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近年、殊になのか、ドキュメンタリーがおもしろい。いつか、好きな映画を「ドキュメンタリー映画」とおっしゃった方がいて、以来ますますこのジャンルが気になるようになった。札幌ではミニシアター "蠍座" で上映されていたこちら。館主さんのコラムには「私はブランドものには一切興味ないが、本作はドキュメンタリー映画としてすばらしい」というような感想が綴られていた。それもあってか、多少なりとも期待していたわけだけれど、じっさい、とてもおもしろかった。45年間にわたって、モード界を牽引し、頂点に君臨した天才デザイナー、イヴ・サンローランの実像に迫ったドキュメンタリー。彼の公私にわたるパートナーとして、サンローランを支え続けたピエール・ベルジェを語り手に、その華々しい生涯を振り返るとともに、想像を絶する注目とプレッシャーの中に身をさらし続けた天才デザイナーの苦悩と孤独を明らかにしていく――。線の細い人一倍シャイな青年が、ディオールの後任デザイナーとなったのは弱冠21歳。それからアルジェリア独立戦争に出征して神経を病み、完治したのちディオールを去って、生涯の伴侶となるピエール・ベルジェの出資で自身のレーベル「イヴ・サンローラン」を設立したのが26歳のとき。どこまでも絵になるプライベート写真の数々と、在りし日の映像と、ピエール・ベルジェによる語りで(ふたりはゲイカップル)綴ったトップデザイナーの真実は、そこはかとない虚無感に覆われている。 華々しい表舞台に、美術品に囲まれた絢爛豪華な私生活、そして、アルコールと薬に逃れるしかなかった孤独な素顔。時代を創るのは、簡単なことではないんだね、当たり前だけれど。数々のモードを生みだした天才にも引退のときはやがて訪れて、オートクチュールの時代は静かに終わりを告げていく。印象的だったのは、サンローランが遺した貴重な美術品の数々が、自らの死後散り散りになることを恐れたベルジェ氏の判断によって競売にかけられるシーン。ふたりが過ごした煌びやかな部屋が、ゆっくりと空っぽになっていくのを眺めるうちに、諸行無常の想いでいっぱいになるのを止めようがなかった。流行も芸術も人も、みんな同じようにいつかは無に帰る。華やかな世界に生きた人生にさえ漂う抑えようのない虚無感、、庶民はどうしたって溜息が出てしまう。ブランド志向がまったくなくっても楽しめる上質のドキュメンタリー。画面の美しさがまたいい。 監督・脚本 ピエール・トレトン エヴ・ギルー 撮影 レオ・アンスタン 音楽 コム・アギアル 出演 イヴ・サン=ローラン(アーカイヴ映像) ピエール・ベルジェ (103min)
2012.01.05
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数年前手に取ってから、さり気なく記憶に残ってきた本(と映画)。いつか読み返したいなと思いながら、このお正月休みに、一気に読み終えた。長い長い650ページ。ノルウェー発の不思議な哲学ファンタジーは、「一番やさしい哲学の本」。ソフィーはごく普通の14歳の少女。ある日、ソフィーのもとへ1通の手紙が舞い込みます。消印も差出人の名もないその手紙にはたった1行、『あなたはだれ』と書かれていました。おもいがけない問いかけに、ソフィーは改めて自分をみつめ直します。「わたしっていったいだれなんだろう」 今まで当たり前だと思っていたことが、ソフィーにはとても不思議なことのように思えてくるのです。その日からソフィーの周りでは奇妙な出来事が次々と起こります…。ソクラテス、アリストテレス、デカルト、カント、ヘーゲル、ダーウィン・・・終盤にはニーチェやフロイトまでが語られていく。誕生日を迎えて15歳になったばかりのソフィーと、謎の少女ヒルデを結びつけるミステリアスな哲学講座は、不思議で味わい深い読書感。天動説に地動説、実存主義や進化論、イエスキリストや深層心理や宇宙・・・もうありとあらゆることが、わかりやすい簡単な言葉で考察されているのでした。中学生くらいから、大人も楽しめる一冊。2度目なのにちっとも理解しきれないし、すぐに忘れていくのだけれど、気がつけば人として存在してしまっている自分を、ふと見つめ返すのにはもってこい。1999年の映画バージョンが久しぶりに観たくなりました。 そして来週、冬休みのさいごは旅行を予定しています。香港です。お供にと選んだ『須賀敦子全集』、しかし待ち切れずに読んでしまう。旅情を誘うすてきな語り口は、旅先にぴったり。こんなに読み心地の良い本には、なかなか巡り会えないなー。須賀敦子さん翻訳のアントニオ・タブッキ作品はとても好きで、先日、タブッキの処女作『イタリア広場』をはじめて須賀さん以外の訳者で読んだら面白くなかった、、。これはもう相性というより他ないのでしょう。来週までに読み終えてしまったら、2巻か3巻をお供にしましょう。それといまは職場の女の子から借りてる『スラムダンク』も読んでいます。すごくいいのだそうで、後々がたのしみ。
2012.01.04
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覚悟してはいたものの、なんともおぞましい園子温ワールド。実際に起こった " 埼玉愛犬家殺人事件 " をベースに、ふとしたはずみから極悪非道な男の片棒を担がされ、後戻りの出来ない殺人事件に巻き込まれていく男の姿を描く。小さな熱帯魚屋を経営する信行(吹越)は、妻・妙子(神楽坂)と、前妻の娘・美津子との三人で細々と暮らす善良なだけが取柄の男。ある時、娘の万引事件をきっかけに、大手熱帯魚店のオーナー村田幸雄(でんでん)と知りあう。彼は、言葉巧みにその場を治め、娘の美津子は自分の店で預かって更生させよう、と申し出る。しかし、この村田と妻の愛子(黒沢)は、何十ものバラバラ殺人事件を繰り返す狂気の極悪人だった――。性格俳優、吹越満氏の怪演といい、でんでん氏のこんなおやじいます! 的なイカレタ殺人鬼といい、お色気ムンムンの黒沢あすかといい、ガンガン役者の魅力を引き出すのが園子温監督なのだなぁ。とにかくものすごい。あれよあれよという間に、村田夫婦の魔の手にかかり、ヒト殺しの手助けをするはめとなった信行は、愛する家族のため、おぞましい血みどろの裏世界に足を踏み入れていく。いつしか、夫妻を凌ぐ強靭狂気の男へと変貌を遂げるところなど、敬愛する塚本晋也作品にも通ずるところがあってぞくぞくした。エログロなところも似てる。さいきんの韓国映画を観ていると、究極までエグサを追及していて圧倒されてしまうけれど、日本にもこういった監督さんがいることで、そっち方面の未来は明るい気がしてしまいます。映画にでてくる熱帯魚って、いいね。『シュリ』(古っ!)とか『FRIED DRAGON FISH --』とか、ドラマ『ケイゾク』も真山さんが金魚飼ってたっけ。魚を飼ってる人物を偏愛する傾向があるかもしれない。でんでんさんはともかく、この吹越満さんがブチ切れた果てにみせる男ぶりに惚れぼれした。それに負けないのが、『六月の蛇』が素晴らしかった黒沢あすかさん。彼女の色気と狂気の凄味は、もう半端ないです。 蛇足ですが、園作品に出演目白押しの女優・神楽坂恵さん、本作撮影後、監督とご結婚なされたそう。 監督 園子温 脚本 園子温 高橋ヨシキ 出演 吹越満 でんでん 黒沢あすか 神楽坂恵 (146min)
2012.01.03
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久しぶりに観ましたがやはりおもしろい、文句のつけどころない傑作。昨年公開された『一命』とおなじ原作、滝口康彦の『異聞浪人記』を映画化した時代劇サスペンス。 (あらすじ) 彦根藩井伊家の上屋敷に、津雲半四郎(仲代)なる浪人ものが現れ、切腹のためにお庭を拝借したいと申し出る。家老(三國)は当世の流行である切腹をタネにたかりに来た若侍・千々岩求女(石浜)が、竹光で腹も切れず舌を噛み切って死んでいった顛末を語る。ところが、その若侍は半四郎の娘(岩下)の婿で、病気の妻と子を抱えいたことが、半四郎の口から次第に明らかになっていく・・・・。回想形式でぐいぐい引き込まれていく。淡々と語る仲代達矢の語り口にしびれる。三國連太郎をはじめとした井伊家の非情な仕打ち、武士道の悲惨な一面を批判しつつ、サスペンスあり復讐劇ありの、面白さ揃い踏みといったかんじ。竹光で腹を切る苦悶に満ちた求女の表情、流れる血・・・・・隙のないモノクロ画面に、ドロっとした血の黒さが怖ろしさを倍増させる。この役、『一命』では瑛太が演じています。義父の半四郎には市川海老蔵。『切腹』の完成度があまりにも高いので、俳優として好きな瑛太に、がっかりするのでは・・・なんて杞憂からなんとなく敬遠していたけれど、評価サイトを眺めると案外悪くない。レンタルが出たら手に取ってみようとおもう。わたしはふだんあまり時代劇を観ないのだけれど、黒澤明監督の一連の時代劇はすきです。本作は、クロサワ時代劇とは一味違ったストーリ展開の小気味よさとスマートな間があって、そこがいいのかもしれない。ところで役者陣の撮影当時の年齢、ご存知でしょうか。仲代達矢30歳、岩下志摩21歳、三國連太郎39歳。貫禄がすごくて、とても見えませんねー。丹波哲郎氏は、いつから霊界と通じてしまったのかわからないけれど、当時は威風の人だったのだなぁ。一風変わった脚本の妙、怖ろしい切腹に纏わる復讐劇は、時代劇の傑作で、これから何度観てもきっと飽きないとおもう。 監督 小林正樹 原作 滝口康彦 脚本 橋本忍 出演 仲代達矢 岩下志麻 石浜朗 三國連太郎 丹波哲郎 (モノクロ/134min)
2012.01.02
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『いのちの食べかた』と同じ、2005年に製作されたオーストリア映画。グローバル化が進み、食料をこれまでよりも安く大量に生産できるようになったのに、飢えに苦しむ人の数は、減るどころか増加傾向にあるという。先進国では大量の食糧が余っては捨てられ、一方で、貧しいの国々での飢餓は深刻さを増している。世界的な食糧の偏りが生まれる背景を、流通の視点から明らかにした食育ドキュメンタリー。『いのちの食べかた』で、わたしはなにを誓ったのだっけ。「いただきます」と感謝しながら、必要なぶんだけ食べること。無益な殺生はしないこと。 地元の新鮮な野菜と果物を選び、食べきれずに捨てるのをやめること――果たして守れたかといえば、、必要以上に食べること、食べきれずに捨てることは、守れなかった。もうほんとうに厳しく、地元の食材で料理して、旬のものを中心に頂く生活を徹底したくなった。たまーに手を伸ばしてしまったオージービーフや、中国産の蓮根や、そういうのももうやめよう。ふと『クワイエットルームにようこそ』という好きな作品を思い出していた。精神科病棟を舞台にしたコメディドラマなのだけれど、その中に脇役で蒼井優演じる拒食症の患者"ミキ"が登場する。"ミキ"は、遠い国の知らない人々の飢餓は、自分の頂く十分な食事にも責任があると、自責の念にとらわれて摂食障害になる役どころだった。その感じやすさ、わたしはすごいと思っていて、たしかに自分を責めるのはちょっと違っているけれど、せめてもう少しくらいは世界のどこかで止まらない飢餓の一端をじぶんの生活に結びつけてみなければなぁと反省する。節制した暮らしをすべきなんじゃないかって。ちょうど今年も終わるし、来年はもっと食生活を変えよう。監督・脚本・撮影 エルヴィン・ヴァーゲンホーファー(96min/WE FEED THE WORLD)
2011.12.29
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不思議なおはなし。監督の観念が脈々と流れるエイガは、おのずと解りにくくなる。けれども、村と都会を対照的に描いたやさしくも真摯な眼差し、漂う無常感は親近感が持てる。深遠な森の息づかい。目には見えない大切なもの。(あらすじ) タイ東北部のとある村。腎臓の病気で死期の迫ったブンミの元に、ある夜、死んだ妻フエイと、行方の分からなくなっていた息子が不思議な生き物の姿となって戻ってきた。やがてフエイに導かれ、彼は深い森の奥へと足を踏み入れていく――。ブンミの物語を軸に、さらに二つのストーリーがさりげなく交差する。彼の見舞いに訪れた妹と、その娘が暮らす都会の息吹、そして、老化したわが身を嘆く王女さまの物語。鳥の声、虫の音をBGMに、自然の青と黒に縁どられた、不思議な死生観が作品全体を包み込んでいく。たぶん異世界への扉は、いつもすぐ傍で開かれている。輪廻する森は、いとも簡単に人間を飲み込んでしまう。だからこそ、大切なことを見失ったようなタイの都会での暮らしが、そっけなく侘びしく思える。ブンミの葬式を終えて、お金の勘定をする妹は、ホテルの一室で白けた雰囲気を纏っていた。テレビからは不穏なニュース、信仰心の薄い若者・・・・そこはかとない虚無感は、よくわからないなりにこころに沁み込む。 監督・脚本 アピチャッポン・ウィーラセタクン 撮影 サヨムプー・ムックディープロム 出演 タナパット・サイサイマー ジェンチラー・ポンパス サックダー・ケァウブアディー (114min/イギリス=タイ=フランス=ドイツ=スペイン)
2011.12.28
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1905年は、先日完結したばかりのNHKドラマ、『坂の上の雲』で描かれていた日露戦争のただ中だ。戦艦ポチョムキンは黒海艦隊だそうなのでバルチック艦隊とは別ものなのかもしれないけれど、時代背景がイコールで繋がらないのはなぜだろう。。製作年を考慮してもあんまりピンとこないのでした。無声映画の時代、モンタージュで構成された映像のほうは見ごたえ十分。 劣悪な待遇に耐えきれずに反乱を起こす水兵たちと、彼らを支持する国民たちに向けられるコサック兵による一斉射撃の悲劇は、屈指の名場面として映画史に刻み込まれている。階段を逃げ惑う群衆場面は、もうほんとうに圧巻。のちに『アンタッチャブル』で、階段を滑り落ちる乳母車のシーケンスに繋がっていったかと思うと、ちょっと感慨深い。映画ってほんとうにおもしろいですねー。 ウジの湧いた肉、蜘蛛の子を散らすように逃げる人々、我が子を殺された母の悲痛な表情・・・・時を経てなお新鮮な驚きがある、こちらも、死ぬまでに観たい映画1001本のなかの一作。それにしても一番上の水兵さんがオカマちゃんに見えるのは、わたしだけか。真摯な作品とは思えないナイスなポスター。 監督・脚本 セルゲイ・M・エイゼンシュテイン 原作 ニーナ=アガジャーノ・シュトコ 撮影 エドゥアルド・ティッセ 音楽 ウラディミール・クリュコフ 出演 アレクサンドル・アントノーフ グリゴリー・アレクサンドロフ ウラジミール・バルスキー (66min)
2011.12.25
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いつか観たチェコの人形劇とのコラボがすてきだった沢則之さん演出のオペラ。台本はジャン=カルロ・メノッティ、マタイによる副音書の第2章を基にしたクリスマス・オペラの定番。母親と貧しく暮らす、足の不自由な羊飼いの少年アマールの家に、とつぜん3人の王様が現れます。親子は一夜の宿を差しだし、村人たちを呼び賑やかな宴を催すのでした。翌朝、アマールの母親は王様たちの宝物をひとつだけ盗んでしまいます・・・・それは幼子イエスに捧げるための宝物。母親の罪を自らの杖を差しだして贖うアマールに、王様たちが赦しを与えると、ある奇跡が起こるのでした――。3人の王様だけ、人形芝居となっています(役者に被せるタイプの大きな)。手作り感たっぷりで魅惑的なフォルム。舞台の写真がないので、稽古風景をお借りしてみましたが。当日は、写真の竹の枠には白い布が張られ、アマールの家の質素な室内になったり、影絵が映し出されたり。沢さんらしい簡素で工夫の凝らされた舞台演出が楽しい。音楽は舞台上の生演奏、人形たちの声は、生で男声歌手の皆さんが吹き替えています。歌声が素晴らしー。オペラはずいぶん久しぶりに観ましたが、やはりあまり得手ではないかも。ふつうのお芝居のほうが好きです。観たかったのは、どちらかというと沢さん演出の人形劇でしたが、人形の出番は少なめでした。終了後、やや日も暮れて、大通りのホワイトイルミネーションが点灯するのを、今か今かと待っていました。ミュンヘン市などブラブラしながら。寒くて空気の澄んだ日。雪がパラつくなか、ひさしぶりにまじまじと灯を眺める。
2011.12.23
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宮沢賢治作品のアニメ版はおもしろい。いただきもののDVDは、繰り返し観ているお気に入りのひとつで、『セロ彈きのゴーシュ』『グスコーブドリの伝記』『賢治のトランク』シリーズなど、どれもじんわりと切なく、優しい気分になります。なかでも、だんぜん完成度の高い本作は、原作『銀河鉄道の夜』の登場人物を猫の姿に置き換えて描いた、静謐で純粋で幻想的なアニメーション。サブタイトルごと流れる印象的な音楽が、不思議な旅路を行くジョバンニとカンパネルラの心象風景に至極似合う。あまりに清らかなもので、胸は抓られるようにイタイけれど、どこまでも切ないお気に入り。 そうしてこのたびサントラを買いました。頭に鳴りつづけたまま、そのまま年を越えたいです。-――-――-――-――-――-――-― 監督 杉井ギサブロー アニメーション監督 前田庸生 原作 宮澤賢治 脚本 別役実 音楽 細野晴臣 声 田中真弓 坂本千夏 堀絢子 納谷悟朗 (107min/Night on the Galactic Railroad)
2011.12.23
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1982年以来、映画界から遠ざかっていた巨匠イングマール・ベルイマンが、ふたたび映画に立ち戻って撮影した遺作。『ある結婚の風景』の続編として、わざわざ30年後を描いた真意はわからないけれど、前作を見ていれば感じるところがあったのかも。(わたしは未見) 胸を抉る壮絶さは衰えをしらず、この辛さだけはベルイマンだなぁとおもう。(あらすじ) 63歳になるマリアンは、かつて夫婦だった元夫ヨハンが住む森の中の別荘を30年ぶりに訪れる。2人は過去の軋轢を感じさせない親密さをみせる。そんなヨハンは、別荘のそばに暮らす前妻との間の息子ヘンリックと、50年に及び憎しみあっていた。ヘンリックは、最愛の妻を病で亡くしてから、娘のカーリンだけを生甲斐としているのだが、カーリンには異常な束縛が苦しくてたまらない・・・。家族だからこそ、遠慮と配慮が足らず愛も憎しみも深まるのだろう。家族だからこそ、不仲であっても、おいそれと関係を絶つことはできない。そうやってヨハン親子は50年もいがみ合ってきた。偏屈で独裁的なヨハンの冷酷さに嫌悪をいだき、並行して描かれるヘンリックとカーリンの、間にチェロを挟んだ危うい関係を、痛々しく見る。4者4様の苦しみと憎しみと愛の形があって、それは粘っこく、人物をアップで捉えるカメラにはうんざりしてしまうのだけれど。30年後の続編とはいっても、本編のマリアンはあくまでも狂言まわしの役割。ヘンリックの行きすぎた愛情やら、息子への嫉妬を露わにするヨハンやら、カーリンの告白やら、、おそろしい場面のおおいこと。『叫びとささやき』を思い出す。孤独と死への恐怖に震えるヨハン老人が、惨めであればあるほど、ベルイマンらしい冷酷な独壇場。おもしろいとはお世辞にもいえない、でも類稀な遺作。ラストにそっと希望が添えてられているのが救い。 監督・脚本 イングマール・ベルイマン 製作 ピア・エーンヴァル 出演 リヴ・ウルマン エルランド・ヨセフソン ボリエ・アールステット (112min)
2011.12.18
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いつもかならず眠りへ導かれる名匠タルコフスキーの遺作。わたしにとっては、遠のいていく意識を止められない、試練のタルコフスキーさん。『惑星ソラリス』で近未来を描くのに日本を使用してから、本作にいたるまで、日本への関心は続いていたらしく、松の庭、着物、尺八の音色など、日本人としては不思議な和が合間に織り込まれている。ずいぶん枯れた味わいなのに、享年54歳という若さでの遺作なのが信じられない。どんなにリプレーしても、詩的な映像イメージと、作品の奥深さと、五大要素に満ちた壮大さを見届けたいとおもうから。スウェーデンの小さな島を舞台に、言葉を話せない息子らと共に静かに暮らし、誕生日を迎え生命の木を植えようとする大学教授アレクサンデルが、核戦争勃発のニュースを聞き、自らを犠牲に人々の救済を神に願う1日を描く――― (知っておきたい映画監督100より)自己犠牲というなんとも偉大なテーマ。アレクサンデルは、信じていなかった神と対峙し、自己犠牲の果てに狂気の淵に沈んでいく。アレクサンデルを救うのは、召使いのマリア。効果的な音楽はバッハの『マタイ受難曲』、いく度が映し出される絵画は、ダ・ビンチの『東方の三賢人の礼拝』なのだそうだ。幼い息子を慈しむ家族たちみんな、彼のことを名前ではなく"子供"と呼ぶ。それは未来の子供たちの象徴的な存在だからなのだろう。召使いの名"マリア"にも、きっと意味がある。アレクサンデルの狂気は、終盤にいたって、これまでの眠気を嘘みたいに吹き飛ばし意識を冴え冴えさせていく。自宅に火を放ち、家一軒が焼け落ちるまで長回しで見つめ続けるカメラは圧巻。人類の未来が愚かでないように、平和な未来がくるように、撮影当時すでに末期癌だったタルコフスキーのこころの祈りが聞こえてくるような作品。ラストシーンで、言葉を取り戻した息子は、いまにも立ち枯れそうな父の植えた生命の木に水をあげる。そして、こうつぶやく。「初めにことばありき、なぜなのパパ?」 監督・脚本 アンドレイ・タルコフスキー 製作 アンナ=レーナ・ヴィボム 撮影 スヴェン・ニクヴィスト 出演 エルランド・ヨセフソン スーザン・フリートウッド アラン・エドワール (149min/スウェーデン=フランス)
2011.12.14
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これは相当おもしろい。ほぼ主役の4人しか登場しない、絶妙な笑いと奇妙な間がなんともいえないおかしみを生むブラックコメディ。変人たちの織りなす愛と復讐の人間ドラマは、変態チックで、オタクぽくて。突き抜けたどうしようもなさが愛おしい。 (あらすじ) とある古びた平屋の集合住宅、他人の機嫌を窺って生きる奈々瀬(美波)は、同居の男・英則(浅野)を、兄でもないのになぜか“お兄ちゃん”と呼んでいる。ある日、近所に、番上(山田)と妊娠中の妻・あずさ(小池)が引っ越してきた。あずさは奈々瀬の高校時代の同級生だった。番上夫妻の出現は、奈々瀬と英則の関係に少しずつ変化をもたらすのだが――。 原作は舞台劇らしく、物語展開はほぼ集合住宅のみ。場面づくりの妙と人の魅力で、一気に見終えてしまった。この4人のキャスティングがとにかく絶妙で、怪演妙演のオンパレードだった。ひとに嫌われたくなくてへつらって生きる奈々瀬の悲しい性はともかく、登場シーンからしてハンパない引きなのだ。彼女のめんどうくさい生き方に巻き込まれた3人が、それぞれに葛藤と復讐と愛を昇華させて殻をぶち破って生き直してくまでを、巧妙な脚本でぐいぐい描き倒す。とにかくみんなヘンテコ。子どものころ奈々瀬に両親を殺されたと信じている英則は、軟禁状態に置くことで奈々瀬に復讐をしている。しかも屋根裏から彼女のことを覘いたりするヘンタイ。越してきた身重のあずさは、奈々瀬のことをなぜか憎悪していて、それは過去に彼氏を寝盗られたからなのだが・・・・またしても夫の番上を寝盗られてしまう・・・・。相手の機嫌を窺うから「YES」も「NO」も言えず、ただ愛想笑いしかできない奈々瀬は、不幸を呼び寄せてさらにどん底に堕ちていく。演じる美波がかわいすぎて、とても幸薄げには見えないが、憎めない主人公を好演している。絶対友達にはなりたくないけれど!4人がそれぞれにはじけていて、邦画もまだまだ捨てたものじゃないなーと思った。『接吻』がとても好きだった小池栄子の存在感、山田孝之の滑稽さ、浅野忠信の変態度合、美波の異彩、個性炸裂の一本。ひさしぶりに容赦ない惹かれようだったなー。すごくおすすめ。 監督・脚本 冨永昌敬 原作 本谷有希子 音楽 大谷能生 出演 浅野忠信 美波 小池栄子 山田孝之 (カラー/97min)
2011.12.10
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(あらすじ) 恋人がパリに留学してしまい傷心の日々を送っていたカオは、パリへの旅費を稼ぐべく両親の店を手伝いながら、夜は近所の本屋で立ち読みをしてフランス語の勉強を続けていた。本屋の女子店員スージーは、そんな彼とすっかり顔なじみになる。ある日、パリの彼女から突然別れを告げられたカオは、すぐにでもパリに行くため、顔見知りの不動産屋に借金を頼み込み、交換条件として怪しげな小包の運搬を頼まれるのだが―――。予告を観たときからずっと楽しみにしてたのは、岩井俊二や初期のウォン・カーウァイのような、キュンキュンくるラブストーリーの予感を感じたからだった。夜の台北、スージーの働く書店、彼女がカオとともに巻き込まれる怪しげな小包を巡る追いつ追われつ・・・そのすべてが善良さに満ちている。コミカルで切ないラブストーリーがとても身近なのは、台湾と日本の感性が似ているから。小気味よい音楽がよく似合う、初々しい恋のはじまりは、すごくありがちで王道をいくストーリー。灰汁や淀みの微塵もない照れくささ、けれどすごく好み。 監督・脚本 アーヴィン・チェン 製作総指揮 ヴィム・ヴェンダース メイリーン・チュウ 撮影 マイケル・フィモナリ 音楽 シュ・ウェン 出演 ジャック・ヤオ アンバー・クォ ジョセフ・チャン クー・ユールン (85min/台湾=アメリカ)
2011.12.06
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ケン・ローチ監督ははじめて。さいきん手に取った本のコラムに、ダニー・ボイルが『トレインスポッティング』で英国労働者映画のプチブームを生んで、このジャンルの大御所ケン・ローチの人気を結果的に底上げした――というのがあった。社会派の向きある作品を撮りつづけているローチ作品は、『麦の穂をゆらす風』が好きになれたら、ほかにもいろいろ観てみたいなとおもう。 (あらすじ) 職業紹介所を突然クビにされたシングルマザーのアンジーは、ルームメイトを誘って、自ら職業斡旋のビジネスに乗り出した。一人息子のジェイミーを両親に預け、朝から晩まで働きづめの彼女だったが、必死さゆえに次第にモラルを踏み外していく―――。アンジーという女性像は、おなじ女として相当痛々しいものがある。大切なものを見失って、野心に燃えて、空回りして傷ついて、それでもなお変われない。変わろうとしない。ロンドンの不法移民問題や労働者問題を背景に、犯罪に片足を突っ込んだシングルマザーの、虚しい生き様を垣間見るのは哀しかった。向けられた目はごく小さな範囲で、移民や低所得者しか登場せず、少ない製作費、短い上映時間であるのに、目を逸らすことができなくなった。暗い気持ちになりながらも、最後までアンジーの常軌を逸して行く姿を見届けてしまう。いつか観たマイク・リー監督の『人生は、時々晴れ』も舞台はロンドンだっけ。荒んだ日常にある虚無や侘しさや貧しさゆえのダラしのなさは、もっとも嵌まりたくないものだった。移民たちがこの国に逃れてきた理由とおなじように、低所得者階級に暮らす人々にも、なんらかの理由があるのだろうか。それは簡単には解決できない、なにか大きな社会の仕組みのせいなのだろうか。それとも嵌まらないにはまったく自己の問題なのだろうか。愛する人に必要とされ続けたい、切にそう思った。監督 ケン・ローチ 脚本 ポール・ラヴァーティ 撮影 ナイジェル・ウィロウビー 音楽 ジョージ・フェントン 出演 カーストン・ウェアリング ジュリエット・エリス (96min/イギリス=イタリア=ドイツ=スペイン)
2011.11.30
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実写と人形アニメーションを融合させて描く、マッド・サイエンティストの復讐劇。科学者のドロスは、美しい歌姫マルヴィーナに魅せられ、本番中の舞台から歌姫を連れ去る。共演者で恋人のアドルフォは失意に暮れ、孤島の屋敷に幽閉された歌姫はショックのあまりこころ病んでしまうのだった。そんなある日、ドロス博士によって屋敷に招かれたピアノ調律師のフェリスベルトは、ピアノの代わりに、奇妙な自動機械演奏人形の調律を依頼される――。詩的で美しいとはいえ、ストーリーは薄い味。人形アニメーションの大家、ヤン・シュヴァンクマイエルのような、キッチュでグロテスクな、狂気と幻想の入り混じった世界観はなく、ただただ美しい。多少グロテスクさはあるものの、アニメーションはこくわずかなで物足りないし、摩訶不思議な背景画面などはカレル・ゼマンに似ているけれど、愛すべきおもちゃ箱の世界はここにはなくて、妙に写実的なのだった。クエイ兄弟監督は『ストリート・オブ・クロコダイル』のころが、私の嗜好にあっているのかもしれない。調律師のフェリスベルトは、奇妙な演奏人形の調律に戸惑いながらも機械仕掛けの人形に魅せられていく。同じころ、海辺にたたずむマルヴィーナに出会い、ふたりは一目見て心惹かれていく。それもそのはず、調律師は恋人アドルフォに瓜ふたつなのだった。(セザール・サラシュによる二役)科学者が企てたのは屋敷で催される危険なオペラ演奏会。島に招かれた客人のなかには、あの失意の恋人アドルフォの姿があり、調律師と歌姫の三人は、ガラスを隔てた人形たちの宵に導かれるように引き合わされるのだが、、。科学者の狂気は炸裂せず、自動演奏マシーンの全貌さえわからず、娼婦も人形も思わせぶりなビジュアルへのこだわりに留まって、一度ならずも二度眠ってしまうほど、引き込まれる要素は少なかった。映像ありきだとしても、ちゃんとした物語があればもっとよかったのに。歌姫の美貌など、それだけでも絵になってしまうほど奇麗で、だただ非常に美しい作品だった。きっとシュヴァンクマイエル氏ならマシーンの仕組みを誤魔化さずに壮観に演出するだろうと、、つい要らない想像をしてしまった。† 監督 ティモシー・クエイ スティーヴン・クエイ 製作総指揮 テリー・ギリアム ポール・トライビッツ 音楽 トレヴァー・ダンカン クリストファー・スラスキー 出演 アミラ・カサール ゴットフリード・ジョン アサンプタ・セルナ セザール・サラシュ (99min/イギリス=ドイツ=フランス)
2011.11.28
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ながいこと観たいと思い続けてきた、ヴィクトル・エリセ監督の『ミツバチのささやき』。 期待したわりに、内容がよくわからなくってびっくりしたけれど(笑) すごく好きだった。ノスタルジックで幻想的な世界。画面がとにかく魅惑的なもので。古いお屋敷、オルゴールつき懐中時計、調律されないピアノ、ドン・ホセという名の人体模型・・・・。もはや蠱惑にちかいほど惹かれてしまう。会話のないやつれた大人たちをよそに、子どもたちの空想力は果てなく広がり、研ぎ澄まされたアナの感性は眩しくて、子どもの目を通して内戦の傷痕と、人々の営みを眺めたら、いつもは気づかないことに気づけそうだった。おもしろいのは、屋敷の窓が六角形の格子柄、蜂の巣模様であること。ガラスの巣箱で蜂を観察している父親みたいに、じぶんが屋敷の外から、六角形の格子を通してアナ家族を観察している気持になってくる。「報われることのない過酷な努力、眠りはなく、休息は死である」父親の書きつけたミツバチの記録は、そのまま過酷な時代に生きる人間に通じる。原題は『ミツバチの巣箱の精霊』なのだそうだ。精霊がいるとすればそれはアナだった。無垢で純粋なこころのアナだった。 1940年代、スペイン中部の小さな村。『フランケンシュタイン』が巡回映画で上映され、少女アナ(トレント)は、フランケンシュタインにすっかり魅せられてしまう。姉のイザベル(テリェリア)から、怪物は村外れの廃屋に隠れていると聞かされたアナは、信じてひとり廃屋まで出かけ、スペイン内戦で傷ついた脱走兵と出会う――。村はずれの廃屋、負傷兵との束の間の交流は予想もしない悲しい結末に終わり、失意のアナは森へ家出した。夜も更けて、水縁にしゃがみこむアナは、あの映画のフランケンシュタインに出会う・・・・古典へのオマージュを込めた、なんてフシギな物語。 原案・監督 ヴィクトル・エリセ 脚本 アンヘル・フェルナンデス=サントス ヴィクトル・エリセ 音楽 ルイス・デ・パブロ 出演 アナ・トレント イザベル・テリェリア フェルナンド・フェルナン・ゴメス (99min)
2011.11.26
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ギリシャの巨匠テオ・アンゲロプロス監督作品は、他に並ぶもののない詩情豊かな映像美がいっぱい。痛切なまでにストイックで静かな姉弟の旅は、母のいる家を捨ててはじまる、ふたりぼっちの汽車の旅。顔さえ知らないままに、父がいるはずのドイツへと向かう。子どもたちが出会う大人は、旅一座であったり、長距離トラックの運転手であったり。いいことばかりではけしてない、厳しいことの度かさなり。12歳のヴーラと5歳のアレクサンドロスは、どんな時でも寄り添いあって、偽善と親切の入り混じる異国の旅路をくぐりぬけていく。小さな体でけんめいに旅をするアレクサンドロスがいたいけ。そんな弟のしらないことろで、姉ヴーラは、ヒッチハイクの男に手籠にされて傷つき、旅芸人の青年に恋をして小さな胸を痛めていた、、。そんなまだ幼ない彼女が、ずっと気がかりでしかたなかった。旅先はいつもグレーの空。冷たい雨に凍えそうになりながら、遠いドイツまでの旅はつづく。アンゲロプロス監督の画面はどうしてこうもひとを惹きつけるのだろう。フェリーニのような象徴的なオブジェの数々、静止画のごとく静かに佇む人々、ロングショットの静謐な美しさ。情緒あるテーマ音楽が繰り返し流れる。体を売るも同然で最後の切符を手に入れて、旅に出てはじめて座席にありついた姉弟は、汽車に揺られながら微笑みあい、穏やかなやさしい表情を浮かべる。束の間の休息。汽車を降りて国境を渡る真っ暗な川をボートで漕ぎだした彼女たちの背後に、一発の銃声が響き渡る・・・・。翌朝、目覚めたふたりは夢にまで見たドイツの大地に辿りついていたのだろうか。だんだん霧が晴れて、むこうには一本の大木。それはふたりを待っていてくれた、顔も知らない、存在さえ不確かなお父さんのように、姉弟を包み込む。† 監督・脚本 テオ・アンゲロプロス 脚本 テオ・アンゲロプロス トニーノ・グエッラ タナシス・ヴァルニティノス 音楽 エレニ・カラインドロウ 出演 ミカリス・ゼーナ タニア・パライオログウ ストラトス・ジョルジョグロウ (125min/ギリシャ=フランス=イタリア)
2011.11.23
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『ロリータ』が好きだったナボコフによるゴーゴリ論。シニカルでユーモラスな語り口は、ただの批評本ではない期待を裏切らないおもしろさ。中盤のむつかしい箇所は読み流しつつ。末尾に年譜がつけられた経緯を"怠惰な読者のため"といい(笑) 、出版者に「それをやったら本はおしまいです」と言わしめた型破りな出版までのあれこれが、おまけの"ことわりがき"には綴られている。出版者曰く。筋が書かれていません。参考書目録や年譜もありません。これでは学生たちは、途中で投げ出してしまうでしょう。私自身も自分で読んでみるまで『検察官』がいったい何の話だか頓とわかりませんでした―― そう、この本では内容を知ることができない。しかもゴーゴリ批評なのに考察しているのはわずか数作品ばかり。これは研究書ではなく「ナボコフの本」とでも呼ぶしかない性質のもの (解説) ナボコフ愛読者にとっては、ナボコフがナボコフ自身を語っているような錯覚に陥るらしい。いまちょっとゴーゴリをバカにしてませんでしたか? という、シニカルな愛ある毒舌が炸裂。ユーモアある言葉遊びの好きな語り口が強烈で、じっさい読書後に湧いてくるのは、ゴーゴリの『検察官』読んでみよう、ではなく、ナボコフが読みたい――なのだった。作家の魂はその人生にではなく作品の中にこそ存在する、という氏の芸術観のなせる技。記述の首尾一貫性などおかまいなく、ひたすら自己とゴーゴリの世界の接触点を探ることに努力を傾注していることにより、破格の、八方破れであるがゆえに強靭な、独自の批評世界を現出させている―― (訳者あとがき)ちなみにこちらは、1973年に紀伊國屋書店の現代文芸評論叢書の一冊として出版されてから、絶版になったのち、平凡社ライブラリーとして再刊されたそう。原書は1944年刊行。
2011.11.20
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文化大革命のころの中国は何度見てもおそろしい。中国に驚かされるのはいまも昔もかわらないけれど、毛沢東の時代の中国に生まれなくてよかったとは、ほんとうにおもう。 (あらすじ) 文化政策により幼くして家族と引き離され、バレエの英才教育を受けて、その後アメリカに亡命、一流ダンサーとして花開いた実在のダンサー、リー・ツンシンの、揺れ動く心の軌跡を華麗なバレエ・シーンとともに綴る――。山東省の貧しい村に生まれたリー・ツンシンは、バレエのバの字も知らない子どもだった。ただ柔軟な身体だったから選ばれ、機械的スパルタ教育を施された、当時の中国という国がなかなかに怖ろしく描かれている。芸術としてのバレエではなく、国益のためのバレエを強制されていた時代。北京舞踊学院から、研修生としてアメリカに渡ったのは青年期。一瞬にして心を奪われた西洋の自由は、酷いと吹聴されていたのとはまったく違う、素晴らしいものだった。異国にも慣れ、最先端のバレエ教育と二度目の恋を経験して、短い自由を謳歌するツンシン。しかし、確実に帰国の日は近づいてくる。当時の中国は、一度国に戻ったら二度と外国へは出られなかった。恵まれたバレエ環境を捨てられない彼が選んだのは、恋人と結婚して永住権を得ること。二度と祖国の地は踏めない覚悟で・・・・。帰国命令に背いたツンシンに、中国領事館が与える圧力がまたおっかない。実話だというのだから、なおのこと怖ろしい。彼は領事館に監禁され、一時は強制送還されそうになるが、バレエ団の主任ベン(ブルース・グリーンウッド)や妻や友人ら、そして弁護士フォスター(カイル・マクラクラン)の協力で、アメリカへの亡命が認められる。とまあ、内容的にはこんなんで、とても真摯な実話のドラマ。ツンシンを演じているのは、ロイヤル・バレエ団のツァオ・チー。映画初出演とは思えない堂々たる演技で、幾度も挿入される華麗なダンスシーンはさすがに見ごたえあるし、バレエ好きでなくても魅了されるにちがいない。ただ、ツンシンの恋の場面だけは、あれでよかったのかなぁ。恋に落ちる場面は唐突で、ふたりのシーンは少ないし、見ようによってはグリーン・カード取得のための入籍に見えてしまうではないか。しかもあっさり仲違いして離婚・・・・やっぱりあまり考えなく結婚しちゃったんじゃない、若気の至りじゃない・・・・とか意地のわるく取れる演出になっている。どの道を行き来するかは どの人生を選ぶかによる。大好きな『春にして君を想う』の台詞がぴったり。バレエをやっていくと決めたツンシンの人生は、まさにこの通りだったんじゃないかな。たとえ祖国や家族に二度と会えないことを意味するんでも、バレエの道を選んだ。のちにアメリカに招かれた両親は、息子との再会を果たし、ツンシンは故郷へ帰ることが許されるのだけれど、それは予期しない幸福だったにちがいない。 監督 ブルース・ベレスフォード 原作 リー・ツンシン 『毛沢東のバレエダンサー』 脚本 ジャン・サーディ 音楽 クリストファー・ゴードン 出演 ツァオ・チー ジョアン・チェン ブルース・グリーンウッド アマンダ・シュル (119min)
2011.11.19
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(あらすじ) 1971年、イタリアのトスカーナ。銃の暴発で両目の視力を失ったミルコが、古いテープレコーダーとの出会いによって、新しい世界への扉を開いていく――。 イタリア映画の得意とする、少年を主人公にした小粒の良作。ことし公開となったイタリア映画『人生、ここにあり!』は、1978年の精神病院廃絶法の制定で起こるドラマを、ユーモア交えて描いている。 本作は、盲学校廃止の法律ができる、すこし前が舞台。イタリアの70年代はこんな時代だったんだ。伝統を重んじる盲学校で、次第に心を閉ざしていくミルコを変えたのは、彼の感性にいち早く気づいたジュリオ神父と、神父がこっそり与えてくれたテープレコーダーだった。ミルコは、管理人の娘フランチェスカやクラスメイトと共に、自然の奏でる音をレコーダーに記録していく。風の音、雨の音、鳥の羽音、手に入らない音はじぶんたちの手で作った。いつしかほかの生徒たちも加わって、声と音の小さな物語ができあがる。しかし、ミルコの行動に理解を示さない校長は、彼からテープレコーダーを取り上げて退学処分にしてしまうのだった、、。からだは五感のひとつが壊れるとそれを補うようにできています。演奏家が目を閉じるのは視覚以外の感覚を鋭くしているのです――そんなジュリオ神父のセリフが好きだった。テープレコーダーで音を集めるシーンを見ながら、わたしは『イルポスティーノ』を思い出していた。イタリアを舞台に、亡命詩人と郵便配達夫のこころの交流を描いたこの作品は、マッシモ・トロイージがレコーダーにナポリの島の音を集めて、詩人に思いを伝えるシーンがあったのだ。同じく、目の見えない彼らが学校を抜け出して映画を観に行く場面など、映画への郷愁があちこちに散りばめられていた。ひょとすると『イルポスティーノ』や『ニュー・シネマ・パラダイス』へのオマージュだったのかな。イタリア映画界で活躍する、盲目の音響技師の自伝小説が基となった物語。人生のターニングポイントに、良き導き手に出会えた幸運や、盲目であることを障壁としなかった秀でた感性にジーンときた。耳を澄ませて観たい、いい映画だった。† † † 監督 クリスティアーノ・ボルトーネ 脚本 クリスティアーノ・ボルトーネ パオロ・サッサネッリ モニカ・ザペッリ 音楽 エツィオ・ボッソ 出演 ルカ・カプリオッティ シモーネ・グッリー アンドレア・グッソーニ (100min)
2011.11.14
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毎年11月にカナダ・アルバータ州で開催されている、世界最高のアウトドア映画祭「BANFF MOUNTAIN FILM FESTIVAL」。存在さえ知らなかったのだけれど、ことし友人の旦那様に薦められて、はじめて出かけてみた。世界32か国、全国9か所を巡回して開催中。A・Bのプログラムに分かれていて、わたしはAのみ鑑賞。ここ札幌会場の道新ホールは、700席あるにもかかわらずほぼ満席。前売りも買わずに当日券で入って、座れてよかった。予想どおり、いかにもアウトドアフリークな風貌スタイルのお客さんだらけでちょっとドキドキ。外国人の姿も目立ったけれど、patagonia関係者でしょうか。時々眠くなって舟を漕ぎつつ、時おり湧く笑いと感嘆がたのしかった。 Aプログラムはぜんぶで5作品。「オーセブン(Oseven)」のみフランス製作で、あとはみんなアメリカ映画になってます。『スイス・マシーン(The Swiss Machine)』 (アメリカ/20min) 世界最高スピードのアルピニスト、ウエリ・シュテック。アルプスの壁を駆けあがる姿や、アイガー北壁のスピード登攀に挑む姿を、驚愕の映像でみせる。これはもう凄いとしかいいようがない。山キチガイは死と隣合わせでなぜ登るのか、どう考えてもデンジャラスな勢いに・・・・・・半ば呆れながらもハラハラと観た。ただ、アイガーを最速で登りきったとき、場内には感嘆の声が響きました。 『オーセブン(Oseven)」』 (フランス/6min) シャモニー・モンブランで落ち合って、ボルダリングやマウンテンバイク、パラグライディングを楽しむ男たち――それは少年の憧憬が見せた夢だった。こちらのオープニング作品は、いろんな捉えかたができそうな、わずか6分のスピードフルな小粒作。音楽とアウトドアスポーツは相性が絶妙。爽快なミュージッククリップのようだった。『イースタン・ライズ(Eastern Rises)』 (アメリカ/38min) 極東ロシアのカムチャッカ半島で、冷戦時代のヘリに乗り込み、未だかつて釣り人が分け入ったことのない未知の領域を目指す、釣りキチたちの悪戦苦闘。この作品が一番ユーモアあって笑ったなー。釣りキチガイの方々もなかなかにナンセンス。巨大モスキートに熊にビッグフット・・・・靄のかなたに危険がいっぱい。この上なく楽しげに巨大魚と戯れる、大の大人は愉快爽快。『イントゥ・ダークネス(Into Darkness)』 (アメリカ/15min) 洞窟に潜む地下世界に魅せられた男たちの冒険の記録。この作品だけは、たった15分が1時間にも感じるほど長かった。つまるところ詰らなかった。なぜに地味な地底を探検するのだろう。恐怖心をのぞかせながら、狭い穴に挟まってもがく男たち・・・・・あまり楽しげじゃなかった。地上で駆け巡るのが好きなDNAとは、別のタイプなのねきっと。『ライフ・アセンディング(A Life Ascending)』 (アメリカ/57min) 取りを務める本作が、やはり一番の見応え。コロンビア州セルカーク山脈にある氷河に、妻と2人の小さな娘たちと住んでいるルエディ・ベグリンジャーは、世界トップクラスのマウンテンガイドとして定評がある。山に住むユニークな家族の暮らしと、ルエディが直面した7人の尊い命を奪った雪崩事故後の旅をとらえる――。雪深い山でロッジを経営する家族の暮らしが素晴らしかった。ほかでは真似できない、貴重な経験をして育つ娘たちは、きっとステキな大人になるだろう。そんな娘たちを慈しみながら、夫婦は、2003年の雪崩事故以来、覚悟を決めて真摯に客を山へ導いている。北国に暮らせば、冬の厳しさや雪のこわさを知らずに生きていけないけれど、ここまで雪を愛せるだろうか。過酷なのに楽しそうに一家は仲良く生きていた。眼前に広がる一面真っ白な雪山がビューティフォー。いまちょうど、ジャック・ロンドンの『火を熾す』を読んでいるのだけれど、休憩ちゅうなど開いて読むと、雪山や寒さの記憶が否応なく蘇った。ジャック・ロンドンさんが妙に似合っていた今日一日だった。
2011.11.13
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フランスの古都ストラスブールを舞台に、美しく詩情豊かに、6年前に恋した女性を探し彷徨う男の姿を描く――。出会った場所、街角のカフェに静かに腰を据えて、街ゆく人々のなかから、思い出の恋人を探す主人公。手元には一冊のノート。白紙のページに彼が描く、カフェで過ごす美しい女性たちのスケッチが、シルビアの面影と重なって、芯の先からも、めくれる頁のあいだからも、思いのニュアンスが優しく匂った。まるで主人公といっしょになってストラスブールを歩いたような、不思議な充足感に満たされる。古都の情緒、光と影のモザイク模様。どこもかしこも美しい。必死になって追いかけた女性が人違いだったとしても・・・この物語にはそれはどうでもいいこと。静謐に再会への希求だけをつらまえるなら、切なさはいらない。100%情感でできている、美しいとしか呼びようのない作品だった。† 監督・脚本 ホセ・ルイス・ゲリン / 出演 グザヴィエ・ラフィット ピラール・ロペス・デ・アジャラ (85min/スペイン=フランス合作)
2011.11.08
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『ミスター・ロンリー』がとても好きだったハーモニー・コリン監督のデビュー作。 オハイオ州のジィーニャという小さな田舎町を舞台に、過去の竜巻で疲弊した町で生きる人々の暮らしを、猫を肉屋に売って小遣いを稼ぐ少年二人の行動を軸に、ドキュメンタリータッチで描く異色作。生理的嫌悪感の寄せ集め。なのに、しぜんと次が気になる不思議な作品。人を選ぶキッチュさ、グロテスクで俗っぽいのに、ピュアさも兼ね備える。小気味よい編集と映像美が惹きつける。サイテイ+アンニュイな若者たちの希望なき日々には、どうしてだか生きてるリアルさがあって、それはピンクのうさぎ少年が見せる幻想よりも強い。よごれた部屋に漂う退廃、シンナーでラリって、お供はおもちゃのライフル銃。ネコ殺し、自殺願望、奇形、障害、ゲイ、竜巻の通った古い傷跡―――。負。負、負、とマイナスな要素ばかりなのに、寄り合い暮らす少年少女には、ふしぎなくらい生き生き楽しそうな表情が浮かんでいた。ハーモニー・コリン監督は音楽が最高だ。『ミスター・ロンリー』の絶妙な選曲に心奪われたように、本作の音楽もすごくよかった。よかったといえば、冒頭写真の少年の顔。華奢で、まだ大人になりきらないヘンテコで愛嬌ある顔。彼が自宅で大量のカトラリーを握り締めて筋トレをはじめた横で、母親がタップを踊るシーンなど最高にシュール。コリン監督の新作がたのしみ。監督・脚本 ハーモニー・コリン 撮影 ジャン=イヴ・エスコフィエ 出演 ジェイコブ・シーウェル ジェイコブ・レイノルズ (89min)
2011.10.26
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(あらすじ) カトリックとプロテスタントの争いが激化する、16世紀のイングランド。エリザベスは、腹違いの姉メアリー女王の崩御後、世継ぎとして弱冠25歳の若さでイングランド女王に即位する。隣国との関係が切迫するなかで、愛する恋人と政略結婚のあいだで揺れ動く若き女王が、一国の王として独立自尊するまでを、豪華絢爛なセットと衣装で描く――。 豪華でスケール壮大なのだが、なんてことのない内容でおわってしまう。この年のアカデミー賞で『恋におちたシェイクスピア』に敗れたのも、なるほどだ。主演男優陣が被っていての敗北だし、ケイト・ブランシェットは悔しかっただろうなあ。個人的に大好きな女優さんなので、エリザベスの神憑り的な熱演だけみると負けていないんだけれど、、如何せん、波瀾の世のエリザベス1世の恋愛模様が主題では、ちょっとかなしすぎる。コミカルな恋愛劇に負けるのも納得。そもそも『恋におちたシェイクスピア』もそれほど面白い作品ではなかった。 続編の『エリザベス:ゴールデン・エイジ』はHDに録画してあるので、そのうちに。あまり期待しないで観てみよう。エリザベスの恋人役にはジョセフ・ファインズ(写真・右)。結局、この男が何を考えているのかよくわからない。エリザベスの苦悩は刺さるほど伝わったのに、男優陣はぼんやりなのだった。それにしても、わたしはいつまでもファインズ兄弟が苦手なのだなあと実感。 監督 シェカール・カプール 脚本 マイケル・ハースト 撮影 レミ・アデファラシン 音楽 デヴィッド・ハーシュフェルダー 出演 ケイト・ブランシェット ジョセフ・ファインズ ジェフリー・ラッシュ 他 (124min)
2011.10.25
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岩井俊二監督のデビュー15周年記念DVD『initial イニシャル』のなかの2作品。 『雪の王様』 関西テレビ「TV-DOS-T」より 全編ほぼ、主人公二人のモノローグ。独白が苦手であまり楽しめず、岩井俊二らしさはまだ見えない。<青山のデザインオフィスで事務をしている康子(石橋有紀)と、同僚のコウちゃん(梅田凡和)の恋物語――>惰性的なふたりの関係は救いがなくて・・・康子が抱えた多額の借金も、捨て猫を拾うようなコウちゃんの愛し方も、ぜんぶが悲しい。監督自ら名付けた "危ない生活シリーズ" の一作だそうだが、危ないというよりは地に足のつかない都会人の、あぶなっかしい生活を切り取っている。タイトルと内容の繋がりはなんだろう。はじまりと終わりの康子によるモノローグ。「幼いころ、初雪が降ると玄関いっぱいに雪だるまを並べた――」という台詞。大人になってからの雪だるま式借金と、語呂合わせ的にややつながっている、、けど、そんなわけないか(笑) 『ルナティック・ラヴ』 フジテレビ「世にも奇妙な物語 冬の特別編」より ひとむかし前の「世にも奇妙な物語」はおもしろくて好きだった。気づけばきっと観ていたはずだけれど、この作品は残念ながら記憶にないのでした。カメラマニアの男(豊川悦司)が、妄想の恋人(ちはる)につきまとい、殺人を犯していく・・・・。一口で言えばストーカー。『Undo』を彷彿とさせる豊川悦司がいい。それもそのはず、この2作品は同じ年(1994)に作られている。画の表情が、慣れ親しんだ岩井監督のもので、真っ赤な画面に差し込む青い光の演出など、たまらなく好きで、15分ほどの小品ながらおもしろかった。こちらも "危ない生活シリーズ" なんだって。 こんないい男が町で見かけた女性を一方的に想い、屋根裏部屋に籠って悶々としているってすごい画だなー、いまとなっては。彼氏と一緒にいる彼女を見つけて、逆上して家にのり込んでくる、狂気の若きトヨエツが見られたのはひとつの収穫だとおもう。
2011.10.23
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街ゆく人にもらった筆記用具で絵を描いて暮らすジミー・ミリキタニは、カリフォルニア生まれの広島育ち。18歳でアメリカに帰国するも、第二次大戦がはじまり、若い日々を日系人強制収容所で過ごした。戦後、長く住み込みで働いていたが、市民権を放棄したため社会保障がなく、いまではニューヨークの路上アーティストとなってストリートで暮らしている。911のテロをきかけに、監督が保護するかたちではじまったアパートでの共同生活は、ミリキタニ氏の思いがけない人生のドラマを引き出していった。かつての同僚との再会や、ミリキタニ(三力谷)姓の詩人との接触、80年の数奇な半生を辿る旅。家族や自分やHOMEを取り戻していくまで――。これぞ本物のドキュメンタリー。かつて画家を志していた孤独な老人が、時代のうねりに飲み込まれていった80年という時の歴史を、いま改めて振り返ると、そこには思いがけないほどのドラマと、ひとりの人間が生きた証のような、深い轍が見えてくる。憎しみに染まった過去は昇華されて、老アーティストはあたらしい人生を歩みはじめた。それが、ハッテンドーフ監督の興味からはじまり、審美眼と行動力とをへて、類稀なやさしさによって開かれたことが、なにより素晴らしい。 監督 リンダ・ハッテンドーフ 製作・撮影 リンダ・ハッテンドーフ マサ・ヨシカワ 音楽 ジョエル・グッドマン 出演 ジミー・ツトム・ミリキタニ ジャニス・ミリキタニ ロジャー・シモムラ (カラー/74min)
2011.10.20
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耽美が好きなのと、懐古趣味は関係しているのだろうか。耽美主義が生まれたのは19世紀後半なのだそうだ。歴史、写真、絵画、書物、映画、人形、アート・・・様々な分野の耽美。観たこともないようなものが見れて、たのしかった。映画はけっこう身近なタイトルが並んでいて、しぜんとこのての作品を偏愛して選んでいるものだなぁと思う。書籍は、松岡 正剛さんと夜想 編集長による対談で紹介されている。こちらも読んだ作品が意外とある。「杏っ子」「雨月物語」「死者の書」「外套」、永井 荷風、泉 鏡花、正岡 子規、嶽本 野ばら、王道をいく三島 由紀夫、澁澤 龍彦など。まだ見ぬ読みたい作品も、たくさん紹介されていた。おもしろかったのは、松岡 正剛さんによる、数学のなかにある耽美。切腹に魅せられた三島 由紀夫の、倒錯した性についての文章。「仮面の告白」はどうやら真実だったらしい。それにしても、意識しないで耽美なものを引き寄せていることがわかって苦笑い。そういえば。気になっていた桜庭 一樹さんの「私の男」を今さらながら読んでいるのだけれど、これもまた耽美さを秘めていることに気づく。この本を出版した当時、作者が、わたしも敬愛する作家・佐々木 丸美さんの影響を受けている――と聞いたことがあって、そういえば丸美さんも耽美だったなぁと、いまごろ再実感した。これほど何度も読み返している作家さんは丸美さん以外いないのに、耽美好きルーツの一端さえ、よくわかっていなかったんだなぁ。わたしのばか。懐古、耽美。やはりどちらもとてもすきだと思う。
2011.10.15
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さいきん、もっとも気になる女優・満島ひかりと、その夫・石井裕也監督によるヒューマン・コメディ。PFFスカラシップ作品。 (あらすじ) 上京して5年目の佐和子は「しょうがない」が口癖のOL。5つ目の職場で淡々と働き、連れ子のいる上司・新井健一とそれなりに付き合い、すべてに妥協しながらの人生を歩んでいた。そんなある日、父の忠男が倒れ、一人娘の佐和子は実家のしじみ工場を継ぐため、渋々故郷へ舞い戻る。アクの強いおばちゃん従業員たちにはいびられるし、工場経営は右肩さがりだし、健一との仲は上手くいかないし・・・やがて佐和子はドン底に追いつめられてしまう―――。 低予算ながら、このおもしろさはとても長編初監督作とは思えない。中の下の女が、「しょうがない」さえ言えないどん底期をむかえて、必死の開き直りでがんばっていく姿をユーモラスに、あたたかく描いていく。佐和子を演じた満島ひかりの、素の輝きが、なんといっても大きい魅力。先日の『それでも、生きてゆく』のスタッフは、きっとこの映画を観て満島ひかりへのインスピレーションを得たのね。(たぶん)ドン詰まりの佐和子はついにはじけて、周囲ドン引きの醜態を晒してしまうけれど、彼女のステキに思いきった開き直り人生を、心なく笑うなんて誰ができるだろう。たいてい中くらいの人生、佐和子みたいにすべて曝け出せるなんて、羨ましい。無様と言うひとがいても、できればわたしは、彼女のように曝け出しながら素直に生きてみたい。駆け落ち同然で家を出てから5年。暫くぶりに会った父は余命僅かで、子連れで田舎までくっついてきた健一との仲は上手くいかず、しじみ工場は倒産寸前で、、、もう最悪。けれども、工場を再生すべく、心機一転、あたらしい社歌で臨むシーンなど、微笑まずにはいれない!歌のように高らかに、工場は危機を脱して、未来は少しずつ開けてくる。もちろんその間に、父との悲しい別れや紆余曲折イロイロあるけれど、前向きな芯の強さに元気づけられ、笑えること必至の、とても中身ある小粒な快作だった。---------------------------------------- 監督・脚本 石井裕也 出演 満島ひかり 遠藤雅 志賀廣太郎 岩松了 (112min)
2011.10.13
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またひとつ、心揺さぶられる本に出会った。いつか読んだ『シッダールタ』にとても感動して、買ってみた『デミアン』。ヘッセの良さに今頃気づいてしまった。『デミアン』は、ヘッセがエーミール・シンクレールという偽名で発表した、1919年の小説。生きることに悩む主人公シンクレールが、超自然的な雰囲気をたたえた謎の青年デミアンに導かれるようにして、自分の内面と闘い向き合っていく姿を描いた、自己探求の物語――。カインとアベルの逸話は身近でなくとも、この世には光と闇の世界があることは、いたいほどわかる。暗部のほうにより近づいてしまう苦さを、いまも思うことがある。どうやってそこから遠ざかるのか、青年期だけに留まらず、だれにとっても他人事ではないテーマがここにはある。綴られていく精神の遍歴、病めるほどの苦しさ。この物語の中では、デミアンとその母親によって長年かけてようよう、主人公は救われていく。デミアンの存在は、シンクレールのもうひとつ自己みたいだったし、内面へ内面へと降りていって解決をみるあたりは精神分析のようであった。ユング派の分析医たちによって自らも治療を受けていたというヘッセの、リアルな精神遍歴が描かれていた。インドや禅に近しい人、ヘッセだから、これほど惹かれるのかもしれない。悩める者が特別だといって何者かになれるわけではない。人間の使命はおのれにもどることだ――。この答えに行きつくところなんかは、すごく仏教チックだと思う。精神世界をつきつめていった先に、いつも仏教思想があることには、心動かされてしまう。そうとは知らずに近づいた物事が、また同じゴールに繋がっていた。興味持ったついでにヘッセの著作をみてみたら、気になる本がザクザクと。さっそく『庭仕事の愉しみ』をポチリ。『少年の日の思い出』もいつか読もう。
2011.10.12
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著名なアウトドア・ブランド“patagonia”と“THE NORTH FACE”を創業したイヴォン・シュイナードとダグ・トンプキンスは、1968年、南米パタゴニアを目指した冒険旅行を敢行した。その記録映像に出会ったアメリカ人青年、ジェフ・ジョンソンは、この伝説の冒険を追体験するべく旅に出る。最終目的地、パタゴニア最高峰コルコバド山登頂を目指す旅に密着したネイチャー・ドキュメンタリー。先日の、登山の前に、アウトドアモードになるべく選んだドキュメンタリー。公開当時から気になっていた。ところがどっこい、創業者たちの半生にぐぐっと迫るでもなく、ジョンソン氏の旅が魅力でもなく、そもそも氏自身もなんだか中途半端で、ちっとも高まらない。ボートの上の一連のシーンと、サーフィン映像を合わせたら、山の場面よりも海が勝っていた感たっぷり。mountain!mountain! したドキュメンタリーを期待したのでがっかりだった。それもそのはず、監督はサーファーでもあるらしく、制作したチーム、ウッドシェッド・フィルムズは<海とサーフィンに対する感謝の気持ちから生まれた>のだとか。どうりでサーフィンな映画で、山メインの映画ではないわけだ。にわかに環境問題が取り上げられ、コルコバド山登頂は叶わないし、、ぐだぐだでいいところなかったなー。ゆいいつ、全編に流れるカントリーのギター音楽だけはいい。 ------------------監督・脚本・編集 クリス・マロイ 出演 イヴォン・シュイナード ダグ・トンプキンス ジェフ・ジョンソン (87min)
2011.10.11
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――――山あいの小さな美しい村にやってきた、TVクルーたち。彼らの目的は、この村で行われる葬式の珍しい儀式を取材すること。もちろん村人には本当の目的は内緒にしている。しかし、もうすぐ死ぬはずだった病気のおばあちゃんはなかなか死なず、クルーたちのイライラは募るばかり・・・・。 いつか中古のビデオを買ったまま、ずっと放置してあったキアロスタミ監督の代表作。この監督のロングショット長回しは、こころに余裕のあるときでないととても気が向かなくて、今までずっと後回しになっていた。やること成すことなかなか上手くいかない、主人公の苦悩と焦りを眺めていると、風が吹くまま、のんびり構えていなくちゃいけない時が人生にはあるのだと、思う。この物語の場合、主人公が待っているのは人の死だから、なおさら人知の及ばぬ領域なのだった。携帯が鳴るたび、電波の届く小高い丘まで、くねくね道を何度も行き来する。そんな不便さを、主人公が「風まかせ」と笑っているなら別だけれど、いくら心得ている彼だって、テヘランから何百キロも離れたこの村で、儀式が行われるのをただなにもせずにいつまでも待っているのはツライ・・・・。単調な場面の繰り返し、いつになくシンプルな構成、持て余しそうなくらい緩やかな時の流れ。半ば諦めて待つうち、物事は突然動きはじめて、思いもよらない結末を迎える。入り組んだ造りや、白い壁に映える青など、不思議な構造の家々が画的にとても魅力だった。まるで『望郷』にでてきたアルジェリアの"カスバ"のようで。---------------- 監督・製作・脚本 アッバス・キアロスタミ 撮影 マームード・カラリ 出演 ベーザード・ドーラニー ファルザド・ソラビ バフマン・ゴバディ (カラー/118min/イラン=フランス合作)
2011.10.09
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もうひと月も、週末の雨で延期になっていた空沼岳に、やっと。台風でながれてしまった橋は、臨時の丸太橋が渡され、崩壊した登山道はロープにしがみついて越えて、全行程7時間半の長丁場。距離にして16キロ。熊にあうこともなく、ぶじ登頂することができました。登山口から、1時間以上かけて万計沼に到着。このコースが一番台風の影響をうけていて、登山道が流されていたのもここだし、足元には川のように水が流れて、泥んこになりながら登る。 うつくしい景色に元気をもらって、第二の目的地、真簾沼へ。30分ほど登ると、真簾(まみす)沼到着。こちらのほうが、広くてもっと静かで、一日中いてもきっと飽きない。豊かな水がキレイ。 疲れた足を休ませて、いざ空沼岳山頂を目指す。左の写真の遠くに見えるのが頂。ほんとに、あんなところまで登っていけるのか、心配になるくらい遠くに見えていた。そうしてついに、3時間半かけて空沼岳山頂に到着!標高1251m。360度の大パノラマ。 夕張山地、恵庭岳、支笏湖・・・・頂から望める範囲の広いこと。頂上は横に広々とした岩場で、岩の上はぽかぽかしていて、そのままひと眠りしたらどんなに気持ちよかったろう。眼下の木々は秋色、ずっと下の方に万計沼の山荘の赤い屋根が見えて、青空が近い。ゆっくりと、いつものおむすび食べて、珈琲飲んで、12:15に下山開始。キノコ写真を撮りながら3時間15分かけて、ぶじ麓に到着。ハイペースな先輩の歩みに遅れないよう頑張って歩いた、かなりハードでサバイバルチックな山行でした。それでも辛いこと忘れて、また山に登りたい意志だけが残るのでした。 さらに秋は深まり、様々なキノコがいっぱい。キノコの名前が知りたくて、目下『北海道のキノコ図鑑』がほしい。 空沼岳は、別名、泥沼岳なんて言うらしく。雨など降れば暫くはドロドロ。きのうもドロドロ。一緒に登った先輩が貸してくれた、ありがたきスパッツ様に助けられる。
2011.10.09
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イギリスの人気コメディアン、サシャ・バロン・コーエン扮するボラットは、彼のTVショーの名キャラクターで、カザフスタン国営テレビのレポーターという設定。そのボラットが、祖国カザフスタンの発展のために、アメリカを訪れて文化を学びレポートすると称して、アメリカ市民に突撃取材を敢行、各地で大騒動を巻き起こしていく、おバカコメディ・ドキュメンタリー。 バカバカしくて笑えない・・・。悪ノリしすぎ、五月蠅すぎ、ボカシありすぎ・・・。ユダヤ系やアメリカ南部の人やカザフスタン国民は、ぜったい怒るよこれ。ユーモアあるシニカルは好きだけど(マイケル・ムーア監督の『アホでマヌケなアメリカ白人』とか)、この『ボラット』、ややドラマ仕立ての下ネタ満載ドキュメンタリーで最悪。ちっともおもしろくなかった。現代イギリスのノリってこんなの? チャップリン、ピーター・セラーズ、モンティ・パイソン・・・名だたるイギリスのコメディアンはインテリが多いとか。きっとこのコーエン氏もかなりのインテリなのでしょうが、受けつけないものは受けつけない。しょうがない。ちなみに、"イギリス コメディ"で検索していたら、茂木健一郎氏のイギリスの笑いを絶賛する記事にぶつかって、笑った。 監督 ラリー・チャールズ 音楽 エラン・バロン・コーエン 出演 サシャ・バロン・コーエン ケン・ダヴィティアン (カラー/84min/BORAT)
2011.10.01
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ベルギー発、陰惨な異色ホラー2本立て。DVDに特典映像として収録されていた『A WONDERFUL LOVE』は、ヴェルツ監督のデビュー作。どちらも面白かった。『変態村』をはじめユーロ・スリラーが4作品ほど入ったDVDボックス『変態箱』が、ちょっと気になる。【変態村】 イベントやお祝いの席で歌い生計を立てているキャバレー・シンガーのマイクが、突如として怪しすぎる村人たちの餌食となっていく恐怖を描く。巡業先の老人施設で一仕事終えたマイクは、移動中、バンの故障で立ち往生してしまう。近くの古びたペンションに身を寄せたのだったが、初老のオーナー、バルテルの様子はどうもヘンだ、、、。徐々に狂気を露わにするバルテルは、自分を捨てて出ていった妻とマルクを混同し始めていて、まず車を破壊して逃げ足を絶つと、彼を半殺しにして虜にする。絶体絶命のマルクの運命は・・・・異常な村全体によって、さらに絶望へと突き進む――。いい意味で、まともな要素は欠片もない。マイクの絶妙にヘンテコな歌を皮切りに、いかれた世界にまっしぐら。悪夢のような出来事が諸手を広げて待っている。痛々しい血みどろホラーではなく、とことんキチガイじみたすべてのシーンに、ちょっとした滑稽やキッチュさのあるホラー。ユーロ・ホラーの表現は独特で好き。昏倒したマイクは、すっかり妻の身代わりに女装させられてしまうし、村人は豚と交合するし、たしかにエゲツナイ場面もあるけれど、絶妙なラインで憎めない稀有な作品となっている。ピアノの即興曲で村人たちが踊るダンスなんか、最高にシュールだ。 監督 ファブリス・ドゥ・ヴェルツ 脚本 ファブリス・ドゥ・ヴェルツ ロマン・プロタ 音楽 ヴァンサン・カエイ 出演 ローラン・リュカ ジャッキー・ベロワイエ フィリップ・ナオン (カラー/94min/ベルギー=フランス=ルクセンブルク)【A WONDERFUL LOVE】 ファブリス・ドゥ・ヴェルツ監督衝撃のデビュー作。内容は『変態村』の原型を感じさせる、見るからにネクラな中年女が、自分のバースデイ・パーティに若い歌手を自宅に招き、そのまま殺して恋人ごっこを続ける・・・・という超陰惨なホラー。この女優さんがまた、もろにイッてしまっておられて、もうリアルすぎる狂った世界よ。自分でもどうかと思うけれど『変態村』より好きだった。とにかくどのシーンも画がインパクトあって、登場人物みんなヘン。女に恋している肉屋の青年とか、丸ごとソテーされた牛タンとか・・・・ヤバくてグロイんだけれどおもしろい。 (21min)
2011.09.27
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【ガールフレンド・エクスペリエンス】 スティーヴン・ソダーバーグ監督作品で、DVDに同時収録されている2作品をまとめてup。(あらすじ) ニューヨークのマンハッタン、エリートたちを相手に高級コールガールとして働くヒロイン・チェルシーの日常をドキュメンタリー・タッチで描く。 22歳のチェルシーは、セックスだけでなくガールフレンドと過ごしているようなひとときを提供する高級エスコート嬢。チェルシー役を演じたのは、アメリカの人気ポルノ女優サーシャ・グレイ。これだけでは低予算のしょうもない作品みたいだけれど、意外にも、エスコート嬢のプライドや将来の不安、裕福な顧客たちの赤裸々な人間模様まであぶり出されている。PG12指定で、怪しいシーンはひとつもない。仕事を理解してくれる恋人がいて、公私ともに幸せだったチェルシー。なのに、妄信している人格学なるもので運命的な相性と出た顧客に強く惹かれて、恋人を捨ててまでその男の元に行ってしまったのはなぜだろう、、。人格学はほんとうにあるのか知らない。人格心理学とも違う?占星術の占いの一種みたいで、そんなものに縋っているチェルシーは、やっぱり孤独なのだ。彼女ばかりじゃなく、社会的地位のある顧客たちにも、それぞれ抱えた問題や苦悩があって、都会に生きる現代人の現実を想う。時間軸をずらした編集で、飽きることなくチェルシーの素顔を覗いていられた。顧客たちにみせる包容力ある顔、友人と話す顔、恋人に見せる顔、仕事欲に燃える顔。登場する人みんなが、それぞれに仕事にたいする欲を持っていて、名誉心というのとはすこし違うけれど、ガツガツした隠しきれない欲望が、性欲なんかよりもメインに描かれてあることが印象的。高級エスコート嬢を連れて歩くことさえステータス。だとしたら、チェルシーのプライドや将来の不安や孤独や占いに縋ってしまう日常は、職業など関係なく、女としてもっと身近なものに思えてくる。 監督 スティーヴン・ソダーバーグ 脚本 ブライアン・コッペルマン デヴィッド・レヴィーン 撮影 ピーター・アンドリュース 出演 サーシャ・グレイ クリス・サントス マーク・ジェイコブソン (カラー/77min/THE GIRLFRIEND EXPERIENCE)【Bubble/バブル】 ソダーバーグ監督は、デビュー作『セックスと嘘とビデオテープ』や『オーシャンズ11』のシリーズが好きだ。実験的なインディ作品にも広く挑戦しているそうで、『ガールフレンド・エクスペリエンス』に続き、こちらも低予算の小品で、異色な犯罪ドラマとなっている。ふと思い出すのはマイク・リー監督の『人生は、時々晴れ』。あの、つらくて侘びしくて投げ出したい気持ちよりは、ずっと希薄されているとしても、荒んだ日常に溢れた嫌悪感はかわらない。ファーストフードばかりの食生活の貧しさ、惰性的な人付き合い、深い孤独。(あらすじ) オハイオ州郊外。父親の面倒を見ながら小さな人形工場で働く中年女性のマーサは、同僚の青年カイルとの惰性的な友人関係で、孤独を紛らわせていた。そこへ、若いシングルマザーのローズが、新たな従業員として雇われることに。カイルとローズが親密になり、疎外感と嫉妬を覚えるマーサだったが・・・ある時ついにローズが殺される事件が起こる――。 救いも飾りも、なにもない淡々としたドラマ。犯人も動機さえわかりきっているだけに、投げ出したい気持ち倍増。不快感いっぱいな1時間は妙に長い。工場で量産されている人形たちは不気味で、マーサ、カイル、ローズの家々はどこも落ち着かず、画面の中に拠り所が見つからない疲れに充たされた。なんともやるせない作品だった。 監督・撮影・編集 スティーヴン・ソダーバーグ 音楽 ロバート・ポラード 出演 デビー・ドーブライナー ダスティン・アシュリー (カラー/74min/BUBBLE)
2011.09.24
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朝に家人たちを送り出しほっとひとりで、ほねやすめの日。前日の後片付けがあったのについつい映画を観はじめてしまいついついうとうとして2時間ほど昼寝してしまいました。片付けついでに、押し入れやら本棚の整理をしたかったのにな。先日、待ち合わせまでの時間を潰しにふらっと入ったお店で、いつか北大博物館の売店にあって気になっていた蝶のメッセージカードを見つけました。胴の部分が付箋のようにノリづけされているので、壁に貼って飾ってもいいステキちゃん。お友だちと一緒に買って、半分ずつわけっこしました。ほねやすめといえば、こちらも先日、千歳へ車を走らせていたとき、前方の交通事故らしい渋滞に嵌まりました。じわじわ進む車の運転席でふと見ると、窓に蜻蛉がはねやすめ。あまりに逃げないので不思議になってよく見ると、小さな虫を食べているのでした。のろのろ進む車窓で、蜻蛉は10分もかけて虫を食べると飛び去っていきました。そのうち車が流れはじめて、写真を撮ったこともすっかり忘れていた。秋。秋分の日はすでにすぎて、ことしの夜長はなにをして過ごそう。毎年平常とかわらずに、映画と本漬けの日々が加速するだけなのだけれど、籠もっていることを許されるみたいで、秋はうれしい。
2011.09.23
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(あらすじ)慎ましい生活を送りながら、30年間に渡ってお気に入りの現代アートをコツコツと買い集め、いつしか全米きってのコレクターとなってしまった一組の老夫婦の人生を見つめたドキュメンタリー。 入場無料の国立美術館にアート・コレクションを寄付したふたりの家は、1LDKのアパート。この狭い室内に、ところ狭しと展示保管されていた2000点に及ぶアート作品は、大型の引っ越トラック4台分というからすごい。子どもに恵まれなかった夫妻は、我が子のようにアート作品を愛する。寄付したあとの気持は、まるで無事大学を出したみたい―だそうだから、なるほどーと微笑ましかった。手当たりしだいではあっても、深い知識と洞察と審美眼を持つ夫ハーバートだからこそ、成せるコレクションセンス。個性あふれる現代アートが、寄付後に上下左右間違えて飾られているのを見て、彼が飄々と指摘する場面などおもしろかった。監督はニューヨーク在住の日本人女性ジャーナリスト、佐々木芽生。こちらがデビュー作。ドキュメンタリーの作風自体は、特にこれといって珍しさのないシンプルなものだけれど、夫妻の真似できない執着と徹底ぶりはとても伝わってきた。アートをコレクションするというと、ちょっと敷居が高く思えても、夫妻のルール、自分たちのお給料で買える値段であること――これを聞けば、自分が気に入ったものを純粋にただ集めていく楽しみに、特別なことはないんだと気づかせてくれる。<アート>との付き合い方を、よい方に再認識させてくれた良作だった。監督・製作 佐々木芽生 音楽 デヴィッド・マズリン 出演 ハーバート・ヴォーゲル ドロシー・ヴォーゲル (87min/HERB & DOROTHY)
2011.09.21
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ヴェランダの草木に住まって葉を食いつくす幼虫。初夏に引きはがして駆除した際、ニ匹ばかし残しておいたエダシャクは、ぐんぐん成長をつづけています。漢字で書くと「枝尺」。なるほどー、まんま枝のようなフォルム。大きくなったら蛾になってしまうのね。せめてキレイな蝶かなにかなら、よかったのに。いまや体長5センチ、気持ちワルくなる一歩手前。殺菌作用のあるユーカリは食べないだろうーと高をくくっていたら、しっかり食された痕。いつになったら飛び去るのでしょう。連休中も雨ばかり。寒くなりはじめたせいか、家人たちが立て続けに発熱して、家に籠る土日。秋を感じながら、本片手にソファーでぐーたらするも、いとたのし。きょうは娘が、フルーツケーキを手作りして、おやつに御馳走してくれました。しぼんだスポンジのせいで、見てくれはあまりよくなかったけれど、美味しかった。それから『サマーウォーズ』のDVDなど借りてきて、みんなで笑いながら観ていた夜です。あしたはちゃんと出かける予定。たぶんシャケの遡上してきている千歳の川へ。シャケウォッチング。この街に移り住んでからは、家人の釣りに同行することもなくなってしまい、ちょっとさみしい。
2011.09.18
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第二次世界大戦中、ナチスによって行われた、英米経済の混乱を企図する贋札作り"ベルンハルト作戦"を描く。作戦の裏に、偽造を強制されたユダヤ人技術者の真実のドラマがあって、偽造に従事していた生存者アドルフ・ブルガーの自伝が元ネタとなっている。ザクセンハウゼン強制収容所で行われていた驚きの史実を、わたしはこれまで知らなかった。 世界的贋作師サリー(マルコヴィクス)は、強制収容所にありながら破格の待遇をうけていた。彼だけではなく、贋札作りに従事するユダヤ系技術者たちはみな、家族と引き離されてよりマシな環境に生きていた。罪悪感に押しつぶされそうになりながら、彼らはナチス・ドイツの悪行に荷担する形で、贋札の偽造に励む。追い詰められていく技術者たちの苦しみを描いていく。物語は主人公のサリーが回想する場面から始まっている。カジノで豪遊する彼の脳裏に、強制収容所での日々の情景が浮かんでくる。それは後ろ暗い過去と死を覚悟した過酷な思い出だった――。命令に逆らえば、いつ殺されてもおかしくない状況下。そうだとしても、家族や同胞たちはもっと死に瀕している。ぎりぎりのところ。ナチスの言いなりになることを拒んだレジスタンスの印刷技師ブルガー(ディール)は、ひとりサボタージュすることを選ぶのだが、完成を極限まで遅らせる命懸けの行為は、直接仲間の命を危険に晒して、彼らの反撥までかってしまうのだった。その中で、主人公サリーはマジメでも狡猾でもない、ただその場をどうにかして生き抜こうとしている、奇妙な男だった。馬面で鼻が左に曲がっていて、ひと癖ある俳優カール・マルコヴィクスの、おどおどとした演技が大げさに思える場面もあったけれど、すごい存在感だ。ブルガー役のアウグスト・ディールもいい味を出している。 時に浅ましくても、極限状況に置かれては、サリーの振る舞いを誰にも責められない。ともすれば立派だったのかもしれない身の置き方。ブルガーはじめ、幾人もの命を助けたことは事実なのだ。けれども、突如戦争が終結して、ナチスが逃げ去ったあと・・・・贋札工場は天国のようであったし、卑怯であったと罵られておかしくない立場にあることを痛感させられてしまう。。ボロに身を包んだ瀕死の同胞たちを前に、技術者たちがなにを想うのか・・・死を恐れず抵抗したブルガーが涙を流してなにを想うのか・・・その時自分がどんな人間であったか・・・胸が痛む結末となっている。おなじ年に製作された『わが教え子、ヒトラー』と違って、ずっとシリアスな作品だった。どちらかといえば、ホロコーストものを問わず史実を描いた真摯な作品は、ユーモアを交えてあるほうが好きだ。観る側はとっかかりやすいし、存外ちゃんと胸に迫ってくる。しっかり目を見開いて観たいドキュメンタリーもあって、たとえば『SHOAH ショア』がそうなのだけれど、いつ見られるだろう。『夜と霧』もドキュメのなかでもとてもよかった。 監督・脚本 ステファン・ルツォヴィツキー 原作 アドルフ・ブルガー 『ヒトラーの贋札 悪魔の工房』 音楽 マリウス・ルーランド 出演 カール・マルコヴィクス アウグスト・ディール デーヴィト・シュトリーゾフ (カラー/96min/DIE FALSCHER/ドイツ=オーストリア合作)
2011.09.17
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ちょうど18年前の9月に刊行された須賀敦子(1929~1998)のエッセイ集。須賀さんは随筆家でありイタリア文学者で、さいきん好きになったアントニオ・タブッキの小説の翻訳をしてらっしゃるので名前を知りました。「カラが咲く庭」「大聖堂まで」「白い方丈」「アスフォデロの野をわたって」・・・・さそうサブタイトルのついた掌編12篇。若い頃、イタリアの寄宿舎で過ごした思い出や、戦争中の苦しい体験や、わずか6年足らずだった亡き夫と過ごした日々の回想など――瑞々しい感性と透明感に溢れた文体に魅了された一冊でした。外国の本を読むとき、翻訳者との相性は意外に大事。須賀さんの訳はとても魅惑的で、表現の当たりの良さと読みやすさが、立て続けにタブッキ作品を手にとる所以にもなっていた気がします。もちろんタブッキ作品の掴みどころなさと、蜃気楼のように揺らめく内容、そのどちらにも惹かれたんだけれど。感性。このコトバが好きです。できるかぎり日々の多くの出来事から、洩らさず大切なものを濾しとっていきたいし、逃さないように感性を磨いていたい。だから感受性豊かな人に出あうと、モノの見方からすかさずお手本にしたくなるのでした。須賀作品は、きっとこれからもお手本として手にとっていくだろうなと、思うのでした。 表紙のステキな文庫の全集を、すこしずつ読んで手元に置いていこう。
2011.09.16
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地球上の全大陸でロケを敢行し、撮影日数のべ3000日、総製作費35億円というかつてないスケールで製作されたBBC EARTHのネイチャー・ドキュメンタリー・プロジェクト"ライフ"の劇場版。多種多様な動植物が見せる感動的ないのちの物語を、最先端技術を駆使した驚異の映像で映し出す―――。 数多く作られている動物ドキュメンタリーのなかで、好きだったなぁーと思い出すのは『ミクロコスモス』と『WATARIDORI』だろうか。昆虫や渡り鳥に焦点を絞ったぶんインパクトが残っている。本作は、もっと大きな視点で地球上に生きる動植物たちの営みを見つめる。「皇帝ペンギン」「オーシャンズ」「ディープ・ブルー」「北極のナヌー」「アース」・・・・数々の動物ドキュメンタリーものに、人間の存在を考えさせられる最新作が生まれた。生き方を変えてしまうほどの、100%の真実ちょっと大げさなコピーだけれど、クギづけになる映像の数々が、ドラマチックに編集されているので楽しめる。未だかつて見たこともない――とまではいかなくても、シンプルにただ生きる動物たちのありのままの姿は、揺さぶられるなにかを持っている。生きるためだけに食べ、子孫を残し、そして死んでいく。ずいぶん複雑に進化してしまった動物・人間が悲しい生き物のように思えてくる。もしも人間に知能や理性や欲望がなければ、地球の姿もいまときっと違っていたはずだ。人間としての性はどうしようもないけれど、野生動植物たちの目線にもっと近づいて生きることはできる。そうすれば地球の未来はきっといい方向へ向かっていくのかもしれない。 今週末、ミニシアターの『蠍座』では、映画で「食」を考えるをテーマに『不食の時代』『ファーストフード・ネイション』『いのちの食べかた』が上映されている。どれも飽食の時代に考えされせられる作品のよう。生きるために必要なぶんだけしか食べない生き方を、きちんと選ばなくてはいけないなーと、改めて思った。面白かったのに、劇場で久しぶりにウトウトしてしまったのは、驚くようなシーンを並べるより、じっくりと動物たちの生きる姿を描いていたからに違いない。奇をてらうことないシンプルさ。松本幸四郎、松たか子親子のナレーションは心地よく、落ち着いて聴いていられた。 監督 マイケル・ガントン マーサ・ホームズ (カラー/85min/ONE LIFE)
2011.09.12
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先週末、劇場へ足を運んだ、道民の道民による道民のための(?)エンタテインメント。原作者は札幌在住、舞台はススキノ、主演は大泉洋―――と思い入れによって面白さが分かれそうなこの作品。知ってる場所ーとにんまりできる観客で館内は大入りで、あまり経験したことのない臨場感を楽しんだ。笑いどころやざわめきが、どことなしか温かい。 (あらすじ) 札幌のススキノで探偵稼業を営む"俺"(大泉)。携帯電話を持たず、もっぱら仕事の依頼は行きつけのBAR“ケラーオオハタ”の黒電話に掛かってくる。ある夜、“コンドウキョウコ”と名乗る女からの奇妙な依頼が舞い込む。仕事を引き受けたはいいが、その筋の男に殺されかけた"俺"は、腹の虫が収まらずに、キョウコの依頼とは関係なく独自で調べを進めていくのだが、その過程で謎の美女・沙織(小雪)を巡る不可解な人間関係と陰謀の事件に行き当たる・・・・。TVシリ-ズ「相棒」のスタッフが手がけているだけあって、探偵とグータラな相棒・高田(松田)の掛け合いがとても楽しい。"北菓楼のおかき"を愛する武道(けんか)の達人・高田は、北大の講師が本業なのだが、アルバイトで探偵の運転手もしているという設定だ。松田龍平の飄々とした演技が妙にはまっている。後にも先にも惜しいのは、大泉洋にはどうしてもシリアスが似合わないこと。二枚目ぶりがくすぐったい。ふたりの配役が逆でも、おもしろかったかもしれない。冒頭、大物実業家・霧島(西田)は、悪漢に襲われている女性を助けようとして殺されてしまう。謎の美女・沙織は、霧島の自慢の妻だった。一年後、奇妙な依頼主コンドウキョウコの一件と、霧島の死が絡み合っていく――ありきたりで予測可能とはいえどハードボイルドな展開が待っている。笑いありアクションあり、手放しで楽しめる娯楽作品。全体通して小ぶりで、驚くようなことはないけれど、見慣れた街で繰り広げられる探偵ものは、自ずと好評価したくなるのだった。侮れないのが出演者たちで、田口トモロヲ、竹下景子、石橋蓮司、高嶋政伸などなど豪華だ。歌手として出演もしているカルメン・マキのエンディング曲が、映画を観終えた心象にぴったり。冬の北海道の情景にとても似合っていた。 監督 橋本一 原作 東直己 『バーにかかってきた電話』 脚本 古沢良太 須藤泰司 出演 大泉洋 松田龍平 小雪 西田敏行 (カラー/125min)
2011.09.11
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秋めいてきた今日このごろ。また山に登ってきました。今回は、登山歴の長い先輩もいっしょで、すこしランクの高い山、空沼岳を予定していたのですが、、、。せんじつの台風の影響で、なんと登山口に架かる橋が流されていて、集合したはいいが登れなかったのでした。"それではさよなら" するはずなく、気を取り直して藻岩山にいってきました。 前回6月に一度ひとりで登っているので、二度目となります。秋が近いからでしょうか、キノコがイロイロ生えていて、しかもカワイイの。お地蔵様にお供えしてあった3種類がツボに入る(笑 慈啓会病院コースから登り、下りは馬の背の分岐から旭山公園コースを下ってきました。いつになくマジメに登った今回。先輩の早いペースに遅れないようにがんばったからでした。休憩ポイントも給水ポイントも絞って、ムダのない登山、初体験。全行程6~7時間を予定していた空沼岳に比べたら、あっという間の小ぶりな山なのだけれど、たのしかったです。頂上は相変わらず。ロープウェイの到着する展望台が建て替え途中で、工事の風景が広がっていました。下山したら、ちょうどお腹もすいてきて、いつものようにおにぎりをいただきながら一息つく。はじめて行った旭山公園は、キレイに整備されていて、見晴らしがよくて人出がありました。ここから車のある元のコースまでは、高級住宅街のなかを溜息ついて散策しながらの徒歩移動。いつも登った道を下りていたから、こういうのもいいな。歩くと色んなものが見えます。秋を味わいながら、空沼岳リベンジと春香山へ行けるかなー。雪が降る前に。
2011.09.10
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ホンジュラスとメキシコ。その歴史をほとんどしらない。wikiによると、メキシコはスペイン植民地時代からスペイン語が公用語となり、革命、独立、戦争が繰り返されてきた国。(なのね)気立てが熱くてノーてんきな国メキシコ・・・・とばかり思っていたけれど、まったく違っていて荒みぶりに驚いた。不法移民やギャング団が蔓延る過酷な物語は、切なくてやるせなかった。 (あらすじ) ホンジュラスに暮らす少女サイラは、アメリカに渡った不法移民の父を持つ。ある日、その父親が強制送還され戻ってきて、今度はサイラと共に再びアメリカを目指すことになる。メキシコからアメリカ行きの貨物列車の屋根に乗り込み、父と叔父とサイラは命懸けの移動を開始する。ちょうどその頃、リルマゴ率いるメキシコのギャング団は、無防備な移民たちを待ち構え、強盗を繰り返していたのだった―――。ギャング団や鉄道警備員に怯えながら、一路アメリカを目指す移民たちの怖れていたことが、やがて現実となる。列車が停車した隙に、ギャング団が襲ってきたのだ。極悪非道のリマルゴは移民たちから金品を奪い、つぎにサイラを見つけて手込めにしようとする、、。そこに助けに入ったのは、リマルゴと行動をともにしていたギャングのカスペル。彼はリマルゴに愛する恋人を殺されたばかりで、恋人とサイラを重ねて憎しみからリマルゴを殺めてしまう・・・・・。一転して、組織から追われる身となったカスペルは、移民たちに交じった列車での逃避行となる―――。自分を助けてくれたカスペルを気にかけるサイラ。サイラによって助けられながら旅を続けるカスペル。移民たちは元ギャングを憎み、サイラの父も関わることを禁ずるのだが、若いふたりの間は急速に近まり、心通わせていく。人のいい彼に、いつの間にか好感持って助かってほしいと願っていたのに・・・・安っぽい映画のようには、そううまく行くはずがないのだった。アメリカに新天地を夢見ても、執拗なギャング一味の魔の手は、ものずごい早さでカスペルを追い詰める。サイラに迷惑を掛けまいと、こっそり列車を下りたカスペルを、サイラはひとり覚悟を決めて追いかけ、ふたりで逃げる未来を選んでしまう。彼らに待ち受ける結末は、もうわかりきっている。束の間、手をとりあって生きた若い男女の姿に、やるせなさと希望を同時に抱く。希望を捨てないこと。過酷な国に生きるには、強くなくちゃダメだ。ゆるい日本に生きていると、そのひた向きな強さが驚異的なくらい眩しく映る。サイラの未来に一筋の光が差す、電話ボックスのラストシーンがすごくよかった。 監督・脚本 ケイリー・ジョージ・フクナガ 製作 エイミー・カウフマン 音楽 マルセロ・サルボス 出演 エドガル・フローレス パウリナ・ガイタン クリスティアン・フェレール (カラー/96min/メキシコ=アメリカ/SIN NOMBRE)
2011.09.08
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いまだ表現の自由が許されないイランで、ほんとうにあった出来事の映画化。インディ・ロックを愛する若きミュージシャンたちのリアルな実情を、ドキュメンタリーを観る感覚で垣間見ることができる。 (あらすじ)ふたりでバンドを組むベガルとアシュカンは、好きな音楽をやるためにイラン出国を決意した。違法ビザやパスポートの手配は、便利屋ナデルが一手に引き受け、出国の日までのわずかな日数を、コンサートの準備と新たなバンドメンバー探しにいそしむのだったが―――。テヘランの街の片隅、ベガルたちは、音を潜めながら大好きなロックを歌い続けているたくさんのミュージシャンたちと出会う。牛小屋や地下室やビルの屋上・・・・アンダーグラウンドで活動する彼らは個性に満ちている。演じているは、みんな実在している歌手たちで、見応えある演奏シーンが合間に幾度も挿入される演出がたのしい。撮影後、監督らは逃げるようにイランから出国したそうだから、楽しんでばかりもいられないのだけれど。。好きな音楽さえ続けられなんて、なんて辛い。簡単なことが難しい国・・・。こういう時はほんとうに日本に生まれてよかったと思うよね。困難ばかりだからこそ、ロックに心があるし、魂からの叫びがメッセージを放つとしても、それを外に表現できないなんて辛すぎる。バフマン・ゴバディ監督といえば、イラクの戦争孤児たちをシビアに描いた『亀も空を飛ぶ』が鮮烈だった。本作の舞台はイランだし、テーマは身近なものだし、当然趣は違うけれど、実話に基づいて描かれたラストシーンだけは、『亀も空を飛ぶ』を彷彿とさせた。甘くないイランという国の現実にハッとさせられてしまう。 ---------------------------- 監督 バフマン・ゴバディ 脚本 バフマン・ゴバディ ロクサナ・サベリ ホセイン・M・アプケナール 撮影 トゥラジ・アスラニー 出演 ネガル・シャガギ アシュカン・クーシャンネジャード ハメッド・ベーダード (NO ONE KNOWS ABOUT PERSIAN CATS/106min)
2011.09.06
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昨秋は映画館でボランティアをしながら、BGMに流れているアルバム『CAFE DE LOS MAESTROS』を何度も聴いた。1940年代~50年代、アルゼンチンタンゴの黄金時代を築いた伝説のマエストロたちによって、レコーディングされたアルバム『CAFE DE LOS MAESTROS』。 情緒的でメランコリックなメロディは、直接魂に語りかけてくるようで、とても好きだった。 本作は、久しぶりに往年のメンバーが集い、そのレコーディングに臨む姿をフィルムに収めたドキュメンタリー。歳相応に肉づいたマエストロたちの愛嬌ある会話や、語る思い出の数々、タンゴへの愛。それぞれが情熱的な旋律とともに胸に響く。後半には、ブエノスアイレスのロン劇場で行われた、一夜限りのステージが収録されている。魂込めた演奏を聴いているうちに、体が勝手にリズムをとっている――そんなとても心地のよい素敵なドキュメンタリーになっている。製作総指揮を担当したは『モーターサイクル・ダイアリーズ』『パリ・ジュテーム』の監督ウォルター・サレス。『セントラル・ステーション』といい、この方の感性が好きだ。 監督 ミゲル・コアン 出演 オラシオ・サルガン レオポルド・フェデリコ マリアーノ・モーレス 他 (CAFE DE LOS MAESTOROS/92min)
2011.09.04
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時おり強く降る雨に落ち着きなく外を眺めている間に、ヴェランダが冠水していました。どうなることかと思ううち、みずは数時間で引いていったけれど。ゆっくりと台風の近づいてくる雨天つづきの週末は、思う存分DVD観たり本を読んだりして過ごすのがいい。はじめて読む連城 三紀彦さんの『恋文』は、そんな週末に触れたどの本よりも映画よりも印象深かった。随分まえの短編オムニバス小説で、『恋文』はドラマと映画になっている。どちらも観ていなかったわたしは、今ごろ切なさに泣いているのだけど。そもそも連城氏を読もうと思ったのは、伊坂幸太郎がエッセイでおすすめしていたような記憶と、『少女』(奥田瑛二監督)の原作者だったから。偶然手を伸ばしてみてホントによかった。「恋文」「紅き唇」「十三年目の子守唄」「ピエロ」「私の叔父さん」それぞれに、ちょっとしたサプライズがあって、切ないあったかい伏線が廻らせてあって、久しぶりに小説読むのをやめられなくなってしまった。気づくとすべてのお話でほろりと泣いていたようにおもう。ぜんぶがステキ。小説のなかの出来事は、作者の現実に見たり体験したことが元になっていて、台詞も聞いたそのままに拝借してると"あとがき"にあった。こんなにも強い人の魅力をそなえて生きている主人公たちを描く作者は、きっとステキな人に違いない。
2011.09.04
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スウェーデン発の一大ミステリー巨編『ミレニアム』シリーズの最終章。監督は前作『火と戯れる女』につづきダニエル・アルフレッドソン。900ページに近い原作を、大胆に割愛しながら、男女間の色恋を主に省いて、2時間半にまとめた第3弾は、ムダのない法廷物にまとまっていて完結編に相応しい後味だった。すべての黒幕が明らかになる。 前作で、宿敵ザラと対決して瀕死の重傷を負ったリスベットは、一命を取り留め病院で目覚める。厳重監視の病室で、担当医に護られながら、日に日に回復していくリスベットだったが、外部との接触は限られていた。おなじころ、ミカエルは、妹の弁護士アニカに彼女の弁護を依頼、自らは雑誌『ミレニアム』を通して脈々と続く国家の陰謀とリスベットの無実を暴露する準備をはじめるのだが・・・。国家的スキャンダルを闇に葬ろうと、秘密組織の面々は精神科医テレボリアンと共謀し、リスベットを精神病院送りにするべく狡猾に立ち回っていく――。スケールのわりに地味さを保っているのが味わい深さ。スウェーデンらしい寒々とした北欧の空気感がいいのだ。幼いころからずっと、国家権力や地位ある者に踏みつけにされてきたリスベットは、合法的に復讐を遂げた――あまりにも壮絶な過去の体験は、彼女の心をたしかに病ませて、孤独にしてしまったけれど、今回は特にひとりで闘っているわけじゃないことがわかる。ミカエルをはじめ、彼女を気にかけて手を差し伸べた人々の存在にも、この物語は救われている。ちなみに、彼女の理解者たちが巨悪に立ち向かうために結成したチームの名が、サブタイトルの<狂卓の騎士>なのだけれど、本作には一切登場していない。 作者スティーグ・ラーソンはジャーナリスト、原作は社会派ぽいが、改めて映像になったものを観ると、まがいもなくエンタテイメント作品だ。とにかくミカエルの女性遍歴がおかしくて、ひとりツッコミを入れながら読んでいたのだけれど、『火と戯れる女』『狂卓の騎士』へと、回を追うごとに映画では割愛されていったのでひと安心(笑)デヴィッド・フィンチャー監督によるハリウッドリメイク版『ドラゴン・タトゥーの女』は来年2月公開予定。† † †監督/ ダニエル・アルフレッドソン 原作/ スティーグ・ラーソン 『ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士』 出演/ ミカエル・ニクヴィスト ノオミ・ラパス アニカ・ハリン (カラー/148min/スウェーデン=デンマーク=ドイツ合作)
2011.09.01
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さっぽろ、手稲山登山へ。出発は平和の滝コースから8時45分。ガイドブックには登り3時間、下り2時間半とありますが、今回も大苦戦して登り2時間50分、下り3時間15分かかって下山。くたびれ果てました。ヒー!けれど楽しい。 趣味山登りは地道に長く持続しそうな予感がします。 スタート地点の標高は250m。そこから710m、ケルンのあるあたりは910m。ケルン前に立ちはだかる急傾斜の岩場にはたいそう手こずりました。ストックをしまって、体全体で岩に張り付いて、延々と登る、登る。この岩場から、ガレ場から、ジグザグ道までの険しいこと長いこと。高山植物らしい見慣れない草花になぐさめられて、ようやくケルンへ辿りつくころ。 入道雲が遠くの空に見えた "スーパーハボキ"みたいな"ヨツバヒヨドリ"空模様が怪しい・・・と思ったら、朝の天気予報<変わりやすい天気>が当たって、みるみる頭上はグレー。地響きのような雷鳴。ぽつりぽつり雨が来たと思ったら、一気にどしゃぶり。カッパを着て、雨宿りしながら登る。途中からはどうでもよくなって、雨の中を登る、登る。このケルンは下山時にパチリ。登りでは雨がひどくて、とても写真どころではありませんでした。ひと休みに癒しの画像――かわいらしいキノコが生えていました。あっという間に深い霧に包まれて、やっと辿りついた山頂は、なんにも見えませんでした。雨は強く降るし、汗をかいた体は急激に冷えて、手はかじかむし、山を護る祠のなかに避難したいくらい・・・・。だけどうれしい頂上、1023m。ちょうどお昼で、おむすびを美味しくいただきました。いつしか、小ぶりになった雨に、気がつくと霧がどんどん晴れていく、、!ウソのように眼下に広がる景色がひらけて、石狩湾を一望できるようになりました。山から立ち上がる霧は生きてるようで、神秘的で、神々しい。ながいこと、景色に見とれていました。苦労してつかまえた絶景。今回も、ものすごくしんどかったけれど、ほんとに楽しかった。どうやら下りに弱いわたしたちは、笑う膝と格闘しながら、来た道をたっぷり3時間かけて下山の途につきました。帰り道があまりに遠いので、狐に化かされた・・・・とか、うそぶきながら。
2011.08.26
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『ある愛の風景』『アフター・ウェディング』の女流監督スザンネ・ビアによる最新作。本年度のアカデミー賞外国語映画賞を受賞しています。 デンマークで母親と暮らす少年エリアスは、学校で執拗なイジメにあっている。両親は別居中、医師である父アントンはアフリカの難民キャンプでボランティア活動に奮闘する日々だ。ある日、転校生のクリスチャンがエリアスを助け、ふたりは急速に仲良くなる。おなじ頃、アントンは一時帰宅し、息子たちとクリスチャンを連れて遊びに出た際、町の無法者にいきなり殴られるハプニングにあう。その時、無抵抗を貫いたアントンの姿に煮え切らないものを抱いたクリスチャンは、エリアスを巻きこみ男を懲らしめる計画を密かに企てるのだが・・・・・。 舞台はデンマーク郊外とアフリカの難民キャンプ。まったくかけ離れた世界に暴力は変わらずに存在している。暴力によって暴力は解決できない。それを痛いほどわかっているアントンが子どもたちに教えてやれることは大きい。けれどもそんな彼さえ、アフリカの土地で極悪人を前に見捨てるという行為に及んでしまうやるせなさ、不条理、、。2組の父子にとっても、アフリカの難民にとっても、イジメも大人も子どもも、抱えた問題に大きいも小さいもない。わずかなムダさえないドラマのなかに、監督が訴えたい、未来を生きる子どもたちに与えたい暴力のない報復のない世界への希望を垣間見ることができる、すばらしい作品だった。この監督、ほんとうにすごい。しかも、ビア監督の描く男たちはじつにステキだ。クリスチャンの未熟な父親を演じたウルリク・トムセンは『ある愛の風景』『ザ・バンク 堕ちた巨像』が記憶にあたらしい。アントン役のミカエル・パーシュブラントは初めてみる俳優さんだったけれど、ものすごくいい存在感を出していた。 † 監督/ スサンネ・ビア原案/ スサンネ・ビア アナス・トマス・イェンセン脚本/ アナス・トマス・イェンセン出演/ ミカエル・パーシュブラント ウルリク・トムセン(カラー/118min/デンマーク=スウェーデン合作)
2011.08.25
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