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石渡 敏暁弁護士へ (2017年頃に送ったメール) お世話になっております。 このメールに、告訴状等の書類を添付しました。 平成24年5月1日、お昼時間午後1:00少し前に、長男が川口駅付近の職業訓練学校から帰宅した。 前夜は、長男が脱法ハーブか麻薬を吸引した騒動(注1)で、警察まで動員したので、親子二人とも疲れきった状態だったが、朝は学校に行かせた時に、水筒なども用意してあげた。しかし、何故かお昼の時間に家に帰ってきた。「学校を休むの?」「はい」と言った長男が二階に上がり、やがて昨夜騒動の疲れか、長男が寝てしまい、鼾をかいていた。私も昨夜の騒動で疲れ切って、一階の寝室に寝たままな恰好で、長男のいびきを聞いていた。少し時間が経過していたら、突然に長男の声か、「ああ」という男性の声が聞こえたが、すぐに消えた。自宅の一軒隣は、産業道路に面している工場があるし、産業道路を通った車の騒音はかなりあるので、その「ああ」という声がすぐに消えたので、気にしなかった。但し、明日も学校があるので、あまり寝すぎると、翌朝は起きられないだろうと思い、二階に上がり、長男を起こそうと思ったら、長男は首を吊った姿で発見し、驚いた。とりあえず縊頸した首にそれ以上の負担を掛けさせてはいけないと思い、はさみでひもを切り、長男が畳に落ち、私は急いで一階に降り、119を回した。すぐに二階の現場に戻り、10分間以上救命処置の心臓マッサージをした。しかし、10分間ほど必死に救命処置をしたのに、救急車のサイレンがなかなか聞こえなかったため、救急隊員が場所を見つからないだろうと思い、階段を下り、外に出て、遠く止まっていた救急車を発見し、手を振り、通報した人の居場所を案内した。しかし、その救急車がサイレンを鳴らさずに、ゆっくりと、こちらに向かってきた。 救急車に乗ってきた『救急隊員』に手を振ってから、彼らが私の自宅の2階に到着するまでの時間は、最低でも5分間が要したため、私が行っていた救命処置の時間を合わせ、前後は最低でも15分間がかかった。 救急車に乗ってきた『救急隊員』の二三人が、不思議に全員は網状の白い帽子(ホテルの浴室に女性のために置いてあるようなもの)をかぶり、両足にも慎重に足袋のような白い靴下みたいなものを履いていた。彼らが玄関の狭い通路を通った時に、私は、「早く、早く、二階!」と言ったら、一番先に入ってきた人は傲慢そうに「フン、急ぐこともないでしょう」みたいな顔をしていた。 (後記:私の小説では、下記のように述べています) 救急車が来るまで、一生懸命に心臓のマッサージをした。 必死に救命処置をしていたが、救急車のサイレンがなかなか聞こえなかった。 救急隊員がうちの家を見つけられないのだろうと思い、外に出た。 遠く止まっていた救急車を発見し、手を振って場所を案内したが、その救急車がサイレンを鳴らさずに、ゆっくりとこちらに向かってきた。 救急車から降りてきた紺色制服の『救急隊員』二、三人が、不思議と全員が白いヘッドキャップを被り、両足には慎重に白い靴下みたいなシューズカバーを履いていた。 玄関に入ってきたときに、私は救急隊員に、「早く、早く!」と言ったら、一番先に入ってきた中高年の男性は、私を真正面から見ず、少しだけ横目で見下すような視線。 その傲慢な顔とその表情の特徴を、忘れることはできない。 その顔は、事件の一年後、偶然にウェブサイトで調べ物がある時に、ポンと出てきた写真で、事件の深刻さが初めて分かった。要は、平成16年5月頃、沖縄県警が起きた交通標識の過ちと、その後の不正事件があった当時の沖縄県警警察本部の本部長の名前を確認したかった(橋本氏か高橋氏か)(後記:高橋清孝でした)のに、何故かその当時の警察庁長官・片桐裕の顔写真がポンと出てきて、「この人は、事件当日、一番私の自宅に入ってきた『救急隊員』ではないか!」と叫んだ。 救急車に乗ってきた人は、当然『救急隊員』だと思い込んだ私は、「偽物」の救急隊員である彼らを、二階の小さな3畳の部屋(事件・事故現場)に入れ、私は、(階段を挟んで)すぐ隣の6畳の部屋で待機していた。 その3畳の部屋というのは、三階に上がる木の階段があり、階段のすぐ下に洋服の整理棚として使うチェストがあるので、実は2畳ぐらいしかなかった。 私ははさみで紐を切った後、長男が畳に落ち、側臥位の恰好で畳に寝ていて、私は心臓マッサージをしてあげるため、仰向けにさせようと思っても重たくて動かせなかったので、側臥位の形のままで救命処置・心臓マッサージをした。 偽者の『救急隊員』は、事後、除細動器を使用しなかったと主張しながらも、その現場に長々と20分間も居座り、長男を死なせるための時間稼ぎという陰謀があった。 彼らはその狭い部屋に入って、だいぶ時間が経った後、そのうちの一人の偽『救急隊員』は、私に「警察を呼んだ?」と聞いた。 私は、「いいえ、119だけ」と言った。「警察を呼ぶよ」と、その人が言った。 私は、「はい」と言った。 暫くしたら、すぐに一人のおじさん刑事と、若者の刑事が私の自宅にきた(いずれも沖縄人っぽい人だった)。 その当時、彼ら(偽物の救急隊員の警察)が、自ら警察を呼び、(事後分かったのは、彼らが乗ってきた救急車ではなく、)更に2台目の救急車を要請した。救急隊員の記録票に「搬送基準の対象ではない」と記しているが、一台目に来た救急隊員は長男を死なせた後、蕨救急2に続き、蕨3と言う連携車両が呼ばれたのだ。 偽者の救急隊員は、おじさん刑事に合図し、若者刑事は、偽者の『救急隊員』らと担架を使わずに、みんなの手で一緒に長男の遺体を運んだ。「お母さんも一緒に救急車に乗って!」と言われたので、私は外で待機していた救急車に乗って、益子病院に行った。益子病院に到着するまでに、「傷病者(長男)の状況を説明できる状態ではない」という彼らが主張した事実と違い、彼ら(救急隊員)は、一言も私に傷病者の状況を聞かなかった。その記録票に私の自筆した署名があるけど、私が署名したのは空白な用紙だった。要は、これから病院での検体をするので、私は救急車に同乗し、付き添った当事者の母親だから、署名が必要なので署名した訳だった。 益子病院で、私はかなり長時間に待たされ、自宅に戻る前に、病院で一人の若者刑事が下手くそに、私に事故(事件)の状況を聞いていた。それから、彼も私を付き添い、自宅に戻った。 私は、「第一発見者」なので、その日の夕方から夜中の12時直前まで、複数回に、頻繫に出入りした大勢の警察に囲まれ、いろいろと聞かれた。 『救急隊員』の服装がおかしいと思っていたが、何がおかしいか、その当時は分からなかった。ただ、警察に「救急車は来るのが遅い」「救急車がサイレンを鳴らさなかった」などのことを言った。不思議なのは、常に私の固定電話を傍受している警察か、彼らは私が119に回した内容を受け取っていなかったようで、私の固定電話の回線のことについて、深刻な表情で聞いていた。(蕨ケーブルテレビの回線で、1台の電話機に電話番号が2つをもらった。)実は、私の固定電話は自宅で翻訳事業等をする予定で、二つの電話番号をもらって、警察が知っていた電話番号は、救急車を呼んだ時の電話番号とは違っていた。 また、不思議なのは、警察たちが現場検証の途中に、一人の若い刑事が突然に外から私の家に入って来た。ちょうどその時、私は警察たちと二階の6畳の部屋で長男が書いた遺言書を検討していたところ、この若者が一気なり3階に上がり、自殺のためにわざわざ防犯カメラが設置してあるホームセンターへ長男がひもを買いに行ったその領収書を発見し、興奮気味で大きな声で叫び、「あった、あった。ひもの領収書があった」と。 その叫びは、現場にいた警察たちも異常な雰囲気を感じ取ったような表情だった。 実は、長男のその日の行動を検証してみると、職業訓練学校(川口駅の近くにある)のお昼時間は12時から1時までだが、長男は珍しくその日はクラスメートと昼食を取ってから(さようならパーティーか)、自転車でホームセンターに行き(片道だけでも20分間が掛かる)、買い物をして(自殺用の紐)、塚越の自宅に午後1時少し前に着けることは、非常に不可能なことだ。きっと誰かが車で連れて行って、どちらかで自転車に乗り換えさせたはず。 川口駅の東口に所在している学校から自転車に乗って、川口市のユニディホームセンターに行って、すぐに塚越の自宅に到着するまで、例え買い物をしなくても最低は一時間がかかる。 しかも、自宅に紐が常に置いてあることは、頻繫にトイレに行く長男が知っているはず。と言うのは、トイレの前にあるラッグに、紐が置いてあるのに、わざわざ防犯カメラが設置してあるホームセンターに行く必要もない。長男がホームセンターに行った映像を取得し、更にわざわざ領収書まで取って置いたことは、(長男はかなりそそかしいのに)、プロである警察しか考慮できない。そして、長男に自殺を教唆した警察側の陰謀がないと、長男がわざわざその意志を証明する必要がない。要は、本気に自殺したい兆しがなく、学校を欠席と遅刻もせずに通い、検定試験も合格したばかりで、次の検定試験にも頑張っているところだった。 (その直前の脱法ハーブ事件も、突然且つ心外な出来事だった) ※ ※ ※ ※ 『救急隊員』の正しい服装を知ったのは、事件が一年間過ぎたところだった。「自殺」ではなく、「事件」だと分かり、それで何度も埼玉県か東京の検察庁や警察署に告訴状を送ったが、返却された一方だ。事件だと知った当時、私は、長男名義で買った家の玄関ドアのカギは不動産会社(東急リバブル)に開錠されたことで裁判所に訴えたことと同時に、元夫との間に複数の訴訟(離婚訴訟と養育費など)があったため、検察と警察の冷酷な態度に戦う暇がなかった。 すべての裁判が終わり、たまたま『救急隊員』を管理する市役所に「情報開示」という方法で、事件の真相を調べることができることを知り、警察も検察も相手にしてくれない中、やっと光が見えたと思った。早速、蕨市市長に情報開示の請求をし、当時救急車に乗ってきた偽者の『救急隊員』の名簿を開示してほしいと、手続きをした。 分析力もユーモアセンスもあり、アイディアマンの長男に、「池袋事件」をきっかけに、一方的に「国益を害する」「統合失調症患者」にし、私を弾圧し続ける警察の利害関係者は、堂々と、このような身勝手な形で、長男に「死刑」の処刑をした。犯罪及び越権行為をした警察の利害関係者は、彼らが犯した罪を逃すため、代わりに私の長男に罪を背負わせ、このような人道なき惨いことをしたことを許せる訳ではない! 注1:平成24年4月29日(日)は昭和の日その翌日は月曜日だが、振替休日となり、長男は職業訓練校に行かなくてもいいので、私はいつもの通りに、都内で過ごしていた。しかし、一週間分の昼食代と駐輪代/合計五千円しか私からもらえない長男は、何故、突然麻薬を購入するお金があるのか。しかも、私が留守の間に自宅に郵送され、吸ったのか。この事件は、当時の警察のトップが関わっている。その日、鼾をかいて寝ていた長男は、何故わざわざ自殺のために起きたのか。「特殊部隊」が自宅の二階に侵入し、手伝っていなかったのか。 (事件の直前に、隣の工場から自宅に飛び越えようとした男性がいたことを、蕨署に相談したことがある。 それは、特殊部隊の事前練習ではないのか?)長男に自死させる勇気を興すため、警察が保管していた麻薬を長男に購入したかのように見せかけ、郵送してきたのではないか。 警察の罪を庇うため、警察が長男に自殺を教唆し、救急車を借り、事後に他の救急隊を入れ替え、実際の「殺人幇助罪」を興した。これらの警察の残酷さに、本当にぞっとする。 警察こそ、殺人犯を検挙する第一線で働く「プロ」の人間なのに、法律を軽視する非人道的行為を、許せると思うのか。
2026.06.28
もっと恐ろしいのは、…… 私は、一人の男にやられたのではなく、千人も万人もの強権者に弄ばれた。沖縄県警は、政治家の力を頼らないと、私を、本土(警視庁→埼玉県警)まで追っかけ、死の窮地に追い込み続けることができない。 その遠因は、思い出した。。。 沖縄県警本部 に「警察のことを書くよ」と、抗議した。その抗議した経緯は、今までの私の小説の中に書いてあるし、二十年間書き続けるブログにも綴った。。。。。。 いくら訴えても、なんの意味もなかったので、自分が退会したブログもあれば、例の沼津市で起きた食中毒事件、駿東伊豆消防本部の救急隊に対する相談及び抗議した時に、当時救急隊長以外の、もう一人の方が言ったように「貴方がブログ記事を書いていると言って、閉鎖されないと思うのか」と、脅迫というか恫喝されるように言われた。 結局、そのブログのアカウントは、本当に閉鎖された。というよりも、gooブログのサイト自体がやめさせられた。 駿東伊豆消防本部に相談した直後に、国連人権高等弁務官事務所に手紙を送った。 その一部の内容を窺うことができる。Right to life (Article 3) – Violation through Japanese police involvement in my son’s suicide This is a serious problem that could be described as murder directed by the head of Japan's police, at that time who is the National Police Agency Commissioner General of Japan. The Commissioner’s name is Katagiri, Yutaka. He rented an ambulance and entered my house as a fake paramedic. Under below is an email to my lawyer reported the fact of that day.https://blog.goo.ne.jp/ikue32_2008/e/73c7d26ff3c0099e0f395283cb9edee2 Katagiri,Yutaka was National Police Agency Commissioner General of Japan in 2012.When my first son was murdered by this officer, after few days, a press conference was requested to reveal Chief Katagiri's face.However, the police chief of Japan, he tried to hide his face with guilty on his face, and touched his nose, seemed emotionally unstable.https://blog.goo.ne.jp/ikue32_2008/e/998697765b47333755ccc82a65a335a5
2026.06.22
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