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masatosdjさん
marine/マリンさんComments
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京都は打って変わって快晴の冷え込んだ朝でした。

世界文化遺産並みお堂と考えられます。
【蓮華王院】【三十三間堂】
天台宗 開基 後白河上皇 山号 なし
外人観光客・修学旅行には、人気の高い寺院です。明治の煉瓦風
の建物「京都博物館」の南向いに有ります。

京都国立博物館
受付を入りますと、長方形に三十三の間の扉で仕切られた、
日本一長い建物 に驚きます。観音さまは、人の願いに応じて、
三十三身に変化される数に合わせているようです。更に堂内
に入りますと、これまた観音さんの立ち姿の多いことに、感歎の
声を発せられます。

何せ、真ん中に十一面千手観音菩薩坐像【国宝】
(仏師法印湛慶作) が蓮華坐に安置され其の両脇に五百体づつ
そして、その裏手に一体の十一面千手千眼観音菩薩立像が所
狭しと整然と並んでいます。
1001とは1000で留まらず1と広がる意義が有ります。
そして観音菩薩の護身役として前列に 二十八部衆と風神雷神
【何れも国宝】 が並んでいます。左右対称の場合は、本尊より
左手が上位です。(私達より向かって右側)例えば。「雷神・風神」
「仁王の阿・吽形像」「梵天(宇宙)・帝釈天(太陽)」この形式は、
「清水寺」も観られましたし 、外でも良く観られますので、
参考にされるには、最も身近に大きいお姿で拝観出来ます。
何でも 「後白河上皇」頭痛持ちだったそうで 、夢のお告げにより、
紀州「熊野権現」の附近で、自分の頭蓋骨にすすきが生え、その
穂が揺れる度に、ずきん・ずきん痛むと。そのことにより 34回に
及ぶ「熊野行幸」され参詣されると共に、「平清盛」に命じて、
数の量の多い 仏を祀り頭痛納めに努められたと言う伝説 も有ります。
お守りの中にも「頭痛封じ」が有るのは珍しいです。
後白河上皇の権威から来る気性の激しさから現代風に言えば
ストレスが可也多かったのでしょう。仏像の数も多ければ癒されると
考えたかもしれません。

頭痛除のお守り
廊下を巡ると「通し矢」の歴代の名人の額が掛っています。
現代でも伝統として、正月成人の日に、女性による「通し矢」の
行事が行なわれています。 何故?
【三十三間堂との柳の由来】廊下に書かれていました。
「昔紀州の殿様が鷹狩りをしていました、すると大事な鷹が、
柳の枝に絡みつき離れず、短気の殿様が家来に命じて、
木を切ってしまえと、其の時弓の名人横曽根平太郎が名乗り出て
、枝を払うことで無事、鷹が救われ、柳の精が喜んだ」後に弓の
名人の許に「お柳」(おりゅう)と言う別世の美人が訪れ、お嫁にと
二人の間に「緑丸」が産まれました。平和な家庭でしたが、ある時、
お柳が悲しくも「私は実は貴方に助けられた柳の精です。
京の都に狩り出されることに成りました」と実は此処三十三間堂の
「棟木」に供出されることになったのです。でも誰の手でもびくとも
動かなかった柳の木に、「緑丸」が優しくお母様と泣く泣く言って
、手で優しく摩ると、動き出したと言います 。
正月行われる、弓の通し矢の行事として、残されています。

1月15日弓の遠し矢の場所
皆様、急がれるため殆ど見ておられません。
仏師「故西村公朝和尚」さんの二十八部衆の面白い観方を
一部披露します。
【神母天王像】は 【鬼子母神】( きしもじん)関東では信仰が厚い
そうです。シンバルを両手で鳴らし、その音を目を真中に細め、
静かに聴こうとしている彫刻。
我が子が500人も有りながら、他人の赤ちゃんを見ると全て食
べてしまう鬼女でした。お釈迦さんが堪らず、彼女の子1人を隠
されましたところ、彼女は気が狂ったように泣き叫び探したそうです。
其処でお釈迦さんは「500人の内一人でも亡くした母親の悲しさ、
喰われた他人の母親の嘆きや如何ばかりか」と諭されました。
心を180度改め,幼児を護る安産の福の神に成りました。
【阿修羅王像】( あしゅら)喧嘩・闘争を好み、梵天・帝釈天とも闘い
ました。これも、お釈迦さんに諭され仏の味方と成りました。
眉間にも目がある三つの顔を持ち合わせています。
奈良・興福寺の【阿修羅像】は、東京でも大人気となりました。
私個人としても、仏像で最も愛好しています。
【迦楼羅王像】(かるら)コブラ(蛇)を常食の巨鳥。鳥頭人身の
形を採り、横笛を吹き、右足先で リズム・調子を採るユーモアな像
に観られます。インドの神さまです。
【帝釈天王像】( たいしゃくてん)右手に太陽をあしらった鏡を
持っています。
【摩喉羅王像】(
まごら)眼が眉間も合わせ5個もありますよ。
こうして観ていきますと「仏像」にも興味が沸いて来るのではない
でしょうか。

苑内に庭園がありました。

布団着て寝たる姿や東山 服部嵐雪
境内の奥、に、豊臣秀吉の眠る阿弥陀が峰と左側は、清水寺の音羽山
がのどかに、見えました。