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拙作「極秘指令」を引用 ( 英語講師 主任という職を「不当解雇」された後)都立専門学校で勉強した貿易の知識と外国語を同時に活用すれば、新しい世界が開けるよと気持ちを切り替えて、墨田区にある株式会社ロマンという会社に勤めることになった。化粧品と健康食品を取り扱っている貿易会社だ。専門学校を修了した後、前職の英語学校を始め、それ以降の仕事は、必ず誰かが私の悪口を勤務先に運んできて、それから大金で社長を買収し、私を解雇するパターンになっている。この仕事に就く前に、どのようなきっかけに、みずほ銀行グループの河合部長とメールフレンドになったのか覚えていないが、不思議と彼は私の勤務場所にすごく興味を持っていて、平日なのに、有給休暇を取っていると言い、菊川という最寄り駅までついてきた。(上記の みずほ銀行グループの河合部長が、私とデートした後は、 毎回と言えるほど、「南千住」(警察庁長官の宿舎??)に行くと言った。この方は、志木市(埼玉県)に住んでいるという。山梨県出身。) この貿易会社に勤めている間の大きな出来事は、ニュースにも取り上げられた浦和で起きた架線の停電事件、それによって、電車が運転見合わせとなり、バスや地下鉄の利用で、なんとか新宿に着き、そこから都電に乗り換えて、会社にたどり着いたのは、お昼頃になっていた。もう一つは、秋葉原の駅ホーム内で突き飛ばされた事件だった。(事前に電話をし)退勤後、万世橋署に被害届を出しに行ったが、ほぼ無人状態の警察署だった。「あなたの被害届は、紙切れ一枚にすぎないよ」と、沖縄の顔をしているおじさん刑事に言われた。この二つの事件の翌日は、必ず四十代の禿げ男が事務所を訪れる。そして、必ず高価のガラス切子を大量に買って行く。特に秋葉原事件の翌日に、社長に渡したお金はどれほど大金か、会社の経理に渡さず、社長が珍しく自ら「銀行に行く」と言った。その後、社長の態度が豹変し、私に大きな声を出したりして、社長を含む社員全員が頻繁に私の後ろを回るようにして、仕事の監視をし、嫌がらせをした。ハローワークの職員だと自称する人も来ていた。「貴社は、精神障害者を雇っていませんか」と言う。 陰湿過ぎる迫害は、秋葉原の駅ホーム内で突き飛ばされた事件のきっかけに、私の血圧が168まで急激に上がり、狭心症の薬を飲まないと危険だと、医者に言われた。服薬の日々が続き、ある日、デスクの上に並べていたファイルが全部外され、翌日、パソコンも外された。その日、社長は誰かにこっそりと電話していた。「二男さんも連行されたって?」「彼女はやはり精神病だね」そのような会話の内容が聞こえた。入社した当初、他の職員から社長に対する文句をたくさん聞いていた。破産宣告をしたことがあり、他人の名義を借りて会社を作った。しかも、賃金不払いというのは日常茶飯事だった。噂を聞いていたが、辞めるつもりがない。どうせ今は勤務できる場所がないので、三か月ぐらい給料の受給が遅れても大丈夫だと思い、せっかく外国語能力を持っているし、貿易の専門勉強もしたから、実務経験を積んでいれば、将来自分で起業することも念頭に置いた。しかし、大金がこの会社に運ばれてきて、更に石原都知事が、敬遠していた都民銀行の件は世の中で騒いだ真っ最中に、突然都民銀行を支援する動きがあったところに、都民銀行とみずほ銀行から、頻繁にこの会社に電話が掛かってきた。破産して借金があった社長は、私を解雇することによって、たくさんのメリットが受けられるようになり、機嫌はかなり良くなった。私を解雇するに備え、事前に三十代の男性が入社し、英語も中国語もバッチリと話せる沖縄っぽい顔の人だった。しかも、私が解雇される直前に、沖縄の酢商品などが、初めてこの会社の応接室にある見本棚に並べられていた。
2026.07.29

使途の見えない政治資金や外交機密費など、水面下で何かを動かし、私の労働権が奪われ、息子たちを見守ることさえ許されなかった。 そもそも、私の人権とは何なのか。 問いただす相手すら見つからないまま、ぶつけようのない怒りだけが、胸の奥で膨れ上がっていく。心にぽっかりと穴があいて、風だけが通り抜けていく。一日を音もなく過ぎていくのが堪らなかった。
2026.07.14
奪われ続けた私の居場所 この二十年の記録 。。。。。 (外国人向けゲストハウス) (埼玉県川口市芝中田 在) (社長は、小沢一郎と同じく岩手県 出身) 自社募集がようやく成果を見せた頃のことだった。 ある日、川口署から電話があり、「テロリストに関する話で伺いたい」との内容だった。 上司にその旨を伝えた。 (*これは、2006年2月前後の出来事で、本社は、武蔵浦和にあるヒューマンランドでしたが、もう営業はしていません。)翌日、予定通りにK署の金井巡査部長と小川巡査が名刺を持って来社した。外国人の入居者が多い物件だったため、怪しい動きとは思えない。自分は日本国籍なので、関係のない話だろうと思い、応対は上司に任せた。その数日後、足立ナンバーの大型バイクでやってきた男性が、賃貸契約を結び、301号室に入居した。「自衛官です。スポーツが好きなので、ランニングマシンを持ち込んでもいいでしょうか」と聞かれた。 上司に確認した結果、許可を得たが、数日後、彼はさらに奇妙な質問をしてきた。「あなたの会社の、本社はどこですか」 その言葉を聞いた瞬間に、 「またか」と思った。 台東区にある外資系企業で働いていた頃の記憶がよみがえった。 解雇の前触れのように、決まって誰かが、私の 『本社』 を探り始めるのだ。 また不当解雇されるのではないか。 その若い自衛官を見つめながら、自分の行く末を、ぼんやりと想像していた。 上司は、警察からテロリストの話を聞いた後、さらに自衛官からも何かしらの情報を得たに違いない。 そう思えてならなかった。 翌日、「おーい、大浜」 出勤した後、いつものように、管理室でパソコンに向かっていると、上司が、数日前に紹介してくれた新入社員の韓国系中国人と一緒に、突如ゲストハウスに現れた。 作業が一段落したら、顔を出そうと思っていた矢先だった。「早くしろ! 何やってんだ!」 荒い口調に、次に何が起きるかは容易に想像がついた。「掃除婦が辞めたのはお前の責任だ。今日から掃除をやれ!」「どういう意味ですか? 私はマネージャーのはずですが」「今すぐ出て行け!」と、命令された。 台東区で不当解雇を経験した私には、この職場で抵抗しても無駄だと分かっている。 警察と自衛官が私の職場を訪れる少し前に、摩訶県からやって来た二人の女性が入居したことを思い出した。たとえ自分に非がなくても、反発することには、もう、意味がない。「不当解雇だと思いますよ。労働法では、たとえ普通の解雇するにしても、一ヶ月分の予告手当が必要ですよね」「そうだな。仕事を探す時間も要るだろうし、それは払うよ。有給休暇も消化させる」と上司が言ったが、それは口先だけの約束だったことを、後に知ることになる。 私を職場から追い出した後、上司が度々私の自宅のポストに『ゲストハウスの鍵を返せ』と書いたメモを入れた。 連続不当解雇を経験した私は、心身ともに疲れ切った。 まるで生気が抜け落ちたようで、一日中近所の温泉に身を浸して過ごしていた。 理不尽な扱いに慣れるしかないのか。 解雇されても、解雇予告手当を受け取って、また次の仕事を探せばいいのか。 そんなふうに考えるしかなかった。 もはや抗議する気力さえ残っていない。 。。。。
2026.07.04
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