ナショナリズムは、特定のネーション(国民・民族)に愛着し、これを優先する特殊主義の一形態であるように思える。他方、社会主義やマルクス主義は普遍主義的な思想である。普遍主義者の特殊主義への突然の折れ曲がり、ここに、この出来事の驚きの中心がある。
p.1 大澤真幸『近代日本のナショナリズム』
ナショナリズムは、特殊主義の一形態であると見なされ、これを批判したり、乗り越えようとする者は、コスモポリタニズムのような何らかの普遍主義的な思想に立脚しようとする。だが、第一次大戦の直後の出来事は、普遍主義によってはナショナリズムを克服しえないことを示唆している。
p.2 大澤真幸『近代日本のナショナリズム』
普遍性への志向と特殊性への志向、真っ向から対立するこれら二つのベクトルが、いかにして、どのようなメカニズムに媒介されて接続することができるのか。普遍性への志向が、どうして、特殊性への志向へと反転するのか。ナショナリズムをめぐる探求が解明すべき中心的な問いは、ここにある。
p.3 大澤真幸『近代日本のナショナリズム』
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蔣の民衆に告ぐる書を読む。彼は日本を永久的の敵として闘っている。日本は東洋の団結のために闘っている。どちらが愛の分量が多いか、愛の分量が多い方が最後の勝利を得るものと知れ。
p.35 昭和14(1939)年「近きより 24」『近きより2』第三巻第一号<新年号>
支那民衆の、あの笑いを忘れたような顔は、不幸にして多くの野蛮未開の人種の中には一層多くある表情だ。
絶えざる苦悶と恐怖とが、あの表情を作り上げたのだ。
p.46 昭和14(1939)年「近きより 8」『近きより2』第三巻第二号<三月号>
《1937年》十一月九日
天気よし。
一天〔点?〕の雲なきまことに日本晴れなり。
児島姉より手紙とハガキ来る。
捕虜をひき来る油座氏これを切る。
夜に近く女二人、子供ひとり、これも突かれたり。
p.71 「堀越文男陣中日記」、小野賢二ほか編『南京大虐殺を記録した皇軍兵士たち』
《1937年》十月六日
《前略》九時目的地に到着する、出発地より八里楊行鎮、途中家屋の破壊せる様、惨たり、死体の臭気に顔をそむく、目的地にて捕慮〔虜〕十余人銃殺さる、水悪くコレラ患者あり《後略》
p.8 「斎藤次郎陣中日記」、小野賢二ほか編『南京大虐殺を記録した皇軍兵士たち』
蔣介石の不屈なねばり強さに感心している外国人があるが、無力なる同胞の困苦窮乏に無神経になりさえすれば、誰だって長期抗争は出来るのである。キリストだってソクラテスだって、これを殺すには手間がかからなかった。太古の時代から為政者の妄想のため、国を亡した例はいくらでもある。むつかしいのは国民を真に幸福にし、生物学的にも隆盛に赴かしめることである。
p.48 昭和14(1939)年「近きより 8」『近きより2』第三巻第二号<三月号>
80年前より―その63(『近きより』をな… 2020.02.22 コメント(6)
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