六、メキシコ公使館の運転手
この頃の新聞にメキシコ公使館の自動車が浅草の吉原へ行き、車を停めてはいけない場所へ駐車させたので、土地の巡査が叱りつけたところ、無知な運転手は公使館の車だからいいのだと口返答をしたので、群衆がたかって運転手を袋叩きにした。運転手は群衆が暴行するのを巡査が傍観したのがくやしくてたまらず、翌日警視庁へ訴え出たところ警視庁の交通課では、「貴様が生意気だからだ」といって、即座に免許証を取り上げてしまったと報告されていました。この記事を読んで私は黯然となりました。
p.300-301 昭和13(1938)年「街路に拾う」『近きより』第2巻第5号
二十、巡査とおわいやさん
円タクの運転手など、巡査にとがめられると実にペコペコとお辞儀をする。米搗バッタそっくりである。他から見ているとこれ以上の卑屈はないように思われる。あんなにペコペコされたら巡査の方でも不愉快ではなかろうかと思うが、運転手などにきくと、ああしなければいけないのだそうだ。少しでも弁明でもしようとすると「生意気を言うな」と一言の許にどなりつけられ、結局五分間ですむものが一時間になり場合によると一日か二日がかりの事件にされてしまう恐れがあるのだとのこと。とにかく巡査には触ってはいけないと思っている人が中流以下にはかなり多い。
p.309 昭和13(1938)年「街路に拾う」『近きより』第2巻第5号
実際日本の巡査は、その勤勉にして廉潔なこと(賄賂など絶対に取らない)で、世界的に模範巡査として好評されて居るのである。しかしその欠点は、官僚的でクソ威張りに威張ることと、生真面目にすぎてユーモアを理解しないこととであって、これもまた世界的に知れてる日本巡査の欠点である。
p.31 萩原朔太郎 (1938) 「日本の巡査」『日本への回帰』
十九、やまと新聞の記事
七月十七日の「やまと新聞」に左の記事が載っていた。
『物資需要制限その他事変関係で失業した者は実に全国で百五十万人に達しており、これ等の転業につき厚生省当局では種々対策を講じているが転業し得た者は僅かにその一二割にすぎず残りの八、九割即ち百二、三十万人は全く失業者となった訳である。
しかもこれ等の失業者は全く事変による犠牲であり、政府の救済を要望する立場にありながら時節柄声を大きくする事も出来ず、かつ政府としてもその実情を察していながら、これを救済するに途なく、多少の犠牲者の出る事はやむを得ざるものとしているが、政府の対策は全くそこまで手が延びないのであって、今後とても事変対策を中心に終始するであろうが、犠牲者は全く泣寝入り形である。一方軍需関係会社等では、熟練工の如きは五十割乃至百割からのボーナスを出しており、その他でも三十割くらいは普通とされている状態で、国民所得の不平等は社会問題を惹起せんとしている。』
p.309 昭和13(1938)年「街路に拾う」『近きより』第2巻第5号
80年前より―その63(『近きより』をな… 2020.02.22 コメント(6)
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