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ねえねが、10歳になりました。バースデーケーキのイラストは何にする?という妻の質問に、「鬼滅の刃の、霞柱・時透無一郎君!」と、長女は即答したそうです。ケーキを注文してから数日間、妻は、どーしても腑に落ちないっちゅーか、納得いかないっちゅーか。いーんだけどさ、別にいーんだけど、念のため、あくまで念のため確認させてね。無一郎君のどこが好きなの? こんな黒い学ラン着た男の子、どちかっつーとキャラ地味めじゃん? てかバースデーケーキに不向きじゃん?と、けっきょく誕生日前日に、長女に聞いちゃったらしい。そしたら長女のやつ。もちろん、好きなのは善逸だよ。でも好きなキャラって食べにくいじゃん。無一郎は、ふつー。だからふつーに食べれる。だって。・・・な、な、な、何て?・・・め、めんどくっせー。いちいち、めんどくせえ!というわけで、本人が「たいして好きでもないキャラ」がこれ見よがしに描かれたケーキを囲み、みんなで、どうテンション上けていいやら困惑しながら、かろうじてハッピーバースデー。プレゼントは、かねてからの予定どおり、自転車。サイズ的に限界になったこれまで乗ってた自転車は、次女にお下がり。こっちは喜ぶ顔が見たくてやってんのに、何であの子は、ああやって人をがっかりさせるのかしら。我が子ながら、まったく理解しかねる。そう嘆く妻に、だ、だよね~、なんつって、同調しつつ、実のところ、僕は長女の気持ちが分らんでもない。せっかくのバースデーケーキだ。雑念なく心から美味しく食べたかったのだろう。だから、食べるのが惜しくなる一番好きなキャラを避けた。それだけの話だ。僕は長女の考えていることが、おおよそ分る。嫌になるほど、性格がよく似ているのだ。たとえ世界中が、お前に、うーんって感じでも、パパはお前の理解者だから。と、直接本人に伝えたこともある。これはべつに、家族のなかで長女が一番好きとか、そんな次元の話ではねっす。ちなみに僕は、もしも妻、長女、次女がアイドルユニットだったなら、そのライブでは、次女のハッピを着て、次女のウチワを持って、ゴーゴーラブリーラブリー次女ちゃーん!と叫ぶ。かわいいから。また、妻、長女、次女が、同時に川で溺れていたら、迷いなく一番に妻を助ける。一番大切だから。でも、長女は、ちーと違う。僕は、大勢の子供たちが遊ぶ大きな公園で、迷子になった彼女をすぐに見つけ出すことが出来る。幾千の名もなき七夕の短冊の中から、すぐに彼女の願い事を探し出すことが出来る。幾万の名もなきメッセージカードの中から、すぐに彼女の書いた「彼女が望むモノ」を見つけ出し、その靴下にそっとプレゼントを偲ばすことが出来る。分身だから。「分りあう」とか「歩み寄る」とか、本来それをするのが困難な関係の者同士が使用する為にある言葉だと思うのです。時に、そんな言葉をわざわざ発する必要のない、自然と居心地のよい人物と出会う機会がある。それは、親兄弟という血の繋がった関係であってさえ、そう簡単に得られる出会いではないのだが。長女には、僕という揺ぎ無き理解者がいる。理解者が、実の親であり、父である。もうそれだけで、彼女はけっこーな幸せ者だと思うのである。この小便臭い小むすめ!ちったーパパに感謝しやがれ!心があるのか無いのかよ―分らん長女の、まるで時透無一郎君のようなスカシ顔を見るにつけ、そう思うのである。たはは。妻のサプライズプレゼント。善逸の懐中時計。長女、めちゃめちゃ喜んどった。あはは。この小便臭い小むすめ!パパの何倍もママに感謝しやがれ!ママ泣かせたら承知せんぞ!心があるのか無いのかよ―分らん長女の、まるで時透無一郎君のようなスカシ顔を見るにつけ、そう思うのである。ぶはは。にほんブログ村↑ポチッと一枚!奔放な長女にいつも振り回されている、生真面目な妻のルーム。↓
2020.11.29

長女がこの11月で10歳になる。もーとっくに10歳だと思っとったでかんがや。まんだ9歳なんだって。あっそ。ふえー。さて、長女の誕生日を過ぎれば、次なるイベントはクリスマスってこって。子供たちが、待ちに待ったサンタクロースのプレゼントてこって。はて、今年は何をいただけるのでしょうか。てかさ。保育園児の次女は、いまだ無邪気にサンタを信じまくりなんすけどね。10歳ともなる長女の方は、ま、ハッキシ言って微妙でね。今年こそは夜通し眠らずサンタの正体暴くべし! サンタ確保すべし!なんちゅー発言もチラホラ。はははは。んで、困ったことに、うちの長女ってば、そういう「サンタ狩り」的なこと、実際に行動に移しそうなタイプなのよね、歴然と。まあ、そんなこんなで、実はフィンランド在住のサンタクロースと繋がりがあるという、恐るべき人脈をもつ妻が、先日、サンタさんから重要なラインが来た、という報告を子供たちにしてました。その報告とは、今年のクリスマスは、この新型コロナウイルス禍につき、感染予防対策として、サンタさんは、子供たちの枕元にプレゼントは置きません。誰もいないリビングに、ちゃっと置いて、ちゃっと帰ります。チビッ子諸君、悪しからずご了承してちょーす。とのこと。・・・なるほど、ベリーナイスだ妻。いいや、サンタさん。このご時世、サンタクロースも、ソーシャルディスタンスなのね。にほんブログ村↑ポチッと一枚!U子のモノ↓ちなみに、明日も、明後日も、更新しまっし。
2020.11.21

穏やかな土曜日の午後。 仕事中、年末調整の件で、妻に確認しておきたいことがあったので電話した。 ぷるるる ぷるるる ぷるるる ぷるるる ぷるるる ぷるるる ・・・遅せえなあ、もう。 ぷるるる ぷるるる ぷるるる ぷるるる ・・・ったく、早く出ろっつーの。 ぷるるる ぷるるる 妻 着信 ・・・もひもひ ・・・く、喰ってやがる。 完全に何か喰ってる時の「もしもし」だ。 ・・・あの、君、今、なんか食べてる? ・・・おにぎり。 ・・・おやつ。 ・・・・喰ってやがる。 こともあろうに、おやつにおにぎり喰ってやがる。 仕事中につき、自宅でのんびりおにぎり喰ってる妻に、若干イラっとしつつ、 要件のみ伝えて、電話を切る。 小一時間後。 確認し忘れたことがあったので、再度妻に電話。 ぷるるる ぷるるる ぷるるる ぷるるる 妻 着信 ・・・もふもふ ・・・・く、喰ってやがる。 間違いなく、お口いっぱいに頬張っている時の「もしもし」だ。 ・・・あの、また、何か食べてる? ・・冷や飯。・・小腹。・・食塩。 どうやら、小腹が空いたので、冷や飯に食塩をかけて食べているようだ。 てか、なぜにカタコト? その夜、残業が終わり、妻に帰るコール。 ぷるるる ぷるるる ぷるるる ぷるるる 妻 着信 ・・もほもほ ・・・よ、よーしゃなく、喰ってやがる。 ・・・よーしゃなく、ドンぶりメシかっこんでる時の「もしもし」だ。 ・・・あの僕、今から、帰・・・ ・・新米。・・炊き立て。 ・・・き、聞いてもねえのに、答えてやがる。 三度のメシよりメシが好き。 そんな妻の大好きなお米やなんかも紹介してます。 実は楽天ヘビーユーザーの、妻のルーム。↓ 今日まで天文学的数の米粒を、美味しくいただいてきました。 今更これまでの本当は、実は嘘でやんした? 本当の本当は、お米は、カラダに悪いでやんす? やっばい、僕も妻も、お米ジャンキー、早死に太鼓判どどーん。 いやはや、この本当ってば、 本当は、お水は、カラダに悪い。 本当は、空気は、カラダに悪い。 僕らにとっては、そんぐらいナンセンスな本当なんだけれども。 僕も、妻も、お米のおかげで、すこぶる健康なんだけれども。 まあ、百歩譲って、それが本当の本当だとしても、 その本当も、次なる本当への通過点かもしれないわけであって。 いわゆるひとつの、僕が何を言いたいのかって言うと、 兎に角メシなんてもんは、難しい顔して講釈垂れながら食べるもんじゃねっす。 そっちのが、よっぽどカラダに悪いっす。 どんな健康食品も、不健全に食しては、絶対にカラダに悪い。 その逆も、然り。 これ本当。 まじ本当。 にほんブログ村 ↑ポチッと一枚!
2020.11.17

これ、うちの木工食器のお歴々。考えてみれば、うちってば、けっこー木工食器使ってんなあ。パスタを巻く時、あつあつスープをすする時、鍋〆雑炊をはふはふする時。熱伝導がないからね、熱いものは食べやすいよね。腹減った、メシまだあ?とある休日。遅く飽きた朝。うわあ、朝っぱらから、U子がなんかやっとる。おま、なーしとん?なになに、木工食器をメンテナンスしとる?木工食器は、長く使っていると、スプーンやフォークの先端が欠けたり、ところどころ傷や汚れが目立つようになってくるのだ。それを、紙ヤスリで磨いているんだって。こりゃまった、ご苦労様ですな。見よ!・・・はい、見てます。見てますとも。・・・てか、腹減ったんすけど。ちなみに、このスプーンとフォークは、木工作家・町田翔さんの作品だそうです。ヤスリがけを一通り終えたら、表面をオイルで仕上げていきます。木工食器のメンテに使用するオイルの種類については、様々なご意見があるようですが、妻は、市販のオリーブオイルを使用しているそうです。ごく少量をキッチンペーパーにしみ込ませ、食器を撫でていきます。てっかてか。すっべすべ。ケーキスタンドにも、オイルメンテを施します。こちらは、木工作家・サノアイさんの作品。うおおお、見て、ほら。モノが、嬉しそう。・・・てか、メシまだあ?にほんブログ村↑ポチッと一枚!こんな妻のお気に入りのモノを、もっとみなさんに紹介したいのですが、みなさんご承知の通り、僕ってば、書き始めると、ついつい自分のことばっか書いちゃうのよね。づぃぶんのことが、好んきだからああああ!っちゅーわけで、この度、妻にお願いしてROOMを始めてもらいましたよ。始めたばかりで、夫婦そろって何が何だか状態ですが、お暇でしたら、U子の部屋をのぞいてやってくださいね。↓
2020.11.15

素直になれ。物心がついた頃から、周りにさんざん言われてきた。ツラい時にツラくない。悲しい時に悲しくない。寂しい時に寂しくない。やせ我慢で、さも涼し気な顔。そんな子供だった。素直になれも何も、ツラい時にツラくない。悲しい時に悲しくない。寂しい時に寂しくない。その時の僕には、そう言わざるを得ない、押さえきれない衝動が、確かにあって、それは紛れもなく、今この瞬間、自分という人間は、かくありたいという、僕の素直な気持ちだったのだけれど。ぶっちゃけてる人が嫌いだった。すぐ開き直る人が嫌いだった。ツラい時にツラくない。悲しい時に悲しくない。寂しい時に寂しくない。そんなやせ我慢のなかに、大切なことがたくさんあった。そんなやせ我慢をするたびに、みしみしと骨がきしむ音がした。こうして僕は大人になり、いつしか僕のやせ我慢は、反骨心むき出しの「鈍さ」として仕上がった。我ながら見事な「先の尖った鈍感力」だ。僕はね。人は、鈍くあるべき時は、がんばって鈍くあるべきだと思うのです。食べ過ぎてはいけないと分かっていても、ついつい食べ過ぎてしまう。なんつって、ダイエットに失敗する時にかぎって、気持ちのどこかしらで、そんな自分を肯定しているところがあるように。呑み過ぎてはいけないと分かっていても、ついつい呑み過ぎてしまう。なんつって、二日酔いの朝に、台無しになった一日を後悔つつ、気持ちのどこかしらで、酒をこよなく愛する自分が好きだったりするように。気にしてはいけないと分かっていても、ついつい気にし過ぎてしまう。そんな「繊細さん」的自分を肯定してしまう時が、僕にだってあるのです。いやホント、まじまじ。全くゼロではなのよね。繊細な自分が心から嫌いか? 繊細な自分に憎悪すら感ずるか?と問われると、実際のところ、そんな自分が、けっこー好きだったりするものです。でも、やっぱ、あれっすね。少し冷静になって、自己を客観的に見てみれば、食べ過ぎも、呑み過ぎも、気にし過ぎも、同じようにルーズな印象しかないっすね。何事も、度が過ぎるのは、だらしがねっす。そんな自分は、ポイっと捨てちまうにかぎる。重ねて言うが、人は、鈍くあるべき時は、がんばって鈍くあるべきだ。ちなみに「鈍さ」は、必ずしも天性のものではねっす。人工的に作り上げることも出来る、と僕は断言できる。だって、その生き証人が、ここにいるからね。まあ、友っちゅーか、同士っちゅーか、勝手にそう呼びたい人へ、気にすんなっつーの!色々あるっつーの!とっとと忘れろっつーの!なんつって、温かき励ましの言葉をかけるたびに、僕の何が悪いのか、てか僕に恨みでもあんのか何なのか、君に私の気持ちの万分の一も分かるまい、立ち去れ、この人でなし!的な言霊を、あまた頂戴してきた僕っちなのですが、ま、言うのはタダですからね。おいよー、あんま気にすんなよー。ぐらいのことは、この人でなしにも、どうか言わせていただきたいです。人は、鈍くあるべき時は、がんばって鈍くあるべきだ。んとぉー、ここまで書いて、書斎の窓から闇を愛でれば。スモッグだらけの薄汚い夜空に、まばらな星屑。都会の星たちが、今宵も鈍く僕を照らしておわします。今日なんて日は、仕事でクソ面白くねえことがあったけど、こんな日は、いつもの「先の尖った鈍感力」にまたがって、星空をぴゅーっと散歩して、忘れっちまうのさあ。自慢の鈍さにまたがりつつ、明日は、きっと良い日でありますように。にほんブログ村↑ポチッと一枚!
2020.11.13

僕の奥さんは、シンプリスト。てか、ぶっちゃけ、ほぼ感覚だけで生きとる。あ、これ、いい意味でね。僕なんか、とりあえずモノゴトは、難しく、ややこしく、回りクドく考え抜いた上で、炙り出された無駄を削ぎつつ、最終的にシンプルな答えに辿り着こうとする思考癖があんだけど。U子さんは、何ちゅーんだろ、俗にいう「女の勘」ってやつなのか、突然男の僕では考えつかない洞察力を発揮したりする。いわゆる「子宮で考える」ってやつなのか、突然コトの本質突く情感的発言をして、ちょこざいな僕の論理感を蹴散らしたりする。そう、僕の奥さんは、シンプリスト。モノゴトを、頭脳で汚さず、言葉に出来る人。母性本能をくすぐる。って言葉があんじゃん。子どもを守り育てようとする母が持つ本能的性質が、心地よく刺激される状態を表す言葉ね。これさ、的確な表現ではあるが、いささか回りクドいよね。僕の奥さん、ん~な回りくでー言い方しねーから。声高らかに、おっぱい出る!つーからね。んもぉ~、言葉が、脳ミソ経由せず、直だから。ははは。子のあどけない寝顔を見ては、は~、おっぱい出る!子のカワイイしぐさに胸押さえ、うおー、おっぱい出る!ペットの犬を、ソファーで撫でつつ、あ、おっぱい、ちょっと出た・・・。・・・出たんかい。ったく、コイツにゃ敵わん。歴然と。古い写真。思えば、この頃から敵わなかった。歴然と。にほんブログ村↑ポチッと一枚!
2020.11.10

ちっす、Qっす。妻っちが、先日やって来たUSMハラーのテレビ台に収納を施しましたよ。大好きな無印良品の収納アイテムを活用しとります。おお、VIPなポジションにドリフのDVD。よしよし、よー分かっとる。あ、スイッチここに来たのね。小物入れも、こだわりのムジー。この収納アイテムも、ムジーさん。見もせん所に、無駄にこだわっとる。嫌味なほど、きっちりしとる。はがっ!・・・コード類は、けっこーフリーダムなんだね。家はなかに住むために建てるのであって、外から見るためではない。イギリスの哲学者 フランシス・ベーコンの言葉です。よーするに、そもそもの目的は何ぞ? コトの本質を見誤るなよ。っちゅーこっちゃろ。考えてみると、この名言、「家」に限らず「暮し」のあらゆるコトに置き換えがききますね。車は乗るために買うのであって、外から見るためではない。服は着るために買うのであって、外から見るためではない。勉強は内なる自分のためにするのであって、外から見るためではない。結婚はお互いが幸せになるためにするのであって、外から見るためではない。そして、まさに、収納は、快適に暮らすためにするのであって、外から見るためではない。ということなのではないかと、僕なんかは思うわけである。「快適」の感じ方は、人それぞれ。書籍で足の踏み場もない読書家の書斎であろうが、画材の取っ散らかった芸術家のアトリエであろうが、残飯に埋もれるほどのゴミ屋敷であろうが、そこに住む人たちが、その環境を快適であると感じているのであれば、それは部外者がとやかく言うべき余地なき、大変幸せな暮らしなのであって、そもそも他人に迷惑をかけていないという大前提が守られている限り、外見や世間体を気にして、人に見られるための収納をする必要など、これっぽっちも、ぬわぁ~いのである。妻が、だぁ~れも見もせん所に、こだわりの無印良品でこだわりの収納をして、一人ウッキウキしているのも、これは、あくまで妻の快適。 妻の幸せ。イイもワルイも、ねっす。正解も間違いも、ねっす。んーなもん、どこにもありゃしねえっす。そして、収納なんぞに、まるで興味のない僕は、ただ身の程をわきまえて、いつも黙って、微笑ましく、妻のすること見ている。ははは。ちなみに、我が家の廊下は、悲しいほど、なーんもない。家具はもちろん、絵も、花も、雑貨も飾ってはいない。これはこれで、妻の快適なのだ。そして、突き当りの収納扉を開けると・・・んがっ!窒息収納!いやはや、これはこれで、妻の快適なのだ。にほんブログ村↑ポチッと一枚!
2020.11.08

仕事しとったら、妻から、突如こんなラインが届いた。愛知県東郷町にある「ららぽーと」に来ているとのこと。早く連れて行ってよ!と、さんざんせがまれていたのだが、めんどっちいので、ずっと知らん顔しとったら、意を決して、遠方まで自力で運転して行きよった。子供らと、アニマルカフェで、遊んどる。お、おーーーーーい!お、おーーーーーい!お、おいってば!おいってば、おい!・・・蛇柱かよ。ったく。しれっと「じゃあ仕事がんばって」じゃねーっての。にほんブログ村↑ポチッと一枚!
2020.11.07

庭のモミジが猛威を振るっておられます。ちゅーわけで、オラ、さっそく剪定するっす。先ずは、真上に強く太く伸びる枝を枝元から切るっす。これ、去年強く切り詰めた枝が、懸命に再生しようと、異常な伸び方をしてんだね。この枝を「徒長枝」と言います。植物もヒトも同じだね。深く傷ついた部分は、いずれ、いびつに急成長をします。ははは。徒長枝を間引いたら、今度は放射線状に伸びる枝だけを残すため、上方、下方、逆方向に伸びた枝や、重なりあって混雑した部分の枝を、同じく枝元から間引きます。あとは、気になる枝先や葉先を、ちょいちょいと切り落とせば、ほい、完成。上等上等、ま、こんなもんだ。あとは、紅葉を待つばかり。実はオラ、すんげー若い頃、庭師を三年ほどやったことがあります。バカボンのパパに憧れてね。いや本当マジマジ。あははは。めっちゃ楽しい仕事だったなー、めっちゃ給料安かったけど。ぶぁはは。機会があれば、もう一度庭師さんやりたいな。老後とか、シルバーさんでもやろうかな。ま、天職は、今の仕事なんだけどね。今日も、西から昇る朝日に感謝。明日も、東に沈む夕日に深謝。これでいいのだ。それではみなさん、おやすみなさい。にほんブログ村↑ポチッと一枚!
2020.11.06

時は昭和。僕は幼少期にボロボロの長屋で暮らしていた。夏休みのある日、同じ長屋の西端に住む友達のマー君に、突然カミングアウトされた。Qちゃん、僕、インキンなんだ!まだ毛も生えてない小学校低学年の子供がインキンタムシになるのだ。当時どれだけ僕たちが不衛生な環境で生活していたか分るだろう。Qちゃん、痒いよ!痒くて痒くてたまんねーよ!た、大変だね。Qちゃん、僕を助けてよ!ぼ、僕に出来ることなら協力するよ、友達じゃないか。僕は快くそう言った。ありがとう!じゃあ早速、今から僕と裸になって、あの屋根の上でチンコを干してくれ!・・・はい?お願いだ! 僕と一緒にチンコを干してくれ!マー君が言うには、インキンタムシは紫外線に弱く、古くから太陽に晒すという治療法がある。長屋の瓦屋根の上で、さも日光浴をしているかのように、紫外線治療をしたい。でも、一人じゃ恥ずかしい。とのこと。お願いだ! Qちゃん、裸とか得意だろ?べ、べつに得意じゃないよ!!とはいうものの、友達のたっての頼みだ。僕はシャイなマー君を気遣い、お先にテキパキと全裸になり、あらヨってな感じで二階の瓦屋根に寝転がった。その後全裸のマー君が、恥ずかし気にはにかみながら、僕の横に寝転がり、念願かなって、痛々しくただれたチンコを太陽の下に晒した。こうして僕は数日間、インキンでもないのに、インキンのマー君に付き合い、チンコを干した。傾いたボロ長屋の屋根の上で、小学生が二人全裸でチンコを干しているのだ。今なら即刻問題案件なのだが、時代のおかげか、単純にうちの近所の地域性か、僕の母も、マー君のお母さんも、近所の人たちも、僕らを見ては、けたけた笑うばかりで、特別注意もしなかった。おかげで、マー君のインキンはすっかり完治した。ちなみに、マー君のインキンが治ってからも、僕は一人でチンコを干し続けた。クセになったのだ。裸で屋根の上に寝転がり、夏風に吹かれながら、青い空を見る。何とも言えない爽快感だった。大人になり、無駄なモノゴトを、あまた身にまとうことを余儀なくされても、心のずっと奥の方は、さんさんと降りそそぐ太陽に、全裸でチンコを晒す自分でありたい。そうだ、僕という人間は、これだ!!子供ながら、漠然とそう思った。その夏、僕は、チンコを干し続けた。夏の終り、さすがに、母がキレた。夕方になっても全裸で屋根の上にいる息子に、ご近所じゅうに響き渡る声で叫んだ。いつまで干してんだい!皮がむけたらどーすんだい!千葉生まれの母の、名古屋では聞きなれない関東弁に、子供ながらビックリした。なんだか分かんないけど、母のその言葉で、突如として、すっかり消滅していたはずの僕の「羞恥心」ってやつが蘇った。僕は顔を真っ赤にして、両手で前を隠しながら、そそくさと屋根を下りた。以後、二度と屋根に上がるのをやめた。え~、そんなこんなで「鬼滅の刃」を観てきました。ははは。時は令和。不安定な時代の傾きに感化され、ついついコトを斜に構え、皮肉、からかい、イジリ、イジメがばっこするこの社会に、さもすれば、どっぷり染まりそうになる。そんな自心に、呆れるほど真っ直ぐな炎柱・煉獄杏寿郎の言葉が、グッサグサと痛く刺さり、子供の前で、思わず感極まるのを、太陽の光に弱いのは、鬼ばかりではない。インキンも、弱い。なあーんつって、必死でアホなことを考えながら、あふるる涙、堪えに、堪えて、でも結局、さめざめと泣きました。にほんブログ村↑ポチッと一枚!
2020.11.04
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