Milkyway ジャーナル

Milkyway ジャーナル

PR

×

プロフィール

Milkywayジャーナル

Milkywayジャーナル

カレンダー

バックナンバー

2026.06
2026.05
2026.04
2026.03
2026.02

コメント新着

Milkywayジャーナル @ Re[1]:飛鳥童著『わらべの楽苦画記』:一陣の風(04/05) みらい0614さんへ 同じところに響き…
みらい0614 @ Re:飛鳥童著『わらべの楽苦画記』:一陣の風(04/05) おはようございます。 私も飛鳥さんの本の…
maki5417 @ Re:「ウクライナ以外でも起きている戦争犯罪:ミャンマー」(04/23) NHKが内戦を取り上げていましたね。 中…
Milkywayジャーナル @ Re[1]:「ゼレンスキー大統領の国会演説」(03/26) maki5417さんへ 同時通訳自体は、本当に難…

キーワードサーチ

▼キーワード検索

2022.01.06
XML
カテゴリ:
Milkywayです。お元気ですか?

 20220106​

感銘を受けた作品だった。その理由について書き残しておきたい。

【理由その1】

まず第一に、 “愛の本質”という古典的なテーマが、イラク戦争というごく今に近い時代に背景を置き、携帯電話や電子メールといった最近の新しいテクノロジーをプロットの軸にしながら展開されているからだった。

まず、物語の背景設定についてだが、第二次世界大戦時のユーゴスラビア人解放の戦いとイラク戦争といった現代史に残る歴史的場面を物語の背景においた。主人公の一人 洋子 の父親がユーゴスラビア人解放戦を描いたいわゆるのパルチザン映画の映画監督だったり、洋子自身がイラク戦争を取材する女性記者である。洋子は、民族戦争を扱った監督として命の危険にさらされた父と同様に、イラク戦争を取材する記者であるために命の危機にさらされ、それがストーリーの支柱の一つを成している。この支柱を支えているのが、死の恐怖体験からくる PTSD といった心的ダメージである。

次にプロットの重要な機能を果たしているのが、彼女と主人公 蒔野聡史 を繋ぐ、インターネットや E メール、携帯電話といった今現在我々が日々使っている通信手段で、それらがストーリーを実際に動かしていく。

そういった“現代”の中で、 “愛の本質” というもっとも古典的と言えるテーマが探られていくわけで、 この対比に私はまず心惹かれた。

【理由その2】

二つ目の理由は、音楽が大きな役割を果たす作品だったことだ。要所要所で、一つの曲が意味を持ち、象徴的に使われる。音楽、とくにギター曲に造詣の深い方は、私以上に深い発見をするにちがいない。 例えば、イラクからの亡命に失敗し、国に送還される危機に陥った同僚のジャリーラを救命し、自分のアパートに連れてきていた洋子と、そのジャリーラのために主人公の蒔野がギター演奏をする場面で、演奏の終わりに彼は「 幸福の硬貨」という曲を弾く。 彼が「今日の マチネの終わりに 弾く予定だった」曲だと二人に言う。

「幸福の硬貨」という曲は、前述した洋子の父親の映画監督ソリッチの映画の主題曲である。この映画は、ユーゴスラビアでの民族戦争の中で敵味方の三人の主人公の三角関係が描かれる作品で、戦争が終わった後、セルビア人の少女の手に、硬貨を握らせるシーンで流れる重要な曲だ。

この曲と重ねられる詩が

まだ知られて居ない広場と大道芸人(=この世の象徴)が どこかにあるのではないでしょうか? 

そこでは、 この世界ではついに愛という曲芸に成功することのなかった二人が、えも言わぬ敷物の上でその胸の踊りの思い切った 

・・・・ 

彼らはもう失敗しないでしょう。

・・・・。

そのときこそ 死者たちは、 めいめいが 最後の最後まで 捨てずに置いた いつも隠し持っていた私たちの 未だ見たこともない 永遠に通用する硬貨を 取り出して 一斉に投げ与えるのではないでしょうか?

という意味深い詩である。

ジャリーラのために演奏したその場で、蒔野が音楽の力を再認識する重要な意味を持つ瞬間でもあり、この 『マチネの終わりに』 という小説の結末を読み解く鍵ともなる音楽が重要な役目を果たしているシーンである。

【理由その3】

三つ目は、私はこの作品のオープン・エンディングという手法にも惹かれた。結末が提示されず、読者にその先の展開が委ねられるというこの手法は、エンディングの先をまさしく読み手の価値観や人生観に委ねる手法で、二度読み・三度読みのつどに、結末に対する解釈が変わるという楽しみを読者に与える方法である。

私も一度目と二度目では異なった解釈をした。

一度目の読みの後、なにか腑に落ちないものを感じたので、二度目は、題名の『マチネの終わりに』という言葉と、キーワード「未来は過去を変える」と、鍵を握る曲「幸福の硬貨」の使われている場所と、使われている状況、その後の展開をストーリーの流れに沿って並べてみた。それと、伏線となっている箇所も追ってみた。これによって、私はこの 作品の結末を自分なりに腑に落ちるものにすることができた。この作品は、こうした手間暇をかける価値が十分にある作品だったし、その楽しみを与えてくれる手法を使った作品でもあった。

【理由その4:人物造形のみごとさ】

私にとってこの作品が非常に魅力的だった理由は、人物造形の見事さにもあった。作者 平野啓一郎は、 蒔野 聡史という非常に魅力的な人物像を作り上げたと私は思った。蒔野はまさしく多面的な人物なのである。日本文学の特徴として、かつてはキャラクタリゼーション(人物造形)が弱いと言われてきていたが、私はこの蒔野 聡史がいわゆるのラウンド・キャラクターで、平野啓一郎は、そうしたキャラクターを作ることに成功したと思った。

主人公 蒔野はクラシック・ギタリストで天才と称されながら、自分の音楽への行き詰まりを感じ、苦悩する人物である。社交的でありながら、不器用さも同時にある男性。しかも、複雑で多様な感情をみせる人物である。天才と言われるなかでスランプに陥り、その停滞の中で洋子と出会い、世界を見る目に変化が起こり、新しい視点を得、自分の芸術の再確認をし、幸福を模索していく 40 歳前後の人物である。

彼の内面には、 情熱・熱望に対比される不安・絶望があり、期待に応えられない悔しさや忸怩たる思いがあり、嫉妬や劣等感にも苦しむ。憧れ・憧憬とともに焦燥もある。愛を得ようとしながら失望・諦め・絶望も味わう。希望を持ちながらも希望にかける不安も同時に持ち、後悔、無念さにも苦しむ。彼は最も大切な時に騙されていた事実を知り、その裏切りに驚愕し、嫌悪し、怒る。その一方で、家族への愛やいとおしさ、責任感といった相反する感情に懊悩する。それまで費やしてきた時の虚しさを想い、罪悪感や切なさや煩悶も描かれる。そうした強い感情以外に、彼に中にみえる照れや戸惑いといった小さな心の動きにも読者は親しみを感じ、共感する。このように少し挙げただけでも、その感情の幅広さと深さが平野啓一郎の描写によって見事に読者に伝わってくるのである。


この作品に惹かれた理由はまだあって、テーマである“愛の本質”を、しかも 40 歳前後の大人の愛を読者は問われ続けることにもあった。
名作は、読むたびに発見がある。この作品も、読むたびに新たな発見をもたらせてくれるだろうと期待を持ち続けられる作品だと思った。

この作品の映画の方は、 私はまだ 観ていない。まだ原作の余韻に浸っていたいからだ。

一方で、映画《そして父になる》で複雑な父親の心情の機微を見事に演じた福山雅治が、この主人公 蒔野 の感情の多様さ、深さ、複雑さをどう表現するか大いに期待してもいる。

だが、やはり、映画はしばらくは観ないことにしよう、と今は思う。






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2022.01.06 18:54:58
コメント(2) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: