「免疫整体 ここ一番」院長の日記

「免疫整体 ここ一番」院長の日記

2005年12月20日
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カテゴリ: 歴史のこと
第二次世界大戦の原点は、シナ事変であったと云われている。


昭和12年7月7日盧溝橋に響いた一発の銃声がシナ事変の引き金になったというのは定説である。
その一発の銃声を響かせたのがシナ側であることは資料で明らかだ。
蒋介石の国民党軍に潜入した共産党の策動によるものであったのだ。

それはともかく、一度は武力衝突になったものの双方の話し合いがつき、現地では停戦状態が出現していたのである。
ところが、それから約三週間後の7月29日、通州で実にむごたらしい事件が起こった。
一般の日本人居留民約200人が惨殺されたのだ。
その多くは女性であり子供であった。



その虐殺ぶりは直視に耐えないものだったという。
こうしてシナ事変は本格化したのである。

そもそも日本が中国大陸で戦争をした相手は、いまシナ大陸を支配している共産党政権ではない。日本は蒋介石の国民党政権を相手に戦ったのである。その国民党政権を台湾に追い出し、満州を侵略し、満州族の文化も歴史も伝統も破壊して、事実上消滅させてしまったのは共産党の現中国なのである。

その国民党政権は戦後、日本に対する損害賠償請求を放棄している。
つまり、日本と中国の間に戦争によって発生した問題はすべて解決済みなのである。
その国民党政権を共産党政権が継承したのである。
とすれば、たとえ国民党政権と共産党政権の考えは違っても、国家間の約束はそのまま継承するのが国際社会の常識である。それを、戦争でこうむった被害がどうのこうの、歴史認識がどうのこうのといつまでもイチャモンをつけてくるのは、筋違いもはなはだしい。

さて、「一方的に悪いのは日本で有る」と私達の脳髄から細胞の隅々まで教育したのは誰だったろうか?
歴史を正しく認識せず、一方的に偽作されたものを、我々に押し付けてきたのである。
民族の誇りも、正義も、先輩達の実績や労苦、および、理想や想いをも、赤一色に塗りつぶしてしまったのである。それが、占領軍の仕業であったら、まだ諦めもつく。日本人自身すなわち、味方からであるから始末が悪いのである。

北朝鮮が日本人を拉致しているのに、北朝鮮をかばった日本の政党があった。


現在拉致は事実であると証明された。
日本人だけでなく、レバノン人やインドネシア人、韓国人、エジプト人等も拉致されている事実が判明し、これは世界的、国際的な拉致問題であることが証明されたのである。

事実が証明された場合、通常国家では、それをかばった者は、スパイか売国奴とされ、財産没収、名誉剥奪、更に命すら保障できないのが常識であろう。
それが、正式な謝罪もなしに引退という小癪な方法で姿を隠してしまった。
このお偉い方は、せめてもの罪滅ぼしに、北朝鮮に乗り込み、真実を追究する気迫も、情熱すら全くなさそうである。


全く日本は、平和ボケした無倫理の国家である。武士道など、一体どこにいってしまったのだろう?
こんな指導者の国家であるから親殺し、子供殺し、それに先日は先生が生徒を殺傷させた事件も起きるわけである。

さて、同胞が拉致され、何もできない国家は一体なんであろうか?
それは、日本が第二次世界大戦で余りにも惨めに敗れたためなのか?
原爆をはじめ無差別爆撃で戦争の真実を余りにも味わった故なのか?
徹底的に戦争の主犯は日本とされた教育なのか?

たとえ、そうであったにしろ同胞が拉致されて無関心でいるのはおかしいのである。

かって、シナ事変勃発で、一時は平和が回復されたが、シナ保安隊兵士が日本人を虐殺したため、日本軍が立ち上がった。当然どの国家も行う常識的な行為であった。
こんな事実を誰も教えてくれないのである。
原因は、明らかに当時の中国側の国民党軍にあったのである。

ところで、北朝鮮の拉致問題であるが、国民大多数が無関心であっても、国が何もできないのは又おかしい話である。
シナ事変では、200人の同胞の無念のために国家として立ち上がり、戦ったのである。
一人の無念の為に戦う国家すらある。

戦争経験で戦争の惨めさを一番分かった国家であったらなら、それなりの戦にならない知恵のある戦略を立てればいいのである。
同胞を救い出す為、国家としてどう対するか、一日も早い目に見える対策を望むものである。

いつまでも、ただ口をつむぎ、耳を押さえ、目を閉じて、嵐の通り過ぎるのをじっとこらえている猿になってしまったら、もはや日本民族も終わりである。
目に入るのは、札束だけ。耳に入るのは儲け話だけ。口から発する言葉は金また金。

そんな世相を映し出した事件がまた発生した。
一級建築士が、自分の生活の為、違法に鉄筋を抜く。他人の命などどうでも良いのである。自分と家族だけがよければ!何でもするのである。
それを仕掛けた、コンサルタントも建設会社も責任の擦り合い。
そこには恥も名誉も、人間としての尊厳のカケラもない。

戦後60年。これは、永い忍耐の時間であった。
それに耐え忍んだ日本人。

今こそ新しい時代に向けた新しい志向と、行動が必要ではないだろうか!
そのためには、歴史をまず正確に把握し、原点を見直す必要が必須であると思う。





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最終更新日  2006年03月07日 15時18分43秒


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