ダイアモンド・ダスト

ダイアモンド・ダスト

Jan 27, 2015
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「言葉の暴力」というのは思いのほか人の心に傷を負わせるものだというのは
子供のころ、「転校」という経験によって体感している。

方言の違いが生み出したその体験は
かなり永い事、心に影を落としていて、
そこから
「言葉」と
それを「発する人」について
内容と意図、自分との関係性を観察する癖がついた。


最近「アファメーション」という言葉を


自己啓発系の自己暗示や機能脳科学の分野でも語られているけれど、
「アファメーション」において発する言葉や文章では
「こうなりたい」と言う言い回しはダメだと言われている。

それは「こうなりたい」というのは
現時点が、こうなっていないという
現在の望ましくない状態を追体験させてしまうためだといわれている。

意図したものと逆に作用して
潜在意識下に刷り込んでしまうと言うことらしいが
先日、その話と良く似た面白いことを体験した。


あなたはもっと
「器が大きくなり」

「理解が深まり」
「優しくなれ」
「気が利く人になれます」
と。。。


ああそうですよね。



器が小さくて
心が狭くて
理解力が無く
優しくない
気の利かないヤツです。。。て言われたわけだ。













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Last updated  Jan 27, 2015 09:09:00 AM
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