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大体毎年、年の瀬になると金型の師匠と忘年会やります。毎年、師匠との飲み会は楽しみの一つです。今年も愛想をつかされずに、無事に飲み会が平穏に出来てほっとします。師匠とはもうかれこれ10数年のお付き合いをさせていただいてます。T岡さんという、気が付くと後ろに立っている怖い人がいるんですが、その方が引き合わせてくれました。順送り金型、トランスファ金型を製作している師匠は「一型手伝ってくれないかな」などと軽い感じでお仕事を振ってくれました。当時まだ順送り型を製作したことなかったもので、四苦八苦しましたが、組み立て手前でタイムアウト!「もう納期なくなっちゃうから、うち(師匠の工場)であとは仕上げよう。」と、私は草加まで通うことになりました。今まで自分が覚えたことを全てつぎ込んで作った金型ですが、「金型はものが出来てナンボなんですよ。これはね、金型じゃなくて鉄の塊だよ。どの部品もロクなもんじゃない」と言われてしまいました。その後、一週間かけて、めちゃくちゃ怒られながら何とか金型になりました。工作機械の扱い、加工方法、パーツへの考え方、その一週間はやることなすこと全て駄目。今まで私が積み重ねた技術を全て否定されてしまいました。がっくり落ち込み、帰りの車で大泣きしました。金型納品の日、師匠から思いがけない言葉「来月また一型あるから、手伝ってください」といわれました。恥ずかしながらまた泣いてしまいました。もう師匠の仕事はとても出来ないと思ってましたし、納期も大幅に遅れ、多大な迷惑をかけましたので。26歳の、まだヒヨッコの若造に、金型製作の転機を与えてくれた師匠には未だに頭が上がりません。有難い限りです。そしていまだにお付き合いが続いています。2型目の順送り型は納品の時、「すごいね。2型目で金型持って来ましたね。よくやりました」と褒められました。今度は泣きませんでしたが、この上なく嬉しかったですよ。納期は遅れてしまいましたが・・・今日は師匠と忘年会でしたが、チビの一人がインフルエンザと判明。私保菌者かも知れませんので、うつすといけません。残念!あらためて新年会をやることになりました。来年も気持ちよく、師匠の仕事がしたいものです。
2007.12.28
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クリスマスですねえ。工場のラジオは、朝からクリスマスの音楽が鳴りっ放しです。自宅ではちびっ子が、サンタへのお供えの、チーズとワインを思案中。年を取るたびに、クリスマスへの思いは当然変化していくんですね。しかし最近はどんどん無関心になっていって、それは何かいけないような気になっています。ただ、神道、仏教、キリスト教のいいところを少しづつ取り込んで楽しむ日本の風土は、私大好きです。「たまにはクリスマス、教会に行くのもいいわね」と、嫁が言いますが、それもいいかもしれません。生粋のクリスチャンには申し訳ないですけど。では、よいクリスマスを!
2007.12.24
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この本を見つけたのは、もうかれこれ20年ほど前のことで、お友達になったNHKのディレクターに会いに行ったときにNHK出版物を扱う本屋さんで衝動買いをしてしまいました。当時は生命の起源は、原始海洋に雷が落ちて、そこでアミノ酸等の有機物が生成され、生命が生まれたとされてきましたが、DNAなどの2重螺旋構造などは、殆どそんなものでは合成不可能で、明確に実証できる説は存在しませんでした。論文の著者の,A.G.ケアンズスミスは、鉱物の中に、2重螺旋構造に酷似したものがあることに着目し、最初の生命の基盤は鉱物であり、そこに濃縮された有機物が付着してDNAなどの複雑な生命材料が合成されたと提言、一時期この説は大変なセンセーショナルを巻き起こしました。本書の内容は、一見破天荒な学説を、自然界に存在する法則を無理なく引用し、説明しています。その論理の組み立て方は素人でもなんとかついていけるようにとても丁寧に仕上がっております。そして、この生命の鉱物起源説が読者に信じ込ませてしまうあたり、お見事と言うほかありません。深海のマグマが噴出す、高圧高温の過酷な条件下で生きるバクテリアや地下深くに生きている細菌など、発見されるたびに驚きですが、この説を基盤とすると「それもアリかな」と納得してしまいます。お台場の科学未来館では、現在「地下展」を開催しており、一部のコーナーで鉱物起源説を展示しています。もうだいぶこの説は定着しているのかしらなんて、嬉しくなりました。ああ、そうだ。お正月は未来館お勧めです。男のお子さんは多分楽しいんじゃないでしょうか。ASIMOに会えますし。@遺伝的乗っ取り―生命の鉱物起源説 [原書名:GENETIC TAKEOVER : and the mineral origins of life〈Cairns Smith, A.G.〉 ]ISBN:9784314005036 (4314005033)521p 21cm(A5)紀伊国屋書店 (1988-06-24出版)@日本科学未来館http://www.miraikan.jst.go.jp/
2007.12.23
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日曜日にやる「笑点」。座布団運びの山田君がものを言いつけられたときに「かしこまりました」と返事しますね。ちびっ子がそれに妙に反応し、「でた~。かしこまりました(笑)」と盛り上がります。でもよく考えてみると、「かしこまりました」っていい言葉ですね。元気良く返答されると話がしっかり伝わった感じがします。手紙の最後によく書く「かしこ」と繋がりがあるんですかね、リンタさん。余談ですが、私は幼い頃「かしこさん」が日本で一番多い女性の名前だと信じていたようです。(お袋談)
2007.12.14
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かつてバイクに乗っていたのですが、すごい方向音痴です。今でもそうなんですが。そんな話を少々。昔むかし。バイク仲間が清里の宿に集うとの事で、土曜の夜、仕事が終わってから颯爽とバイクにまたがり、首都高速に乗りました。ぶいーーん。首都高にのる、とそこまでは良かったのですが、いつの間にか用賀の文字。多摩川を渡り、「ここから東名」の文字が出てもひたすら走る。あれ?中央道じゃないの?と思いますでしょ。本人は何を考えていたか。実は「いつか中央道になる」と本気で信じてました。「ここから東名」が出れば、「ここから中央」出てもいいはずだと。御殿場辺りでやっと無理だと気がつき、トラックの運ちゃんに「上へ行けば、大月辺りに出るぞ」とアドバイスもらいました。そしてのん気に下道を走っていると中央道河口湖の入り口が出てきたじゃないですか!その時は狂喜乱舞して「オレってすごい!」と叫びました。だって、願いが実現したんだもん。「いつか中央道」が本当になったからですもん。世の中はオレを中心に回っている。すげえぞオレって。清里着いたら皆に自慢してやろう!お・ど・ろ・く・ぞお!・・・・若気の至りです。ただ、残念なのは、その後。大月を過ぎてからしばらく経った頃、なんと談合坂が出てきて、東京に向かってる事に気づいてしまったんです。今度はさすがにがっかり。打ちのめされました。結局清里着いたのは夜の2時。当然酒盛りは終わり、皆もう盛下がってました。まだ、そんな話いくつかありますんで、今度の機会に。
2007.12.11
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私のお袋の旧姓は「伊能」です。独身時代、自分の名前を告げると「伊能忠敬の御子孫ですか?」と聞かれることがよくありお袋も「そうです」というと驚かれたようです。ご存知の方も多いかと思いますが、伊能忠敬は近代的測量方法で日本地図を作った人物です。祖父は小学校時代、千葉県佐原で過ごし、その後東京の小石川に引っ越してきました。今は祖父は、佐原のお寺に眠っています。直系なの?と聞かれますがそうではなく、佐原には沢山「伊能家」があります。お袋もそのひとつで伊能忠敬に続く家系図なるものも存在しません。分家も分家、若しかしたら伊能家にあやかって苗字をつけたかも知れませんが。しかし、過去の偉人と血が繋がっているかもしれない誇りみたいなものは私も、私の子どもや甥っ子達には受け継がれています。苗字も然り、日本人であることも然り、私たちは何かしらの誇りをもって生活しており、誇りはやがて希望へと繋がります。ですから「名に恥じない」人生を送ることは自分自身を含め、これから続く子孫たちにも誠に大事なことだと思います。犯罪など起こせば、それこそ後々まで苗字が汚名となって、名を隠して過ごす羽目になるかもしれません。そういう思いは、子孫にはさせたくないです、絶対に。静岡に住む弟の長男は、夏休みの宿題に伊能忠敬の自由研究をしました。先生に「君はは伊能忠敬の御子孫なの?」と聞かれ、彼は胸を張り「そうです!」と答えたそうです。
2007.12.01
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