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mixiのコミュで発見した記事です。 とても大事なことだと思うので転載してみます。(一部略) * * * * * * * * *無料日記マイぷれすより。 http://www.mypress.jp/v1/i/story.php?writer_id=jj00&story_id=90608 (C)MyPress ------------------------------------------ あ ん り ゅ う 「 世界一風変わりなセラピスト 」 09/06 15:18 (0) ------------------------------------------ by Dr. Joe Vitale www.mrfire.com ジョー・ヴィターレ www.mrfire.com 二年前に、ハワイに住む一人のセラピストの話を聞いた。 その人は触法精神障害者(訳注:刑法罰に問われたものの精神障害を理由に不起訴、減刑、あるいは無罪となった人のこと) の病棟に収容されていた人たち全員を、誰一人診察することなく癒したそうだ。 その心理学者は患者のカルテを読み、自分がどのようにしてその人の病気を創りだしたのかを理解するために、自分の内側を見たのだそうだ。 彼が自分自身を改善するにつれて、患者も改善したという。 自分自身を癒すことによって 他の誰かを癒すなんてことがどうやってできるだろう? 最高の自己改善の達人であったとしても、どうやって触法精神障害者を癒すことができるだろう? 私には理解できなかった。 私は「完全な責任」とは、私の言動に対する責任は私にあるという意味だと前々から理解していた。 その向こうのことは、自分の管理を離れていると。 ほとんどの人たちは完全な責任というものをそのように考えているのではないかと思う。 私たちは自分の行いに対して責任があるのであって他の人の行いに対してではない。 精神病の人々を癒したハワイのセラピストは、私に完全な責任についての 進化した新しい観点を教えてくれることになった。 彼の名はイハレアカラ ヒュー レン 博士。 彼はハワイ州立病院で4年間働いたことを話してくれた。 触法精神障害者を収容していた病棟は危険なところで、心理学者は月単位でやめていき、 職員はよく病欠の電話をかけてきて、やめていく人もいたそうだ。 人々がその病棟内を歩くときには患者に攻撃されないように壁に背中をくっつけて通ったらしい。 それは生活するにも働くにも訪ねるにも心地よい場所ではなかった。 レン博士は一度も患者を診なかったのだそうだ。 彼は診療室を持って患者らのファイルに目を通すことには合意した。 それらのファイルを見ながら、彼は自分自身に働きかけた。 彼が自分自身に働きかけるにつれて、患者に癒しが起きはじめた。 「2、3月後には、以前は手足を縛られていた患者たちが自由に歩くことを許可されていました」と彼は言った。 「多量の投薬が必要だった人たちは、投薬をやめつつありました。 そして退院の見込みのなかった人たちが 退院していったのです。」 私は畏敬の念に打たれた。 「それだけではありません」彼は続けた。 「職員が仕事に来ることを楽しみ始めたのです。常習的欠勤や退職は消え去りました。 患者は退院していくし、職員全員が仕事に来るようになったので、最後には必要以上の人数の職員が残りました。 現在、その病棟は閉鎖されています。」 ここで私は問わなければ気がすまなかった。 「それらの人々に変化をもたらすような何を、あなたは自分自身の中で行っていたのですか?」 「私は彼らを創りだした自分の中の部分(パート)を 癒していただけです」と彼は言いました。 Dr. Len explained that total responsibility for your life means that everything in your life - simply because it is in your life--is your responsibility. In a literal sense the entire world is your creation. レン博士は説明した。 あなたの人生への完全な責任とは、 あなたの人生の中の全てが ―単にそれがあなたの人生に存在しているというだけの理由で― あなたの責任なのだと。 文字どおりの意味で、全世界があなたの創造なのだと。 Whew. This is tough to swallow. Being responsible for what I say or do is one thing. Being responsible for what everyone in my life says or does is quite another. Yet, the truth is this: if you take complete responsibility for your life, then everything you see, hear, taste, touch, or in any way experience is your responsibility because it is in your life. ヒャー。これはなかなか納得できるものではない。 自分の言動が自分の責任だということと、私の人生におけるあらゆる人の言動の責任が 私にあるというのは全く別の話ではないか。 それにもかかわらず、実際のところは、もしあなたが自分の人生の全責任を負うならば、 あなたが見たり、聞いたり、触れたり、その他どんな方法であれ、あなたが経験する全てがあなたの責任なのだ。 それはあなたの人生の中にあるのだから。 これはつまり、テロリストの活動、大統領、経済―あなたが経験していて好きではないこと― を癒すのは、あなた次第だということである。 言ってみれば、それらは存在してはいないのだ。 あなたの内面からの投影である以外には。 問題は彼らに関するものではなく、あなたに関するものであり、 それを変えるには、あなたはあなたを変えなくてはいけないのだ。 このことは把握するのも難しくましてやそれを受け入れて実際に生きることはもっと難しいとわかっている。 非難のほうが、完全な責任よりもはるかに簡単である。 しかし、レン博士と話すにつれて私は気づき始めた。 彼にとっての癒し、そしてホオポノポノにおける癒しとは、あなた自身を愛することなのだと。 あなたが自分の人生を改善したければ、あなたは自分の人生を癒さなければならない。 もしあなたが誰かを癒したければ ―たとえそれが精神障害を持った犯罪者であっても― あなたはそれを、自分自身を癒すことによって行うのだ。 どのようにして自分自身を癒すことに取り組んでいたのかと私はレン博士にたずねた。 患者のカルテを見ていたときに、彼は具体的には何をしていたのだろう? "I just kept saying, 'I'm sorry' and 'I love you' over and over again," he explained. 「私はただ『ごめんなさい(I'm sorry)』と『愛しています(I love you)』を 何度も何度も言い続けていただけです」と彼は話した。 That's it? それだけ? That's it. それだけ。 あなた自身を愛することが、あなた自身を好転させる最も素晴らしい方法であり、 あなた自身を好転させるにつれて、あなたはあなたの世界を好転させるということが判明した。 これがどのように機能するかの簡単な例をあげてみよう。 ある日、誰かが私を不愉快にさせるメールを送ってきた。 過去そういう時には、私は自分に感情的な反応を引き起こすものについてワークしたり、 あるいは意地悪なメッセージを送ってきた人に理を説こうとすることで処理したものだった。 今回私はレン博士のメソッドを試すことにした。 私は「ごめんなさい」と「愛しています」を 声に出さずに言い続けた。 特定の誰かに向かって言ったわけではなかった。 私はただ愛の精神を呼び起こし、この外側の状況を創り出した自分の中を癒そうとしただけだった。 一時間もしないうちに同じ人からメールが来た。 彼はさっきのメッセージについて謝罪していた。 私は謝ってもらうために 外側に何も働きかけをしていないことを覚えておいてほしい。 私は返事すら書いていなかったのだ。 にもかかわらず、 「愛しています」と言うことで、私はどういうわけか彼を創り出していた 自分の内側を癒すことができた。 その後、私はレン博士が開いた、ホ・オポノポノのワークショップに参加した。 彼は今では70歳で、優しい祖父のようなシャーマンと見なされていて少々引きこもりがちである。 彼は私の著書『The Attractor Factor』をほめてくれた。 私が自分を向上させるにつれて、私の本の波動が上がり、人々が本を読むときに皆それを感じるだろうと彼は語った。 要するに、私が向上すると、私の読者も向上するということだ。 すでに売られて外に出ている本については どうなんですか?と私はたずねた。 "They aren't out there," he explained, once again blowing my mind with his mystic wisdom. "They are still in you." 「それらの本は外にあるのではないよ。」彼が持つ神秘の知恵に私はとても驚いた。 「未だにあなたの中にあるんだ」 In short, there is no out there. つまり、外なんてないということだ。 It would take a whole book to explain this advanced technique with the depth it deserves. Suffice it to say that whenever you want to improve anything in your life, there's only one place to look: inside you. この高度な技術を、それが値する深さとともに説明しようとしたら、本が一冊書けるだろう。 あえて言うなら、あなたがあなたの人生の中のどんなものでも改善したいのなら、 見るべき場所はただひとつ、あなたの中である、ということだ。 "When you look, do it with love." 「あなたが見る時は、愛をもって見るように」 (英語原文から見ると、 「自分を見つめるときは、愛を持ってそうしなさい」という意味のようです。 ) * * * * * * * * * 私たちは自分以外のことは制御不能で自分の理解を超えたところでさまざまなことが起こっていて自分とは無関係のように思ってしまいがちです。 しかし、結局人は自分の内的な世界を生きているだけ、 この世界すべてが内的自分の鏡そのもの、ということのようです。 確かによく言われている概念ではありますが、 それにしてもここまでそうなのかあ、と思わず唸ってしまいました。。。 自分への 「ごめんなさい」 「愛してます」 「ありがとう」 を私もやっていきたいと思います。
2006.10.31
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久しぶりの登場のおじきくん(1号は発芽しなかったので正確にはおじぎくん2号)です。 あれから夏を越し、一度は枯れそうになりましたが持ちこたえて元気に生長。 中でも一本は高さ30cm以上、「これ、おじぎ草!?」といいたくなるほどに大きくなりました。 おじぎ草って実は幹に大きなトゲがあるんですねー。 おじぎくんがこんなに大きくなって初めて知りましたわ。 そしてついにおじぎくんに花が咲きました! フワフワで優しいピンクのかわいい花です。 おじぎくん、ありがとう!
2006.10.27
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今回の旅はとても楽しい旅でした。 6歳と1歳なりたての息子二人連れて、車で東京―鹿児島往復だなんてどうなることかとも思いましたが、戻った今も長男は「楽しかった~♪」を連発してます。 あれから家族の距離が前より近くなったように思います。 約一週間、ほぼずっと車・・・今までこんなに家族で一緒にいたことありませんしね。 でもきっとそういう物理的な理由だけではないのだと思います。 いろんな土地を眺めていると土地の波動の違いでしょうか、同じような風景でも受ける印象が随分違います。 穏やかでのんびりした中国地方の山なみ、神々しく厳かな九州山地、柔らかく暖かい北陸の大地・・・・そのどれもが美しく心に響きました。 不思議なことに今回は降り立ったところすべてに美しい海がありました。 中でもいちばん印象的だったのが天草の海岸でした。 その日は100万倍のエネルギーが降り注ぐと言われた10月17日のせいだったからでしょうか、自然と地球について、平和について考えていました。 そして受け取ったメッセージです。 地球を愛でてください。 地球上のすべてを愛でてください。 ゆっくりとハートで美しさを感じてください。 それは地球の中心まで届くのです。 すべての中に美しさがあります。 道端のゴミにも雑音にもすべての人の中にも。 すべての中の美しさを愛でてください。 それが大きな地球への大きな貢献となるのです。 この一週間、ほぼ野宿のような生活をしていたせいか、宵っぱりの長男も陽が暮れると眠くなっていました。斯く言う私も。 大地を、地球を、前より近くに感じます。 写真は石川県の夕日です。 不思議なことに、よく見ると17-19日の夕日の写真総てにクロスが写ってます。 感謝!!
2006.10.25
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木曜日の夜12時すぎに、無事にボルボくんで東京の我が家に到着しました。 東京から実家の鹿児島まで、約1週間のトータル走行距離は3,465キロにものぼりました。 帰りは中国道を通り北陸道経由で帰ることにしました。 途中、神戸ー宝塚間が事故渋滞15キロ、とのこと。 しかしこの数字が一向に減らないため、一旦高速を降りて神戸をぶらぶらしようかという話になり、神戸北のインターで降りました。 が、ここはどこー!? 何の予備知識もなく、高速でもらったメッチャ縮尺の大きな地図のみのため、深い山中を迷って、結局は有料道路でやっと市街地へ。 その後も良くわからず、何度切り返してもなぜか「六甲アイランド」へ向かっているという怪現象(笑)が。 そして元長距離ドライバーのダンナが根をあげるほどの運転の荒いトラックに囲まれたお陰であえなく神戸散策を諦め、北陸道へ向かうことに。 このとき夜の10時をすぎていました。 しかし翌日には、北陸で地底仲間のスパイシーyokoさんと会うというビッグイベントを控えていたため、なるべく距離を稼ごうと夜中も走りました。ダンナ、ありがとー! そして翌日、yokoさんと感動のご対面!! しかも待ち合わせ場所はきれいな砂浜という最高にドラマティックなシチュエーションでした。 yokoさんはとても若々しく、優しく暖かい方で、打ち上げられたくらげに爆裂にはしゃぐ長男とも遊んでくださいました。 そして豪勢なお昼をご一緒して、私の方がお土産までいただいてしまいました。 とっても楽しいひとときでした。 どうもありがとうございました!! さすが地底仲間、初めてという気がしなかったのは私だけでしょうか?? それから北陸道から関越道回って圏央道入り東京へ。 インターの料金所のおじさんが長崎の方だそうで、九州から来たと言ったら嬉しそうでした。(笑 旅行中、気づいたことや思ったことはまた後々書いていこうかなと思います。 とりあえず、ただいまーーー!!
2006.10.21
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鹿児島での話も書きたいと思います。 鹿児島では祖母のふた七日の法要でお寺に行ってきました。 読経の後で住職のお話がありました。 内容は「今を生きる」ということについてのお話でした。 住職はたまに「私はあと何年生きられますかね?」という質問を受けるそうです。 そういう時はこう答えるそうです。「それは私にもわかりません。 死は確実に訪れますがそれは明日かもしれないし10年後かもしれません。 しかし一つだけ確かなことはあなたも私も『今、生きている』ということです。」 住職のお母さまはちょうど7年前の10月にご逝去されたそうです。 病室の枕元の窓のそばに柿の木があり、毎日散っていくのを眺めておられたそうです。 そして柿の葉があと3枚くらいになったときに仰ったそうです。 『今までこんなに柿の葉っぱがいとおしく思えたことはありません。けなげでがんばっていて美しくて・・・。 私ももうすぐでしょうね。』 そしてちょうど最後の一枚が散るのと時を同じくして亡くなられたそうです。 そして住職はこうおっしゃいました。 「先のことを心配せず、過ぎたことを悔やまずに、生きている私たちが今を精一杯生きることが亡くなった方への最大の供養なのです。」 今、中国自動車道の広島県の山中を走っています。 写真は今日の夕日です。 今日もきれいでした。
2006.10.18
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熊本県天草にて。 本日、17時8分の夕日です。(私の時計が遅れていて正確には10分でした。) ダンナが「何となく寄りたい」と言い出した所なのですが、実は私の父の故郷のすごく近くなのです。 このあたりの島々は、赤土の上に緑がこんもりと茂った独特の景観でとっても美しいのです。 この写真は富岡城跡の近くの海岸から撮りました。 この海岸も独特な白い石で構成されているあまり他にない海岸でとっても美しいです。 ここで貝殻を拾っていましたが、近くに「拾いなさい!」と言わんばかりに大きなスーパーのレジ袋がたたんで落ちていました。(笑) それでその袋に落ちているゴミを拾いながら、長男と地球について話ました。 そして車に戻ったとき、その大きな袋にちょうどのゴミが集まっていました。 今日は想念が100万倍になる光線が降り注ぐと言われた1017の日でした。 穏やかなとてもいい日でした。
2006.10.17
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携帯の電池やばいので簡単に。 今日はあちこちで話題の1017の日です。 リンクいただいてるじぇいど♪さんのブログで1017まつりやってます。 ぜひ、ご参加くださーい!
2006.10.17
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またまた昨日から続いています。 今朝、目が覚めたら熊本県にいました。 6歳の長男がずっと行きたがっていたウルトラマンランドが熊本県にあるので「寄っていこうか?」って言ったら意外にも「ううん、早く鹿児島に行くんだから今度でいいよ。」 そこでとりあえず実家へ直行することに。 まだ私の実家に連絡を入れていなかったため、熊本のパーキングエリアから電話しました。 私 「実は今、熊本にいるのよ。今から行くけど大丈夫?」 実母「あ、車で来たの?大丈夫だよ。」 少しは驚いてくれー!!(笑
2006.10.15
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さりげなく、昨日から続いてます。(笑 昨日の夜遅くに、東京の自宅をボルボくんで出発。 最終目的地はズバリ、私の実家、鹿児島。 しかも鹿児島まで高速を治りたてのボルボくんで。 今回は予算がない(涙)のと今後の方向性などいろいろ考えたいことがあるのと、ダンナが一度車で鹿児島に行ってみたいとかねてから言っていたことなどなどひっくるめてこうなりました。 私は大学入学以来関東にいるので、あらゆる手段で帰省したことがあります。 青春18切符での鈍行電車、母の運転する軽自動車、沖縄を経由したフェリーでの一人旅、など。 しかし今回の最大のネックは・・・そう、6歳と1歳の二人の息子たち。 次男はハイになって昨夜はなかなか寝ず、長男は昼間「今、何県?」を連発。。。 ちなみに私は出発後、長野辺りまでは覚えてましたが気づいたら朝五時、兵庫県でした。(ダンナ、ごめん。) 今日はダンナが行きたがっていた宮島へ寄り道。 厳島神社はとても美しい佇まいでした。 さすが、世界遺産!(行くまで知りませんでした。。。) 中国地方は何だか空が高く、広い気がします。 山も関東近辺の山よりも穏やかな印象を受けます。 宮島でゆっくりしたのもあって現在、山口県を走行中。 中国地方はどの県も横長で行けども行けども同じ県内の気が。。。 鹿児島の実家には一体いつつくのだろう・・・。
2006.10.14
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我が家のボルボくん。 日記にも何度か登場しておりますが、↑のタイトルからして「また故障!?」と思われた方、ピンポーン!なのです。。。 といっても今回は前回の教訓(!?)が生かせたようで、ダンナが「タイミングベルト、またやばそうな音するんだよねー。」 どうやら3月の時と同じ音がするようなんです。。。 と、いうわけで今回は切れる前に交換しよう!ということになり見積もりを出してもらい部品を取り寄せて修理してもらうよう手配をしました。 そして昨日が修理予定日の前日でした。 ダンナはいつもとおり仕事に出かけていきました。 そして1時間後に電話がなりました。 「今、事故処理終わったとこ。」 ・・・!? 詳しく聞いてみたら、信号で止まろうとしていたら脇の路地から400のバイクがフラっと出てきてボルボの横を擦るようにようにぶつかってきたそうです。 幸いにもどちらもスピードを出していなかったためケガはないようでした。。。 ボルボには前と後ろのドアとボディに傷が入り、後ろのタイヤとホイールが切れた、とのことでした。 まあ、タイヤも減ってたから交換しろってことなんでしょう。 実は私、数日前から「バイク事故」の予感があったんです。 その前日にダンナが「バイク欲しーなー!」っと言ってたので「やめようよ!」って言ってたとこでした。 これくらいで済んで良かったー!! ボルボくん、今朝予定通り修理に出しました。 そろそろタイヤも新しいのを履いて戻ってくるころです。 実はこれからボルボくんで出かけてきます。 しばらくbbs と私書箱の方へはご連絡が遅れます。ご了承ください。 頼むぞ!ボルボくん!! では、行ってきまーす!!
2006.10.13
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昨夜、長男とカレーを作りました。 今までもお手伝いすることはありましたが、だいたい材料を切った時点で満足し、焼いたり煮込んだりしてる間にフェイド・アウトとなるのですが、昨日は違いました。 野菜の皮をむいて切るところから炒めて煮込んで・・・。 その間にサラダ菜をちぎってサラダを一品。 長男いわく、 「カレーって時間かかるんだね。大変なんだね。 毎日お料理やって、まき貝ちゃん、エライね!」 (注;長男は私をママと言わず名前で呼びます・・・)、 ちょっと意外な言葉にビックリでした。 スゴイ、お手伝い効果!と思うと同時に主婦って普段誉められることないので素直に嬉しかったり。(爆) その後、小麦粉とカレー粉炒めて自家製カレールーを作り煮込んだ鍋に加え更に弱火で仕上げました。 盛り付けももちろん長男。 型抜きしたゴハンを中央に、カレーを周りに流し、レーズンで目鼻をつけて「ライオンカレー」の出来上がり! 「おいしい!」 自分で最後まで作り上げたカレーは格別のようでした。 私 「一緒に作ってくれたからママはとっても楽しかったよ!」 長男 「本当!?そしたら毎日お手伝いするよー!」 その言葉だけでも母は最高に嬉しいよー! 写真は日曜の運動会。 例えビリでもイキイキと、心底「今」を楽しめる長男に脱帽と共に成長を嬉しく思いました。 感謝!
2006.10.11
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朝の7時過ぎに鹿児島に住んでいる私の実母から電話がきました。 母の実母、私の祖母が今日の早朝になくなったとの連絡でした。 何の前触れもなく、眠るように逝ったそうです。 明治44年生まれなので96歳かな?(ああ、計算できません。T_T ) 大往生だと思います。 12年程前から認知症(私はこの診断には少し疑問がありますが)のため施設に入っていました。 旧家の長男の嫁だったため、嫁姑関係にとても苦労し、夫婦仲も悪かったと母からは聞いています。 10年前に祖父が他界した時もお葬式に出たからなかったし一緒のお墓に入るのを嫌がっていたそうです。 そんな祖母でしたが最近では話し掛けてもほとんど反応はなく・・・・きっと天に帰るための準備の時間だったのだと思います。 あちらの世界に通いつめ、きっとさまざまな講義(?)を受けたり見直したりして執着や恨みなどを解放し、今回やっと向こうに晴れて旅立ったったのだと思うんです。 母はこの時代では珍しく一人っ子。なので今回、喪主なんです。 すぐ帰るよ、と言ったのですが祖母の家は携帯の電波も届かない山奥の一軒家。しばらく住む人もなく荒れ果ててるのです。そこにチビ二人は無理だよ、日曜の長男の運動会が終わってから帰ってきて、って言われたのです。 確かに県内にはしっかり者の姉がいますので、私より頼りになることは間違いありません。 その後の母のケアに回った方がいいかと思ってます。 どこにいたって祈れますしね。 おばあちゃん、すぐ行けなくてごめんね。 天国でゆっくりしてね。
2006.10.03
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