Laub🍃

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2011.03.21
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「自分らだけで沼に落ちろ、クソ野郎」

 泥濘の奥に、他の人を巻き込まないでほしい。
 どうしてそれができないのかしら。やっぱり屑だからかしら。
 どうしてあたしは、それに抗えないのかしら。やはり弱いからかしら。

過去も未来も沼の中


 ギャンブル中毒の末路は底なし沼。
 この国ではそれがそのまま表されている。
 浜を、軽い木材によって延長した島。そこで行われるギャンブルで負けた後は、すぐ外にある底なし沼に突き落とされる。
 水はけの悪いずぶずぶの沼に突き落とされ、海底に繋がる炭鉱に落とされる。
 何にも使えない場所として扱われていたそこは、今では海底の資源を掘り出す為の基地として扱われている。


 戻る道は、最初に海底炭鉱から生きて戻った人が作った坑道だけ。
 それも当然脱走防止の為に張り巡らされた罠の道。

 通れるのは、ごく一部の者たちだけ。

 ここは地獄と、人は言う。

 けれど。外の世界では生きていけないと思って逃げ込んだ者達はここに安住している。
 外の世界に戻ることを諦めた者も、もとからしがらみがない者も。

 だから、海底炭鉱が実は暮らしやすい所だということを外の人々は知らない。
 どうにも首が回らなくなった者や外の世界を憎む者達が暮らしている上に、外の者達はこちらにはやってこないのだから当たり前と言えば当たり前かもしれない。

 たまに年をとって自由に旅行できる身分になった者がふらりと迷い込むこともあるけれど、そうした場合はお帰り頂かないように尽力している。

 もし逃がしたら、この世界に外の熱気が流入してきてしまう。
 海草のようにゆらゆらと揺れるあたし達の為の冷たく暗く沈んだ世界は、焼き尽くされてしまう。



 罠の道。逃げられないけれど、敵が来るわけでもない。

 だから疲れた者達はここに居る。
 その為に他の色々なことを諦めながらも。

『…あの……もしかして、ドコカ、さんですか?』

 諦めて、切り捨てながらも。


『安心してください、私も実際見るまでは、所詮言い伝えだと思ってましたから』
『……そうですか。ありがとうございます。でも、余程困っている人以外には『あの言い伝えは実在した』と教えてはいけませんよ。逆恨みで動きそうな人もいけません。そしたら海底炭鉱に人が居なくなってしまいます』

 その為に生まれた言い伝えだと思っていたことが本当だったら、それに縋って。

『……全員何かしらで恨み合っていますものね……』
『……そういうことです。さて、俺は疎まれ者をドコカに連れて行くドコカ。
 今回のご用向きは何でしょうか?』

 ……この世界でさえ、嫌がられる人々を……引き取らせる。

『……ルナールさん。本当にいいんですね?』
『ええ。もう、うんざりなんです』

 ……自分の子供、自分の過去と戦うのと。
 ……自分の両親、自分の未来と戦うのと。

『でも、お父さんはともかく、お子さんは……』
『いいんです。あたしの大っ嫌いな人にそっくりなので』

 どっちのほうが楽なんだろうか。
 どっちのほうがきついんだろうか。

『……分かりました。もう、戻せませんよ』
『願ってもないです』

 あたしには、どちらも憎らしくてたまらなくて。
 あたしには、どちらも輝かせる方法が分からなくて。

『では……ご協力、ありがとうございました。最後に、この二人の名前を訊いても構いませんか』
『それ、必要なんですか?使い捨てにするのに ?

 どんな目に遭うかも薄々察しがついていながら、送り出したあたしは酷いかしら。

『ええ。それでもね。長く生き延びる人も居るので』
『……コトウと、マサメです』
『コトオと、マサメですね。分かりました。では、あなたに幸多からんことを』

 よくわかっていないような二人。
 父は酔っぱらってふらふらとして。
 たった今名前の決まったマサメは、赤ん坊らしくきょとんとしていた。


 あたしはこの時、父さんと娘を捨てた。

 仕方ない事なのだわと自分に言い聞かせながら。

 自分の過去も、自分の未来も、同時に自らかなぐり捨てた。

to be continued...?





 どうか、あの娘には、こんなところでのたうち回る重い柔らかいあたしのような女でなく真っ直ぐに空へ延びる生き物に育ってもらうように願いながら。





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最終更新日  2017.04.30 10:13:37
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