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2010.08.02
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~早稲田大学出版部、2009年~

 初期中世の民衆の生活を知る上で有意義な史料である「贖罪規定書」の試訳と、そこから見えてくる教会の考え方や民衆の世界を描いた一冊です。全体で180頁弱ほどの短い本ですが、内容的に興味深い著作です。
 著者の野口洋二先生は、早稲田大学名誉教授。『グレゴリウス改革の研究』などの著作がありますが、先生の著作を読んだのはこれが初めてです。
 本書の構成は次のとおりです。

ーーー
はじめに

第1章 新しい贖罪規定の出現とその展開
第2章 ブルカルドゥスの『教令集』と贖罪規定「矯正者・医者」

第4章 中世における民衆の世界
むすび


【試訳】ブルカルドゥス『教令集』第19巻「償いについて」第1~5章
試訳注

あとがき
索引
ーーー

 全体で180頁ほどの薄い本です。日本の本にしては珍しいのが、本書は洋書のペーパーバックのように、カバーがかけられていません。とまれ、短いのでわりとすぐに読了しました。

 本書は、1020年頃にヴォルムス司教ブルカルドゥスが編纂した『教令集』のうち、贖罪規定を含む部分の試訳の紹介と、その分析を行う本論からなります。

 本書の主要な史料ジャンルである贖罪規定書については、阿部謹也先生の『西洋中世の罪と罰』(弘文堂、1989年)などで予備知識がありました。久々に『西洋中世の罪と罰』を見返してみると、まさに本書の中心となるブルカルドゥスの贖罪規定の抄訳も紹介されていますね。

 その罪の内容が、じつにバリエーションに富んでいて、本書はそれを手掛かりに、「民衆の世界」の一端の描写を試みます。たとえば迷信であったり、食べ物についてのことであったり、また特に性にまつわるあれこれの罪も詳しく書かれています。ジャック・ル・ゴフ『中世の身体』(藤原書店、2006年)の背表紙には、生きた魚を女性がナニして夫に食べさせる話が抜粋されていますが、それも元ネタはこちらの贖罪規定書です。「えぇ~??」というような罪も贖罪規定の中には描かれていますが、これらは実際に聖職者たちが民衆の告解を聞く中で聞いたことのある罪なのか、聖職者が頭の中で想像していた部分もあるのか、気になるところです。

 こうした贖罪規定書は、7世紀頃から11世紀頃まで主に用いられました。民衆が告解するにあたって、そもそもどういった行いが罪なのかという倫理が浸透していなかった時代(もちろん7~11世紀通じてずっとそうだったわけではないでしょうけれど)、こんなのが罪だけど、こんなことしてないか?と問うために用いられたのですね。ところが、ここにはあまりに多くの罪が書かれています。あんまり民衆に言ってしまうと、それまで彼らが知らなかった行いをかえって促してしまうかもしれないので、これらの罪をすべて知らせてしまうべきではないよ、と言っている聖職者もいました。このあたりの事情が面白いです。

 本書の分析のなかで特に興味深かったのは、第2章にかかげられている、贖罪期間の長さ順に整理された罪の一覧表です。もっとも長い「生涯」、次いで15年の贖罪以下、もっとも短い2日の贖罪まで、それぞれの長さにどういう罪があったのか、逆にいえば、どの罪がどの程度の重さと考えられていたのかが簡明に整理されています。

 史料のうち、第5章が贖罪規定の列挙となっています。そのため、試訳も第5章までとなっていますが、第6章では8つの大罪について論じられているとのことですし、その他の章も気になるところです。

 とはいえ、史料試訳の第5章の罪の一覧を眺めるだけでも中世の(現実の、あるいは想像の)世界にふれられます。罪の重さの分析や、「民衆の世界」の復元などをおこなっている本論もふくめ、興味深い一冊です。

(2010/07/10読了)





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Last updated  2010.08.02 07:06:43
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のぽねこ @ シモンさんへ コメントありがとうございます。 久々の再…
シモン@ Re:石田かおり『化粧せずには生きられない人間の歴史』(12/23) 年の瀬に、興味深い新書のご紹介有難うご…
のぽねこ @ corpusさんへ ご丁寧にコメントありがとうございました…

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