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2004 11/30(火)義父に頼まれた入院の為の買い物。あれこれ他の用事もためていたので午前中に出たのに帰宅は3時過ぎになってしまった。義母は先送りにしていた歯科治療。わざわざ遠くの歯医者へ時間をかけて行っているのに噛む力は弱まる一方で、コスト意識は持たないのだろうか…と不思議に思う。もともと胃腸も弱いので、これ以上噛めなくなったらどうなるのかなぁ。義父は入院に備えて「今日中に年賀状を完成する」と言い、朝から一日PCと格闘?!義父がPCを触ると何故かいろんなトラブルが起き、パニックになる。機種が違うので私のフォローも限界があるのだが、最近の義父は理解力・記憶力ともに落ちているので同じ事を何回も何回も説明しなければならない。来年も自分で年賀状を作れるのだろうか。2003 11/30(日) *自宅復帰36日目*朝一番に弟が次女を乗せてホテルまで迎えに来てくれました。今日は小さな演奏会があり弟もチェロを弾くのですが、時間の関係で本番は見られません。ただリハーサルは見学できると言うので、会場まで一緒に連れて行ってもらうことになりました。何組もの出演者がいる音楽会で、学生時代の先輩や後輩にも思いがけず会うことができました。みんなそれぞれに歳月を重ねた容姿になってはいましたが(私も同じ)昔と変わらない雰囲気は分かります。リハーサル中の僅かな時間でしたが、弟のお蔭で懐かしい人にも会えました。故郷の街の空気は疲れが溜まった私を優しく迎えてくれました。父のお見舞いが目的でしたが、元気を貰ったのは私の方かもしれません。心配なことも沢山ありましたが、来てよかったと改めて思いました。
2004.11.30
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2004 11/29(土)shinはSTの記憶のテスト。朝から音読や計算をしてウォーミングアップをしていったが果たして…。最近「曇りオツム」が続いている。退院して一年が経ったが、なかなかshinのオツムの状態は分からない。ただ病院でもこの病気の後はオツムが晴れている時と曇っている時があるから…と聞いていたので、ああこれがそうか…と思うのだが。段取りや判断・記憶など「上出来」と言える時も増えてはきているものの、いつもそうとは限らず最近shinの行動を見ていて「今日は晴れ」「曇りかな」と判断出来るようにはなってきた。しかしこの一年間毎日一緒に過してきた私がやっと判断できる事をもし社会復帰できたとして、職場の人たちが分かってくれるだろうか。こんな事を考えていると胃がシクシクしてくる。帰宅後様子を聞いてみると「う~ん分からない」。次回は12/27なので私も一緒に行き結果を聞くことにしよう。2003 11/29(土) *自宅復帰35日目*朝が苦手な長女にモーニングコールを入れる為、いつもと同じ5時過ぎに起きました。横浜に住みだした頃、冬の夕暮れがとても早くなんだか心細い気持ちになったのですが、久々の長崎の朝は7時でもまだ薄暗い感じです。9時ごろになってようやく「あ、今日もお天気だ」と分かり明るい気持ちになりました。昼食集合まで時間があったのでshinとグラバー園へ行ってみました。本当に何年ぶりでしょうか。長崎のシンボルである坂道に動く歩道が作ってあります。この歩道も完成直後は「景観にそぐわない」とか「歩いてこその坂道だ」とか非難ゴウゴウだったのですが、いつの間にか周囲の風景に馴染んだものとなっていました。有名なグラバー邸の他にも敷地の中には洋館が幾つか建っており、とても綺麗に整備されていました。観光客も多く、いろんな土地の言葉が聞こえてきます。長崎は小さな街で主要な観光スポットは路面電車で行ける範囲にあるので修学旅行も多く、シーズン中は電車に乗っているとよく中高生のグループも見かけたりしました。乗り合わせた地元の人たちは旅行者に行き先を尋ね、降車の電停を教え、次はどこへまわったがいいかまでレクチャーするような親切な街なのです。中華の昼食を摂ったあと、弟の提案で写真を撮ることになりました。え~聞いてなかったしぃ…。言ってくれればそれなりに用意のしようもあったのに・・なんて思いましたが、飾らない写真もまたいいかもしれません。ふらりと入った町中の小さな写真館で6人の写真を撮ってもらいました。弟もいろんな事を考えたのかもしれませんが、私はいい記念になってくれるように祈りました。一応病人の父も歩きなれた町中をスイスイと動いており、外泊中の人には見えません。shinもグラバー邸からを含めるとかなりの距離を歩いていますが、特に疲れた様子もありません。病中の父、病後のshin、この姿を見れてなんだか安心した私です。次女の憬れの一つに「コタツ」があります。我家にはコタツが無いためでしょうが、今回の旅行の前に「おばあちゃん、私コタツに入りたいの」とリクエストをしていました。でも昨日今日の長崎はちょっと動いただけで汗ばむような気温です。「Mちゃん、こんなに暖かいけどコタツどうする?」と母は笑いながら次女に聞いています。楽しみにしていた次女も苦笑いです。「また寒い時に来るから、その時にお願いね」と答えていました。私も海辺の町の祖父母の家へ行く時は飼っている動物との交流が楽しみでしたが、大人には何でもないことでも子供には嬉しいものなのかもしれません。
2004.11.29
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2004 11/28(日)昨日はO先生との外出で結構歩いたのだが、shinはそれほど疲れた様子もなく起きてきた。一緒に歩いた私のほうがチト筋肉痛。(ナイショだけど)先日PC教室でお薦めの年賀状ソフトをshinが買ってきているので「早めに取り掛かってね」と頼んでいるのだが、なかなかエンジンがかからない。「ご面倒は先送り」は病前からではあったのだが…。トラブルが起きてもいいから早めにスタートする積極性が今は欲しいと家族としては思う。2003 11/28(金)お天気も良く家族のコンディションもバッチリで久々に予定通りの旅行が出来そうです。朝から諸々の仕事を済ませて、3人で出発です。shinも次女も何だか嬉しそうです。父の病気見舞いではありますが、私も日常と違う時間を過せる喜びがあり、ちょっといい気分です。shinと私のチケットは予め購入していたのですが、後から次女が加わったので予約していた子供チケットを空港で受け取りました。羽田は来るたびに周辺の景観が変わっています。第二ターミナルビルを建設中らしく工事の車両も多いし、そのためかパトカーや警官もあちこちに見られます。出発ゲートで昼食も済ませました。到着地の天気予報も電光掲示板に流されていますが、九州も晴れているようです。長崎便はボーディングブリッジを使えない事が多く、今日もバスで運ばれます。飛行機も定刻どおりの到着でした。気温も関東より4~5度高い感じでしょうか。寒さの対策をしてきたので、ちょっと失敗?心配していた父も実際に会ってみると結構元気そうです。私達が来たのも嬉しいらしくニコニコしています。shinと病気の話や次女と学校の話などをする様子を見て、「ああ来て良かった」と思いました。私達の来崎に合わせて父が外泊をする…と母から連絡がありました。病院の様子も見ておきたかったのですが、外泊もまたお楽しみですし本人のリフレッシュにもなります。(家族はあれこれ気を遣いますが)父が帰ってきた上に私達が3人泊まると母もちょっとシンドイかもしれません。また30年くらい経った家なので段差も多く、慣れないshinの足元も心配です。shinと相談して次女だけを実家に泊まらせ私達はホテルを予約しました。母は「そんな事しなくてもいいのに」と言いましたが、何でも120%頑張ってしまう母ですから後の疲れも心配です。「皆が楽をしようよ」と私が言うと母も納得してくれました。夕食は母の心づくしで楽しい時間を過しました。弟も時間を調整してくれ、「いつもと違う6人だね」と次女も嬉しそうです。両親も「来てくれてありがとう。こんなに早く元気になったshinさんに会えるとは思っていなかったよ」と喜んでくれました。バスの乗り降りは合計3回、また狭い機中での動き、その他知らない場所での戸惑いもそんなに見られず、shinの行動も安心していられました。この旅行がshinの自信にも繋がるといいな。
2004.11.28
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2004 11/27(土)訪問PTのT先生の海外でのお仕事が決まり、後任にはT先生の同期のO先生が我家の担当となった。両親は今まで通り家庭でのリハビリや天気のいい日の外歩きなどもお願いする事に。shinにはこれからの社会復帰にむけて架空の場面設定をし、判断力や優先順位のつけ方などをトレーニングしてもらうことになった。T先生からの引継ぎやこの日記によってある程度のshinの情報はあるものの、現状を認識してもらうために今日は一緒に外出をした。当初予定していたバリアフリー住宅の展示場の見学のため、最寄り駅に着いて詳しい場所を聞こうとshinが不動産屋さんや交番で尋ねたところ、すでにクローズされたとの事。「あ~こんな事もあるのね」と三人で苦笑いだったのだが、わりと近くに新築のグループホームの内覧会があっていたので急遽そちらを見学することになった。先生はshinや私と話をしながらも、歩行やバスの乗り降り、食事、人との対応などいろんなポイントをチェックしていたようだ。O先生の専門はOTなのだが、リハビリの専門家はどなたもスルドイ観察力をお持ちなので、今日のshinを参考にこれから新たなリハビリが計画されるのだろう。グループホームについても興味深いものがあったのだが、これはまた後日。夕方帰宅すると外出していた両親もちょうど帰ったところだった。いつものように義母に外出の様子などを聞くと(ご挨拶代わり)、なにか屈託のある表情。私も少々疲れていたので「休憩したいな」と思ったのだが、「なにかあったの?」と聞いてしまった。こちらが元気がある時はよいのだが、義母の話は始まると止まらない。時間に余裕が無いときも、どう止めようか困る時があるし、先日は私が留守の時に新人のヘルパーさんを50分近く引き止めて話し込んだらしい。で、うっかり聞いてしまったらやっぱり洪水のように話が止まらなくなった。…いわく…二人で外出をするといつもとても疲れるのだが、今日は特別疲れた。耳が遠いから私の話は聞いていないし、勝手に道は渡ろうとするし。帰りには希望の品物を購入して自分が持つからって言ったくせにタクシーに忘れたの。親切な運転手さんが届けてくれたからいいようなものの、私のせいにするし。おまけに包みを開けて、これは自分が希望したものではないって言うの。はぁ~~~私が間違えて買ったって。…とまぁ、こんな内容なのだが途中寄り道しながらしゃべるので話を聞くだけで軽く1時間くらいかかった。要は、外出するといつも自分だけでもシンドイのに義父の様子も気にしなければならず、おまけに今日は大きな行き違いもありとっても疲れてしまったし、軽い痴呆が出てきたのではないかと心配…。と、言うのが話の趣旨だった。とりあえず「うんうん、それで」と聞いてはいたのだが、義母も顔色も冴えず、全身から疲れが滲み出ているような気もする。木曜日の診察時や昨日の様子を思い出してみても特別に動揺した様子も無く、むしろ落ち着いた穏やかな顔つきだったので義父については安心していたのだが、やはり入院・手術への無意識の内の不安があるのだろうか。高齢者の入院については、病気や怪我などの体の状態の変化だけでなく精神的な変化も心配される…と聞いた事があるのだがもしかしたら今の義父も既にそうなのかもしれない。入院・手術が決まった事をケアマネージャーのKさんにメールで報告したら、やはり義父の精神状態を心配してくださったところからも、ありがちな事なのだろう。こんな時、義母にはあまりマイナス要素を教えるのも考えものかもしれない。「入院もあるし、あまりキリキリしないでちょっと様子をみようか」と提案したら、少し安心した表情になった。考えてみれば義母はこれまですべての事が義父任せだったので、入院だけでも心配な材料なのに義父の様子の変化が顕著になってくると、とても不安なのだろう。なるべく話を聞いて両親とも安定した精神状態で入院の日を迎えられるように…それくらいしか今の私達に出来る事はないのかもしれない。2003 11/27(木) *自宅復帰33日目*明日のPTを変更してもらったので、PTはちょっと遅めのスタートです。昼食を済ませて、shinとは現地集合の約束をしました。病院へ着いたら携帯へ連絡…と約束をしましたが、今日はどうでしょう。駐車場が一杯だったので近くのスーパーへ入れて、私は3時過ぎに病院へ着きました。電話はやはり無かったのですが、既にPT室でトレーニング中でした。予約票も出し忘れていたようで、O先生から指摘がありました。どうやら着いたら連絡、予約票を出す…は忘れて3階の皆さんに会いに行ったようです。来週は一人で通院の予定なので、O先生にもしっかりフォローを頼みました。そのあたりの事は先生方もよく心得ていて下さるので安心です。会計の前で同室だったTさんご夫婦と会いました。shinはさっき話をしてきたようですが、私は久しぶりです。来月の退院が決まったそうで何だか嬉しそうな様子です。奥さんは「退院すると一日中いろんな場面ですべてを対応しないといけないのよねぇ。大変かも…」と言われましたが、まさにその通りです。上手にガス抜きをしないと家族がまいってしまうと思います。でもshinにしてもTさんにしても歩行は自立しているので、日常の行動は一人で出来る事も多く、車イスでの退院のケースに比べればまだまだ楽な方かもしれません。shinの左隣のベッドにおられたYTさんは、明日山梨の温泉病院へ転院するそうです。shinと3階へ上がり、YTさんと奥さんへご挨拶しました。YTさんは左麻痺の方ですが半側空間無視もあり、よくお薬やお箸・ペンなどを捜すお手伝いをしました。左足には装具を着けて、病棟でも歩行練習に励んでおられましたが、更なるリハビリが稔りあるものになりますように願わずにはいられません。明日からの留守のためにいろいろと準備があります。自分達の用意に加えて家の事も雑雑とあり、ここまでで何だか疲れてしまうのですが。ただ今回は今のところ皆の状態も良いので、なんとか予定通りに行けそうな気はします。さあて、明日はどうなるでしょうか。
2004.11.27
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2004 11/26(金)昨夜、お風呂でシャワーを使っていたら突然シュワーッとホースからお湯が噴き出した。一瞬何が起こったのか分からずに驚いてしまったが、以前からホースの根元が膨らんでいたので、10年間使っているうちにだんだん薄くなっていたのかもしれない。で、シュワーッと来て原因も分かった時、「あぁshinの血管もこんな風に切れたのかな」と思ってしまった。shinの場合、切れたのは髪の毛一本ほどの血管と説明があったのだが、やはり長年のうちには中が狭くなったり血液が濃くなったりもしていたのかもしれない。さらにもう一つ「加齢のために脆くなった動脈がバルーンの圧に耐えきれず破れる事例もあります」と昨日の義父の手術のリスク説明があった事も思い出された。我家のシャワーも手元で止めたり出したりするタイプなので止めている時の圧はかなりのものだったろう。ホースのシュワーッでshinの脳出血と義父の右足を連想してしまったのだけれど、子供達に話したら「お母さん、飛躍しすぎ」と言われてしまった。私って変かな。2003 11/26(水) *自宅復帰32日目*退院前の栄養指導では、カロリーと塩分についてが主な内容でした。カロリーについては以前shinも食べ方を考え直した時期があったので(それまでは食べたいものを好きなだけ…という家風だったようです)、資料もあるし大体の目安も分かります。塩分は7g/日が目安量なのですが調味料に含まれているもの以外にも、加工食品には当然沢山入っているし、一番困るのは外食の場合です。最近はカロリーと塩分についてメニュー表示をしているファミレスなどもありますが、まだまだ一般的ではありません。かと言って塩分チェッカーを持ち歩くのも何だか…です。病院の栄養士にそんな話をしたら「あくまでも目安なのであまり神経質にならないでください。以前とても気にされる奥さんがいましたが、とうとうストレスからくも膜下出血を起こされましたよ」と怖い話も聞いてしまいました。自宅では以前から薄味を心掛けていたので、いろいろと計算をした上で更にもう一段階薄くしておく事にしました。ただお料理の種類にもよりますが、すべてを満遍なく薄くするよりは、いっそ塩分なしで調理をして盛り付けてから岩塩をパラリとかポン酢をタラリと落とす方が満足度が高い事も分かりました。味の感じ方にも個人差はあるのですが集中した強い味というのもアクセントとして良いのかもしれません。またお酢やレモン、香味野菜も大事な脇役です。朝食には欠かせないお助けたんぱく質の卵もshinは1個/2日が目安量です。かと言って半分に切ったゆで卵や片目玉焼きも続くと味気ないようです。卵は2~3日に一個ポンと使うようにしました。その方が食べた気がするようです。ソーセージなどの加工食品は生協のものでも塩分過多です。そこで最近の朝食のたんぱく質はもっぱらささ身を茹でて使っています。実家の母が送ってくれるドライのローリエは市販のものやフレッシュよりも香りが強く、茹でる時に一緒に使うとほんのりといい香りがついています。暖かいうちに適当に割いて粒コショウをパラリとかけると塩分が全然なくても美味しく食べられる事は発見でした。今から冬に向かってお野菜も豊富になるのでセッセと茹でたりスープにしたりして薄味で食べようと思います。外食や行事食まであれこれ悩むときりが無いので、ここはノーカウント。ただ外食で味が濃く感じられれば、それは家での食事が薄く出来ている目安にもなると思うので、自分達の味覚は大事にしたいと思います。
2004.11.26
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2004 11/25(木)今日の診察は10時半の予約なのでヘルパーさんはキャンセルしてしまった。義母は先週の診察時の待ち時間が長かったため、腰の痛みも相当あったらしい。(我慢強い人なので大騒ぎはしない)「無理しなくてもいいのよ」とお留守番を勧めたが、やはり気になるのだろう、一緒に行くから・・と言う。義父も義母がいてくれた方が心強いだろう。今日は40分の待ち時間で呼ばれた。Dr.Kは先日の検査結果をじっと見ていたが、「う~んやっぱり手術をした方がいいかな。左は大丈夫。右だけしようか」と結果だけが飛び出した。検査の説明もほとんど無く両親も言葉を挟まないので、私が聞いてみようかと思った時、「はい、分かりました」と義父が答えてしまった。オイオイ、いいの?それから更に待つこと1時間。手術担当のDr.Yから詳しい説明があった。先日の検査の結果、手術方法、伴うリスク等などをゆっくり説明してもらう。「いろんな事を考え合わせても今なら手術をする事で現在の状態の改善が見られると思うのですが…」と慎重に言葉を選びながら言われた。私も2~3質問をしたが、両親は黙っている。義父はしばらく考えていたようだが「よろしくお願いします」と頭を下げた。「お義父さん、もう少しゆっくり考えてもいいのよ」と声をかけたが、「大丈夫だ」と穏やかに答える義父。いつになく落ち着いた表情だったので、私の気持ちも決まった。私が出来るサポートをキチンとすればそれでいい。それからは具体的な話となり、いくつかの検査、手続き…とすべて終わったのは2時を過ぎていた。義母の腰の痛みもピークのようで、表情も冴えない。この後12月初旬の手術日まで二人の体調が気になるところだ。まぁ気持ちが落ち着いているようだし、大丈夫だろう。2003 11/25(火) *自宅復帰31日目*今日はお昼を挟んでSTとOTです。雨がひどいので車で行ってしまいました。雨の日の駐車場はいつもにも増して混みます。shinだけ先に降りてSTです。私は並んで駐車場待ちです。12時ごろに会計の前で待ち合わせの約束をしました。shinは覚えているでしょうか。ベンチに座って待っていると、shinが降りてきました。「覚えていたね」と言うと「当然でしょ」と返します。雨の為外にも出れないので、途中で買ったサンドイッチとコーヒーで昼食にしました。食後shinは312号室へ遊びに行きました。私は車に戻ってしばし仮眠を取りました。本当にどんな時もどんな所でも眠れる私です。あっと言う間に退院して一月が経ちました。shinには何か具体的な進歩があったでしょうか。本当はこんなに焦って考えてはいけない事は分かっています。でも休職期限がきられている以上、やはり先へ先へと急いでしまいます。来月には会社から面談のお知らせなどもあるでしょう。復職願いなども書かなくてはいけないのでしょうか。いろいろ考えすぎると頭がパンクしそうです。その点、今のshinは先を考えないのでノンキに見え、その事で私がイライラする時もあります。こんな状態は良くありません。なんとか、いい循環に変えなければ。なるべく私もノンキになるようにしましょう。
2004.11.25
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2004 11/24(水)ケアマネージャーKさんの訪問日。明日が義父の診察日なので、このタイミングでのKさんの訪問は両親にも私にも有難いことだ。義父は月曜日の検査の様子などを説明している。明日結果が分かるのでKさんへのお知らせを忘れないようにしよう。先週の初診に至たるまでは「明日にでも手術を受けるぞ」といったテンションの義父だったが、ここ数日トーンダウンしてきているようだ。やはり年齢的な問題もあるし、リスクはどんな手術にも伴うのだから…。義母にも「お義父さんの気持ちをほぐしながら手術となった場合について、もう少し話し合ってみたら…」と話したのだが、義父は義母の言葉に怒ったようになったらしい。あ~余計な事を言わなければ良かったかな。緊急性のある手術ではないのだが、手術への不安や思いをキチンと言葉に出す事は、手術への大切なプロセスだと思う。徒に結論に走るのではなく、自分の気持ちを整理しながら言葉を選ぶ作業は無駄なようにも思えるが、術後の結果の受容度と大きく関わるのではないだろうか。しかし最近の義父の状態を見ていると、まわり道とも見えるプロセスを経る精神力が薄くなってきているのかもしれない。2003 11/24(月) *自宅復帰30日目*朝から曇天ですが、テレビでは南極の皆既日食の様子を中継しています。ちょうど8時15分ごろ、皆既になりました。shinも子供達もテレビをじっと見ています。学校も病院も休みなのでリアルタイムで日食が見れました。ダイヤモンドリング、プロミネント、黒い太陽、コロナ…学校では星関係は好きではありませんでしたが、今となってはもう一度知りたいな…と思える事も沢山あります。午後からshinとwalkingです。今日は距離を出さずに、タイムトライアルにしました。運動公園から一旦街道沿いに上がり周回コースを通って運動公園まで戻りました。今日が初めてのコースですが、所用時間は40分でした。このタイムをベースにしてこれから歩いてみましょう。ただ早く歩くことだけが目標ではありません。O先生からいつも指摘があるように、動きのイメージを意識したり障害物へのとっさの判断なども重要です。これから寒くなるので体も硬くなるかもしれません。手袋や帽子も必要でしょうか。もともとshinはそんな物が嫌いでしたので、これも様子を見ることにしましょう。出る前は私も体がきつかったのですが、40分歩くとポカポカしてきて体も軽くなったようです。何もなければこんな日は家でボンヤリ過す私です。shinが退院してから私の運動量も増えたようです。今日も凧揚げの人たちがいました。かなり年配のおじさんが数人、いつも凧揚げをしています。似たような凧が揚がっているので、きっと手作りなのでしょう。自分で作った分身を大空高く揚げる気持ちはいくつになってもワクワクするものかもしれません。私は宮崎駿のアニメが大好きですが、どのアニメにも共通している浮遊感とでも言う感覚がたまらなく好きです。風を受けて風を感じながら飛んでる様子は、どのアニメも実にうまく出ています。稲刈りが終わった九州の佐賀平野では毎年バルーンフェスティバルが開催されます。色とりどりの気球がプカリプカリと浮かぶ様は、いつ見ても微笑ましく和やかな気分にしてくれます。いつか気球に乗ってみたい!!
2004.11.24
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2004 11/23(火・祝)F病院の近くの音楽専門ホールのリハーサル室でバイオリンの小さな演奏会があった。奏者のS先生は昨年まで次女がお世話になっていた方だ。以前我家の近くに先生がお住まいの頃の次女は就園前でバイオリンを持てるほどの落ち着きは無い子だったのだが、「入口は広い方がいいですよ」とピアノから教えていただいた。いつも明るく行動的で綺麗な方なのだが、5年前に突然大病をされた。幸いに徐々に元気になられ、今ではバイオリンの演奏もこなされるまでに回復されたのだが、病直後は病気とPTSDとの闘いの日々だった。それでもご家族のサポートと音楽への熱い想いをエネルギーに少しずつ(螺旋階段を昇るように…と闘病記では書かれていたが)回復されていく様子には、週に一回次女のレッスンでお会いする度に胸を打たれた。病気から5年経った今年、一つの区切りのためにもと演奏会を計画されたようで、先月ご案内をいただいた時はいろんな思いが交錯するとともに私も本当に嬉しかった。プログラムの中には病後初めて公式な場での演奏をなさった時の曲もあり(その時は私が伴奏者だったので、先生の足を引っ張らないようにと必死に練習したのだが…)、聴いているうちに当時の事も思い出されて涙が出てしまった。また曲の間には病後のエピソードも話されたのだが、改めて聞く先生のその頃の思いが、昨年の私が体験した事とも重なりまたまた涙してしまった。(隣に座った次女が心配そうに私を覗き込む)私は音楽を聞いてもお話を聞いても、まだ涙してしまうのだが、先生のお話しからは乗り越えられたものの大きさと現在の充実ぶりが感じ取られ、大きく安心した。プログラムの後半はオーケストラの仲間の方たちとのアンサンブルもあり、盛り沢山の演奏会だった。また会場にはあふれんばかりのお客さんで、皆さん先生の回復を喜ばれているのが分かり、とてもよい雰囲気だった。中でもいつも優しいご主人とご両親が本当に嬉しそうになさっていたのが印象的だった。shinや私も2年後5年後…とだんだん気持ちも穏やかになっていけるだろうか。確証は無いけれども、shinと二人で一つ一つの事を丁寧にクリアして行ければいいのかな…と思いながら帰宅した私。 2003 11/23(日) *自宅復帰29日目*午前中久々に美容院へ行きました。スッキリした後shinへ電話をし、書店で待ち合わせをしました。約束の時間になかなか現れず心配しましたが、忘れ物をした「気になって」一度帰宅したと言います。どうもその場で確認する余裕は無かったようです。何か失敗してもパニックにはならないshinですが、落ち着いた対応はまだまだ取れないようです。でもここで消極的になっては先へ進めません。失敗はある程度覚悟の上で、どんどんチャレンジです。この病気の後だんだん消極的になったり、興味や好奇心が薄くなる人も多いと聞きます。shinは失敗してもさして落ち込みもせず次の行動へ移れるので、この点はとてもやりやすいと思っています。バスカードを入れたパスケースも忘れずに持ってきていたので帰りはバスに乗りました。時間帯によっては座れない時もあるのですが、停留所までの10分弱もかなりしっかり立っていられるようになり、こんなところにも少しずつの進歩を感じられる事が嬉しい日々です。
2004.11.23
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2004 11/22(月)とてもいいお天気。shinは仲間の方たちと箱根へ日帰り旅行へ出かける。幹事のKさんが入念に準備をされたので、きっといい旅行になるだろう。午後から先週予約した義父の超音波検査。義父は初めての病院なのだが、院内の清潔感・設備の充実度・スタッフの対応などが気に入ったようで、しきりに「いい病院だなあ」を連発する。病院に対する信頼を何を基準に持つかは様々だと思うが、今後の展開が読めない状況では好感と信頼感のセットはプラス要素だろう。腎機能の問題があり造影剤の使用が制限され超音波の選択になったのだが、循環器のDrが検査を担当してくれたようで、これも義父の満足度を上げたようだ。結果は木曜日に分かる予定。さてさてどうなるか…。2003 11/22(土) *自宅復帰28日目*次女のインフルエンザ予防接種がやっと出来ました。長女も一緒に受けさせたかったのですが、連絡が取れずに次女のみの接種です。両親、私達、次女と済んだのであとは長女のみです。いままでインフルエンザに罹った家族はいないのですが、今年は大人は特に疲れもあると思うので、やはり全員が接種していたがいいかもしれません。shinと私は近所の内科で受けましたが、一回4000円でした。両親はかかりつけの内科で(70歳以上ですので)一回1000円です。子供は整形外科で接種しましたが、3000円でした。F病院の近くのクリニックでは2500円と書いてありました。この料金の幅はなんでしょう。ワクチンの効果が同じなのであれば、来年は要チェックだと思いました。shinの退院と入れ違いに実家の父が入院してしまいました。70代ではありますが、今まで元気だった人なので母から知らせを受けたときは驚きました。最初は皇太子妃の雅子さまと同じ病気で入院したのですが、その後大きな病気が見つかり治療が始まりました。本人は今のところ元気な様子ですが、病気の種類と発病の部位の問題がありとても心配です。やっとshinが落ち着いたかと思っていたら次は父です。「う~ん、今度はそう来るか…」って感じでしょうか。こんな時九州は遠い。遠い。ちょっと顔を出す…って事が出来ませんから。shinも退院してから随分落ち着いてきたので、先日主治医のK先生に相談してみました。すると「旅行OK,飛行機OK。元気になった○さんの姿を見せてあげたらお父さんも喜ばれますよ」とあっさりOKが出ました。最初はshinと私の二人で週末にお見舞いに行ってこようと思っていたのですが、「お姉ちゃんは来月スキーに行って、お父さんとお母さんは長崎に行くのねっ。私はお留守番?」と次女は納得しません。とうとう泣き出したので金曜日の学校を休ませて次女を一緒に連れて行くことにしました。こんな時の次女のアピール力?にはいつもながら負けてしまいます。そんなこんなで来週は病後初の旅行になりました。航空券の予約も済ませたので、あと気になるのは家族の体調です。あまり心配しても始まらないのですが、今までにも度々涙のキャンセルがあったので切に幸運を祈ります。
2004.11.22
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2004 11/21(日)弓道の大会で長女は朝早く家を出る。昨日は直前練習で9時過ぎに帰宅したし、どれ位休めたのだろうか。(それにしても直前練習の効果は…)前回は会場も遠くおまけに試合の順番も当日にならないと分からないと言うので、shinと7時過ぎに家を出たのに武道館の最寄駅に着いた途端「もう終わったから」のメールを貰いガックリしたのだ。今回も同じ条件で、私の体調も余りよくない。次女の大会には最近何度も行っているので、長女には悪いなとも思ったのだがshinとも相談し、今日の試合はパスすることにした。ごめんね。今日の順番はお昼近くだったらしく、待ち時間が長かったようだ。結果は…直前練習があまりにも直前すぎたのか…予選通過は出来ず夕方には長女も帰宅。少々疲れているようだが、部活の雰囲気があまりキリキリしていないようなのでノンビリの長女でもついて行けるのだろう。それなりに頑張って欲しい。2003 11/21(金) *自宅復帰27日目*午後からPTと主治医の診察です。先日仮免は合格したので、今日は現地集合としてみました。「病院へ着いたら私の携帯に連絡してね」と言っていたのに連絡はありませんでした。ちょっと心配になってPT室をのぞくと、もう自主トレを始めています。なぁ~んだ、と安心もしましたが予約票と診察券を出すのも忘れていたようです。やはり一度にいろんな事は無理なのでしょうか。今日はOTは無いのですが、I先生も心配して様子を見に来ていました。先生も「少しずつですよ、少しずつ」と笑っています。PTのO先生に先日のシリモチについて報告しました。「う~ん、一度転ぶとクセになる人が多いんだよね」とコワイ事を言われます。職場のイスについての心配もあります。要注意です。退院後初めての診察日ですので主治医のK先生には質問が沢山です。忙しい先生ですが、いつもジックリ話を聞いてもらえます。これだけでも患者は安心出来のだと思うようになりました。近況、先日の介護保険のPT利用、お薬の一包化、などshinもメモを見ながら順々に話が出来ました。火曜日のリハビリの時は予約時間が違うのを見つけたり、今回も予約券の手違いを指摘し注意力が戻る時もあるようです。焦ってはいけない、少しずつ少しずつ…です。
2004.11.21
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2004 11/20(土)昨日は半日寝ていたので少し回復したような気もするが、次女もまた風邪気味なので(本当に風邪ばかりひいている)二人で内科へ行く。「しっかり風邪」と診断されてお薬もドッサリ!貰う。朝一番を目指して行ったので9時過ぎには内科を出た。スーパーの開店まで待つ気にもなれず、帰宅する。shinも今日はPTで外出前だったが「もう帰って来たの」と早い帰宅に驚いていた。結局もう一度買い物に出ることもせず、今日も一日休養日とする。2003 11/20(木) *自宅復帰26日目*木曜日はヘルパーさんの日です。介護保険も利用を始めて3ヶ月ほどが経ち、両親もやっと慣れてきたようです。介護保険関係の事業所は本当に沢山あるのですが、我家のヘルパーさんは10年来利用している生協系の事業所から来てもらっています。どのヘルパーさんも気持ちよくお仕事をしてくれる方ばかりで年齢的にも私と近い方が多く、話をしていても分かってもらえることが多々あり、私としても心強い思いです。気難しい義父もヘルパーさんとはニコニコ顔でコミュニケーションが取れるので(家族にはめったに見せない顔ですが)、週に1~2回の笑顔が出来る事もプラスと考えます。義母もお掃除の仕方やお布団の干し方など最初に希望を伝えたのですが、後はノートなどを通してヘルパーさんの共通理解となっているようでお仕事もスムーズにこなしてもらっています。shinが病気になる前に漠然と両親の介護保険について考えていた時期もあったのですが、今回の申請についてはshinの病気と私の関わり方も大きなファクターになったようです。一定期間を経過すると再審査があったりもするようですが、年齢的にも両親は維持で精一杯の状態ですので、これからも継続して利用ができると思います。家族が介護が必要になった時、主婦が一人で抱え込み精神的にも体力的にも限界を迎えてしまうというケースをよく聞きます。高齢化が進んでいるなかで安易な利用は考えものですが、本人も家族も少しでもいい過し方を選択するためにも、沢山の専門家に関わってもらうのは決して悪い事ではないと思うのです。これからの両親がどんな状態になるかは皆目見当もつきませんが、出来る限り健やかに過してもらうためにも介護保険は重要な制度だと思っています。
2004.11.20
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2004 11/19(金)昨日からの風邪が本格的になり体がだるい。午前中はどうしても外せない用があったので午後から病院へ行こうかとも思ったが、シンドイ時は出るのも億劫で結局午後からお昼寝をした。昨日帰宅したshinは22日の義父の検査の予定を知り、ションボリしていた。「お友達も沢山行かれるし、うるさい私が一緒に行くよりいいんじゃない?」と言ったらブツブツと不機嫌になった。それでも日帰り旅行の幹事さんのKさんに電話をして、私の分のキャンセルを連絡していた。私が自分で連絡しないといけないかなぁ…と思っていたのでこんな事にも気がまわるようになったshinの行動がちょっと嬉しかった。2003 11/19(水) *自宅復帰25日目*午前中ケアマネージャーのKさんの訪問です。我家では両親とshinの3人が介護保険を利用しているのでKさんも月一回の訪問で3人の話を聞かねばなりません。と言っても3人いっぺんには無理なので、先に両親を済ませて次がshinです。今のところ両親は介護保険を利用して週に2回、ヘルパーさんに来てもらっています。それぞれの部屋の掃除や布団干しなど、高齢の両親が出来づらくなってきたところをサポートしてもらっているので二人ともとても喜んでいます。私もshinの病気以来、両親の事がすごく気になっていたのでヘルパーさんやケアマネさんなどプロの方が定期的に来てくださるのはとても心強いし、朝が弱い義母も人が来られる日は早く起きるようになったので、その点でも一日のリズムが作れて良かったと思います。今日の訪問では両親とshinに対して訪問のPTリハビリについての提案を受けました。両親はだんだん足が弱ってきているので現状をなるべく維持するために、shinは外出訓練や通勤の付き添いで利用が出来るのではないか…という事です。入院中にI先生とも相談した事もあるのですが、訪問でPTやOTのリハビリを提供出来る事業所はあっても、両親やshinのように通院が出来るレベルの人の利用は難しいと聞いていたので、もしそれが可能なら願ってもない事だと思います。ただしPTについては医師の指示書が必要らしいので、次の診察日にK先生に聞いてみないといけません。ケアマネージャーのKさんは介護保険に対してもしっかりした考えをお持ちのようで、それぞれの事情にあった利用の仕方を提案して下さいます。介護保険をめぐる事情もあれこれ耳にしますが、我家の場合とてもよいケアマネージャーさんやヘルパーさんに恵まれているようで、感謝です。
2004.11.19
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2004 11/18(木)以前から下肢の血行障害を訴えていた義父だが、とうとう専門の病院での診察をする事になった。主治医からの診療情報提供書があったので、本人や家族からの説明はあまりする事もなかったのだが、3項目の検査も含めて診察終了までにはかなりの時間がかかった。大きな病院であればあるほど待ち時間も長いのは当然なのだが、同行した義母の腰の痛みも心配しながら4時間あまりを病院で過す事となった。今日の検査の結果、腎臓に心配な点があるため造影剤は使用できない事が分かり改めて22日に超音波の検査を予約した。自分の症状の説明は縷々と出来る義父も、ちょっとした指示や説明でも理解できていないのが一緒にいてよく分かった。22日はshinと箱根へ行く予定があったのだが、私は義父の方へついて行く事になるだろう。昨夜から喉があやしかった私だが、今朝は完璧に風邪の状態。先週から子供達が風邪気味だったのできっとうつったのだろう。shinや両親にうつさないようにしないといけない。2003 11/18(火) *自宅復帰24日目*今日もOTとSTがあります。お天気も良いので「ひとり通院 仮免検定 その2」をする事にしました。最寄駅でホームを間違えそうになり、乗換駅でパスネットとバスカードを取り違えたのですが、パニックにはならず冷静に対応出来ていました。前回のチェック項目も落とさなかったので、今回はOKとしました。家族としてはまだまだ心配な点がありはするのですが、一つ一つを経験しながら身につけて欲しいと思います。リハビリの先生方にも事情を話して様子を見ることにしましょう。shinは早速リハビリの時に担当の先生に今日の様子を話していました。先生方もshinの高次脳のレベルは充分ご存知で、「病院へ着いたよコール」の確認もして下さる事になりました。こうやって家族と病院が一緒に支えていける体制は、家族としても本当にありがたく心強く思えます。電卓の練習時に適当な数字があった方がより効果的ではないか…とOTのI先生からアドバイスを受けました。早速帰りに次の駅で途中下車をして珠算の問題集を購入しました。ちょっと疲れていたのでしょうか、帰りのホームを間違えてしまい朝の事もあって二人で苦笑いです。元気な人でも間違える事は沢山あるのだけれど、shinのように病気の後遺症があればすべてそちらに原因を持って行ってしまいす。今日のSTでは作文の宿題が出たようです。shinは「ホーム間違い 朝編・夕編」を書こうと、電車の中でメモをしていました。
2004.11.18
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2004 11/17(水)shinは午前中PC、午後から地区のリハビリへ出かけた。随分以前に陶芸のメニューがあったのだが、今日は完成品を貰って帰ってきた。20cmくらいの花瓶が一つと小皿3枚、中皿3枚を新聞紙に厳重に包んで持ってきたので、もともと薄いバッグがパンパンに膨らんでいたのがおかしかった。もともと不器な右手なのだが釉のかけ方のせいか色のムラと焼け方のムラが面白く出ていて、なかなか味のある出来上がりだった。せっかくなので渋めの和柄の風呂敷と焼物をアレンジしてサイドテーブルに飾ってみた。ドライになったほおずきもあしらうとなかなか面白い。義母は「あらぁ、こんな風に飾ってあると名のある人が作った物みたいね」と笑っていた。shinも満更ではなさそう。2003 11/17(月) *自宅復帰23日目*今日はH病院の2回目の検査日です。さすがに今日は手違いも無く、普通の待ち時間で検査に入りました。今日の検査は言ってみればIQの検査みたいなものなので、shinは文章を読んでいろんな事を判断し、答えを右手で書字しないといけないでしょう。総合的な考察力や判断力、また制限時間内にどれだけ書けるか…きっと今のshinにとってはシンドイ検査だろうし結果も厳しいものだと予測できます。約2時間位で終わり、疲れた表情で出てきました。それでも前回に比べればキチンと検査が出来た分、気持ちも落ち着いているようです。F病院のS先生も主治医のK先生も検査結果を知りたいと言われたので、12月の脳外の外来時に検査結果を貰えるよう依頼をして帰りました。昼食に入ったお店で、ジャケットを脱ぎながらイスに腰掛けようとしたshinがあっと言う間に私の視界からいなくなりました。「へへへ、転んじゃった」と笑いながら起き上がったshinです。二つの事を同時にした為でしょうか。ジャケットを脱ぐ事に集中して、イスへの注意が薄くなったようです。手足の屈伸をしてみましたが骨折の様子はありません。尻餅だけで済んだようです。退院後初めてのドキドキでした。本人も驚いたようですが、私もビックリです。こんな事もあるのか…と思いましたが、職場のイスの事などを考えてしまいました。次回のPTでO先生に相談しなくてはいけません。夕方、お風呂場の手摺り工事をしてもらいました。浴槽の横の壁に横手摺りとお風呂場の出入り口に縦手摺りをつけてもらいました。I先生の指摘もあって浴槽横は少し足寄りの位置につけてもらいましたが、右手を伸ばして握れるので使いやすそうです。これで浴槽からの立ち上がりと浴槽の出入りが、随分楽になるでしょう。退院の頃shinの介護保険の申請もおりたので、今回の工事は介護保険を利用出来ました。利用者の負担が1/10で済むのは本当にありがたい事です。
2004.11.17
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2004 11/16(火)先月から引っ張っていた歯科も「ようやく今日で卒業」と言いながらshinは外出。お天気もまあまあなのでそのままフィットネスへ行くと言う。退院から一年が経ったが、漸く一日に2~3つの予定をこなせる体力・気力・判断力がついてきたかな…と思える。でもこれも一定ではなく(体力的に落ち込む事は少ないが)判断力や記憶の面では「上出来」から「う~ん、あと一歩」のレベルまである。やはり脳血管障害の後遺症として頭の中の「晴れ具合」は日によって差があるらしく、曇っている時はいろんな力も鈍るようだ。でも朝からどんな状態かは私も分からず、shinと話をしたり結果としてついてきた事を考え合わせながら「ああ今日は曇りだったのね」と後から辻褄が合うことも多い。気象庁の天気予報のようにshinの頭の中のお天気も、朝から予報が出たらいいのにな。おでこの色から分かるとか…ね。2003 11/16(月) *自宅復帰22日目*次回のリハビリ教室に備えて地区センターまで歩いてみました。コースもいろいろ取れるのですが、一番歩道が確保されているルートを歩いてみました。思ったより時間もかからずつく事が出来ました。shinは地区センターは初めてだったので、中の様子もチェックです。試合で東京の北部の方まで行く長女を朝早く送り出して、そのまま私達も出てきたので「まだこんな時間」って感じです。駅でコーヒーを飲んでいるうちに、あんまりお天気がいいのでこのまま出かけてみようという事になりました。フラリと乗った電車は「逗子行き」だったので北鎌倉まで乗りました。どこといってあてもなかったのですが、まず駅から近い円覚寺を見学しました。山門を入るとなだらかな斜面に建物が点在しています。「階段と坂道ばっかりだけど、大丈夫?」とshinに尋ねました。「行ける所まで行ってみよう」とshinはノンキに答えます。ちょっと大袈裟ですが、道のりの大変さが予測出来ないのかそれとも自分の能力と相談できているのか・・・判断がつきませんでした。まぁ、それでも無理と分かった所から引き返せばよいのですからボチボチ上がって行くことにしました。お掃除が間に合わないのか色づいた落ち葉が階段やスロープに敷き詰められています。元気な時は美しいと見える光景も、湿った落ち葉の滑りやすさが気になります。でも心配は要らなかったようです。shinは上りも下りも結構しっかりした足取りでした。小1時間かけて見学できました。鎌倉はいつ行ってもどこへ行っても人が多いのですが、今日も例外ではなくすごい人出です。私達のように見学だけでなく、スケッチをする人や三脚を立てて写真を撮る人など夫々の楽しみ方をしています。「あぁこれが普通の生活なんだなぁ」と思いました。お昼近くになったので「もう帰ろうか」とshinに聞くと「建長寺も見ようよ」と言います。大丈夫かな…と思いましたが、ゆっくり建長寺まであるいてみました。円覚寺と対照的に建長寺はまず大きな駐車場があり、大型バスもたくさん停まっていました。「なぁ~んか世俗的だね」と私が言うと「鎌倉そのものが既に世俗だよ」とshinが答えます。それもそうか。山門を入ると奥のほうまで平らに開けた敷地がとても明るく輝いて見えます。「どうです、立派に作りましたよ」って感じでしょうか。建物の中も見学できたので入ってみました。本堂の回廊の裏側から見えるお庭と池が広々と気持ちよく作ってあります。通る人の邪魔にならないように座り込んで景色を眺めている人も多く、私もしばらくじっとしていました。久々に見る開放感がある気持ちの良い景色です。はぁ~~~っと大きく深呼吸をしてしまいました。古い建物をそのままの形で活かしている円覚寺と新しい物古い物をミックスしている建長寺は本当に対照的でしたが、どちらも秋の日のいい思い出になりました。まだ寝ていた次女には黙って外出してしまったので、取り残された寂しがり屋の次女からはず~っとメールが届きました。秋日和の鎌倉を携帯片手に歩いていたのは…私です。フラリと出かけた小さな旅でしたが、shinの歩きもしっかりしてきた事も分かり、何だかいい気分の一日でした。たまにはこんな過し方もわるくありません。
2004.11.16
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2004 11/15(月)先週から風邪気味だった長女はジンマシンまで出てしまい朝から病院へ。昨夜は薬疹かとも思ったが「薬疹にしてはタイミングが合いませんね。でも念のためお薬は変えておきましょう」と内科の先生は気持ちよく対応してくれた。昨日も練習があった次女もとうとう疲れが出たのか、ダウン。こんな雨の日は体もお休みモードになるのか、娘達はベットの上で爆睡の一日だった。2003 11/15(土) *自宅復帰21日目*月曜日に予約していたインフルエンザの2回目の予防接種を早くしてもらいました。 病院で落ち合うことにして、shinは徒歩で私は車で出ました。これからのshinの行動を考え、歩けるときは一人でどんどん歩いて欲しいので帰りも別行動です。shinはスーパーでちょっとした買い物をして、バスで帰りました。私は義父の誕生会用の買い物です。shinの退院祝いもしていなかったので、家族だけで今夜はささやかなお祝いです。塩分やカロリーなど退院してから随分気をつけているつもりですが、そこまで考えると今の私には行事食は作れません。今夜はノーカウントにします。shinの病気以来難しい表情が常だった義父も今日はご機嫌さんです。またこうやって6人でお祝いの食卓が囲める事に感謝しました。
2004.11.15
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2004 11/14(日)朝からケーキのデコレーション。と言っても私は凝ったことはしない。チョコレートケーキは温度とタイミングさえ外さなければうまくいく…ハズだから。本当は明日が義父の誕生日なのだが、いつも皆が揃う土日になる。1月の長女とshinから始まり11月の義父の誕生日で6人分のセレモニーはおわり。12月はクリスマス、年末のあれこれと何もしないくせに主婦としては好き…ではなくなった。2003 11/14(金) *自宅復帰20日目*今日は午後からPTなので、延期にしていた一人通院仮免検定をする事にしました。家を出る前に検定事項(歩行、信号、杖の持ち替え、階段の位置取り、改札の前後等など)を確認してスタートです。歩行についてはあまり問題もありませんでしたが、杖の持ち替えが上手くいきません。特に駅の階段では後ろから昇ってくる人に危ないような持ち替え方をします。また腕時計を見るときは杖を持ったまま左手をブンッと回して、これも危ない危ない。病院の最寄り駅前では信号無視です。ゴールしたら時計台広場から私の携帯へ連絡して終わりだったのですが、これも忘れていました。「残念ですが今日は不合格です」と私が言うと特にガッカリした様子もありません。敗因も細かく説明しましたが、PTのO先生に説明する時にはすっかり忘れている始末です。これは何回も繰り返して体で覚えていかなくてはいけないと思いました。とりあえず人様への危険を少しでも減らす為、腕時計は右手にする事にしました。右足の摺り足は随分よくなりましたが、微妙に余分な動きがありO先生は気になるようです。自主トレメニューに右足開脚がプラスされました。帰りには「○さん、随分頭スッキリしたね。でも今から寒くなるのに大丈夫なの?」とO先生は笑いながらshinに言っていました。みんな感じる事は一緒のようです。先週までは病院の帰りはすごく疲れていましたが、今日は二人ともわりと元気です。すべてすべて「慣れ」でしょうか。
2004.11.14
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2004 11/13(土)今日は次女の駅伝本番。駅伝の応援も初めて、会場も初めての所で様子が分からないので少々早めに家を出た。男子は6区、女子は5区に別れており1区とアンカーのコースと距離が違うらしい。「女子は2~4区は周回コースでなぎさ広場の東側と西側を走りますから急いで行き来すれば2回応援ができますよ」と大会関係者に教えてもらった。なぎさ広場へ行ってみるとナルホド選手達もアップを始めているし、応援も多い。スタートから10分ほどで1区の選手が通過する。実況放送も大きく聞こえるので、選手が通り過ぎてからも大体の様子が分かる。駅伝もマラソンもshinが大好きなのでTV中継はよく見るのだが、中学生レベルでも実際には初めての応援だ。50ccの先導バイク!の後を首位グループが走る。広場の東側を通過したら、50m程の西側まで急いで移動。風はあるものの温度は結構高いので、選手の顔も上気している。次女もチラリと私達の応援を左目で捉えて走り去った。照れ屋なので、こんな時も絶対に反応はしない子だ。応援の若者はサァ~ッと移動する。芝の上を早足で歩くのはshinもだんだんきつくなったようだが、この様子を早送りで見ると結構おもしろいかも…ナンテ思いながら応援しているうちに女子の部は終了。首位争いは最後まで熾烈だったようで、ずっと2位に着けていた学校が初優勝し、全国大会への切符を手にした。最後に抜かれて2位になった学校のアンカーはゴールインとともに泣き崩れる。3位に入った学校は初の関東大会出場決定でうれし泣き…と悲喜こもごものゴール風景だった。55校の参加で次女の学校は半分よりちょっと下だったらしい。練習ではなかなかタイムも伸びなかった次女も自分のベスト記録でタスキを繋ぐ事が出来た。疲れた中にもホッとした表情で次女が帰って来た。小心者なのできっと精神的な疲労が大きかったろう。これからもチャンスはきっちり捉えて、体も心も強くなって欲しい…と欲張り母さんは思った。2003 11/13(木) *自宅復帰19日目*shinは昨日の一人帰宅で自信がついたのか、今日は一人で外出しました。と言っても駅ビルまで歩き、散髪を済ませて電話をして帰る…という程度ですが、今のshinには結構緊張するレベルなのです。帰りも歩いてきたらしく、うっすら汗をかいています。初外出はうまくいきました。が、それにしても頭がスースーです。まるで高校球児のよう。ちょっとさっぱりしすぎでしょうか。明日は天気もよさそうです。先日延期した一人通院仮免検定をやってみましょう。
2004.11.13
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2004 11/12(金)朝はかなりの雨だった。義父の誕生会を日曜日に予定しているので、スポンジだけを午前中焼く。11月は温度も安定しているので義父のBDはチョコレートケーキがお決まりなのだが、さすがに昨年は焼けなかったなぁ…。そんな事も思い出しながら材料を揃えているとココアを切らしているのを発見。最近は全部この調子で、どこか抜けている私。え~い、本当はダメなのだが砂糖入りのインスタントココアを使ってしまった。へへへ。 2003 11/12(水) *自宅復帰18日目*久々に朝から晴れました。今日はガス工事の予定があり、何かと慌ただしく落ち着きません。このあたりはずっとLPGだったのですが、やっと都市ガスの工事も始まりました。もし災害があったらどっちの復旧が早いかなぁ…との思いもありましたが、義母が強く都市ガスを希望したので工事をする事にしました。shinは初めてのリハビリ教室へ行く日です。入院中に見学を予定していましたが、会社との面談が重なりそのままになっていました。数日前にshinに確かめると「行ってみるよ」と言います。私も今のshinは外出の機会を増やした方がいいと思っているので、賛成しました。念のために確認の電話をすると、今日の予定はバスの車庫で乗降訓練があるそうです。リハビリ教室の担当者の他にPTの専門家のアドバイスもあったそうです。参加者も思ったより多かったらしく、「行ってよかったよ」とshinも言いました。行きは車で送りましたが、帰りは早速バスに乗って帰宅しました。先日買ったバスカードは使い忘れたようです。帰りには「携帯で連絡」も忘れたようです。まぁ一度に何もかもは無理でしょう。少しずつ少しずつ。
2004.11.12
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2004 11/11(木)ヘルパーさんのスタート時間が早まり両親は昼前より外出。shinはKさん主催の料理講習会&昼食会でマツタケご飯など「豪華なお昼」と言って出かけた。誰もいない貴重な昼下がり、ノンビリゆっくり過す。2003 11/11(火) *自宅復帰17日目*退院して2週間が過ぎました。少しずつ時間の使い方も見えてきたようにも思えますが、予定が無い日などうっかりするとshinはご隠居さんモードに浸っている時があります。本当はゆっくりと生活をする事が病気の回復には必要なのでしょうが、2ヶ月という期限があるので時間を考えながらの生活も重要になります。OTのI先生は自宅復帰での様子もいろいろと心配してくれます。先日運動施設を見学した事、右腕の痛み、運転免許の更新、ご隠居さんモードなど家族として気になる事も話してみました。通院になってからのOTは書字やワープロなどを中心にやっていますが、こうして生活全般を相談できてありがたいと思います。重要な事はリハビリの中で先生からshinへフィードバックもあるようです。家族として言えること、リハビリのプロとして言えること、shinにはうるさく思われるかもしれませんが、情報の入り口は沢山あったほうが今のshinにはいいのかもしれません。今日予定していた「一人通院仮免検定」は雨になったので延期にしました。と言っても、私とshinがやろうと決めた事でチェックポイントは、歩行は勿論ですが杖の持ち替え、パスケース等の出し入れ、電車の乗り降り、信号の確認、携帯での連絡などですが、先生方には報告をするつもりです。何かきっかけを作る事でshinも意識してくれれば…と思っています。まだまだ雨の日の歩行までは手がまわりません。まず条件のいい日を選んで、何度も何度も同じ事を繰り返さないとshinの能力にはなりにくいと思っています。
2004.11.11
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2004 11/10(水)今朝は両親の介護保険更新の為の認定調査の予定があったのだが、またまた忘れていたらしく二人とも10時ギリギリの起床でハラハラだった。本人への聞き取り、可能な場合は家族への質問もあり、その内容からまだまだ深刻な状態の方もいらっしゃるのだと改めて思う。13日に開かれる駅伝の県大会。次女の中学はもともと3年と2年のチームで市の大会も入賞していたのだが、一人欠員が出てしまい、次女がピンチヒッターになってしまった。選ばれた経緯は簡単で1年生の長距離メンバーが少なく、おまけに次女より記録がいい子は練習参加に問題があるらしい。先生も究極の選択だったのだろう。「先輩が作ったタイムの貯金を私が全部使って赤字を出すかも…」なんて言っているのだが、小心者の次女はもう心臓が喉の辺りまで来るくらい緊張しているようだ。(笑)さりとて私に出来る事は限られており、練習で固くなった筋肉をマッサージしてほぐしてあげるのが、毎晩の日課になっている。さてさて本番はどうなることやら。今朝は夜明け前に美しい情景を見た。5時半頃の東の空。雑木林のシルエットの上にうっすらと赤みがさした朝焼け…その上は群青色へのグラデーションと続くのだが、さらに上を見ると暁の明星と尖った三日月そして木星。私は描写力がないので「そのまんま」の表現しか出来ずに残念だが、限られたときのハーモニーは秋の夜明けのきりりとした緊張感の中にあった。小さなささくれがアレコレ多い毎日だが、こんな時自分が浄化されていくような気がする。2003 11/10(月) *自宅復帰16日目*先日の脳外の受診で予約した検査の日です。お天気も悪かったので早めに出かけ、H病院には9時に着きました。ちゃんと予約をした検査だったのに、待たされます。途中でスタッフに何度も時間や場所の確認をするのですが、その度にうやむやな答えがしか貰えず、shinがだんだんイライラしてくるのが分かりました。マンツーマンの検査ですが、どうやら担当が決まっていなかったようでお昼頃になってから若い女性が「今日は少ししか出来ないんですけど…」と言いながらやってきました。shinはその人と検査室へ入りましたが、30分ほどですごく疲れた顔をして出てきました。「残りは後日ですのでまた予約をしてお帰りください」F病院と違ってH病院はすべてコンピュータ化されており、カルテも電子カルテです。 入院中はリハビリの時間一つとってみてもスタッフがPCを触ればすぐ分かり、大変便利だと思いました。今回の検査も脳外のI先生が私達の目の前でPCから予約したものです。確かにツールは整っていても、最後は人の確認が重要だと思います。スタッフはPCだけを過信しすぎているのでしょうか。前回のSTで買い物の話になり「今のところボクは重い物も持てず役立たずですから…」とS先生に話していたshinです。先生はすぐに話題を変えましたが、そんな風に思っていたのかと驚いた私でした。それからshinと一緒の買い物の時は、駐車場までカートが使えるスーパーを選ぶようにしました。カートを押すのは勿論shinです。今日もカートを押してもらい買い物も済ませました。帰宅したのはもう夕方でした。とても疲れた一日でした。明日はSTとOTがあります。電車通院も何回か経験しました。杖の持ち替え、パスケースの出し入れ、階段やエスカレーターの位置取りなど歩行だけでなくいろんな問題点も見えてきました。一人通院のための「仮免検定」を明日やってみよう…とshinと決めました。
2004.11.10
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2004 11/9(火)義母と外出の約束をしていたが、なかなか起きてこず家を出たのは昼過ぎだった。もともと朝は起きれない人なのだが最近は予定も忘れるようでヘルパーさんやケアマネさんの訪問日も起きれなくなっている。車に乗ると色々と話をする義母だが、話題が飛ぶこと著しく慣れない頃は運転しながら話についていけなかった。話すだけ話すとすっきりするらしいので、最近は運転中の安全確保のためにも私は相槌専門。間接話法は結構上手く、「は~ん、これは私に言っているのね」と思える事も多々ある。しかし年月は素直だった私を強かに育ててくれ上手に逆襲が出来る時も多くなった。なはは。「ブッシュさんはもっとエネルギー問題に目を向けるべきよ」…おお今日の話題はグローバル。でもね、お義母さん、エネルギー問題ならまずお部屋のエアコンや電気の消し忘れからチェックしましょうか。「エコ」は身近な所から始まるのよ。2003 11/9(日) *自宅復帰15日目*今日は衆院選です。午後から雨になりそうなので朝から外出です。投票を先に済ませて、駅まで出ました。昨日練習した通勤ルートですが、もう一つ手前の駅で降りて歩いたほうが会社には近いように思えて試してみることにしました。こちらは住宅地にある駅ですが、しばらく行くと畑もチラホラありノンビリと歩けそうです。しかし丁度良い場所に橋が無く、ずっと大回りをしなくてはいけない事が分かりました。結局昨日のルートより時間がかかりました。朝の混雑は免れますが、距離は沢山歩かないといけません。帰りは大きな駅までを昨日と別のルートで歩いてみました。駅まで約15分でしたから、電車に乗るまでは20分くらいでしょうか。いずれにしてもコースを決めたら、何度も何度も繰り返しをして横断歩道の場所を覚えたり時間の短縮に努めなければいけないようです。
2004.11.09
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2004 11/8(月)長女の三者面談。はぁ~~~の一日。2003 11/8(土) *自宅復帰14日目*復職したら職場は3つ先の駅になる予定です。駅から会社までのルートを歩いてみる事にしました。大きな駅なので混雑を避けてまず小さな出口から会社までの道をチェックしてみました。大通りよりいいかな…と思って歩いてみましたが、歩道もあまり整備されてなく、20分ほどかかりました。混雑はしていても歩道がきちんと整備されている方がいいのでしょうか。今のshinの状態でモタモタしていたら、まず駅の中で転倒したり将棋倒しになったりしないかと不安もあります。今日は土曜日ですが、実際の通勤時間帯に何回も練習が必要だと思いました。またラッシュ体験をPTかOTの先生と出来たらいいのに…とも思います。帰り道を確認しながら駅まで出ました。ちょうど身障者のスポーツ施設が駅から20分くらいのところにあるので、そこも見学する事にしました。そこは市が運営する施設ですが、とても大きく身障者だけでなくだれもが利用できます。プールやフィットネス・ボーリング・卓球・グランドゴルフ等のスポーツだけでなく、パソコンや料理の講座まであるようです。もともとスポーツ大好きのshinですから、こんなところで楽しみながらスポーツができればどんなにいいでしょう。利用にあたっては、shinはまだ通院中のため医師の診断書が必要だと分かりました。また障害者手帳をもっていれば無料で利用できる事も分かりました。shinは手帳の申請もしていないので暫定の利用カードを発行してもらいました。退院してからまだ日も浅く病院以外の外出場所もないので、行き先が一つ増えたようでshinも嬉しそうでした。
2004.11.08
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2004 11/7(日)shinと長女が学園祭へ出かける。病後この組み合わせで外出するのは初かもしれない。すれ違っても気づかない二人なので、次女は「大丈夫かな」と笑っていたが…。「昨日は駅の階段やエスカレーター上で止まってパスケースをしまったりしていたから、人ごみではちょっと注意してね」と長女に耳打ちして送り出した。基本的に流れる時間波長は一致する二人なので、夕方いい顔をして帰宅した。次女は昨日の疲れもあり、終日ボーッとして過していた。大会の日は「駅集合6時」が多いので、朝はとても早くなる。夏の間は5時には明るくなっていたが、冬時間になると6時でもまだ暗く、こんな時間に出かけるのも結構シンドイだろうなぁと思ったりする。2003 11/7(金) *自宅復帰13日目*午後から高校の三者面談があるので、駅までshinとwalkingです。まだ一人で外出していないshinですが、今日の帰りは単独行動です。自宅に着いたら私の携帯に連絡することを約束して駅で別れました。長女の担任はベテランの女性教師ですが、おっとりタイプの娘の性格もしっかり把握されていました。先日の合唱コンは金賞を取れて先生も嬉しかったようです。合唱コンの会場で慌ただしくshinと挨拶をしたのですが、入院した事もお知らせしていたので、外出できるまでになったshinを見て回復を喜んでいただきました。長女は弓道部に入っています。時間も早かったので面談後、弓道場まで案内してもらいました。学校の敷地とは少し離れた所に学校と同じ名前の教会がありその奥が弓道場でした。そこまでの道のりは結構あったのですが、桜の木が沿道に植えてあるので季節にはお花見しながら通うのだそうです。長女とはそこで別れました。帰りは下りの坂道であっという間に学校に着きました。知らない道はどんな時も遠く感じるのだと思いました。帰りは途中下車をする予定でしたが、下車駅の手前で原因不明のまま15分ほど停車してしまいました。日中でしたしアナウンスもあったので乗客もパニックになることもなく、落ち着いた車内でした。お連れがいる人はおしゃべりに夢中でしたし、そうでない人は本を読んだり寝たり…一番多かったのは携帯を操作する人でした。今の状況をメールで誰かに知らせたりしているのでしょうか。ニヤニヤしながら忙しく親指を動かす人が目立ちました。あとどれ位すると皆イライラしだすのかなぁ…なんて思っているとアナウンスがあり電車が徐行し始めました。車内に流れていた空気のテンポが変わり、乗客の表情も元に戻りました。エアポケットへ入り込んだような15分間でした。帰宅すると次女がお風呂をセットしてくれていて、shinは早めに入浴していました。よしよし。
2004.11.07
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2004 11/6(土)秋晴れの今日は次女の陸上秋季大会。800mの新人戦に出場だが競技時間が9時と早く、朝からバタバタでshinと出かけた。サッカー場もある大きなスポーツ公園なのだが、地下鉄の駅から15分ほどの上り坂で、shinはフーフー言っていた。9時丁度に着いたがフィールドではもう1組めが走っており、焦ってしまった。次女は3組のスタート。800mはフィールド2周なのだが後半がキツイらしい。前半はかなり飛ばしていたが、最後がバテたようだ。タイムトライアルで目標は2分45秒台と言っていたが、10秒あまりオーバーしたらしい。しばらくしてから次女を捜すと、電光掲示板の下にフィールドに背をむけて座っていた。前に廻りこむと、あららパンをムシャムシャやっている。目には少し涙の跡があったのだが、何か食べながら気持ちの整理が出来るのだから、心配はないだろう。肩をポンポンとたたいて私はshinの所へ戻った。それでもshinは「前半からスピードを出す方がいいよ。トレーニングでもそうやって走っているうちにスタミナも持久力もつくから」と言う。私はスポーツに関しては何も分からないがshinのそんな言葉が妙に頼もしく「帰ったら本人にも言ってやってね」と約束した。午後からの予定がキャンセルになったのでゆっくりと帰る。競技場前のバス停からバスに乗り、自宅の最寄駅の二つ前まで来れた。この便は便利だと思ったが、なんと1時間に一本しかなくタイミングがすべてだと分かった。明日が立冬の土曜日だったがポカポカと暖かく、気持ちの良い一日だった。2003 11/6(木) *自宅復帰12日目*午後からPTですが、朝からヘルパーさんが来る日なので昼食と夕食の下準備を大急ぎで済ませました。午前中はこまごまとした用事を済ませます。今日は私が疲れているのでまた車で通院です。O先生何か言うかな。早めに駐車場に入れたので、shinは312号室へ遊びに行きました。2時にPT室で待ち合わせをして、私は車で仮眠しました。昨日は疲れた様子のshinでしたが、一晩休むと回復したようです。私よりも元気かもしれません。体力・気力の回復が実感できる時、ジワ~ッと希望が湧いてきます。
2004.11.06
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2004 11/5(金)shinは午前中グランドゴルフ午後は同じ施設でフィットネス後、隣のリハビリセンターに入院中のTHさんをお見舞いして5時過ぎ帰宅。最近は日暮れが早くなり、4時半くらいから急に暗くなる。以前は暗い道も心配で帰宅も早く出来るようにスケジュールを調整したりしたが、だんだんそんな事も考えなくなってきた。でも何事も慣れた頃が危ない…と言われるので注意はしないといけないのだろう。2003 11/5(水) *自宅復帰11日目*昨日のI先生のアドバイスもあって今日はダブルの予定を立てました。お天気はイマイチですが、shinの調子は悪くなさそうです。午前中は次女の市体育大会です。大きな競技場に沢山の小学校6年生が集まり、団体種目や個人競技を行います。広いスタンドですので、次女達の小学校を探せるかどうか自信は無かったのですが、たまたま団体種目の「ソーラン節」は私達の座席の延長線上が次女達の立ち位置でした。5年生の運動会でやったソーラン節とは少しフリが違っていたようですが、みんなノリノリで踊っています。テレビ番組の影響もあり全国的にもソーラン節が流行しているようですが、この早いテンポや力強さが若者に受けているのかもしれません。本人は気がつかなかったようですが、shinも私も次女を見つける事が出来ました。個人種目も見たかったのですが、次の時間も迫っているので急いで会場を後にしました。次の長女の合唱コンクールの会場は電車で20分、徒歩15分と駅から遠くかなりハードでした。歩行のスピードがなかなか出ないので急ぐ時は焦ってしまいます。コンクールは始まっていましたが、長女のクラスの順番には間に合いました。課題曲はちょっとアラが目立ちましたが、自由曲は難しい曲にチャレンジしていてかなり出来も良かったです。音楽選択ばかりではないのに、粒が揃った歌い方でした。6クラス分聞いたところで早めに会場を出ました。二人とも少々疲れていましたが、shinの退院祝いの手配もして帰宅しました。お隣のHさんは義母と同じ年令ですが、ご主人と二人で頑張って暮らしておられます。shinの入院中もずっと心配をしてもらっていました。退院のご挨拶をしにお宅へ行くと「あなたよく頑張ったわね」と私の肩をさすってくれました。「ご主人は入院しているから心配はないと思っていたけれどあなたが倒れるんじゃないかとハラハラしてたのよ」いろんな方に心配をかけてしまった4ヶ月でした。毎日毎日を乗り切るのに精一杯でしたが、そんな私も側からみれば危うさに満ちていたのかもしれません。それでもこんな風に言ってもらえるのは心に沁みます。Zさん、Y子ちゃん、Hさん、実家の母が沁みる言葉をかけてくれました。幾つになっても労いは嬉しいものだと知りました。帰宅した長女はニコニコしています。「金賞だったよぉ~。お父さん来てくれてありがとう!」とshinに言っています。疲れはしましたが、思い切って出かけて良かったと思いました。
2004.11.05
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2004 11/4(木)10時のPCの為には9時少し前に家を出ないといけないのだが、今朝のshinは外出前の時間設定が出来ていないようで新聞を丁寧に読み、出る直前に掲示板に書き込みをしていた。段取りしながら予定を立てる事を常にshinには言っているのだが…。ただし病前から時間的なものは私と大きくズレていたので、これが高次脳による遂行機能障害か病前の習性が増幅されたのかは分からない。ひとつ言える事は自分でもっともっと意識しないと社会復帰は難しいだろう。昨日りんごの皮むきを練習した長女は、家庭科のテストもOKだったらしい。特に時間の制限は無く皮がむけているか…がチェックの基準だったらしいが、中には器用な男子もいて「△君は普通にむいたのとウサギちゃんカットと両方してたよ。すごいねぇ」と感心していた。私は男の子・女の子の区別はしていないつもりだが、子供の話を聞くと最近は器用でマメな男の子が多いらしい。先日の調理実習でも「早く来ておコメを研いでいたのは××君で、△さんが研いだおコメは水加減が違っていて食べられなかったんだよ」と話していたのが可笑しかった。これからは一人の人間としてどこででも暮らしていける生活力は重要だろう。そしてこの点、長女の事が心配な私。2003 11/4(火) *自宅復帰10日目*今日のリハビリは午前中のSTと午後のOTです。今日は電車のつなぎも良かったので1時間弱で着きましたがやはり1時間半は見ていたがいいかもしれません。STは実習生の自己紹介から始まりました。F病院は大学の付属病院なので関係の実習生も多いようですが、すでにお仕事をしている先生も実習に来ている事もあるようです。今回の学生さんは真面目な感じのお嬢さんでした。S先生が上手にリードしながらリハビリが進みます。OTは2時からだったので食事は外へ出ました。今日はこの前とは別のファミレスへ行きましたが、カロリーも塩分も表示が無く定食のご飯を1/4残しました。OTではI先生に明日の予定を相談しました。明日は横浜市の小学6年生の大きな体育大会があり、午後は長女の高校の合唱コンクールがあります。我家の最寄り駅を中心として上りと下りでそれぞれ2駅の所が会場なのですが、時間的にも厳しいスケジュールなので移動も心配だしshinの体調も気になります。事情を説明するとI先生は「う~ん、私なら両方行きますね。どちらの行事も今年だけのものであれば、せっかく○さんも退院したのだから行ったがいいですよ。疲れはするだろうけど大丈夫」と言われました。これで決まりました。背中をポンと押された気分です。shinも私も行く決心をしたかったのだと思いました。なかなか一日のペースがつかめず、私が一番アタフタしているかもしれません。焦らないように、出来る事を出来るテンポで。
2004.11.04
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2004 11/3(水・祝)文化の日らしく上天気。11月3日はもともと晴れの特異日だそうだが、この10年間では5割の確率だとか。今年は秋晴れも少ないので貴重なお天気だ。朝からあれこれ忙しい。次女は午前中部活。昨日の合唱コンクールの伴奏と今週の土曜日の新人戦が気になり、ここ数日何となく元気がない。「食欲がな~い、胃の調子がわる~い」と言いながら過しているが、一つは終わったので少し顔つきも変わったようだ。長女は、家庭科でりんごの皮むきチェックがあるとかで、朝からナイフを握っている。コツを教えて私は台所から離れた。義母が起きてきたようで、二人の声が聞こえる。長女と義母は共通DNAが濃いようで、私が一緒に行動するよりもうまくいく場合が多い。義母は子供たちともこのような関わり方をしてくれるので私としても嬉しく思う。いささかデコボコの4個分のりんごは刻んで煮りんごにし、昼食のデザートになった。「お姉ちゃんが皮をむいて刻んだのよ」と一言付け足すだけでいつもの煮りんごが美味しくなるのが不思議。明日の家庭科は大丈夫だろう、きっと。2003 11/3(月) *自宅復帰9日目*朝からどんよりとしています。雨になるのは分かっていたので牛乳だけ飲み、shinとwalkingに出ました。今日のコースはJRの次の駅まで川沿いを歩いてみました。7時すぎでしたが河川敷のグラウンドではもう野球の練習が始まっています。土手の野草もすっかり秋色になり、空模様もあってちょっと寂しい気分です。でも歩いている人は多く、また川に入って釣り糸を垂れている人までいます。野鳥も結構来ていて、私達に説明してくれる親切なおじさんもいました。家を出て約50分。隣の駅に着きましたが、さすがにshinの足も上がらずヘロヘロしています。駅のコーヒーショップに入りました。こんな時間の外出は初めてで、ゆっくりと朝食を摂りました。帰宅は10時前でしたが、子供達は夫々の朝食を用意して食べれたようで上出来です(両親はまだ休んでいました)。shinは朝食後の薬を忘れていたので、帰宅後飲みました。朝の薬は降圧剤があるので重要です。要注意だと思いました。子供達も夫々出かけたので静かな雨の文化の日でした。
2004.11.03
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2004 11/2(火)昨日今日と中学の文化祭。2学期制になった今年から文化祭の様子も変わり、例年趣向を凝らしていたクラス毎の出し物が無くなった。変わって2日目は全学年の合唱コンクールとなった。次女も自由曲の伴奏を引き受けていたので家でも練習はしていたのだが、直前の週末には伴奏譜を学校に忘れてくる始末で、親として不安なままに当日を迎えた。本番は何とか伴奏もうまくいき私もホッとしたのだが、それでもクラスとしては自信があったらしく「最優秀賞を逃した」と帰宅してから涙を流していた。伴奏は当然ピアノが弾ける子が担当するので、後は歌の仕上がりは勿論だが自由曲の選曲とか指揮者のパフォーマンス性も判断の基準になると思った。いかにも中学生らしい固い指揮から、工夫や努力の跡が見られる振り方まで、2~3分の曲ではあるが指揮者の後姿からいろいろと感じ取られ夫々好ましく思った。次女のクラスと最優秀賞のクラスの違いは、自由曲の選曲センスと指揮者としての器量が一段上だった事をそれとなく次女に言った。さっきまで涙を流していたのに「よし、来年は指揮をしよう」と早くも来年の予定を決めた次女だった。shinは昨日、私は今日、インフルエンザの予防接種を済ませる。F病院の近くの個人病院はお値段も手ごろだったので。shinは何とも無い・・・と言ったが、私は注射の跡が痛いような痒いような。2003 11/2(日) *自宅復帰8日目*天気が良くとても気持ちの良い日曜日です。張替えは年末までかかる…と言われていたソファーが午前中に届きました。布地の色もよく、座り心地も適度に固く快適です。先週見積りに来てもらったときのshinの様子を気にしてもらったようで、超特急で張り替えてもらったようです。年末まで待つつもりでいたので、とても嬉しく感謝です。shinが病気になってからいろんな場面で人の厚意を感じます。ソファーを元の位置に置き、その他の家具もレイアウトを変えました。shinの机も東の窓側に置き、ノートの記録やSTの宿題なども出来るようにしました。退院から1週間が経ちましたが少しずつ生活のサイクルも整ってきたようです。午後から次女とwalkingに出ました。片道40分の本屋さんへ。帰りは少々疲れた様子だったのでバスを利用しました。今のshinは歩く事に集中しすぎて、前方にある障害物や後ろから来る自転車などに注意がいきません。また歩道の位置取りも車道寄りからいつの間にか歩道の中央になり、ほかの歩行者や自転車の邪魔になる事もしばしばです。入院中にPTのO先生が「歩くと言うのは、ただ足を前後に交わす事だけではなく、目や耳に入る情報を処理しながらベストの選択が出来なければいけません」と言われましたが、確かにその通りだと思います。shinにもその都度指摘はしますが、今の彼は足を使う事だけでイッパイイッパイのようで「ハイハイ分かりました」とゾンザイな返事が返ってきます。外出して無事に目的地に着くために、こんなに沢山の事を私達は無意識のうちにクリアしているのか…と改めて知りました。
2004.11.02
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2004 11/1(月)雷とすごい雨音で目が覚める。いつもなら6時過ぎには明るくなるのだが、雨のせいか外は暗い。でも登校時には小雨になって良かった。今日はSTとOTの日だが久々に私も見学することにし、病院で現地集合とした。(shinは早く出て保険料などの払い込み)STのS先生はまず、雑談から話を進めるスタイルでその日のshinの状態を掴んでいるようだ。記憶のレベルの話になった。退院後一年が経ち、随分shinの状態も回復しているように思えるが、入院中に記憶のテストを行ったきりなので、記録更新の意味も兼ねてもう一度記憶のテストを行うことになった。その後、昨年H病院で受けた高次機能検査も数回に分けて受けるようになるだろう。検査はH病院でもF病院でもいい…と言われたので、shinはすかさず「ここで(F病院)お願いします」と答えた。昨年の暮れにH病院で受けた検査は、段取りが悪かったり横の連絡が取れていなかったりしてshinはすごく疲れ、気分を害してしまったので、もうH病院では受けたくないのだろう。おまけに検査を受ける度にshinは落ち込んだ。結果を聞くまでもなく出来なかったことが分かるので、少々可哀相なくらいしょげていたが「きっとこれが底だから。これからはきっと右上がりになるよ。データのスタート地点だし」と何回も慰めた覚えがある。病前は何でも覚えてしまう人で、携帯の登録が一つも無かったのもshinが病気になってから気がついた。濃淡はあっても、この一年間、身体能力だけでなくオツムのトレーニングも家族として出来るだけの関わりをもってきたつもりだから、少しでも向上していれば私としても嬉しいし、何よりshinの自信になるだろう。午後から中学校の予定が入ったのでOTはK先生に挨拶し、最近右腕が痛いようなのでマッサージについて尋ねてから先に帰る。F病院の前の銀行へ行ってみた。長蛇の列…かと思っていたら簡単に「新札」に両替ができた。帰宅後家族に「これがホログラムよ」なんて私が作った訳でもないのに、自慢してみせる。私って…結構ミーハー。2003 11/1(土) *自宅復帰7日目*PTが10時からでしたが天気が悪く私の体調もイマイチなので車で行きました。今週はリハビリの調整が出来ず3回病院へ来てしまいました。早速O先生から「○さん今日はどうやって来たの?」とチェックが入りました。「えへへ、車で来ちゃいました」と答えると「なるべく電車にも慣れてね」と指摘されました。雨の日の通院も大きな課題です。だれかに雨の日の歩行や電車の乗り降りなどチェックしてもらいたいと思います。F病院の先生方は…外来の患者が外で見てもらうのはできないようです。shinは退院時に貰った自主トレメニューの疑問点をO先生に尋ねています。「○さん、靴新しくなったね」さすがO先生。本当に目が早いです。PTリハのフィニッシュはチャリこぎです。この季節でも終わるとたっぷり汗をかいていました。次回からタオルも必要なようです。外出した時の悩みの一つは食事です。今日は病院の近くのファミレスへ行きました。ここはメニューにカロリーと塩分が表示してあります。shinは食事を残す人ではありませんが、外食の時は仕方がありません。ざっと見渡して、ご飯やおかずの量を調整します。ただカロリーがOKでも塩分は見えない。外食時は塩分を気にすると何も食べれない…きっと。
2004.11.01
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