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D-5ですなぁ~。韓国の総選挙まであと5日。外へ出れば、「○○よろしくお願いしまぁ~す」と顔写真入り名刺渡されたり、おそろいのシャツと帽子のおばちゃんたち数人に揃ってあいさつされたり、ズンドンズンドン…と、昔だったら「ヤンキー車」から聞こえてきた音楽の爆音のような歌が、いや、それ以上の歌「プロレスの案内カー」の音楽みたいな歌だ…。そんな歌が選挙カーから聞こえてくる。流行歌や国歌を替え歌にした…あれってプロがレコーディングし歌だよな…すご(;一_一)…と、日本と違ってなんともお祭りチックな選挙運動期間である。そんな中、昨日自宅に「ハンナラ党」から選挙運動電話がかかってきた。うちにかけてくるとは…覚悟はできとんやろな(ー_ー)!!というのも、うちの旦那はアンチ・ハンナラ党。パクチョンヒ元大統領系の政党なのでアンチ・パクチョンヒである旦那さんは、誰がなんと言ってもハンナラ党が大嫌い。私がとった電話を急いでかわらせ、ネチネチ攻撃を開始した。あんたのとこに投票したいんやけどなぁ~と心にもないセリフを言いながら、パクチョンヒ政権時代からの悪口開始。パクチョンヒの時代は、全く共産主義なやり方で政策が進められた。人は5人以上集まってはいけない。パクチョンヒの悪口を言ったものは拘束。マスコミ操作、金デジュンなどの目の上のたんこぶを追い落とすために彼らは「アカ」であるとウソをでっち上げる。と、数限りない悪行をつらつらと並べ立てて電話の相手をいじめていた(;一_一)そして、先日切りつけられたパクチョンヒの娘は、オヤジが人を拷問したり殺したりしてるのを知りながらオヤジの政策を支持していた血も涙もない奴である。まぁ~~~何か日ごろのストレスをすべて吐き出すかのような勢いであった。それで気が済んだのかと思ったら、次はヨルリンウリ党に電話するといい始めた。現職のノムヒョン大統領の所属政党である。え?あなたの支持政党でしょ?なんで?ハンナラ党の昔の悪事を口にせずに、なまっちょろいことしか言わん奴らに腹がたつんだそうである。しゃべらないと気が狂いそうと叫びながらヨルリンウリ党に電話して、さっきの内容とそうかわらない勢いで文句をつけるうちの旦那さん。まだ腹が立つといって、旦那さんの友達に「さっきハンナラ党から電話があった。キィ~~」とメールを打ったら、ハンナラ党から金もらってこい。いっしょに飲もうって返事が来た。ちなみに、このお友達もアンチ・ハンナラ党。そして、旦那さんはハンナラ党からお金はもらわなかったが、そのお友達と食事するために出かけた。それでハラタチは収まったのかとおもったら…帰ってきてもまだブツブツ言っている。ついには甥っ子に電話して、投票に行くなですと…。本当に韓国の人たちは政治の話になると熱くなりますな。いまだにここまで熱くなる旦那さんの頭の構造が理解できませんです(^_^;)
2006年05月26日
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5月20日。ハンナラ党代表朴クネが顔を切られた。朝鮮日報記事「政治的テロ」とかなんとかと、事件の翌日の昨日の夜のニュースも大々的にこれでもちきりであった。パククネ代表は、パクチョンヒ元大統領の娘ということもありアンチ・パクチョンヒであるうちの主人なんかは、「オヤジの業を受け…」などということを口走ったりする。私は、傷も痛いけど、ちょっとしたトラウマになるかもしれないなと思った。そして、SPはついてなかったのかという疑問。しかし、母も父も銃弾に倒れたという経歴の前にはこの出来事はそうショックでもないのか…。と、いろいろ考えながら昨日の夜のニュースを見てみると、政治テロという受け止め方で、犯人の名前と顔こそ公表しないが、住んでいる場所などを詳しく報道していた。顔の傷が相当深く2時間半に及ぶ手術であったが、60針縫ったそうだが、切られた直後の映像をみるとパククネ代表の態度は冷静で、とても重症をおったようにみえなかった。私は、ふと、おおげさな報道をしているなと感じた。上の朝鮮日報のサイトの他の記事をみてもわかるように、犯人のプロフィールが克明に公表されている。先月か先々月、小学生の女の子を乱暴しようとして失敗し殺害した男が、自分の息子と共謀して遺体を焼却し、山中に棄てた事件があったが、ここまで犯人のプロフィールまで克明にされていなかったと思う。人権保護団体が、動いてこの犯人の人権を守ろうという動きまで出たくらいだ。であるが、今回の事件は、政治がらみで、ウラに実行を命令した人物がいるとにらんで許せない行為であるとして、大統領まで遺憾の意を表明している。私は、日本とはチカラの入れ方が違うなと感じた。多分、これが日本の事件だったら、全く反対の報道のしかたをするのではないかと思った。つまり、殺人事件を大きく扱い、政治家への切りつけ事件は2番手くらいの扱いでないかなと思うのだが、どうだろう。パクチョンヒの娘ということで、ここまで大きく取り上げられるのだろうし、つい20年前くらいは、まだまだ韓国は不安定な社会環境であったし、政治というものに対しての国民の関心の高さも表したともいえるのだろう。まだまだ、私は日本人気質が先行しているなと感じてしまった昨日の夜であった。
2006年05月22日
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天国の階段の第5回冒頭。ソンジュがチョンソのお店をさがしあてたシーン。この南大門市場5ゲートを出て右にまっすぐ行くとこの歩道橋にぶつかる。そこをあがっていくとこの位置にやってくる。これは第5回冒頭。チョンソがテファ親子の家に帰宅するシーン。この歩道橋をまっすぐ歩くと向いにこのテファが屋上に座っているビルディングがある。が、なくなってたのよ~~~~~~~~~~ん。跡形なく消え去り、ベンチや木があるちょっとした休憩所になっていた(;一_一)子供たちにこの場所をみせてやろうと思ったのに…残念である。仕方ないので、上の2番目の看板と歩道橋のすぐ近くにあり、たぶんこのシーンを撮影した位置と思われる高架道路からこの歩道橋をよく見せて家に帰ってから、天国の階段の第5回をみせてやったらえらく興奮していた(^.^)/~~~ま、いいか。
2006年05月19日
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ドンドンドン。夜中の12時だった。主人は泊まりでいない夜。誰?(;一_一)「アジュンマ!ナヤ!ナ!」(姐さん、私や!私!)*姐さんは超訳。普通、見知らぬ中年女性を呼ぶ時に使う。丁寧に言うと「アジュモニ」出た。隣のおばちゃんである。ちゃちゃ~~ん。今、12時やんけ。なんやぁ~~~~~~~~~~~~~~~!おばちゃん「アジュンマ!チョムイリワ!」(姐さん、ちょっとこっち来な)ももなちゃん「何ですか!」おばちゃん「ちょっと、これみて~~」結局、おばちゃんの部屋にひきずっていかれた。おばちゃんは、どっからみてもヨソ行きのカッコをしており、首にはネックレスがかかっていた。そして、もう一つのネックレスを私に差し出しながら、おばちゃん「これとこれ、どっちがエエ?」どっか~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ぁん!!!!こ、このために、わたしをここに連れて来たんかい?今、何時?何時?おばちゃん~~~~今、何時~~?おばちゃん「おたしなぁ~(*讃岐ではわたしのことを「おたし」という人がいるのでつかってみました)明日から東南アジア行くんやぁ~~」ももなちゃん「あ、そうだったんですね~」 「で、東南アジアのどこですか?」おばちゃん「東南アジアや」ももなちゃん「…」はっ、荷物どうなったんやろ?おばちゃんが中国旅行に行く前日の話部屋の隅にカバンがあった。どうやら今回は準備してあるらしい。でも、どうみても田舎に2,3日帰省するくらいの軽そうなカバン。本当に身軽なおばちゃんである。しかし、おばちゃん。いっつも長期留守にするときに、「変な人がドアの前でウロウロしてないか見張ってな~」って言うけど、たとえみてても何にもできんで~~~(^.^)/~~~
2006年05月16日
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去年の今頃だったと思う、うちの娘が通う小学校に行くと校門付近に立て看板があった。よく見てみると、それは…児童選挙立候補者のポスター掲示板だった。たしか6人くらいの立候補者がおり、それぞれ思考を凝らしたポスターが貼られていた。と、聞いたら、普通…昔よく目にした「交通ルールを守ろう」とか「飲んだら飲むな乗るなら乗るな」的なベッタベタな手書きポスターを想像するのであるが…。うわっ。これ誰?(*_*)6人中4人は、写真を貼り付けていたのだ。それも…子役スターも真っ青な衣装着用、背景にはお星様がキラキラな写真館で「はい、ポーズ」って、作り笑いをいっぱいしながらポーズをきめたメッサこっぱずかしい………(;一_一)……アイドルブロマイド的写真だった。あんた、これ撮影したら3万ウォン(約3千円)くらいとられるでぇ~。まぁ~、自己プロフィールをはじめとしてつらつら、すらすらと選挙公約まで掲げておる。バックに潜む、パパとママの影がアリアリ、バレバレなポスターであった。このど派手なポスターのせいで、ブロマイド写真なしの候補二人のポスターはお派手組みの内容追加のつけたしポスターに見えるほどだ。地味組みにも一応写真は貼ってあるが、素人のスナップ写真の小さいモンではあのお派手ポスターには勝てん。なんでも、児童会長に当選したら、親戚中が大喜びして他人に自慢しまくるとか。子供のバラ色の人生の花道を親たちは必死になってつくりあげているのだ。せめて、公約くらいは子供の意志で書かれていると信じたい。しかし、韓国人は自慢好きだ。あるクリーニング屋さんに洗濯物を持っていった時に遭遇したおばさん。うちの主人があしたから海外出張に行くからこれすぐにやってね。これ○○ブランドの高いもんやからキチンとやってや。韓国ではこうやって自分をアピールしていくのがスタイルなのだ。わたしも一度は言ってみたいが、日本人気質が邪魔するわ~。(^.^)/~~~
2006年05月14日
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昨日は、わが子たちが通う小学校の1~3年生の授業参観日だった。1年生と3年生のわが娘達の姿をみるために、あっちいったりこっち行ったりの午後をすごすことになったのだが…。なんと昨日は、わたしは下の娘のクラスの給食配膳当番&掃除当番の日でもあった。小学校2年生まで韓国では原則として給食は出ないことになっているらしいが、共働きが多いソウルなどでは、給食が出る。その代わり父兄が学校に行って給食の配膳と教室の掃除をしなければならない。「あ~ぁ、給食でるのは助かるけど、めんどくさっ!!!(;一_一)」これが私の正直な気持ちである。ぶつぶつ言いながら一年生の娘の教室に行き、なんとか配膳と掃除を終えた頃今日の授業参観にこられたおばあさんが教室に入ってきた。なんでも母親が朝7時くらいに出勤して夜の10時くらいに帰ってくるほど忙しいので完全におばあさんが孫の面倒をみているらしい…。そのおばあさんの手にはジュース12本の詰め合わせの箱があった。ん?何?その時は気にも留めなかったが、後になってその理由がわかることになるとは…。下の娘の授業をみて、上の娘の授業へ。終了のベルがなっても上の娘のクラスは授業が続いていたので、下の娘のクラスへ行き、下の娘を連れて上の娘のクラスに再び行くと…。上の娘のクラス全員に500mlのポカリスエットが一本ずつすでに配られておりさらに、ダンボールの小箱に準備した色とりどりの餅をクラスの子供のお母さんたち数人でアルミのお皿に取り分けているところだった。ダァッ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!出た。「うちの子よろしくお願いします。センセ!!」の意味のプレゼントですわ。悪く言えば…ワイロみたいなもんだな。教育熱心なお母さん達数人でやったらしい。これが体育大会ならまあわかる。疲れてるし、飲み物もこどもたちにはありがたいもんね。だけどね、たかが1時間弱の授業を親が見に来ただけだ!!!!なんで差し入れや!!!子供自身のことを考えてやるなら、お母さんたち全員に連絡してお金をだしあってやればいい話だ。だが、これは明らかに賄賂でしょ。出し抜き行為だ。いくらなんでも、これはあまりに変だ!!ついていけない!!!!!!!!と真剣に悩んだわ~~。しかし、子供の誕生日だからと、子供のクラスの子たち全員に鉛筆半ダースずつ配ったり体育会の時にジュースやお菓子を自主的に配ったりそういうことが日常茶飯事だから、そう珍しくもないが、昨日のやり方は、あまりにあまりで、信じられん!!!!と叫びまくった。というわけで、前に書いたおばあさんの手に握られていたジュースのセットも多分…先生の手に渡されたのは間違いないな。賄賂をなくそうと大統領が必死になっても母親が率先してやってるんじゃ、韓国の賄賂体質はなくならない…。韓国では、やはり賄賂は潤滑油なのだ。なくては成り立たなくなっているのだろう。だけど、ウンウンとうなづききれない何かしこりが心に残る。これは私の良心か?日本人体質が叫んでるのか?とにかく、ついていけないわぁ~といつになく弱気になった昨日の午後であった(;一_一)
2006年05月11日
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うちの隣に住んでいる、70歳近くのおばちゃん。年齢から考えると「おばあちゃん」という書き方が適切であると思われるが「おばちゃん」がぴったりである。一人暮らしで、毎日工場に働きに行っている。夜7時ごろ一度帰宅しご飯を食べたあと、お友達のおうちに行って遊んで、お酒を飲んで帰ってきたりする。そして、時々海外旅行に出かけたりする。とにかく元気で、家に帰ってくると何もしゃべらなくても雰囲気で「あ、おばちゃん帰ってきた」とわかる。雰囲気が騒がしい人である。ある日、おばちゃんは中国旅行に行くことになった。出かける1ヶ月前から、「中国にいくんや」と何度も何度も聞かされて耳にタコができたくらいだ。その中国へ出発する前日。夜9時。我が家のドアをドンドン叩くおばちゃん。「ちょっと、旅行用のカバン持ってない?」へ?????わけがわからず、隣のおばちゃんのお部屋にあがった。なんと、小さなカバンに中国旅行用の荷物をつめこんでいるところだった。「荷物が多いけんな~全部入らんのやわ。こうカバンの下にゴマがついとるようなんもってない?」「明日の朝、早い時間に飛行機が出るけん、あと1時間くらいしたら出かけないかんのや~」はぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~(;一_一)一応我が家のカバンは貸したけど、お気に召さなかったらしくその1時間後我が家に現れたおばちゃんは、どこからかお友だちに借りてきたリュックに荷物をつめこんでたたずんでいた。「ほな、今からでかけるわ。留守中誰か怪しい人がきたらいかんから、しっかり見張っといてなぁ~」すぐぉいよ。おばちゃん。嵐が通りすぎたような一夜だった。
2006年05月08日
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今期の日本ドラマは見ないつもりだったのだが、「おいしいプロポーズ」が「私の名前はキムサムスン」のパクリという巷の噂を目にし、第1回を飛ばし飛ばし、早送りしながら見てみた。うわっ…見るのが恥ずかしいくらいだ…。普通に日本ドラマとして見れば何でもないんだろうけど、はっきり言って痛いよ~。長谷川京子とキムソナとのキャラや演技を比べるという話ではないが、あのキムサムスンテイストを少しでも意識したものなら、せめて…山口智子とか小林聡美クラスのキャラでみてみたかった。それでもって、御曹司は谷原章介というキャストなら(すいません、私の好みです)、少々痛みがあっても(^_^;)絶対に最後までみてみたいと思わされる魅力があるのだが…。なんというか、ハセキョーではキャラが薄い気がする。それよりも共演している小池栄子がやった方がおもしろそうな気もしたくらいだ。御曹司のお兄さんがすでに亡くなっていること、片親であることが「サムスン」と同じ設定なのだが、こちらは同じ片親でも母親でなく父親。そこはいい感じのバランスだと思った。また、父親のキャラが「息子をしばきまくる」という「サムスン」との酷似点も父親役に橋爪功を使って、おもしろく仕上がっておりここだけは安心してみていられた。「キムサムスン」での「男からみたら絶対に女に見えんやろそれ」なサムスンおもしろキャラはあまりなく、そのマイナス要素をバツイチ&子持ちというのにすりかえてしまったのも、サムスンファンとしてはマイナス80点になってしまう。多分、これ一回しか見ないと思います。お元気でさようなら~(^.^)/~~~え~、なつかし映像をみつけましたので、アップします~。松田聖子デビュー頃、「裸足の季節」。ほんま、この聖子ヘアー流行った!!当時のほとんどの若い女性たちは、この路線を狙った髪型だったと言ってもいいくらい。わたしは、デビュー当時のぎこちなく愛嬌があまりなかった頃の聖子ちゃんが一番好きですね~。歌声もデビュー曲「裸足の季節」のサビ「エクボ~~ォのぉ~」を聞いて「この声待っとったんやぁ~~」と衝撃をうけたほどでした。こちらは、工藤静香「嵐の素顔」当時、1989年ごろ。この髪型も結構はやりましたね。ボディコンとロングヘアー…。なつかし!中森明菜ちゃんです。「十戒」1984年頃?とにかく懐かしい。黒の衣装と十字架つけた衣装が印象的でした~。
2006年05月02日
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