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おかげさまで、目のほうは回復いたしました。 週末のゴスペル講習ではいつもながらに楽しい時を過ごしました。 私のやってるのは、ハードゴスペルです。行儀よく並んで同じ服を着て合った振り付 けをして、リズムにあった歌い方のゴスペルではありません。 自分の言いたいことを言う、歌のうまいへたは一切関係なく、人がどんなことを言お うとも拍手して応援してやる。 昔、アメリカの教会で黒人たちが集まって、自分の嬉しかったこと、例えば子供にミ ルクを飲ませることが出来た、想うあの子に話しかけられた等を感謝しあっていまし た。 歌うともなく、話すともなくのスタイルがいつのまにか歌になっていくのです。 誰が語るとかいう順番も自発的であり、一度に二人がしゃべりだすこともあります。 でもそんなことはお構いなしです。 皆聞いて拍手して応援してやるのです。共に喜びを分かち合うのです。 苦しかったら、苦しいよ~と 楽しかったら、楽しいよ~と 自分を表現するのです。 だから音楽的には調子の外れたひどいものなのです。 でも、一度でもそうして叫んだあとは、すがすがしい平和な空気に満ちて、皆と別れ る時は皆が微笑んでいるのです。 そういう週末を年に4回ほど過ごしてます。次は6月です。
2006年02月28日
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見たいなあと思ったのではあるが、やっぱりだめだった。 日本の皆さんは、今度のトリノで私と同じ生活時間を体験してみられたであろう。 8時間の時差とはこんなもんである。 さて、開会式も見れなかった(もちろんテレビ)のでせめて閉会式と思っていたが、 その時間帯にはテレビの前に居なかった。 ちらりとスポーツニュースのダイジェスト版を見るだけ。 オープニングは放映しても閉会のほうは普通のニュースでは殆どやってくれない。 そのオープニングも息子が、パチャパチャとチャンネルを変えるので、その隙間に見 ただけである。彼いわく、こういう放送は年寄り用らしい。(あのねぇ、おかあさ ん、見たいのよ…)といっても日本人がもっと健闘していたら彼も見たであろう。 金メダルの写真は日系の新聞で見るだけ…つまらない。 開会式のソフィアローレンやパバロッティはあとでダイジェスト版だった。 ベルギーの普通のニュースの時間ではあんまり興味がないのか、メダルもないしでコ メントさえも無く終わる。 味気ない。
2006年02月27日
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時々接続が切れてしまうのだが、その合間にちょっと書いてやろうと思ったら、急に目が痛くなったのでやはりやめることにした。これも「今は、やるな」(休め)ということなのであろうと判断している。ということで、週末のゴスペルレッスンにゴーである。素晴らしい週末を!
2006年02月24日
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また寒くなってきました。重ね着をした私は本当に玉葱になってます。昨日、こちらのIDカードの期限が切れているに気がついて、写真屋さんに急行しました。とった写真を見て、「やっぱり、これじゃあ中国人だわなあ」と。。。それに目の下がふくらんでいて、更になぜか少ししかめた顔になってます。お役所が夕方開いているのは木曜日だけなので、写真を撮りなおすのも面倒だしでそのまま届けて帰宅しました。来週また受け取りに行くのです。パスポートがまだ大丈夫かどうか、確認しました。大丈夫でした。当分帰国は無いと思いますけれど、こればっかりはわかりません。それにヨーロッパ内でもパスポートを見せればそれで済むので、楽です。変にこちらのIDカードを見せると、質問されたりして嫌な思いをすることがあります。日本人のパスポートだと少しは得なのです。ベルギーではすでに、カード式の身分証明書が発行されています。チップが情報をのせているのですけれども、外国人には適用されてません。ベルギー人用だけです。と書き出したら、またまたパソコンの調子がおかしくなってます。また落ち着いたら続けます。来週は月曜日お休みします。また、また。。。
2006年02月24日
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ここ2~3日は、必要以上に目を使っておりませんので、目を閉じて考えるふりをして瞑想にはげんでおります。視力は極弱(勉強のしすぎで。。)ですので、ただでさえ疲れやすいのでしょう。いくらサプリメントをとっても、それだけ使うのでおっかけっこです。そして、今は殆ど目は閉じております。指だけがキーを滑るという離れ業をやってます。どうしても、今朝の感動をここに記しておきたかたのです。朝のトラムに乗って、いつものように進行方向と同じ向きの座席、それも二人用が空いたらそこの、しかも通路側に座り乗り換えのところまで座っているのです。今朝は来週カーナヴァルの休暇のせいか、もう空いていました。一番多く人が降りる停車場がすぎたあとで、ひとりのおかあさんが子供を連れて飛び込んできました。ぎりぎりで間に合ったのです。まだまだ若い小柄ですが、きれいな顔をした女性で、子供はアノラックから帽子からしっかりと身を包んでおりました。(まだ寒いのです、ここは。。)とても元気のいい子ではじめ男の子かどうかわかりませんでした。あとで、母親に帽子を脱がせてもらって、くるくるしたカールのきいた金髪が頭の後ろの上のほうでブルーと赤のゴムで結わかれているのが見えました。2歳半くらいでしょうか、じっとしていられなくて、立ったり座ったりしていました。おかあさんが足をつかもうとすると、ぱっとはねたりして、まるで釣ったばかりの鯉みたいでした。周りの乗客にも愛想をふるまっていました。愛くるしいとはこの子のことのようです。その時、子供の世話は手がかかるけれど、どんないたづらをしても、これだけの可愛い笑顔で微笑みかけられたら、母親は幸せだろうな。何でも子のためにしてやる気になるだろうな。と私は思いました。そして、でも子供が可愛くない場合、身体障害児の場合、笑えない子の場合には、そんな気にならな。。。。と突然私の奥のほうから、たまらない何かが噴出してくるのです。「例え子供がどうであろうとも、親は見離しなどするものではない、例え、子供の反応がなくても、親は子に微笑みをかけてやるに違いない。それが親の愛ではないか。」と聞こえてきたのです。というよりコンソメスープのように硬いかたまりでした。私の熱い噴火物で一瞬にして溶けたようでした。と同時に、私の目はうるみ、涙がふきこぼれてきました。でもうまくハンカチをあてましたけれど、目が真っ赤になっているのが感じられました。それからほんの少しで私はトラムをあとにしました。少しも後ろを振り返ることもなく。実は親の愛についてちょっと前から投稿しようと、あちこちネットの物色していまして、昨日ばったりと興味深いコラムを見つけ、そこの126件ほどの文を一気に読み干しました。それまで乾いていた目がぐんぐん潤ってきたのでした。その出会いが、これまでの親の愛という課題の行き着くところのように思えました。我々は何かを求め続けると、必ずそこへゆきつくことが出来るのです。求める気持ち、願い続ける力が必要なのです。最後まで読んでもらって感謝します。また続けていきますのでよろしく。。。
2006年02月23日
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緑の妖精なるEyeTeaMerさんから漢字バトンを頂きました。1、前の人が回した漢字に対して自分が持つイメージは?【徳】 人徳、美徳、武徳。。。徳は積むもの【魂】 日本人の魂、ことだま。。。魂のこもっていない言葉は力がありません。【縁】 縁むすびの神様、良縁やそうでない縁、赤い糸で結ばれる。。。2、次の人に回す漢字を三つ。【道】 【己】 【命】 3、大切にしたい漢字を三つ。【心】 【夢】 【愛】4、漢字のことをどう思う? 同じ字でも中国と日本では解釈の違いがあります。 使う時には正しく使うことをこころがけましょう。 第二次大戦後に漢字が残ってよかった。 今や日本字といっても好いほどではないでしょうか。5、最後にあなたの好きな四字熟語を三つ答えてください。【諸行無常】 【医食同源】 【一家団欒】 いつまでも同じは無く、常に変化していく世の中 おいしいものを賢く食べて 一家団欒のひと時を過ごす6、バトンを回す人 受けてください。 でもとりあえずヤスミンさんにタッチしますよ。 (でもヤスミンさんには、お友達との楽しいおしゃべりが終わってからです。)
2006年02月23日
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昨日から私の目のことにお気を使わせております。ありがとうがざいます。ここでお礼させていただきます。疲れた時にはゆったりと音楽を聴くのもよろしいようで、特にカテゴリーにはこだわりませんが、流行のモーツアルトや日本人の好きなバッハは避けて(というよりピンと来ないので)、シベリウスやドボルザークあたりが私のお気に入りです。聴いているとぴりぴりくるのです。魂を揺り動かされそうになります。でもゴスペルもやってるくらいだから、ポップ的なのも好きです。ゴスペルでもあるラップは好きで、息子と一緒にエミネムを聴いてます。父のせいで、ブルースやジャズも好きです。ビリーホリディーのファンです。デヴィッド・ボウイもいいなあと感じます。おじんくさいと言われそうですが、民謡が好きです。日本にいたらちゃんと習いたいのです。色と同じでどんな音にも、良いところとそうでないところがかみ合わさっていて、それぞれに楽しいものです。好き嫌いは特にありません。
2006年02月22日
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パソコンのやりすぎで目が乾いております。充血してますので、調子を落とします。皆様のブログを読むのもちょっとつらくなってます。少しでも休ませます。こんな時、メンデルスゾーンかチャイコフスキーの交響曲を聞きながら緑の木々を眺めてぼう~とするのが良いのですよ。木陰でフレッシュジュースでも飲んで、、、
2006年02月21日
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お多福はその字の如く幸せ一杯である。 つまり福を呼ぶ顔の女性を言うようになって、いつの間にか正月のお多福ゲームのよ うにちょっと不揃いの顔も指すようである。 その私が、おたふくかぜにかかるのである。 その昔流行性耳下腺炎に本格的にかかっているのだが、ここ数年春に一番イチゴを食 べるとこれになってしまう。季節性耳下腺炎というところか。 痛いし、ただでさえ腫れているのに、更にぷっくりと耳の下にこぶが出来てつらい。 今年はなんと、中華ゴマバーでふくらんだ。1月の20日すぎだった。 春が来たという印なのだが、妙なものにとりつかれている。 と言っても長くて一週間、短くて二日で終わるので、春の行事のように迎えるのであ る。 母親の年になってもおたふくかぜとは、どこ吹くかぜ。。。 とまれ、かあさん、かあ、おっかあ、おかあさんは御方様(おかたさま)から来てい るという。 武士言葉であったのである。 母なる海は「うしほ」から来ているという。 さかなは酒菜で、うおは、(魚全般を指す)いを→うを、そしてうおになった。 いわしは、卑しいさかな、または弱い魚ということで鰯であるが、これがオメガ3ど ころではなく、健康食品として毎日食べたい魚である。 フレッシュなのが無理な場合には、缶詰で十分である。 缶を汁がこぼれないようにうまくあけて、中身を取り出し、箸でほぐして固ゆでたま ごと混ぜてぐちゃぐちゃにする。好みでマヨネーズをいれてもいい。 それだけで、お昼のサンドイッチの立派な具になるのである。しかも栄養満点。 オイルサーディンとボールとゆで卵があればいいのである。 余分に出来たらタッパーにいれて冷蔵庫に保管しとけばいい。ごはんにのせてもい い。 もちろんオリーヴを切っていれてもいい。 このレシピーは以前にオペアやってたところのユダヤ人のお方様に教えてもらった。 また、話がそれたところでまた自戒、また次回。。。
2006年02月21日
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トリカブトの塊根がブスで、英語のdouble chinがデブチン、あるいは、でっぷりからということで、語源ついてしまった。はまると抜けられないので、少し寄り道してみる。もともと言葉には非常に興味深いほうなので、蛇足でだだだとひいてしまうかもしれない。「あんぽんたん」と言われて何となく嬉しかった子供時代を経て、「お転婆」になって「おたふく」さんになって、「おかあさん」になった。この続きはまた。。。
2006年02月21日
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先週から人並みに、風邪にはかかっているが、発熱がなく、咳きもしないのでそのまま仕事モードなのだが、のどだけ針がチクチクである。喉の奥が腫れて白くなってるのであろう。医者(のところ)に行けば、抗生物質を処方してもらえるだけである。養生すればいいのである。意地でも民間療法で回復してやると誓った私は、こほんこほんの息子には内科へ行かせ、薬を飲ませ、なるべく疲れないように一日を過ごしている。ヒマラヤ岩塩水のうがい、生姜湯、紹興酒を暖めたもの、ペパーミントの煎じ湯にラベンダーをいれて、プロポリスと精油のシロップ、スプレーして、喉に薬草シートを貼って、下半身の柔軟体操をして、お粥に梅干を入れて、緑茶を飲んで、、、週末のゴスペルの練習には声が出せるようにがんばろう。あんぽんたんな私ではあるが。。。*「あんぽんたん」の語源 阿呆とだらすけで、あほうだら、またはあほんだらになった。 カサゴの一種で大きいが旨くない魚とある。 しかし、一説によれば、フランス語の性交不能者のエンポタンというのもある。 また、「おてんば」は、お転婆というのと、オランダ語の制御不可能のオンテンバーというのとあって国際色豊かである。
2006年02月20日
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色の語源を少しだけ付け加えておく。いろせ 兄いろぬ 姉と昔は呼んでいたのが、つまり血のつながりが「いろ」であったものが、のちに男女の交遊となり、女性の美しさを称えることばとかに変化していき、美しいものとして色彩が使われるようになったということである。「いろ」は日本語である。いろの呼び名も日本的である。例えば、むらさきは斑(むら)に咲く、または群れとなって咲くからきているという。時に「青天の霹靂」を「晴天の霹靂」であるとついこの間まで思い込んでいた。また、「他生の縁」を「多少の縁」とも思っていた。袖振り合うも多少の縁という単純な解釈をしていた自分が実に恥ずかしい。しかし、昔父がよく言った「子は鎹(かすがい)」のかすがいを、かけがえのない宝ものであると信じていた自分は、それで幸せだったのだから、何もコメントもない。
2006年02月20日
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オランダ-花の公園 キュ-ケンホフ情報 ことしの開園は3月23日から5月19日までです。 時間: 午前8時-午後7時30分 入園料: 大人 12.50ユーロ お子様 (4-12歳)5.50ユーロ 詳細のサイトは、 www.keukenhof.comオランダですが、ブリュッセルからもそんなに遠くない距離です。チューリップだけでなく、女王様の洋蘭も見れます。寒くて、雨が良く降る時期なので暖かくして出かけましょう。お弁当を持っていくほうが便利です。
2006年02月17日
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もうすぐである。 桜餅をつくるのは。。。 しかし和菓子屋さんにはもう出ているようである。 ここで、ひとつ質問です。 関西の桜餅には桜の塩付けの葉っぱがついてくるのですが、 関東のには、道明寺粉でなく、なんとクレープまがいの皮にちょこんと餡が包んであ るとかいう事ですけれど、葉っぱはあるのでしょうか、ないのですか? そして、関西人にはあれを食べる人が多いのですが、どうでしょうか? 私はもったいないし、まずくないしと思って必ず食べてしまいますが、中にはあんな 不味いものと言って食べないのです。 さらに、以前父のおみやげで水戸の梅のおまんじゅうがありまして、紫蘇でくるんだ 品のいい味だったのがありましたが、あれをまさかむいたりする人は居ないだろうと 思います。 処変われば、品変わると言います。言葉だけじゃなく、土地柄っておもしろいです ね。 関西と関東の違いを比べる時には中央の人の意見も聞くべきです。 水戸で思い出しましたが、私は関西人ですが、それも大阪ですが、納豆が大好きで す。 ひきわりの小粒のをカラシと醤油とあおのりかけて、生卵を割ってまぜ、暖かいほこ ほこのご飯にかけて、ずすず~~とすするのです。口の中がうわうわしてくるので す。 どうしてもやっぱり、食べ物の話になってしまいました。
2006年02月17日
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であってがんばれニホンとは言わない。正式にはどちらも良いということである。そこで、関西がどちらかというとニッポンで、関東がニホンということらしい。織田信長あたりから、ニホンがニフォンになって、ニッポンになるとも言う。日本の選手がメダルをとれないからテレビはつまらないと言うのが普通である。国民にはそう言う権利はあるのだから。しかし、実際に選手の身になって考えれば、また別の意見が出てくるだろう。物事には裏と表があるように、意見も二本にわれるものである。人間は二本の足で歩いて、考える。今夜何を食べようかなぁ。。。と
2006年02月16日
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今朝近くの八重山吹の幹をチェックしてきました。 こんもり緑が出てます。もうそろそろです。 これが咲くと私はうれしくなるのです。 実がならなくても、ちゃんと咲いてくれる健気な花です。 黄色の評判がこちらではいまいちですが、山吹色は良いらしくよく使われてます。 銀行のカラーにも使用されてました。その銀行に口座を開いた私です。 と、ヤマブキ色のことで色の章を終わろうとしたら、まだ紫が残ってました。 紫の太陽、と言っても(知らんわなぁ)ピンと来ないかもしれませんが、この色を好 む日本人って結構多いということですよ。 紫ずきん、のりの佃煮、ふくさ、紫外線、すみれ、、、 しかも黄色としっくり合います。癒しの色でもあります。 聞くところによると、アロマには色のオーラがあって、色の好みで合うアロマもわか るとかいう事です。マンダリンが緑とか。。。 さらに、オーラソーマというのがあって、その時好きな色を選んであとで占いみたい なことを教えてくれるボトルもあります。ネットでうろうろしていたら、ばったり無 料診断とかいうページに出まして、さっそくクリックしてみました。占いではなく、 オーラ診断というほうが適切でしょうか。おもしろかったです。お勧めです。 まだ茶色やベージュや褐色がありますが、今回はこれで終わりです。 白や黒は厳密には色でないので、パスしました。 (ついにドイツの白鳥がインフルエンザに罹ってしまったらしいです。) でも、ひとつだけとっておきの情報を教えます。 一般に黒を着ると痩せて見えると言いますが、黒はたいがい誰にでも合いますからな のであって、本当はその人に一番合う色が細く見せるのです。 だから太く見せたい場合にはこれを避ければいいわけです。(うらやましい~) ただし、この本当に似合う色に出会うのが、一生をともにするべく伴侶に出会うほど 困難なことかもしれません。
2006年02月16日
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黄色い金で黄金しかしイエローと言えばスト破りのことでもある。卑怯者、臆病者の意味も含み、精神異常者が好む色ともある。強制収容所で黄色のダヴィデェの星をつけたユダヤ人。訳のわからない言葉と風習で団体行動する黄色人種もいる。西洋では黄色はあまりいいイメージが無い。黄熱病、イエローカード、イエローページ、イエローペリル、イエローフラッグ、、、、、、あんたらなんかに何が言えろ~ご参考:強制収容所でのイエロースターがユダヤ人なら、 ピンクの三角形は同性愛者で 紫の三角形がエホバの証人 緑のが犯罪者 赤のが政治的囚人
2006年02月15日
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今度は青がなかなか抜けなくて困りました。いかに青が多いかということでしょうね。次々に出てくるのです、あおが。。。でもやっと緑の番です。グリーンはきれいな色です。汚点を二つ取ればクリーンになるからです。ゴルフのグリーンはクリーンですよね。緑茶は体内のかすをとってくれるでしょ。アメリカのドル札は他のお金を追い払ってしまいます。グリーンシートってまだあるのですか?緑色野菜で血をきれいに、更にほうれん草でポパイが活躍。キーウィでヴィタミンCの補給。グリーンフレッシュというのもあります。?!そしてイスラムの色、緑。アイルランドの色、緑。。。。。。緑色のランドセルというのもありますね。私は緑色のデルヴォ-のバッグを持っていた時、左手に乗せた焼きたてのピザをひったくられました。一瞬バッグのほうを押さえてしまいましたが、とられたのはピッザのほうでした。あとで皆に話したら、誰も信じてくれません。「そんな、あほなぁ」ということらしいです。でも本当です。みどりで、今にみとりぃ。*今にみとりや、とも言う。今に見ろ、という意味。青と黄で緑ですから、次回は少し黄色に触れてみます。
2006年02月15日
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このあおいは、ブルーであるが、グリーンでもよかろう。そのほうがエコロジーである。が、開発と砂漠化が進んでグリーンは段々と縮こまってしまったが。。。(とたまには、格好よく書き出した。)さて、ヴァレンタインに押されてしまってなかなか「あおい」に入れない。さきほども新聞の愛の告白ページを読んでいたら、すっかりのめり込んでしまった。数ある中でひとつだけ選んだのが、 「君のためだけに動いている僕のハート。。。」これでは赤に釘つけされたも等しい。でも抵抗してみる。赤色のエネルギーをお借りして。。。青空 青い山脈 青写真 青春 青二才 青あざ 青ひげ 青い目 青い血(貴族) 海 ブルーチップス ブルージーンズ ブルーシャトー ブルーライト横浜 ピカソ チーズ ブルーベリー 国連とヨーロッパの旗 肉の超レア ジャズとブルース ブルーカラー(労働者) ブルーベル REVE BLEU(あどけない夢想) CONTE BLEU(おとぎ話) PETIT BLEU(昔のパリでのブルー便) ブルーリボン ブルーマンディー ブルーマウンテン ブルーバード(車の名前) 桔梗と菖蒲更にブルーにはもともと「優美で繊細」な性格があるという。信号の「さあ、青だ進みましょう」の青はもともと緑だったのが、日本で「あおい」と言うのが青になってしまったのである。ヨーロッパの信号は青でなく緑である。緑と一緒くたにして「あおい」とされたので可哀想だから少し付け足してみたい。でも明日。。。
2006年02月14日
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一度風邪気味で無理して仕事していた時に、あほな娘が「どうしたの、まっ緑じゃないの」と私を見て叫んだことがある。(なんでやろう?いくらあほでも色くらいまともに見えるやろ)事実、私は真っ青だったのだ。黄色人種だと蒼白になると緑になるのか?他の者も覗き込んできた。幾分怒ると、今度は血が上ってオレンジということだったのだろうか。そしてもっと怒ると、真っ赤になってしまうのだろう。
2006年02月14日
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この日は亡き父の誕生日であって、毎年チョコレートを買ってあげていた。グルメの父が満足するには、そこいらで買えるチョコレートではだめで、遠くまで求めて行ったのを思い出す。ヨーロッパでもST.VALENTINEの日は一応恋人たちの日である。レストランでは特別予約も受け付けるところもある。商店でも特別セールがある。しかしクリスマスほどではない。何かひっそりと行われる儀式みたいである。花屋が大忙しの日であるという。それに忘れてはならないのが赤色である。ハートの色としてあちこちで目に飛び込んでくる。血の色でもある。牡牛が、というより観衆が興奮するのも赤であり、赤勝て、白勝ての赤であり、紅白歌合戦の女性軍であり、赤狩の赤でもある。その赤と白を混ぜたピンク色が好きだった父はもう居ない。赤色は各国の国旗によく見られる色である。昔赤の塗料はすぐにはげてしまう色だったのが、いつのまにか、いつまでたっても赤々しく残るようになった。今度狂う回教徒たちに燃されたデンマークの旗にも赤があった。朱塗りのお椀は金持ちが使う。特にお殿様用である。しかし毎日使うと朱の毒が体に出てよくないと聞いた。実家では、普通の塗りのお椀であった。紅いくちびるがわななと震え、思いもかけなかったその一言が。。。赤い腰巻も色気がある。スポーツ家が好む色であるとも言う。魔よけの赤、赤ちゃんの赤、赤紙の赤、レッドカードの赤、真っ赤な嘘の赤、日本の赤い太陽の赤、フェラーリの赤、唐辛子の赤、、、と続いていくく。 あぁ、もう「あか」ん。
2006年02月13日
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春は何と言ってもモモイロである。 桜餅の桜色でもある。 ピンクは日本ではなでしこ色と言って、もとは「はっきりした力強い」性格を持った 色であるという。 X年前に生まれて初めて、何故春になるとピンクの色の花がたくさん咲くのかがわ かった。それまで気にも留めなかったのである。 薔薇には赤色もあるし、黄色もある。最近は青いのもあって、ばら色というものが決 まっていないのであるが、一般に幸せを感じる色という。 ということは人によって色が違うのであろう。 人生ばら色というのも、華やかに、幸福になる色として、決まった色ではないのであ る。 あなたのばら色はどんな色だろうか。 疲れた時どんな色してるのだろうか。 色のいろいろを少しおしゃべりしてみたい。
2006年02月13日
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さあ、息を吐いて、空っぽになったら吸って、秘蔵宝鑰という著書には「生れ生れ生れ生れて生の始めに暗く、死に死に死に死んで死の終りに冥し」と書かれています。人間は生死輪廻を繰り返していて無常であるというのです。(仏教)この括弧の文をmayuumoonさんのブログで見て気になってまして、特に探しはしませんでしたけれども、ばったりめぐり合いました。無常とは無上に無情なのかもと思いきや、まんざらでもないようです。しゃれている訳でもありません。日本語とは面白いもので、いろいろ遊ぶことが出来ます。また、パソコンが動いてくれる限り、ブログ発信続けますのでよろしくおつきあいの程を。。。池の氷もやっと融けました。スケートも出来なくなりました。私は滑りませんけども(≠滑れない)。白鳥もへたへたと凍った水面歩かなくてももう大丈夫です。儚い桜の花が咲くのも待ち愛しいですね。でも沖縄ではもう咲いてるらしいです。桜じゃなかったっけね。。。何か咲いていたのをネットで見たような~もしかして去年の写真だったのかもしれない。。。
2006年02月10日
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今週のヨーロッパのテレビニュースでは、毎日回教徒たちの怒った醜い姿が映し出されていた。「ふざけんじゃないよ、この異教徒め」と叫んで暴動しているのである。しかし、この民衆の姿を良く見ると、昔のイランでのデモ行進と似ていることに気づく。どの顔を見てもどこか型にはまったようで、振り付けも同じである。聞いたところによると、政府の高官がお金をばら撒いて、デモに参加することを促進、または強制していたと言うことである。それが事実であるかないかは、一目瞭然である。よってあえて言及しないが、このマスコミをうまく操作すれば、戦争だって、平和だって思い通りになるのではないだろうか。ここにも言葉の魔術が生きている。表現されることと、現実が違っても我々は言葉にそそのかされるものである。∴うまく見抜けない者は、いつも騙され続け、踊らされるのである。しかし中には、わざと騙されて踊ってる者もいる。いろいろあって、それが世の中なのである。信じるとは「人」が「言」うので信じる。心に気つけば悟る、「心」が「吾」にかえる。女が家に居れば安心。これは母のこと。
2006年02月10日
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バッチ・フラワー、ご存知?ばっちい花ではありません。イギリス人のバッチさんが始めた花のエキスの薬みたいなもんです。最近それを始めた私は、バラの精油とともにふわ~~ふわ~~浮上し始めました。興味ある人は検索してください。本を読みましたけど、なかなか一言でまとめるのはむづかしいです。子供だましかもしれませんが、溺れる者は藁をもつかむ、と言います。(別に溺れてませんけれども。。。)わたしのような単純な人間にはよく効くようです。信じることで救われるのです。バラとの相乗効果が出ているのです。
2006年02月10日
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夜というのは、暗がりでという意味で、そんなところで爪を切りすぎて深爪になっちゃうよ。ということなのだが、これが、そんなことしたら親の死に目に会えないよ、と言っておどしにもなる。私はそう信じていて、決して闇の中では爪を切らなかった。人が切っていたら、電灯をつけてやったものである。しかし実際に父親の死に目には会えなかったのだ。もう構わないのではないか、時効だと言ってしまっては、つい思い切りの深爪をすることになる。昨夜やってしまった。痛い。「ほんまに、あほや」よく考えると、私の母はまだ生きているのだ。ひどい娘もあったものである。「ほんまに、あほやで」ここに親子の愛は存在するのだろうか。。。(えらそうなことは言えまへんなあ。)
2006年02月09日
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呪文の如く毎日唱えるとことばのリズムが功を奏して実際に美しくなる。と言うが、本当である。自分に自分が呪文をかけてしまうというもので、これでホルモンの働きがよくなり、美しくなるようになっていくのである。「すきだよ」(=愛してるよ)わかっていても、そう言われたい。態度で示すだけでなく、ことばに出して欲しい。また時には誤解されている場合もあるので、好きでない場合にははっきりと言ったほうが良いこともある。「おまえは良い子だ」子供にはほめてやることである。どんなにとろい子であっても、励ます言葉をかけてやろう。小学校の教師も生徒をけなすよりも、持ち上げてやることである。夢を持たせることである。特に母親は子供を信じきってやることである。「おかあちゃんは、信じてくれてる。」良い親とか悪い親なんて他人の評価であって、子供にとっては皆親は親なのである。例えその子が望まない子であったとしても、子供に罪はない。子供は過去の自分であり、未来でもあるのだ。甘やかすのでなく、暖かくちろちろと暖炉の火のように見守ってやるのである。
2006年02月09日
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いやねぇ~最近どうもウキウキしてきましてね~特に何でも無いのですけれどねぇ~この前お店で在庫にあるかないか聞いただけなのに、偶然にもあったので、それも最後のひとつが、「それもらいます」と言ってしまったのでねぇ。それが日本じゃあ2mlで12000円ほどのバラの精油なんですわね。:誰が1万円以上も出しますか、半額以下ですよベルギーではね。でも高い。キャッシュで払うことが出来ませんでした。カード決算でした。昔ちょっと商いやってましたので、このカード決算って気がひけるのです。買ってすぐくんくんしてたら、何とな~~く気持ちがよくなってね、それからがすごいんですわ。人生ばら色になってしもうた、ってとこですね。よって春になってのただの躁(そう)ではないのです。精神は大丈夫だと思います。(多分)空は乳白色(=お乳色)なのにねぇ。私ってとても純粋な心の持ち主なんでしょうね。きっと。。。
2006年02月09日
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「絵のない絵本」というのが有名らしいですが、アロマのヤスミンさんが読破なさってますので伺ってください。とても詳しそうですよ。ちなみに靴屋さんだったアンデルセンの生誕200年とかで記念切手も出てます。「みにくいアヒルの子」「人魚姫」そして「赤い靴」とありますが、「赤い靴」はとても古い映画でモイア・シェレーが主演のしか知りませんでした。童話の「赤い靴」の解説を読ませてもらって、よく似た話もあるものだと思いましたが、これって童話が原作だったのですね。夢中になって踊る女の子の足は普通より太めでした。安心、安心。”赤い靴、は~いてた~女の子・・・”しかし赤い靴と言えば、横浜から船に乗ってアメリカに行った女の子の歌が思い出されます。それもつい今朝知ったのですが、実在した女の子をモデルにしてあるということです。彼女は海を渡る前に病気で亡くなったそうですが、それであの歌にはどこか哀愁が漂っていたのですね。私大好きなんですね。あのリズムが、それも誰でも歌えそうな雰囲気ですしね。まだ横浜には行ったこと無いのですけれど、目の前に見えるような気になってくるのです。もちろん昔の風景です。言葉は歌とともに人の心に優しい波も送ってくれるのですね。でも歌詞で動揺して、どうしてもすんなり歌えない歌もありますけれども。同様の動揺が童謡でもある、なんて~すんませんね。
2006年02月08日
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昨夜10時くらいにかかってきた間違い電話の声は、私をどぎまぎさせた。間違いだから、どなた?おいくつ?相手いるの?とか聞けなかったが、久しぶりに揺らいでしまった。「あぁ、惜しい~」そう心の中でつぶやいてから、呼吸を整えて「お間違いになったのではないでしょうか。」-「あぁ、番号は660XXXXXXにしたのですけど?」 最後は興奮して耳に入らなかったが、「あの~、うちは660042XXXX] 語尾がごびゃごびゃで私はぐにゃぐにゃにとろけてしもうた。-「お邪魔しました。さようなら。」 切らないで~~~、もうちょっと~~~言葉は声になると生きてくるのである。耳にぐるぐるにからまって、どんな女も狂わせる。声だけでもいいわ~贅沢言わない。
2006年02月08日
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ベルギーと言う国には、国語がフランス語とフラマン語とドイツ語と三ヶ国語あります。ドイツ語は少数圏なので、いつも公式の場では他の言葉に比べて少なめです。先日ベルギーの王さんが、新年スピーチで、フラマン人にとって耳の痛いことをわざと、そこだけ仏語でやってしまいました。結果としてフラマン人は大怒り、「王のぶんざいで・・・」ということになりました。フラマン人は仏語を理解する人が多いので反応も早かったのですが、仏語圏の人たちだったら、フラマン語が判らないほうが多いので何事も無く済んだかもしれません。とにかく、これでまた、国を二つに分けるか分けないかという古い政策問題が上昇してしまいました。やはり春ですね。隠れているものが表に出てくる季節です。ふと言ったことも、わざと言ったことも、言葉にはやはりパワーが宿っておりまする。
2006年02月08日
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医学を修めた彼女から10年間にわたり聞かされてきた。このベルギー人、といっても父親はスイス人であるが、本当に自分には子種は無いのだと信じこんでいた。ところが、その彼女がそんな種無し男に愛想をつかせてパリに行ってしまった。住んでいたアパートも当然のことながら出ることになった。しばらくは母親の家に住んでいた彼は、半分スイス人という特権を活かし?!新しい彼女をつくった。(・・・・)この彼女がなんと妊娠したのである。「誰の子?」と言って思いっきり怒られたそうだ。「あんたの子に決まってるでしょ」「うっそ~~~」彼女は実業家であって、すでに12才の生意気な男の子がつきまとっている。結局おろしたのであるが、彼のほうはここでやっと目が覚めたのである。そしてはりきって、生まれ変わったように、また新しい彼女を見つけ、子作りに励んだ。男の子がふたり、すくすくと育っている。今4人で一緒に暮らしている。これも言葉の魔法に他ならない。アーメン
2006年02月07日
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と日夜言っても、自分の鼻はなかなか実際には高くならないものである。しかし、魔法の力で一瞬実現した雰囲気になることがある。昔の人の残した言葉も読むことで効力を発する。繰り返しのリズムが良いのである。心地よい音楽のように聴くのである。また、親が子供に常に口にする言葉は、それだけでは威力はないが、毎日繰り返すことによって子供へ過大な影響を与えるのである。 「あんたは頭がええ(良い)子なんやで、 おかあさんは信じてるで、 きっとえろう(偉く)なるで」 「あんたみたいな《ぐず》は見たことないわ ほんま(本当)にわて(私)の子かいな 病院でまちごて(間違って)きたんとちゃうか」となればどちらが好ましいか言わずとも知れたもの。決してあなどってはいけない。何気ない言葉が、一言がその子の一生を左右するのである。
2006年02月07日
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知らんわ~」と言ってさっさとその場を去るのは関東系らしく、「あんたのあかげでまた苦労せんといかんねんわ。」と言って膝まついて泣く男の前に立ち尽くすほうが、関西系らしいのです。如何なる男であっても一生懸命に面倒をみてやるのが、西系で、くだらん男にさっさと見切りをつけられるほうが東系であるとどこかで読んだことあります。これを東京のことばでやっても結果は同じようなものです。男と女間だけでなく、言いたいことは言葉ではっきりと伝えておくことですね。ひとこと言うか言わないかで関係ががらりと変わりますよ。もちろん良くも悪くもですけれど。。。エディット・ピアフの歌にもありますが、「もしあんたが言うてくれはったら、何でもするでぇ」(”あなたが望むなら、私何をされても良いわ~”に似ている)ってのがあります。彼女はパリの下町のすずめ(=ピアフ)だったのです。明日から言葉の力についてちょっと触れてみたいと思います。ここで言う言葉は特に音声として発せられる言葉です。
2006年02月06日
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=何故今頃になってそのようなことを言うのか?!というのは、うすうす感づいてはいたものの、言葉に出して言ってもらえなかったばかりに、もう手遅れという場面。咲次郎は、郁代がレシートを持って椅子から立ち上がろうとすると、ぽっそと「いくよ、お前が好きなんや」あとは独白、つまり心の中で~(「おれ、これからまじめになって働くさかいに、勘弁してなぁ」「悪かったのはおれや、この俺や~~」)と言った。すると、郁代は、「そやからあんたは も~~う~~ あほやねん」と言ってさっさと店を出て行ってしまった。か、彼女はそこに留まったか?さあ、どちらでしょうか?
2006年02月06日
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来週は妹の誕生日が、その次は亡くなった父の誕生日がある。その次の次はもうひとりの妹の誕生日とそのだんなさんの誕生日で、フランスの友人の誕生日、そして、もうひとり忘れてならない人というか、今日の私がこうして、あほなこと言っていられる原因の人の誕生日なんだけど、この人今どこに居るだろう?そう、勘のいい人ならわかっただろう、その人は私の愛人だ。身も心も燃えつくして愛した彼なのだ。我々は一生に一度は、燃えることが出来るとか言うけど、(誰が?)、とにかく私は100%燃焼でした。そしてフェニックスの如くよみ返ったのです。今日はこれから一ヶ月ぶりでアイスクリーム屋さんに行くので、幾分興奮。また、余計なこと書いちゃったかなぁ~
2006年02月04日
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=水を飲むときは井戸を掘ってくれた人のことを忘れてはいけない。という中国の「成語」です。よく似たので、橋を渡る時には、橋をかけてくれた人のことを忘れてはいけない、というのもあります。我々は多数の人に支えられて生きているのを実感します。ところでインターネットで遠いところの人とコミュニケートする時は、インターネットを作った人を忘れてはいけないのでしょうね。ということは、世界中の監視、スパイ行為用にアメリカさんが作った情報網ということで、アメリカさんに感謝せにゃならんのでしょうね。ちょっとひねくれてみただけです。やっと金曜日、というかもう金曜日というか、それは人の自由です。けれど、とにかく良き週末を過ごしてください。まだまだ寒いです、夜寝る時は肩を冷やさないようにしましょう。
2006年02月03日
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今でも電車のことを汽車と言う人がいるが、 やはり電化されている場合は電車というほうが良いのではないかと思う。 汽車は中国語でも電車のことであるから、そうなったのであろう。 ところで、フランスやベルギードイツなどの電車の座席の向きだが、 ひとつの車両に進行方向に向いているのと、反対になっているのとあって、 大抵の場合固定シートである。 予約席の場合は向きを考慮に入れることが可能なこともある。 急ブレーキがかかる時には、進行方向だから良いとは限らない。 ロンドンまでのユーロスターやパリ行きのタリス特急でも席向きが両方ある。 一度ロンドンに行くとき、あまりに空いていたせいか、最初の予約席は進行方向の反 対であったが、途中イギリスのお姉さんが来て、「空いてるから席を移動してもかま へんよ」、と言ってくれたので、即移ったことがある。当時ユーロスター社は赤字運 行であった。開設当時は満席御礼だったのに、気の毒であった。それにロンドンのテ ロ行為へと、ろくなことはない。今度はオリンピックでがんばるかもしれない が。。。
2006年02月03日
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温州みかんをむく時、つまり皮をむいて食べる時、日本では大抵の場合にはへそと反対側(へそとは木と繋がっていたところ)からむくようですが、ヨーロッパの人たちは、手でむく時はへその横からむくようです。これも統計をとったわけではないので、軽く聞き流してください。でもへそからのほうが、白い筋が幾分とりやすくなります。昔西ヨーロッパについて間もなく、ひとりのブロンド娘がオレンジにがぶりついてからむくというのを目撃しました。ショックでした。ナイフがなかったのです。南仏ではイチゴなどは絶対に洗いません。どうしてもというならさっとゆすぐだけです。きのこは(香りがとぶので)水でなくブラシで掃除します。また、りんごでも梨でもぶどうでも洗わずに、拭かずにそのままがぶりとするのには驚きました。ぶどうは全部食べてしまいます。種だけは歯の穴につまるとあとが高くつくので、私は取り出してますが。。。ワインボトルも地下室の埃だらけのまま出てくることもあります。貫禄をみせるためにですけど、埃アレルギーの人ならいい迷惑ですね。郷に入れば郷に従えですが、今自分が何でも平気でがぶりつくのに新鮮な驚き~です。それから、トイレから出てもあんまり手を洗いませんね。ハンカチは鼻をかむためのものです。手を拭くという習慣がないのでしょうか。空気が比較的乾いている(冬に洗髪してもそのままで結構乾く)からでしょう。お風呂にはあんまり入りませんが、とにかく暖まってということが無く、あがりでも濯がず殆どそのまま服を着たり…お昼のパスタのあと、今が盛りのスペインのみかんを食べて、ふと思いました。
2006年02月02日
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やってみなけりゃ わからない。先日からの過去のメモは全て最初の六ヶ月未満のものである。本当に生娘の気ままな書き込みではあるが、そこから今の私が得るものは多い。このあとは段々とえぐくなっていく。字も汚くなってばらばらになっている。ちょっと内容も「やばい」ものが出ているのでこれでこの章を閉じることにする。しかし、その前に書き込んである格言を三つだけ記しておく。”ふたりの人間が同じ格子の中から外を見ている。 ひとりは泥を、ひとりは星を。” (フレデリック・ランシングブリッジ)”人生における大きな喜びとは、 君には出来ない、と世間が言うことをやることである。” (バイロン)”活動こそ人生の法則である。 将来を思い煩うな、今なすべき事をなせ。” (アミエル)
2006年02月02日
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姿が鬼のような奴というのがいる。しかし心が鬼であるのを追い払うだけでいい。水曜日になっているので、ピッチをあげていく。出るのは ためいきばかりなり。ここに来て初めて知ったこと、 自分の本性。 初めてわかった 泣きみそな自分 昔人の残したことばほどむずかしいものはない。孤独の味をかじったからこそひとりでいるのはいやなんだ。年はとりたくない!今 幸福! ふとチビ達のことを想う私。 みんな幸福かしら? 竜よ再び天へもどりたもう。とポジティブなところで今日は終わり。明日も続く…注:チビ達とは妹たちのことである。しかしなぜ竜が天に戻って欲しいのかわからない。
2006年02月01日
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教えることは難しい、しかし教えられたとおりにすることはもっとむずかしい人間は生身であるから人生において困難なのは、自信を持つことよりも 失った自信をとりもどすことである。一番つらいこと、 それは人に養われている身であること。人は常に活動せねばならない、でなければ気が狂う、 そうか死ぬかのどちらかだ。とメモは続いている。過去からの自分の声を聞きヒントを得たような気になった。まだ続きます。
2006年02月01日
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