鷺沢萠『帰れぬ人びと』
~文春文庫、 1992
年~
鷺沢萠さんのデビュー作「川べりの道」を含む4編の短編が収録された作品集です。
「川べりの道」
は、母を捨て別の町に別の女と住む父のもとへ、毎月決まった日に生活費をもらいに行く 15
歳の少年、吾郎が主人公です。年が離れ、仕事をしている姉と二人で暮らす吾郎は、毎月、川べりの道を通って父の住む町へ訪れます。ある日、思い出のお皿をその家で見つけ、また父と女が言い争っている声を聞いてしまい…。
吾郎くんに毎回行かせる姉への思いや、ラストの吾郎くんの行動など、印象的でした。
「かもめ家ものがたり」
かもめ家という名前の料理屋だった店を譲り受け、一人で切り盛りするコウは、ある日、店のほうに歩いてくる女性に気を留めます。女性は客ではありませんでしたが、その後も何度かいろんな場面で出会います。どこかで見たことがあると考えるコウですが…。
こちらも好みの物語でした。
「朽ちる町」
週に何度か、塾講師を引き受けた英明は、仕事を終えるとその町を訪れます。塾に来る子供たちは、いろんな環境もあってかなかなか勉強が苦手な子もいますが、それぞれの様子を見ながら教えていました。しかし英明は、その町の独特のにおいが気になっていました。人に聞いてにおいの正体はわかるのですが、その町の歴史を振り返り、様々な思いがめぐることになります。
過去の経験から、引っ越しを繰り返す英明さんに、町が見せる表情が印象的です。
「帰れぬ人びと」
アルバイトできた大学生の苗字を聞き、村井は、過去に自分の父を裏切った男との親族関係を疑います。しかし、直接は聞けず、また学生の態度がその男とは似ても似つかないことから、無関係と考えこもうとするのですが…。
先に紹介した 『ケナリも花、サクラも花』
の中で、「みんな「事情」を抱えている」という章があるのですが、その中で、本作の一節が引かれています(『ケナリ』 98
頁、本書 175-176
頁)。なかなか壮絶な過去をもつ村井さんも、学生も、それぞれの「事情」を抱えています。独特の余韻の残る作品です。
小関智弘さんによる解説に、「この作品集に収められたいずれの小説も、町がもうひとりの主人公になっている」との言葉があり( 236
頁)、たいへん納得しました。吾郎くんが月に一度訪れる町、かもめ家のある町、講師として訪れる独特のにおいのある町、そして失われた故郷のある町(またいま住んでいる町)。それぞれが、物語を引き立たせます。
(2021.10.10 読了 )
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