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masatosdjさん
marine/マリンさんComments
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いよいよ観光寺院のご案内です。
京都近辺に、世界文化遺産としての社寺が17箇所あります。国宝級
の建物または、仏像のあるところが一応対象に成っています。
その中で、京都観光といえば、「清水寺」が筆頭の人気です。
「北法相宗」として珍しく奈良の宗派です。その由来を面白く述べられて
居ます。

清水寺の舞台

行叡居士と延鎮小僧さんが出遭った場所
【清水寺の縁起】
昔々、奈良は高市郡の【小島寺】にとても足の速い、
小僧さんが仏に仕えていました。名を 【延鎮】(えんちん)
と称しました。或る日 【夢のお告げ】 があり、むしょうに
足はある方向に向かってとまりませんでした。
何と、未だ京の都も制定されていない、少し前に、東山の
山麓で、足が止まりました。
不思議や、延鎮の前に、杖を突いた白髪の仙人が現れました。
【行叡居士】(ぎょうえこじ)と言う方で、庵を設けて、
修行されていました。
【行叡居士】は、【延鎮小僧】さんに 「この霊木で観音さんを
彫り、祀って護りなさい」 と伝えて、姿を消されました。
8 年がかりで、彫った観音さんを、山中で、祠を建てて護りました。
或る日、鹿狩りで、「雌鹿を射止めた」 【坂上田村麻呂】
( さかのうえたむらまろ)と、ばったり出くわしました。
延鎮は、「何故そんな殺生するのか?」と問いただすと
「妻が腹ぐみ、雌鹿の生き血を飲むと安産する」との
迷信に、延鎮は、戒め「私の彫ったこの観音さんに祈る事により
きっとお恵みが有ると」と説得。事の理をわきまえた
田村麻呂は、雌鹿を鄭重にこの地に葬り、妻と一緒に
観音さんを日参されました。
日も満ちて、【玉のような男の子】が誕生しました。
大喜びで、貧しい、祠を素晴しい大きい御堂を田村麻呂は
寄進しました。
この噂は、村中に広がり、われもわれもと参詣する人が
増え、御堂前は、混雑しました。そこで、岩間に懸崖を
造り、出来上がったのが、現在の 【清水の舞台】 と
成りました。 【清水寺は安産の祈祷寺】 が本来の姿で
宗派も奈良の 【北法相宗】(きたほつそうしゅう) と
されています。 京都一観光客が多いです。
次回より、順次世界文化遺産社寺をご紹介させていただきます。