のぽねこミステリ館

のぽねこミステリ館

PR

Profile

のぽねこ

のぽねこ

Calendar

2010.07.27
XML


(Fernand Braudel, La dynamique du capitalisme , Paris, 1976)
~中公文庫、2009年~

 『地中海』であまりにも有名な、アナール学派第2世代の歴史家、フェルナン・ブローデル(Fernand Braudel, 1902-1985)が 1976年に講演を行った際に用意していたテキストの邦訳です。
 アメリカのジョンズ・ホプキンス大学で行われたその講演では、当時刊行途中だった彼の主著のひとつ『物質文明・経済・資本主義』(全三巻。邦訳はそれぞれが二分冊となっていて、みすず書房から刊行されています)の概要が紹介されました。なので、本書は『物質文明…』の、著者自身による的確な要約となっています。私は『物質文明…』は未読ですが、本書はページ数も少なく、主張も分かりやすく書かれていて、興味深く読むことができました。
 本書の構成は次のとおりです。

ーーー
著者まえがき


 1 歴史の深層
 2 物質生活
 3 経済生活―市と大市と取引所
 4 市、大市、取引所の歴史―ヨーロッパ世界と非ヨーロッパ世界
第二章 市場経済と資本主義
 1 市場経済
 2 資本主義という用語
 3 資本主義の発展
 4 資本主義の発展の社会的条件―国家、宗教、階層
第三章 世界時間
 1 世界=経済(エコノミ・モンド)

 3 世界=経済の歴史―国民市場
 4 産業革命

訳注
解説 金塚貞文
ーーー



 まず、物質生活では、「日常性」「今日に至るまで受け継がれ、雑然と蓄積され、無限に繰り返されてきた無数の行為」(16頁) を分析します。彼はまた「無意識についての歴史家が待望される次第ではある」(15頁)と言っていて、その問題関心はいわゆるアナール学派第三世代以降に受け継がれているといえるでしょう。
 さて、ブローデルはここで、飢饉や病、食糧(これらの問題は「身体の歴史」の領域も考察対象としています)、技術といった問題についてふれていきます。興味深い記述もたくさんあって、飽きることがありません。
 第一章の後半では、経済生活の問題に移ります。ブローデルは、市場経済と資本主義を区分します。そしてここでは、市場経済の二つのレベルが論じられます。下の階層に市、商店などがあり、上の階層に大市や取引所があります。おおざっぱにいって、下の階が小売りの、上の階が大商人たちの活動といえるでしょう。

 第二章では、市場経済の話題を続けた後、資本主義(一般に理解される資本主義とはまた別だとブローデルは言いますので、ここでは「資本主義」とした方が適切かもしれませんが…)の分析に移ります。
 その冒頭あたりで、興味深い指摘があります。それは、市場経済は、生産から消費へといたる大きな全体の中の一部にすぎないのだ、という指摘です。市場経済について微に入り記述するようなスタンスだと、そういう全体を見失ってしまう、というのですね。
 資本主義は、市場経済を前提とします。第一章後半で述べられた、上の階が発展した状況、という風に私は理解したのですが、あるいは誤解があるかもしれません…。
 ここでまた面白かった指摘があります。それは、とりわけ下の階の商業は、専門分化を特徴とするのに対して、大商人(資本家)は何かに専門分化することはなかった、という指摘です。その理由として、利益が上がる領域が絶えず変化したため、大商人たちが臨機応変に対応した、というわけですね。

 第三章の世界=経済とは聞き慣れない用語でした。ブローデルはまず、世界経済(エコノミ・モンディアル)と世界=経済(エコノミ・モンド)の二つの概念を区分します。前者は、ひとつの全体としてみた世界の経済、後者は「経済的な全体(まとまり)を構成しているかぎりの、地球のある一部分だけの経済」(103頁) を意味します。
 ブローデルは、「世界=経済」には中心的な都市があり、またそこを中心とする中核地帯の周囲に、中間地帯、周辺地帯がある、と述べます。中心のまわりに二つのレベルの周辺的地域がある、というのはウォーラーステインの「世界システム論」の中でも重要な考え方ですが、ブローデルとウォーラーステインには大きな違いがあります。それは、ウォーラーステインが単一の「世界=経済」の存在を考えているのに対して、ブローデルが、世界には古来より複数の「世界=経済」が存在した、と考えている点です。(もっとも、ウォーラーステインがブローデルの言う意味での「世界=経済」という考え方をとっているかどうかは、私は勉強不足ですが、注意した方が良い気もします。ブローデルのように「地球のある一部分だけの経済」を考えるなら、それは有史以来複数存在したと考える方が自然だからです)。
 また、この章で特に興味深かったのは、資本主義を、農奴制などの社会の次にくるという通時的なとらえ方で見るのではなく、「世界=経済」の視点で見ると、資本主義の周辺には農奴制もまた残っていたという、共時的なとらえ方をしている点です。これは勉強になりました。

 ふだんあまり読まない分野の著作でしたが、短いのと、実にわかりやすく整理されて書かれているので、興味深く読むことができました。
 勉強になった一冊です。

(2010/07/04読了)





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2010.07.27 07:14:24
コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

Keyword Search

▼キーワード検索

Comments

のぽねこ @ シモンさんへ コメントありがとうございます。 久々の再…
シモン@ Re:石田かおり『化粧せずには生きられない人間の歴史』(12/23) 年の瀬に、興味深い新書のご紹介有難うご…
のぽねこ @ corpusさんへ ご丁寧にコメントありがとうございました…

© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: