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前回、釈迦やイエスの偶像についての話が出たので、実際の姿はどんな感じだったのかな?と調べていて、こんな記事を見つけました。「Real Face Of Jesus」 画像あります。http://www.popularmechanics.com/science/research/1282186.html?page=1&c=y日本語訳の記事も見つけたので紹介させていただきますね~~* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 英BBCテレビは、2001年4月に科学ドキュメンタリー番組『神の子』を放送した。内容はその名の通り、「神の子」とされるキリストことイエスの実像に科学的・考古学的に迫ろうというものであった。この番組の目玉は「イエスの顔」の復元で、医法人類学的な調査をもとに復元された、中東男性らしい顔つきをした「イエスの顔」が放送された。このBBCの番組製作を担当したマイケル・ウエイクリンは、こう語っている。「福音書の記述を歴史的に再検証しようという動きとともに、最新の考古学的発見や科学技術が使えるようになっている。おかげで、イエス・キリストの本当の物語が、より新鮮によみがえってきた。」番組内で放送された「イエスの顔」は、マンチェスター大学法医学教室が、エルサレムで大量に発見された紀元1世紀のユダヤ人の人骨群の中から、当時の典型的なユダヤ人男性の頭がい骨を選出して復元したもの。髪や肌の色や質感は、西暦3世紀に「ユダヤ教寺院」で描かれたフレスコ画に残るユダヤ人男性の姿を参考にした。その結果表れた「イエスの顔」は、黒い巻き毛と浅黒い肌色の、丸顔で丸い鼻をした中東の男性のものだった。イギリス各紙は、「欧米で定着している、色白で面長で金髪碧眼(へきがん)のヨーロッパ人に近い従来のイエス像は、ルネサンス期以降に作られたイメージに過ぎなかったのかも知れない」と伝えている。番組ではまた、イエスが馬小屋で生まれたのではなく、洞穴の中で生まれたと主張。さらにユダの裏切りについても、イエスは自分の逮捕への道筋をユダと協力して作っていたが、その事実が翻訳の際の誤りで隠されてしまったのだ、と放送した。BBCの記事http://news.bbc.co.uk/1/hi/entertainment/tv_and_radio/1243339.stmCNNの記事http://archives.cnn.com/2002/TECH/science/12/25/face.jesus/index.html* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *これは、当時の「典型的なユダヤ人」の顔で、「イエスの顔」ではないみたいですね。でも、イエスが死刑の前夜、ゲッセマネの園で逮捕されるとき、ユダが「私が接吻する者がそれだ(イエス)」と兵士たちに説明したのは、その場が暗かったということの他に、イエスが顔つきや体型や服装で弟子達と目立った違いがなかったことを表してるとの説もありました。「ウィキペディア」によると、『西ヨーロッパの宗教画やキリスト彫像は北方ヨーロッパ系の白人の痩せた男性のイメージで作られるのが一般である。しかし現在ではコーカソイドではあるが中近東から地中海沿岸一帯にかけて分布する、いわゆる地中海人種であったと想定されており、北方ヨーロッパ系の形質の身体であったとは考えにくい。』とありました。なので、英BBCが再現した「イエスの顔」そのままではないにしても、今までの私達のイメージや偶像には、様々なフィルターがかけられているみたいですねー体系もひょろっとした弱弱しい男性のイメージですが、三十歳になるまで父ヨセフの大工仕事を継いで働いていたので、力強い男性だった様です。40日間の断食、ローマ兵からの拷問、大きく重い十字架の梁を背負って歩く事に耐えた事で、3年半の宣教生活中もその体力は衰えてはいなかったと考えられるそうです。このローマ兵からの拷問ですが・・・1週間ほど前、夢の中で「パッション。パッション」と誰かが繰り返していました。メル・ギブソン監督の映画「パッション」は知っていました。(見た事は無い)パッションとは英語で「キリストの受難」という意味だそうで、映画もイエスの受難と死刑についてのものみたいです。これかな?まさか・・・「情熱」の意味の方?(笑)なんて、適当に受け止めていたら、またメッセージが来ました。^^;ここ最近の私の体に現れる首や足の症状の原因が、過去世での処刑から来るものではないかと教えられたのです。重なったメッセージの意味を求めて、処刑について調べるとこんな記事を見つけました。医学的見解に基づく十字架「愛の激痛」 http://www.jaspella.com/ministry/articles/j-agony.html下のほうへ行くと、暴行・鞭打ち・十字架・苦難の結末と、とても信じられないような内容が、でも医学的見解からたんたんと述べられて行きます。『「はりつけ」という刑罰は、ペルシャ人によって紀元前300から400年に開発され、ローマ帝国によって紀元前100年頃までに、更に改良され利用 された。この刑は、今まで人類によって開発された刑のうちで最も残酷な死刑方法で、当時のもっとも残忍な犯罪人や、ローマ帝国に反抗す る勢力への見せしめに使われた。』人間には、こんな刑を考案・研究するような残虐な人々も確かにいるのですね・・・(私が受けたのはこの刑とは違いますが、火あぶりとか絞首刑とか、読むだけで大変気分が悪くなるものが多く調べるのは途中で断念。(ToT) )イエスが実在の人物かどうか、どんな姿であったのか、どんな最後だったのかの真相は分からないけれども、政治や人々を支配するためにそれらの情報を悪意を持って操作していた人々がいるのでしょうね。そして人相に関しては、この再現像を見てショックや抵抗感を感じた場合・・・自分の中にある、人種差別や姿かたちの美しいものばかりを追い求めがちな部分に気が付く、きっかけになったりするんじゃないかな・・・と思いました。(もちろん私も含めてです。^^;)
2007年06月26日
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前の日記に大雑把に仏教の歴史についてまとめてみました。興味のある方は一読してみて、気になるところはご自分で確認されて下さいねー質問されても、おそらく答える事は出来ませんので。^^;まだ、仏教の教えの部分にはほとんどかすっていません。そこは今の私の課題とは違うかな・・・と思うので、フムフムと読んだだけにしておきました。知りたかったのは、仏教が釈迦の説いたものからどんな風に変わってきたのかな・・・?ということでした。調べるほど、自分の認識が覆されていきました。一番驚いたのは、釈迦が視たり聴いたり等の神秘体験を肯定しなかった事です。釈迦は何らかの高次の存在から啓示を受けたわけではなかったんですね。>神秘主義を克服し、正しい論理を身につけ個人が自ら真理に目覚めて>「悟り」を得てゆく過程を重視。>当時の宗教家達からは、無神論として非難された。無神論として非難されたって!@@・・・今では多くの神仏の名前が覚えきれない位あるけれど、それは釈迦の没後に、バラモン教やヒンズー教や土地の神との融合で出来たり、誰かの啓示(チャネリング)で加わったりしたものも多いらしい・・・釈迦は伝統的なインドの古代宗教にとらわれず、自由な思索によって、生きるうえで避けて通れない苦しみという問題に対して向き合う事の大切さを説いたはず。それなのにバラモン教の教えが混ざってきて、お経にも組み込まれちゃったんですね・・・釈迦が説いた時代とは、社会情勢も人々の価値観もどんどん変わって行くのだから、引き継いだ人たちの時代や風土に合わせて変化していくのは当然なのでしょうね。ただ、私は今仏教徒では無いけれど、この事実を知って、なんかがっかりしてる自分がいますー。過去世で仏教に関わっていた事もあるので、その人ががっかりしてる・・・様な気がします。^^;密教についての説明で「呪文(真言・陀羅尼)、手の印相、曼荼羅を用い、教義・儀礼は秘密で門外漢には伝えない特徴をもつ。これは『ヒンズー教化した仏教』である。」とありました。真言・マントラは『ヒンズー教化した仏教』!?シンボルもかな・・・?あれ?じゃあレイキは?教義・儀礼は秘密だし・・・他宗教の信者の方とかはマントラを唱えてもOKなんでしょうか?なんて、またまたレイキについても考えが飛んでいました。^^;他に良く分からないのが、「成仏」です。初期の仏教では、出家して学び、煩悩を断ち、輪廻の苦から解き放たれる(解脱)したものが、仏(覚れる者)に成るという意味で成仏といったそうです。それが後期大乗仏教になると、すべての者は本来成仏していると考える思想や、本尊に祈り経を唱えることで、煩悩に結縛された状態から、ただちに涅槃に到達できるとする密教の即身成仏などの思想も生まれます。亡くなった方にお経をあげ、戒名をつけて供養することで、「成仏」を願うのは、後期大乗仏教の思想からでしょうか・・・だとしたら、日本では多くの方が、お葬式やその後の供養で仏様になっていますが、その方達は生まれ変わってこないと言う事?前世が仏教信者の方が、転生して来たのは、仏になれなかったからなのか、菩薩の道を選んで仏になることを拒んだのか・・・???えーーーと・・・これは仏教だけでは無いのですが、他宗教でも転生を否定されてたりしますよね。それらの宗教の信者の方でも「前世」について語ったり鑑定されてる方も見かけます。その辺の仕組みってどうなってるんだろう?さっぱりわかりません(笑)夫の同級生で、お寺のお坊さんを継いだ方がいます。ちゃんと、大きな仏教のお寺?で修行をされたりしたそうですが、その方は視たり聴いたりはほとんどないそうです。その方とお話したのは10年ほど前ですが、その時に聴いた話で。お葬式や法事で、ご遺族の方から「亡くなった方は成仏できましたか?」と聞かれることが多いそうです。成仏したかどうかなんて全く分からないけれど、とりあえず「はい」とお返事しておくそうです・・・(--数百万かけてお葬式を行うことの意味とは?私はどうして欲しいんだろう・・・と考えさせられました。
2007年06月22日
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ネットで(主にウィキペディア)色々調べて、まとめてみました。自分用の覚書ですので、私にとって気になる部分だけの引用になってます。^^ * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *仏教とは、仏陀の説いた教え、仏(仏陀、覚者、真理に目覚めた人、如来)の宗教、また、仏に成るための教え。近世では広く釈迦如来を開祖とする宗教のことをさす。約2500年前。インドの釈迦族の王子「釈迦」が29歳で出家をした。伝統的なバラモンの修行ではなく、自由な修行者として仙人の元で修行や苦行を行うが悟りは得られない。修行を捨てた後、35歳の時、菩提樹の下の瞑想中に悟りを開く。強大だったマガダ国で多くの弟子に支持され、王の帰依を受けて確固たる地位を築き発展する大きな礎となる。釈迦の教えは「さとり」に基づき、折にふれ相手の状況や能力にあわせて、その人に相応しいことを説く方法で行われた。釈迦は、神秘主義(世界の常・無常、有限・無限、霊魂と身体との同異、死後の生存の有無など)については、沈黙を守る。神秘主義を克服し、正しい論理を身につけ個人が自ら真理に目覚めて「悟り」を得てゆく過程を重視。当時の宗教家達からは、無神論として非難された。最終的には「自分として執着している自我は実体ではない(無我)」と覚り、苦の束縛から解放されること(解脱)を求める。この境地を涅槃と呼ぶが、これはエゴ・煩悩の炎に自分がコントロールされるのではなく、自分でコントロールできる状態。この涅槃の境地に入った存在を「仏」「仏陀」とよぶ。「菩薩」とは仏になることを目指す修行者のこと。煩悩を滅することにより、この世の現実の姿を感得しようとするもので、自己否定をするものではなく、一切を肯定しようとする面が強い。釈迦は80歳程の生涯だった。* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *<仏教の根本分裂>釈迦の没後100年ほど経った頃、個人個人が聞き継いだ釈迦の言葉を700人の僧侶が集まり編纂する。その時、厳しい戒律(塩の所持。食事時間等)の緩和を求める声があがるが、教団規則に違反すると判断される。不満をもつ僧侶たちは新たな教団を形成。「大衆部」という部派ができる。仏教教団は保守的・修行者尊重的な「上座部」と非伝統的・在家肯定的な「大衆部」に根本分裂。この根本分裂から枝葉分裂が起り、部派仏教の時代に入り、上座部からさらに分派した「説一切有部」が大きな勢力を誇った。<大乗仏教と小乗仏教>釈迦の死後約500年経った西暦元年頃になると、在家者と釈迦の墓の守護者たちの間から、「大乗(大いなる救いの乗り物)仏教」と自ら宣言をする集団が現れる。出家することなく在家のままでも仏となれる教え。大乗仏教は「説一切有部」などの部派仏教を、自己の修行により自己のみが救われる「小乗(自分しか救わない小さな乗り物)仏教」として批判。『法華経』、『般若経』『阿弥陀経』など多くの新しい経典を生み出していった。大乗仏教は自身の成仏を求めるにあたって、まず苦の中にある全ての生き物たち(一切衆生)を救いたいという心(菩提心)を起こすことを条件とする。「利他行」の精神。大乗仏教においての「菩薩」は、「涅槃の境地へ入る」段階に達していながら仏にならず、全ての生き物(一切衆生)への慈悲から輪廻の中に留まり、救済に取り組む面を強調・奨励される。(弥勒菩薩や観世音菩薩など。)西暦150~250年頃、「龍樹」という人物が、インドのバラモン学を習得したのち仏教に転向。当時の上座部仏教と初期大乗仏教とを学んで大乗仏教に傾倒し、諸経典に通暁し、大乗仏教の地位を確立した。龍樹は、仏教の原初からあった「空」の考えかたを、般若経の「空」の解釈により深め体系化。「空」の思想は中観派として後に多大な影響を及ぼす。「空」は 欠如という意味。また、0(ゼロ)という数字を表す。『般若経』では何ものにもとらわれない「空」の立場に立ち、またその境地に至るための菩醍の行(六波羅蜜)の実践を説く。すべてのものは実体がなく空である(無自性)という立場を表明。 龍樹の中観仏教を中国にもたらしたのは、訳経者として著名な鳩摩羅什。大乗仏教は中央アジアを越えて、中国、韓国、日本へと広まる。<同時代の他思想>「唯識」龍樹(中観派)の「一切は空である」という主張に対して、「一切は空である」と認識する心のみは存在しなくてはならないと考える。開祖の「無著」は神通力で弥勒菩薩に会い、大乗仏教の空の思想を学ぶ。西遊記の玄奘三蔵は唯識仏教を求めて天竺(インド)に旅をし、その系譜は法相宗として日本の法隆寺に伝わる。「如来蔵思想」人間の本性は完全な仏であり、煩悩に覆われているから仏と成らないだけであり、煩悩という塵の層を除けばそこに完全な仏があるという考え方。 <密教>いつしかインド古来の「バラモン教」の神秘主義的な要素が仏教に取り入れられる。『般若経』『法華経』などにも一部に呪文が登場し、呪文を中心とする単独の除災経典も成立する。グプタ王朝(320‐550年頃)はヒンズー教を国教にしたので、仏教はヒンズー教の一派の「 タントラ教」の秘密の教義体系を受け入れる。呪文(真言・陀羅尼)、手の印相、曼荼羅を用い、教義・儀礼は秘密で門外漢には伝えない特徴をもつ。これはヒンズー教化した仏教である。ヒンズー教の側でも釈迦をクリシュナ神の化身として崇めた。7世紀に至って『大日経』『金剛頂経』といった体系的な密教経典が成立する。密教は、様々な土地の習俗や宗教を包含しながら、それらを仏を中心とした世界観の中に統一し、すべてを高度に象徴化して独自の修行体系を完成。秘密の儀式によって究竟の境地に達することができ、仏となること(即身成仏)ができるとする。インドからチベット・ブータンへ、さらに中国・韓国・日本にも伝わって、土地の習俗を包含しながら、それぞれの変容を繰り返している。<チベット仏教>チベットは8世紀より僧伽の設立や仏典の翻訳を国家事業として大々的に推進、仏教の諸潮流を一挙に導入した。
2007年06月22日
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2度目の浄化期間が明日で終わります。最初の1週間は毎日ハンドポジションでのヒーリングを丁寧に行いました。ところがその後、熱の下がった娘が突然”わからん人”に変身!反抗期の強化版というか・・・^^;夜も3時頃までぎゃーぎゃー泣いてる(脱いだパジャマをどうしても着たくなくて)娘に、私もイライラ、へとへとでしたよ~~><それでも5時半には起きて朝食とお弁当の準備。こんな日々が2日ほど続き、その前の娘の発熱の看病から続くせわしなさに、自己ヒーリングの余裕も無かったです。私がげっそりして表情が無いと夫も不機嫌になります。パソコン開いても、最近は嫌な顔しなかったのに、またまた「俺よりそっち(ネットの友達)の方が大切だよなっ!」って・・・(ToT)そうなんですねー。私が課題を認めたら早速実践なのですねー浄化期間の後押しもあって、一気に家族の課題が表面化。本当に分かったか、ちょっとやってみなって感じでしょうか。^^;今回は私がんばりましたよー。途中何度も「何で私こんなにご機嫌とってるんだろう」って虚しくもなった。でも、夫と子供を安心させるのが私の課題だから・・・庭で娘と草取りしてたら息子が帰宅したのですが、私達が外にいる事に気がつかず、家中捜したそうです。そして、外にいるのを見つけて安心した息子の言葉。「お母さん、家出したか、自殺とかしちゃったかと思ったよ・・・」今までも家族の課題が浮き彫りになってくると、私も余裕がなくなってそこから逃げ出したい気持ちでいっぱいになります。その時の私の様子は息子が見ても、悲壮感が現れているのでしょうね。今回も娘の1日中のぐずりと夫の不機嫌さを見ていた息子は、お母さん大変だーって思ってたんだって。だから出てきたのが上のセリフなのでしょうが・・・これじゃあダメですよね・・・こんな心配子供にさせているようではダメだ。息子には言葉でも、「死んじゃったらまた同じような人生やり直すか、ずっと幽霊になってさ迷わなくっちゃなんないんだもん。そんなことお母さんしないよー」って伝えました。そしてみんなを安心させるよう、なるべく笑顔で接し、どんどん話し掛けをしていたら、いつの間にか、家中の空気が元に戻りました♪娘も一気に成長した感じ・・・@@とりあえず、今回はうまくいったようですー。でも、これは何回も繰り返していく課題なのでまたやってくるでしょう。^^;でも、いつも同じ問題を解いてるわけじゃないはずなので、その時その時の解き方を模索しながら、だんだん解き方上手になりたいです~子供達にもお母さんも悩んだり落ち込んじゃうけど、逃げないでがんばる姿を見せてあげないとね。そんな実践で、2週間目の浄化期間を過ごしました。3週目は、知識としての学びがどどっと目の前に・・・次々と調べたい事が出てきては、一生懸命詰め込んでますー。仏教。華厳経。チベット密教。キリスト教。シャーマニズム。古代ギリシャの統治・思想。シルクロード。西遊記。ジブリ。マトリックス。スターウォーズ。錬金術。曼荼羅。一見バラバラの様で、繋がっていくんですね~~離れたと思ったら、またこのテーマに戻ってきちゃった!みたいに・・・そして、その調べた事に、現実の生活がどんどん絡み合ってくるんですよ。あれもこれも、みるもの聞くもの全部がメッセージで溢れてて、整理がつけられません。^^;夢の中までも、学んだ知識の復習してます。(笑)気がつくと・・・浄化期間が一番自己ヒーリングしていないんじゃ・・・そうだ、自分でそう設定したんだった。課題を見つめる浄化期間って。その通りに進んだようです。一体私の中で何が起きているのやら(汗)しばらくこの波は続きそうです。でも入れた知識が抜け落ちちゃいそうなので、覚書で少しづつ整理していこうかなと思いますー覚書きは、自己中心的なまとめが多々あると思うので、意味不明な物が多いと思います。コメント気にしないでスルーしちゃってください。^^*私もまだしばらくはみなさんの所も読み逃げが多くなっちゃうかもしれないので・・・(足跡無くても携帯でいつも読ませてもらってます)こんな感じの毎日です♪
2007年06月14日
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人は生まれてくる時に、それぞれどんな人生を送るのか決めてくるとよく耳にします。でもこれまで、かなり波乱万丈の日々を送ってきた私としては、「こんな苦しい人生を本当に私が選んできたのだろうか?」「私に何か悪い原因があって、すべては起きているのではないか?」と、なかなか受け入れる事が出来ませんでした。少し前、ああ私って「知りたい魂」なんだな。。。と気が付き、そこから今までと物事の見方がどんどん変わってきました。そしてガイドの導きで、生年月日のみで読み取る「四柱推命」で私が持って生まれた初期プログラムをwacoさんに教えていただきました。エネルギーや、性格、思考、人間関係、親との関係、子供時代、仕事、結婚生活、病。。。一つ一つを今までの日々を振り返りながら当てはめていくと、ことごとく、一致していきます。ああ・・・生れ落ちた時に、ここまで細かく私の道は決まっていたのだと。呆然とすると共に、私に染み込んでいきます。生まれた家庭も、結婚生活も、子供も苦労が絶えない、課題の多い人生としてプログラムされていました。持って生まれたエネルギーが大きく強いが揺れやすく不安定。それが、濁流のような人生を流れるのです。”人はぞれぞれ乗っている車と、走る道が違う”と聞いたことがあります。軽自動車で田舎道を走るような人生の人と、F1カーでサーキットを走る人。私は後者だなぁとその時思いました。コントロールを覚えないと、あちこちぶつかるし、衝撃も大きい。それが、しっかり私の命式にも出ていたわけです・・・でも、私には私の努力で逆転する星がセットで組み込まれていました。そして、課題をサポートしてくれる神仏の星も。ピットもクルーも用意されているレースなのです。その渦中にいる時は、それは大変で、必死にくぐり抜けてきました。泣いたり絶望したり死にたくなったり何回もしたけど、でも越えてしまえばすべてが私の経験値になっているんですよね。結果が出た出ないとかじゃなくて、がんばった自分を、自分が知ってる!これが大事なんじゃないかなぁ・・・私が自分の初期プログラムを受け入れた翌朝、我が家にあるトラブルが訪れました。取引先の資金繰り問題で、4・5月分の請求分を丸々回収出来ないばかりか、明日の仕事すらも無くなってしまいました。でも私は「ほら来た・・・さっそく次の課題だわーー」と冷静に受け止めることができました。大きな波に周囲は混乱して、悪意や憎悪や悲観が飛び交っていました。そんな中、夫が安心できるようにサポートする事が大事な課題だと知った私は、夫が波に飲まれないように見えない世界のお話も交えて話し合い、励まし、そして私はガイドたちにサポートを願い語りかけました。すると翌日、次々と救いの手が差し伸べられて来たのです。そしてトラブルが起きる前より、人間関係も、仕事の効率も、業界での立場も、好転しつつあります。四柱推命を申し込む。結果が届く。宿命を受け入れる。思考が変わる。トラブルが起きる。課題をこなす。ガイドと繋がる。事態が好転する。すべてがピッタリのタイミングで進んでいく。私はガイドを信じて、目の前の課題をひとつづつこなして行くだけ。今回の事は私のガイドが私に見せてくれたみたいです。こんな風に私達はつながっているんだよーーって。^^*直接メッセージが聞こえるわけでも、ビジョンが見えるわけでもない。ただ、気がついて受け止め実行しただけ。。。例えば、金曜の夜「娘さんはお元気ですか?」と聞かれて、その時は「はい」と答えたけれど、私が娘へのヒーリングを止めてからひと月の間に、熱を2回ほど出したなと後で思い出しました。レイキを始めてから1年間ほとんど熱を出さなかった娘が、ちょこちょこ熱を出すのは、それまで私が娘の熱を奪っていたんだなーと気づきます。すると土曜の朝から娘がまた38度を越える熱を出しました。私は、ああやっぱりそうだったんですねーーとガイドにつぶやく。。。また課題の実践です。私はヒーリングをしないで、見守り、がんばれと応援し、必要な手だけ差し伸べ、たくさん抱きしめる。そして娘は自分の力で乱れたエネルギーを直していく。そして強くなる。今朝は5時から元気に目覚めて、朝食もぺろりと食べました。^^私から勝手にヒーリングして、エネルギーを押し付けるのは止めてみます。その代わり、家族にとって必要なエネルギーは、私からどんどん勝手に持って行ってもらおうと。(笑)セルフサービスです。私は自分で自分にヒーリングして減った分を補充できますからね~^^*昨夜は数ヶ月ぶりに夫にヒーリングを頼まれました。夫は今回の流れで、私と同様に見えない世界のサポートや学びに気がついたみたいです。私達家族はひとつのチームだから、同じ方向を見ていると、レースもスムーズにいきますね♪私は癒そうとか治そうとか思わずに、一緒にエネルギーの温泉に入るようにただ第4シンボルのみの光の中に漂いました。そしたら直後に夫に腹痛が起こりトイレへ駆け込みました。私は平気。いつも私が腹痛になっちゃうのですが、今回は引き受けず、夫は自分の中で溜まった色々なエネルギーを処理することが出来たようです。周りで起こることが、思いもしない所に繋がっていって、面白いです♪病気もトラブルも家族の問題も、みんな私のレッスン。ドリルを後回しにすることも出来るけれど、私は生きてる間になるべくたくさん解きたいなぁ~~と、思うのでした。^^*
2007年06月04日
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