岩波敦子『変革する 12
世紀―テクスト/ことばから見た中世ヨーロッパ―』
~知泉書館、 2024
年~
岩波敦子先生は慶應義塾大学理工学部(外国語・総合教育教室)教授。
このブログでは、岩波先生の論文を含む次の論文集を紹介したことがあります。
・岩波敦子「ハインリヒ獅子公の誕生―新たな統治者像の生成と伝統―」 赤江雄一/岩波敦子(編)『中世ヨーロッパの「伝統」―テクストの生成と運動―』慶應義塾大学言語文化研究所、 2022 年 、 149-202 頁
・岩波敦子「ときを記録する―中世ヨーロッパの時間意識と過去―現在―未来」 徳永聡子(編)『神・自然・人間の時間―古代・中近世のときを見つめて―』慶応義塾大学言語文化研究所、 2024
年
、 55-88
頁
さて、本書の構成は次のとおりです。
―――
はじめに
I 革新の世紀への布石
II
伝統と新機軸の相克―君主・諸侯・都市の時代―
III
ことばを操る人たち
IV
君侯を描く、君侯が描く―文書メディアと君侯たち―
V グローバル・ネットワークの形成と歴史叙述―史実とフィクションの狭間で―
終章 グローバル・リーダーたちの 12
世紀
結びにかえて―史料の声を聴く
参考文献
図版一覧
年表
系図
あとがき
索引
―――
第I章は本論の前提として、十字軍に代表される移動の多さや、 12
世紀ルネサンスにおける翻訳活動などによる知の継承などを概観します。
第 II
章以降は、それぞれ主な君主を中心に据えて、歴史叙述や証書史料など多様な史料を駆使して、その意義を論じていきます。第 II
章・第 III
章はフリードリヒ・バルバロッサ、第 III
章はハインリヒ獅子公(上掲 2022
年論文の増補版)、第V章はその息子オットー4世を中心とします。
第 II
章では、本題に入る前に紹介されるアラビア数字の実用化に関する節が興味深く、フィボナッチ数列で有名なピサのフィボナッチについて、彼が「いわゆる学識者ではなく、商業交易で都市の勃興を支えた商人教育の観点から数学の有用性を説いた」 (21
頁 )
点が強調されます。また、かなり強調して論じられる、 beneficium
という語を「封土」と訳したことで生じた争いなど、史料におけることばの使い方の丹念な分析が興味深いです。
第 III
章は時効年限を設定した証書の増加という事実から、法の有効性に対する認識の変化を指摘する部分、誓いや儀礼的パフォーマンスの重要性を論じる部分などが印象的でした。
第V章では、ある商人に関する叙述作品『善人ゲールハルト』が史実を反映していることを指摘する節が興味深かったです。
私の理解不足もあり、取り上げられる人物に関する詳細な叙述の中で、副題の「テクスト/ことば」に関する議論を見失いそうになるところもありましたが、適宜、歴史叙述のあり方や書記に関する節があることで、副題のテーマに沿いながら論旨を追うことができました。
「ことば」と言えば、私が主に勉強している説教がまさに「ことば」に関するテーマになりえますが、本書は政治史の観点から、歴史叙述や証書におけることばのあり方を論じる1冊です。
(2024.12.21 読了 )
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