Laub🍃

Laub🍃

2012.09.16
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カテゴリ: .1次メモ
 その日は朝から真っ暗だった。

 歩けど歩けど明かりは見えず、仲間の気配はするが呼びかけても誰も答えない。
 野犬のように野生の勘だけは鋭いと言われている俺だからいいものの、他のやつ等はこの状況で不安にならないのだろうか。
 生意気な後輩はまだ帰ってこないのか。
 やかましい魔法使いがこんなに黙っているなんて。
 心配性の召喚士がそろそろ声を上げてもいいはずじゃないか。
 なあ、誰か居ないと、誰かに話しかけていないと、俺は―――

「分かっているんだろう」
「……誰だ」



「どうすればいいのか、分かっているだろう」
「うるさい」

 言いながら、腰の短剣を引き抜き振り向きざまに刺す。

「……悪あがきを」
「…………」

 そこには、俺が居た。


「ふむ、貴様にとっての最大の敵は貴様自身なのだな」
「……は?……お前、この間から嫌がらせしてくる……」

 名前が出てこない。

「言い遅れた、私の名前はコグレ。あんた達、東軍に着きな。安全は保障する。了承しなきゃここにずっと閉じ込めるから」
「は!?なにをいきなり。っつーか、この変な状況ってお前が……」

「……しない。俺にとっての一番の敵は北の魔王だ。北の魔王と同盟を組んでいれば、それだけでお前は敵だ」
「じゃあ、協力して他の魔王倒すっていうのもあるけど?」
「それは確かに渡りに船だが……そんなもの許されないだろう?」
「ああ、それなら大丈夫。うちの偉い奴らは皆、自分達が知識を得ることしか頭にないから。その為になるとでも言えば大丈夫。今まで色々な勇者もどきが来たけど、魔王の知り合いばっかりのパーティっていうのは珍しいからな。」
「……だが、ただで乗ってやるというのも何だか癪だな。どうせならその悪夢とやらを見せてみろ、我慢比べに負けたらお前の言うことを聞こう」

「ただし俺が勝ったらお前が俺の言う事を聞けよ」
「はぁああ!?」

 溜飲が下がる。これだけ苛苛させられたんだ、どうせならやられるところまでやられてやろう。






 逃げたい。とてつもなく逃げたい。
 走る度に足元でぐじゅぐじゅと嫌な感覚、森の藪からは次々と大きな手やら真っ黒な何かやら毒を塗られた槍みたいなものやらが飛び出してくる。だが足を止めるわけにはいかない。
 どうやら後ろの仲間たちも悪夢の一環だったらしく、俺のことを心底憎んでいるという表情で追いかけてくるのだ。
 あいつの為に頑張っていた時は無視できた悪意が今は痛い。
 それだけあいつより、仲間たちが大事になっていたのかもしれないが。

 ……逃げたい。いや、あいつらからはもう既に逃げ出しているのだが、悪夢から逃げ出したい。

 しかし俺から「やってやる」と言った手前逃げ出すのはどうにも格好がつかない、どうせなら俺がどこまで耐えられるのか試してやりたい。

「……そんなに嫌そうな顔をするならやめればいいのに。話を持ちかける相手を間違えてしまったな、優しげな勇者や他の仲間だと可哀想だったからお前にしたんだが」
「その言い方だと俺だけ途轍もなく軽く見られてるみたいだが」
「いいや、褒めている。ガッツ、アホみたいな根性論、脳筋度合いはさすがの私にも真似できない」
「この野郎絶対負かして泣かす」

 負けてたまるか、逃げてたまるか。
 今は良くても後で自分を笑いたくなるようなこと、してたまるか。

 今だって恥ずかしくて堪らないのに。あいつは助けてくれないことを分かっているのに、あいつの名前が出てきてしまう。こんないつまでも引きずる様なもの、これ以上増やしてたまるか。

 俺は身軽になってやる、自由になるんだ。だから俺はお前に勝つし、自分にだって勝ってやる。
 でなきゃ何のためにお前の所を飛び出したのか分からない。

「……拉致があかないな。仕方ない、これが最後の試練だ」

 そう言われた瞬間、目の前に扉が現れた。真っ白に輝く扉。あいつの髪の色と同じ。……嫌な予感がする。

「この関門を乗り越えたら、お前の勝ちということでいい。私はお前に従う。約束してしまったしな」
「……?」


 あいつに捧げた真っ赤なショールを思い出す取っ手。仲間に追いかけられた時もさほど変化のなかった手ががくがくと震えて、掴めない。

「どうする?やめてもいいが」
「……いや、進む」

 ああ、あいつに会いたい。
 でもそれは褒められる為でも何かを捧げる為でもない、あいつをぶん殴る為に。あいつをぶん殴って、あいつの許せない所をどうにかしてやりたい。だから、歩き出さなければならない。

「……プディル。お前ならきっとこんな時も動揺していないんだろうな」

 そして、その為にあいつの残酷なまでの平等さ鈍さを今だけ借りよう。






「どうして?……私たちは、もう彼女にチャンスを与えました。何度も何度も、最善の形で。それでも彼女は変われなかった、否、変わろうとしなかった。」

「もともとわたしとコグレは一緒でした。二つの環境で育て、どちらが生き残るか。どちらが統合した後の主な人格として相応しいか、取捨選択の決断を下すか。そのための最後のチャンスだったのですよ。彼女にここから逃げるとか、独立するという選択肢はありませんでした」

 その顔はコグレとそっくりで、けれどその奇妙なまでに静かで優しい目元が違和感を与えてくる。

「心配しないでくださいね、コグレの殆どは私の中で生きています。……ああ、捨てたものを拾おうとか、思わないでくださいよ。あなたは人間的によくできた人です、そんな人の手が爛れるのは見たくない」
「コガレは、コグレを浄化して、汚い部分を外してあげたんだ。なんて優しい」

―彼女が、捨てたくて、けれど捨てられなかったものを目の前の少女はいともあっさりと捨てた。
「やめてくださいよ、私は「コギレ」と呼んでください」




帰ってきたナグモに頼んで、コグレの残骸を自分の宝石の中に封印してもらうコルク。
真っ白な宝珠が黒く渦を巻いた何かに変わる。コグレの髪の組紐で自分の髪を結わえる。

日々、己の汚い所をそれに対し話しかけるコルク。



ジヒム・ジヒナ





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最終更新日  2016.06.28 20:50:14
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