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友人達へいつも、優しいメールありがとう。皆のメールで元気になります。いつもいつも助けてもらうばっかりで、ごめんね。皆が困った時、私が貰った優しさの何分の一かでも返せたらと思います。みんなのメールが、私の栄養剤です。本当に、ありがとう!皆、大好きだよ!!
2007.11.30
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昨日、夜に面会。カテーテルで入れる輸液のパックの大きさにビックリした。こんなに入れるの?!母の顔を見ると、なんと目を開けている。ちゃんと目が合う。「お母さん、判る?私のこと判る?」と聞くと、頷いた!?「判るの?!」と再度聞くが、反応なし。気のせいだったのか?手を握って、「判るなら握ってみて」握らない。いや、動かせないのかも。反対の手にする。握らない・・・でも顔をジッと見ている。髪の毛を手ですいてると、気持ち良さそうに目を閉じた。帰る時に、「帰るね、また来るよ」と手を振る私を暫く見ていたが、フッと横を向いてしまった。顔に表情はない。ほんの少しだが、希望の光が見えた気がした。回復するかも!もしかしたら、また判るようになるかも知れない。そう思ったら、初めて病室で泣いてしまった。長期戦だ!風邪ひかないように、インフルエンザにかからないように倒れないように、負けないように・・・とにかく頑張れ、頑張れと自分に言い聞かせる。
2007.11.29
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母が発作を起す前、元気な姿を見たのは、いつだったろうか?倒れた週の日曜日。面会をした。私が帰る時、いつものように玄関まで送ってくれた。そして、「また来てね、今度はいつ?」と聞き「運転気をつけてね」と送り出してくれた。玄関で手を振り、私は車へ。車の窓を開け、玄関脇を通る時に、もう一度母に手を振る。これがいつもの儀式だった。発作から20日。
2007.11.28
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カテーテルの手術は成功した。麻酔の影響もなく、順調だそうだ。ひと安心。父の看病の時は、モルヒネを打つまで意識がハッキリしていたのでおしゃべりしたり、一緒にテレビを観たりしていたが、母は眠っているばかりなので、話かけても反応がない。顔や手足を拭いて、髪の毛をとかし、肌にクリームを付けたりしても1時間ほどで終わってしまう。椅子の腰掛けて、本を読み、編み物をし、時には居眠りをしている。合間、合間に母の顔を見て、起きそうな気配を感じると声を掛ける。反応なし・・・。父の入院中、最期の1ヶ月の記憶が抜け落ちてる部分が多い。どれくらい泊り込んだのか、何をしていたのか、あまり思い出せない。父の最期の言葉がなんだったか?も、覚えていない。今回も同じになってしまうだろうか?記録として、ここに書き込んでいきたいと思う。てんかんを患っている方々、その家族の方に不必要に心配を掛けることになるだろうか?しかし、こういう事もあると、用心のする為に使って頂けると嬉しい。コントロールすれば、普通に生活出来る病である。しかし、今回の母のように重責発作は怖い。発作をコントロールし、起さないようにする・・・これが第一であることは皆、承知していること。母は自分の発作が起こる事を、事前には判らない人だった。自分で判る人もいるという。いつもと違うと感じだら、病院に行っていただきたい。いつもの事と思わずに、正しい処置をし、命に係わるような事にならないように注意して頂きたい。
2007.11.28
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母の意識は戻らない。一昨日、医師より病状説明を受ける。てんかん発作による脳へのダメージが酷く、機能が低下して来ている。点滴も落ちなくなってきていること、鼻からの栄養も、度々吐くことなどからカテーテルを入れ、高カロリー輸液をしましょうと言われる。そして、酸素吸入をするか、気管切開をするか、人工呼吸器をつけるか、昇圧剤を使用するか、考えておいて欲しいと言われる。医師に、回復の見込みはあるのか尋ねる。「難しいでしょう」と言われる。実は、その前の日に看護師さんに聞いていた。話せる範囲でいいから教えて欲しいと言って・・・回復しますか?と問いに看護師さんは「ないです」と即答しました。一度壊れた脳細胞は、生き返らないので、機能自体が低下する一方ですと、言われていた。なので、医師からの説明の、比較的落ち着いて聞けた。カテーテルは延命ですか?の問いに、医師は大きく見れば延命だが、消極的延命ですね。しなければ、衰弱死ですと言う。回復はせず、栄養だけ強制的に摂らされ、生きていくということ。しかし、処置しなければ、死期を早めると言われて、しないで欲しいとは言えなかった。母の顔は、眠っているようだ。いつか起きるんじゃないだろうか?意識が戻るんじゃないだろうか?いっつも大袈裟な人だったから、きっと今回も気づいて、皆になーんだって言われるんじゃないだろうか?誤診ってこともある。頬を叩いてみる。手の甲をつねってみる。顔をタオルで拭いても、髪を梳かしても、目覚めない。胃がんで逝った父も、余命3ヶ月と宣告された。あの時は、母を守らなければと気が張っていた。闘志が沸いてもいた。今回は、闘志が沸かない。虚脱感だけがある。退院したらと編み始めたひざ掛けが編みあがった。きっと、母は「良く出来てるね~」と言ってくれるだろう。次はマフラーを編むよ、お母さん。その次は帽子、次は手袋を編むよ。寒くないように、準備しておくよ。だから、いい加減に目を覚ましなさい!!
2007.11.26
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母が入院して1週間が過ぎた。今、母は点滴が落ちなくなり、食事も水も出来ず、鼻にチューブを入れている。昨日は、少し吐いたそうだ。夜に面会。よく眠っていた。熱があるのかと、額に手を当ててみるが、熱はない様子。髪がボサボサなので、手ですいてみて、髪が薄くなったと感じて、切ない。枕に沢山の抜け毛、切れ毛。それを捨てて、目やにをふき取る。そんなに触っても目を覚まさないのか、瞼は閉じたまま。左手に触ってみる。浮腫んでいるように感じたので、少しマッサージしようと、胸に置かれた腕を伸ばしてみた。まるで人形の腕のように、ガクッガクッと強張っていた。それでも目を開けない・・・。今日こそは、意識が戻っているんじゃないかと思って行っただけに、ガッカリした。私の顔を見て、「あら?どうしたの?」と、呑気な声を出すのはいつの事なのか。
2007.11.16
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昨日の未明、母が入院した。てんかんの発作を起し、ホームから隣の病院に搬送、入院となった。夜中の3時に一報、4時近くに入院決定。一報受けてから、眠ることが出来なくなっていた。すぐに病院へ。病室に入り、愕然とする。酸素吸入をしている。顔が、左の口角が下がっている。眼球が常に左右に揺れ、瞼を閉じていられない様子。声を掛けても当然反応なし。いつもと違う・・・!?看護師さんが、血圧など正常だから、急を要することないですよと説明してくれた。そのまま出勤。昼休みに電話して状態確認をする。高熱が出て、薬で抑えたこと。痙攣は治まったこと。左の手足に麻痺があったかと聞かれる。夕方、病院へ。口角の下がりはなく、酸素吸入もしていない。熱のせいで顔が真っ赤だった。目が合うこと数回。まだ朦朧としている様子だ。看護師さんの話。日中は痙攣なし、熱もいまは平熱。左手足を動かさないのが気になるが、CTなど特に問題なかった。脳の場合は数日たってから判る場合があるから、様子みて検査すると思うとのこと。主治医が休みのため、医師の説明は土曜日にお願いした。今日は病院から連絡なし(今のところ)問題が起こっていないと、ホッとする。ほとんど寝ていないのに、昨日の晩はよく眠れなかった。明日、医師の話を聞くまでは無理かもしれない。
2007.11.09
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日曜に母を面会。発作の後なので、どうかなあと心配していたが、意外と元気だった。車を停めて、部屋のあたりを見てみると、廊下に母がいた。こちらに気がついて、手を振っていた。食事が進まないといわれたので、好きなものを色々と持って行った。たこ焼き1個(たこ抜き)、肉まん1/4個、エッグマフィン1/4個、オニギリ1/2個を食べた。わざとお昼を食べずに、私のお昼だよと言って、一緒に食べた。少しづつ、色んなのが食べたいと、自分で量を決めて食べていた。恒例の耳掃除、髪を梳かし、足のマッサージとクリーム塗。あと棚の整理。よく他の人のが紛れているので、毎回行くたびに見ている。秋物でも寒くなって来たみたいで、もう少し厚物を用紙しなければなあと感じる。下着も暖かいものにしなければ。
2007.11.05
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