神々の思惑(18)
「3.11被災地は日本と世界の将来を変える」
【やり方次第で増税など不要】(4)
日本でも財政の失敗が戦争の道に迷い込んでいった。
日本は2.26事件から第二次世界大戦の道に入って行ったといわれている。
日本も第一次世界大戦の不況が長引く中で、世界恐慌の影響により、さらに景気は悪化していった。
この時、日銀出身の高橋是清蔵相は、国債を日銀に引き受けさせ、積極的な財政政策を打ったため、世界の主要国の中でいち早く景気を回復させるのに成功した。
高橋是清が不幸だったのは、投資先を間違えたことだった。
投資先を開発の遅れている東北地方だったり、重工業、それに朝鮮半島や満州だった。
しかし景気回復はインフレの傾向を見せ始めたため、高橋是清は一転して軍事費を中心に財政の引き締めを始めた。
これが軍部の不評を買ってしまった。
さらに運悪く、東北地方では凶作が続いた。
財閥が栄える中で、国に見捨てられたとの不満を抱えていた農村出身者が多い皇道派青年将校達が、いよいよ決起する。
2.26事件はこうして発生し、高橋是清を殺害してしまったのである。
1936年発生した2.26事件は、昭和天皇の一声で、鎮圧され、首謀者達は銃殺されてしまう。
事件後陸軍幹部の皇道派も、ことごとく予備役に回され、失脚していく。
そして日本の一番の不幸は、これを機に東条英機など統制派が陸軍の主権を握って行く。
統制派は、皇道派が後日復権して陸軍大臣などになり影響を持たないように「軍部大臣現役武官制」を復活させてしまう。
このことにより、後に陸軍が陸相を推薦しないという、陸軍が政権にまで大きな影響を及ぼすようになって行ってしまう訳だ。
一口に云えば、陸軍のくだらない勢力争いが、国民を戦争への道に誘導して行っってしまったのである。
政権の人事まで軍人の意向で左右させる事態となり、もはや日本の終着駅はこの時点で決定されたといってよいだろう。
こうして1937年7・7蘆溝橋事件を発端にして、日本も戦争への泥濘に入って行くのであった。
余計なことかもしれないが、日本の歴史を紐解くと、国内の動乱を含め、天皇制の一番の泣き所は、力の強い権力者が頂点を極めた時、その者の意向で武力闘争の道に入って行っている。
天皇制の素晴らしい点を、権力者に上手く利用されてしまうわけである。
さて、そうなれば高橋是清は、東北地方にもっと投資をすればよかったし、ヒットラ-も軍需拡大などせずに、少々我慢して不景気を迎えればよかったのだ。
「後からだったら何も云えるさ!」と傍観することも大切だが、財政のかじ取り次第で不幸な戦争すら生じることを思えば、過去の失敗を冷静に判断し、今後に生かしてこそ、我々子孫の果たすべき義務と云えないだろうか?
ともあれ、戦争は、これからも経済如何によって何時でも起こるということである。
(つづく)
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