2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全12件 (12件中 1-12件目)
1
久々にバンドの形でスタジオに入りました。 今日はダンナのバンドの手伝い、という形で、私はキーボードを弾きました。 ダンナのバンドは長くドラマーがいなくって、今日は初顔合わせ的な感じだったのでほぼセッションのような感じでした。 (もともとこのバンドにはキーボードはいなくて、たまに私が手伝いに入るくらいです。) 今日のセッションは、自然発生的にある程度曲らしい、いい形になりました。 私はバンドとしてキーボードを弾くのは随分久しぶりだったんですが、いきなりなんだか宇宙とつながれたようで何だかいろんなことが瞬時にわかる感覚がありました。 何だか「個」としての自分が拡散していくような、自分が拡大していくような感覚。。。 うーん、久しぶり。 それは無でありながら、すべてはここにある、という感覚。 すべては ちっぽけで 美しく 無限 なのです。 やっぱ音楽っていいなあ、と思ったのでした。 ダンナのバンドでも、私の書いた曲をいっぱいやってくれるそうです。 自分の書いた曲は、完成した瞬間に私の手を離れそれ自体意志を持ったものに感じているので、他の方が気に入って演奏していただけるのはとても嬉しいのです。 もちろん、弾き語りもまた再開しようかな、とも思ってはいますが。 私は携帯電話に詩をメモッたり、着メロを自分で作るところに曲をメモ代わりに打ち込んでいたのですが最近のFOMAには着メロを自分で作る機能がないんです。 子どもが小さいのでなかなか思うようにピアノに座れない私にとって、布団の中や公園などでも曲がメモれるあの機能は必需品だったのですが。。。 お陰で最近作った曲は走り書きが次男によって破られたりとなかなか日の目を見るに至らず。 携帯会社さん、着メロを作れる昨日を、カムバック願いまーす!!!
2006.11.28
コメント(26)
久しぶりに行ってきました。 それはどこかと言えば 「美容院」。。。 前回いつカットしたのか思い出せません。(汗 その前回、お子×2連れて行ったら二人とも待てずに大騒ぎで 全く落ち着かず、慌ててカットしてもらい、逃げるように立ち去りました・・・。 次男は母乳100%、私がずっと抱っこして育てたんでダンナも預かるのに不安があるようです。 でも今日はダンナが預かってくれました。感謝~♪ そうなんです、1時間ちょっととはいえ一人で表に出るのは・・・もしかして1年ぶり以上!? 一人で歩くのは快適です。 歩きながら瞑想状態になります。 ああ、こういう時間も大切だなぁ。。。 美容院は暖かくて思わずウトウト。 髪もスッキリし快適でした! 暗くなった帰り道、星をまとったとっても巨大な龍雲が夜空を駆けていました。 写真に入らないほど大きくて何だか嬉しくなりました。 どなたかご覧になった方いらっしゃいますか~? しかし次男を抱っこしていないのですっごく寒いでした。 1時間半のリフレッシュで子どもにも何だか妙に優しく出来る気がします。。。 しかもダンナが夕飯も作ってくれていて、本当にありがたい~(-人ー) 今日もいい日でした。^^
2006.11.24
コメント(26)
祝日の今日、フリーマーケットに出店しました。 フリーマーケットに出店するのは久しぶり。 しかも次男が生まれてからは初めてでした。 今朝は思うように準備が進まず、道に迷ったのもあり、10時の開始時間に遅れてしまいました。 そのため、朝一で訪れたフリマ狙いのお客さんにもみくちゃにされ、準備中なのにまだ箱に入っている商品を勝手に漁る方や売る予定でない私物まで「このバッグはシミがあるから安くなる!?」・・・・あー、食われそうな勢いでした。。。(TT) 私は次男を抱っこしたままの準備はなかなかはかどらず、値札どころをつける暇もなく・・・。 その間、ダンナと長男は荷物を降ろし、車を駐車場に入れてきてくれたのですが、その時間が私にはとっても長く感じられました。 そして二人が到着したときには私はかなり参っていました。。。 「値札をつけてくれる?」とお願いして私はお客さんの応対をしてました。 ふっと振り返ってみると・・・予想外にとってもステキなポップができてたんです! ダンナと長男が二人であれこれカラフルに書いていて、しかも雑貨屋ヴィ○ッジ・○ンガード仕込みの、ダンナのなんとも味のあるコメント付きで思わず私がクスリ。。。^m^ 長男の字もすごくいい感じ!と好評でした。 そのダンナの飾らない、さりげなくおもしろいコメントと、長男の楽しさ溢れる文字に私はハッと気づかされました。 「あれやって・・・これもやらなきゃ。」と先の段取りを考えるあまりにピリピリ気味で楽しめていなかった私。。。 ダンナと長男に、 「今、ここを楽しむこと」 「信頼して任せること」を改めて教わったのでした。。。 二人には本当に感謝です。 さて、今日は水をキレイにする粉石けん「ピリカレ」もご紹介しました。 一人でも多くの方にこういうステキな商品を知っていただけるのは嬉しいことです。 若い方の反応がとっても良かったのにはビックリでした。 地球のこれからは明るいぞ!と一人確信した日でした。 今日は曇りなうえに昨日までとは打って変わった冷え込みでお客さんは少なかったのですが、私にとっては楽しくて学びの多い、貴重な一日でした。 来月23日にも同じく東青梅のPLAZA5にてフリーマーケットが行われます。 、またまた出店する予定なのでお近くの方はぜひいらしてくださいね!!^^
2006.11.23
コメント(31)
最近、我が家で流行ってるものといえばこれ、「ピリカレ」です。 「ピリカレ」はアイヌ語できれいにするという意味の言葉を冠した、抗酸化溶液入りの粉石けんなんです。 抗酸化溶液とは、北海道在住の一級建築士・会田伸一氏が、建築に使う土を模索中に物を腐らせない液体を偶然発見し、その後研究開発された発酵型微生物を培養して作る特殊酵素(液体)です。 酸化溶液を活用した製品は、サビや腐敗、病気の大きな原因の一つとされている活性酸素を消去するという働きにより、人や動植物を健康にし、なおかつ地球環境の浄化働きがあるとされています。 つまり「ピリカレ」は、水を、川や海をキレイにする石けんなんです。 私がこの「ピリカレ」を知ったのは約1ヶ月前、リンクいただいてるサフランちゃんのブログでした。 (サフランちゃんからもお買い上げいただけます!サフランちゃんの愛情入りはこちらへ。遠方でも1箱送料525円だそうです。詳しくはお問い合わせください。) 当時、私はこ抗酸化溶液と同じような働きをするEM菌入りの洗剤を一部使っていて、全部をEM菌入りのものに変えたくて調べている最中でした。 「ピリカレ」は3Kgで2625円ととっても安い!しかも4人家族で約1年分! その上、洗濯のみならず、キッチンからトイレ、お部屋の掃除、入浴剤や消臭剤として、またメダカのエサにもなるということからお風呂の残り湯をガーデニングにも利用しています。 実際に使ってみると、1週間も経たないうちに(状況により差があるとは思いますが)排水溝がとってもきれいになってきました。 前のように汚れないんですよ!これにはビックリです。 本当に「川や海がキレイになる!」という手ごたえを感じられるんです。 少しでも多くの方やお店や企業に使っていただけたらいいなあと思います。 明々後日、23日の勤労感謝の日に東青梅のPLAZA5の駐車場で行われるフリーマーケットに参加します。(雨天中止です) こちらで、「ピリカレ」のお試し版などをご用意してご紹介したいと思っています。 お近くの方、ぜひいらしてくださいね! 「ブログ見ましたよ!」といっていらしてくださった方にはおまけがあるかも!?^^
2006.11.20
コメント(34)
前回の日記、「いじめについて」は過去最高のアクセス数を記録し、熱い反響をたくさんいただきました。 本当にありがとうございます。 この問題を自分のこととしてとらえ、真剣に向き合い、動き出されてる方がたくさんいらっしゃることに私の方が胸打たれ励まされました。 そして愛に満ちた世界は本当に近づいていることを実感します。感謝です。 これからも無難に走らず、以前は躊躇していたような難しいテーマでも、「書け」と言われたような気がしたことは誤解を恐れずに勇気を出して書いていこうと思います。 先日の日記「愛は伝播する」で、はっぴーガオさんからこんなコメントをいただきました。>街を歩くとき、人々とハグするイメージを持ち続けてみようと思いました。>人に対して要求する前に、まず自分から行動を起こすことが大切ですね。 おお、これはいいかも! と思い、早速実践してみました。 郵便局への行き帰り、すれ違った人たちに、まず「ハイヤーセルフさん、こんにちは。」 と挨拶をし、次にイメージの中でハグしてみました。 すると振り返る方はとても多い!(特に子ども。) ある女性の方は、ご自分も足が不自由なのに、次男を連れた私のために笑顔で道を譲ってくださいました。(ものすごくキレイな方でした。) 不思議なことにハグする私もとっても暖かく、豊かな気持ちになりました。 目に映る景色もすべてが穏やかで美しく、 すれ違うすべての人たちが愛しく大切な存在に感じられました。 前回の「いじめについて」へのコメントでも寄せられましたが、いじめは大人の世界、家族間でも行われていると思います。 特に人は、自分が我慢していることを相手にされると怒ったり攻撃したりしがちです。 それはわかって欲しい、愛して欲しいという、SOSのサインなのです。 ですから、以前の日記『つまり、外なんてないということだ』でご紹介した「ごめんなさい」 「愛してます」 「ありがとう」 に加えて安全地帯を確保し相手の方又は自分をイメージしての↑の方法がお役に立てるかもしれません。 悪い人は誰もいません。 皆、本来の自分を思い出したくて試行錯誤しているのです。 心の鎧が溶けるよう 世界中を抱きしめます。 すべての存在が癒され この世界が愛と光で満たされることを祈ります。
2006.11.16
コメント(12)
最近、ブログでもいじめに関しての話題がよく取り上げられているようですね。 今日、ダンナの実家で久々にテレビを見ていていじめによる自殺の事件が続いてるというニュースを見ました。私の予想以上に続いていて少々驚きました。 何人かの方のブログにはコメントで書いたのですがもっとしっかり書けということなんでしょうか、またまた琥珀珠さんにも振られたんで書こうと思います。 いつもお世話になっているAZUさんの日記の「自殺は永久の仕返し」という言葉、すごく腑に落ちました。 尊厳を傷つけられ、それに対して誰も怒らない、だから自殺することにより罰する。。。 辛かったでしょうね。 尊厳を傷つけられるということが、人間としていちばん辛いことだと思います。 しかし生涯を通じていじめられた経験のない人(家族や社会からも含む)はほとんどいないのではないでしょうか。 そしていじめっ子も、まわりの大人たちもそうなんだと思います。 じゃあなぜひどいことがわかってていじめるの? なぜいじめはなくならないの? それは、彼らも尊厳を傷つけられていてその傷が癒えてないからではないでしょうか。 今までの社会は能率や規律、世間体や利益重視で、心が置いてきぼりでした。 学校では比較され、親や先生の言うことはきく子が「いい子」。 順番を決め、比較され、悪いことうをしたら裁かれ罰される・・・ そんなパワーゲームに則って社会は動いてきました。 そしてそこで尊厳を傷つけられ、その傷口が塞がらないまま、騙し騙し生きてきた人がほとんどなのではないでしょうか。 ですから同じことを職場で、家庭で、あらゆる所であらゆる形で繰り返してしまうんだと思います。 そんな大人のストレスの被害を真っ先に受けてしまうのは子供たちです。 子どもたちは大人の膿を背負い、代弁してくれているのです。 しかし自殺による「永久の仕返し」、これも同じパワーゲームの線上に乗っかってるんです。 仕返しは裁くことに他ならないのです。 これでは苦しみの連鎖から逃れるどころか更に加速させることになってしまいます。 これではお互いにあんまりにも辛すぎる、と思うのです。 子供は常に親や社会を敏感に映し出す鏡なので(究極はすべてが『自分』の鏡なのですが)、まず親や社会の意識の変革が、それには大人たちが癒される必要があるような気がします。 そして集合意識としての社会に深く横たわる被害者意識も関係していると思いますが、この被害者意識も絶対的な事実ではなく自らが選択している現実であって、自分の内的な問題と知ることが大事なのでしょう。 それにはまず安全地帯での癒しが必要で、そして誰もがあるがままただ存在しているだけで素晴らしいという存在の承認を伝えそれを一人一人が信じていけるよう見守るのが大切なのかもしれませんね。 では現実的にはどうしたらよいのでしょうか? 10月31日の日記『つまり外はないということだ。』を今一度お読みください。 何より、まず自分を癒すこと、それに尽きるのではないでしょうか。 そうしたら自分も変わります、周りも変わります、社会も変わります! いじめの問題を他人事でなく自分の中の問題として捉えることが問われているのだと思います。 原因を考えることは大切ですが誰も裁く必要はありません。 パワーゲームは、カルマゲームはもう終わりにしましょう。 結局はすべては自分の内側の問題の写しであるので自分の事としてとらえること、そして本当に深い部分で自分を癒すこと、これが最大の全体への貢献なのだろうと思います。 書きながら、すべては自分を統合すること=全体を統合することへの道なんだなあと気づきました。 私も日々精進したいと思います。 亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。
2006.11.13
コメント(26)
先日、日記「江ノ島岩屋」にも書いたように江ノ島に行ってきましたが、そのとき撮った携帯カメラからの写真です。 長男が「大きい鳥が写ってるね!」と大喜びです。 私は鳳凰に関して全く知識がないので、よく意味はわかりませんが、なんだかメデタイのかな?(笑)なんて思ったので掲載してみました。 ちなみにこれは雲ではなく、反対に雲のない部分が鳥の形ななっていて、その心臓に当たる部分に太陽がきています。 そして太陽から光の柱が立ってるように見えます。 このときの空は本当に美しく澄んでいて不思議な感じで、数枚写真を撮ったその後すぐに太陽が雲に隠れて急に雷雨になったのです。 ああ、でもPCからだとわかりづらいですね。。。 私の携帯は古いのでそろそろ新しいのに買い換えたいな。。。
2006.11.13
コメント(20)
朝起きて窓を開けたら昨日の雨とは一転して清々しい青空。 雪をかぶった富士山がとてもきれいでした。 「おーい、富士山がキレイだよー!富士山行くー?(笑)」って言ったら奥からダンナが出てきて、「いいねぇ!行こうか!」というわけで富士山を見にいってきました。 途中、紅葉もとてもきれいで、晴れた日曜とくれば道は激混み。 河口湖インター下りてから渋滞が続きでした。 浅間神社や白糸の滝など行きたい所はたくさんあったのですが思い付きだったため出遅れたうえに渋滞で予定よりだいぶ遅れたため、今回行ったのは長男のお気に入りの「奇石博物館」。 「奇石博物館」はテレビ石やこんにゃく石など珍しい石を展示しているのですが、長男のお気に入りは別棟の「宝石わくわく広場」。大きな水槽の中に石に混じって入ってる水晶やメノウなどの約40種類の小さい原石が30分間500円でとり放題なんです。 中には当たりの石が4種類あって、それらはダイヤモンド、ルビー、サファイヤ、エメラルドと交換してもらえるのです。 私たちが着いた時は閉館間近のせいか大きな原石は少なく、当たり石も見つかりませんでした。 しかし目の前に約4×2cm程の大きなローズクオーツがフツウに横たわってました。きっと大きすぎて皆さん却って気づかなかったんでしょうね。(笑 宝探しはとても楽しく、水が冷たいのも忘れ長男と大はしゃぎでした。
2006.11.12
コメント(10)
リンクいただいているrose37aiさんから教えていただきました。 約4分ほどのお話です。英語わかんなくてもOKです。 ↓こちらをクリックしてください。 youtube.com (携帯からは見られないかも。。。ごめんなさい。) 世界が愛で満ちれば素晴らしい世の中になります。 それはおとぎ話ではなく、一人一人の日常から始まっているのかもしれません。 私も恐れずに、さりげなく日常で愛を実践していきたいと思います。
2006.11.08
コメント(22)
mixiのコミュでみつけたマザー・テレサの言葉をご紹介します。 マザー・テレサはご存知のように貧しい人たちや病気で見捨てられた方々を助ける活動をつづけ、1979年にノーベル平和賞を受賞しました。 しかし受賞後も変わらぬ生活を続け、1997年に亡くなりました。 ただ慈愛に満ちていただけでなく、知恵と勇気を駆使し活動資金を得るなど実業家としての才もあったそうです。 ~あなたの中の最良のものを~ 人は不合理、非論理、利己的です 気にすることなく、人を愛しなさい あなたが善を行うと、 利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう 気にすることなく、善を行いなさい 目的を達しようとするとき、 邪魔立てする人に出会うでしょう 気にすることなく、やり遂げなさい 善い行いをしても、 おそらく次の日には忘れられるでしょう 気にすることなく、し続けなさい あなたの正直さと誠実さとが、あなたを傷つけるでしょう 気にすることなく、正直で誠実であり続けなさい あなたが作り上げたものが、壊されるでしょう 気にすることなく、作り続けなさい 助けた相手から、恩知らずの仕打ちを受けるでしょう 気にすることなく、助け続けなさい あなたの中の最良のものを、この世界に与えなさい たとえそれが十分でなくても 気にすることなく、最良のものをこの世界に与え続けなさい 最後に振り返ると、あなたにもわかるはず、 結局は、全てあなたと内なる神との間のことなのです。 あなたと他の人の間のことであったことは一度もなかったのです。 ~ マザー・テレサ 数日前に書いたレン博士の記事「つまり、外はないということだ」と通じるものがあると思います。 結局、すべては同じところへ到達している気がします。 私は5,6歳の頃でしょうか、テレビでマザー・テレサを見たときに何だか懐かしさと親しみを覚えました。 もしかしたら前世で助けられたことがあるのかもしれませんね。
2006.11.06
コメント(16)
江ノ島に行ってきました。 江ノ島は私にとってとってもご縁の深い弁財天様の祀られている場所です。 今回は初めて江ノ島の岩屋に入ることができました。 江ノ島の岩屋は波の侵食によって長い歳月をかけてできた自然の岩屋です。 現在は弁財天は島の上部に祀られていますが、以前はこの岩屋の中に祀られていたそうです。 かつては役小角、弘法大師、日蓮上人などが修行した所だそうです。 またこの岩屋にまつわる言い伝えも数々あるようです。 源頼朝が戦勝祈願をし、子孫繁栄を祈願した北条時政が龍神から さずかった三つの鱗を、家紋にしたなどの話や、敵に追われた仁田四郎忠常が富士山の風穴に逃げ込んだところ 、江ノ島岩屋洞窟に出てきたという伝説から、富士山に通じているという噂もあるそうです。 江戸時代には弁財天信仰を集め訪れる人の絶えなかったこの岩屋ですが、昭和46年に 落石の危険ありとされ閉鎖されました。 しかし再開の要望が強かったため、平成5年4に藤沢市によって完全補修され現在で悪天候時以外はほぼ毎日のように入場可能だそうです。 (時間制限あり。入場料あり。) この季節は午後4時までとなっているためぎりぎりの入場でした。 岩屋は第1岩屋と第2岩屋からなっています。 第1岩屋の途中でロウソクが渡され、それをかざしながら歩いて行きます。 途中さまざまな石像が安置されています。 私はクラウンチャクラが全開、トランス状態になってしまい意識がとびそうになってしまいましたが、長男の手を握っていたのが功を奏して、何とかグラウンディングできたようです。。。 第2の岩屋は作り物の龍神様が・・・何だか切なかったです。 テープで龍神の叫び声のようなものまで流されていて近くにいた小さい子は泣き叫び、パパに担ぎ出されていました。 長男も「こっちのほうがコワかったー。」と言っておりました。。。 そして岩屋から出ると雨が降ってきました。 予報外の突然の雨に皆一斉に帰り支度です。 そして私たちが頂上付近に達した頃、雨はやみました。 それは浄化の雨であったかのようで、その後はとても空気が澄んで神々しい江ノ島を感じました。 写真は岩屋に入る前に撮ったものです。 この直後に雲で隠れてしまいおまけに雨が降ったので、今思うと本当に貴重なワンチャンスだったようです。
2006.11.05
コメント(10)
前回の日記『つまり、外なんてないということだ』には予想以上にたくさんの反響がありました。ありがとうございました。 なかでも「難しくてわかるようなわかんないような。。。」というご意見も多かったようです。 そこで質問を頂いたことに、現時点の私のレベルでの視点で、誤解を恐れず出来る限り書いてみようと思います。 何かのヒントになっていただけたらとても嬉しく思います。 >みんなが同じニュースを見てるけど、これも自分のなかで変えれば現実が変わるってことですか? まず「みんなが同じニュースを見ている」ということ自体が、それは実は「その人」の現実であると思うのですが、そこから書いてしまうととても長ーくなってしまうのでここではまずそうであることを前提に話を進めます。 「みんなが見ている同じニュース」として、普段TVを見ない私がたまたま先週見たフジテレビの番組「アンビリバボー」より、11年前に起きた韓国の三豊百貨店崩壊の事件を例として書いてみたいと思います。 1995年6月29日、大韓民国のソウルにあった山豊百貨店の5階建てビル2棟のうち、南棟が突然崩壊し、1,000名を超える死傷者が出ました。 事故当日の朝、前日に発見した屋上の亀裂が広がっていることに気づき、経営陣は建築士に調査を依頼しました。 調査結果からビル崩壊の危険性を指摘し、一刻も早くビルを閉鎖するよう進言する建築士に対して三豊百貨店のイ会長はこう言い放ったそう。 「もし崩れなかったら、閉鎖で生じる損害を弁償してくれるのかね?」 そして午後5時55分、三豊百貨店は崩壊しました。 原因についてはさまざまな調査が行われましたが、無理な設計、手抜き工事、賄賂などを使った無理な改造が重なって引き起こした人災、というような見解を番組では示し、「利益を優先し安全をないがしろにした末の悲劇。わずか5秒ほどで崩れた瓦礫は1000人もの人を飲み込んだ。」と綴っていました。 では、この事件をみていきます。 まず、この番組がまとめた『利益を優先し安全をないがしろにした』というところをみてみましょう。 私の中の同じ部分、探ってみます。 もちろん私は百貨店どころかお店も経営してませんし今は専業主婦なのでお金を稼ぐことはないのですが、「利益」というところを探ってみると・・・どうやら家庭内や日常レベルでも、規模は小さいですが同じようなことがありそうです。 今、少し考えてみたところ、思い出した出来事を例に挙げてみますと、「職場からもらった残りのチャーハンを翌朝食べたら傷んでいて、食あたりを起こし2日仕事を休んだ」ことがあります。(ちょっと笑える例ですみません。。。) もう15年以上も前のことです。 私は当時はすごく寝起きが悪かったのですがそれに加え 1) 面倒くさいのであまり確認せずに大丈夫だろうという気持ち 2)もったいない 3)朝食べていかないと後がツライかも、という恐れの気持ちがあったのかもしれません。。。 1)に関しては「面倒くさい」は私の中で重要なポイントです。その気持ちの奥にあるものを探ってみると『変化に対する恐れ』でしょうか。 「面倒」と思っても気合入れてやると、その最中は面倒どころか清々しささえ覚え、「何で面倒とか思ってたんだろう?気持ちいいのに!」といつも思うとわかってはいるのですが・・・。 2)に関してみてみます。 確かに捨てるにはもったいないですが、それで食あたり起こして2日寝たきりで苦しむ方がよっぽど「もったいない」ですよね!? その奥にあるのは『手放すことの恐れ』なのかもしれません。 3)に関しては、親によく言われていた言葉かも。。。 でも実際は別に我慢できないこともなく、恐ろしいことは何もおきたことはないのですが。。。これは『将来への恐れ』でしょうか。 では、この1)、2)、3)の3つの奥底にある恐れをみて、やっと「ごめんなさい」 「愛してます」 「ありがとう」 この言葉の登場です。 自分の中の1)、2)、3)、一つずつに対して、自分に言葉をかけていきます。 何だか却ってわかりづらくなったような気もしますが、要は『大事件の中にも見るべき自分の中の問題がある』ということが言いたかったのです。、例はあまり適切ではなかったかもしれませんが、外側の事件と思われるものや災害も、私たちの共通のものである集合意識を反映したものなので、私の中にもみるべき問題がある、つまり自分の中にも同じ根っこがある、というわけです。 ですから真剣に自分を癒すには、ただ闇雲に言葉をかけるだけではなく、自分の内側を見ていくこと、奥底をみて理解し原因を紐解く必要があると思います。 そしてこのように「自分の内側をみていく」ということそれ自体も、自分を理解し、愛するということ、自分を大事にすることの一端であり、とても重要なことなんだと思います。 そしてこの『理解』は、そのレベルにキリがないほど奥深いものだと感じます。 もっとも今回例に挙げた「三豊百貨店崩壊事件」に関して真剣に取り組むとすれば、このイ・ジュン会長(故人)の生育歴や人柄など、もっと調べて、それについても見ていく必要があるのですが、今回は資料がみつかりませんでしたので割愛させていただきました。 また、ご質問の中の「現実が変わる」ということの捉え方はとても難しいのですが、自分の中を癒したからといって、この事件そのものがなかったことになるわけでは勿論ありません。 ただこれをやることによって自分が癒されるとまず自分の考え方や想念が変わります。 そうすると「今、ここ」の現実がその変化したエネルギーによって動いていき、結果未来も動いていくと思われます。 そしてレン博士のように、何の面識もない方へもこの想念のエネルギーは届くのです。 「存在をつなぐ金色のグリッド」と言われるオーラは実際に訓練によって見ることができます。それはキリンの網目のような美しい糸のような形で世界中に張り巡らされています。 まさに「世界は、すべての人、すべての物は、つながっている」のです! >平和で事件なんぞひとつもない、なんて可能なの?。。。 私の個人的意見ですが、可能だと思います。 それにはやはり時間も必要かもしれませんが、すでにそういう方向に動き出していると思います。 現に今までの古い体制が少しずつ崩れ始め、長年の隠されていた悪習が明るみにでてきたりと、急速に時代は新しい価値観へとシフトしてきています。 例えば、10年前、こんなに「天使」や「オーラ」について、フツウに語れる時がくると、何人の人が想像したことでしょう? イルカの世界に強盗殺人(殺イルカ?)事件が起こると思いますか? 少し極端に書きましたが(笑)、変化は日々少しずつ、実はもうすでに起き始めているのだと思います。 頭ではわかってもいまいち理解しづらいという方も 自分を信頼すること、信頼できる自分をとりもどすことを、まずは「ごめんなさい」 「愛してます」 「ありがとう」から始めてみませんか。
2006.11.02
コメント(24)
全12件 (12件中 1-12件目)
1