールを送らない「中立」の立場でいなくてはなりませんでした。そのため、選挙期間中も表立って選挙の話ができず、開票時も自宅にて祈るよりほかありませんでした。「祈る」そう、僕自身としては合併反対でした。なんとしても人口1万人の小さな町、財部町を守りたいと思っていました。有権者のうちどれほどが、本気で財部の未来を考えてくれたのだろう。当選した立候補者を支援していた人々のなかには、街宣車を執拗に尾行したり、合併反対派を支援する人へ脅迫文を送ったり、集団で訪問しては老人や合併に知識のない人々を無理やり、不在者投票へ連れて行ったりしたそうです。その結果、暴力的ともいえる力に屈服した町民の票が、合併推進派の立候補者を暫定町長に押し上げてしまいました。当事者である立候補者自身、有権者の集まりに現金や焼酎などを手土産としてあがりこんでは「よろしく」と言って回っていたそうです。暗い噂の耐えない、アンフェアな選挙でした。財部町をよくするための選挙というよりも、一方が他方を椅子に座らせないようにするためだけの選挙にしか見えませんでした。大好きな財部町が、財部町に住む町民が、これからギクシャクした関係になるのかと思うと、哀しくて仕方ありません。
2004年03月07日
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