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2004 8/31(火)中学は今日から学校スタート。と言っても始業式ではなくただ夏休みが終わった…そんな感じだろうか。慣れないせいか二学期制はしっくり来ない。二百十日に合わせるように台風16号が来たが、雨は夜の間で止んだらしく風だけがきつく吹いていた。数日前の涼しさとは対照的に、夏に逆戻りしたような一日だった。shinは予定が無かったので、掲示板の書き込みやメールの送受信を半日やっていた。先日訪問PTのT先生から情報提供を受けた身障者専門の人材紹介会社にもメールをしていた。病歴から現状までの説明と今後の予定をメールしたところ、すぐに返信が来た。就職までは3~4ヶ月以上をみておいた方が良いので、それを考慮してスケジュールを決める事。またPCのスキルアップは是非やってもらいたい…など親切なアドバイスが帰ってきて、shinも私も嬉しかった。求職活動についてはハローワークだけでなく、このような人材紹介会社も増えてきているので、心強い気がする。溜めていたアイロンかけを済ませる。こんなに暑くなるのだったらもっと涼しい時にやっておけば良かったと悔やんだところで仕様が無いのだが。沢山あったので全部済むとちょっと爽快だったりする。果てしなく続くように思われた7月、暑かったがスピードもあった8月がおわる。夏の終わりは寂しいが、夏休みの終わりは嬉しい。2003 8/31(日) *転院47日目*両親が病院へ行きたいというので、結局全員で病院です。私は貧血気味で体調が悪く、とてもきつかったのでずっと両親と話をさせました。次女はデイルームでshinの漢字練習のチェックをしながらKさんと話をしていました。Kさんは気さくな人柄で、何より聞こえに問題が無いので会話がスムーズです。我家の娘たちともよく話してくれます。看護師さんに、「おじいちゃんとお孫さん」と思われたようです。とてもシンドイ一日でした。昨日の疲れがでたのでしょうか。帰宅して、ノートも病院専用にしていたキャリーバックも忘れてきた事に気付きました。
2004.08.31
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2004 8/30(月)shinは午前中PC。台風16号のせいか小雨が降ったり晴れたりのおかしな天気だ。8月中旬からちょっとトラブッていたshinの掲示板を再開した。shinは今朝早くに再開メッセージを入れていた。背景色も変えて、心機一転。これからも"さざなみ"注意でいこう。次女の通知表が見当たらなくてあちこち探す。先日の義父みたいだ。ナイナイナイ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・よーく考えてみたら中学は二学期制になったので夏休み前には何ももらっていなかったのだ。私も子供たちも9月が新学期と言うスタイルで何年も(何十年も)過した訳で、長年の習慣とはおそろしいものだ。それにしても本当にうっかりだらけの私。2003 8/30(土) *転院46日目*さあ今日は初外出です。午前中のPT測定で借りた杖をそのまま使います。たまたまF病院も月一度の出張散髪の日で、サッパリした人を沢山見かけました。病前のshinは散髪嫌いで年に3回も床屋に行けば上等の人でした。ちょうど発病した日は長女の授業参観後1000円床屋に行き、とても短くして帰ってきました。ドレナージの挿入のために更に前頭部だけ剃ったので、しばらくはカッパのようになっていましたが、2ヶ月半で漸くはえ揃った感じです。今回、散髪しようか…と提案したら案の定「まだいい」と答えました。「隣のビルに行くのだけど、外出できるよ」と誘うとちょっと考えてOKが出ました。最近は男性も美容院に行く人が増えていますが、shinは1000円床屋でもめったに行かないので、美容院は始めての経験です。F病院の隣ではありますが坂道を登り、エレベーターが無いので階段を利用します。坂の下と上と2箇所階段があり、上の方の緩やかな階段を昇りました。初めての美容院は珍しかったらしくキョロキョロと落ち着きません。一緒に行ってくれた次女と笑ってしまいました。カットも丁寧でシャンプーもご丁寧に2回と、随分時間がかかりましたが、美容師さんも慎重に仕事をしてくれて仕上がりも満足のようです。鏡の中でshinもニッコリしています。帰りは急な方の階段にしましたが、手すりが左側にあったので落ち着いて降りれました。ステッキ歩行は特に問題もありませんでしたが、昇りの階段は踏み込みが浅かったので、注意です。帰院予定時間の4時は過ぎてしまいましたが、病院の前のベンチで一休みする事にしました。院内にこれといったパブリックスペースがないので、ここにはいつも患者や家族が沢山います。病院玄関前は円形のスペースで回りにベンチが配してあります。大きな時計があるので病院スタッフには「時計台」と呼ばれているようです。院内の張り紙に、「6月から病院内全面禁煙」と書いてありました。そのせいでしょうか、ここで一服する患者も多いのですが、座るときは風下にならないように注意しないといけません。隣のスーパーから飲み物とおやつを買ってきて、お茶にしました。今日は適度に涼しく気持ちよい風が頬をなでます。次女もshinもホッとした感じで、ゆったりとしています。初外出がうまくいってよかったです。
2004.08.30
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2004 8/29(日)雨の日曜日。今日の男子マラソンでアテネオリンピックも終わりだ。ヤワラちゃんが金メダルを取った頃は連日の猛暑で大変だったが随分涼しくなってしまった。昨日の次女の部活や今日の長女の模試のため毎日早起きで少々眠い。小さい頃に比べれば身の回りの事には手がかからなくなり、私が出来る事は早起きと弁当作り、後は少々の心配くらいか。8月後半は小さなアクシデントが続いた。shinの掲示板と子供たちにそれぞれ。長女が学校から貰ってきたプリントに「小さな"さざなみ"に気をつけなさい」と書いてあった。決して守りに入った訳ではないが、何か続く時はやはり用心しないといけないのかもしれない。新しい季節は嬉しいが、やはり夏の終わりは寂しさが漂う。まぁ子供たちとバタバタと過していたら忘れてしまうのだけど。2003 8/29(金) *転院45日目*OTが午前中だったので病院へは4時ごろ行きました。今日は漢字と計算を自習しており、髭剃りも済んでいました。出来る時はこうやって出来るのだけど…。社会復帰はこんな日常生活がスンナリ出来るようになる事なのでしょうか。髭剃りの電池が切れたから買ってきてとリクエストです。入院の際に病院の電気は使わないようにと言われたので、電池タイプの髭剃りを使っていますが、よく見ると皆さん病院のコンセントを利用しています。中には外泊中は充電モードで帰る人も…。なぁ~んだって感じでしょうか。PTは右足を中心に屈伸、前屈、輪投げ運びなどをやりました。週に一度はストレッチもしてもらっているようですが、これは結構痛そうです。装具についてO先生に質問しました。「今のところ装具は着けたく無いと思っています」と言われました。運動機能が無くなっている訳ではないので、なるべく頭で考えながら足を上げる事を意識して欲しいとの事です。装具については様々で、絶対に着用したくないと言う人も多いようですが、自立歩行の一つのツールと考えれば選択肢になるのでしょう。shinはもう少し様子を見なければいけないようです。明日は偶数土曜日なので歩行距離などの測定日です。shinはその時に杖を借りて、そのまま持っておくように言われました。日曜日の外出時も杖を使っての歩行になります。
2004.08.29
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2004 8/28(土)電気製品を買いに行くと言うので両親と量販店へ行った。品物も決まり支払いになって、義父がカードが無いと言う。バックもポケットも探したがない。「出かける前にはあったでしょう」と義母はブツブツ。取りに帰ると言うので、義母を店に残して家へ。私は車で待っていたのだが、なかなか戻って来ない。様子を見に行くと「ナイナイ」とパニックになっている。もう一度バックの中を探してみようね…と声をかけ見てみると、バックの内ポケットにカードが入っているではないか。「おとうさん、ここに」義父はもう笑うしかないと言う感じでニヤニヤしている。高次脳機能障害の症状の一つに「半側空間無視」があるが、日常生活の中にも似たような事は起こる。見えているのに見えない、気付かない、無いと思い込む。義父だけでなく義母にも良くある事なので、私にも笑える余裕が出来たが…。私にもshinにもいつか起こることだろうか。2003 8/28(木) *転院44日目*今日はMRIの検査です。F病院にはMRIが無いので、車で1分の同じ系列病院へ行きます。F病院には専用のリフトカーがあり患者を乗せて一日に何回も検査や診察のために往復しています。shinはひと足早く車に乗っていたので私は後から追いかけましたが、MRIには私が早く着きました。予定より早く開始出来たので、2時過ぎには終わりました。「すごい音だったよ」と言いながらケロっとして出てきました。OTの時間に被るかな…と思っていましたが、余裕で間に合いました。OT待ちの間に隣のベットのNさんの奥さんと話ました。自宅が近い事が分かりましたが、息子さんも今入院中だそうで大変なご様子でした。PTは大きなエクササイズボールに座っています。お尻からつま先にかけて右側のバランス意識を高めるのが目的のようです。その後ルームランナーで歩きました。時速3.2Kに設定してありましたが、結構へろへろです。PTでは同室のKさんと少し時間が被るので、いつも担当のO先生と3人で笑い合っています。きついリハビリも何かしら笑いがあるのが救いです。SWの内田さんと話が出来ました。休職期間の延長申請、退院と社会復帰のタイミングがこれからの問題のようです。時として漠然とした不安ばかりにとらわれますが、問題点がはっきりすると気持ちも随分違います。
2004.08.28
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2004 8/27(金)shinも私も予定が無い日で朝からゆっくりする。今週午前中が部活だった長女は携帯を忘れて出かけたが午後、駅から電話がある。足を怪我したから迎えに来て…と言うのだが。夏休み中で便が少ないスクールバスが見えたので走ったら、張ってあったロープに引っかかってこけたらしい。ひざには傷テープをべたべたに貼って少し恥ずかしそうに私を待っていた。傷の手当てをしながら長女の子供の頃を思い出した。次女に比べて怪我の少ない子供だったが、消毒する時の顔のしかめ方は小さい時と変わっていない。2003 8/27(水) *転院43日目*2時過ぎに家を出ましたが忘れ物を思い出し引き返しました。いつもと違う道を通るとすごい混みようで、随分時間をロスしてしまいました。OTまでの僅かな時間でしたがデイルームでshinと文章題を少しやっているとUさんとKさんの登場です。看護師さんとの行き違いがあったらしく二人とも何やらフンガイしています。まぁまぁと皆で梨を食べました。今朝も三人でSTの宿題をやったらしく、すでにSTの宿題は完成していました。この三人はどんな遣り取りをしながら宿題をやっているのでしょうか。ちょっと興味があります。OTの見学はパスして休憩時間にしました。暖かいコーヒーを飲んで少し眠ると、随分体が軽くなりました。PTは実習生も沢山いていつもより賑やかです。今日はタンブルフォームと言う柔らかく大きいスタンドを等間隔に置いてあります。shinはスティックをのせたボードを持ち早く通り抜けなくてはいけません。O先生はストップウォッチを持って、まず実習生のタイムを計りました。障害物競走です。実習生のタイムは11秒でした。shinは1回目は23秒です。O先生はshinの真似をしながら無駄な動きを注意していました。shinの顔が負けん気モードになっています。2回目は21秒でした。またしてもO先生の勝ちのようです。O先生も本当に色々と工夫をしながらリハビリをすすめてくれています。家族として感謝です。shinは分かっているのでしょうか。病棟でK先生に週末の外出OKを貰いました。すぐに美容院に予約を入れました。
2004.08.27
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2004 8/26(木)明け方、モーニングコールで目が覚めた。私の耳元でブーンと飛ぶのは蚊。こんな時目が覚めるのは絶対わたし。shinは鳴かれた事がないと言う。本当かしらん。気づかないだけだったりしてね。で、もうちょっと寝たかったので扇風機を回してタオルケットを被って寝たのだけれど。shinは午前中スポーツ講座。今日も卓球だったらしいが来週は文化講座があり、その後2回が水中walkingで終了。午後からはPTの予約を入れていたので間で昼食と買い物と移動をせねばならず、結構shinにはハードだったようだ。9月のPTも木曜日に予約を入れたので、忙しい1日になるようだが、この暑い8月も大丈夫だったので何とかなるだろう。TVで「イ○ッサ」と言う薬の副作用がニュースになっていた。実家の父がしばらく飲んでいた薬だ。幸か不幸か父には効き目が無かったので服用はしばらくして止めたが、複雑な気持ちだ。半端な目覚めのせいで一日ボンヤリしていた。今夜は蚊取りマットをセットして早めに寝よう。2003 8/26(火) *転院42日目*午前中次女の予防接種に出かけました。4月に接種票をもらっていたのに、またウッカリしていました。スーパーの駐車場からちょっと歩いたためか、接種前に体温がなかなか下がらず1時間ほど待ちました。今日の先生は小学校の校医でもあるのですが、shinが退院してからのホームドクターも探しているのでちょっと興味ありです。50歳代の先生でしょうか。ちょうど話題になっている「風疹」の予防接種についても丁寧に説明してもらいました。F病院では殆どの患者が杖歩行か車イス移動です。shinの病院内での移動は車イスです。それも自分ではなかなか操作出来ないので、誰かに押してもらっています。脳血管系で入院している人は、手の障害もあるのでなかなか上手に操作できません。それでもリハビリが進んだ人は、車イスに座って両足の踵を歩くときのように前後に使い、車イスを動かしています。病気や整形系で入院している人は、両手で上手く操作しているのですぐ分かります。shinの場合、右手の感覚も問題です。マヒがある方の感覚が薄いため、右コーナーを曲がるときやトイレなど狭い所を通る時などに壁やドアに右手をよくぶつけています。車イスに座っている時は右手はひざの上に置いてねと言っているのですが、なかなか覚えられません。怪我や骨折が心配でおまけに私もうっかりで、ヒヤヒヤする事が度々です。今日は火曜日でPTはK先生です。PT室はいつも何か音楽がかかっています。ジャズやポップスなどが多いのですが、だいたいノリのいい曲のようです。この前から気になっていたのは、チャイニーズな感じの曲です。太極拳などに合いそうな気がしますが、今日はCDプレイヤーの所まで行ってチェックしてみました。CDケースに「女子十二楽坊」とありました。娘に聞いてみると「今流行ってる中国人の女の子のグループだよ。皆すごいテクニックを持っているらしいけど」と教えてくれました。時としてシンドいリハビリを少しでも応援するための音楽でしょうか。PT室に行く楽しみも増えました。ちなみにOT室ではいつも民放FMがついています。これも私が好きな局です。
2004.08.26
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2004 8/25(水)夜もPCを触っていたshin。私に質問するが、ノートに質問を書いていってインストラクターに聞いてみてと答えた。ヤル気もあるようで、ちょっと安心。午前中がPCで午後から地区センターの予定で、9時には出かけた。ほぼ一日のスケジュールをこなすのは、体力的にも集中力の面でも大事だと思うので、どんどん出かけて欲しい。昨夜のTVで障害者雇用についての番組があったらしい。私はうっかり見落としたのだが、この日記を読んでくれているTちゃんの掲示板でも話題になっていた。また訪問PTのT先生からもメールが来ていたのに、気付かなかった私。本当にウッカリだ。再放送を期待しよう。午後から次女の眼科。3歳児検診でチェックが入り、それから定期的に受診していたのだが、年度が変わりスタッフが大幅に変わっていた。小さい頃はメガネの子も少なく、本人もかけるのを嫌がったりしていたのだが、高学年になるとクラスの半分はメガネをかけ、何とも無くなったらしい。特に変わった事も無く、次回は春休みの予約。また忘れそうだ。2003 8/25(月) *転院41日目*今朝からラジオ体操です。夏休みも昔のようにずっとラジオ体操がある訳ではなく、登校班単位で希望があればどうぞ・・・の時代です。子供たちは早起きしたくないようですが、夏休みの終わりに学校モードになるためにする所が多いようです。残っていたオープンキャンパスに出かけます。前回とは学部を変えたので、私が聞いていてもなかなか面白い説明でした。終了後、学食でお昼です。定食を頼みましたが、タカナともやしの炒め物がユニークな味でした。偶然にもshinの会社の近くだったので、場所をチェックしました。駅からはそこそこですが、自宅からは2時間コースです。遠いな…と思いました。通勤もストレスになっていたのでしょうか。今日も信じられないくらい暑く、帰りの路線の選択も間違ってしまいました。 病院には夕方着きました。PTのO先生に土曜日の歩行訓練の様子を聞きました。疲れてはいたものの特に問題も無かったようです。「今週末に散髪に行ってみようかと思っていますが」と尋ねたら「いいですね」と答えてもらいました。長女も私も疲れていたので、早めに帰りました。
2004.08.25
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2004 8/24(火)今日からshinのPCスクールスタート。まずはワードから始めるらしい。ケアマネージャーのKさんの訪問日。両親、shinの面談の後、中学生の次女の職業調べのアンケートに付き合ってもらった。その中で自分を大切にしていないと相手を受け入れる事が出来ない…との答えにハッとさせられた。私と両親との関わり方も考えさせられる。特にこの一年はshinの事もあり、じっくり話を聞いていない。もともとセッカチなので先に結論を言ってしまうのは良くないと分かっているのに、つい時間を気にしてしまう。shinや子供たちとの関わりもそうだ。去年、「一呼吸おいて」と強く思ったはずなのに…。気をつけよう。夕方、高校の同窓会のMLで訃報が届いた。同級生が亡くなった。くも膜下出血だったらしい。ご冥福をお祈りする。合掌。2003 8/24(日) *転院40日目*朝から暑く、洗濯物もよく乾きます。午後から病院です。先に次女を病院で降ろし、私は買い物を済ませました。次女は「お父さんと勉強しとくね。私が先生だから!」とちょっと嬉しそうに言います。私が病院に着いたのと、同室のUさんが外泊から帰ってきたのが同じタイミングでした。Uさんはニコニコといい顔をしています。外泊の様子を聞いてみると、Uさんは「楽しかったよ。久しぶりにお風呂に入れて気持ちよかった」と笑顔で答えます。一方奥さんは「疲れたぁ~」と一言。昨日今日の暑さはすごいので、ご家族は大変だったでしょう。外泊は患者の気分転換だけでなく、退院に向けてのシュミレーションの意味もあります。これから先、家の中に何が必要か、家族はどう対応しなくてはいけないのか…等など、実際に生活してみて分かる事が重要だそうです。Uさんは高齢のご夫妻なので,体力的にも大変な部分がおありでしょう。shinも9/14,15と外泊を予定しているのだけれど、大丈夫でしょうか。ちょっと心配。デイルームでSTの宿題をしているとKさん登場です。今日の言葉集めは「電気製品」がテーマです。shinはなかなか言葉が出てきません。しばらく黙って見ていたKさんが、じれったくなったようです。私がヒントを出し、Kさんが答え、shinが書く…こんな展開になりました。まぁいいか。
2004.08.24
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2004 8/23(月)今朝はすっかり涼しくなって驚いてしまった。女子マラソンは野口みずきが金メダルで後の2選手も入賞。ハンマー投げの室伏は銀メダル。本当に皆すごいがんばりだ。これって偶然なのだろか、それともはじめのヤワラちゃんから始まった良い循環なのかしらん。義父は女子マラソンをライブで見たらしく、朝から興奮して起きてきた。う~ん私より体力あるし。でもこんな意欲が大事なのかも。今日から長女は部活で弁当がいる。でも私の頭はオリンピックモードのままで、隙間だらけ!の弁当箱になってしまった。ミニトマトとプルーンでごまかす。ごめんね。shinはSTとOT。二つリハビリがあるので午前中から出かける。入院仲間のYさんとKさんに会ったと言って帰ってきた。2003 8/23(土) *転院39日目*午前中子供たちの用事を済ませ、2時ごろ病院へ着きました。身支度を済ませてデイルームで学習です。漢字、算数をやっているところへOTのI先生が通りました。「ふーん、○さん結構小さな字を書いていますね」と言われました。OTやPTの先生方はリハビリ室だけでなく、他の患者を病室まで送った帰りに別の患者をチェックしたりと、細かい目配りをします。そしてその情報は患者に関係する他のスタッフと共有するようです。情報の伝達は早く、恐るべし…です。でもこのお蔭で安心してリハビリが出来るのだと思います。学習の後で休憩しているとKさんがやってきました。丁度おやつの時間だったので、一緒にブレイクです。今日は午前中PTのO先生と病院外歩行をしたようです。歩行のリハビリは病院内だけではなく、近くの駅までのコースを使う事もあるようで、緊張した面持ちの患者とPTの先生をよく見かけます。病前は何ともなく歩けた道も、階段、段差、歩行者…など沢山のバリアがあります。O先生は「歩けると言う事は、ただ足が使えるだけではなく目に入るいろんな情報を処理しながら前に進めなくてはいけませんから、大変な作業です」と言われました。ナルホドと思います。感想を聞いたら「かなり緊張したよ」と言っていました。月曜日に先生に様子を聞くことにしましょう。同室のUさんは週末外泊だそうです。今日はクラクラするほど暑くなりました。
2004.08.23
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2004 8/22(日)今日は私の○○回目の誕生日だ。Zさんから可愛いバースデイカードメールが届いた。Zさんのこんな心遣いが嬉しい。ありがとう。私と弟は月は違うがどちらも22日生まれ。父は21日がお給料日だったらしいので、このタイミングは大変な?親孝行だ。父が欠かさず撮ってくれた誕生日の写真には、いつも絞り出しクリームがピンと角立ったケーキと私が写っている。エアコンも無い昔、母はどんな工夫をして暑い最中にこんなケーキを作ってくれたのだろう。母になった頃から、自分の誕生日は嬉しさより「母」と「父」への感謝の気持ちが大きくなっている。その両親からFaxが届いた。「○○歳の誕生日 貴女が生まれた日もとても暑い日でした。○○年も過ぎたのかと思うと時間の過ぎるのがとても早く思われます。…若くして逝った私の母を思うと今の毎日は感謝の日々です。生きている事の重さをしみじみと思います。…」母の生い立ち、5年前の病気と再発、父の病気などいろんな思いを込めてのFaxだろう。高校野球の逆転、逆転、また逆転の超劇的な決勝戦が終わり夕方から雨が続いている。夏の終わりも近いのだろうか。2003 8/22(金) *転院38日目*肩こりと腰痛がひどいので鍼に行きました。しばらくご無沙汰でしたが先生は今日が私の誕生日だと覚えておられ、「ロウソクの代わりよ」とお灸でもしっかり治療してもらいます。私の話もよく聞いてくれる方なので、体も気持ちも少し軽くなりました。午後から病院です。病室へ入るとたまたま居合わせた看護師さんが「○さん奥さんに何か言うんだったでしょ」とshinに言葉をかけました。「あ、そうだ。お誕生日おめでとう」とshinが言いました。昨日気まずい感じで帰り、気になっていたのですが私の誕生日を覚えていたようです。うれし。1時間ほど漢字と算数をして帰りました。鍼の後は体もちょっとだるく、OT・PTとも見学はパスです。夜、両親から「お誕生日おめでとう」Faxが届きました。父は正確な年令を書いてくれていましたが、母は20歳も年令を間違えています。早速電話すると「ごめんごめん、20年も先の事まで心配したのよ」と言っていました。久々に大笑いです。
2004.08.22
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2004 8/21(土)午後からshinとPCスクールに申し込みに行く。14年のキャリアで見る目はさすがに確かでshinのレベルもちょっとPCに触らせるだけで、だいたい分かってもらえたようだ。ちょっとの指摘が「目から鱗」の教えばかりで私も習いたいなという気持ちになる。すかさず私まで勧誘するのはさすがと思ったが、しばらくはshinの様子を見て、それから考えよう。来週の予約をして帰る。次女が「体調が悪く部活を休みたいので顧問に連絡して」と電話してきたが「自分でかけなさい」と冷たく反応してしまった。最近ちょっと不調が続き、弱気になっているようだ。帰宅すると姿はなく、結局部活へ行ったらしい。夕方、ケロッとして帰ってきた。なぁーんだ、心配したのに。長女は生物のレポートの宿題と言って、近くの動物園へ行った。夜は撮ってきたデジカメの写真をPCに取り込み、プリントアウトする。オカピーはどれもあさっての方を向いたり、お尻を向けたり…。とりあえずカメラマンには向かないようだ。2003 8/21(木) *転院37日目*昨夜は義母が「shinに会えば泣いてしまいそうで、涙を流すのが怖かったのよ」と私に語りました。う~ん、親ってそんなものなのかな。しかし胸のつかえがひとつおりて、私もホッとしました。午後、洗濯機の配達を待って病院へ。(それにしても防水パンの埃はすごかった)乾燥機能つきにしたので、これからは天気が悪くても大丈夫です。(きっとこれから晴れるでしょう)最近肩こりがひどいので明日は鍼に行く事にしました。予定をshinにも話しましたが、鍼の後は体がだるくなるので早く帰る・・と言ったのがshinは面白くなかったようです。「こんなに近いんだから(ってちゃんと距離を分かっているのかどうか)誰か来れるだろう」と言います。私も疲れがピークのようでカチンときました。精神的にもちょっと余裕が無いのは自覚していたのですが。2~3日休めたらいいなと思いますが、PTの前にケンカのようになったのはちょっと反省です。昨日の事もあり気持ちもゆるんだのでしょうか。何となく気まずいまま帰ってしまいました。
2004.08.21
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2004 8/20(金)昨日はスポーツ講座の後THさんのお見舞いに行き、りんごジュースを2本貰ってきたshin。1リットルの瓶を2本ビニールの袋に入れて、カチカチいわせながら帰ってきた.「割らないかとすごく気を使った」とヘロヘロだったが、左手に杖、右手に割れ物の袋では疲れただろう。でもちょっと可笑しかった。バックの中に入っていたウエアをクッションに使う事は思い付かなかったらしい。久々に訪問PTのT先生が来てくれる。ご家族もすでに退院されたようで、お顔も心なしかホッとしているような…。両親のリハビリが済み、shinと面談。「あれ、shinさんお顔が締まった感じだけど何かありましたか」とスルドイ指摘。さすが先生と思いながら「へへへ、この前私がイジメました」と答えたら、「いいですね、表情もしっかりなってきていますね」と言いながらshinに近況を聞いたり、今後の予定を確認したり。病院関係以外でこのような指摘をきちんとしてくれるのは、このT先生とケアマネージャーのKさんだ。本当に私にもshinにも心強い存在。有り難い。2003 8/20(水) *転院36日目*今日は約70日ぶりに両親がshinに会いました。やっと気持ちの整理がついたのでしょう。「先にお父さんと勉強しておくね」と子供たちはひと足早く病院へ行ってくれました。デイルームで久々の再会でしたが、私は何となく外した方がいいかなと思い、買い物にでました。どんな話をしたのか分かりませんが、戻ってみると3人ともいい顔をしているので、良い対面だったのでしょう。shinも嬉しかったようです。私もホッとしました。デジカメで3人の写真を撮りました。静岡の弟達にも報告しておこうと思います。担当看護師のIさんから「最近調子がいいので、日中のオムツを外して普通のパンツにしてみましょうか」と提案されました。転院当初にも、いずれ…と言われた事がありましたが、一時はトイレ事情も思わしくなく、本当にそんな日が来るのかしらん…という気持ちもあったので、とても嬉しく思いました。病院スタッフの手間より患者の状態で環境を選択してくれるこの病院のスタンスに感謝しました。5時からのPTも両親は見学しました。PT室にいても年齢的には違和感がない二人ですが!、shinのリハビリの様子を真剣に見学しています。ちょうどPTが同じ時間だったKさんの奥さんも、私のところに来て「ご両親が来てくれて良かったわね」と喜んでくれました。病棟に戻ると看護師のIさんも両親の面会を喜んでくれました。皆にとってじんわりと嬉しい日となりました。
2004.08.20
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2004 8/19(木)相変わらず暑い日が続くが、起きると魔法のように必ずメダルが増えている。まだ弁当を作らなくてよいので30分はTVの前に座れ、私のゴールデンタイム。ボーッとした頭もオリンピックニュースを見ていると、みるみる目覚めてくるのが嬉しい。午前中shinはスポーツ講座に出かける。メニューは今週も卓球で、shinも「王子サーブを打ってみよう」等と言いながら張り切っていた。ウエアとシューズを入れるとshinのカバンはパンパンになっている。午後からは入院仲間のTさんとスポーツ施設の隣に入院しているTHさんのお見舞いに行くらしい。昨夜Tさんに電話して時間や場所を再確認していた。2003 8/19(火) *転院35日目*2時ごろ病院着。今日は一人で髭剃りを済ませていました。後始末は細かい作業のため、まだできませんが。4時前のOTまで漢字の書き取りとSTの宿題をします。デイルームといっても区切られた部屋ではなく通り道になっているのでしょっちゅう人が通り、shinを見て行きます。私は無理矢理勉強させてる教育ママのようです。午前中デジカメで我家の階段、段差、出入り口を撮影しました。OTの時にI先生に見せ、早速病院のPCに取り込んでもらいました。この後、退院までにshinの状況を見ながら手すりの位置や改修などについてのアドバイスがあるようです。「今まで写真は現像してもらっていましたが、デジカメで貰ったのは○さんが初めてです」と言われました。火曜日のPTはK先生の担当日です。準備運動の後、仰向けのボール投げ、輪投げ。ひと足ずつの直線歩きで前進とバック。随分足取りもしっかりなってきましたが、さすがにバックはよろけています。その後、廊下の歩行と階段昇降です。最近はPT室内の階段ではなく建物内の階段で練習するようになりました。久しぶりにYさんと会いました。彼女もリハビリ頑張っているようです。お互いに家の事や子供の事などを話しました。明日は両親が面会に行くと言っています。shinにもそう伝えました。微妙な顔をしていました。
2004.08.19
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2004 8/18(水)昨日の私のイジメに耐えたshinは、朝一で電話をかけていた。先週見学したPCスクール3校のうち、2番目に見学した所に決めたらしい。私も総合的に考えて良い選択だと思う。土曜日に打ち合わせに行く予約をしていた。よしよし。午後からは地区センターのリハビリ教室に出かける。湿度も温度も高く暑い午後だったが、夕方元気に帰宅した。去年の夏は日に焼ける事もなく、顔色もイマイチだったが今年は健康的に焼けている。一人で出かける事が出来るようになったのは本当に感謝だ。今日は入院仲間のYさんが職場復帰を前に気管切開の跡の形成手術を受ける日だった。F病院には喉元にガーゼを巻いたり、傷跡がある人が少なくない。入院当初は何故だか分からなかったが、殆どの人が自力呼吸が出来なくなって気管切開をし、人工呼吸器を着けた跡なのだ…と分かった。Yさんも例外でなく急性期に入院した病院では、ICUにも一ヶ月近くいたとか。今もリハビリは続けておられるが、歩行時のふらつきが抜けず、通勤手段の確保のために運転免許の取得に励まれ、見事卒業検定も合格された。「入院となるとベット待ちになるので日帰り手術にします」と掲示板にも書き込みがあったのだが、やはり針と糸を使うのに日帰りはきつかっただろうが、無事に終わって何よりだった。2003 8/18(月) *転院34日目*朝からウイルス駆除がやっと出来ました。サポートセンターの指示通りにクリックを繰り返し、正常な状態に戻すことができました。ヤレヤレ。昼食前に義母からshinに渡すようにと短歌を預かりました。先日の誕生日のメッセージを読んでの心境を歌にしてあるようです。いい機会なので早くshinに会って欲しい…と何回目かのアピールをしました。両親の気持ちも分からないではありませんが、shinも「なんで来ないんだ、どうして会ってくれないんだ」と事ある毎に言います。こんなに近くにいるのに、会わないのはやはり変です。早く気持ちの区切りをつけて欲しいと思います。今日からOTの前に1時間程度勉強の時間を取ることにしました。漢字の書き取りと算数の文章題。書字と文章を読み取る練習から入ろうと思います。数日前からshinとも相談していたので、スンナリとスタートできました。テキストは小学生用なので、その点もよく説明しました。(中には自分を子ども扱いにするのか…と怒ってしまう人もいるそうです。失語症も人により症状が様々なのでこれと言ったテキストも無いのが現状だそうです。でもいいテキストがあれば…と切に思います)母の短歌を見せました。「早く来ればいいのに…」と涙声で言いました。内容は分かったようです。OTはマッサージをしながら介護保険や身障者手帳についてI先生の話を聞きました。OTは座ってのリハビリが多く先生との距離も近いため、いろんな話が出来ます。I先生も親身になって話を聞いてくれます。感謝です。籐編みは籠の底の部分ができ、これから立ち上げていくそうです。どんな籠になるのか楽しみです。PTは久々にO先生のリハです。ボール投げの後、両脚に重りを着けて歩行です。リストバンドを大きく重くしたような重りは2kと5kを使いました。足を持ち上げる事を意識させるためのようです。以前初めて昇った段差で、今日は両足ジャンプです。3度目で両足揃えて上がる事が出来ました。1週間ぶりのO先生のリハビリにshinはヘロヘロでした。帰りに量販店に寄り洗濯機を見ました。水漏れもするし、天気は悪く乾かない日が続くので買い換える事にしました。
2004.08.18
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2004 8/17(火)また(!?)shinを苛めてしまった。制度についての問い合わせを役所にしなければならなかったのだが、shinに任せたのにちっとも動かない。病前から先送り体質があったので、高次脳のせいかもともとの性格か分からないところがあるのだけれど…。でも自分の高次脳は意識して行動するように言ってあるので社会復帰をした後の事を考えても、イヤな事・面倒な事は逆に優先順位を上げて欲しいと思うのだが。私が言う事が今のshinにはシンドいレベルなのだろうか。家族でなければ、もっと冷静になれて「時間をかけて」と思えるのだろう、きっと。あーぁ、こんな時の私ってキツイ顔をしているのだろうな。一年前にも「優しくして欲しい」と言われているのに、進歩がないのは私の方かも。(去年の昨日の分はちょっと青かった)2003 8/17(日) *転院33日目*今日からノートは3冊目になります。転院から1ヶ月が過ぎ、やっとこの生活にも慣れたように思います。F病院は五階建てですが、玄関があるフロアーはG階と呼ばれOT・PTのリハビリ室や室内プール、種々の検査室、外来診察室や受付などがあります。入院患者も外来患者も同じリハビリ室でリハビリを受けますが、広いPT室は真ん中に壁はありませんが左右で患者が違う事が最近分かりました。入って左側では病気や怪我・事故などでのリハビリが行われています。一方右側は脳血管障害を持った人たちのリハビリ用のスペースです。先生方も夫々分野があるようで、右先生と左先生に分かれています。1、2階はOT室と一部外来の診察室を除けば病室です。このフロアーは病気、怪我・事故などで入院している人たちが主にいます。H病院で一緒だったYさんの部屋は1階です。shinがいる3階は脳血管系の疾患の患者がほとんどのようです。1、2階に比べれば日常生活の自立度も低く、その分スタッフの負担が多いと言えるでしょう。4階は用が無いので上がった事はないのですが心臓リハビリ系のフロアーだそうで、3階とはまた違った雰囲気があるとか。1ヶ月経つと家族の方ともいろいろとお話をする機会も増え、家族の悩みや不安なども話す事があります。同室のKさんの奥さんはとてもサッパリした方で、私もお姉さんのように話ができます。Kさんも奥さんも娘達にも気持ちよく接してくれ、子供たちもデイルームでKさんとよく話をしています。今日は子供たちと病院へ行き、トランプをしたり漢字の書き取りをしたりしました。夕方早めに帰ると「あら、3人一緒に帰ったらshinが淋しかったよね」と義母が何気なく言いました。日曜日でも来れない家族もいるのです。「じゃあそろそろおかあさんが行ってみますか」と言いたいのをグッと堪えました。PCの会社から留守電が入っていました。明日の約束だったので出かけたのに、1日早く電話があったようです。はぁ~タイミング合わない!
2004.08.17
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2004 8/16(月)今朝も日本選手の活躍のニュース。本当によく頑張っているなと嬉しくなる。毎年夏休みは祖父のいる海辺の町へ行っていたが、特に小さい頃は目が覚めると「はい、おめざ」と言ってお菓子を貰っていた。「おめざ」は「お目覚め」の事だったのだろうと今にして思うのだが、今の私の「おめざ」はオリンピックで頑張っている選手達の活躍ぶりだろう。オリンピック選手のお蔭で、今は亡き祖父の事を思い出してしまった。昨日の涼しさがまだ残っていて心地良い。夏休みも残り2週間になり、子供たちも少し焦っているようだ。高校野球とオリンピックが終わったら8月も終わりだろう。この暑さででヤケドをしたようになって葉を落とした夏椿。よくよく見たら新芽を出している。猛暑は植物のサイクルを変えたのだろうか。shinの掲示板は新しいメンバーが増え、本人も嬉しそうだ。地区リハやスポーツ講座で一緒になった方たちだが、50歳代という年令も結びつきの一つかもしれない。2003 8/16(土) *転院32日目*本当に毎日雨ばかりです。洗濯物も乾かず困ります。今日は1:40からSTです。数字にはかなり反応できますが、身辺の名詞には相変わらず薄いです。デイルームでSTの宿題をやりながら、今後の1ヶ月について話しました。今まではOT・PTに時間を合わせて来ていましたが、これからはOTの前に着くように来て一緒に漢字と文章題をやり、リハビリの見学をしたら夕食は見ないで帰るようにしてみよう。OT・PTについてはかなりの効果が期待できそうだが、STについては家族の関わりがかなり必要と思われるので、時間の使い方を変えてみよう…とshinに提案しました。昨日と同様黙って聞いていましたが、自分に関する事なので納得するしかない…と思ったようです。ただ私に対してもリクエストがありました。もっと優しく接して欲しい・・・・と。そんなに邪険にしているつもりは・・・無いのですが。H病院にいた頃は笑顔を忘れずに…と常に思っていたのですがいつしか忘れてしまったのかもしれません。反省。PL高校と当たった福井商業のピッチャーが9回裏のピンチを切り抜けて勝ちました。インタビューの中で「ピンチを楽しむ」と言っていました。高校生にしては出来すぎの言葉とも思いましたが。そうか、ピンチを楽しむ。shinの病気もピンチ、PCのウイルスもピンチ、あれもこれも今の私の回りはピンチだらけかも。そうであれば福井の若者が言うように、楽しむのも手じゃないか。ただ潰されてしまうよりは楽しんで負けたほうがまだ良い。勝てたら、イヤ乗り越えられたらもっと良い。そのためにはどうやったら楽しんで乗り越えられるかを考えなければいけない・・・・そう思いました。家族に対しても「一呼吸おいて」接する事にする。これはshinの病気だけではなく私の転機でもあり、自分のイヤな所は変えていく勇気を持たなくては…。明日からリハビリ病院も2ヶ月目になります。
2004.08.16
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2004 8/15(日)明け方の雨音で目が覚めた。外に出てみると、涼しいと言うより寒い感じ。温度計は20度を切っている。こんな時は~朝ごはんはホットケーキで決まり。ちょっと温度が下がると食べたくなる…って言うか作りたくなるのだ。子供たちも鼻をヒクヒクさせて降りてくる。ホットケーキ如きで喜ぶなんて…ナント安上がりな子供たちであろうか。(育てたのは私ですが)子供たちは二人で映画を見に行く。部活や夏期講習でタイミングが合わず、「15日しかない」と言われて木曜日に先売りチケットを並んで買ったのだ。夕方は子供たちと合流して久々に4人で外食した。食事の前に「ちょっと早いけれど、お誕生日おめでとう」と私の好きな平井堅のCDをプレゼントしてくれた子供たち。ありがとう。なかなかイイ母さんになれないけど努力はするからね。アテネでがんばっている選手には悪いけれど、深夜放送にはとてもついていけない。なので朝一番のTVはとても楽しみで、今朝もヤワラちゃんや野村選手の金メダルは嬉しいニュースだった。しばらくは早起きも苦にならないかも。2003 8/15(金) *転院31日目*4時に病院へ着きましたが、PT・OT共に時間の変更があり間に合いませんでした。リハビリのない夕方の時間は、夕食までが長くとりとめも無いものになってしまいます。単フレーズを聞く→覚える→言う をやってみましたが病室では集中できない事が分かったので、次からデイルームでやろうと思いました。shinも落ち着いた状態だったのでリハビリについての私の考えを話しました。OT・PTについてはさほど心配はしていない事。今shinに積極的にやってほしいのは言葉・思考に関する訓練だという事。テキストや参考になる本を布バックに入れてベットサイドに置いておくから、午前中は読むようにして欲しいと言いました。shinは一応真面目な顔をして聞いてはいましたが、「やってみる」とも「いやだ」とも言いません。でもこれはshinが一人でやるには限界があると思います。そして時期的な問題もあるかもしれません。私の時間の当て方を変えてみるのも一つの方法かもしれません。雨が続き温度も低いので、長袖のTシャツを着る事にしました。転院するときに買った半袖パジャマは…結局着ませんでした。
2004.08.15
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2004 8/14(土)体調が悪くて部活を休んでいた次女も今日は行けた。帰ってくると汗ビッショリでドロドロのTシャツが何枚も洗濯機に投げ込まれる。「またか」と思いながら、まずブラシでゴシゴシ擦るのだが健康で汗をかける生活に感謝をしないといけない…と思う。山形の知人から送ってきた大きなスイカをお昼に食べた。冷蔵庫のキャパを理由に、私は食べ切りサイズの小玉かラグビーボールしか買わないのだが、大きいのはやっぱり美味しい。皮の部分も再利用で夕食のテーブルにのった。こんな時、子供たちは「あれ、スイカの皮って美味しいね」と反応してくれる。木曜日に病院で受け取った書類を金曜日にコピーし、土曜日に郵便局へ行ったshin。(1週間とか言う歌があったけれど)毎月会社の健保へ提出する書類の申請から郵送までをやっと一人で出来るようになった。「次回は受け取った日にコピーもしてきてね」と頼んだ。shinが病気になってから扱う書類が増えた。どんな事でもまず申請しなければ始まらない。知らなければそのまま…ってのも多い。家族がいない人やいても時間が取れない人など、どうやってるのだろうか。嬉しい知らせ。掲示板仲間でshinの入院仲間のYさんが、とうとう運転免許の卒検に合格した。職場復帰のために教習所に通いだして4ヶ月あまり。本当に偉いと思うし、教習所までの送り迎えはお仕事を持つ奥さんがずっとなさったようで、これも頭が下がる。仲間の頑張る姿は、また他の人にもエネルギーとして伝わると思っているので、これからも掲示板は続けたい。2003 8/14(木) *転院30日目*朝から雨が降り気温も低く淋しい天気で、何だか体に力が入りません。こんな日はジワ~としていたいな。PC対策は相変わらず出来ません。サポートセンターにも電話も繋がらないので、メール・インターネットは使えません。こうなるとPCってただの箱です。OTの途中から見学です。書字の時、左手で右手を握って書いていましたが、今日は右手のみで練習しています。結構大変そうです。I先生とも相談し、9/14,15の外泊予定をこれからの1ヶ月の目標とする事にしました。外泊に合わせて、トイレ・洗面・お風呂…等のレベルアップをはかろうとshinと計画を立てました。トイレへは車イスで入りますが、車イスのブレーキ・起立・方向転換・ズボンの上げ下ろし等もほぼ一人で出来るようになりました。先日、私がいないタイミングで長女がトイレに付き合ってくれたようですが、そんな事もshinのヤル気に影響しているのでしょうか。それはそれでいいと思うし、私はむしろトイレに一緒に入ってくれた長女の行為が嬉しかったのです。PTは今日もK先生の担当です。仰向けに寝て大ボールに両足を乗せて左右運動をした後、普通サイズのボールで先生とキャッチボールです。先生はわざとコースを外したりして、shinのとっさの動きを引き出そうとしています。もともと球技は好きなので、shinも楽しそうにやっています。H病院では転落防止のため抑制帯をしていましたが、こちらに来てからはベットの足元にナースコールマットが敷いてありました。ベットから転落したり、一人で勝手に動いたりするとナースセンターでチャイムが鳴ります。落ちた事はありませんでしたが、掟破りでしょっちゅう鳴らしていたようです。でも今日、マットが外してありました。担当看護師さんに確認すると「○さんはもう必要ないでしょう」と言われました。一人一人の患者の進歩を確認しながら、先に進ませてくれる病院の姿勢に嬉しくなりました。入院してからずっとベットサイドにカレンダーをかけ入院日数を記入していました。ここ数日、私が記入する前にshinが書いている事が多くなりました。決してきれいな数字ではありませんが、shinが自分でやり出したのは評価できます。ニジュウマル。
2004.08.14
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2004 8/13(金)リハ科のDr.Kの診察日。先週貰ったH病院のMRIの写真を持って行く。F病院では昨年8月にMRIを撮っていたので比較して見せてもらった。微妙に角度が違いピッタリ重ねる事は出来なかったものの、新たな出血や梗塞もなく問題はない…と言う点ではH病院のDr.Iと同じ見解。shinは左視床で出血したのだが、当初は出血の方向が特定できず運動神経や言語中枢も相当なダメージを受けているようなので、「重度障害」間違いなし!と太鼓判を押されてしまった。が、時間が経ってみると出血の方向が脳室内だった事が分かった。脳室は髄液のプールで1日3回入れ替えがあると言う。その中に血液が流れ込むとオーバーフローしてしまうので、緊急のドレナージ挿入手術が行われたのだった。水頭症の危険があったものの、思ったよりマヒが軽く歩行も出来るようになったのは、この血流の向きのためだった…と言えるだろう。このあたりの事をDr.Kは写真を見ながらshinに説明してくれた。一人で30分位の時間をとってしまったが、必要な時に必要な説明をキチンとしてくれるDr.Kには頭が下がる。夕方水撒きをする。今年は朝顔も大好きな夕顔も植えなかったので、ちょっと寂しい。この猛暑で夏椿や千両、アジサイの葉が火傷したようになり随分葉を落としている。今の楽しみは、この前生協でとった「棉」。オクラの花のような黄色い花が咲いた後、だんだん固く実になってきているのが分かる。これがどんな風にワタになるのかがちょっと楽しみ。植物の間は「棉」で糸偏になるのは繊維になってからだとか…。クリスマスのリースに使えるほどできるかしらん?2003 8/13(水) *転院29日目*今日はOTは休みでPTが2時からになりました。同室のKさんの奥さんと一緒になり、リハビリを見学しながらいろいろと情報交換をしました。奥さんは私の母より少し若いかな…。でも頭の回転も早く、話していても気持ちの良い方です。3時過ぎごろshinの弟夫婦がお見舞いに来てくれるというので、shinも楽しみにしています。発病後初めて会うので、shinも興奮しているのが分かります。でも同じ話題を2度3度…。弟たちもどう対応してよいか戸惑っている風です。「自分が話している事の記憶があまり無いようです」とSTのS先生が言われましたが、その通りだと思いました。発病当初から会う機会があれば、shinの回復度もわかるのでしょうが、遠くに離れている上に特に電話がかかる訳でも無く、弟たちにすれば今日のshinがすべて…でしょう。先日母がshinの回復ぶりをとても喜んでくれましたが、何だか無邪気に喜んでいるshinが可哀相になりました。こんな風に思う私が変でしょうか。夕方自宅に来た弟の家族と夕食を一緒にしました。独自のテンポを持った一団なので、たまに会うとすごく疲れます。PCが不調です。どうやら今騒がれている、「ブラスター」に感染したようです。サポートセンターに電話しますが、まったく繋がらずラチがあきません。
2004.08.13
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2004 8/12(木)子供たちが日曜日に映画を見に行くらしい。でもH病院近くの映画館では土日分のチケットの「先売り」をするらしく、当日券はあまり無いとか・・・。部活が休みの次女と「先売り」を求めて列に並んだ。8時過ぎから並べたので、欲しい時間のチケットはゲットできたが、こんなの何かヘン!午前中shinは先週に引き続き、スポーツ講座でグランドゴルフ。午後からはPTが入っている。前回のPTの時、スポーツ講座の予定を忘れてPTの予約を入れてしまったらしい。暑い時だし、ちょっと心配したが、夕方には結構元気で帰ってきたので安心。2週後の木曜日も同じスケジュールになりそうだ。我家の大人では一番体力はあるかも…。2003 8/12 *転院28日目*午前中は何となく疲れが取れずに、ボンヤリ過してしまいました。母からは夕べ、無事に着いたと連絡がありました。夕方病院へ行くとOT室でI先生がビデオを持っています。参考資料にするためにリハビリ中のshinを撮影するのだとか…。shinに「ねえねえ、ギャラの交渉したの?」と尋ねると「あ、いけねぇ」と笑って答えました。先生も「すみません、次回からは事務所を通しますね」と笑っています。自宅復帰に向けて家庭内の写真を撮ってください・・とI先生に依頼されました。階段、段差、風呂場、トイレ…などまず写真でチェックした上で自宅改装なども検討されるそうです。デジカメでOKなので気が楽です。でもその前に掃除をしなければ…。「お母さん無事帰った?」と昨日の事を話題にします。昔の話は出来ても昨日の話は出来なかったのに、ちょっと驚きです。少しずつ覚えられるようになってきたのでしょうか。shinの担当看護師Iさんが「最近トイレのお呼びがあります。ナースコールも使えるようになりパットを使わないで済むようになってきてますよ」とshinの進歩を一緒に喜んでくれました。私も嬉しい!!今週はPTのO先生は夏休み中なので、K先生が担当です。マットの上で膝立ちをしたり、階段昇降を練習していました。shinが「あと2ヶ月と言わないで」と言いました。自分は長くても1ヵ月半と考えているので(大して変わらないと思うのだけど)回りからそれより長く言われるとガッカリするらしいのです。この話になるといつもケンカのようになるので、最近私は触れないようにしてきましたが、自分から持ち出してきたのも一つの驚きです。「いいよ、言わない。一月半と思っているのならあなたもしっかり頑張ってね」と答えておきました。14日で発病2ヶ月。16日で転院1ヶ月が経ちます。次のステージに移るにあたっての目標は何でしょうか。9月の連休あたりで外泊が出来たらいいな・・とも思います。
2004.08.12
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2004 8/11(水)午前中shinは地区のリハ教室で卓球。昨日の持ち越しのPC教室見学は3時に約束したらしいので、午後から時間が空くことになる。「一度家に帰る?」と尋ねると「昼食は外で食べて、時間は図書館でつぶそうかな」と言う。場所的にも図書館は中間地点にあるので、いいチョイスかも。3時に現地集合の約束をする。いつもだったら私が待つのだが、買い物をした事もありshinが先に着いていた。時間の配分も出来るようになってきたのは嬉しい。図書館では本も借りたらしく、バックはパンパンに膨れている。ナント内田○男のハードカバーが6冊も入っていた。PC教室はマンションの一室で、2人の女性インストラクターと5台のPCという規模の所だった。本人の目的意識をまず確かめ、数種類のコースの説明など思ったより丁寧かつシビアな話の内容だった。どこもこの週末からお盆休みに入るようなので見学のタイミングはギリギリだったが、3ヶ所ともそれぞれ特徴がありshinが何を選択するか。9月を待たなくてもスタートできそうなので「週末によく考えてみてね」と言っておいた。2003 8/11(月) *転院27日目*9時に母たちと病院集合にしたので、その前にH病院の近くの映画館でチケットをゲットしました。母も子供たちも元気に病院へ来ました。shinの髭剃りをしたり、お泊りで使った鼻パックをshinにさせたりとはしゃいでいます。母と別れる時、shinが涙を流しました。母はしっかりとshinの両手を握って励ましてくれました。さて、これからはお楽しみコースです。と言っても母の飛行機の時間もあるので、映画を1本見るのがせいぜいですが。今日の映画はもちろんこの前見れなかった「踊る大○○○」。ずっと待たせていたので、子供たちも喜んでいました。若者向きの映画かな・・と思っていましたが母も結構面白がって見てくれました。夕方の飛行機に乗る母を、リムジンバスの乗り場まで送りました。帰りは台風もなく安全に飛行機も飛ぶでしょう。次女が「あ~楽しい事はすぐ終わっちゃうのねぇ」と帰りの車の中で言いました。そのとおり。短時間でしたが、母と過せて良かったと思いました。お母さん、ありがとう。しばらく涙は流さなかったのに、昨日教会へ行ってからバランスを崩してしまったようです。母と別れる時も、ちょっと泣いてしまいました。shinの状態も安定し、リハビリもこの一カ月で随分進み、何となく落ち着いてしまった感じがあります。その一方で何かしら見落としているものがあるような気もするのですが、それが何なのか分かりません。
2004.08.11
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2004 8/10(火)shinのPCスクールを2校見学。1校目はTVで盛大にCMを流しているA.大手のわりには見学した教室はアットホームな感じ。その分、主要駅近くの系列スクールより濃い指導が売りのようで、受講者の平均年齢も高いのでそれなりの指導ノウハウも持っている・・と担当者が説明してくれる。セールストークも上手くポイントは外さない。「○さん、病気は辛かったでしょうが今がチャンスと考え、私たちと一緒に頑張りましょう。出来る限りの事をさせて頂きます」…う~ん受講料もハンパじゃないので、トークにも熱が入るのは当然?shinが補強したいのはエクセルとパワーポイントなのだが、ここはワード、インターネット、ホームページ、画像処理等もすべて入っており、90分×142回のコースを勧められた。ここまで必要かどうか…。もう1校は同じ駅の地元スクールで14年の実績があると言う。Aが開校4年という事だったので、大手とは違う特色を出して頑張ってきたのだろう。インストラクターは5人で、50代位の男性が代表者でテキストもすべて作っているらしい。企業研修なども実績があるらしく、ビジネスの世界でのエクセルのレベルはまちまちで、きちんと習得していない人がいかに多いかを柔らかい関西弁のイントネーションで説明してくれた。ここでは実際にPCに触り、shinもヘッドフォンから流れる説明を聞きながら操作をしていた。あれっ、「聞く」と「操作」と二つの事を同時に出来ている。これはリハビリとしての効果もあるかもしれない。もう1校shinは行きたがったが、私がくたびれてしまったので明日にまわす事にする。最寄り駅はF病院の一つ手前で、電車を利用すると乗り換えもあり30分位かかるので、バスを利用してみる。道も混んでいなかったので15分で帰れた。これは新たな発見!午前中PCを入れて午後からF病院のリハビリという組み合わせも出来るかも…。2003 8/10(日) *転院26日目*朝もスッキリ目覚めました。母も子供たちもニコニコしています。朝食を済ませて、F病院とホテルの中間にある教会へ行きました。たまたま母が通っている教会と同じ系列?の教会があり、長女も「夏休み中に教会の礼拝に2回参加する」宿題があったのです。初めての場所でしたが長崎に縁のある方もおられ、次々に声をかけてもらいました。This is キリスト教 って感じでしょうか。礼拝の最後にS牧師から母の紹介がありました。感激した母はちょっと涙声になってお礼を述べていました。礼拝後、S牧師ともお話をしましたが、私が小さい頃のかかりつけの小児科の先生(母が通っている教会の信徒代表)ともお知り合いである事が分かりました。私はキリスト教の信者ではありませんが長崎という土地柄もあって、教会はわりと近い存在でした。F病院に移ってからはshinの病状も安定しているので涙も流しませんでしたが、今日の礼拝ではちょっと湿ってしまいました。キリスト教は言葉の宗教・・と聞いた事がありますが、ナルホドと思いました。「F病院の帰りはいつも教会の前を通ります」と私が言いましたら、「教会の扉はいつも開いていますよ」と優しい言葉が返ってきました。夕方病院で集合する事にし、母と子供たちは出かけました。私は一度病院へ寄りました。洗濯物も無く髭剃りを済ませて、一旦帰宅しました。両親も変わった様子もありません。夕食を整えて、夕方また病院へ。shinも毎日賑やかで嬉しそうです。夕食後shinのオムツ類を買い、3人をホテルへ送りました。私は自宅が気になったので、今日は帰る事にします。
2004.08.10
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2004 8/9(月)今日は長崎の原爆の日だ。私の子供の頃は8/9は登校日で、被爆体験を持つ先生も沢山いたので、体育館などで話を聞くのが毎年恒例だった。私の両親は昭和20年8月には市内に居らず、被爆していない。だから私の原爆に関する知識は、学校などで聞いた物と活字で読んだものしかない。戦後59年が経った今、被爆の経験を覚えている現職の教師はもういないだろう。義母も被爆者だが、子供たちにも詳しい事は話したがらない。2003 8/9(土) *転院25日目*朝からニュースの欠航情報をずっとチェックしていましたが、母が乗る便は大丈夫のようです。夏休みにお見舞いに行くから、その時に子供たちと2~3泊出来るようにプランを考えてね・・と頼まれていましたが私は同行出来ないし母も持病があるので、遠出をしないで4人でオパジャマパーティーをする事にしました。病院の一駅手前に洒落たプチホテルがあり料理も美味しいと聞いていたので、宿泊はそこに決めました。昼頃、母が着きました。「到着地の天候次第では引き返すこともある」と、条件付のフライトだったらしいのですが、無事着けたのでヤレヤレです。両親、子供たち、母と皆で昼食です。子供たちも久しぶりのお客さんで嬉しいようです。義母と母は喋りだすと止まりませんが、子供たちもソワソワしだしたので3時過ぎに家を出て病院へ向かいました。まだ雨は降っていますが、皆ちょっとウキウキしています。shinも母に会えて喜びました。前回はICUに居た時だったので、shinの記憶はありません。でも今日は「私の母」と認識出来ているようです。まだ自分の両親には会ってないので、その分余計に嬉しいのでしょうか。母も予想以上のshinの回復ぶりに驚き、そして喜んでくれました。7時ごろまで皆でお喋りをしたり、デジカメで写真を撮ったりして楽しい時間を過しました。すっかり雨も上がり、4人で賑やかな夕食を済ませてホテルへ行きました。小さなホテルで、エキストラベットを入れても4人部屋には出来ないと言う事だったので、和室を予約しておきました。もともとお茶室のようで、とても綺麗なお部屋でした。トイレ・お風呂もゆったりと作ってあり、「え~ベットじゃないのぉ」と言っていた子供たちも大はしゃぎです。私も久しぶりにノンビリした気分になりました。母に感謝です。
2004.08.09
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2004 8/8(日)shinは昨夜のアジアカップの決勝戦ではかなり興奮していた。開催国の観戦マナーなど国際問題にまでなりそうな話題も生まれた試合だったが、ジーコジャパンの力が発揮できて良かった。甲子園の高校野球も始まった。昨年はスポーツにもあまり興味も示さず、高校野球もほとんど見ていない。「今年は2年分楽しもう」と言っていた。さらにオリンピックもあと数日で始まる。もともとスポーツ大好きのshinには、今年はたまらない夏だ。何かお楽しみもなくっちゃね。過去のスポーツの記録は驚くほどスラスラと出てくるが、このオリンピックで出るレコードはどうだろう。細かくチェックしてみよう。2003 8/8(金) *転院24日目*10時のSTに間に合う時間に病院へ着きました。身支度は出来てなくパットも夜用でしたが、乾いたままでした。病室にいた看護師さんが「○さんは朝5:30頃トイレに行くとばっちりなのよ」と教えてくれました。こんな情報って最近は一番嬉しいものです。STはプリントの宿題もあります。患者の症状によっていろんな種類があるようですが、shinはイラストや説明を読んで物の名前を書いたり、選択肢から選んだりする問題が主のようです。でも解答が分からないと同室のKさんやUさんに聞いているようです。70代のUさんもKさんも朗らかな人で、shinの問題を一緒に考えるのも楽しみにしてくれているようではあるのですが…。STのS先生にも相談すると笑っていました。一人で出来ない事に悩むより、コミュニケーションも兼ねてお手伝いしてもらうのもいいか・・・と思うことにしました。そのような方と同室になれた事に感謝です。明日は九州の母が来る予定ですが、台風10号が微妙です。「お母さん、大丈夫かな」とshinも気になるようです。明日の飛行機がどうなるか・・ちょっと心配ですが、うまく行きそうな気がします、たぶん。
2004.08.08
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2004 8/7(土)今朝は9時にH病院の脳外の予約。先日のMRIの結果が分かる日であるが、例によって脳外のDr.Iは「どうですか、調子は?写真も特に問題ありませんね」とあっさり系だ。来週はDr.Kの診察があるので、F病院の写真と比較してみたいと思ったのかshinは写真の焼き増しを依頼した。H病院はすべてPCで管理されているので、CTやMRIの結果も患者のパスワードさえ入れればどこの診察室でもすぐに見る事ができる。が、ドラマなどでよく見るポジの写真は焼き増しをしないと無いようで、2時間ほど待たされた。病院の近くのカフェでゆっくり二人でコーヒーを飲む。外のテーブルにしたので少々暑かったが、久々にゆっくりした時間を過した。病気の事や今後の事等などいろんな話が出来たのは、良かった。毎日家に居るのだからいくらでも話せそうなのに、最近あまりshinと話をしていなかったかもしれない。ちょっと気分を変えるのってわるくない。次女はちょっと夏バテ気味だ。よくよく聞いてみると木曜日の陸上の大会では、合計3リットルの水分を摂ったらしい。いくら汗を多量にかくからとは言え、そして熱中症の予防とは言え3リットルの水分は多すぎる。どうりで帰宅しても食欲が無かった訳だ。水分の摂り方をよく説明して一件落着。2003 8/7(木) *転院23日目*午前中はヘルパーさんが来てくれました。両親の部屋を中心に掃除や布団干しなどを依頼しています。もともと私は掃除が特に下手なので、両親も私も大変助かっています。今日のPTではO先生はshinだけが担当のようで、自主トレの時から付き合ってくれます。休憩タイムにshinは「体の機能の回復は元の状態の80~90%を目指しています。期間は8月一杯で」とO先生に話しています。…オイオイだから8月一杯はムリだって・・・。先生は、よく話を聞いてくれ本人のヤル気を引き出していたが、期間についてはノーコメントでした。階段昇降が終わると先生は「○さん走ろうか?」と何気に言います。shinはビックリしていましたが(私も驚きました)PT室の通路を走り出しました。もう一つ驚いた事に、shinは走れるのでした。もちろんO先生も転倒に備えて一緒に走ります。二往復位したところで「○さん、お尻が後ろに突き出ててオヤジっ走りだよ」とスルドイ一言です。shinはムッとした様子でしたが、明らかにヤル気は倍増しています。必死になって走っており、額には汗も流れています。他の先生方も驚いて見ています。歩行の練習はよく見ていますが、ランニングマシンを除けばPT室で走っている人を見たことはありません。「○さんが走ってるよ、ほら」とひそひそ声も聞こえます。走っているshinも走らせているO先生も注目の的です。走り終わったshinは「これでいいんでしょ?」と挑戦的にも見えるような態度で先生を睨んでいます。先生はOKサインを右手で作り、笑っています。分かりました。O先生はとっくにshinの性格を見抜き、どうやったらのせられるかを考えた作戦だったのです。shinはうまくのせられて走れることが実証されました。もともと負けず嫌いのshinの性格も少しずつ戻ってきているようです。これはそのまま意欲に繋がると確信しました。嬉しい出来事でした。O先生、ありがとう!
2004.08.07
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2004 8/6(金)明け方の地震で一度目が覚めた。今朝は部活も無いので、ちょっとゆっくり出来たのに…。訪問PTのT先生の訪問日なのだが、お父さんが具合が悪くなられたらしく急遽お休みになる。我家の両親よりお若いようだが以前、持病がある事を聞いているので気になる。早く良くなりますように。夕方、地元の電気屋さんが来てくれた。配線をすべてやり変え、義父の質問にも忍耐強く答えてくれた。有り難い。8月3日に楽天のメンテナンスがあってから、1回で送信できなかったりと調子が悪い。これって私だけだろうか。メンテナンスってスムーズに使うためにあると思うのだが…。HPはあるもののメール等の窓口は見つからず、クレームも言えない。ブツブツ。2003 8/6(水) *転院22日目*今日はOTが休みになったので、ちょっとゆっくり行ったら「遅いから来ないかと思った」と言われました。そうか、黙って休む手もあるかも・・・。子供たちは2駅先の矯正歯科が終わってから、病院へ寄ってくれました。PT(理学療法)室には研修のPTさんが何人もいます。中には学生も多くF病院付属の大学をはじめ、あちこちの学校から研修に来ているようです。リハビリの邪魔にならないように移動しながら見学をしていたり、熱心にメモを取っていたり、簡単な動作の補助をしたり・・と真面目な学生さんが多いのが印象的です。さて今日は他病院の現職の先生のようです。O先生が「H病院で担当だったS先生と同期の○○先生です」とshinに紹介しました。「そうですか。苗字の○は同じですね。よろしくお願いします」とshinも挨拶をしています。前半は○○先生が担当してくれました。F病院へ転院して変わった事の一つにトイレがあります。H病院では本人が分かる場合はナースコールをして看護師さんにトイレへ連れて行って貰いました。ここへ移った当初、私がナースコールをすると、「ご家族も早く慣れてくださいね」と一緒にトイレへ連れていかれました。車イスごと入れるトイレは普通のユニットバス二つ分くらいの広さで、ドアは無く車イスで出入りがし易いようにカーテンで仕切られています。出来る事はさせる…がここのスタンスなので時間がかかっても、車イスからの移動、ズボンの上げ下ろし、手洗いなどはなるべく「見守る」ように家族も言われました。当初はshinも車イスからの移動も向きを間違えたり、パットを忘れたりしていましたが、やはり学習は出来るものです。慣れる事で自信もついてきているように感じます。患者しかいない場合は、まずナースコールです。「はぁ~い、□さん車イスに乗ってるのだったらそのままトイレの前まで行って待っててね」と答えが返ってくるようです。看護師さんと現地集合して、ごようが終わります。夕食後、STの練習をしてみました。カルタの読み札を読んで覚えてみたり、ことわざの上の句だけをこちららが言って下の句をshinが答えたりとしてみましたが、平日の夜はリハビリでかなり疲れているようで、ノリが悪かったです。子供たちもそれに気付き、「お母さん、これは午前中か土日にやった方がいいね」と言いました。
2004.08.06
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2004 8/5(木)昨夜うっかり「ザワワ」を見てしまい、泣いてしまった。今朝は次女の部活の関係で4時起きで、おまけに昨夜の涙のせいで瞼が見事にはれている。新聞記事に、成功した企業家や研究者などは睡眠時間が短いショートスリーパーが多いと書いてあったが、私は睡眠不足にとても弱いロングスリーパーなのだ。shinは午前中リハ施設のスポーツ講座に出かける。今週と来週はグランドゴルフだそうだ。日焼けして帰ってきたが、お昼は講座の仲間と一緒に食べたらしい。よしよし。この前次女が壊したビデオデッキを昨日の夕方修理してもらったが、義父は朝からオーディオとTVのレイアウトを変えていた。しかし案の定後ろの配線が分からなくなってしまい、結局地元の電気屋さんに来てもらう事になる。一度で済まない事って、ナンカ疲れるし。2003 8/5(火) *転院21日目*午前中、会社へ定例ファックスを送信しお見舞いのお礼状を書きました。加入している生協の「保証の見直し」を申し込んでいましたが、今日が相談日です。7月の予定だったのが申し込みが多かったため時期がずれましたが、その間に家族の保険関係を一覧表にする事ができました。今までは子供たちの学資保険を中心に考えてきていたので、つい自分達のはおろそかになっており、特にshinの入院保証の薄さを痛感しました。昨年一つ加入していただけで、後は50歳になってからでいいや…と思っていました。でも今更どうする事もできません。生協のFP(ファイナンシャルプランナー)は私と同年代くらいの女性でしたが、話をじっくり聞いてくれましたし、親切にアドバイスもしてくれました。限られた経済ですので何口も入ってはいないのですが、長女と私の分を見直す事にしました。私は計画性が無い人間なので保険なども苦手なのですが、そうも言ってられません。少し真剣に考える時期が来ているようです。夕方OTの途中から見学しました。今日はADL室でのリハビリです。ここは日常の生活動作が訓練できるように作ってあり、浴槽の出入りや台所での調理動作、洗濯機の操作、畳の部屋での動き・・・などが体験できます。OTの先生方が曜日毎に交代で使うようです。I先生は今日の昼食の様子を見てくれたらしく、「多少スプーンの持ち方に問題がありましたが、おおむね食事はOKでしたよ」と報告してくれました。OT、PTの先生方はリハビリ室の訓練だけでなく、病棟へ上がってベットサイドの様子や食事の仕方、トイレ等も細かくチェックしているようです。
2004.08.05
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2004 8/4(水)両親は歯科と補聴器のメンテナンスに出かけた。目も耳も鼻も歯もやはり自分の物が一番だと両親を見ていてつくづく思う。義父は両耳に補聴器を入れているが、それでもだんだん聞こえづらくなってきている。ただでさえ早合点なのに、ちゃんと聞き取れなくて思い違いも多く、家族とのコミュニケーションも取りにくくなっている。性格的なこともあり、だんだん家族の中で孤立して行くようにも見えるが、どうしてよいのか私には分からない。今日の昼食は若者4人なので、インスタント食品を使う。お湯を沸かすだけでよいのは大変楽で嬉しい。でもお手軽を使うとゴミが多く出るのが、ちょっと気になるかも。手間をかけるかゴミを取るか・・どちらかなのにね。これが私の中途半端なところだ。午後からshinは地区センターのリハ教室へ出かけた。キャップを被りバックは斜め掛け・・が最近の定番スタイル。ステッキは無くても歩けるのだが、お守りで持っている。2003 8/4(月) *転院20日目*今朝は初めての介護保険利用でヘルパーさんが来ました。今日はたまたま知り合いの方でしたが、義母はウロウロして落ち着かない様子でした。早くペースをつかんで欲しいですが、ヘルパーさんが帰った後からシーツや雑巾を洗い出し、どっと疲れた様子でした。午後からY子ちゃんのお子達が出る吹奏楽のミニコンサートへ行きました。この春に移動された先生も、着任校の生徒達と参加され賑やかなコンサートでした。中学生の吹奏楽はほとんどが楽器の初心者なので、土日祝日長期休暇も毎日練習が普通だとか。でもすごくいい音を出していました。地道な練習の成果でしょう。何かと世間では騒がれる中学生もいますが、音楽に熱く打ち込む若者達の姿にこちらも熱くなりました。ありがとう。4時過ぎに病院へ着きました。shinはOTの途中でしたが、夏休み明けのI先生に会うことが出来ました。今日も籐細工をやっています。shinに「これは出来たらどうするの?」と聞くと「分からない」と言います。記念に欲しいナ・・と思っていたら、I先生に「最後はいただきたいのですが」とネゴしていました。先生はあっさり「あ、いいですよ。記念ですからね」と言われました。やった~。PTは大きなボールに座り、反動で立ったり踏ん張ったり。その後は歩行です。随分安定感が出てきたように見えます。それからPT室内の練習用階段の昇降です。う~ん、階段まで来れたかと思うとリハビリの成果も少しずつ形になってきた感じがします。PTのO先生はshinの右足をもっと踏ん張らせたいようです。研究熱心な先生でいろんな方法を試みますが、今のところshinの動きがなかなかついていけてません。でも先生、諦めないでね。今朝は定例ファックスを出し忘れました。朝一番で送れるように、夜のうちに書いておくことにします。
2004.08.04
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2004 8/3(火)今日は特別な予定もないのでshinが銀行へ行ってくれた。毎月、健保の保険料と国民年金を払い込む度に現実を実感するが、銀行に行ってもらえるのはとても有難い。朝から部活に出かける次女が「お昼は冷し中華ね!」とリクエストして行った。この夏は何回も作ったはずなのに、彼女は食べてないと言う。う~ん6人いればそんな事もあったかいな?私の記憶力も今ではこの程度。それにしても夏休みの昼食って皆さんどうしているのだろうか?朝から1錠飲んだらお腹が空かないようなサプリメントを誰か作ってくれないかな。2003 8/3(日) *転院19日目*長女がオープンキャンパスへ行きたいと言います。え~それって夏休み前から分かっていたことでしょう?こんなタイミングで言い出すのが長女なのです。インターネットで情報を集めて、とりあえず日程が合う学校へ行く事にしました。今年は涼しい夏だったのに、今日は狙ったように暑いです。大汗かいて学校に着きましたが、冷房キンキンの階段教室は汗がひくとともに寒くなりました。先生、学生・・と丁寧な説明でしたが私の理解能力ではよく分かりませんでした。娘も「私が思っていた学部とは違う気がするので、次は別の学部にしよう」と平気な顔で言います。ったく!です。午後から気分転換に映画を見る事にしました。子供たちの希望は「踊る大○○○」でしたが、一番早いチケットで夜7時だと分かり今日の映画は止めました。代わりにshinが子供たちとよく行っていた遊園地へ行きました。シューティングやジェットコースター、観覧車などがお決まりのコースだったようです。午前中は「つまんない」を連発していた次女もやっと笑いが戻りました。病院へは6時ごろ着きました。今日の写真を見せると、遊園地の名前は出てきませんでしたが駅名は分かりました。イメージはつかめたようです。たばこの話になりました。(shinはホタルでした。どんなに寒い朝でもベランダでプカ~でしたので、いつかここで倒れるよ…と言った事があります。子供たちもshinの喫煙は嫌ってました)K先生からも喫煙は止められているのに、またぞろ吸う気でいるようなので「また吸うようだったら、私はこれ以上の看病は出来ないと思うから」と宣言しました。shinは・・・あさっての方を向いていました。昼間、会社の人がお見舞いに来られたようです。「△君が来てくれた」と言いますが、う~ん本当かな。ナースステーションの面会簿を見ましたが、記名されなかったのかそれらしい名前は見当たりませんでした。どのような対応が出来たのでしょうか。連日の外出で子供たちもお疲れモードです。1時間ほどで帰りました。
2004.08.03
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2004 8/2(月)shinは午前ST、午後はOTで朝から出かける。一度STの宿題をクリアファイルごと家に忘れた事があるので前日から外出の準備をしていた。もともと時間にユルイ性格で、病前から待つのはいつも私だった。我家のメンバーを見ていても、世の中には人を待たせる人と待つ人の2種類がいるのだといつも思う。そしてこの性格は病気になっても変わっていない。社会復帰後の事を考えて、外出の予定がある時は「出かける時間を決めて行動してね」と言っているのだが・・。私が疲れていたり自分に余裕が無かったりすると、shinへの指摘も感情が入ってしまう。お互いにお互いの存在がストレスになるのは避けたいと思いながらも、ついキツイ言葉が出てしまい後悔してしまう。こんな時は家族と思わず、もっと距離のある人だと思えば冷静な言葉が出るのかもしれない・・。私はこうやって自分の気持ちを出せる場所を作ったが、shinはどうだろう。あまり深刻に考えていないのか、それとも心の中にドンドン溜まっていってるのか・・分からない。2003 8/2(土) *転院18日目*熱も下がった義父は朝からケロっとしています。夕べの騒ぎは何だったの?と言いたいところですが。でも時間外で行ったので、今日は診察を受けないといけません。両親を昨日の病院で降ろし、子供たちとF病院へ行きました。奇数土曜日は外来は無く、入院患者の歩行能力などの測定日のようです。時間ごとに患者がPT室に降りてきて、いろいろな測定を受けています。shinは9:30にSTが入っていたので、順番を早めてもらいました。shinも夫々のリハビリにも慣れた頃なので、S先生に頼んで子供たちもSTの見学をさせてもらいました。shinの状態は子供たちもそれなりに理解しているので、先生とのやりとりの中で言葉が出てこない父の様子にも特別驚きは無いようです。shinもそんな姿を見られたくない・・といった後ろ向きの気持ちは無く、淡々としています。STのリハビリは担当の先生とマンツーマンで行われます。何気ない雑談からスタートするのがS先生のスタイルのようですが、患者の受け答えから今日がどんな状態であるかを把握しているようです。狭い個室でのリハビリですが、家族が3人見学するのはちょっと稀だったかもしれません。でもshinの様子を子供たちなりに受け止めて欲しかったのです。やはり物の名前がなかなか出て来ません。家族としても幼児用教材などを使いながら、shinと関わってよい・・と言ってもらえたので、これからも3人で工夫しながら言葉を増やしたいと思いました。昼前にDr.Kとお話ができました。「先日のCTの結果は、すでに出血物は脳室内から無くなっているし、意識レベルも入院時より随分クリアになっています」と言われました。ただ脳室が標準より広いのが気になる点で、髄液の排出が上手く出来ずに脳室が拡大しているのであれば、検査して手術も有り得ますが・・との事でした。髄液の排出を適量にすることで、意識レベルが格段に善くなる場合があるそうです。でも急ぐ事でも無く、8月一杯は様子を見る事になりました。あまり心配しない事にしましょう。3人だと早めに帰りやすいです。久々にゆっくり自宅で夕食を食べました。
2004.08.02
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2004 8/1(日)暑い暑いと言いながら7月が終わってしまった。はるか昔、夏休みの宿題に手を付けないまま8月下旬を迎え親にものすごく叱られた経験があるので、夏の時間の過ぎ方には何か怯えてしまう私。これってトラウマ?OC3日目は海編。8時から部活の次女と一緒に家を出る。彼女は午後から部のカレーパーティーなのだが、実は金曜の夕食・土曜の昼食とカレーだったので「あ~3日連続カレーだ!」と言っていた。ごめんね。でもよくある話よ。shinは先週がハードだったため、今日は1日家で休養すると言う。親子3人で過してもらおう。電車の繋ぎが良く、10時前には学校へ着く。今日は海辺のせいか、電車の中も海水浴へ行く人たちで一杯だった。新しい学校で校舎も手入れが行き届き、海辺の強い日差しと心地よい風が上手く取り入れられる作りになっている。学部説明・模擬授業・入試説明・学長講演・学生相談と、ここも内容は充実していた。街編・山編・海編と個性の違う3校を見学できた。いくらノンキな娘でも、3日連続でキャンパス見学をしたので少しは意識も変わってくる…だろう・・かな。夕方帰宅したら、洗濯物の取り込みもお風呂の用意もshinがしていた。上出来!ただ浴槽の滑り止めマットは吸盤を上にセットしてあったので、次回のために優しく(!?)指摘する。7/24の日記に、私がshinに散骨を頼んだ事を書いたのだが、「気持ちは良く分かるけど、後に残る人のために少しだけ小瓶にでも入れて残していたがよくなあい?」とZさんからメールが来た。う~ん、そうか。後に残る人の事は考えていなかった。写真もあるし、竹の子の季節がきたら(本当に好きです)その時だけ思い出してくれればいいと思ったのだけど。自分で気に入った小瓶を用意する・・のもアリかもしれない。今日明日と言う事もないだろうから、ちょっと考えてみようと思う。しかし、「ネット」を使って良かったと思う。最初に考えた「活字」では(文章力も経済的にもムリだったけどね)リアルタイムでこのようなやり取りは出来ない。ありがとうZさん。2003 8/1(金) *転院17日目*朝からお墓に行きます。義父は不調のため、義母と子供たちと4人でお気楽モードです。それにしても年寄りってなんでこんなにお墓が好きなのでしょうか。入っている人も多いので我家の場合、6/年くらい行く事になります。せめて近所のお墓にして欲しかった・・・な。昼食や買い物を済ませ夕食の準備を大急ぎでして、4時ごろ病院へ行きました。今日は洗濯物は無いようです。調整が上手くいったのでしょうか。夕食中に自宅から電話がありました(携帯を切り忘れていました)。朝から不調だった義父が熱発したようです。shinにも説明して急いで帰宅しました。大した熱ではありませんが、様子を見る事は出来ない性質ですぐ病院に行きたがるのは、安心を求めているからでしょう。義母も一緒に時間外の病院へ行きました。カゼからの発熱だったらしく、本人も薬を貰い安心し静かになりました。症状の説明は縷々と本人が出来ますが、医者や看護師の話は聞いてない・・というか理解出来ない・・レベルのようです。このギャップが第三者にはなかなか分かってもらえません。何だかとても疲れた1日でした。こんな時は無意識にため息も深くなります。はぁ~。
2004.08.01
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