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アニメ『アルプスの少女ハイジ』がフジテレビ「世界名作劇場」で放映されたのが、1974年1月~1974年12月の1年間でした。それから20年近くが経ち、ハイジの物語をもう一度知りたくなって書店めぐりして見つけたのがこの本です。本を開くと左側に物語の文章、右側に当地の現在の写真や挿絵が掲載されています。これを読むとほぼ当時のアニメのストーリーが把握できました。しかも部分部分でハイジが育った時代のヨーロッパの政治経済と、階級別の文化の対比を解説されていて、産業革命後の近代欧州の人々の生活実態が、下手な歴史の教科書よりも遥かに分かりやすく理解できます。さて『アルプスの少女ハイジ』の作者であるヨハンナ・スピリは、単なる児童向けの物語を書いたわけではないことも、本の解説を読んで見えてきました。産業革命後の問題点をついていて、それに関して一種の警鐘を鳴らしていたのです。非人間的な機械文明の危惧があり、人間が機械にこき使われるのではないかという危機感、都会と山村の格差問題、都会の富裕層と農民・庶民の格差まで掘り下げています。アルプスの山地で育ったハイジと、大都会のフランクフルトの資産家の家に暮らすクララとの対比することが、現代日本の諸問題にも通ずることがあります。ハイジは近代的な教育を受けるために、フランクフルトのゼーゼマン家にあずけられました。ハイジは四方を建物に囲まれた大都会で暮らすうちに、ひどいホームシックに陥ってしまいました。フランクフルトでは山も森も見えません。子供のときに観たアニメでこの部分は強く共感しました。実は私は信州の山奥の出身であり、幼少期高い山に囲まれて暮らしていましたが、親の仕事の都合で上京してから、コンクリートジャングルの都会の水に合わず病気ばかりしていました。大体小学生ぐらいまではそうでした。ハイジの物語では水が合わない場所に住むと、人は心身共に病んでしまうこともあると指摘しています。都会と山村の生活様式の違いを説いています。私自身も2017年に長い間生活していた大都会から離れ、海や山が見え森に囲まれている今の土地に思いきって移住しました。とにかく大人向けの絵本なので、何回も読みなおしハイジの世界を堪能することができます。子供たちにも本の内容は話しやすいので、気になった方は一読されると良い気もします。
2025年11月30日
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2025年11月29日
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※画像はアメ車です。年々国産車が幅広になり乗車している人間は快適ですが、街行く車は迷惑していることが多いです。片側一車線の幹線道路で右折レーンがない場所で大きなSUVが右折しようとして、後続車が使え渋滞を引き起こしたり、駐車場運営者が車の大型化に伴い駐車場の白線を引き直し、5台停められるところを4台分にして、1台分の駐車場代が減って利益を失したりします。ではなぜ国産車が巨大化しているのでしょうか。国が年々自動車の安全基準を厳しくし、メーカーは車体を肉厚にしなければならなくなりました。厚くなった分室内の居住性を確保するために、どんどん幅広になってしまいます。もう1つは自動車のグローバル化です。メーカーは縮小する日本市場よりも伸び代がある北米市場を重視し、そこに合わせた大型乗用車を生産します。日本市場のためにわざわざ経費を投入して、コンパクトな5ナンバーの車種を廃止して、向こうのプラットホームの車両を日本市場に投入してきています。しかしながら車の大型化は重量化につながり、道路維持管理部署の役人の話では、高速道路から市町村道路まで年を追う毎に、道路維持管理費が莫大になると言います。国土交通省も道路維持管理は利用者負担が原則と主張し、自家用大型乗用車と自家用中型乗用車(3ナンバー車)の重量税を課税する話をぶちまけましたが、昨今日本の自動車関連税が諸外国と比較して高過ぎると方々から言われ、社会的コンセンサスが得らないがために、高速道路料金の区分を見直し、自家用に限り大型乗用車と中型乗用車の料金を新たに設ける話が、高速道路料金検討委員会から議論として挙がっています。個人的には高速道路から市町村道まで維持管理のために、負担が大きい乗用車に関しては、何らかの重課税が必要だと感じています。また大型乗用車は渋滞も引き起こしてしまうので尚更ですね。
2025年11月29日
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2025年11月28日
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2025年11月28日
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2025年11月27日
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今日は軽~い悩みを書きますね。そうタイトルのとおり、40歳ぐらいから同世代の女性と気が合わないことで、少しだけやきもきしています。具体的にいうと、同世代で子育てのため仕事をリタイアし、50歳ぐらいから、パートや派遣で仕事を復帰した女性です。長い間正規から離れ家庭に入り、パートや派遣などの非正規に就いた女性は、上から言われた仕事はかっちりするけど、言われない仕事は一切しない人が大半です。悪いけどもう少し気を利かせたり、周囲に根回しや忖度があってもいい気がしますが、それとなく示唆しても動かないので、内心イライラしてきます。プライベートでは彼女らとテレビの話をしません。なぜならワイドショーの芸能人ネタばかり永遠に話すからです。もちろん家族の話は避けています。いつも息子の話ばかりで嫌になります。いい歳こいた息子を溺愛していて、私には到底理解不能の世界が展開されます。正直気持ち悪いです。趣味の話も合いません。こちらはドライブ、車、地図を見ること、造園、古民家補修、小旅行、登山で、ややアウトドア系だからでしょうか。同世代の女性は休日もおでかけせず、旦那の世話で終わる人が多いようです。自分自身変わった生き方をしてきたし、何十年も男社会で仕事をしてきたせいもあります。男性ばかりの職場は、女性特有の派閥がなく仕事に集中できて、私にとっては変な気を使わない雰囲気が好きです。今同性の知人友人は、車、古民家補修、ガーデニングが好きな女性だけで、年齢も10歳以上年上か年下しかいません。ま、それで話が合うなら良いと思っていますけど。
2025年11月27日
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2025年11月26日
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2025年11月26日
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2025年11月25日
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2025年11月25日
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結構昔から、昭和後期~平成末期の想い出に浸る傾向がありました。最初は街並みや古い木造住宅、自動車や電車などの物に興味がありましたが、次第に歌謡曲や昭和のテレビ番組・CMなどの文化的なものに興味をもち、最近では30~40年前に行った街や、通った道路を再び訪れるようになりました。残念なことに長い年月が経つと、当時の街並みが再開発によりすっかり変貌し、今通っている道がどこだかわからず、まるで浦島太郎になった気持ちになります。でも少し地方に行くと街並みの変化がゆっくりで、当時の面影がたくさん残存していると思わずうれしくなってしまいます。幸いにもわが街は変化が極少で、未だに明治末期~昭和40年代の商店街が残存しています。都心から電車で1時間ちよっとの距離で、古い街並みがあるところは、ほとんどないと思います。地元商店街の昭和39年の写真と、令和の写真とを並べてみると、コンビニができた以外はほとんど当時のままです。いつまでも古い街並みが残っていることを切に願いたいですね。
2025年11月24日
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2025年11月24日
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2025年11月23日
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2025年11月22日
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原宿のアイドルこと、キャンディ・H・ミルキーさんが、2年間の闘病の末今年3月に間欠性肺炎で永眠されました(享年73歳)。冥土に旅立つにはあまりにも若若すぎました。ご冥福をお祈りいたします🙏私が初めてキャンディさんに出会ったのは、忘れもしない平成元年の5月でブラウン管の中でした。深夜テレビを自室で観ていたら、たまたまヤバいオタク特集番組がやっていました。折しも世間はあの宮崎勤事件で騒いでいた時期です。テレビに出ていた一人目のヤバいオタクは宅八郎で、持っていた紙袋から森高千里の「17才」という曲を歌うときに着るコスチュームを身に付けたフィギュアでした。当時の感覚では成人男性が人形、しかもアイドル的女性の人形を自作して所有することがとてもキモく、思わず反吐が出そうになりました。次に登場したのは、赤いフリフリのドレスに赤いランドセルを背負い、黄色の学童帽子を被った女装オタクのキャンディさんでした。最初は目が点になり鳥肌が立ちました。でもテレビは消しませんでした。超超変態な人間で一度見たら一生涯忘れることができないスタイルでした。偶然にも親友も同じ番組を観ていたらしく、翌日から会う度に宅八郎とキャンディさんの話題で盛り上がっていました。そしてキャンディさんにリアルで出会ったのは2002年ぐらいだと思います。当時の私は原宿でロリィタファッションに身を包み「神宮橋族」をしていたので、そのときに偶然キャンディさんと目が会い少し会話を交わしました。その後休日に神宮橋で友人らとたむろしていると、必ずキャンディさんが私たちの輪の中に入ってきます。終いには原宿で遊んだあと一緒に夕食をして、私が店長をしていた、新宿三丁目のクラシカルメイドカフェに連れて行きました。そのうちキャンディさんは土日、メイドカフェの準常連さんになってくれました。このあたりは、10月28日の「伝説のクラシカルメイドカフェ」の日記を読んでいただければ、多分話がつながると思います。他にキャンディさんとは、友人らと新宿仲通のお祭りに参加したり、しばらく交流を続けていました。彼女?は女装趣味以外に、航空機・船舶・鉄道・バイク・車と、とにかく乗り物オタクでやたらに機械に詳しかったです。乗り物オタクが高じて、羽田空港に転職したようでした。とにかく姿とは違って、中身は気さくかつマニアックな普通のおじさんで、全く犯罪をするような悪い人ではありませんでしたね。初めてテレビで観たときは、度肝を抜かれマジでヤバい人間かと思いましたが、何でも趣味に徹するどこにでもいるおじさんでした。亡くなられたのはだいぶ日が経ってからで、私は三浦半島に移住し原宿や新宿で遊ばなくなってからキャンディさんとは疎遠になっていました。奇特な知人を失ったのはとても残念ですが、今まで大変おつかれさまでした。天国で安らかにお眠りくださいませ🙏😢
2025年11月22日
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2025年11月21日
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2025年11月21日
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この日記を書こうかやめようか3週間も躊躇していました。でも日が近づくにつれてもやりが酷くなってきたから、リアル知人にも実情が分かるようやっぱり書きます。12月7日(日)のアリオ上尾の旧車イベントで、原付ミニカー軍団が100台以上別枠で展示されるようです。私は純粋に旧車イベントを楽しみたかったし、大勢の来客車に、自分のミゼットⅡを披露したいのに、そういう珍車軍団が展示すると、旧車ブースの来客車が減りそうでやきもきしています。あとはもうそっち系に関わりたくないから、X(Twitter)もやめてしまいました。旧軽自動車と小さな車と言ってもミニカーでは、見えない高い隔たりが存在します。断りを入れますが、もちろんミニカー軍団を排除したいわけではありません。ミニカー+旧車好きな方とは、今後リアルでもお付き合いしていきたいです。ただ、ミニカー+二輪好きやミニカー+現代車好きな方とは、もうソリが合わなくなっています。昨年8月まで私もタケオカ自動車工芸のアビーに乗っていましたが、もう売り払って1年3ヶ月が経ちました。もう本年中にアビー乗りというイメージを払拭したいし、それが今年の目標でした。だから当日はミニカーブースには近寄らないし、向こうから挨拶をしに来ても、社交辞令程度の対応で済まします。ま、これだけ自分は変人ですから、子供時代より友達が少なかったわけですよ。趣味の世界ぐらい自分の好きにやろうではありませんか。
2025年11月20日
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2025年11月20日
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2025年11月19日
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2025年11月19日
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本音ベースの話、実は移住を考え出している今日この頃。65歳でリタイアしたら、趣味をやりやすくするために山間部に引っ越そうかなと、この春ぐらいからたまに脳裏によぎります。具体的には旧車イベント&山登りに最適な、相模原市の旧津久井町地域か上野原市、または埼玉県飯能市の山沿い辺りです。神奈川南部にいると、イベントで埼玉や奥多摩は高速道路を利用しても遠いしガソリン代も莫大にかかります。都内・神奈川県内の旧車イベントは格式が高すぎたり、金持ち道楽マウント取りおじさんが多くて正直辟易しています。ならば山梨県に近い神奈川県や山梨県東部、埼玉県西部の山沿いに移住すれば、埼玉、奥多摩、山梨、静岡のイベントに参加しやすくなりますね。もしかしたら妄想に終わるかもしれませんが、駐車場代込みの家賃が4万円以内なら、本気で検討する余地はあると考えています。
2025年11月18日
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2025年11月18日
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2025年11月17日
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2025年11月17日
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2025年11月16日
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昨日にひき続き穏やかな好天に恵まれて、北本市ヘイワールド屋上駐車場にて旧車イベントが開催されました。この時期各地で旧車イベントを行っている関係で、展示車両や集客は今一つだったけど、各車両をゆっくり鑑賞できました。展示車両は全部で100台はなかった気もします。ミゼットⅡの隣には運良く「東金カーマニア」という、毎月最終日曜日に開催される副主催者でした。のちに本日の主催者である日本旧軽車会の幹部の方と引き合わせ、東金のイベントでに埼玉からキッチンカーを出店できるよう取り計らい、これで埼玉と千葉の旧車イベントの繋がりができて大変良かったです。本日、個人的に注目した旧車は2台ありました。まずはダットサン1000です。多分ダットサンブルーバードの前身車でしょうか。1950年代の車両できれいに乗られています。まさに「ザ・クラシックカー」に相応しい一台です。次に、ミゼットⅡの隣の隣に停まっていた三菱初代ミニカバンです。オーナーは船橋から来られた方で、特にレストアせず当時のまま乗られているようです。ミニカバンは旧車かつ珍車の部類ですね。肝心のミゼットⅡは、先日東京ビッグサイトで開催されたジャパン・モビリティでダイハツから出展があったミゼットXの影響で、一般来客からかなりウケていたようで、オーナーの自分としては嬉しいかぎりでした。12月7日のアリオ上尾は、関東最大級の旧車展示と一般来客が期待できるので、今日よりもっと人だかりができそうです。
2025年11月16日
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2025年11月15日
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小春日和で紅葉真っ盛りの中、青梅市で昭和レトロ的なお祭りが開催されました。それに付随して、青梅宿懐古自動車同窓会という旧車イベントも同時開催。各地から約130台の旧車が集合しました。前回よりも外車率が高いような感じがしました。ミゼちゃんは今回エントリー無しなので、会場入口の駐車場で鎮座です。いつもの旧車メンバーとも会え、こじんまりとしたミーティングでまったりできました。またあとで個々の旧車を紹介しようと思います。明日は北本ヘイワールドで旧車イベント参戦です。これから宿泊地の鴻巣市に向かいます。
2025年11月15日
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2025年11月15日
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2025年11月14日
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2025年11月14日
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タイトルの通り、7年前にLINEをやめてアプリを削除し、この10月にはX(Twitter)もやめてスッキリしています。そして要らな無駄なアプリもどんどん削除したら、アプリがほとんどなくなってしまいました。職場の同僚曰く、SNSやLINEをやめたら、人と連絡を取るのが不便じゃない?Xやめたら情報が遅れない?とか。だけどXすらろくにやっていない人間には、そこまで言われたくありませんよ。余計な助言・お世話に過ぎないです。とにかくLINE友は非常識な人間ばかりで辟易しました。暇だから四六時中メッセージを投げ、既読をつけて返信しないとギャーですから。終いには意見が合わないと殺してやるとか言われ、警察沙汰になりアプリごと削除しました。Xはご周知の通り、左右に別れて政治論争化ツールになり嫌気がさしました。揚げ足取りのリプもウザかったです。SNSに溺れ、歩きスマホで死傷したり、他人とぶつかってトラブルになったりしています。第一無駄に人生の貴重な時間を浪費していませんか。ヤフコメだってろくなものじゃないですよ。あと現代は何かとアプリのインストールを求められますが、登録したアプリが多すぎてスマホ内が魑魅魍魎です。自分自身IT疲れなのかもしれません。今はスマホは棄てて、ガラケー一本でやっています。このブログも全てガラケーから書いていますよ。
2025年11月13日
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2025年11月13日
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2025年11月12日
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この秋から来春にかけて、参戦を決定した旧車イベントの一覧を公開します。(悪天候は参加取りやめ)・11月15日(土):青梅永山公園(見学のみ)・11月16日(日):北本ヘイワールド・12月7日(日):アリオ上尾・12月21日(日):奥多摩大麦代駐車場(降雪時は中止)・1月25日(日):東金八鶴湖畔・2月22日(日):静岡三保の松原・3月第3日曜日:奥多摩大麦代駐車場・4月19日(日):アリオ上尾他に追加して参加するイベントもあります。
2025年11月12日
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70年代を代表するフォークソングの名曲『岬めぐり』について語りたいと思います。1974年6月1日発売された山本コータローとウィークエンドのデビュー曲。詞の舞台は三浦半島と思われていますが、作詞者の山上路夫氏ははっきり語っていません。だけどのちに、三浦半島の岬めぐりは素敵ですね、と語っていた記録があります。恐らくこの曲を知っている方は、京急線三崎口駅からバスに乗った情景を描いているように思われているでしょうが、曲が発売されたのは1974年で、京急久里浜線が三崎口まで開通したのが1年頃の1975年です。三崎口まで電車が通ったことで、油壺マリンパークや城ヶ島が観光地として、京浜地域から脚光を浴びるようになりました。ではどこの駅からバスで岬めぐりをしたのでしょうか。一つ品川寄りの三浦海岸から、剱崎経由三崎東岡行きのバスが出ています。これに乗ると三浦の岬をめぐることができます。この点をX(旧Twitter)で投稿したら、京急電鉄はそれまで三崎口駅の電車接近メロディーを三浦海岸駅に変更してきました。偶然かもしれないし、幾人かの指摘があったのかもしれません。またこの詞には失恋し傷心した男性が、彼女が昔話してくれた岬めぐりのバスに乗り、もう失った恋はこれっきり忘れようとする解釈と、亡くした彼女への挽歌とも解釈されています。けれどこれも作詞者からの言及はありません。私が思うに、もし挽歌なら昭和歌謡的な曲調になっていたと感じます。春や秋にこの曲を聞きながら、三浦半島の岬をめぐる小旅行もいかがでしょうか。私はバスでめぐるなら、馬堀海岸~観音崎~浦賀~西浦賀~燈明堂~開国橋~野比海岸のルートをお奨めします。もちろん乗り継ぎになりますが。
2025年11月11日
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2025年11月11日
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2025年11月10日
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2025年11月10日
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2025年11月09日
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もう私は、17歳×3+@の歳になるわけですが、未だに「永遠の17才」というフレーズにあこがれをいだきます。とは言うものの、容姿や肉体的に17歳に戻るわけにはいかないので、あの頃の人格的なものは永遠でありたいと思っております。ちなみに健康診断の血液検査は、20歳以下のサラサラ血液でした。この点は、ほぼ永遠の17才を継続したいですね。17歳ぐらいになると思春期が終わり、不安定だった自我がほぼ確立されて、自分はこうして生きていきたい、将来こんな仕事をしたい、こんな人生を送りたいと思案に耽るようになり、親とは別の人間として次第に実行に移行していきます。私も高校2年生の秋に進路を決める時期がきて、将来の職業やライフスタイルを、頭の中で漠然と描いていました。そのとき考えていたことを列挙します。・少し田舎で庭付き一戸建て(明治以前の古民家)に住みたい。・将来は一般的な女性がする事務職ではなく、専門知識や技術を活かした仕事に就きたい。具体的には建設関連の設計士・測量技士、理工学の研究職、植生を調査する自然環境関係の専門職でした。一応そっち系の大学に進学したのち、社会に出てから国家資格を取得し、17歳に描いていた夢は古民家住まいも含め全て叶いました。そういう意味では、非常に幸福だったし、運にも人材にも恵まれていたと思います。「永遠の17才」は何も肉体的な若さだけではありません。幾つになっても当時の想いを胸に秘め、夢を一歩ずつ叶えていくことだと感じます。私はまだまだ、いや冥土のお迎えが来るまで永遠の17才であり続けたいです。
2025年11月09日
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2025年11月08日
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タイトルの通りネット上では、軽自動車が近い将来770ccに規格変更されるような噂が流れていますけど、現在、正式に軽自動車の規格変更委員会やWG(ワーキンググループ)、あるいは検討会が関連省庁で正式に立ち上がっていないし、通知や事務連絡も出ていません。確かに某民間団体が、軽自動車の規格変更の要望書を国土交通省に提出した事実はあります。その団体の主張は、現在軽自動車は安全運転支援装備や、両側電動スライドドアの着想等で車重が増し、従来の自然吸気エンジンでは加速や高速道路走行に難があるから、車格にあったエンジンとして、660cc→770ccにボアアップすべきと切り出しています。軽自動車が550cc→660ccに変更されたのは1989年で、それから36年が経過し、軽自動車の性能上時代の流れのように感じます。しかしながら、ここには深い落とし穴が存在するのです。現状では霞が関のほうから、軽自動車が登録車と比較して税金が優遇されて、それを是正したいとの話が何年も前から挙がっています。ただでさえガソリン暫定税率を廃止し代替予算が必要視される最中、民間団体から軽自動車の排気量アップの提言は、渡りに船の美味しい話として捉えられてしまいます。だが昨今の国民の強い減税マインドと、国際的に鑑みて日本の自動車税や重量税が高すぎると方々から指摘され、役人はすぐに軽自動車規格拡大を理由にして、軽自動車税や重量税を上げる施策は、非常に取りにくくなっております。とは言うものの、重量が1000kgを超える軽自動車は、コンパクトカー並みに環境負荷が大きく、軽自動車の自動車税を10800円→15000円程度に上げて、登録車との税の不公平感を埋める施策はチラホラ出てきています。また軽自動車の重量税を、750kg未満・750kg~1000kg未満、1000kg以上の3段階に分ける案も一部から浮上しています。いずれにせよ増税は今の時点では難しく、また軽自動車の税金を上げると、地方の足になっているので地方切り捨ての反対意見が増幅し、現実的に増税は容易ではない気がします。もっとも軽自動車を770ccに規格変更の要望書を国に提出した民間団体は、そんな自動車行政の素人なので、単純に軽自動車の性能アップだけを望んでいるのでしょう。この話は当面噂や都市伝説の粋を出ないだけではなく、増税により自動車メーカーは軽自動車の売上げ台数の減少を危惧して、かなり反対しているような話を聞きました。何故なら今新車販売台数の約40%が軽自動車になっているからです。
2025年11月08日
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2025年11月07日
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数年前の5月の連休に、ガチな山ガールスタイルで奥多摩登山を挙行しました。車を奥多摩湖畔の駐車場に入れ国道411号線まで戻り、水根口バス停から水根集落まで25分ぐらい急坂を登りました。こんな高いところに集落があるなんてびっくりです。水根集落を過ぎて急な登山道を30分ぐらい汗をかきながら登ると、南側には奥多摩湖と、御前山(1405m)の大きな山体と、その左側には大岳山(1267m)が眺望できます。さらにキツい坂を登っていくと、多摩川源流の大菩薩連嶺が見え、こちらは最高峰の大菩薩岳は2000mを超えます。水根集落から1時間半も急登を重ねると、勾配がやや緩やかになり、明るい落葉松林の中を歩きます。緩やかになったところから1時間で、六ツ石山のドーム上の山頂が姿を現します。一気に登って山頂着。標高1479mの山頂からは、360度の展望があり、奥多摩の山々、大菩薩連嶺、鷹ノ巣山(1737m)、雲取山(2018m)が眺められます。山頂で一休みし、少し体が冷えたのでお湯を沸かしてラーメンを作って食べました。下山路は同じ道を戻りたくないので、氷川の集落(奥多摩駅)に降ります。眺めのよい尾根道を2時間ぐらい軽快に降り、途中から暗い杉林を30~40分急降下して氷川の街に出ました。下りが長かったので脚がガクガクしてきました。車にに戻るために、奥多摩駅から西東京バスで水根口バス停まで向かいました。山ガールと言う言葉がなかった頃から、乗鞍岳(3026m)に女の子スタイルで登山し、他には丹沢・大山(1252m)、北八ヶ岳北横岳(2472.5m)も制覇しています。大山山頂で撮ってもらった画像を無くしたのがとても残念でした。とても写りが良かったからです。昔のブログには掲載していましたし。念のため、このスタイルの登山は人に山をなめきっていると言われるので、決してお勧めはいたしません。悪しからず。。
2025年11月07日
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2025年11月06日
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2025年11月06日
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「芸術の秋」と言うことで、私の好きな画家の話をしたいと思います。20世紀前半に作品を描き続けたフランスの女性画家マリー・ローランサンの絵画を収集しています。もちろんレプリカですが、一部代表作を紹介します。上から順に接吻 1927年頃 油彩ギターと二人の乙女 1924年 油彩音楽 1944年頃 油彩らっぱをもって 1929年 油彩マリーの絵が好きなのは、女性らしい肉体美を表現するために、線を強調せず面で描いていることです。また淡い色づかいしかも暖色がメインだけど、部分的にブルー系やグリーン系色を織り交ぜ、自然に溶け込んでいる様子がとても素敵です。以前は長野県の蓼科高原の蓼科湖近くに、マリー・ローランサン年の美術館がありましたが、残念ながら2011年に閉館になってしまいました。1988年のGWに職場の同僚とシルビアS12に乗って、蓼科高原や諏訪湖畔の美術館巡りを皮切りに、その後90年代から北八ヶ岳登山&温泉・マリー・ローランサン美術館のセットで何度も訪れました。最後に行ったのは2010年だったと記憶しています。美術館に行く度に彼女の絵画を購入していました。今は国内外問わず、マリーの絵画を鑑賞する美術館も展覧会すらなくなってしまいました。現在私の彼女の絵画のコレクションはレプリカですが貴重なものとなっており、全部で12作品所有しております。マリー・ローランサン美術館公式HPhttps://marielaurencin.jp/マリー・ローランサン美術館館長が語る、ローランサン作品の魅力 その1 | スペシャル |マリー・ローランサンとモード | Bunkamurahttps://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/23_laurencin/special_interview1.html
2025年11月05日
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