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否定しない・抑えな… New! かめおか ゆみこさん

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森の声

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2026.05.18
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カテゴリ: カテゴリ未分類
昨日は、「子どもの〝やりたいこと〟の多くは、大人が〝やらせたくないこと〟」ということを書きましたが、今日はその逆です。

多くの大人が「子どもにやらせたい」と思っていること、
・言われなくてもお勉強をする
・お片付け
・静かに遊ぶ
・残さず食べる、好き嫌いをしない
・手を洗う
・兄弟や友達と仲良く遊ぶ
・ケンカをしない

・危ないこと、乱暴なことはしない
・ゲームばかりで遊ばない
・お母さんや先生の言うことを良く聞く
・寄り道をしない
・ものを拾わない
・石を投げない
・棒を振り回さない
・約束を守る
・嘘を言わない
・知らない人に注意する

などのほとんどは守られないし、要求しても実現されることは滅多にありません。強く叱ればその時だけはやったりしますが、自分の意思で行うことはまれです。また、やっているときも楽しそうではありません。


内容の如何に関わらず「強制されること」が大嫌いなんです。子どもは「自分の意思」でやりたいのです。

勉強を強制しても勉強が嫌いになるだけなので、ますます自分の意思では勉強しなくなります。

「うそー、じゃあなんで強制しないとやらないの?」と言う声が聞こえてきそうですが、「自分の意思」で行うためには「自分なりの必然性」が必要だからです。そしてそれは「大人の必然性」とは異なるものです。
「大人の必然性」は社会的な要素が強いですが、「子どもの必然性」は自分の成長にとっての必然性です。

昨日書いた「子どもがやりたいこと」のような、「子どもの世界を広げ、子どもの成長につながるようなこと」は言われなくてもやります。そういうことをやっていると楽しいからです。


お腹が空いているときに食べると美味しいですよね。からだが水を欲しているときに水を飲むと美味しいですよね。それと似たような原理が働いているということです。

それに対して、「大人が子どもにやらせたいこと」の多くは、子どもから自由を奪い、「社会」とか「大人の価値観」という狭い世界に閉じ込めるようなものばかりです。だから楽しくないし、子どもは逃げるのです。

上に書いたものの中には、「ケンカをしない」などというように、「〇〇をしない」という否定的な表現のものが多いですが、でも子どもは論理や理屈で行動しているわけではないので、いくら禁止しても無駄です。

ケンカしてしまった後で、「あ、やっちゃった お母さんに叱られる」と気付くことはありますが、そんな時は、お母さんが見ていなければそのままにして、お母さんに見られていたら「ぼくが悪いんじゃない」と言い訳をしたり、嘘を言ったりします。

「禁止」で子どもを縛っていると、子どもは叱られたくないので嘘を言うようになります。「嘘を言うな」という強制が、さらに高度な嘘を言う癖を付けてしまうのです。バレなければ嘘じゃないですからね。
そもそも、子どもには「嘘」と「本当」の区別がつきません。皆さんは、この違いを、子どもが理解できるように説明できますか?
これが理解できるようになるためには、9才を超えて「客観的に物事を見る能力」が育つのを待つしかないのです。

ただ、最近、この能力の育ちが遅れている子ども達が増えてきているような気がします。ゲームでの遊びも関係しているような気がします。
大人でも同じです。「客観的に物事を見る能力」が育っていない人は簡単にデマに騙されます。「国やテレビが言っているから大丈夫だ」と簡単に信じてしまうような人も同じです。

だから、「しつけ」に熱心になりすぎると、子どもは平気で嘘をつくようになってしまうのです。でもこれは、子どもが「自分を守るために身につけた能力」ですから、子どもを責めることは出来ません。

お母さん達も、「子どもを叱らないようにしたい」と思っていても、つい叱ってしまいますよね。そして、叱ってしまった後で後悔したりしますよね。
もっとも、「あんたが悪いんだから、叱っても当然」と考えるお母さんもいっぱいいますけど。

だからといって「仲良く遊びなさい」と言われてもどうしていいのか分かりません。「ケンカ」には正解、つまり「具体的な形」がありますが、「仲良く遊ぶ」には正解がないからです。

「ケンカをしなければ仲良く遊んだことになるのか」というとそんなことありませんよね。もっとも、大人はケンカをしなければ仲良く遊べていなくてもあまり気にしません。大人が求める「仲良く遊びなさい」は、単に「ケンカをしないで遊びなさい」というだけの意味なのではありませんか。

本当の意味での「仲良く遊んでいる」というのは、ただ単に「ケンカをしない」ということではなく、「共に楽しんでいる」ということですよね。そして、共に楽しむためには子ども同士がつながり合っている必要がありますよね。
でも、つながり合うためには「つながりを支えるもの」が必要になるのです。それが「遊び」なんです。オモチャなどの「物」は「一緒に」が出来ないので、奪い合いが生まれます。でも、鬼ごっこ、縄跳びのような遊びは「一緒に」が出来ます。だからつながり合えるのです。

でも、その「遊び」を大人達が奪ってしまいました。大人達は子ども達から、「自分の意思とアイデアで自由に遊べる空間」、「スケジュールで決められていない自由な時間」、そして「体験や感情や感覚を共有する仲間達」を奪ってしまいました。「遊び」が消えたのはその結果です。

そしてその代わりに、大人の価値観に基づく行動を押しつけ始めました。でも、子どもは「押しつけられたもの」では成長できないのです。子どもが成長するためには「自分の意思で選んだもの」が必要なんです。

ちなみに、勉強が楽しければ言われなくても勉強をするのです。
だから「勉強しなさい」などと言っても無駄なんです。それよりも「学ぶ楽しさ、知る楽しさ」を伝えた方がいいのです。
問題は大人がそれを知らないと言うことです。





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Last updated  2026.05.18 07:54:16
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