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2024.11.17
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名にし負はば逢坂山のさねかづら
   人に知られでくるよしもがな  三條右大臣

逢坂山のさねかずらとは暗示的だね。きみに逢う逢坂
山、

きみと同衾するさ寝、 それに蔓草であるツルをくるく
るたぐり寄せるように、

人目につかずここへ来る術はないのかな

 三條右大臣とは藤原定方のことで、父は高藤、母は
山科
の豪族の娘。
父母のロマンスが『今昔物語』にあって、


若き高藤が鷹狩に出かけ、山科で豪雨に遇い、近くの
で雨宿り、そこの娘と一夜を過ごしました。

数年を経て再びその邸に寄ると娘は更に美しく、可愛
女児の母でもあったので、

二人を引き取り、他に妻を持たず、仲良く連れ添い、
国、定方をもうけました。

高藤は凡庸でしたが、雨宿りにもうけた姫を源定省と
う官吏と結婚させました。

この男は光孝天皇の皇子で臣籍に下っていましたが、
御を起点として皇族に復帰、宇多天皇に、姫は女御
格に。


お産みになった皇子が醍醐天皇となられ、後年、母の
思われ、

山科の豪族の菩提寺として建てられたのが勸修 寺なの
した。






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Last updated  2024.11.17 08:35:05
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