田中およよNo2の「なんだかなー」日記

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2007年04月22日
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カテゴリ: 硬派
「中編」

そして、まだ、この小説の一番効いている挿話は、やはり北極熊の挿話だろう。
最後の最後の挿話である。
北極熊は一年に一回、出会い頭に雄と雌がセックスをして、雄がさっさと逃げて、他の季節は孤独のままに過ごすという挿話である。
きっと、さつきと、その相手のことをなぞるような挿話だ。
そして、ニミットの主人であったノルウェイ人はニミットにこう語る場面で挿話は終わっている。

「…なあ、それでは私たちはいったい何のために生きているんだい?』」(単行本 125頁)

なにが効いてるって「私たち」って言葉。


勿論、さつきの相手は舞台には登場しないけど、舞台裏で彼らを引きずる重しのように存在している。
故郷で生き続けている相手、故郷に戻ることさえできすにずすでにタイで亡くなったノルウェイ人、半分死んでいるようなニミット、そして、孤独に生きているさつき。
キャラクタライゼーションの特長は微妙に重なりながら、しかしながら、みんな別々の人間だ。
また、ニミットとノルウェイ人は長くにわたり親密な関係だったが何も残せず、さつきと相手は一瞬だったが、何かを残し、でも井戸の底にほうりこまなければならなかったりもしている。

この「私たち」って台詞が出てくるところで、彼らのコントラストや対立、それこそ、液状化してぐちょぐちょになるように溶けて一緒になる。
残るのは、登場人物の総てが各々に病のような運命を抱えて生きていること。
ただ、人によって運命の形がきっと違うだけなのだってのが、ぶわあってわかる。
解決には、あるいはさつきのように、夢を待つしかなにのだと。

そして、「私たち」は登場人物だけではない。
きっと、読者である我々も「私たち」なのだ。
だから、きっと「そして、夢がやってくるのを待つのだ」(単行本 125頁)という最後のさつきの決意が、僕らの読み手のココロの芯に強い影響を与えるのだ。


だって、作品で簡潔しているから。
読者は客観的になぞればいいだけなのだ。
すごく、トリックがしっかりしたミステリーを思い浮かべてみればいい。
感心はする。
でも、感動はしないといった小説ってあるよね。


北極熊の挿話のおかげで、読者も巻き込む力がある。
ただ、この挿話の力は両刃の剣でもある。
それまでの整った小説や人物の整合性を破壊するくらいの力を持つからだ。
おいおい、それを言ったらおしまいじゃないかって。

しかも、それは北極熊の挿話の直前に真実を喋りたがるさつきに対するニミットの言葉だって破壊力がある。
「いったん言葉にしてしまうと、それは嘘になります」(単行本 123頁)
これを言ったらその言葉でも、小説にならないんじゃないかとも。

それでも、この小説は破壊されてはいない。
あくまで、破壊されているのは小説が小説に求めてしまう自己完結性だけである。
構成がしっかりしすぎて面白みを欠けさせてしまう、その構成だけを破壊している。
いや、内側から湧き上がるように構成をから打ち砕いている。
それこそ、液状化しているみたいだ。
綺麗に分析されていた小説が、北極熊の挿話でぐっと統合してしまっている。
だから、極めて上手く書いた小説だけにとどまらず、分析してもしきれない不思議なものをこの小説は持っている。
技術で持っていくとこまでは持っていくけど、それだけに頼り切ってはいない。
作者ははこの挿話を我慢して、我慢して、最後にこの挿話を出してきたのだろう。
言葉と物語と、さつきのココロが響きあっているからできるんだろう。
上手いだけではなく、小説の凄みだってあるのだ。

だから、「タイランド」という小説は技術的にも、それ以外の面においても、私は村上春樹さんの短編の中では最高傑作であると、僕は考えている。

※もっと、「なんだかなー」なら『 目次・◎村上春樹さん





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最終更新日  2007年04月22日 17時35分22秒
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