晴耕雨読 在山東省読書博客

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June 9, 2009
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カテゴリ: 日本語
副題:「コトバの力」を鍛える超技術!
著者:北岡俊明+「ディベート大学」
発行:こう書房 / 2006年3月 / 単行本
ジャンル:言語、日本語

論理力はどうやって鍛え、自分の血肉とするのか。ディベートとは何か。ディベートのプロである北岡氏が明かす、論理力の鍛え方を学びます。


[目次]

はじめに

プロローグ 論理力を飛躍的に高める方法
第1章 結論を先に話すこと

第3章 慇懃無礼なバカていねい語をやめる
第4章 言葉を定義しよう
第5章 定義の誤りを指摘しよう
第6章 論理・論点のすり替えに注意する
第7章 議論の前提が正しいか否か
第8章 全肯定・全否定で考えること
第9章 価値判断後の使い方
第10章 カタカナ語を減らせ
第11章 擬音語・擬態語・擬情語の使い方

おわりに
日本ディベート研究協会「ディベート大学」の活動



共感した箇所のご紹介です。
「もともと学問は実践から生まれたものである。論理を体系化した論理学は、ギリシャ人の議論・討論・論争の中から、誕生したものである。」(4頁)

「それではコトバの訓練の方法とは何か。それが、只管(しかん)朗読であり、只管文章であり、只管スピーチであり、只管ヒアリングである。すなわち、良い文章を、ただひたすら朗読し、ひたすら書き、ひたすら話し、ひたすら聞くということだ。」(20頁)

「むしろ俳優・演劇人には両方できる人が多い。名優仲代達也や森繁久弥などはその筆頭であろう。これはセリフの(只管)朗読を通じて、おのずから、文章の達人になったのである。俳優や演劇人は、長年、セリフを通じて、只管朗読をやってきたようなものである。文体・文型が身体に叩きこまれている。だから自在に文章が書ける。自在にセリフがしゃべれるようになっている。」(24頁)
→この両方とは、スピーチ力と文章力のことです。



「論理とは明瞭明晰であること、矛盾がないこと、首尾一貫していること、科学的であること、数学的であること、分かりやすいことである。(中略)
 あいまいな表現とは、単純に、単刀直入にいわず、まわりくどい、もって回った表現、慇懃にして分かりにくい表現をすることである。」(36頁)

「コトバを定義しないのは、日本文化のあいまいさに関係がある。日本人があいまいさを好み、明瞭明晰にすることを嫌うならば、論理の文化が普及するには時間がかかるだろう。グローバルスタンダードとは、明瞭明晰で、論理的であることだ。あいまいさは非グローバル化である。」(99頁)

「信念や哲学のない論理力は論理力ではない。いとも簡単に相手の脅しに屈して、信念を曲げるような論理は論理ではない。こういう本物の論理力は、テキスト本では養成できない。徹底的なディベート、すなわち、おのれの信念の是非が問われるような激しいディベート討論の訓練こそが、ほんものの論理力を育成するのである。」(124頁)
→日本国と外国との領土問題が解決しないのは、こういうところに原因があるのでしょうね。

「ディベートとは論理学の実践版である。というよりは、二千年前、ギリシャ時代、人々が都市国家の広場に集まり、ディベート(議論、討論、論争)をしたことから論理学が誕生した。議論や討論が先である。学問は後から体系化したものである。」(140頁)

「思考には三つの要素がある。判断、推理、概念である。これを思考の三要素という。」(141頁)

「戦後教育の最大の欠点は、技術やハウツウは教えても、人格や人間性を教えないことである。いわゆる道徳教育がない。(中略)
 学校や職場のディベート教育や論理教育も議論のテクニック堕したハウツウ教育である。当然、戦略的ディベート、戦略的論理などは教えない。ディベートや論理は、切れ味が鋭い刀と同じである。殺人剣にもなるし、活人剣にもなる。それゆえに、ディベート力や論理力を発揮する際の、心構えや人間性を教えることがきわめて重要なのである。」(158頁)
→一部脱字がありますが、原文のとおりです。

「論理的であるための基本は、全肯定・全否定の立場に立つという思考に慣れることである。自分の思考作業を全肯定・全否定にすることである。」(166頁)
→つまり、あいまいな部分をなくす、ということです。

「価値判断力があるか否かで、大人と子供の違い、ものごとを論理的・科学的に見えるか否かが決定される。それほど重要である。」(178頁)

「日本人は、テキストで論理力を学習しようとする。しかし、欧米人は、実践的な討論を通して論理力を鍛錬する。どちらが優れた方法かはいうまでもない。
 身体で覚える技術は、実践で鍛えるしかない。論理というものは千変万化する。教科書のような決まった定式はない。ボクシングと同じである。どこからどのような論理が飛んでくるか分からない。実戦練習しかないのである。」(186頁)

「カタカナ語の濫用は要注意である。カタカナ語はあいまいであり、意味が明瞭明晰に定義されていないからである。(中略)
 筆者が時代小説を読むことをすすめるのは、カタカナ語がないからである。(中略) とくに、柴田練三郎の「眠狂四郎シリーズ」は、文章訓練・文体訓練として勧めている。簡潔な文章、細やかで豊かな表現力は、見事としかいいようがない。時代小説はカタカナ語を使わないで表現するための理想的なテキストである。」(189頁)

「明治時代の知識人、西周や森鴎外や福沢諭吉が、外来語を日本語に翻訳した苦労には、外来語を日本に啓蒙し普及させるという明白な知識人としての責任があった。」(195頁)

「松尾芭蕉の奥の細道にでている俳句を読むと大変分かりやすい。文字の奥の奥を読んで意味を把握せよ、という難解なものはない。芭蕉の俳句が分かりやすいということは、単純とは違う。俳句の言葉は論理的であり、同時に感性的、情緒的である。感性や感覚でとらえた対象をわかりやすく表現することにかけて天才的であったのだろう。」(218頁)

「(だからこそ、本分で取り上げたように、)筆者は、歴史最高のディベーターは西郷隆盛であると言っている、たとえ寡黙でも、無口でも、西郷のように、鋭く真理を突き、肺腑をえぐるような発言に勝るものはない。「一言の真理は万言の弁舌に勝る」。」(227頁)


ディベート、論理力という観点から日本語を考える、という経験を持たない人にお勧めします。
日本語を鍛えると言うことは、自分自身の日本人としての本質を高めることにもなると思います。





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最終更新日  June 9, 2009 07:22:56 PM
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