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「本屋の看板娘」 その3
ぼく(上野 秋夫・うえのあきお)と妻の雪は、2度目の贅沢なバカンスを楽しんでいる。
初めてこのリゾートホテル『Sunset』を訪れたのは二人のハネムーンだった。
あの頃はまだ、誰も(地質学者等を除く)あの未曾有の大地震が起きようとは
思ってもいなかったし、国内のリゾート地への旅行など贅沢の部類には入らなかった。
ところが今、このホテルの利用客はぼくら二人を除くとみんな富裕層とよばれる人たちだ。
(震災で本土のリゾート地は大半が使用不可能な状態となったため残ったリゾートホテルは僅かな富裕層の人たちが予約し尽くしいるのが現状)
雨漏りを我慢すれば住める。それほどの被害で済んだ小さな本屋の看板娘だった妻の雪と、
地震で会社社屋が半壊、使用不能となり、再建の目途も立たず従来規定の半分という
僅かな失業手当だけが収入であるぼくと・・・
(亡くなった方々のことを思えば贅沢は言えないのはわかっているのだが・・・)
残念なことに、地震で夫を亡くした雪の母親と3人、
妻の実家である、小さな町の本屋の2階で細々と暮らしている。
そんなぼくら夫婦が、どうしてこんなにも贅沢な旅を楽しめているのか
それは、このホテルのオーナーと雪の父親とが、大の親友だったおかげなんだ。
オーナーは、親友の死を大そう嘆くと同時に、その娘である雪の心痛、
それに加えて、震災後の生活苦をあわれに思ってくれ、ほんの一時でも、
曇りがちな雪の心を、癒してあげたいと、招待してくれたのである。
「お好きなんですね・・・」
南国の一際壮大で、美しい落陽に見惚れていたぼくに、雪がそう言った。
妻が夫にかけるには不自然な言葉。でも雪はいつでも、そうなんだ、
ぼくが何かに夢中でいる、その横顔が好きなんだそうだ。
そんなとき、彼女は意識してのことに違いないのだが、
初めて話しかけるように・・・
「お好きなんですね」
今も、雪は・・・ぼくを見上げてそう言ったんだ。
(君はあのときも、そう言ってくれた・・・)
曽祖父(上総 佑一・かずさゆういち)は、ここでいったん本を閉じた。
その目には、今にも涙が溢れそうになっている。
彼は本の表紙に手を置いて、つぶやくように言った。
「似ている、わたしの唯香に、それにこのストーリーも、似ている・・・
こんな事が、現実にあるものだろうか・・・」
佑一は、手にした本に視線を落とした。同時にこぼれ落ちた涙が表紙を濡らす。
彼は、取出したハンカチで、そっと本の表紙を拭った・・・
その時!
彼の時間は、震災前のあの時と交差した!
恋に落ちたあの瞬間へ!
応援頂けたら、嬉しいです。どちらも一日一回有効です。
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