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京都の紅葉便りも、最中になってきました。
【嵯峨野巡り1】
歴史の真相は定かでは有りませんが、伝説では、いにしえにも
女性の「哀話」が隠れています。そして【嵯峨野巡り】にも、静かに
潜んでいます。従って女性には京都の観光で、一番人気があります。
勿論春は桜、秋には紅葉の景勝地でも有ります。
文化・詩歌にも史跡を見出し、世相の喧騒から人間らしさの原点に
戻れそうでも有ります。
既に【嵐山】【渡月橋】そして【天龍寺】世界文化遺産はお話しました。
特に【琴聞き橋】と【小督局】は、筆頭に御紹介しました。
天龍寺を後にして、「小柴垣」の道を歩み最初に辿り着いた社が
嵯峨野巡りの入り口
野々宮神社

本殿
【野々宮神社】です。祭神は「野宮大神」(天照皇大神)が祀ら
れて居ます。
「黒木の鳥居」をくぐるも、こじんまりした小柴垣に囲まれた神域で、
小さい苔と池のある庭園も見られます。

苔の庭園
「伊勢神宮に仕える前に「斎宮」(さいぐう・いつきのみや)に選ば
れた未婚の皇女が「潔斎」(けつさい)のため1年間篭られるそうです。
【源氏物語】第十帖【賢木の巻】(さかきのまき)に登場します。
【光源氏】(ひかるげんじ)と【六条御息所】(ろくじょうみやすどころ)
の別れの場面です。
光源氏(23歳)は、少女のような「紫の上」と結婚したものの、
気持ちが充たされなかった。
それにつけても、青春時代を埋めてくれた「六条御息所」(30歳)が
、愛おしかった。その御息所が源氏を待ち切れず、「斎宮」とともに
伊勢神宮に下向するという。源氏は嵯峨野を尋ねて会おうとするも、
会ってくれない。源氏は「榊」(さかき)を持って来て、強引に会うこと
が出来たが「神聖な榊を折って来られたの」と責めて伊勢神宮の
下向を思い止らなかった。
源氏は、この年上の恋人の深い愛情を無視して心奢って、
ないがしろしたことを悔いた。
【嵯峨野の竹薮の道】
野々宮神社を後にして、小柴垣から。大らかな嵯峨野の竹薮の
道を歩みます。とても豪壮な「孟宗竹」でコマーシャルの背景に
よく出てきます。



孟宗竹林と小柴垣
「孟宗」とは、中国の古事【二十四孝】にでてきます。孝行息子
【孟宗】のお話です。
「冬の雪の積もる季節に、母上が、筍を所望されました。
孝行息子の誠意の念力と願いが適い、竹薮から「筍」を掘り出す
事が出来ました。それを聞いた村人は、感動して「孟宗竹」
と名付けたそうです。
ここでも中国の良い面があります。
この程共産党トップ書記長が【習近平氏】に代わりましたが、
日本との外交政策は、如何成るのでしょうか?
次回は「大河内山荘」へご一緒しましょう。