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大田雅彦は、都会の喧騒に揉まれながらも、日々仕事に追われるごく普通のサラリーマンだった。年末が近づき、忙しさはさらに増していく。そんな中、ふと目に留まったのは、会社のロビーに設置された「お歳暮コーナー」の案内板だった。無数に並ぶギフトカタログの山を横目に、雅彦は少しだけ足を止めた。
「お歳暮か……」と雅彦は呟く。自分が子どもの頃、実家でもお歳暮のやりとりが盛んだったことを思い出した。しかし、それは遥か昔の話だ。今ではお歳暮どころか、実家の母ともまともに話すことが減っている。
幼い頃、家の郵便受けにはよく段ボール箱が届いた。箱の中には、ビールの詰め合わせや高級そうな調味料セットが入っていて、母がそれを嬉しそうに並べていた光景が、妙に鮮明に蘇る。そして、それとともに、ある小さな手紙の記憶もよみがえった。
「雅彦、これ、読んでみなさい」
母が箱から取り出した手紙は、綺麗な便箋に丁寧な字で書かれていた。「この一年、お世話になりました。どうぞ良いお年をお迎えください。」たったそれだけの文章だったが、その裏には贈り主の温かい気持ちが込められていることを、幼いながらも感じ取った記憶がある。
雅彦はふと、最近の自分を振り返った。誰かに感謝の気持ちをきちんと伝えたのはいつだっただろうか?仕事での人間関係はどこか事務的になり、家族や友人との距離も気づかぬうちに遠くなっていた気がする。
その日は結局、お歳暮コーナーに近づくこともなく通り過ぎた。しかし、その晩、自宅のソファでくつろぎながら、実家の母に電話をしてみようかとふと思い立った。
「もしもし、雅彦?どうしたの、珍しいじゃない」
「いや、ちょっと……元気かなと思って」
母の声はいつもと変わらないが、どこか嬉しそうに聞こえた。それだけで雅彦の心も温かくなる。
「そういえば、お歳暮とか、まだ送ったりしてるの?」
母は少し驚いたように笑った。「最近は少なくなったけどね。でも、田舎の友達や親戚には、年末の挨拶代わりに少しだけ送ってるよ。」
母の何気ない言葉が、雅彦の胸に響いた。年末に贈るお歳暮は、ただの形式的な贈り物ではない。それは「感謝」を形にする習慣なのだ。そして、相手に「忘れていないよ」という思いを伝える、ささやかな手段でもある。
雅彦は電話を切った後、スマホでお歳暮のカタログを検索してみた。久しぶりに何か贈ってみようか。そんな思いが、静かに芽生えていた。
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