Laub🍃

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2012.02.09
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……物心ついてから、奇想天外な夢というものを見たことがない。

……眠りにつくと、いつも具体的な過去の記憶ばかり浮かんでくる。

……僕は思い返しながら僕の今の声でなにかと呟くが、それは当然過去に届く筈もない。

……僕と、過去の僕は、セピア色のシャボン玉で分かたれている。


 いつの朝だったか、奇妙な夢を見たことがある。
 父が維持する時間が足りないからと、家の一部を閉鎖してしまった。
 そこは本が多く入っている部屋だったのに、その本を父は全て捨ててしまったと言うのだ。
 僕はその本をいつか読みたいと思っていたので、どうして捨ててしまったのだと詰め寄った。
 けれど、心の奥底では分かっていた。
 父はそれらを全て売って金に換えたのだと。

 目が覚めた時、僕は泣いていた。

 父も母も、僕が仕事についてから数年もしない内に仕事を辞める。
 お金も、家も、このままではいられないかもしれない現実がすぐそこに迫っている。

 僕もいつか、感情を押し殺して働かなくてはいけないのだ。

 僕より年下で病弱な妹がそれに迫られないよう、守らなくてはいけないのだ。

 そこまで思って僕は、このまま時間が経たなければいいのにと思った。
 自分勝手な理屈でそう思った。
 だけど、どうすることもできなかった。

……「ここ」に来る前の僕は、無力だった。


 僕の妹は、自分さえ居なければよかったね、とよく口にしていた。
 父も母も、彼女の医療費を稼ぐ為に無理して働いていたから。

 だけど弱くて優しい彼女を、僕達は愛していた。
 彼女を助けることが僕達の使命だった。

 けれど、父も、母も、僕も、医学を志しているにも拘わらず彼女を助ける方法は分からなかった。
 僕の卒業論文も卒業研究も彼女の為に築いたけれど、それらは結局机上の空論で終わった。
 だから、実験をしたかった。彼女と同じ身の者達を無数に切り刻む特権が欲しかった。


……「ここ」に来るまでは。




……「ここ」に来る前は、いつも何かしら本を読んでいた。過去や遠方の賢人に救いを求めて。



ー論文を組み立てる際に困難なのは、中小レベルの高い概念を切り分けて分析に用いることだ。概念にある程度具体性のある定義や実例を与えることで論文の構成において焦点を定めることができる。
 論文に即した定義を概念に与えるためには、裏付けのとれた事実を把握することが重要だった。
 事実を知ることで問題意識の掘り下げだけでなく、概念の定義も確立していくー


「……なあ、何読んでんだ?」

 中学で知り合った腐れ縁、田中が手元を止めて話しかけてきていた。

「えー、「知」の方「あ、やっぱいいです。難しそうだし」…諦めるの早いね君は!
 そんなんだから今回も赤点スレス「あーあーあー聞こえないー」
 ……勿体ないな。面白いのに」
「そりゃお前にとってはな」

……田中は体力勝負の猪突猛進気質、有体に言ってしまえばバカだったけど、そのいつも全てを全力で楽しもうとする気質を僕は嫌いではなかった。

「…せっかくだから、簡単に言ってあげるよ」
「いいって。はい、小論文書けた。添削してくれ」
「まあ聞きなよ。そこまで難しい話でもないし、君にとっても大事な話だ」
「えー…」

……田中は気まぐれだったが、付き合いもそこそこいいほうだった。

「まあまあ。例えば、君はどうして僕に勉強を教えてもらってるんだっけ?」
「……?唐突なたとえだな…いいけどさ。……俺が、今回のテストで、赤点をとったからです」
「なんで赤点をとったの?なんで赤点とると僕に勉強教えてもらいに来るの?」
「何だよいじめか!?バカ過ぎて愛想が尽きたとかいうことか!?」
「そう、バカだよね君は」
「喧嘩売ってんのかお前」
「君が言ったんじゃないか。で、君は何故バカだと教えてもらいに来るんだい?別に嫌がってるわけじゃないから安心して」
「…卒業できないからだよ畜生…」
「あと今後仕事に就くとしても困るよね」
「で、何が言いたいんだお前。ここまでの話全部耳タコなんだけど?」
「だから、別に説教したいわけじゃないんだよ。
 そうやって君は【問題意識】は持っているわけだから」
「……お、おう」

 軽く、渡された作文用紙をはたく。
 田中の目は少し聞き入る時のそれになった。

「で、そのために、君がどこまでなら勉強をできるのかという【事実】をここで調べているところ。赤点のテストを見られたくないとかアホな回答を見られたくないとかいう恥を押し通して」
「もうやめてください」

 田中の目は少し恥じ入る時のそれになった。

「つまり、どんな状況においても【事実】調査には、【問題意識】が重要だ」
「えー、たまに何の役にも立たない研究してる人だって居るじゃん」
「それは、未知の世界があるという【問題意識】があるからだね。この場合に限っては、
 【事実】調査をしたことで新たな【問題意識】が生まれることが多い」
「……俺の頭が悪いのか、お前の話が分かりづらいのかわかんねえから、推測で突っ込むけどよ。
 そんなん言ったら世の中問題だらけになるんじゃねえのか?」
「そう。世の中は問題に満ちているよ。事実を知っている人が少ないから顕在化しない問題も沢山ある。僕に泣きつく前の君のテストのように」
「俺の赤点を例に出すのもうやめない?」
「これが一番わかりやすいだろ?」

 そりゃそうだけどよ…と不服そうに彼は呟く。

「それに、君は問題意識はあるけど問題を解けてはないよね。しかもちょくちょく心が折れてる」
「はい。尻叩きのお手数おかけして申し訳ございません。」
「うん。もっと問題意識持って問題解いていこうか」
「結局説教じゃねーか!」
「あ、ごめん脱線した」

 どこまで話していたか。そうだ、問題意識と事実調査の話だ。

「……とはいえ、僕も、一番の【問題】については解けないままなんだから、もっと頑張らないといけないんだけど」
「お前は十分頑張ってるんじゃないか?あと必要なのは時とかな気もするけどな」

 田中は僕の眼鏡の奥、隈を指さす。

「僕がこうして、様々な他人の【問題意識】や、存在するー将来存在しうる技術の【事実】を調べてる僕たちの一番の【問題】を解くためだからね。これだって息抜きのようなものだよ」
「お前の息抜きは基準がおかしい」
「ははっ」

……この勉強してきたことを、無駄にしたくなくて。
  妹が死ぬことがなくなった「いま」でも、
  異能とかいうものが蔓延る「ここ」でも、実験と研究による事実確認をつづけた。

……もはや、これが息抜きのようなものだ。

……付き合わせている田中に、悪いと思わないわけではないが、僕の【問題意識】を抱く回路は、
  「ここ」で妹が死ななくなったことで妙におかしくなってしまったようだった。

……僕が解いたわけでもない。

……「これ」が答えだと、時間制限で勝手に表示された。

……妹は、代わりに医学の手の届かない分野で、何かを失った。

……僕は今、過去の残照にしがみついている。


……過去、彼女が苦しんでいた病と、この世界で過去に存在していた『呪い』は酷似していた。
だから僕は、この『呪い』を再現したい。
そうして今度こそ、克服したい。







「はわっ」

 ぐだぐだとのたのたとした夢から浮上させてくれたのは、僕の辛辣な腐れ縁部下だった。

「…笑わないでよぉ…で、用件はなに~?」

 上司部下という関係性があるんだかないんだか、田中君はぷくくぶすすと笑いまくっている。
 あー、もう。

「はい、用件」

 こういう時は、昔の話し方が蘇る。にわかにきりっとした僕に、田中君もつられて気を引き締める……はずだったが、まだ笑っている。

「くく…くくく……すみませ………良いニュースです。…新たに面白い人材を連れてきました。

 ………………?

 ……あの、大丈夫ですか?まだ眠りますか?」

 半ば笑いながら説明していた彼が、僕の反応の鈍さを訝しんでそう言う。
 まったく、こういうところが嫌いじゃないんだよなあ。

「お~、大丈夫大丈夫。田中くんありがと~」
「……少しは休めよクソマッド……」
「何か言った~?」
「休みやがれクソマッドサイエンティストてめえが休まねえとこっちだって休めねえんだよクソがと申しました」
「わ~正直。君クソ好きだねえ。実験動物のウンコでできたコーヒー要る?」
「お断りしますっつーか今飲んでるやつかよ!引くわ!このカフェイン中毒!」
「わはは。カフェインと田中君だけはずっと友達だよ~」
「同列にすんなよ」

 いいや、同じだよ。君が居ると目が覚めるから。起きて、動き続けていられるから。

 休んでると死にたくなっちゃうんだよねえ。
 田中君には分かるかな。分からないかな。


 楽しい楽しい実験。
 壊して作ってまた壊して。

 これに溺れていれば、他のことは置き去りにしても大丈夫なんだ。
 そう、これが僕の今取り組むべき【問題】なんだ。

 だから僕はあらゆるものを集め、あらゆる事実を探求する。
 たとえ、それが終わりのない、そしてたくさんの屍の上に成り立つ【問題意識】だとしても。

「んじゃ、その人を見せてもらおうか~」

 僕は、これでいい。



to be continued... ?





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最終更新日  2017.04.28 20:02:46
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