黒井丸の大分情報ブログ(九州歴史研究会)

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2019.07.15
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カテゴリ: 大分の観光
湯平温泉の観光案内所の方にあれこれお尋ねしたら、たまたま昔のパンフレットが出たので
データで頂きました。
どれくらい古いかといいますと
大分県の県の字が、 旧字体の『縣』 だったり、大分ー湯平の汽車賃が 50『銭』 だったりする時代です。


右側に書かれている 独創的な形の九州地図 が素敵です。(耶馬渓部分が縦長になり宮崎が縮んでるのでこんな形になってます)
始め由布市だけの地図かとおもいました。というか

さらに貴重なのは湯平付近の案内図。


結構デフォルメがされてて、大分から湯平まで歩いて行けそうな錯覚を起こします。
なお、この地図によると雪添スキー場というものが存在したそうです。


そして裏面には、時代を感じさせる観光案内があります。
昭和の始めは湯布院温泉はまだ知名度が低く、大分の温泉と言えば別府・湯平と呼ばれていたそうです。
特にここの温泉は胃腸の病気に効くと言う事で2週間ほど滞在して湯治し、最期に1升お湯を購入するのが基本的な楽しみ方だったようです。
『胃腸病特効泉として海内一(日本一)と云はれています』という序文が、自信と誇りを感じさせます。
九大別府温研の高安慎一博士のお墨付きが、時代を感じさせます。


当時の入湯料は10銭。宿の数は40で1500人が収容可能だったとのこと。
別府から汽車で一時間半で優雅な温泉旅行が楽しめたようです。
なお、ここから耶馬渓見物に良いと書かれてますが、結構遠い事を付記しておきます。



大分県を代表する銘茶「耶馬渓茶」の里からお届けする 耶馬の里セット 耶馬溪製茶・大分県





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最終更新日  2019.07.15 18:14:55
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