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2010.12.11
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カテゴリ: カテゴリ未分類

【等持院1.】 (とうじいん)臨済宗天龍寺派 開基 夢窓疎石

歴史上に登場する人物で、時代に応じて、イメージで印象の

悪いと考えられていた者が、理由が有って善良な人物とも

取れる事がよく。出てきます【足利尊氏】がそのひとりです。

戦前歴史で朝廷に背いた国賊と教えられました。

然し現代に残されている寺院からは、そうとも思えない

足跡が観光によって感じられました。

 等持院然りです。映画監督「牧野省三像」が立っているその奥に玄関口門前に大きく「等持院」と書かれた門標がありました。足利尊氏の戒名「等持院仁山妙義」から付けられたとされます。寺院の格式から「寺・院・坊・庵・軒」とされています。戒名は残った人がその人の遺徳を偲んで贈名とするとすれば、「等持」の漢字に寺が

二字含まれて居ます。慕われ尊敬された方と思えます。そして寧ろ何か原因があったのでしょう。敵であった、

「後醍醐天皇」の菩提の為に、建設費を「天龍寺船」での貿易で立派な「天龍寺」を建て、その立役者の足利家は等持院で、一歩下がって礼を尽くしているように思えて成りません。

【順路】

•1.     表門に等持院の額が掛っています。

•2.     玄関口の瓦及び蟇股には二引きの足利の家紋が見られます。

•3.     廊下の突き当たりにダルマの絵が目立ちます。天龍寺の管長さんが描かれたそうです。座禅を続けていますと足が立たず、それがダルマさんの姿に成られた、「ダルマ禅師」の絵です。(天龍寺住職の絵画)

•4.     方丈前の廊下は、「うぐいす張り」できゅっ・きゅっと歩くと音がします。

•5.     方丈(本堂)には、釈迦三尊が祀られて居ます。

•6.     【霊光殿】正面に尊氏の母堂が大切に振興つき「地蔵菩薩」を尊氏のの仏の庇護のため賜った尊氏の念持仏

両脇に禅宗の祖師「達磨大師」と「夢窓疎石」が、足利将軍15代の像(5・10は除く)何故か徳川家康の像有り。

7..【足利尊氏の墓】上部の宝塔が欠けています。何でも三條大橋東詰で御所に向かって、平伏している像、

「高山彦九郎」が朝敵として刀で切り付けたと言う伝説が有ります。

8.【池泉回遊式庭園】夢窓疎石作庭「芙蓉の池」と称し、蓮の形した「亀島」書院正面の這い松の「鶴島」「石橋」

「滝の石組み」天龍寺の庭園形式になぞらえています。

9.【清蓮亭茶室】八代足利義政が建てた武家床の貴人席があります。等持院型灯篭と自然石で出来た司馬温公型

手水鉢が有り、茶席からの庭園の眺めもやや高台からとなり素晴しいです。

 借景に、衣笠山が近年まで、眺められたのですが、時代の波に逆らえず、「立命館キャンバス」の校舎で、遮られてしまい、致し方がないとは言え残念です。

 天龍寺・金閣・銀閣と足利将軍の関係する「菩提寺」としてひっそり佇んでいます。

等持院と衣笠山

P1010077.jpg

映画監督・マキノ省三銅像

等持院庫裏

  等持院庫裏 円の中に二の字 【二引きの足利家の家紋】

だるま壁画

禅宗では、座禅に超越した聖人は足が無いほどに修行された「達磨大師」

天龍寺の住職が描かれました。

方丈庭園

方丈庭園

方丈

廊下は「鴬張り」きゅ・きゅと歩けば鳴ります・

霊光殿

霊光殿

等身大の足利歴代の将軍像が置かれています。何故か徳川家康もくわわって、

大厄の歳(42歳)を免れる為。






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Last updated  2010.12.11 05:32:36
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