このところ春の陽気の那須です。
この分では来週中に桜が咲きそうです。
さて、今日は、一郎君と美奈子さん夫婦とは別のお話になります。
結婚して、それなりに順調に家族も増えて行った一郎君でしたが、悲しいこともありました。
彼を弟のように可愛がってくれた佐々木政男氏が亡くなったことだったのですが、大阪と東京に離れてしまって疎遠にならざるを得なくなったこともあり、知ったのは死後半年以上たった時でした。
一郎君、政男氏には初めて会った時から不吉なものを感じていました。
強面ながら優しいし、子煩悩の父親でしたが、元の優しい性格が、極道には向いていないと分析したのです。
その上、夫婦仲もあまり良くありませんでした。
一郎君、気になったので、東京に行く前に奥さんに一言意見していいかと政男氏に申し出たことがあったのです。
しかし、極道の彼は、そんな格好悪いことはして欲しくないと丁重に断ったのです。
そして、一郎君の超能力が思わぬ方向に作動したのか、単に偶然だったのかわかりませんが、彼が東京に行って、結婚して、2年後に恐ろしいことが続いたのです。
実は政男氏、一郎君を手元に置きたかったので、不動産会社の役員に迎えるとともに、跡取りのいなかった青柳組(むろん極道)の組長青柳次郎の養子にさせようとしたのです。
これ、一郎君本人にきちんと話せばもしかしたら承諾したかもしれなかったのですが、本人そんなことがあったのを知ったのは佐々木氏の死を知った後でした。
政男氏、本人ではあっさり断られると考えたのか、母の高子さんに話したところ、彼女も息子には近くに居てもらいたかったので、その話を受け入れるようなことを言ったのです。
ところが、吹田の家の本当に近所で山菱組の組長が殺されたことから、怖くなって断ったのです。
その時には、かなり話が進んでしまっていたので、まず政男氏の立場が危うくなりました。
そして、怒った青柳組長、若頭の菅原篤郎に命じて実力行使に出ようとしました。
つまり、高子さんを脅迫して一郎君に養子になるよう説得するように命じたのですが、そこで抗争事件が勃発し、真っ先に交渉役となるはずだった菅原若頭が殺されてしまったのです。
それが原因だったかどうかはわかりませんが、元々70近い高齢だった青柳次郎組長、若頭の死の2週間後に脳溢血で亡くなり、若頭と組長を相次いで失った青柳組は解散することになりました。
これで、山菱組内の佐々木氏の立場は更に悪くなってしまいましたから、一郎君本人には全く話が通じていなかったことは百も承知だったのですが、家族の前でついぼやいてしまったのです。
すると、彼が一番可愛がっていた長男の光男君が、無邪気に一郎君の悪口を言ってしまいました。
「お父さんを困らせるなんて、神坂一郎さんって、悪い人だ。」
実は政男氏、一郎君からは、くれぐれも自分の悪口は言わないように注意されていたのですが、まさか息子が言うとは考えていませんでしたから、つい乗りで答えてしまったのです。
「そやな。頭はごっつうええ奴やから、近くにおったら光男の勉強もみてもらいたかったんやが、変なやっちゃ。おっかあは、とっても優しくてええ女やが、一郎は悪い奴かもなあ。それに、ものごっつう怖いやつでもあるわ。」
強面の父親がものごっつう怖いと言うなら、本当に悪い奴だと思った光男君、ダメ押しをしてしまいました。
「じゃあ、神坂一郎さんって、悪い人だ。」
その時になって、彼の悪口を言うと呪われることを思い出した政男氏、それで話はやめたのですが、2日後悲劇が起きました。
光男君が、自宅マンション前で車にはねられて亡くなったのです。
これ、母親の不注意でもあったのですが、怒り狂った政男氏、加害者から高額の賠償金をふんだくった結果、そのお金で傾いていた会社の経営が持ち直したのです。
政男氏が一郎君を会社の役員にと言い出したわけは、いい加減な経営で会社が危なくなったからでもあったのです。
しかし、悲劇はそこで終わりませんでした。
政男氏が片手間に経営していたスナックのホステス金井静香が、ヤクの売人をやっていたことが発覚したのです。
これ、警察につかまったのならまだ良かったのですが、ヤクザにつかまったのです。
ヤクについては、まともなヤクザはご法度にしていて、見つかったら絶縁が常識なのですが、裏でヤクの密売で儲けているヤクザが居たことも事実でした。
問題の静香さんですが、社長の政男氏が、印象に薄くて誰のことかわからなかったと言ったほどで、ブスではないがとりたてて美人でもなく、おとなしくて目立たない30代の今で言うシングルマザーでした。
何が問題になったかというと、彼女、自分もヤクをやっていたらしいのですが、生活費を稼ぐために密売をしていて、何と高校生にまで売っていたのです。
そして、何故ヤクザにばれたかですが、売った高校生の一人が、山菱組の中でも硬派の島本組の組員の娘だったからなのです。
一郎君の件としい、静香さんの件といい、政男氏にとっては言いがかりのようなものではありましたが、こうなっては落とし前をつけるしかありませんでした。
指詰めなんて生易しいものではありません。家族に類が及ばないよう、政男氏と静香さんの二人ともが死んでお詫びだったのです。
大昔なら切腹をさせるところなのでしょうが、今はそうは行きません。
実は、大きな組には鉄砲玉ならぬこういう始末の執行役も居たのですが、組内の遺恨を嫌ったからなのか、そういう執行については、組の垣根を越えて融通しあっていたのです。
佐々木氏、山菱組の組員ではありましたが、特定の組には所属しない舎弟と言われる存在で、不動産の取引関係中心に広範囲に活動し、取引がまとまると、その地域の組を通じて上納していましたからか、意外に知名度は高かったのです。
そして、この時執行役に名乗りをあげてくれたのが、岡山のドン、池田正人率いる池田組だったのです。
これには、政男自身が驚きました。池田正人と言えば、この世界では知らぬ者はいないほどの大物だったからで、たかが一組員の自分の始末に池田組が名乗りを上げてくれたのは普通なら考えられないことだったからです。
実は池田正人組長、佐々木政男の始末の話を聞いた時、興味を覚えて調べさせたのです。
青柳組の件も、政男が直接かかわっていたとは言えないことでしたし、ヤクのトラブルも、彼が密売役の女からもうけを上納させていたのならまだしも、全然あずかり知らぬことだったようですから、彼の責任というのはむしろ無理がありました。
たとえ責任を問うにしても、普通なら絶縁金払わせるだけで済ませるところです。
それが、絶縁の上に始末と聞いて、政男が大変気の毒に思えましたが、覚悟の上岡山にやってきた本人は、さばさばしていました。
始末は、佐々木政男と金井静香が心中したことに見せかけることになりましたが、静香さんの方は、岡山まで連れてこられると、大阪に残してきた娘が心配になったのか、狂乱して泣き叫んだので、正人が怒鳴りつけました。
「今更泣きわめくんじゃねえ。大人のあんたが、自分でヤクやるのは勝手や。俺も止めはせん。しかし、自分の娘にヤクやらされたらどうや。ほっとけるか。あんた、知らなかったんやろうが、島本の組員の娘にヤクやらせたんやで。島本組長は、殺しの軍団の総帥とも言われとる硬派やが、組員のことはそれはそれは大切にするお人なんや。組員の娘のことも、自分の娘のように可愛がるんや。それで、逆鱗に触れて、ヤクザの3倍返しであんたにも死んでもらうことになったんや。娘のことは、この池田正人が面倒見たるから、心配するな。」
静香さん、娘にとってはこんな自分が母親でいるよりは幸せかもしれないと思って黙りました。
二人の始末は、正人の本拠地の岡山から四国に渡る連絡船から投身自殺したことにすることになりましたが、連絡船には二人の荷物だけ積んでおいて、現場にはクルーザーに乗って向かいました。
静香さんはおとなしくじっとうつむいて無言でしたが、政男がわざわざ立ち会ってくれた正人に一言お礼を言いました。
「青柳のじいさんに声をかけたのは、俺のミスや。死んでもうたのは、年もあったし運命なんやろが。それに、この女の件も、知らんかったこととはいえ、従業員やから、責任はある。何よりも、島本のおっさんに、落とし前つけたらんとあかん。そして俺は、自分の息子も死なせてもうた。仕事の方もうまく行ってへんし、この際俺とこの女の命で、家族に類が及ばんようにした方が楽や。保険金で俺の家族も、女の娘も、何とかやっていけるようにしたかったから始末を頼んだんや。池田正人組長直々に始末を受けてくれたこと、俺の最高の勲章になるわ。ほんまに、ありがとさん。」
すると、静香さんが顔をあげて政男氏に頼みました。
「あたしも、こんなことになるやなんて思わへんかった。でも、ヤクを売ったのはあたしや。自分の娘を養うため、他人の娘を犠牲にしたようなもんや。そんな母親なら、死んだ方がましかも知れへん。それで、佐々木社長と心中するのも、運命やと諦めるから、最後にあたしの名前を呼んでくれへんか。3年前に死んでもうたしょうもない夫にすらまともに呼んでもろうたことなかったさかい。」
政男氏、彼女の名前が思い出せなかったので、正直に聞きました。
「お前、名前何やったっけ。」
「金井静香よ。」
政男氏、それで思い出しました。
「ああ、そうやった。しずかちゃんなんて漫画みたいやって言っとったんやった。それだけ覚えてるわ。」
「漫画やないけど、佐々木社長と心中することになりましたから、ちゃんと最後に名前を呼んでください。」
「わかった。金井静香さん、俺と死んでくれ。」
すると、静香はにっこり微笑みました。
「わかりました。私は、本当にろくでもない一生でしたけど、娘が生まれたことだけが幸せでした。池田正人さま、その娘のことだけ、くれぐれもよろしくお願いします。では、でかけましょう。死出の旅路に。」
そこで政男氏、あることを思い出しました。
「おお、そうやった。池田正人組長、これを受け取ってくれ。葬式代ならぬ、水葬代にしてくれ。」
政男氏、腕に巻いていた高くて重そうな金のブレスレットを正人に手渡しました。
実はその腕輪、一郎君に自慢したことがあったものだったのです。「これをしとけば、どこかで野垂れ死んでも葬式代ぐらいにゃなるやろ。」と。
そして、金のブレスレットと一緒に腕に手首に着けていたこれまた高価そうなヒスイのブレスレットを静香の腕に着けました。
「これは、心中代やな。」
かなり高価なものであることはわかりましたから、静香、にっこり微笑みました。
「最後に、人生最高のプレゼントをもろうたわ。ありがとうございます。でも、これは、できれば娘に渡してください。」
静香、ブレスレットを正人に託しました。
港で正人に見送られた後、連絡船を追ったクルーザーから入水した二人でしたが、遺体は別々の島に打ち上げられたため、なかなか身元がわかりませんでした。
一郎君、政男氏が死んだと聞いて、まともな死に方ではなかっただろうとは思いましたが、経営していたスナックのホステスと心中したと言う話だけはどうしても信じられませんでした。
家族をとても大切にしていた彼が、他の女と心中するとは到底考えられなかったのです。
それで、サヴァンの幻視ではなく、霊感の方の幻視でこの状況を確認し、涙を流しました。
彼、自分自身に対する感情は欠落しているのですが、他者の悲しみは理解できたのです。
続く。
画像は、イチリンソウです。

母と娘の対話6 Jul 11, 2021
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