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4/1:最終日:沖縄→… New! 天地 はるなさん

Welcome to Ichiro’s… Ichiro_Kishimiさん
沖縄でウエディング… 上等沖縄司会屋さん
2006/05/04
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カテゴリ: カテゴリ未分類
 広島の平和祈念資料館が重文に指定されることになった。4日の朝日は美談仕立てで、建築の背景を紹介している。

 被爆から1年後、東京帝大助教授丹下健三は広島の焼け野にたった。残留放射能を心配する周囲に「たとえ我が身朽ちるとも」と意に介さなかった、といった調子である。

 美談仕立てのこの記事には、抜け落ちているものがある。「日本の伝統美である格子状のデザインで設計した広島平和記念資料館を、伊勢神宮をイメージしたコンクリート柱で支え」という表現に見られる、無神経さにそれが伺える。

 格子状のデザインが日本の伝統美であるとは思えないが、問題は、被爆を記念する資料館の柱がなぜ伊勢神宮なのか。記者は、それを素通りしている。

 実は、この資料館のプランは1942年の「大東亜建設記念営造計画」の一部として採用されたのと同一のプランに基づいている。

 富士山麓に壮大な神道式ゾーンを形成するはずだった「大東亜共栄圏思想の記念碑として構想した壮麗な空間」は、規模が大幅に縮小された形で、広島平和記念資料館として実現することになった。

 記者の描く美談の裏にこのような無反省が隠されていることをしっておいてもいいだろう。伝統美、神道式柱がそうした過去の残滓であることを知っておいてもいい。

 熱烈な国家主義者が、あっというまに、何の反省もなく、熱烈な平和主義者になり、また、先祖がえりをしようとしているような安易な転換がここにもあるということ。それが戦後の平和運動の情緒的上滑りの雰囲気と結びついているのではないかという疑念を、こんなエピソードからふと思ったのである。

 (参考)米山リサ著『広島ー記憶のポリティクス』(岩波書店)による。







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Last updated  2006/05/04 06:35:47 PM


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