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100歳でマスターズ水泳の選手先日のテレビでやっていました。しわしわの身体で、バックで泳いでいる姿を映しました。驚いたのは、現役の税理士さんなのです。ネクタイを付けて出勤。書類に目を通しています。もっと驚いたのは、おいしそうに、タバコの煙をくゆらせているのです。
2006年11月30日
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「元気か~」沼津の町から自転車に乗って、ボクの所を訪問してくださった、老牧師のことを思い出し、ボクも自転車に乗って、川向こうの町に住んでいる信者さんを訪ねた。三島から沼津までは、見た目にはわからないが緩い下り坂になっていて自転車を漕ぐには好都合だ。その分帰りには汗をかくようになる。
2006年11月29日
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奴隷は主人を愛するだろうか。愛するならもはや奴隷とは言えない。神を愛するなら、もう神の奴隷ではない。運命だってそうだ。人の世に運命というものがあるならば、愛してしまえ。そうすれば、もう運命の奴隷ではなくなる。
2006年11月28日
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あなたはいつもボクのことを心配している。病む身体になっても、ボクのことを心配している。
2006年11月27日
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まっさらな湯船に麦茶のティーバックを入れてみました。お風呂に入ろうとふたをあけると、ほんのりと香りました。
2006年11月27日
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中国や日本には「四二節気」と呼ぶような、四季との係わりを表す暦があります。若い頃はほとんど関心がなかったのですが、歳を重ねるにつれて、そういう季節の移り変わりに敏感になります。四季のある国に生まれ育って良かった。毎日の歩み中に、信仰に生きる人々に指針を与えるために、キリスト教にも暦があります。キリスト様の誕生のために備える「待降節」から始まるのですが、その前の日曜日つまり暦がひとまわりする最後の日曜日を「終末主日」と呼ぶことがあります。今日はその日。教会の暦の最後の日曜日です。来週から「待降節」が始まります。「終末主日」この日信徒は、この世界が永遠でないこと、ボクたちの生の営みも永遠ではないが、キリストへの信頼を通して、永遠の命を信じることがゆるされていることを、心に銘記いたします。
2006年11月26日
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Going my way がGoing His Wayになったあの日パズルのばらばらのピースのようだったボクに不思議な手が現れて一つ一つがあるべき場所にはめられ始めた日あれから40年たった今でもボクというパズルは完成してはいないけれどやがて完成の暁には、フレームが付けられ神の家族の部屋の一隅に、飾られるだろう
2006年11月25日
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アダルト・チルドレンが集まっているネット上の部屋に、ボクも出入りしていたことがありました。親との係わりがうまく行かず、苦しんでいる人々が集まっていました。そこは、親へ罵詈雑言を投げつけることが、許されています。祖母への激しい怒りも。祖母は亡くなったけれど、墓から骨を取り出して痛めつけたい、そんな感情が激しく吐露されていました。ボクもACを自認していますが、そんなふうに感情の吐露はできません。ただ鬱感情に深く入り込むのです。キリストへの旅立ちボクにとっては、これが自立への道であり、それでも長い長い年月がかかりいまだ途上です。
2006年11月24日
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まわりを気にしなくていいんだよ。Going my wayで行くんだよ。キミが決心すれば、だれもキミの邪魔はできない。まっすぐにGoing my wayで行くんだよ。
2006年11月23日
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寝息と寝息の間から「神様!」と言うのが聞こえる。夢の中で祈っている。夢の中での祈りさえ、神様はお聞き下さると信じるよ。
2006年11月23日
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ずっと顔を見せなかった友だちが、「祈り会」の前に、ふらっとやってきた。乗って来たセニアカー(電動車いす)を見ると、ひどく埃だらけ。雨ざらしだったせいで、敷いている座布団もカビで黒ずんでいる。祈り会が終わり、お昼を頂いてから、カーをシャンプーしてあげた。汚れた座布団は、新しいものと代えてあげた。彼が帰るとき、妻が「元気で」と声をかけると「パラダイスが近いよ」
2006年11月22日
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神学生の頃は、きつ音があったので、先生も仲間たちも心配してくれた。心配されると余計にダメだった。今は天国におられるO先生が授業中に「キミはどもるくせがあるんだね」微笑みながらそう言われた。「くせ」と言ってくださったことがとてもうれしかった。
2006年11月22日
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一日教団事務所で、作業をしたり、会議を持ったりした。 デスクでは皆がパソコンに向かっている。 ボクも向かっている。 違うよね! 本当は、たくさんの人と向き合って、 キリスト様の愛をお話するために、ささげたはずだよね。
2006年11月21日
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お昼が済んだら、久しぶりに箱根に行こうか、それとも千本浜を歩こうか、そんな会話をしていたら雨が落ちて来ました。
2006年11月20日
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礼拝では、しょうがいを持つ青年が、皆さんの前でお話をしました。うまく発声ができません。今日は緊張していたせいか、いつもより発音が聞き取れません。お母様が側に立ち、彼の言葉を繰り返しました。「教会はボクにとっては天国です」聞いている皆さんの目に涙が浮かんでいるのが見えました。礼拝が終わったら、彼の所に行き、手を握った人がありました。
2006年11月19日
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エアコンのスイッチを入れようと、だれもいないチャペルに入った。「冷房」になっていた。「暖房」に切り替えた。季節が移り変わったのだ。夏の輝かしい陽射しが昨日のように想われる。皆さんと過ごした夏の日々を。
2006年11月19日
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遅い朝が白々と明けてくると今日もゆるされていると思います。明けぬ朝が来る前に今日も自分ができることに励まねばと思います。神様今日も側にいてください。
2006年11月18日
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11月に入って、食事を管理することにしています。アバウトな性格なのに、凝り性なもので、大変ですがけっこう楽しんでいます。食卓を前にしてカロリーを計算しているのでもう冷めてしまいます。ちなみに、今朝の食卓をご紹介しましょうか?ごはん 150g 3点煮物(切り干し大根、ひじき、昆布、人参) 約0.3点みそ汁(豆腐、エノキダケ、カボチャ) 約1点生野菜サラダ(人参とキャベツの千切り)約0.1点板ノリ 0点はちみつ梅 1個 0.08点リンゴ(4分の一個) 0.5点チーズ 1個 0.9点ヨーグルト 50g 0.4点----------------------------------合計は約6.3点カロリー計算がしやすいように80kcalを1点と計算しています。6.3×80=504kcal一日に1800kcalで行く計画なので間食(おやつ)に、あんぱん(1,5点)を加えても大丈夫です。
2006年11月17日
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部屋でブルックナーの交響曲第4番を聞きました。指揮はクナです。ベートーヴェンやブラームスの交響曲とずいぶん印象が違います。どこが違うのだろう?「標題音楽」のような雰囲気がします。音楽で大自然の輝かしさを描写しているようにも思えます。音楽が途中で「大休止」するのが面白いです。一息入れているんです。途中からでも「新しい気持ちで!」という気持ち、わかります。メロディというか動機というか、それを何回も繰り返します。だから初めて聞いても覚えるんですね。皆さんに印象づける方法です。教育音楽なんだな。圧巻は最後、終わり方です。ホイサ、という感じで終わるんです。ベートーヴェンの第5などの終わりかたは、少し芝居がかっていますよね。ベートーヴェンは、大大大大大好きですがくどいのはイヤなんです。
2006年11月16日
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「その人には、多数の者から受けたあの罰で十分です。むしろ、あなたがたは、その人が悲しみに打ちのめされてしまわないように、赦して、力づけるべきです。そこで、ぜひともその人を愛するようにしてください。」コリントの信徒への手紙2 2章6節~--------------ゆるし合う共同体であるように、パウロは求めている。教会だけではなく、家庭も、地域も、会社も,学校も、国家同士も。この様に語るパウロは、自分も赦された過去を持っている。彼は激しい教会の迫害者だったのだ。赦されたことも、赦せることも、奇跡の中の奇跡だと思う。「さぁ、皆さん!お互いの中に、奇跡の旋風を巻き起こそうではありませんか」
2006年11月16日
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人間にはミスがつきものだ。だから、ミスを理由に人間の価値をおとしめることは、正しくない。
2006年11月15日
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「御顔を見ぬとき すべては意味なし 香りの良き花 声良き小鳥も」こんな風に始まる新聖歌207(聖歌279)が大好きです。「寒さも暑さも 市場も野原も み側にある身に すべては幸なり」シンプルで叙事的な歌詞がいいです。曲想も明るくてちょっとユーモラスでただ4節まで歌うと妻が文句を言います。「ああわれの太陽 わが歌わが主よ なにゆえわが冬 かくまで長きや 青空見ること なが旨ならずば 冬なく雲なき 天国に逝かせよ」~苦しみが多い信仰生活 こんな毎日が神様の御心というなら もう早く天国に連れて行って下さぁい~こんな歌詞は賛成できないと言うのです。だってボクはここが一番良くて歌っているのに
2006年11月14日
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賛美を歌うのが大好きな青年がおられます。いつもボクの方を見て歌われます。ボクは歌いながら、つい考え事をしてしまったのです。はっと思って彼の顔を見ました。悲しそうな顔でした。ボクは歌いながら彼に微笑みました。彼も微笑みました。
2006年11月13日
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午後は、永眠されたかたの一周年記念会を行いました。先週は、別のかたの二周年を行いました。どちらも、ここに赴任して以来の信徒さんで約三〇年のお交わりでした。今日も、先週も、お話をしていて目頭を押さえました。 御写真を、見つめているとそこから、いつもの声が聞こえてくるようです。ああ懐かし 懐かし亡くなったかたのことを考えていたらお元気な皆さんがいっそう愛おしくなります。
2006年11月12日
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こんな時間に起きたけれど、季節のお陰で、朝はまだ暗い。さあ~昨日のことも、明日のこともさておいてまず今日を幸せに生きることこれが基本と、自分に言い聞かせています。
2006年11月12日
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ブログのタイトルですが「牧師」という言葉を、付けたりひっこめたり迷いの多いボクの人生を象徴しています。「隠すのはズルイやりかただ」最後はここに行き着くのです。
2006年11月11日
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「落ち穂拾い」の人生を目指して、あっちの畑、こっちの畑を回ってきたが、ふと振り返ると、なぁんだ、自分もせっかく拾った落ち穂を、たくさん落としているのが見える。
2006年11月10日
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昔、まつ毛が長い赤ちゃんが生まれた。ボクの子だ。若い娘さんがのぞき込んで「ワー、なが~いマツゲ、いいな、ほしいな」
2006年11月10日
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過去を振り返ると恥ずかしいことばかりを思い出す時がある
2006年11月09日
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朝、洗顔したら眉毛が15本抜けた。冬の眉毛に生え替わるのならいいけど。
2006年11月08日
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いつもは妻がバイクに乗って訪問するかたの所へ強風のため、今日は二人で出かけた。そこは隣町の老人施設。時には、娘さんの訪問さえ、認識できない日もあるという。ボクたちがお部屋にはいると、介護士の方が彼に訊く、「この方たち、わかりますか?」「教会!」
2006年11月07日
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パソコンの設定手伝いに来い!半ば御命令で、午後から友人の家に出かけていきました。雨がぽつぽつ来ていました。広小路駅まで歩き、電車で2つ目、三島二日町で降ります。何とローカルな駅か、と感動。ホームは一つで、電車が行き交うこともできません。駅からさらに15分ほど歩いて、友人の家に着きます。「今日はぜいたくして電車に乗ってきました」昔からのパソ仲間、IEのバージョン7を発見して、楽しく導入したり、「DOS時代が一番良かったねぇ」などと会話します。外が暗くなって、妻から電話が入りました。
2006年11月06日
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夜の礼拝にはだれも来なかった。妻と二人で讃美歌を歌った。「カルバリ山より絶えず流るる」祈ってから、箴言第3章を1節ずつ交読。心に留まった箇所を読み合う。「あなたは確かな道を行き 足はつまずくことがない。 横たわるとき、恐れることはなく 横たわれば、快い眠りが訪れる。」 (箴言3:23-24新共同訳)ボクはここを読んだ。妻が祈って終わりにした。正味15分! こんなに短い集いでも聖書の御言葉を頂いて、満足感があった。
2006年11月05日
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灯台元の土産店に立ち寄ると、この辺りの様子を話してくれた。買い物をすると、あとにも話がはずむ。観光案内の地図なども下さる。階段の途中で信徒さんたちが待っていた。遅れた理由を話すと「先生トラクトでも渡しましたか?」
2006年11月04日
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御前崎灯台「この灯台はまだ現役ですか?」と聞いてみると、まだ現役ですと。おお失礼。入台料は150円。狭い螺旋階段をフウフウと登り上に立てば、水平線がまあるく見える。大がかりな観光地でない雰囲気がいい。下から見上げると、青い空をバックにした真白のたたずまいが、とてもいい。今日は一日、静岡教区の交わり会で、4つの教会が合流して御前崎に遊んだ。岸辺で日記を送信した。
2006年11月03日
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「釣禁止」の札の傍で、家族連れが楽しそうに釣りをしていた。
2006年11月03日
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バウロの言葉 「自分を全く取るに足らない者と思い、涙を流しながら、またユダヤ人の数々の陰謀によってこの身にふりかかってきた試練に遭いながらも、主にお仕えしてきました」使徒20#19 …………… バウロほどの人が、自分を取るに足らない者と思っている。 キリストのために 一心不乱に生涯を傾けつくした人が
2006年11月03日
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息子がヨメサンを連れて来た時 ボクの顔はほころんだ。 30年前、ヨメサンを父の所に連れて行った時の、 父の顔と同じだった。
2006年11月02日
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お店が休みの日、息子が大型バイクに乗ってやってきた。「父さん、乗ってみなよ」このクラスでは軽い方だから父さんでも大丈夫という。センタースタンドを外した拍子に、バランスを崩しそうになった。父親のコケンに懸けてエンジンを吹かし、町に繰り出したよ。3キロほども走って帰ると、息子があとから帰ってきた。ウチのスクーターに乗って・・・さては心配になって探しに出たな!
2006年11月01日
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