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今年も今日でおしまいなんですねえ。10月にこの「パンドラの小箱」を開設しましたが、英文記事がいまいち充実していなかったと反省です。また頑張って仕事の合間に記事を載せますので、皆さんよろしくお願いしますね!でもたった2ヵ月で1500アクセスとは驚きました。これもVIEWERの皆さんのおかげです! ところで今日、この歳末になってやっと、奈良の女児誘拐殺人犯が捕まりましたよね。天国の楓ちゃんはどう思うかな。「よかった。でもママとパパの所には帰れないの」って思っているのかも知れません。そう考えると可哀想で涙が出ます。本当に、幼い子供の命を奪って、その犯人は逮捕されても、死んでしまった犠牲者の命は元に戻れません。 来年はもっと平和な年であるように。恐ろしい犯罪が少しでも少なくなるように、いえ、決して起こりませんように。そう思いながら、何かとお騒がせだったNHKの紅白の「冬ソナ」主題曲の後、除夜の鐘をしみじみと聴きました。本当に除夜の鐘を聴くと日本人で良かったなって思います。これがないと新年迎えられないんですよね、毎年。それでは皆さん、来年が良きお年でありますように!
2004年12月31日
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今朝の朝刊の第一面には衝撃を受けた。右側に「奈良女児誘拐殺人―土地勘のある人物浮上」とあり、左側には「インド洋津波犠牲者七万人を超す」とある。 どちらも人の死を報じているのだが、奈良の殺人事件では一人の少女の死を取り扱っているのに対し、今回の大地震による津波の死者は何とも膨大な数に上る。人間はたった一人の死でも失われたものは計り知れない。だが、未曾有の大災害での死者は、その犠牲者の数が多ければ多いほど、一人一人の死に対する尊厳の念が薄れてしまう。実際、常夏の国々で起きた大災害ゆえに、遺体の損傷が早い。どうしても大きな穴を掘り、集団埋葬となってしまうのだそうだ。 つい最近までクリスマスを祝い、新年を楽しみに過ごしていた人々であるのに、運命とは何と残酷なことだろうか。来る2005年はこのようなことがないよう、祈りたい。
2004年12月30日
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日本と韓国の外交官のようになった「冬のソナタ」。なぜか中年のおばさまにファンの多いヨン様。あのホットな人柄でついに「冬ソナ」の主題歌までが紅白で歌われるようになったとか。私は日本と韓国の人々が仲良く交流できるようになったようで、嬉しかったが、案外世間では「ヨン様現象」は一時的なものと冷静に見る人々もいる。在日韓国人の人たちは、「冬ソナ」からは掛け離れた存在だと感じている。現実に温かく受け入れられているとは言い難い状況で暮らしている。そして過去の日本軍の侵略に対する辛い歴史も脳裏に刻まれているのだ。 また「ヨン様」ブームの影で、足を引っ張ろうとする者もいる。なんでも「ヨン様」ファンクラブのサイトが「攻撃」されて、会員の個人情報が流出する騒ぎがあった。「出る釘は打たれる」って、このことだろうか。ほのぼのとブームを微笑んで見ていられないものなんだな。世間はいろんな人がいて、皆が皆このブームを歓迎しているわけじゃないと思った。しかしそれも寂しいことだ。むしろペ・ヨンジュンさんはじめとする韓国の俳優の人たちのおかげで、過去の辛い歴史の影を少しでも小さなものとするきっかけが出来たと考えるのも悪くはないと思うのだが...
2004年12月26日
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クリスマスには煌びやかなイリュミネーションがまぶしい。特に街中に出ると、本番前からデパートや商店街では圧倒されてしまうほどの光が煌いている。そんな中を一人で歩くのは何だか寂しい。最近は外出の時、デジカメを持ち歩くので、お昼を食べに出たついでに、デパートのいろんなクリスマスの飾り付けを撮りまくっている。そのうちHPにも画像が掲載されるかも... ところで今日は本番のクリスマスなのだったが、昨日プレゼントを坊やに渡してお祝いしたので、あまりお祝いらしいことは今日はしなかった。結局ツリーの明かりも燈さなかった。私はツリーが大好きなので、年明けの坊やと私の誕生日くらいまでは、ツリーを飾る。子供の方が飽きて「早くツリーしまったら?」と言うけれど... 今年のクリスマスは子供と街に出て、神戸のルミナリエは人込みで大変だから、ターミナル駅の商店街の、ルミナリエを模したアーケードを歩こうと思っていたが、体調不良で止めてしまった。来年こそはぜひと思っている。
2004年12月25日
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ほんの数日前までは講義の用意におおわらわだったが、クリスマスイヴを迎え、我が家のリビングもツリーをきらきらと輝かせた。私は光の輝きが好きだ。心が輝く人は人生も豊かなものになる。そう思って息子の名に「輝」の字を入れたものだ。あれからもうすぐ10年。阪神・淡路大震災からも10年。「神戸ルミナリエ」からも10年だ。ウチの坊やはそろそろ「サンタクロース」の夢とは卒業しつつある。それがちょっぴり寂しい。でもそれだけ成長しているということなのだ。 さてこのサイトは英語学習のために開設したので、最近関心のあるアフィリエイト・プログラムに参加し、英語関連の広告を載せてみた。最初はうまく掲載できず、がっかりしたが、成功すると自分のサイトに好きな広告が反映されて、華やかなムードになる。これは聖夜のプレゼントと思って嬉しい。
2004年12月24日
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先日、大学病院に行く時、モノレールに乗るというので、息子を連れていった。広い駅構内にファイバーツリーが飾られ、「ああクリスマスだな。年の瀬なんだな」と感じる。ホームに上がるエスカレーター近くの自動販売機に、杖を持つ上品なお爺さんがドリンク剤を買おうとしていた。私と息子が通りかかった時、お爺さんは杖を床に落としてしまった。私が杖を拾って手渡すと、今度は販売機からドリンク剤を取り出せないでいる。それも私は取りだし、手渡すと、「ああ、どうも」―お互い和やかな笑顔が広がった。 困っている人を助ける時は、その人の状況に自分の身を置いてみると、相手の気持ちが良く分かる。そこで、人を助ける気持ちもスムーズに出てくるのだ。 けれども、大学に行って講義をしていると、「相手の気持ちになる」という想像力に欠けた学生が多いなと思う。教室に入ったからには、授業を受ける、勉強をするという心構えがまずなければならない。そして気持ちを勉強する内容に集中させるよう、自ら気持ちを切り替える。勉強以外のことが頭に浮かんで、友達と話したくなっても、「友達は今勉強したいんだろうな。話しかけたら邪魔だろうな」と、相手の気持ちになって、自制心を働かせることが肝要だ。また、それ以上に、講義というのは先生が教室にいる。先生が話をする。このことを、驚くなかれ、まったく無視する学生がいるのである。 彼らは、先生というのは、前に立って、話をしているだけの存在で、ちょうど映画を観るように、先生を「画面」として見ているらしい。だから教室は「映画館」と化しているから、平気で授業中後ろを向くし、トイレに行きたかったら黙って出て行く。 大学に来てまで、講義を受ける姿勢から教えるなんて、割に合わないので、私はそこまでしたくないし、実際しない。だが、クラスには少数ながら真面目に講義を受けている人もいる。その人達のためにも、誠意を込めて、丁寧に教える。素直な心でいたら、教師の立場、他人の立場―要するに社会生活上、最低限のマナーである、「人に迷惑をかけない」ということぐらいは守れるはずだ。それが18歳や19歳にもなって、身についていないとは。今に社会に出て恥をかくのは先生を無視する学生自身なのだ。しかしそれを教えることも不可能な気がするほど、マナーがなってない。 今にこういう若者が社会に出て、大学の名を汚し、日本人社会をかき乱していくのかと思うとため息が出る。礼儀と言うのは人のためにあるのではなく、自分自身を守るためにあるのだ。自分という人間が「愚か者」のレッテルを張られないための防御策でもあるのだ。それを知らないで我が物顔に教室で振舞う学生にストレスを感じるのは、私ひとりだけではないようだ。
2004年12月23日
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クリスマスまであと1週間もなくなった。いよいよ年の瀬なのだ。年賀状ソフトをインストールしようとしたが、必ずパソコンが変になる。何度も再起動の繰り返し。せっかく買ったソフトなのにショック。 仕事の準備はまだなのに、パソコンにまたのめり込んでいる自分が情けない。頭を使うと髪が汚れやすくなるし、すっきりしない。パソコンで遊んでいる暇があれば、その分仕事すればいいのだ。 さてそんなことも、宝くじクラブからのお知らせで少しはウキウキ♪年会費を払って入ったクラブが、歳末ジャンボの購入とその番号をメールで知らせてきた。連番、バラ合わせて530枚も購入している。個人ではこんなに買えない。1億でも当たれば、配当金が50万は振り込まれる。どうか当たりますように!
2004年12月19日
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奈良の女児誘拐殺害事件が起きてほぼ1ヶ月目、我が家の9歳の息子も危機を経験した。他の子よりも居残りして、作文を完成していたため、ひとりで下校することになった。 そういう時がやはり危ないのだろうか。校門を出てすぐの曲がり角に、紺色のライトバンが止めてあり、中には中年の男女が足を前方に投げ出すようにして座っていた。息子は小さな石を蹴りながら歩いていたが、その石がライトバンにこつんとぶつかった。 「すみません」息子はそう言って、車に近寄り、小石を拾った。その時、助手席にいた金髪に黒いサングラスをかけた女性が声をかけた。「ちょっと待ってよ」そしてすぐ、今度はメガネをかけ毛糸の帽子を目深にかぶった男が息子にこう言った。 「オレの車に乗っていけ」 瞬間、息子は背筋が凍りついたようになった。でも思い切って「ばーか、だまされるもんか」と言い返して、だだっとすぐそばの我が家(マンション)に向かって走り出した。遠くから、男が悔しそうに「チッ」と舌打ちするのが聞こえたそうだ。 このことはすぐ、小学校に連絡した。教頭先生が応答に出られた。子供にそんな声かけがあっただけでも誘拐未遂だろう。翌日父兄に子供の安全についてのプリントが配布された。 誘拐事件などはニュースなどでしか聞かないが、こんな身近に起こると恐ろしい。幸い、息子がうまくかわして逃げてくれたから良かった。うっかりすると、車の中に引きずり込まれることだって十分ありうるからである。
2004年12月15日
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今日は大学の出講日だった。10月になって、6回も休んだので、補講以来がメールボックスに入っていた。仕方ないので、2日間で6回授業をすることにした。でもマイクがない教室なので、立って授業をしなければならない。立っていないと、声が後ろまで届かないからだ。金曜日のお勤めは、来年春からはない。大学の都合で、一方的に契約を切られたからだ。今まで10年以上にわたって付き合ってきた大学なので、何だか裏切られた感じがする。 そのせいなのか、この大学での講義の用意は何だか気力が沸かない。クラスにはいい気質の学生もいる。4回生で、もうプロサッカー界にスカウトされた、ラッキーな男の子もいる。そういう人と話をすると、申し訳ないな、とは思う。 この大学は、教える立場の者を尊重しないで、派手な宣伝にお金をかけるところだ(まあどこの大学も同じようなものかな)。人を勝手に首にしておいて、間が抜けている。なぜか私のメールボックスには、「来年ご担当科目の講義概要執筆のお願い」なんてのが入っていた。「来年ご担当お願いされてないのに。間違いだろ。失礼だなあ」と思ってほおって置いた。そうしたら自宅に5時ごろ、「関係ないのに執筆のお願いを入れてしまいました。すみません」と教務から電話があったそうだ。謝ることは忘れないのか。おかしいやら、腹が立つやら、疲れることがこの頃多い。
2004年12月10日
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1998年辺りから、女性のお化粧が変わったと思う。1992年辺りから、多分テレビドラマ「ロング・バケーション」の主演女優(名前は忘れた)のファッションの影響で、髪型はラフに、Tシャツは体にぴったりフィットする服が流行し始めた。キムタク(木村拓也)が一世を風靡していた頃だった。そのあと、歌手に安室奈美恵が出て、ヒットを飛ばした。その時、彼女が茶髪にしていたのがきっかけで、日本中の女性が同じようなスタイルをするようになったように感じる。 あの茶髪と、1960年代のヘップバーンとか、ザ・ピーナッツとかのマスカラを濃くつけて、眉毛は細くするお化粧が、今は混合しているみたいだ。私の子供の頃、髪を染める人は、不良か水商売をしている人に限られていた。でも今は皆やっている。だから外見ではなかなかその人の良さがわかりにくくなった。 今流行のパターンに身を包み、白のファーコートと、黒いブーツで闊歩するのは、やはりいい気分なのだろうが、目つきがお化粧のせいなのか、きつい感じがする。先日、通勤途中でそんな若い女性が私を見ているのに気づいて、彼女を見ると、やはり目つきが鋭くきつかった。でも顔立ちは幼かった。多分19歳ぐらいだろう。家に帰ればまったく違った普通の娘になるんだろう。 どんなお化粧が流行ってもいいけれども、人をきつい感じにさせるお化粧は止めた方がいい。それに茶髪も、派手過ぎると、男性に妙な誤解を抱かせるもとだろう。きついお化粧を通して、自己表現をインパクトの強いものにしたいのだろうが、やはり女性のお化粧というのは美しく、優しいものがいいのではないかと思う。
2004年12月09日
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公立学校などで、先生を務める人々の中で、うつ病やノイローゼなどに罹る割合が多いそうだ。先生という職業は雑用が多い上に、自宅でも授業の準備をせねばならない。学校では誰も担任になりたがらないクラスを担当させられ、クラブの顧問も引きうけねばならないのは、主として若い新任の先生だ。放課後も残って採点や教育相談、会議などで休む暇がない。家に帰って、翌日の授業の準備をするのは午前0時を過ぎてから。睡眠時間は2~3時間という毎日だそうだ。 そんな過酷な日々で疲れがたまっていくのも、我慢して通勤していたある日、ホームに入ってくる電車に飛び込もうとして、周囲の人に取り押さえられた。そこまで「うつ」になっているとは、本人も気がつかなかったのだ。これをきっかけに、精神科などに通い出したり、自殺未遂などを起こすと入院が始まる。休職する先生の数は年々増えているそうだ。 息子は将来何になりたいか、決めていないというが、たまに「先生になってもいいな」と言う。私も、公立か私立の専任になら、なってもいいんじゃないかと薦めている。それでも全科目を教える小学校の先生より、高校当たりがいいのじゃないか、なんて考える。息子は小さい時から人にものを教えるのが好きで、説明も上手な方だ。もし学校の先生になっても、うつ病になるほど疲労しきらなければいいのだが、と思っている。
2004年12月08日
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この頃、横田めぐみさんのものだという遺骨を北朝鮮が渡してきたが、DNA鑑定の結果、めぐみさんのものではないと判明した。骨壷の中には5片の遺骨があり、1片はある人のもの。残り4片はまた違う人物のものだという。それで、ご両親は「娘の生死に関わる問題なのにその尊厳を踏みつけられた」と憤慨し「北朝鮮に経済制裁をお願いしたい」とも要請している。 罪のない人たちを勝手に誘拐しておいて、「死んだ」と報告しでたらめな骨を渡して信じ込ませようとは、大の大人のすることだろうか。また、日本に帰国が実現した拉致被害者の中で、唯一子供と合うことの出来なかった曽我ひとみさんが、夫のジェンキンス氏も軍隊から解放され、愛娘2人と佐渡で暮らすことになった。曽我さんはどんなに嬉しかったことだろう。「食事、洗濯、掃除、そういう平凡な普通の生活です」という言葉に、曽我さんの幸せがこもっている。 それでも、北朝鮮は曽我さんの娘二人が日本に住むことになったことについても、「日本のスパイにするため引き取ったのだろう」と言っているそうだ。北朝鮮は自分が人を誘拐してスパイにすることを考えるので、そういう発想しかできないのだろう。 ともかくも、今度は横田さんが生存し、無事日本に帰って来れたら、ご両親の喜びは計り知れないだろう。ぜひそうなってくれることを、私も願っている。
2004年12月07日
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息子が中沢啓治さんの『はだしのゲン』全10巻を読み終えたので他にも中沢さんの本が欲しいという。学校で他の作品を借りて来るのだが、中沢さんの作品は、ペンタッチが丁寧でいながら、躍動感があって、少年漫画に多い暴力シーン一辺倒ではないところが私も好きだ。テーマに温かなヒューマニズムが一貫して流れているので、安心して子供に読ませられる。ちょっと小学生の3~4年生には抵抗があるかな、という場面も、決してないわけではない。 例えば、中沢さんは平和を大きなテーマにしているので、昭和初期から太平洋戦争に至るまでの作品では、日本が軍力で朝鮮や中国に攻め入り、その国の人々を虐待・虐殺したという場面を描く。大人が見ても、「酷いなあ」と思う場面なので、まだ10歳前後の子供には見せたくない。だから、子供が寝ている間に、そういった虐殺のシーンがあるページは糊でくっ付けてしまった。 でも、そういうこと以外は、中沢さんの漫画には「ゲン」によく似たやんちゃで魅力のある少年や、ぐずだけど心の温かな少年などが登場して、昭和40年前後の庶民の生活も丁寧に描かれていて、読んでいて楽しいし、感動する。私が少年漫画を初めて読んだのは、この中沢啓治さんのおかげなのだ。
2004年12月06日
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小4の息子のクラスに、万引きを自慢する悪い子がいる。何でもお兄ちゃんもそれをやってて、弟に勧めるのだそうだ。弟がスーパーなどでお菓子や消しゴム、またベンチに置いてある買い物袋の中からめぼしいお菓子などをかっぱらう「置き引き」をしてくると、「お前よくやったぞ」と誉めてもらうのだそうだ。 こんなことを10歳の頃からやりだすと、なかなか矯正できないだろう。可哀想なのはその子のお母さんだ。何も知らないで専業主婦をしている。私は息子と「あの子は大きくなったら、きっと詐欺をするか、暴力団に入るかだね」と言う。 そう言えば巷に有名な「オレオレ詐欺」は、我が家にもかかってきた。母が電話を取ると「僕だよ...僕だよ」の繰り返しだったそうだ。ああ言うのは、不良や家出少年などを暴力団が拾って、東京のとある場所に「オレオレ詐欺学校」を作って訓練していたそうだ。使う電話はプリペイド携帯。そこでプリペイドも、これからは購入する際、身元確認をするらしい。 最近の詐欺は手口が凝ってきて、「警察ですがご主人が車で人をはねた。被害者は示談で良いと言うので、即刻200万を振り込んでください」とか「弁護士ですが、○○社にまだ借りがある。今すぐ振り込めば50万で済みますので至急振り込んで下さい」などという様に、「警察」「弁護士」「市役所」など、ある程度社会的に権力のある職業の人間を騙って電話をするそうだ。それで、被害総額が100億は越すらしい。 中沢啓治さんの『ゲキの河』に、「お金は使えば消えるけど、人をだます気持ちは一生消えないよ」という台詞があった。本当にそうだ。人間の心はいったん坂道を転げ出すと歯止めが利かなくなってしまう。そんなわけで、世の中悪人が減らないんだろう。
2004年12月05日
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2年間使った携帯電話を解約した。解約には保険証が必要だったのに、前回それを忘れて解約しようとした。今度は暗唱番号もバッチリ当たり、見事解約終了。これで毎月何もしないのに6千円通帳から引き落とされるのはなくなってすっきりした。周りを見渡すと案外つまらないことにお金を使っているものだ。今度は某社の光ファイバーにパソコンのプロバイダーを乗り換えたい。そうすると、全部込み込みで2800円だと言うから。今のは5000円はかかる。でもプロバイダーの乗りかえって案外面倒。メールアドレスとか変わったらそれを知人に知らせないと駄目だし。とにかく何でも家計は安く済ませるに越したことはない。
2004年12月04日
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つい最近、偽札を偽造したため14歳の少年が逮捕された。何でそんなことをしたかというと、「お金が欲しかった。それから自分が偽札を作る技術を持っているということを、友達に認めて欲しかった」という、案外他愛の無い、子供っぽい理由だった。 どうして中学生がこんな犯罪に手を染めるようになったかというと、最近は高性能のプリンターとパソコンが市場に出回り、用意に誰でも使えるようになったためである。この頃のプリンターの性能は素晴らしく、コピーをすると、本物そっくりのお金が出来あがってしまう。 私も新札発行を記念して、樋口一葉などの新札をコピーしてみたが、これはあくまでもデザインを記念に保存しておこうと言う考えからだった。でも、犯罪目的だったら、両面印刷も可能だから、私に魔がさしたら、やってしまいそうで怖い。幸い、魔がさす以前の理性は一応保っているので、そうはならないのだが。 インターネットで少年は偽札作りのテクニックを収集したそうだが、インターネットも裏を返せば犯罪のテクニック満載マシーンとなってしまう。便利な物が増えるほど、人間はそれを賢く使わなければ駄目だということだ。
2004年12月03日
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『はだしのゲン』第1巻を読むと、ゲンの中岡一家は近所から「非国民」呼ばわりされて、村八部に遭い、親しかったお米屋からもお米を分けてもらえなかった。父親は戦争反対者として特高に捕まり、拘留中だった。だがその父が帰ってきたので、お祝いに、お米は無いが、イナゴ(パッタ)を畑で捕まえて串刺しにして焼こうというシーンがある。私はそれを見てぞ~っとした。食べ物が無いと、バッタまで食べるしかないんだな。 しかし、これは戦争中に限らず、今年世界各地で、特に西アフリカでイナゴが大量発生し、農作物を食い荒らし、また枯れ地に卵を産み付けて増殖する、の悪循環が起こったらしい。 この被害はアフリカ西部に留まらず、スペイン南部やイタリア南部にまで及んだ。オーストラリアでも被害が大きかったらしい。そこで、かの地では『究極の復讐法』と題したイナゴのレシピ集が発売されたとか。イナゴは「空飛ぶたんぱく質」と言われるほど栄養価が高く、いろんな料理法が載っているらしい。 案外「ゲン」でも、イナゴを食べたのは本当だったかも知れない。人間、切羽詰ると何でも食べるものなんだろうか。
2004年12月02日
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このホームページを開設したのが10月の27日頃だったが、あれからもう1ヶ月以上過ぎたのかと驚いた。他にもサイトを持っているけれども、英語学習を充実させたページを作りたかったので、自然と「パンドラの小箱」を編集する時間が多くなる。 大学で英語を教えているが、休日は英語とは関係のない生活を送っている。これではせっかく英語を教えてきたのが無駄になると思い、講義の準備に費やした内容をホームページにすれば、一般の人々への知識の還元にもなるし、自分の生涯学習のプログラムともなる、と思い立ったのが、このページを作ったきっかけである。 さて今年はどんな年だったか、BiglobeのHPにアンケートがあったので、投票してみた。自分の一番印象に残った事件に投票するのだ。私は6月に起きた「長崎佐世保小6事件」にしたが、これは全体では3位だった。1位は「新潟事件での2歳児救出」だった。 2000年から来年はもう5年目を迎えようとしている。来年は大きな事件が起きないことを願っている。
2004年12月01日
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