まんがよみ日記

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2004年12月19日
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カテゴリ: 哲学
 なんとなくふとんの中ですごしていたらチャイムが鳴る。

 隣りの方だ。実家でいただいたということでリンゴのおすそ分け。ぼっさぼさ頭ででながらつけたしのような笑顔で礼を言う。すみませんばっちくて。顔は洗っていたけれど。たぶんメガネをはずしたのびたくんみたいな顔だったに違いない。目が3の数字。

 ふたたび布団へ。眠ろうと思えばいくらでも眠れるというところにカラダのガタを感じる。それともココロか。なるべくカラダと対話するようにはしているが、脂肪は無口だ。もっと喋ってくれればいいのに。

 内臓はあっためて休めると休んだようなかんじがする。以前スケートの清水選手が食べ物を入れるとどこを移動中かわかるというすさまじい話をしていたが。そこまでいかなくていいから、ダメ人間だと警告してくれカラダよ。もしかしたら脂肪こそが雄弁な肉体の証なのかもしれないが。雄弁すぎるぜそれなら。

 昨日おとといと芝居に行って「まだ感動できる」という低レベルなハードルにちょっと安心。両方ともいい作品だったのもあるけれど。

 日常生活をおくっていてそういう娯楽に対する感性に錆びを感じることがある。だって、そういうのがなくてもすむんだもの生活って。潤いはなくなるけれど。

 最近ある演劇人のブログで「みんながわかってくれない」というぼやきを読んだ。ありがちなぼやきをすることでその人はすでに終わっているのかもしれない。アーチストなら独創的なボヤキをしろよ。って独創的なボヤキってなんだ?

 泣きたいときはコートで泣け♪ ということだ。

 わかってくれなくても足を運んでくれるだけありがたいと思わなければダメだ。といまや足を運ぶ側になったから余計思う。「わかってくれない」ところからスタートしてどこまで近づけるのか。読んでいる分にはその方はわからせるというサービス精神をどこか軽蔑しているむきがあった。芸術か芸能か、と比べるのはおかしい。いいもんはいいのだ。



 夕方買い物へ。住宅街をとおるとカレーとかラーメンとかおなじみの匂いがただよってくるとなんだか頬が緩む。いまだに少年はそんな匂いをたどって走って家路にむかうのだろうか。

 そういうわけで 今夜はクサヤ(嘘)。 (♂)





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最終更新日  2004年12月19日 20時29分46秒
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