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ヒメがいなくなってから約1ヶ月。初めて体験するペットロスに私以上に落ち込む母。以前、トノのお別れの時がきたらどうしようかと相談をしていたときに、ヒメのため同居犬をと考え、ネットをうろうろしていたら、犬の里親というものに出会いました。初めて犬の里親がこんなに多いなんて正直ショックでした。まさかまさかの驚きは、秋田犬が保健所で保護されていたり、捨てられていたり。。。悲しい気持ちでいっぱいです。我が家も父が秋田犬のブリーダーを長く続けていましたが、捨てるなんてあり得ないこと。父が病気で飼えなくなったときは、犬仲間にお願いして譲ったり、どうしても家族以外になつかない場合には、悲しいけれど安楽死をさせたこともあります。もちろん幼かった私には、譲ることも安楽死も納得のいかないことばかりで大反対!!しかし、生き物を飼ううえで、その命への責任を持つと言うことは言葉に表せないほど難しいものだと今では実感させられます。その時は、それが犬たちにとってしてあげられる唯一の選択だったのだと。。。最初は、秋田犬保存会から子犬を譲ってもらおうかと考えていましたが、里親のことを知り、新しい命も大切だが、今ある救いの手を求めている命も同じ重さなのだと、母と話し合いました。まさかヒメが、こんなに早くいなくなるなんて思ってもいなかったので、まだまだ先の話だと当時は、そう思っていました。ヒメがいなくなったショックで、母のペットロスは日々重さを増すばかりで、ちょうどある団体が秋田犬の里親を募集していたので、連絡をしました。しかし、一足遅れで他の家族にトライアルとなり断念。しばらくして、山梨のブリーダーさんが秋田犬を飼えなくなったので里親を捜していると登録していたブログで知り、早速連絡。すぐに仲介をしていらっしゃった里親団体の方からメールを頂き、突然でしたが、6月に対面となりました。いきなり連れ帰るつもりは当初なかったのですが、母もいたく気に入り、お見合い当日に連れ帰っちゃいました(^^ゞ山梨のお宅ではユウユウと呼ばれておりましたが、ちょっと呼びにくいので、改め「優(ゆう)」になりました。6月6日 山梨から我が家へ。いらっしゃい優。初めまして。 連れ帰った当日は、離れていく山梨の我が家を車の中からずっと見ていた姿が、とても寂しそうで。。。気分転換にと、すぐ我が家の先住犬たちの散歩のコースに連れ出し、お散歩。初めて見る景色に、驚いているのか、とても大人しい。初めて川を見たのか?水を怖がり?尻尾も下がりぱっなし。それにブリーダーさんが大変だったのか、とても痩せていて少し心配。ヒメのエサが少し残っていたけれど、まだ若い2歳犬には足りないだろうと、すぐにドックフードを買いに行きました。何を選んだら体質に合うのか聞いてくるのを忘れてしまったため、とりあえずビタワンを買って与えていましたが、便はとても軟らかすぎて(T_T)里親の義務として、メス犬は避妊を約束していましたが、獣医につれて至ったら、狂犬病やフィラリアの予防注射をしてすぐには、少々無理とのこと。また痩せすぎていたため、体調を戻してから考えましょうという結果になったのですが、我が家にきて、すぐにさかりが始まってしまい、またまた断念。少し栄養失調気味のようだったらしく、エサも体質に合うものを何度か探し、安定し始めたら、軟便もおさまりました。ただ今まで止まっていたかのように、異常に食欲が増したうえに、体格も良くなり始め、獣医さんからも、もう少し様子を見ましょうということに。我が家にきた当時は体重が19Kgしかなかったのが、獣医に行って2回目にはなんと一気に25Kgまで体重増で筋肉も…女の子だけれど日々逞しく凛々しく大きく成長を続ける優。優が初めてきた日に、いつも我が家の犬たちを可愛がってくれた近所のラーメン屋さんのご夫婦に犬をもらってきたと話したら、本当に犬が好きなのね~と少し驚かれまして。でも、どんな子なのかと夕方会いに来てくれました。初めてあったばかりなのに、とても人懐っこい優にかわいいかわいいと。おじさんは動物好きなので、すぐに頭を撫でてくれましたが、おばさんは少々苦手気味。と思ったら優がふいにおばさんに飛びつき尻尾を大きく振り顔を舐め始めたので、びっくりするやら嬉しいやら。「あんた。優ちゃんていうの~。カワイイわね~。」これには私たちもびっくり。通常、秋田犬は家族にしかなつかない忠犬で、怖い犬とも思われがちなのですが、優は予想外の秋田犬でした。例えるなら、姿形は誰もがほめる素晴らしい立派な秋田犬なのですが、中身は…(;一_一)………まるで猫のよう…甘えます。甘えます。誰振りかまわず、尻尾を大きく振り、お客さん大歓迎状態。。。母と私はあんぐり。言葉なし。本当に秋田犬?状態の毎日。あまりにトノやヒメとは正反対の優に本当に秋田犬?優の性格になれるまで、かなり苦労しました。結果、一応これも秋田犬。進化形の秋田犬。癒し系の秋田犬と納得することに。どうやら、山梨のブリーダーさんが大切に大切に可愛がって育てたらしく、人を疑うことを知らない、ある意味純粋な心を持って育ったようです。人は全て優しいものなのだと。。。。。ヒメがいなくなって1ヶ月以上の重苦しかった日々をわずかな期間で埋めてしまった優。まだまだ若い優は、朝夕の散歩で、おもっいきり母を引っ張り?少々困らせはするけれど、癒し系の優に、先住犬とは180°違う秋田犬らしからぬけれど、犬がいる楽しい日々を満喫しているようです。ヒメのことが心にしこりとなっていた日々が続いていたので、優の紹介が大分遅くなりました。初めて血統書のない秋田犬の里親になりました。新しい癒し系の秋田犬が家族になりました。これから、優を少しずつ紹介していきますので、よろしくお願い致します。m(_ _)m 追伸。 じつはヒメがいなくなってからすぐのことなのですが、文鳥様2羽が新しく誕生しました。シルバー文鳥の朱雀(雄)+小鈴(雌)の子供のシロ(雄)と桜文鳥の空+海の子ヒトちゃん(雌)の間に生まれた桜文鳥です。 片付け忘れたダンボールの中に、なんと雛が…(-_-;)現在、卵を産みやすそうなものは、すべて撤去済み。。。。。 今はかなり大きくなり手乗りではないけれど、意外に人を恐れない成鳥になりつつあります。うっかり…しまい忘れた小さな箱に…この2ヶ月後…さらに今度は同じペアでシルバー文鳥5羽が新しい家族となりました。母にいいかげんにしなさいと怒られました。でも知らないうちに生まれてしまったのだから、こればっかりは…(^_^;)母が逃がしてしまった文鳥様の数を埋めるかのように、少しずつ増えています。我が家の文鳥様たち。。。。
2009.10.09
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ヒメがいなくなって数日が過ぎ、家の中の静けさは気持ちを重くさせ…母に至っては、ヒメがいなくなっても早朝の散歩を続けていたのですが、ヒメのいない違和感を確実に感じていたようです。仕事から帰ってくると、母がヒメがいなくなって寂しいと何度も何度もぼやき、早朝の散歩の時に毎朝合う人たちにワンちゃんはどうしたんですか?と聞かれると。昼間は、家の前を通る人たちが、やはりワンちゃんは?と聞かれるのだそうです。その度に犬がいない生活を送ったことのない母は、心にぽっかり穴が開いたような空虚感を感じるているようでした。休日のある日、写真の整理をしていたら、ヒメの子犬だった頃の写真がでてきました。それは初めて我が家に来た日の写真です。母犬が富士市にいたので、富士市から連れ帰ってきたのです。起きている間は、動き回ってばかりで写真を撮らせてもらえず、撮影できたときには、こんな感じでグッスリ~すやすやお眠。。。 まだ寒いときだったので、離れの私の部屋でお休み中♪少し疲れたのか寝相は…非常に悪いけれどカワイイ(*^_^*) ようこそ我が家へ。ヒメ。はじめまして。おやすみなさい。 いまどんな夢を見ているのかな?初めてあったパパのトノとは少し不安顔。どう接していいのか判らないようで、腫れ物をさわるような感じで近づく。これから毎日親子として仲良くしてね。このときはそう思っていました。それから何年か経ち、家の事情や仕事の都合で私は富士市に一人で生活を始め、両親は父の実家をリフォームし、トノとヒメを連れ引っ越し。約4年間離れて暮らしていましたが、仕事の休みの日は実家に帰って散歩に連れ出し。小さな輸送箱で生活を始めたトノとヒメが可哀想で、大型兼用のゲージを大急ぎで取り寄せ組み立て、やっと以前のようにカラダを伸ばして眠れるようになって。 そのうち、父は体調を崩し入退院を繰り返し、私は鬱病になってしまい。。。鬱病が酷い間は、実家に帰ることもままならず、しばらく犬たちに寂しい思いをさせてしまった。少し状態が良くなってきて復職をしようとしたら、父が脳梗塞で倒れ入院。しばらく母が一人で2匹の散歩を続けていたのですが、Down!で、かなりきつかったけれど、毎朝実家に帰り散歩をしました。一人暮らしをしてから、まったく犬の居ない生活を送っていた私には、一時の安息の時間。幼い頃は毎日朝晩の散歩にぐずぐずと文句を言いながら散歩に行っていたことが、とても懐かしい。朝トノとヒメを迎えに行くと、とても嬉しそうに尾を大きく振り全身で喜びを表す。それが可愛くて愛しくて、やっぱり犬がいることっていいなぁ~と実感。そんなこんなで、なかなか鬱病は治らないまま2年3年と時間たち、突然の父の死。その少し前に父が帰宅し自宅介護が出来るかもということで私は病院から注意されるも実家に急遽帰りました。父が亡くなり、慌ただしい日々が過ぎ、ようやく復職を始めたら、トノは大型犬では長寿のご老体になっていた。ヒメはまだまだ元気で、家族以外は敵の状態を続け秋田犬らしい忠犬ぶりを見せていました。そしてトノの約17年間の犬生も終わりが近づき、2008年12月29日永眠。当時は父の後を追ってしまったのではないかと言われました。ヒメが1匹になり、トノのように長生きをするのだろうと疑いもせずいた母と私。トノの他界から、わずか2ヶ月ほどでヒメの癌発症と手術。そして延命治療。手術が成功して、やっと帰宅。なのにわずか2ヶ月で再発。延命治療を続け、突然のヒメの犬生の終わり。 まるでマーリーと家族のようだと、ふと思う。延命治療と安楽死。どちらを選択したにせよ、ヒメの本当の幸せは私にはわかりません。ただ一時でも長く家族といたいと甘えていたヒメのことを思うと延命治療でも良かったと。トノとの約束。最後は家族の居るときに。ヒメとも約束。かならず最後は家族の居るときに。ヒメはとても苦しかったはずなのに、最後は約束を守って家族の居るときに、その犬生を全うしてくれたのだと。やっと、そう思えるようになりました。ヒメ。あなたが遊んでいた屋上はいまもそのままになっています。大好きだったサッカーボールもそのままです。あなたがいた頃は屋上でのボール遊びは、とても楽しかった。いまは、あなたのいない屋上が、その姿がないだけで、どこか寂しい。 いまはただ1つヒメに聞きたいことがあります。4年近く寂しい思いをさせてごめんなさい。家族が離れて暮らして寂しい思いをさせてごめんなさい。 私の帰りを待っていてくれた、あなたの姿と思いが今はとても懐かしいです。お祖母さんのユキには会いましたか?トノと仲良くしていますか?父と気が合わずよく怒れていたけれど、今は優しく頭を撫でてもらえてますか?我が家の先住犬はたくさんいるから寂しくないと思うけれど、仲間を作るのが大嫌いだったヒメだからケンカをしていないか心配です。みんなと仲良くしてね。聞きたいことが1つでなくたくさんになってしまったけれど、最後に…約11年の犬生は幸せでしたか?
2009.10.04
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どうもです。。。。。やっと更新することができるようになりました。ずっと...ずっと...ずっと...更新する気持ちになれず、日々仕事に追われ。。。仕事の忙しさを口実にしていたのかも...いえ、口実にしていました。どうしても、私の心の中では納得できない...受け入れられない出来事に...しかし、やっとあることをきっかけに更新しようと決心しました。そんなことでと呆れないでくださいね。昨日、予約注文して購入したDVD「マーリー 世界一おバカな犬が教えてくれたこと」を夕食を取りながら母と一緒に見ました。マーリー 世界一おバカな犬が教えてくれたこと 特別編マーリーと名付けられたラブラドールと家族が、マーリーの一生を通して、生活環境の変化や家族の思いをごくごく自然にものがったものでした。最初は、マーリーの突拍子もない行動に大笑い。それでもマーリーを大切に愛する夫婦に、共感しきり。我が家でも、こんなときがあったよねと昔を思い出し納得納得。マーリーのご主人夫婦にも子供が誕生し、家族が増え、いろいろな問題も周囲に支えられやっとこれからという時に...マーリーはその犬生の終わりが確実に近づいて。生き物を飼うということは、いつか必ず迎えるであろう別れを体験しなければならない。その別れを迎えた家族のマーリーに対する思いが、ただひしひしと心に... DVDを見終わったあと、心の奥に固まっていた何かが、ふっと柔らかくなり雪が溶けるようにすーっとなくなっているのを感じました。ずっと心の奥で固まっていたヒメの突然の死を受け入れられなかったことが。 昨年12月29日にトノが老衰のため、約17年の犬生を全うしました。このときは、トノは精一杯生きたんだという思いで、その別れを受け入れることができました。が、まさか元気だったヒメが癌を発症してしまうなんてと受け入れない出来事が発生。それでも一回は危機を回避したはずだったのに、私たちの思いも延命治療もむなしく、4月20日午前6時35分 ヒメは突然の癌再発にてその犬生を終えてしまったのです。延命治療を始める前から獣医さんからは覚悟をしていてくださいと言われていたのですが、まさか、こんなに早く再発をするなんて... ヒメの突然の死の前夜19日。朝から少しだるそうにしていました。ときどき発作を起こすこともあったのですが、この日は夕方まで静かに寝たまま辺りを眺めては寝てを繰り返し。ところが深夜3時頃から、激しい発作をおこし苦しいと小さく鳴きだしたヒメ。母は朝が早いため既に眠ってしまっていたのですが、鬱のためなかなか寝付けない私は、ヒメに付き添い1時間以上薬を飲ませたり、体をさすったりと付き添いました。早朝4時半近くになってやっと発作が治まり、静かに寝始めたヒメを確認してから、ようやく眠り、約2時間ばかりの睡眠で起床。たった約2時間の睡眠だったのに不思議な嫌な夢を見ました。夢の中で電話を取り、「病院に行こう。痛み止めの薬ももらおう。」という私に電話の声は「もういいよ。頑張ったから。」と答え。そのとたんに目を覚まし、はっきり覚えている嫌な夢を思って目覚めは最悪。それでも仕事に行かなければと怠い体を動かし起床。いつもどおりに慌ただしく着替えて布団を片付け、50%支度は完了。下に降りて、洗顔等身支度を調えながら、母にヒメの様子を聞く。今朝も静かにしているとのことだったので、少し安心。髪もとかし、さぁー出社と玄関に向かおうとしたら母が慌てた声でヒメが...と。すぐにヒメのところに駆けつけたましたが、ぜぇーぜぇーと呼吸が荒くなり、全身が痙攣し始めました。まさかっと思い呼吸を楽にさせるため頭の位置を変え、心臓マッサージを続けました。「死なないで。お願いだから逝かないで。」何度も何度も心臓マッサージを続けたのに思いは虚しく、突然その時を迎えてしまったのです。段々小さくなる全身の痙攣と静かになっていく呼吸にヒメの犬生の終わりを告げるかのように。静かになった呼吸と止まった痙攣、そして虚ろになり静かに目を閉じ始めるヒメ。毎朝、仕事に出かける私を見送るように目で追っていたヒメの姿のまま、約11年の犬生を突然迎えたヒメ。 私は突然のことに涙も出ず、ただ呆然とヒメの死を看取りました。今にして思えば、あのときなぜ仕事に行こうとしたのか判りませんでした。とにかく、その場を離れたかったのか、ヒメの突然の死を認めたくなかったのか。「よく今まで頑張ったね。」とヒメの頭をなでながら泣いている母に私は、「母さん。ヒメをトノの近くに埋めてあげて。」と一言言って出かけてしまいました。会社に着くまで、ちゃんと通勤経路を通ってきたのかも覚えてません。ただひたすら、パソコンに向かい書類を作成し。いつもどおりに仕事を終え帰宅のはずが、どうしても家に帰りたくないという思いが強く、用もないのにコンビニに寄ったり、本屋に行ったりと寄り道ばかり。それでも帰らなければ、重い気持ちのまま帰宅。いつも帰ると玄関先のドアの前で私の帰りを待っていてくれたヒメの姿はなく、ヒメの寝ていた布団もなにもかも綺麗に片付けられていて。ただいまと声をかけることもせず家に入り、母にヒメは?と訪ねました。私の言ったとおり私の育ての親のところに連絡を入れ、その家の所有する柿畑に、トノの隣にヒメを埋めてきたと話してくれました。ただヒメを運ぶときにとても大変だったと母が。私が出かけたあと、突然ヒメの口から大量の血が溢れ出てシーツや布団が真っ赤になったと。癌細胞が破裂したのか、癌細胞によって圧迫されていた内臓から出血したのかは、今になってはわかりません。私は、そのことを聞き、ただただ泣くことも出来ず、なにも考えられない状態になってしまいました。 夕食の時間は、テレビをつけていても何も聞こえていないように静か。やっと入浴する頃になって、ヒメの突然死を思い出し。前日ヒメが発作を起こした時間にヒメの寝ていた場所に立ち、ヒメの寝ている姿がないことに泣き出しました。いつ再発するか判らないことや再発しても手術が出来ないことも理解して延命治療を選択したのに、本当にこれで良かったのかと自問自答を繰り返す。あの時、安楽死を選んでヒメに苦しい思いをさせなくても良かったのではないかとヒメの突然死から毎日自責の念ら駆られ続けました。私の選択は本当にヒメにとって正しかったのかと。
2009.10.04
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