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profile:山本ふみこ
随筆家。1958年北海道生まれ。つれあいと娘3人との5人暮らし。ふだんの生活をさりげなく描いたエッセイで読者の支持を集める。著書に『片づけたがり』 『おいしい くふう たのしい くふう 』、『こぎれい、こざっぱり』、『人づきあい学習帖』、『親がしてやれることなんて、ほんの少し』(ともにオレンジページ)、『家族のさじかげん』(家の光協会)など。

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2014/01/21
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カテゴリ: うふふ日記
 長女の家に荷物を運びこんだ日から3日間は連休で、皆で通ってカーテンを取りつけたり、棚を吊ったりした。注文した灯油ストーブの到着を待って、長女は本格的に転居することになっていた。

 その日は、4日めの朝にやってきた。
 いつものように起きてきて、いつものように朝ごはんを食べ、いつものように玄関で靴を履き、「じゃ、行ってきます」と長女は云った。けれど、もう、このひとはここへは帰らない。
 「ときどき、遊びにきてくだ……」
 と妙ちきりんな挨拶をしかけたら、娘に遮(さえぎ)られた。
 「いつもどおりにたのみます」
 「い、行ってらっしゃい」

 その日から1週間が過ぎようとしている。
 仕事と雑用に追われて、感傷に浸る時間がなかったのは幸いだったかもしれない。すでに胸は何かが破れるような音をたてたし、そこから立ち直ろうともがきもしたし、それでじゅうぶんな気がした。じゅうぶん、という思いが湧いたのは、そこを通ったおかげで、あたらしい生活をはじめるつもりになれたからだ。

 ひとり暮らしの経験のないわたしは、娘のおかげで、ひとり暮らしとはどんなことであるかを学ばせてもらっている。わたしが実家から独立したときは「結婚」で、相方がいた。約7年後「離婚」したときにも上ふたりの娘たちが一緒だったから、ひとり暮らしにはならなかった。最初の夫との生活は、通勤時間が長かった苦労と、空き巣に入られたことのほか、記憶がない。おぼえていなくてもかまわないかな、と考えた時点で記憶が薄らいでいったような。
 一方、それにつづく3人暮らしの記憶は鮮明である。あのころのわたしはたくましくもあったが、そのじつ、幼い長女と二女にたよってもいたことが、いまよくわかる。たよるというより、しがみつくと云ったほうがいいかもしれないほどに。
 とくに長女は、わたしの選んだ生き方を体現するかのような、そんな存在であった。子というよりも、相棒だった。
 その相棒に対する長年の思いが、いま、わたしのなかで渦巻いている。これまで口にしなかった分の「ありがとう」の渦のなか、溺れてしまいそうだ。これからあたらしい生活がはじまると感じているのは、わたし自身が親元から離れたこの30余年が、相棒の独立によって、ここでざっくり締めくくられたからだ。思えばめまぐるしい歳月だったが、相棒が「(自分の住む)家がみつかったの!」と云った瞬間、この30年一括りの「1章」(もっと細かい分け方があるだろうとしても)が終わった。

 現在、長女のいなくなったこの家のなかに、小さなふたつの引っ越しが行われている。
 長女と三女が使っていた2階の15畳あまりの部屋と、わたしたち夫婦の6畳の部屋を取り替えるのがひとつ。15畳の部屋に、夫の仕事場を移すのがひとつ。
 まさに、あたらしい生活がかたちとなってはじまっているのがおもしろくもある。長女の引っ越しのさなか、暮らしが暮らしを生んだなあと考えたが、長女の暮らしがこちらにも暮らしを生まれさせたのだった。暮らしの子どもがあちらにも、こちらにも。
 三女は自分ひとりの部屋を気に入って、これまたあたらしいページを生きはじめている。わたしはと云えば、生まれたばかりの暮らしの子どもたちが、排出したモノを片づけながら日を送っている。不要なモノを持たずに暮らしていたつもりだったが、どうしてどうして。こちらの油断につけ込んで、なくていいようなモノたちが列をなし、わたしを見上げて笑うのだ。
 イヒヒヒヒと、笑うのだ。

ブログ梓の家の食器棚.jpg

掲載許可を得ることができました。
食器棚のうしろ側が、古い下駄箱です。
裏側が破けていたので、板で補強しました。
わたしの、ひとり暮らしの学習記録として、
見ていただけたら、と思います。





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最終更新日  2014/01/21 09:36:47 AM
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