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戦争でなくても人が死ぬということは、なかなか受け入れられないものだ。それが、普通の死でなく、事故であったり、殺人であったり、戦争による死などなどであったりすれば、なおさらである。 イラクは戦時下にある。イラクの人たちがたくさん殺された。アメリカ兵も殺された。日本人も外交官とフリージャーナリストが殺された。 殺された人たちの家族は悲しみ、怒り、沈黙に沈み、あるいはさまざまな抗議をする人たちもいる。それに対する人々の反応もさまざまである。 イラクでは、愚かな政治指導者の下、戦争が続けられ、多くの人が殺され、いまなお、殺され続けている。政治家たちは責任を取らず、さまざまな言説で正当化しようとしている。 「国益」などで、人が貶められ、殺されてはならない。この戦争をどう見るか、どう向かい合うべきか。いま一度考えなおしてみたい。そして、直ちにこの戦争に加担することをやめたい。出来るだけ早くこの戦争を終えるようにしたい。 その意味で、イラクで武装勢力に拘束され、殺されたアメリカ人ニック・バーグさんの父親マイケル・バーグ氏の手紙は深く考えさせられる。以下、TUPの翻訳を紹介する。 ****************************ジョージ・ブッシュはニックの目を見たことがない 息子の命を奪った殺人者たちにもまして、私は、 大勢の人を死なせる政策の遂行者を断罪する マイケル・バーグ 2004年5月21日 掲載紙:ザ・ガーディアン Michael Berg Friday May 21, 2004 The Guardian *********************************************************************** 私の息子、ニックは、私の師であり、私の英雄でした。私の知る、いちばん心優しく、親切な人間(man)、いや、私がこれまで知ったかぎりで、いちばん心優しく、親切な人間(human being)でした。彼はアメリカ・ボーイスカウトを辞めましたが、それはピストルの撃ち方を教えられそうになったからでした。ニックはまた、私が世界に向かって彼のことを語るために必要とした力、今もなお必要とする力を、私に注ぎ込む存在でもありました。 なぜ、息子の悲劇的な無残な死についての責めを、ブッシュ政権にのみ向けるのか、と尋ねられます。人々は「彼を殺した5人の男を責めないのか」と聞きます。これまで私は、彼らを非難することは、ブッシュ政権を非難するのに、劣らず、また優りもしないと答えてきました。でも、これはまちがいです。私の息子を知っている人は、彼とのつきあいの間に、彼がいかに並外れた人間であるかを知ったはずです。彼を殺した者たちが、あの恐るべきことを行ったとき、期待したほど、悪意をこめられなかったということに、私は慰めを感じます。きっと彼らは彼を賛えることになったはずです。 ニックにナイフを揮った者は、その手に彼の呼吸を感じ、そこにいるのが現実の人間であることを知ったのです。ほかの者たちも、きっと息子の目を見たことでしょう。そして、世界の他の人々が見るものを少なくとも微かには見たのです。ですから、この殺人者たちは、ほんの一瞬は、自分たちのしていることが厭になったはずだと、私は思います。 ジョージ・ブッシュは、一度も私の息子の目を見たことがありません。ジョージ・ブッシュは、私の息子を知りません。それが、彼をことさらに冷酷にしているのです。ジョージ・ブッシュは、彼自身人の親でありながら、私の苦しみや私の家族の苦しみを感じることはできず、ニックのために嘆く世界の苦しみを感じることができません。たんなる政策立案者であって、自分の行為の結果を担わなくてもよいからです。ジョージ・ブッシュは、ニックの心も、アメリカ民衆の心も、見ることはできず、まして、彼の政策が日夜死なせているイラクの人々の心など、見えはしないのです。 ドナルド・ラムズフェルドは、イラクの捕虜に対する性的虐待の責任は取ると言いました。しかし、行為の結果が自分の身に返ってこないのに、どうして責任がとれるというのでしょうか。ニックが、その結果を引き受けたのです。 息子の命を奪った殺人者たちにもまして私にとって耐えがたいのは、多くの人の命を絶ち、なお生き続ける人たちの生活を破壊する政策を、安閑と坐って立てている者たちです。 ニックは軍隊には入りませんでしたが、軍人の規律と献身を持っていました。ニック・バーグが人々を援助するためにイラクに行ったのは、個人的な利得を一切期待しない行為でした。彼は一人の人間に過ぎませんが、その死を通じて、多くの人間となりました。自分自身の心のなかで正しいと知っていることをするために、自分のすべてを与えるという、ほんとうに無私の精神は、たといそれが危険かもしれないとわかっているときでも、正しいのです。この精神が、ニックを知る人々のあいだに広まり、そして、そのグループが今も世界中に広まりつつあるのです。 では、私たちは、9月11日というあの不名誉な日にアメリカの私たちが攻撃を受けたとき、どうすべきだったのでしょうか。それまで一度もしたことのないことを、あのときすべきだったのだと、私は言いましょう。私たちが敵というレッテルを貼った人たちに向かって物を言うのはやめて、彼らの言うことに耳を傾ける、ということです。この小さな惑星のうえでの我々の平和共存について条件をつけるのをやめ、すべての人間の、自由に自律的に生きたいという要求を尊敬し尊重し、どんな国家の主権も真に尊重するということを始めるのです。他の人々が従うべき規則を作っておきながら、我々のためには別の規則をつくるということを、やめるのです。 ジョージ・ブッシュの役に立たない指導性は、ひとつの大量破壊兵器であり、それがいくつもの出来事の連鎖反応を可能にした結果、私の息子は不法に拘束され、エスカレートする暴力の世界に沈められてしまったのです。もし拘束されていなければ、私はニックを再び腕に抱いていたでしょう。その拘束のせいで、彼は、ファルージャ包囲攻撃に至った多数の残虐行為が発生するまで、そればかりかさらには、イラクのあちこちの牢獄での残虐行為が明るみに出るまで、イラクに引きとめられ、そのために、素晴らしい生涯に終止符を打たれたのです。[訳注 ニック・バーグ氏は、3月24日にユダヤ系のためスパイと疑われてイラク警察に捉えられて米軍に引き渡され、外部との連絡を絶たれた。尋問にあたったFBIが身元確認をして、両親に事情が知れ、両親は釈放を求めて4月5日に米軍を相手に提訴。翌日にニック・バーグ氏は釈放されたものの、10日から行方不明となり、5月8日にバグダッドで遺体が発見され、その後「処刑」のビデオが公表された] 私の息子の働きはいまなお続いています。以前は一人の平和の作り手がいたところに、今は何千人のも平和の作り手を見ることができ、彼らからの便りが届きます。ニックは自己の信念にもとづいて行動した人間でした。私たち、世界の民衆は、いま、自分たちの信念にもとづいて行動する必要があります。私たちは、大西洋の両側にいる悪人たちに、もう戦争はご免だということを知らせる必要があります。私たちは、罪もない人たちを殺し、爆撃し、一生の障害を負わせることは、もうご免なのです。嘘も、もうご免です。そうです、私たちは、自爆攻撃も、イスラエル人とパレスチナ人が殺し合いをやめる道を見いださないことももうご免なのです。双方が平和という成果を排除するような諸条件を予め設定して始めるような交渉と和平会議もご免です。私たちは、いまただちに世界に平和を、と、望んでいます。 おおぜいの方が、ニックと私たち家族のために祈ろうとご提案くださいました。ありがたいことだと思います。ただ私は、その祈りのなかに、平和への祈りを含めていただきたいと、その方たちにお願いしています。また、祈る以上のことをしてくださるよう、お願いしています。いまただちに平和をと要求してくださることを、お願いします。(マイケル・バーグ氏は、アルカイダとされる集団により、斬首され、その様子をビデオに撮影された米国の民間請負企業社員、ニック・バーグ氏の父。 この記事は、5月22日にロンドンで行われた「戦争停止連合」のデモ「拷問をやめろ 軍隊はいますぐ帰国を」のための支援のメッセージの抜粋として、デモ前日の英紙ザ・ガーディアンに掲載されたものの全訳です)
2004/06/07
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ずっしりと重い大判の本を手にした時、予感がした。これはすばらしい本に違いないと。時々、そういう予感を持つときがあり、そのとおりであることが何度かあった。この本も期待通りの本だった。長田弘『読むことは旅をすること 私の20世紀読書紀行』(平凡社)。 最初の「海辺の墓標」を読んで、この本はすこしずつ丁寧に読むことに決めた。毎日寝る前に一章ずつ読み進めた。「テレジーンへの道」「百塔の街から」「アウシュヴィッツ以前以後」「詩が矜持である国」……全体が35章からなっている。 最初「失われた記憶を求めて」12章はポーランドと絶滅収容所とユダヤ人作家や詩人たちが、つぎの「無言の肖像」16章には、革命から大粛清へと続くソビエト時代の作家や詩人たちそしてスペイン市民戦争等などが、最後「書かれざる歴史」7章では日本人との関わりでのシンガポールとスペイン市民戦争が中心となっている。いずれもそこで生き死んだ作家や詩人たちをとおして。 内容はあまりにも豊かで複雑で、深い。ここには私の感想を一つだけ書こう。 国家からみれば、国民は代わりがきく。人々からみれば国家は代わりがきく。国家は国民をつくるが、国民が国家を作った国はない。国家はわたちたちの日常と対置される存在である。 人は自分の生まれを選択できない、時代も場所も選択できない。その選択できない「負い目」を引き受けて生きることが生きるということである。 人は「I WAS BORN」として生まれ、必ず死ぬ。その生と死の間を、日常を生きることを仕事として生きること。一番大切なのはそういうことだ。 この本は「はじめに」に、エミリ・ディキンスンの詩が引いてある。 百年の後には この場所を知る人はいない ここでくりひろげられた苦悩が いまは平和のように静かだ そしてこういう「読むことからはじまったわたしの旅は、それぞれにそれぞれの場所で、「わたしの時代」を生き切った人びとの、フィロソフィー・オブ・ライフ(人生に対する態度)としての、パトリオティズムの行方を確かめる旅だった」 では、パトリオティズムとはなにか、それは「のぞむのはどのような国のあり方かという問いかけ」であるという。 私はこの本を読み終えようとして、のぞむのはどのような国のあり方かという問いかけの答えとして、人びとの日常を日常として保つべきものが国だと思った。 最後に大粛清の時代にレニングラードの拘置所の面会の列のなかで、「この私たちのことを書いてくださいますか?」とささやいてたずねられた詩人アフマートワが「書きます」と短く答えたというエピソードが印象的だった。
2008/05/31
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テレビのニュースを見て驚いた。ダイエーが小久保選手を放出するという。巨人へしかも無償である。ダイエーファンとして一言いわざるをえない。今日はテーマを変えてそのことを書く。 小久保といえばダイエーの発展を支えてきた選手であり、今も主軸選手であることに変りはない。今年は怪我で出場できなかったとはいえ、あれもいわば公傷であった。 なぜ日本一に輝いた直後に、このようなことをするのか、ダイエーグループ経営陣の頭の中を見てみたい。 ダイエーは、本社から15億円の支援を受けていたとはいえ、チケットやテレビ放映で45億の収入があったという。これは他の球団に比べても財政的に健全な方である。プロ野球球団の経営自立が問題になるなかで、よくがんばってきた。 それは、すべて選手とファンの努力と支援・協力のおかげである。その結果、球団の存在は、ダイエーグループにとってもかなりいい影響を与えてきた。優勝大売出しだけでも、どれだけの収益をもたらしたことか。 ダイエーグループの2兆円とも言われる累積赤字から言えば、15億の支援などどれほどのことがあろう。それも経営の自立の努力をかさねている球団なのである。 今回の放出といい、ダイエー球団の身売り説といい、球団のもたらすプラスや球団の努力を無視した、また、ファンという消費者を無視した愚挙である。 小久保選手放出につづいて、井口、村松が出て行けば、ダイエーはどうなるか。ダイエー経営陣は、あるいは、弱小化したほうが売り払う上でいいのかもしれない。 しかし、それは、長い目で見ればプラスにはならないだろう。 目先の損得しか目にないダイエーグループの経営陣にただあきれるばかりである。ファン無視は消費者無視につながる。これでは、ダイエーグループの再建事態おぼつかないことだろう。
2003/11/04
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転載可ということなので転載します。 テッサ・モーリス・スズキさんはオーストラリア国立大学の教授で『辺境から眺める』(みすず書房)ほか、日本についての論文・研究書も多数出されています。近く『北朝鮮へのエキソダス』という北朝鮮への帰還運動についての研究書が出版される予定です。 原文~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~従軍慰安婦:ほんとうのことを言う時 (普段使っている普通の意味で)テッサ・モーリス・スズキ2000年8月、ドイツではナチ奴隷労働の何万人もの生存者を補償するために強制労働補償基金が設けられ、51億ユーロの基金が戦時中の奴隷労働の使役にかかわったドイツ政府や企業によって共同で融資され、2005年までには、7万件以上の補償請求が認められている。[1]日本史の研究者の中には、日本とドイツの戦争責任に対する態度の比較に反対する者もいる。確かに、過去に向き合う「良い」ドイツと、そうでない「悪い」日本と、単純に二分するのは深刻な誤解を生む。歴史的責任へのドイツの態度は、複雑で、分かれている。そのうえ、ドイツの主要な問題はホロコーストへの責任であり、それは、日本の歴史と明確な類似はない。一方、日本には戦時中の過ちへの責任を取るよう政府を説得するために何十年も戦う、多くの決然とした勇敢な学者、ジャーナリスト、弁護士、および一般市民がいる。困難と、時には落胆をともなう状況のなかでの彼らの努力は称賛に値する。おおやけに日本の歴史的責任の問題を提起すると、多くの場合警察がとりたてて犯罪として扱おうとしない、暴力的な脅しをちらつかせた、口汚いメッセージの集中砲火に直面する。しかしながら、強制労働の問題では、日本とドイツの違いははっきりと対照的だ。日本も戦時中、鉱山と工場で働くために非常に多くの強制労働者を徴用した。日本の場合では、この強制の特に暗い局面は、いわゆる「慰安所」に収容され、日本軍の手による強姦やその他の性的虐待を受けた女性の強制的な徴用だった。また、ちょうどドイツに強制労働者を徴用かどうかに論議を必要としないように、「慰安所」が存在したという事実に疑問の余地はない。ドイツ政府は、強制労働の補償を認め、謝罪し、支払いを行ったが、しかしこれまで何人もの著名な日本の政治家たちは、戦時中に徴用された労働と「従軍慰安婦」の双方とも、本質的に強制であったことを認めたがらない。2007年3月の最初の週にトップニュースを飾ったのはこの後者の問題である。数週間前に、米国下院は日本政府が戦時中の「従軍慰安婦」の虐待を謝罪し正確な公教育を行うよう要求した下院決議案121号に関する審議が始まった。 [2] 議会がそのような決議案について審議するのは決してはじめてではないが、この議論は特に多くの国際的な注目を集めた。米国議会決議案に対し、3月1日、安倍晋三首相は「従軍慰安婦」の募集が「狭義の意味の(軍の)強制性は、それを裏付ける証言はなかった」とコメントした。数日後の国会答弁で彼はこの声明を繰り返し、「狭義の意味での強制とは」、明らかな事実として、「官憲が家に押し入って、人さらいのごとく連れて行く」ことがなければならないと述べた。[3] 「従軍慰安婦」の徴用は「広義の意味で」強制的であったと主張することに、安部は明らかに何の問題も感じていない。なぜならば、米国議会決議の結果がどのようなものであれ、彼および彼の政府は謝罪しないと明言したからである。[4] また、麻生太郎外務大臣は米国議会案を「客観的事実に基づいていない」と非難した。[5]これらの所見を読み私は、ドイツ政府がナチの強制労働に対して「狭義の意味での強制」ではなかったので歴史的な責任はないと主張したら、国際的な反応はどんなものかと想像した。また、もしこの強制労働の積極的に否認するドイツの大臣のひとりが、例えばクルップのような産業界の権力グループの直系の子孫である苗字を持つ大臣だったら、世界はどのように反応するだろうかと、考えた。「従軍慰安婦」が被らなければならなかった悲運に対する責任の拒否は、もちろん、アジアの隣人やオーストラリを含む地域のパートナーとの関係にとって非常に重要な問題である。オーストラリアの元「従軍慰安婦」ジャン・ラフ・オヘルンは、戦時中の「慰安所」での強姦と虐待の経験に関して直接米国議会で感動的な証言を行った人々の一人である。[6] オースオラリアとの緊密な関係を望む安倍の熱意は広く報道されてきており、彼の首相としてのありかたに、日本とオーストラリアの友好関係の新たな局面の始まりをみるものもいる。しかし、日本政府は安倍や麻生のコメントが、韓国や中国だけでなく(特にオーストラリアのような)戦争の記憶が生々しく残っている国々にまで、日本の国際的イメージを損なわせたことを把握できないように思える。北朝鮮によって拉致された日本人の運命は近年の日本で激しい感情を引き起こし、安倍自身も感情を動かされ、公衆の面前で彼らの苦況に涙を流した。なのに、なぜ安倍や彼の政権にいる人々は、ジャン・ラフ・オルヘンのような人々の体験が同じような感情をオーストラリアや近隣諸国に抱かすと想像できないのか、人は不思議に思う。
2007/03/29
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東京都教委が「日の丸・君が代」強制に精力を注いでいる。昨日の日記にもかいたNHKの番組では、高校教育課の会議で「れいぎ」ということを強調しようと作戦を練っていた。 日の丸・君が代に起立し直面し頭を下げるのは礼儀であり、当然なすべきことだという理屈だ。礼儀をなぜ、強制するのか、礼儀ならなぜ処分までするのか、そのあたりを聞きたいものだ。 まだある。児童、生徒だけでなく、大人などでも礼儀しらずは結構いる。都教委のしていることは、結構礼儀から外れている。でも、「指導」しない。放置したままだ。私はそういうことに指導が必要だとは考えないが、都教委の論理は、矛盾している。 日の丸・君が代に礼儀を出すのには、先例がある。戦前、戦中強制された「国民儀礼」がそれである。 「本土」に住む日本人は「国旗掲揚、国歌奉唱、宮城遥拝」などが、国民の「儀礼」つまり礼儀として強制された。日の丸は、掲揚運動が展開され、国民精神総動員運動では、国旗掲揚率が地域ごとのこまかく点検された。あの時代に国旗掲揚が点検されたのだ。そこまでの強制があった。 植民地朝鮮でも「国民儀礼」は特に強制された。「国旗掲揚、国歌奉唱、宮城遥拝、皇国臣民の誓詞斉唱」を毎日行うことが強制された。 儀礼あるいは礼儀ということで強制し、国民(1945年以前は臣民)を形にはめ、こころもからだも国家に忠実な人間につくりかえる。そんなことが行われたのだ。 東京都教委が、「礼儀」といいながら「処分」などで脅し強制することと「国民儀礼」の強制とどれほどの違いがあるのだろう。都教委は、明らかに天皇と国家に忠実で、国の統制に黙々と従い、国の望む教育内容を、政策を従順に受け入れる国民作りを狙っているのだ。「れいぎ」などという言葉にごまかされてはならない。 追記、 ここに『新昭和国民礼法要項』(文部省制定昭和16年刊)という小さな本がある。この前文をよむと礼法を文部省(国)がいかに重視していたかがわかる。 内容は礼の種類から始まり(たとえば最敬礼は天皇にのみ行うとしてその方法を説明する)皇室・国家に関する礼法、家庭生活に関する礼法、社会生活に関する礼法に渡って詳細に説明している。 皇室・国家に関する礼法では、皇室に対する心得、拝謁、御先導、行幸啓の節の敬礼、神社参拝、祝祭日、軍旗・軍艦旗・国旗・国歌・万歳を項目としてあげ方法について説明している。 その詳細な規定、厳粛を旨とする記載をみると東京都を始め、全国ですすめられているものの淵源がここにあるような気になる。
2005/03/30
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